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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


人魚の恋

++オープニング++

煙草に火を付けようか、それとも誰かにコーヒーを入れて貰おうか……、必死で考えながら草間は欠伸をかみ殺していた。
目の前では10代と思しき少女が一人で世間話に花を咲かせている。
「それで、ご用件は?」
一瞬少女が言葉を切った隙を逃さず、草間は口を開いた。
「あ、そーですよねー、その話をしなくちゃですよねー」
あはは、と笑って漸く少女は興信所を訪れた本題を話し始めた。
「えっとー信じて貰えないかも知れないけどー、実はあたし人魚なんですよぉ、でも半分だけでー、泳ぎが苦手なんであんまり海とか行かないんですけどー、実はぁ、人魚のママとの約束で17歳までしか地上に居られないんですねー、17歳になったら海に帰らなくちゃいけないんですー。でもあたし泳ぎ苦手だしぃ、ちょっと水が恐かったりするんですねー、それでー、今練習の為にスイミングクラブに通ってるんですよー、そのスイミングクラブに通ってる男の人がいてぇ、超カッコイイんですけどー、その人の名前とか全然知らないんですよー、だからぁ、それを調べて欲しくってぇ……、」
「ちょっとっ」
放っておけば限りなく続きそうな少女の言葉を遮って、草間は顔をしかめた。
「その、クラブに通ってくる男の名前を調べて欲しいって、それだけ?」
「え、まぁ、そうと言えばそうなんですけどー」
「そんなもの、自分でどうにでも調べられるでしょう、会員名簿とか色々……、」
「そうなんですよねー、でもあたし会員名簿とか何処にあるのかわかんないしー、それよりも早く泳げるようにならなくちゃ困るしー、あーん、ぶっちゃけ言うとー、あたし、再来週に17歳になるんですよー、再来週には海に帰らなくちゃならないんですー。だから最後の思い出にその人と海に行きたくてー、もう、何が何でもゲットしないと海に帰れないって言うかー、何か心残りじゃないですかぁ、そう言うのってぇ。だからぁ、あたしが必死で泳ぎを練習してる間に、調べて貰えたらなーって思うんですよねー」
この少女は一体どこで息継ぎをしているのだろう、一人で喋り続ける少女を目の前に、頭を抱えて草間は声にならない呻き声を上げた。
「ホントはー、ここで誰か泳ぎを教えて貰えたらなーなんて思ったりもしたんですけどー、そーゆーのは興信所の管轄外ですよねぇー?」
管轄外と言うならば、この少女の相手も管轄外だ。
こんな依頼は断ろう。
断るべきだ。
断るしかない。
さて、どうやって断ろうか?
草間はずきずきと痛む頭を掻いて深い溜息を付いた。

+++++


さてさて、この頭痛誘発剤の様な少女の依頼をどう断ろうか……、草間が苛々しながら煙草を弄んでいると、
「まぁ、草間さん。断るなんて可哀想です。私たちだけでも、協力して差し上げませんか」
と、のんびりした声がコーヒーの香りと共にやって来た。
「恋をするって、とても素晴らしいことですもの。それに……お慕いしている方と離れるのは、とても辛いことです。未練を残したままでは、この先ずっと、それに取り付かれてしまいます。彼女が笑って居られるように、彼女の願いを叶えたいんです」
少女がパッと顔を輝かせるのを見て草間は眉を寄せて声の主を見る。天慶真姫。生まれつき両目の視力を失っているが、それを気付かせない自然な動作で草間の前にカップを置いた。
続いて、クスクスと笑う声と共に少女にコーヒーを差し出す手が一つ。
「諦めたら武彦さん?」
草間の弱り切った顔を楽しげに見る、シュライン・エマ。何も二人でコーヒーを運ばなくても良いものではないか……と思うのだが、ふと顔を上げると応接室の扉の向こうには大量の人影。8月に入って以来の暑さに耐えかねた者や、暇を持て余している者、或いは何かしら仕事がないかと依頼を待つ者が、一台のエアコンの風で暑さを凌ぎつつ、こちらの話に耳を傾けている。
「元々が人魚っていう事は、一度も潜った事がなかったとしても水に入れば何となく解るんじゃないかなぁ……。何はともあれ、水に入って試すのが一番だと思う。いずれ帰るのは海だから、プールだと海とは環境が違うかもしれないし、感覚だけでも海の雰囲気にしてみる……?あたし、お手伝いしますよ?」
にっこりと人魚に微笑みかけるのは、鈴代ゆゆ。
「プールに一緒に行ってお教えしましょうか?人魚の泳ぎ方ですか?人の泳ぎ方ですか?どちらも多分教えられるとは思いますけど……」
一般人が聞けば『人魚の泳ぎ方とは何ぞや?』と首を傾げるかも知れない。が、それを知っているのは海原みなも。依頼人とはまた違った種になるのだろうが、人魚の末裔である。学校の補習授業を終えて立ち寄ったみなもは下敷きを団扇代わりに、自分を扇ぎながらこちらを見ている。
「会員名簿を手に入れればいいのね。それも手伝ってあげるけど、泳ぎを教えてあげるね。大丈夫、水は決して私達を傷つけたりしないわ。その代わり、と言っては何だけど、人魚の国の事とか色々教えて欲しいな」
―――どうしてこうも協力的な者ばかりがいるんだ―――草間は頭を抱えて人魚ににっこり微笑みかける秋月霞波を見る。時折自分の店から花を持ってやってくる霞波には水の精霊の血が流れている。精霊に働きかけて泳げない人魚に手を貸そうと言う。
「僕は恋とか全然だから、何が何でもゲットってどういうコトか良く分からないけど海には行きたいよね、夏だし!ちょうどプールに行きたいと思ってた所だし、そのクラブに入って本人に突撃リポートしよう!うん。ここはじめてなんで色々教えてください、とか言ってね」
バスケットマンだって夏は泳ぎたいのだ。エアコンと、みなもが起こす風のおこぼれに預かりながら、蒼月支倉が人魚に笑顔を向ける。
ああ、頼むから誰か反対してくれ……、イヤだと言ってくれ……、と草間の祈りが天に届いたかどうか定かではないが、
「ちょっと待て」
と、漸く非協力的かと思われる声が上がった。ホッと草間が視線を向けると、面倒くさそうにコチラを見ている男が一人。
「確認しておきたい事が二つほどあるんだが……、もしや物語の人魚姫の様に恋が成就しないと泡になってしまうとか……?」
と言う言葉に続けて「俺としてはこんなうるさいのが一人でも消えてくれたら世の中少しは静かになってくれるかもしれないと期待したりもするが」と言って女性陣に軽く睨まれたのは、香坂蓮。
「それから、その男をママ人魚の処まで連れて行く、とか言わないだろうな?そうなら、俺は絶対に協力しないが……」
……と言う事は協力するつもりなのか。草間の軽い失望に構わず、人魚は口を開く。
「あー、えーっとですねぇ泡になったりとかはしないですねー。ただぁ、誕生日を過ぎても地上に止まってると干からびて死んじゃいますー。ミイラですねー。あのー、人魚のミイラって聞いた事ないですか?あたし達ってぇ、海から出ては生きられないんですよねー、時々怪奇番組とかで取り上げられる人魚のミイラって多分あたし達の先祖か何かになると思うんですけどー、あれはちょっと情けないってゆーか折角ピチピチの人魚なんだからああはなりたくないじゃないですかー。だからホント、ラストチャンスって感じでー。これって、やっぱママにお願いしても無理だと思うんですよー、神様の管轄じゃないかなーって思うんですよねぇ。だからー、大丈夫ですー連れてったりはしませんよー。ただ一日で良いから一緒に過ごせたらなーって思うんでー……」
延々続きそうな人魚の言葉を、蓮はもう沢山だとばかりに手で遮って、鬱陶しそうに頷いてみせる。その横で、
「あ、あの喋りが一番苦手だ……」
と頭を抱える男がいた。真名神慶悟。食い扶持の為せっせと働く陰陽師だが……、一旦喋り出したら止まらない人魚に心底うんざりした様子で溜息を付く。
「……が、仕方ない……これも食い扶持の為だ……協力しよう……」
いや、断ってくれ。仕事なら他のを回すから是非とも断ってくれ……!と草間の無言の訴えは虚しく気付いて貰えない。
「スイミングクラブって、どこだ?事務のバイトで潜り込めば会員名簿なんかすぐ見えるじゃないか。あとの事は知らないが……、まぁ、海に行くなら車くらい出す」
と言うのは如月佑。因みに、レンタカー料金は草間に支払わせるつもりでいる。
人魚は自分の通うスイミングクラブの名前を告げた。
「あら?フィットネス・ドルフィンなの?そこなら私も通ってるわよ。体力付けに……。ねぇ?」
自分の椅子に腰掛けて、シュラインはソファの端に視線を送る。一言も喋らずひたすらコーヒーを飲んでいる男が、そこにはいた。
「ちょうど良いじゃない?協力なさいよ」
とシュラインの言葉に舌打ちして、男は顔を上げる。ケーナズ・ルクセンブルク。
「同系列のジムに通っていると言うだけで何故協力しなくてはならないんだ?」
とばかりにシュラインと人魚を睨む。良いぞ!と草間は心の中でエールを送ったが、次の瞬間ケーナズは掌を返した。どうやら彼のサド心が刺激されたらしい。
「分かった、草間君、引き受けることにするよ。本当は君をいじめる方が楽しいけどね」
と、にやりと笑って人魚に顔を向ける。
「私が水泳のコーチなんてしたら容赦ないぞ。泣いたって知るものか。自分も磨かずに恋を成功させようなんて十年早いからな。今日から鬼コーチと呼びたまえ」
「キャーッ!鬼コーチですかぁ!スポコンですねぇ!燃えますね!あたし精一杯頑張りますー!宜しくお願いしまーすっ!」
人魚はやる気満々である。もはや草間に協力して依頼を断ろうなどと言う者は現れず……、もう好きにやってくれ、と草間は匙を投げた。
そして、最後の思い出は徹底的に!ロマンティックに!!と言う女性陣の熱い要望で二手に分かれて依頼を遂行する事になった。
一つは、人魚の水泳指導。
もう一つは、人魚の思い人調査である。

+++++


さて、人魚の思い人調査をする事になったのは真姫、蓮、佑、慶悟、支倉、シュラインの6人なのだが……、この6人にはそこはかとない疑問が一つだけあった。
曰く、人魚の思い人は魚顔・海の生物体型か否か。
相手特定の為に特徴を聞いておこうと言うのに答えて、あの例の調子で語られた思い人の特徴は……、身長170cmから180cm、肉付きが良く肌は健康的な日焼け、髪は黒、体毛が毛深くぷっくりした頬、唇は情熱的に厚い。鼻は少々丸い。
水泳用のキャップとゴーグルを付けている処しか見た事がない為、髪型や目の様子は分からないと言う。
そして極めつけ、一度見たベンチで休んでい姿がアザラシの様でとてもキュート!
……果たして可愛らしい人魚の思い人とはどんな人物なのか……、何だか妙に気になる。
「特定出来たか?」
ロビーで煙草を吸う慶悟に、深夜にこっそり盗み出した名簿のコピーを差し出すのは蓮。
3日間ひたすらロビーで粘って人魚の語った特徴にピッタリの人物を見つけだした慶悟はゆっくりと頷き、佑が立つ受付を顎で指した。
今、佑の前に立つ男が一人。
「あれだ、多分」
多分と言うか絶対、そうだ。河豚の様な頬にアザラシのような体、目に触れる手足にはむさ苦しいほど濃い体毛。
受付を済ませた男がプールへ続く廊下へ進んだのを見て、蓮と慶悟が佑のもとへ進み出る。
「名前は分かった。あとはシュラインさん達の仕事だな」
言いながら佑が慶悟の手の名簿から男の名前を探し出し、ボールペンで○印を付けた。
「住所氏名に電話番号は勿論、その人となりも調査するんだそうだ」
「女性陣の言いつけでね。犯罪入るような気もするが……、まあ、折角の想いを泡抹にするワケにもいかないからな、麗しき?人魚姫の頼みだしな」
溜息を付く蓮の隣で、慶悟は苦笑した。
取り敢えず相手と名前が特定出来たから、まあ後は簡単だ。慶悟は式神を召喚し、男にそっと付かせた。
処変わってプールサイド。
クラブ生として潜り込んだ支倉はシュラインと真姫からやや離れた処に立って人魚の思い人が現れるのを待った。
彼の役割はそれとなく男に近付いて彼女の有無を確かめる事、そして、好みの女性のタイプや、可能であれば人魚が海に帰るまでの間に一日、つき合って貰う時間があるかどうかを聞き出す事だ。
水着に着替えた男がやって来た。支倉はシュラインに目配せした後、自然な動作で男に近付く。
「すみません、僕、今日初めてここに来たんでちょっと分からなくて……、教えて貰えませんか?」
突然の少年の出現に、男は少々戸惑ったようだ。しかしすぐに了解して何やら説明を始めた。
シュラインはその様子を横目に見つつ、近くにいた一人のスタッフを呼び止めた。
時折世間話をする中年の女性だ。
「実は折り入ってお願いがあるんですけど……、」
近々海外に引っ越す人物に、どうしても気になって仕様がない男性がいる。と、最後の思い出作りのきっかけの協力を頼む。
そう言った類の話には興味津々のスタッフだった。快く協力を約束し、相手の名前を告げると練習日と練習時間、加えてクラブ生の利用が一番少ない時間帯まで教えてくれた。
「問題は、相手の方の気持ですね……」
真姫がそっと溜息を付く。
そう、問題はそこなのだ。相手の名前や年齢が分かっても、好みのタイプや素行が分かっても、人魚への愛情を感じなければ、最後の思い出も何もあったものではない。
「そうなのよね……」
ここから先、どうしたものか……、シュラインと真姫は支倉と話しながらプールに入って行く男の背を見た。

+++++


人魚の水泳指導と恋人調査を開始して1週間が過ぎた。
途中経過報告と称して全員がプールサイドに集まった。
「で?どうなの、そっちの方は?」
シュラインが水泳指導に当たっている4人を見る。と、4人はそろって首を振った。
「落ち零れも良いところ落ち零れですね……」
うんざりとした溜息を付くのは、鬼コーチ・ケーナズ。
「あ、でも頑張ってるんですよ、プールに入る事は、出来るようになって……、ねぇ?」
ゆゆがみなもと霞波を見る。
二人は僅かばかりの笑顔を浮かべて、頷いた。
「そう、努力はしてるんです、努力は……。練習をサボった事もないですし」
「問題は『泳げない』って思い込んでる事、かしら……、」
「それで、そちらの方はどうなんです?」
ケーナズに言われて、支倉が手を挙げる。
「名前と住所、氏名、年齢なんかはみんなが調べてくれたんだ。で、僕は直接会って色々話したんだけど、結構良い人っぽいよ」
「素行も特に問題ないみたいだな」
佑が言う横で慶悟も頷く。
彼が男に付けた式神からの報告によると、男は極真面目に働き、定期的にスイミングクラブに通ってくる。夜遊びをする事はなく、堅実な生活をしているようだ。
「堅実、と言えば聞こえが良いが悪く言えばパッとしないって事だな。趣味はカップ麺の新商品を食べる事、らしいからな」
一体そんな男の何処が気に入ったんだ、とばかりに蓮が苦笑を漏らす。
「でも、想いは本物なんです。遊びとか、一時の気の迷いではなく、心から相手の方を恋しいと思っていらっしゃるんです」
それは、事実だ。真姫がその能力を使って読みとった、人魚の紛れもない一途な想い。それだけで、理由は十分。
「ところで、その肝心の人魚はどうした?」
慶悟の言葉で全員がプール内を見回す。が、姿が見当たらない。
「あら、どうしたんでしょう……?一緒に出てきたと思ったんですが……」
みなもはシャワールームに視線を注ぐ。
「何かあったのかしら?」
霞波が首を傾げる。まさか今日になって突然練習がイヤになった……、なんて事はないだろう。
「あ。あたし、見て来ますね?」
ゆゆが言い、更衣室へ向かった。
そして数分後。
ゆゆに支えられるようにやって来た人魚は水着の上に大きなバスタオルを羽織り、全身をすっぽりかくして現れた。
「まあ、どうしたのですか?」
真姫が驚くのも無理はない。人魚の感情はどうしようもなく千々に乱れ、泣きはらした目をしょんぼりと全員の視線からそらせている。
「どうした、一体何事だ?」
人魚の目から大粒の涙が次々と零れるのを見て、慶悟は少々狼狽える。
「実は……、」
ゆゆが人魚に確認を取って僅かばかりバスタオルを払って白い素肌を見せる。
人魚はきめ細やかなほっそりと白い四肢を持っていたのだが……。
「まぁ……」
声を上げてから、シュラインは慌てて口を塞ぐ。
人魚の手足の所々が薄い銀色の鱗に覆われていた。
ゆゆに促されて人魚はバスタオルの下に隠してあった手を差し出す。
「……本当に、人魚になる準備が始まったんですね……」
細い指と指の間に、シャボン玉の様な透明の薄い水掻き。
少女の誕生日まであと1週間。
少女は誕生日を迎える日に人魚になるのだと信じ、依頼を受けた10人は、少女がどのようにして人魚になるのかなど念頭にも置いていなかった。
「大丈夫よ、元気を出して……、」
霞波が薄い水掻きを持った人魚の手を取り、力づけるようにゆっくりとさすった。
「あたし、こんな姿じゃ好きな人の前に出られない……、ちゃんと人間の女の子の姿で最後の思い出を作ろうと思ったのに、こんな姿じゃきっと気味悪いと思われちゃう、まばらに生えた鱗なんて汚いだけだし、この手だって、ぬるぬるしてて気持ち悪い……」
嗚咽を漏らす人魚に、一瞬全員が口を噤む。予想していなかっただけにかけるべき言葉が見付からない。
「キミは馬鹿か」
沈黙を破ったのはケーナズ。涙に濡れた目で自分を見上げる人魚。
ケーナズは厳しい目でそれを見返し、突然バスタオルの端を強く引っ張った。
「キャッ!」
慌てて鱗を隠そうとする人魚。
「その身体のどこがいけないと言うんだ?そもそもキミが人を恋しいと思う気持は外見一つで揺らぐものなのか?」
「そ、そうだよ!あの人、外見なんか気にしないと思うな、僕は!」
厳しさがケーナズ流の励ましだと取って、支倉が鱗や水掻きなんか全然気にならないぞとばかりに人魚の手を握った。
「思うんだが……、人魚と言うのは人間から見れば異形の生き物だ。それでも、良いと思った人間がいるから、おまえがこの世に存在するんじゃないのか?」
「その通り!外見や種族なんか些細な問題さ」
蓮の言葉に佑が頷く。
「相手の方を愛しいと思う気持は、変わらないのでしょう?」
以前、想い人を亡くしている真姫の言葉には切実な思いがこもっている。
「でもあたし泳げないし、身体はこんなだし、あの人が人魚でも良いって言うかどうかなんて分からないし……」
日頃の元気はどこへやら、口の中でモゴモゴ喋る人魚。
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!気持は伝えなくちゃ!!」
「そうですよ、諦めないで頑張りましょう!」
「まだ1週間あるもの、泳げるようになるかも知れないし、気持を伝える時間だって、あるわ」
ゆゆとみなも、霞波が懸命に人魚を元気付ける。
「私達は最後まであんたに協力するわよ」
シュラインが同意を求める様に全員を見回した。
ここまで来て否と言う者がいる筈がない。
人魚が零れる涙を拭ってゆっくりと頷くのを見て、全員が安堵の息を付いた。

+++++


1週間あると言っても事態は切迫していた。と言うのも、人魚の身体を覆う鱗があまりに多く成りすぎると人気のあるプールでの練習が不可能になるからだ。特に人魚はまばらな鱗を酷く気に掛けるのでこれ以上鱗が身体を覆う前に決着を着けなければならない。
最終的な海での思い出作りと言うのは、人魚が断念した。
「二人っきりになれる場所があるなら別だけど、今の季節、どこに行っても芋こね状態でしょう?そんなところで、こんな身体、晒すのはいやです」と言うのが言い分だ。
そこで力を貸してくれたのが、シュラインが協力を頼んだスイミングクラブのスタッフだ。人魚の事情までは知らないが、毎週木曜日のプール清掃を完全に任せてくれたのだ。
「つまり、プール内の清掃をする代わりに半日自由に使っても良いってことなの。掃除が貸出料金みたいなものね」
とはシュラインの言葉。木曜と言えばたった二日後だ。一同はにわかに忙しくなった。
まず、ケーナズ・ゆゆ・みなも・霞波の4人は寝る間を惜しんで水泳指導に当たった。クラブだけでは時間が足りないので別所のプールや銭湯、風呂も利用した。水の中でアップアップするばかりだった人魚が落ち着いて浮かんでいられるようになったのは素晴らしい進歩だ。
次に、支倉が親しくなった男に木曜の予定を尋ねる。因みに男の素行や身辺は慶悟の放った式神によって徹底的に調査され、女性陣によって優との決断が下っていた。外見こそアザラシの様だが、内面は本当に細やかで気の利く人物のようだ。
シュラインは木曜に間違っても他のスタッフや清掃業者が現れないよう話し合いを付け、完全に1日の間プールが自由に使えるように確認を取った。当日、支倉に誘われて休みの筈のクラブに顔を出す男の運転手を買って出たのは佑。そして、当日のムード作りに協力するのは真姫と蓮だ。

そして迎えた当日。
ゆゆが作り出した南国の海の幻影の中で胸を押さえて震えているのは人魚。
ビーチに姿を変えたプールサイドにパラソルを立て、小さなテーブルを置いて、そこに霞波が持ってきた花を飾った。
「思い人の事を他人に調べて貰おうと言うのは随分虫が良すぎると思ったが……、まあ、そこは目を瞑るとしよう」
言って、ケーナズは女性陣が今日の為に結い上げた人魚の髪のほつれを指で撫で上げた。
「この花、私からのプレゼント。日々草と言うの。意味は、友情・楽しい思い出。記念にね」
霞波は日毎に美しく咲く処から「日日草」と名付けられた花を人魚に差し出した。テーブルにも同じ花が飾ってある。
「セッティングは完璧!もう少しで佑さんが相手の人を連れて来ると思うんだ。頑張って」
「頑張って、思いを伝えてください。影ながら応援します」
支倉と真姫に言われて、人魚はゆっくりと頷いた。
「大丈夫、今日のキミ、すっごく可愛い!自身持ってね」
「本当に、可愛いですよ。その水着、良く似合ってる」
出来る限り鱗は隠しておきたいと言った人魚の為に、ゆゆとみなもが用意したのはパレオと、南国風の薄いショールだ。腰に巻いたパレオが足の鱗を隠し、極自然に肩に掛けたショールが腕の鱗を隠している。そして、その出で立ちは若い人魚にとてもよく似合っていた。
「あとはあんた次第だからな、俺達にはどうしようもない」
慶悟が言い、蓮が頷く。
「まあ、精々頑張れ。おまえの希望通りのセッティングだしな」
「自信を持ちなさいよ、大丈夫だから」
シュラインが言ったところで、シャワールームから水の流れる音が聞こえた。
どうやら男がやって来たらしい。
「待たせたな」
佑が別のシャワールームから姿を現して言った。
「さあ、俺達は移動しよう」
BGMにバイオリンを奏でる蓮を椰子の木に姿を変えた柱の後ろに残して9人は2人の様子が見える影に移動する。
「あ、あの、初めまして……」
今ひとつ、何故自分が呼び出されたのか分かっていない男に、人魚が近付いて上擦った声で話しかける。
今日までの経緯を簡単に、人魚にしては珍しく言葉少なく話したらしい。
男が照れたように頭を掻いて頷いた。
ゆっくりと蓮のバイオリンが始まる。
二人は微笑みを交わし、手を取り合って海に入っていった。



end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0428 / 鈴代・ゆゆ        / 女 / 10 / 鈴蘭の精
0389 / 真名神・慶悟       / 男 / 20 / 陰陽師
1252 / 海原・みなも       / 女 / 13 / 中学生
1379 / 天慶・真姫        / 女 / 16 / 天慶家当主
1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 / 製薬会社研究員(諜報員)
1532 / 香坂・蓮         / 男 / 24 / ヴァイオリニスト(兼、便利屋)
1384 / 如月・佑         / 男 / 21 / 大学生
1653 / 蒼月・支倉        / 男 / 15 / 高校生兼プロバスケットボール選手
0696 / 秋月・霞波        / 女 / 21 / 自営業
0086 / シュライン・エマ     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト


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■         ライター通信          ■
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好きな食べ物を聞かれ、ハンバーグとシチューと答えて笑われた佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
閉めたと思った窓が閉まっておらず、初めて10名様の受注となりました。
人数が多くなればなるほど、一人一人を書くのがとても難しいのだと学習。以後、少人数
での受注を心に誓いました。
長いばかりで内容のない、お一人お一人の活躍が少ない、つまらない話になってしまって
申し訳ない限りです。
これでも精一杯書いたつもりなのですが……(*_*)
少しでもお気に召して頂ければ幸いです。そして、また何かでお会い出来れば幸いです。