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<東京怪談ノベル(シングル)>


生誕

 己という子

◇◆◇


 背後に駆り立てるモノがある。
 強くなる強くなる、為に、私と同じ物を見る。
 それは妹という名の繋がり。
 強くなる強くなる、それは、私が目指す物を見る。、
 ―――胸に芽生えたのは
 強くなる強くなる、やがて、私を、
 焦り―― 

 越えるというのか。

 ……焦りだ、(追いつけないとは思いますが)それはとても小さな、例えるなら目にも見えない、原子レベルの焦り。そう言って相違無い。
 だが、切欠には成る。
(他の巫女を出し抜く為にも)
 壁を越えろ。
 みそのは自らにそう沈黙をもって告げて、
 海に身を浸した。
 そう、これと同じ事だ。空気を取り入れ心臓を活かし、水を取り入れ細胞を潤し、融合とは、
 それよりも深く、深く、
 ―――彼女に現れるは
 侵蝕。
 妹と成れなかった―――
 水竜。

 みそのは微笑む。


◇◆◇


 水竜は彼女を抱きとめて、その豊満な肉に、
 己を奔らせる。
 みその、たおやかな指先から鱗が覆いつくしていく。音も無き所為に身体が、踊るようにもがく。やがて水を駆ける、腕の下と背にヒレが、そして全身が雄々しき尾となり、彼女と水竜が完了した瞬間、水が爆ぜた。
 その流れの強さは、感じる前に入り込んでくる、圧倒的な力に流舞するみその、世界に海が創られた時の嵐、 嬲られるみその、漂い、落ち、浮き上がり、六感全てを水は容赦なく責める。責めて、責め続け、
 果てには、海面を砕き割る一つの影となった。そして星空に届きそうなくらい、高い位置へ。だが、そこから落ち、海に叩きつけられ、沈み、嗚呼、
 また水が彼女をくるむ、千本の糸、かと思えば巨木、おおよそ水竜が記憶する、水の全てである。旅人を殺しうる豪雨であり、営みを破壊する津波であり、そして、
 優しくも。
 相変わらず水は強い、けして彼女を許さない。だが、翻弄されながらも、
 みそのは手を広げて、
 感謝した。

 そして、交わりは終わる。
 終りの余韻に浸る巫女。静かに、また海に沈む。意識よりも深く、深く、
 やがて光届かぬ場所に辿り着けば――

 形無き混沌。
 彼女の、前からの相手。


◇◆◇


 彼と呼ばせてもらえるなら、彼は、つまり、
 一切の闇であり、同時に全編の虹であり、
 無も無き零であり、有り触れる一であり、喜怒哀楽と、それにすら組せぬ感情、気高き桜も子供のぬいぐるみも夢の言葉も現実の血も愛も希望も光も、
 全て、彼である。
 闇は等しく全てを闇にするゆえに、
 時も無くみそのは飲み込まれた。
 暗く、暗い、暗さ。
 光の無い場所で足掻く、みその、それは、
 己の中で迷い子になると一緒で。深い闇のよどみにて。
 無明の彼女は、流れを感じる。だがそれすら今も、沈んでいく。全ては闇になる。私は、と思えど、私すら深くしずみ、みそのは、と呼べど、みそのも沈み、そうやって、飲み込まれていく、失われていく自我、融合には程遠い、捕食にも似た、嗚呼、
 だけどみそのは、畏れない。
 畏れれば、その時こそ、みそのは泣いてしまうから。
 だから深く、深く、彼女は全てを、彼に任せた。 深く、深く、愛するように、深く、深く、
 貴方を。


◇◆◇


 恐怖を覚えるくらいの優しさを。心が無になる程に落ち着いて。そして、
 束縛という名の腕から零れた後、みそのは、
 深く、沈む。
 それは最早、海という概念からも遠い場所。
 だからこそ、それはそこに在るのだろう。流れを感じる巫女。
 彼女は手を広げた。
(神よ)
 名も無く形も無く余りにも小さき、
 あの御方に遙か及ばないそれが、彼女の中に入り込んだ時、

 みそのは目を見開き、声も無く絶叫した。


◇◆◇


 神は神。
 己の中に訪れた違和感。その違和感は、感謝して、懺悔し、怒りを覚え、許しを来い、全て、投げ打ち、――あらゆる行動がみそのの頭に浮かんでいくが
 成す術が無い。
 狂っていくのが己にも解った。心の殻が溶解して、余りにも露わな感覚を、潰れるくらいに責められる、嗚呼、
 よがり声が聞こえる。
 それは己の声である。
 身体中が震えている、肢体が伸びきり、秒刻みに絶頂が訪れる。
 瞳から溢れるのは、涙、感謝を右目から溢れさせ、悲しみを左目から流して、やがてその意味も解合って、肉が、踊る。
 嗚呼この感情はなんだろう、余りにも強烈過ぎて、喜ぶべきか、悲しむべきかも解らないのに、何故私は、
 笑っているのか――
 選択、したのだ。
 全てを受け入れる事を、喜ぼうと。
 花を散らす風ですら、吹雪として愛でようと。
 みそのは。
 もう一度、笑った。
 そして一転、神たる己に腕を回す。穢れ無き欲望をもって、そして、その全ては、
 御方との甘い蜜月の為。

 強くなる、強くなる、私にしか、
 見れない物を見て。


◇◆◇

 神は感じた。
 それは余りにも純真で、そして計り知れない、物。
 そしてそれは激しい流れを持って、
 神は、

◇◆◇


 その後は、みそももうかがい知れない。
 だが身体の中に確実に刻み込まれた、痕、
 それはうずき、彼女を刺激する。甘い顔になる。

「……わたくし、」最後に残ったのは、
「一人」
 みそのである。

 火照る身体に、腕を回して、きつく、抱きしめる。
(もっと一つに、)
 わたくしに。

 御方の事を想いながら。