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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


月下戦闘

 がっちりとした体格をした、小麦色の肌の男が抜け目なく辺りを窺っていた。銀の髪はそよそよと妙に平和的に風になびいてはいたが、燃えるように赤い瞳はぎろりと周囲を見回している。鳴神・時雨(なるかみ しぐれ)は、ただじっとその時を待ち構えていた。
「……不届きもいい所だ」
 ぼそり、と時雨は呟く。苦虫を潰したような顔は、怒りの為か元のものかは分からないが。
 事の始まりは、あやかし荘の管理人である因幡・恵美の一言だった。
「最近、下着泥棒がいるんです」
「何?」
 鳴海は眉間に皺を寄せる。恵美は溜息をつき、俯く。
「女の子が多いでしょう?だからだと思うんですけど……」
 女の子、とひとくくりに果たしてできるのかどうかというのは置いておいて。恵美の言葉に、時雨が軽く怒りを覚えたのは言うまでも無い。
「許せんな」
「そうなんです。……鳴神さん。それで、お願いがあるんですけど」
 恵美の言葉に時雨は大きく頷く。
「分かっている。……泥棒は、必ずや俺が捕まえよう」
 そうして、闇の深くなった深夜、月明かりの元でひたすら『不届き者』を時雨は待ちつづけるのだった。

 目の前に、挙動不審の人物がいた。辺りをしきりに気にしているかのようにきょろきょろし、背を丸めてこそこそと歩く。まるで、自分が今ここにいると言う事を知られたくないかのように。
(怪しいのぅ)
 その後ろに、格好だけで言うとこれまた怪しい坊主が言った。夜なのに網代笠を被り、またその網代笠から覗く銀の目が妙に光っている。護堂・霜月(ごどう そうげつ)だ。
(ああいう怪しい輩は、放っておくとろくな目にあわぬからのぅ)
 霜月はそう考え、そっと後をつけた。暗殺者時代で培われた数々の技は、今こうして尾行するのにも役立っていた。あんなに周囲を気にしている男が、こちらに気付いている様子がないのだ。
「……何処に向かっておる……?」
 こそこそしながら、だが確実に不審な男はどこかに向かっていた。ちゃんと目的地があるかのように。霜月は首を傾げながらも尾行する。いつ何時、どのような事態が起こってもいいように。そうして、不審な男は何処かのアパートの前でぴたりと足を止めた。表札を確認すると、『あやかし荘』とあった。……と、その一瞬だった。霜月が表札を確認したその一瞬の内に、不審な男の姿が見えなくなってしまっていた。
「ぬっ」
 霜月は小さく舌打ちし、地を蹴って飛び上がり、屋根に着地する。上からあの不審な男を見つけるために。そうして、霜月は一つの人影を確認する。
「……あ奴か……?」
 そう呟いた瞬間、その人影がもの凄い勢いで振り返り、構えの形を取るのだった。

「見つけた」
 ぼそり、と時雨は呟いた。張っていた甲斐があった、とも。屋根の上に人影があったのだ。しかも、見るからに怪しい。月光による逆光の為に、顔は良く見えない。だが、その姿かたちは明らかに怪しい。
(坊主か……)
 笠に錫杖、袈裟姿。ここら一帯で坊主が出番となるものは何一つ起こってはいないのに、夜中に存在する坊主。怪しい事限りない。時雨は構えを取り、地を蹴った。

(こんな感じじゃったかのぅ?)
 霜月は地を蹴って屋根に上がってきた人物を見て、首を傾げた。自分が見つけて尾行してきた不審な男は、こうであったかと疑問に思う。だが、実際に目の前にこの人物しか存在しないのだから、あの不審な男が目の前の男であったのであろうとも考える。
(……まあいい。こんなんじゃったとすれば)
かなりアバウトに、霜月は断定するのだった。


 時雨は、アーム『ヒート』を発動させた。ヴィン、という小さな音が辺りに響く。
「貴様の悪事もこれで終わりだ」
 小さく呟き、大きく振りかざしてプラズマクローを放った。
「ぬっ」
 霜月は手にしていた錫杖を槍へと変化させ、放たれたプラズマクローを穂先で切り裂く。切り裂かれたプラズマクローは、余波だけを残して消えていく。
「ちょこざいな」
 時雨はそう呟き、次々にプラズマクローを放っていく。霜月はそれを次々と槍の穂先で切り裂きながら、時雨に接近していく。
「悪事……と言っていたが」
 霜月は確実に自分に向かっているプラズマクローを、これまた確実に切り裂いていきながら口を開く。
「お主の方が悪事を働いておるのではないのかのぅ?」
 霜月が時雨の懐に入った。貰った、と小さく霜月は呟き槍を時雨の腕に向かって振り下ろす。
「その厄介な腕は無くしてもらおうかのぅ!」
 逃れる術は無かった。正確に時雨の腕に振り下ろされようとした槍は、腕を切る以外は無いほどに。だが、槍が切ったのは空だった。
「ぬう!」
 時雨の腕は、肘前方が分離してしまっていたのだ。槍が通過した後、プシュ、と音を立てて腕が元に戻る。
「……貴様、からくり人間の」
 しばし霜月は考え、やっと思い当たって再び口を開く。
「はんばーぐ、か!」
 時雨の動きが止まる。軽くショックだったようだ。
「……それは、肉をこねて作った食べ物だ」
「……そうだったかのぅ」
「ぐ、しか合ってないぞ?エロ坊主が!」
 時雨はそう叫び、今度は『ブレイカー』を発動させる。高周波運動によるブレードが出現する。時雨はそれを振りかざした。霜月は鋼糸を取り出してそれを受けるが、一瞬のうちに鋼糸がばらばらになってしまった。
「そんなものは無駄だ」
 時雨が言うと、霜月はにやり、と笑う。
「……面白いのぅ」
 ばらばらになってしまった鋼糸を投げ捨て、霜月は槍を構える。時雨は再びブレードを振りかざしていく。
「ふん!」
 霜月はギリギリのところで槍を軸にし、時雨の後ろを取る。霜月にあたり損ねたブレードは、屋根の一部を破壊する。屋根は、一瞬のうちに粉と化してしまった。
「危ないのぅ」
 小さく霜月は呟いてしゃがみ込み、足払いで時雨のバランスを崩した。そして霜月はそこを狙って槍を振りかざす。……が、それは盾によって遮られてしまった。時雨が一瞬のうちに『キャンセラー』を発動させたのだ。
「……やるのぅ」
「貴様もな」
 ギリギリと押さえつけていた槍が、時雨の盾によって弾かれる。槍は月夜の中円を描きながら下へと向かい、ザクッという音を立てて地面に突き刺さる。
「ひい!」
 声がした。ばたり、と人が倒れる音もする。時雨と霜月は、互いに顔を合わせて下を覗き込む。すると、手に下着を握り締めた男が槍を目の前にして倒れていた。運良く槍に直撃しなかったようだ。そして、辺りの地面にはプラズマクローの余波のせいだと思われる穴がいくつも開いていた。
「……もしや」
「あれが、下着泥棒……?」
 互いに顔を見合わせる。そして同時に苦笑した。
「なんじゃ、あれが不審者であったか」
「すまんな。人違いだったようだ」
「じゃが、お主やるのぅ」
「貴様もな」
 互いが互いを認めあい、和やかな雰囲気になっていたその時だった。
「……ちょっとそこの二人、降りてきてもらえますか?」
 恵美が腕を組み、二人を見上げていた。傍らに倒れている下着泥棒は、ちゃっかり縄についていた。

「私は下着泥棒を捕まえて欲しいとは言いましたけど、ここを壊して欲しいだなんて言ってませんよ?」
 恵美は腕を組み、時雨と霜月を地面に正座させて説教する。
「……結局、ちゃんと捕まえたんだが」
 時雨が恐る恐る言うが、恵美はキッと時雨を睨む。
「だからと言って、壊しちゃ駄目じゃないですか」
「の、のう……別に私まで説教する必要は……」
 霜月が恐る恐る言うが、恵美はギロリと霜月を睨む。
「あなたも一緒になって破壊したんだから、共同責任です!」
 霜月はそっと時雨の方を見て、ぼそりと恵美に聞こえないように囁く。
「いつもこうなのかのぅ?」
 時雨は恵美に気付かれないように、こっくりと頷く。そうだ、と言わんばかりに。
「聞いてるんですかっ、二人とも!」
 恵美の声に、慌てて二人は正座を正す。
「時雨さん、あなたのお仕事分かってますよね?」
 にっこりと威圧的な恵美を浮かべ、恵美は言うのだった。

「で。何故か私もやらねばならぬのじゃな」
 霜月は苦笑しながら、そこに置いてあった板をひょいっと片手で持ち上げる。通常大人の男二人で持ち上げる、大きな重い板を。
「すまない」
 時雨は苦笑しながら、こちらも霜月から板を片手で受け取り、穴の開いた屋根を塞いでいく。
「そういえば、まだ互いに名も言い合ってはおらんかったのぅ」
「そういえば、そうだな。俺は、鳴神・時雨だ」
「護堂・霜月じゃ」
 持っていた板を置き、時雨と霜月は握手する。数々の戦いを潜り抜けてきた、戦友のように。
「さぼっていたら、今日中に終わりませんよ!」
 下から恵美の声が追いかけてきた。二人は互いに顔を見合わせて苦笑し、再び作業に取り掛かるのだった。

<あやかし荘を修復しながら・了>