コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


茸王子

●序
 草間興信所に、激しいノック音が響いた。運悪く零は買い物に行っていた。草間は仕方なくドアを開ける。
「くくく、草間さん!」
 草間はしばし言葉を失った。どこかで見た覚えのある男だった。情けないその声も、どこかで聞いた事のある男だった。できることならば、思い出したくない男だった。
「キャ、キャサリンが!」
(出た)
 草間は小さく溜息をついた。目の前で涙目のまま立ち竦んでいるのは、木野・公平(きの こうへい)である。茸研究をしており、何でも全く新しい茸を生み出したのだ。それも、赤い笠に火の胞子を振りまく、30センチくらいの不思議茸を。彼はそれに『キャサリン』と名づけているのだ。
「キャサリンが誘拐されたんですよ!」
「誘拐、ですか」
(確かに、珍しい茸だからな)
 草間は妙に納得した。
「家出とかではなく?」
「キャ、キャサリンが家出するわけないじゃないですかっ!」
(実際したから聞いただけなんだが)
 涙目のまま興奮している木野に、何を言っても無駄だ。草間は苦笑する。
「くそう、茸連(だけれん)め……」
「……ちょっと待って下さい。『ダケレン』って何です?」
 草間が尋ねると、木野は不思議そうな顔で説明する。知らない事が不思議だと言わんばかりに。
「茸愛好連合会の事ですよ。……奴ら、僕のキャサリンに前々から目をつけていたんですよ……!」
 茸愛好連合会……。世の中には様々な愛好家がいるものだ、と草間はある意味感心する。
「一番の原因は、マッチがキャサリンに惚れたからなんですよ!マッチがキャサリンを無理矢理……」
「マッチ?」
「……茸連が生み出した、松茸の大きい存在です。生意気にも、キャサリンを見初めおって!」
 妙に木野は悔しそうにしている。
「お願いです、キャサリンを連れ戻すのに手を貸してください!茸連の場所は分かっているんですが、僕一人では心元ないので」
「そりゃあ、いいですけど……」
 草間は大きな溜息をついた。茸騒動に巻き込まれるのは、あんまり本意ではないと思いながら。

●集合
「松茸ねぇ。裂かないとすべすべしなさそうねぇ」
 黒い髪に青い目のシュライン・エマ(しゅらいん えま)がおっとりとした口調で言った。
「……というより、ふざけた生き物だな」
 黒髪から覗く黒い瞳を呆れたように木野に向け、ライ・ベーゼ(らい べーぜ)は言った。
「しっ、失礼ですね。キャサリンは私の生きがいですよ?」
 木野が涙目で抗議する。会話のキャッチボールが出来ていない気がするのは気のせいか。
「茸連に、誘拐……変わった人間が世の中にはたくさん居るのですなぁ」
 網代笠から覗く銀の目で遠くを見つめながら、護堂・霜月(ごどう そうげつ)は言った。
「いや、多分あんたも『変わっっている』という種類に入っていると思うんだが」
 金髪に黒い目の真名神・慶悟(まながみ けいご)は、霜月に向かってぼそりと呟くように言った。当の霜月は「はて」とだけ言い、にやりと笑った。
「キャサリンって……RPGとかに出てくるマタンゴみたいな感じ?」
 黒髪に緑の目の藤井・葛(ふじい かずら)が、皆に向かって尋ねた。
「説明するよりも、これを」
 木野はそう言ってポケットから一枚の写真を取り出す。どうやらいつもキャサリンの写真を持ち歩いているらしい。キャサリンと木野のツーショット写真だ。
「何か……メルヘンだね」
 葛はあえてそれだけ言って小さく笑った。笑うしかない、というか。
「……ああ、キャサリン。今頃きっと寂しい思いをしている事だろう……!」
「……依頼は確かに聞いた。俺に任せろ!」
 突如、じっと聞いていた茶色に緑の目の守崎・啓斗(もりさき けいと)が走り出した。
「啓斗君、茸連の場所はいいの?」
 シュラインが声をかけると、一瞬だけ啓斗が戻ってきた。そしてシュラインから地図のコピーを受け取ると、再び走り出してしまった。
「……一体、何を慌てているんだ?」
 慶悟がぼそりと呟いたのも、既にして啓斗の耳に入る事は無かった。思いはただ一つ、茸。
「茸……また来たか……」
 走りながら、一応地図を確認しながら啓斗は呟く。
「俺の家の家計簿を潤す為に、また来たんだな、茸!」
 啓斗は猛然と走っていく。頭の中は前回手に入れた茸と、手に入れそこなった茸で一杯だ。キャサリンという名の大きな茸、更に今回はマッチという大きな松茸が出現したというのだ。これを見逃す手は無い。
「しかも今回は松茸……」
 そう言って啓斗は呟き、にやりと笑う。
「食うのも良いがここはやはり茸連とやらを完膚なきまでに叩き潰し、戦利品として持ち帰って裏庭にある松の樹の袂に植え変えて、秋になったら売りに行くのが良いだろう」
 啓斗の頭の中で、巨大松茸が自宅の裏庭にどんどん出来ていくという計画が立ち上がっていた。自宅の裏に無数に生えている、巨大松茸。
「売れる……しかも松茸は高い。そして何より今回のマッチだか火打石だかはあのキャサリンよりでかいって言うじゃ無いか」
 啓斗にとって、名前などどうでもいい事だった。寧ろ大事なのは名前の付けられている本体の方であって。
「待っているがいい、茸!」
 既に本来の目的はどこへやらいってしまったようだ。木野の事など寧ろどうでも良くなっていた。啓斗にとっては、木野が困ろうと関係なく、巨大茸を手に入れるかどうかだけがどうでも良くないことになってしまっていた。
「……ここだな」
 目の前にそびえる山と地図を見比べ、啓斗は呟いた。だが、それは確認するまもなく茸連の本部だと分かった。そこには『夢の茸王国』という可愛らしい茸のえと共にかかれている看板が立っていたのだから。

●道
 啓斗は手にしていた黒い袋を握り締めた。
「……ここだな」
 もう一度、呟く。何かを確認するかのように。そして、手にしていた黒い袋をじっと見つめる。
「ここに、家計を潤す茸がいる……待っていろ」
 何かを決意したかのように呟き、袋を折りたたんでポケットに入れた。いつでも取り出せるように。足を踏み入れた瞬間、道の両側から何かが飛び出してきた。投網だ。啓斗は反射的にそれを避け、懐刀を取り出して一閃する。すると、投網はただの縄となりながら地面に落ちてしまう。
「……罠、か」
 なるほど、と啓斗は呟く。
「そう簡単には巨大松茸には面会させてくれないようだな」
 地面に落ちた投網の残骸を見て、啓斗はぎゅっと手を握り締める。
「だが、俺は負けない。幼い頃から山で修行してる忍者を舐めるな」
 また一歩進むと、今度は矢が飛んできた。何故だか矢尻が丸くなっている。それも啓斗は懐刀を一閃して振り落とす。バラバラ、と矢の残骸が地面に落ちる。
「素人罠なぞ俺に効くか。茸連が罠をしかけていようと、そんなのは関係ない!」
 そう言って、啓斗はにやり、と笑う。
「誰よりも早く駆け抜けてやる」
 啓斗がそう言い、再び歩き出そうとしたその瞬間だった。突如、一体の茸が目の前に現れた。キャサリンほど大きくない、というよりも普通のサイズの茸。笠は青く、体は黄色い。何という種類かは分からなかった。茸や薬草の類に精通している啓斗ですら、分からない茸。
「新種か?」
 啓斗は小さく呟く。新種茸も、高く売れるかもしれない。否、寧ろ突如現れる事の出来るこの新種らしい茸が高く売れないわけが無い。
「……捕まえるか」
 脳内で決定が下された。ポケットに入れていた黒い袋をそっと取り出す。そして、捕まえようと動いた瞬間だった。目の前の茸が突如胞子を噴出したのだ。
「何を生意気な」
 啓斗はそう吐き捨てるように言い、胞子を振り払うように手を振る。地を蹴り、胞子を避けるように上空に逃げるが、何故か茸まで飛び上がってきた。
「ここまで来るか!」
 半分呆れながら啓斗は体を捻り、茸を捕まえようとする。が、茸も絶妙な捻りを披露してそれを避ける。
「なかなかやるな……」
 地上に降りると、何故か空気が少しだけ冷たくなっていた。目の前に着地した茸が、何故か誇らしげに見える。ほんの、地上から15センチほどしかない体の癖に。
「だが、ここで譲ってやるほど俺は優しくない」
 啓斗の気迫を感じ、茸もじっと身動きをしない。
「俺の家計を潤す為には、巨大松茸とキャサリンと……そしてお前が必要だ」
 このような状況でなければ、プロポーズのような言葉だ。目の前の茸は、別にそこまで分かってはいないようだが。
「さあ……一緒に来て貰おうか」
 啓斗の手が、そっと茸へ向かって行く。その時だった。
「やめてくれないかしら?」
 女性の声だった。啓斗ははっとして身構えながら声のする方に向かった。そこには、髪の長い女が立っていた。年は25、6だろうか。白衣を身に纏っている。
「その子、うちの子なの。だから、捕らえようとしたりしないで欲しいわ」
「……あんた、誰だ?」
 啓斗の問い掛けに答える様子も無く、女はただ微笑んだ。そっと茸を抱き上げ、どこかに行こうとする。
「まて、その茸を連れて行く気か?」
「そうよ。……まだ、あなただけじゃないから」
 それだけ言い、女は去って行った。啓斗は慌てて後を追った。すると、女は何かの建物に入っていった。
「……まさか、あれが茸連か」
 啓斗は呟き、小さく笑った。得られるかも知れぬ、茸を思い。

●茸連
 啓斗は女に気付かれないようにそっと後をつけた。
(忍者を舐めるなよ)
 誰に言う事も無く、啓斗はそう呟く。女は青い茸を大事そうに抱え、とある一室に入っていった。
「……侵入者よ」
 女が言うと、同じく白衣を着ている5、6人の男女がざわつき始めた。恐らくは、茸連のメンバーであろう。
「警備茸達を出動させましょう。……おや、それは?」
 メンバーの一人が、女の抱えていた青い茸に気付いて尋ねる。
「ここに来る途中、侵入者の一人と戦った子よ。……一番身体能力の強いこの子が、互角に戦っていた侵入者……」
「そ、そんなに強い侵入者なんですか?」
 メンバーが再びざわついた。
(あれが最強茸だったのか……!)
 啓斗は小さく舌打ちする。やはり、何としてでも捕まえてやればよかった。
「で、その侵入者は?」
「放っておいたわ。……捕まえる事なんて、出来ないもの」
「そりゃそうですね」
 あっさりと言う、茸連のメンバー達。小さく笑いまで起こっている。なんとも和やかなムードだ。
(あー……!ペースが崩れる)
 啓斗は思わずうな垂れる。侵入者が出たというのに、この和やかな雰囲気はなんだろう?
「それよりも、キャサリンちゃんとマッチは?」
「まだマッチが負けてますね」
(やはりいたか、巨大茸ども!)
 ぐっ、と啓斗は拳を握る。
「もしかして、侵入者はキャサリンちゃんを取り戻しに来たんじゃないんですか?」
 メンバーの一人が進言する。
「でもねぇ、マッチの思いも考えてあげたいしねぇ」
 その言葉に、啓斗は小さく笑う。
(惚れたはれたは知らないが……)
 啓斗自身、朴念仁なのでよく分からない、というのが正しいのだが。
(ともかく巨大茸どもを手に入れなければ!)
「マッチの様子、見に行ってくるわ」
 女が青い茸をメンバーの一人に預け、歩き始めた。啓斗は女についていく。そっと身を隠し、気付かれないように。そうして、女は一室に辿り着く。妙に綺麗な、そしてピンク色に彩られた部屋に。何故かいい匂いもする。
(何故ピンク……)
 どうでもいい事だが、妙に目に入ってしまう。ほんわかとしたピンクの部屋。
「マッチ……どう?」
 女の言葉に、部屋の隅にいた茸が動いた。……確かに大きい松茸だった。店などで売られていたり、山に生えていたりする松茸を、そのまま大きくしたような。
(成る程、いい匂いは奴か!)
 啓斗は納得する。そして、その動く松茸をロックオンした。今日の一番の獲物だ。そして、その奥には檻に入れられた見覚えのある大きく赤い茸が居た。キャサリンだ。
「キャサリンちゃん、どうしても嫌?」
 女の言葉に、キャサリンは「いやいや」をするように体を揺らした。女は溜息をつく。
「あのね、マッチはあなたと会って凄く嬉しいの。あなたと、仲良くなりたいの」
 キャサリンは相変わらず「いやいや」をする。マッチがキャサリンに近付くが、キャサリンは檻の向こうに身を寄せる。
(何だ、全然嫌われているじゃないか)
 火の胞子を吹けばいいのに、と思ってから気付く。檻の上にシャワーヘッドのようなものがついているのだ。胞子を吹けば、おそらくはすぐに消火してしまうだろう。
(まあ、どうでもいい。あの二つの茸を手に入れるだけだ)
 啓斗はじっと隙を窺っていたその瞬間、ぽん、と肩を叩かれた。メンバーの一人だ。
「君、何をしているんだ?」
 声をかけられた瞬間、啓斗は反射的に鳩尾に一発入れる。「ぐっ」とだけ呟き、メンバーの一人は気を失ってしまった。啓斗が一先ず安心したその瞬間、入り口の方で声が響いた。
「すいません、ちょっとお聞きしたいんですが」
 それは紛れも無く、シュラインの声だった。その声に女は入り口へと向かう。啓斗は女が部屋から出ていったのを確認し、ピンクの部屋へと足を踏み入れるのだった。

●松茸と赤茸
 啓斗が部屋に入ろうとすると、入り口の方から声が響いてきた。
「今野・紀伊子(こんの きいこ)君!酷いじゃないか、キャサリンを連れ去るなんて!」
 木野の声だった。情けないが良く響く声に、啓斗は溜息を一つつく。もうついてしまったのか、と。
(あの女、今野というのか)
 だが、啓斗にとってはどうでもいい事だった。啓斗は袋を抱え、素早い動きでマッチを捕獲して袋に入れる。まずは一つ、本命。
「よし」
 啓斗はそう呟きながら袋の口を閉め、次にキャサリンの檻についている鍵にとりかかる。なんとしてでも、皆が来る前に作業を終わらせないといけない。だが、針金で開けるには妙に複雑な鍵だったため、難航する。
(早くしないと、皆が来る……そしてきっと止められる……)
 啓斗はそう判断し、作業を早めようとした……とその時。
「……啓斗……」
 突如響いた慶悟の声に、啓斗ははっとしてそちらを向く。そこには皆の姿があった。青ざめた木野の姿も見える。呆然と立ち尽くした、今野の姿も。啓斗は皆の視線から、目線を逸らしながら口を開く。
「キャサリン、助けようかなって」
「……マッチは?」
 シュラインが尋ねると、啓斗は何も答えず遠くを見つめる。
「それ、まさかマッチ?」
 葛が黒い袋を指差して言うと、啓斗はさっと後ろに袋を隠す。隠しても無駄なのは分かっていても、つい行動に走ってしまう。
「守崎殿、流石に食べるのは可哀想かと……」
「食べない。……増やすだけだ」
 溜息をつきながら、啓斗は口を開く。観念したかのように。
「増やす?まさか、繁殖させるのか?」
 ライが尋ねると、こっくりと啓斗は頷いた。
「売れるんじゃないかと」
 ずっとその様子を聞いていた今野が苦笑する。
「ごめんなさいね。……その子、返してくれるかしら?」
(せっかく捕獲したのに……)
 啓斗は暫く黒い袋を見つめ、仕方なく袋を開けた。途端にいい匂いが部屋一杯に広がる。
「くそう、いい匂いをさせおって!」
 一人だけ、妙に悔しそうに木野が呟いた。それから慌ててキャサリンの入れられている檻に向かう。キャサリンは木野に出会えて嬉しいのか、檻が倒れんばかりに木野に向かって擦り寄る。
「今開けるわ」
 今野が檻の鍵を開けようと近付こうとすると、マッチが立ちはだかった。ずん、と遮るように。そして木野に体当たりする。「ぐお!」とうめき、木野は檻の前から突き飛ばされてしまった。
「おお、魔界茸!」
 キャサリンの姿を見て、マルファスが嬉しそうに飛びつこうとする。
「食べるな」
 ライは至極冷静にマルファスの首を締めた。
「マッチ、キャサリンちゃんは嫌がっているんでしょう?」
 シュラインが言うが、マッチは動かない。
「両思いじゃないんだから、諦めないと」
 葛が言うが、マッチは動かない。ぴくりとも。
「娘はいつか嫁ぐものじゃが……本人同士の気持ちがすれ違っておってはのう」
 霜月が溜息をつきながら言う。マッチはキャサリンがしたようにいやいやをする。
「松茸の女の子を作ってもらえばいいんじゃないか?フられた相手に未練残してないで、前向きに生きればいいじゃないか」
 半分投げやりにライが言う。それでもマッチはいやいやをする。
「では……」
 慶悟はそう言って式神達をマッチの周りに纏わりつかせる。誘惑作戦だ。マッチは6つの茸に一瞬心を動かされるが、結局はキャサリンの前から動かなかった。
「中々、頑固だな」
 慶悟は眉間に皺を寄せる。心なしか、式神達もがっくりしているようだ。
「よし、こうしよう。マッチは俺が引き受ける」
 啓斗がさも良い案だといわんばかりに言う。だが、それは皆によって手を振られてしまった。
「……ねぇ、マッチ。まずはお友達から始めたらどう?」
 シュラインが進言する。その言葉に、マッチはびくりと体を振るわせる。
「キャサリンちゃんも。二人とも、お互い唯一の歩く茸同士なんだし」
「巨大な、な」
 啓斗が名残惜しそうに呟く。まだ目は獲物を諦めてない。
「……時々、会いに来るとかすればいいんだし」
 葛も続ける。木野をちらりと見ると、木野は仕方なくと言ったように頷く。今野はそんな木野の様子に微笑む。
「私からもお伺いしますわ。……いいかしら?」
 その言葉に、やっとマッチは動いた。今野がキャサリンの檻を開けると、途端にキャサリンは木野に飛びついた。軽く興奮したのか、火の胞子を吹きながら。慌てて皆が消火活動を行う。
「茸連と一緒に、研究をすればいいんじゃないのか?研究費って莫大なんだろう?」
 ライが言うと、木野と今野は顔を見合わせる。それからにっこりと笑う。
「いいえ」
「だって、ライバルですから」
 きっぱりと言い放つ二人に、その場に居る人間全員が呆気に取られた。木野と茸連の戦いは、まだまだこれからのような予感がするのだった。

●収穫
 6人の手には、それぞれ一つずつ大きな茸があった。茸連が研究に用いた松茸を、一人一つずつくれたのだ。
「迷惑かけましたからね」
 アイリーン達が申し訳無さそうにおずおずと出てきた。それを見て、シュラインは目を輝かせながら首を横に振る。
「それはもらえないのか?」
 啓斗が名残惜しそうにアイリーンを見たが、茸連は「それだけは」とだけ返された。
「マッチみたいに話す事はできませんが、味は同じですから」
 茸連のメンバーは、キャサリンを誘拐した割に始終穏やかだった。もしかしたら、一番傲慢なのはマッチだったのかもしれない。

「にしても、大きいわねぇ」
 シュラインが巨大松茸を見ながら言った。「今夜は松茸ご飯だわ」
「いいのかな……これ、持って帰っても」
 葛がじっと松茸を見ながら呟く。「パニックにならないかな?」
「大丈夫だろう。恐らくは」
 慶悟はそう言って煙草を口にする。「一見、松茸とは誰も思わない。ぬいぐるみにしか見えんからな」
「立派だな。しかも、いい匂いだ」
 匂いを嗅ぎながら、ライが微笑む。「味はいいんだろうか?」
「どうですかな?」
 色々な角度から松茸を見ていた霜月は、にやりと笑う。「そればかりは食してみなければ分かりませぬなぁ」
「繁殖は無理だろうな……残念だ」
 動かぬ松茸を袋に入れ、名残惜しそうに啓斗は呟く。そしてちらりと木野に抱きかかえられているキャサリンを見た。キャサリンはびくっとして木野にしがみ付く。
「木野さんは貰わなくて良かったの?」
 葛が尋ねると、木野は「ふっ」と言ってぎゅっとキャサリンを抱きしめる。
「僕はいいんです。キャサリンがいるんですから!」
 キャサリンは感動したように木野に擦り寄った。皆が良かったと思ったその瞬間、木野はぼそりと呟く。ぼそりと、だが確実に。
「いい匂いだったなぁ、マッチ」
(……まさか、動かないからいらなかったのか?)
 啓斗は思わず木野を見る。皆も同じように木野を見る。木野は呟きを聞かれた事にも気付かなかったかのように「え?」と言いながら微笑む。心底、嬉しそうな笑みを浮かべながら。
(いらないのなら、一応貰ってから俺にくれればいいのに。というか、寧ろくれればよかったのに)
 啓斗はそう考えながらじっと木野を見たが、そんな恨めしそうな啓斗の視線の意味に気付く事も無く、木野は大事そうにキャサリンを抱きしめている。
(まあいい。またきっと茸は現れる……俺の家の家計を潤すが為に)
 一度逃したものの、また再び現れたのだ。2度あることは3度ある。そして次こそは巨大茸達を捕獲できるかもしれない。三度目の正直、と言うではないか。
(待っていろよ)
 啓斗はそう考え、とりあえず手に入れた巨大松茸を見つめる。袋に入れている松茸は、いい匂いをしている。ちゃんとした松茸だ。既に収穫されている為、繁殖は無理かもしれないが。それでも、巨大茸を手に入れたことには違いなかった。
(次は繁殖だ)
 啓斗はそう決意しながら、袋の中の松茸を思った。家計が茸によって潤うのもそう遠くは無い話なのかもしれないと、予感しながら。

<胸に決意を秘めながら・了>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生 】
【 1697 / ライ・ベーゼ / 男 / 25 / 悪魔召喚士 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「茸王子」に参加してくださり、本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
 守崎・啓斗さん、再びの参加有難うございます。弾けたプレイング、大歓迎です。ただ、一人個別に動く事になってしまいましたが。因みにプレイングで大笑いしました。弾けたプレイング、大好きです。
 今回、少しずつですが個別の文章となってます。宜しければ他の方とも見比べてくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしてます。それではまたお会いできるその時迄。