コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


雨降らし<後編>

□オープニング□

「そうか…ご主人様がねぇ」
 草間は雨が降らないという洋館を調べていた。が、手詰まりになったため、6名の人間に調査を依頼していた。リムジンから玄関に入るだけでずぶ濡れ状態の6名。正確には名ばかりのリーダーをしていた樹多木を含め、7名の報告を聞いてため息をついた。

 また、フリダシか……。

 原因の判明とまではいかなかったものの、怪しい場所の特定は出来た。それだけでも、成果があったと言える。しかし、問題がある場所が主人の部屋となると、あの誠実そうな執事が簡単にうなづくとは思えなかった。
 所在無く泳がせた視線の先で、雨が闇色の粒をガラスに叩きつけている。
 草間は一様に礼を言って6名を帰宅させると、ひとり事務所に残り、零とお菓子を食べている樹多木を一瞥した。

「あんたはどう思うんだ?」
「うち? はぁ〜そうじゃね……」
 頬張ったポテトチップスを飲み込んで、樹多木は首を傾げた。零が気を利かしてお茶のお替りを注いでいる。
 ひとしきり腕組みで唸った後、
「とにかく、主人の部屋に入ってみたら分かると思うけどね」
「俺に交渉しろって……ことか?」
「だって、あんたがうちに依頼したんじゃもん。当然!」
 確かに樹多木に依頼したのは自分だった、が、草間は『お願い』いうものは苦手なのだ。口の達者な樹多木の方がこういう交渉事は有利に決まっている。じゃあ、彼女に話をしてもらうよう頼めばいいのだが、これもまた『お願い』の類――。
 言い出しあぐね渋面していると、零が助け船を出してくれた。
「あら、要さんの話術にかかったらどんな人でも心を許しちゃいますのに!」
「え! そぉ〜お? 仕方ないなぁ。零ちゃんこそ、人を持ち上げるの上手いんじゃから」
 樹多木が視線を横に流し、草間が静かにうなづいた。
「わかった、うちが交渉するわ。後で、ネタをもう1つもらうけど…それでいい?」
「うぐ……早く電話しろ……」
「まぁまぁ、今日の今日では話にならんよ。それに、うち女性は苦手じゃから、時間かかるよ」
 2・3日経ってから、連絡するのが良いという樹多木の言葉に草間は渋々首を縦に振った。この雨があと何日続くというのだろうか……変わった人間に任せてしまった自分を呪うしかないのか。
「今、なんてった?」
「女性は苦手って……それがどうかした?」
 交渉と後日樹多木に与えねばらならないネタのことばかりが頭にあって、気づくのが遅れた。
「市橋は男だ。主人だって男じゃないか。メイドと交渉したってダメに決まってるだろうが」
「何言ってんの!? 主人はおばあちゃんだよ」
「は?」
 実は草間も主人に会ったことがなかった。広大な屋敷主人ということで男――という先入観が働いてしまったらしい。だから市橋にあえて確認することもしなかったのだ。では、何故樹多木はそれを知っているのか……。
 聞いても答えてくれるはずもないので、聞かなかった。それ以上に負けた気がして嫌だったのだ。

 3日後、樹多木から「OKが出たよ」と連絡あった。
 ふやけかけた頭を引き締め直し、人選にじっくりと時間をかけた。
 もうこんな雨は御免だった。


□再び屋敷へ ――海原みなも+橘穂乃香+朧月桜夜+瀬水月隼

 長い銀色のリムジンが屋敷の前に止まった。広大な敷地と計算された美を備える庭、古びてはいたが美しさを失わない洋館が晴天の空の下にそびえている。
 先日訪れたばかりだというのに、その空気は懐かしくもあった。樹多木は大きく息を吸い込むと、それぞれに降り立った協力者を振り向いた。
「長旅、ご苦労さん。お茶でももらう?」
「そんなことより、先にあのジイさんに会わせろ!」
 車内で、幾度となく桜夜に声を掛けられても返事をしなかった隼が、突然声を荒げた。
 出迎えの中に、隼の言うところのジイさん――白神家の執事である市橋の姿はない。メイドが2名、玄関を中心に両サイドに立っているだけだった。

 調査の段階では、樹多木を含め7名。今回は白神家側の意向で2名減ったが、調査を実行した同じメンバーの顔が並んでいる。遠くを見渡せば、相変わらず雨のカーテンが揺れている。不思議で幻想的な光景だが、隼にはイラつく源でしかないようだった。その起因はもちろん、既に屋敷内に入ろうとしている茶色く長い髪の少女である。そのことを知っているのは、樹多木だけだったが――。
「主人には話を通したはずなんだけどね……市さんだけは、渋るんじゃもん」
 メイドについて歩く。
 みなもが穂乃香と並んで、廊下の絵画について囁いている。その後ろを鼻歌混じりの樹多木、桜夜の腕を振り払うこともせず、憮然とした顔で隼が歩いていた。
「樹多木さん、私気になって、あれからずっと調べてたんです。ちょっと言ってもいいです?」
「…うん? ああ、いいよ。でも、入力したいから応接室についてからでいい?」
 みなもがうなづく。穂乃香が後ろ手に持っていたモノをそっと両手で胸に抱いた。立ち止まると、
「樹多木お姉さん…これ、真様にお渡してもいいでしょうか?」
 おずおずと差し出された淡いピンク色の見慣れた花。樹多木は目尻を下げて笑った。
「きれいなスイートピーじゃね。きっと喜んでくれるよ」
「そうだと、いいのですけれど……」
「喜んでくれるって、これ『常花の館』に植えられてたんじゃろ? 切るのが辛かったんじゃない?」
 穂乃香は植物の心が分かる少女なのだ。樹多木とは10歳以上も幼いとは言え、大人びた配慮のできる穂乃香は、やはりすでに「主」としての風格を持っているのだと深く関心した。

 通された応接室にも、市橋の姿はなかった。
 メイド長が代わりに、お茶とお菓子の用意をしてくれる。
「市さん、どうかしたの?」
「真様に呼ばれて、『雨月の間』に出向きました。ご伝言がございますが、今お伝えしてもよろしいですか?」
 口元に年齢を感じるメイド長。彼女が言うには「部屋へは少数で願う」とのことだった。
 主人が女性であることは、リムジンの中で全員に伝えてあった。動揺する者もいたが、女性であることがわかったことで真実への糸口を見出し始めた者もいた。
 部屋へ向かう人選をせねばならない。まず手始めに、情報と意見を交わすことになった。

                      +

「まず、私がお話してもいいですか?」
 みなもが身を乗り出して、手を上げた。反対する者もいるはずもなく、小さく咳払いをしてみなもは口を開いた。
「一番気になっていたのは、水はどこへ行ってしまったのか――ということなんです」
 穂乃香が頷き、樹多木の叩くキーの音が響く。
「植物が水分を与えられなくても大丈夫なのは、地面には充分に水があるわけですよね。でも、井戸は枯れてしまった…なら、別の場所に水が集中しているんじゃないかって、そう思うんです」
 みなもはしゃべり切ると、息を吐いてソファに座った。隼が桜夜を小突く。
「…えっ、あたし? うーん、確かにご主人様がいる部屋辺りが一番霊気を感じるわ。正確には霊気というよりも、オーラと言った方がいいかも」
「俺はとにかくジイさんに言いたいことがある」
 樹多木は目を閉じて、それからお菓子をひとつ取り上げた。包み紙を開きながら、グルリとテーブルの4人を見た。
「じゃあ、こうしょうか。おばあちゃんとこに行くのは2人。まず、お花をあげたい穂乃香ちゃんはこっちね。あとは、誰か希望は?」
「俺は興味ない。桜夜! お前、色々聞きたかったんじゃないのか?」
「うん!! 私なんかこう燃えるのよね〜」
 両手を握り締めて立ちあがろうとする体を見上げ、隼がため息をつく。今日は別行動である、安心する心と心配する心――無論、後者はおくびにも出さないが。

 隼はプリントアウトした写真を樹多木に投げた。
「石の柱……? これ何の写真なのですか?」
 穂乃香は首を傾げ、あまり大きくはない写真を見つめた。深い森の中にそびえ立つ石柱。名前が彫り込まれているらしいが読むことは出来ない。
「桜夜がこの間来た時口走った、「60年は長過ぎる…」ってぇ言葉。俺は60年前、ここで何かあったんじゃないかと調べたんだ。そしたら、この写真が出てきた」
「ねぇ……隼。これって、アタシが座ってた岩に似てない?」
 樹多木は使用していた具現字で、桜夜と隼が見た岩を確認していた。確かに、色と形状が似ている。
「これは陰陽石だ」
「まさか! これが天候を操れるっていう石? 陰陽石は中国の伝承であって、現実には存在しないんじゃないんですか!?」
 みなもが高い声をあげる。穂乃香が驚いて、ティーカップを取り落としそうになった。
「夷水の辺、難留城山の洞穴にあるってぇ代物さ。紛い物かもしれねぇが、一応あったみたいだぜ。で、これはその一部」
 戦前の日本は中国との交流が盛んだった。特に稀少価値のあるものや珍しい物品についての規制が甘かった。この石柱も検査をすり抜けた中のひとつだったらしい。それがこの白神家に置かれた――隼が追うことができた情報はここまで。
「じゃあ、なんで置かれたかは分からんのじゃね」
「意味があってのことでしょうか?」
「みなもちゃんが聞いてみるのが、一番の早道かもよ」
 問いかけてくる青い目をじっと見詰めて、樹多木はにんまりと笑った。
「決まり!! おばあちゃんと話すのは、穂乃香ちゃんと桜夜。で、市さんに質問するのはみなもちゃんとあんた、OK?」
 視線を受けた隼が早くしてくれとでもいいだけに、目だけで頷いた。樹多木が手を打つと、メイド長が近づいて一行は『雨月の間』へと歩き出した。

□『雨月の間』にて ――橘穂乃香+朧月桜夜+海原みなも+瀬水月隼

 木製のドアを開けると、市橋のグレーの背中が見えた。射し込んだ光を受け、眩しそうに細い目を更に細くして横へと移動する。彼の体が隠していた先、ドアから一直線にあるロッキングチェアにまとめられた白髪が見えた。
「真様じゃね? うちは樹多木要です。これから雨が降らんことについて、話を聞かせてもらえるじゃろうか?」
 声に反応して、椅子から立ちあがった細い体。フラリと揺らぐ――。
「真様!!」
 年老いているとは思えない素早さで、市橋はその体支えた。
「大丈夫、ありがとう……」
「私は、そこに控えておりますから」
 白髪と同じくらい白い顔をした女性が、市橋の腕に支えられて振り向いた。屋敷の主らしい落ち着きと優雅な雰囲気。隠し切れない上品さが、服装やしぐさから滲み出ている。長椅子に腰掛け直すと、ソファに座るよう樹多木らを促した。
 隼は座らず、桜夜の横に立った。メンバーと挨拶を交わす真をしばらく見つめてから、隼は彼女の後ろに控えている市橋を睨んだ。
「おい!ジイさん! 俺はアンタに話がある。バアさんの話は桜夜とチビッ子が聞く。アンタはこっちに来い!」
 胸ぐらを掴まん勢いで、隼が市橋に詰め寄った。みなもが慌てて立ちあがりフォローする。
「は、隼さん!! あの私もお聞きしたいことがあるんです。いいですか?」
「わかりました……。真様、隣のお部屋へ…彼らを案内してもよろしいでしょうか?」
 一瞬真の表情が暗くなり、大きくゆっくりと息を吐いてからうなづいた。
「いずれ、知ってもらわねばならないのでしょう? 案内して差し上げて……」
「――かしこまりました。海原様、瀬水月様、こちらへどうぞ」
 隼とみなもが年にしては長身の市橋の背中を追った。遠ざかっていく恋しい人の気配に、桜夜は思わず立ちあがる。それに気づいてか、隼が軽く手をあげた。樹多木はニヤニヤと隼を見て、「うちも後から行くよ」と言った。


□ ――橘穂乃香+朧月桜夜

 隼の言動に驚いて、渡し損ねていたプレゼントを穂乃香が差し出した。
「まぁ、きれいなスイートピーですのね。ありがとう、お嬢さん」
「お花さんも、回復を祈って下さいましたわ。この来訪で悪化しなければいいのですけれど…」
 スイートピーを呼び鈴で呼んだメイドに飾らせると、真は額に手を当てた。体調を崩しているというのは本当らしい。伸ばしていた背筋を緩め長椅子にもたれた。
「こんな格好で失礼しますわ。何を…話せばいいのでしょう」
 樹多木は咳払いをひとつして、隼とみなもが消えたドアを見た。桜夜は真とドアの向こうとを交互に視線を走らせている。
「簡単なこと。想い出話をしてくれればいいんじゃけど」
「――あのドアの向こう、気になられるのですね……」
「何があるっていうの? アタシはこう見えても陰陽師よ。圧倒的な霊気があそこから流れてくるわ」
 穂乃香が樹多木の手を握った。霊気という言葉に怯えたのだろうか? それよりも桜夜の勢いに驚いたのかもしれない。
 辺りを空見して、真は目を閉じた。
「あなた方に依頼したのは、市橋の独断なのです。わたくしはずっと恐かった。知られてしまうことが――いえ、忘れられてしまうことが」
 頭の中で過去が映像となって翔け巡っているのか、しばし女主人は闇世界の住人でいた。
「――雨が降らない原因は、わたくしにあるのかもしれないのですね」
「うちはそう考えてる。オバァちゃんも本当は分かってるんじゃないの?」

 ドカッ!!

 真が樹多木に静かで悲しい目を向けた瞬間だった。激しい音があのドアの向こうから聞こえた。
「やれやれ、お呼びのようじゃわ。桜夜、穂乃香ちゃんお願い。うちは、あっちに顔出してくる」
「うん……要さん、隼がひどいことしないように叱っておいて」
「分かった分かった。心配せんでも、みなもちゃんが止めてるって。じゃ、行くから」
 アイツがあんなに荒れてる理由――この娘は知ってんのかねぇ……。隼の苦労が見える気がした。純粋に彼のことが好きなのに、変に鈍感……2人が甘い仲になったところを想像できないと、樹多木は苦笑した。
 まだ心配そうな桜夜を置いて、樹多木もドアの向こうに消えた。穂乃香がおずおずと桜夜の横に座り直した。
「人に話せば、それだけで心が軽くなることもあります。今回の依頼とは関係のないことでもかまいませんから、何かお話し下さいますか?」
「そうよ! 本気で事件解決してもらいたいんならね、ちゃんと…言うことは言わなきゃダメよ? 封じられた想いは、行き場を失くしちゃうもの。行き場を失くした想いは…歪んじゃうのよ。想いは生きるから、ちゃんと呼吸をさせてあげなくちゃいけない」
 穂乃香がうなづく。真の白い手を取って、もう一度言った。
「お話して下さいますわよね?」
 握られた手が小刻みに震えている。思わず立ちあがっていた桜夜が穂乃香の横に体を沈めた。
「すべてお話ししますわ。わたくしの過去も、隠し続けていた心も――」
 そっと穂乃香の手の平を開くと、グラスの水をひと口飲んだ。
「あのドアの向こうは『浄土の間』、すべての始まりで、わたくしの今を支えるもの」


□60年という歳月 ――海原みなも+瀬水月隼

「ジイさん! 60年前に何があった!」
 ドアを入るなり、隼は怒鳴った。市橋が僅かに下を向く。そんな2人に驚いたが、みなもはそれ以上に『浄土の間』の様子に目を奪われた。
「隼さん!! あれ! あれを見て下さい」
 掴みかかりそうになっている青年の上着を引っ張った。うっとうしそうに払おうとして、隼もまた視線が固定される。
 流れ続ける水音。湿気が充満し、窓一つない。部屋の中央にあったのは、小さな泉だった――。
 条件は揃っているはずなのに、カビひとつ生えていない室内。霊感のない2人にさえ、ビリビリと伝わってくるオーラと神聖なるものの力。
 みなもがそっと水に触れた。
「これは地下水ですよ!」
「おい、どうしてここに地下水がある? あのバアさんと何か関係があるのか!?」
 真がいる方向を一瞥して、市橋は視線を落とした。隼はイライラと床板を踏みつけた。
「プライベートなことに首を突っ込む気はねぇ、だけど真実を話さなきゃ、解決できるわけがねぇんだ」
「あの敷地の端にあるは『陰陽石』ですよね? この水はあそこの地下から来ているんじゃないですか?」
 みなもが写真を見せる。2人の言葉に、市橋は眉間に指を当てた。
 心を静め、真実を話す準備をするかのように顔を両手で覆い、そしてゆっくりと泉を見つめた。

「お察しの通り、この写真の石柱は中国から取寄せた『陰陽石』です」
「それがどう、今回の件に関わっていると思うんだ? 過去をすべて話せ、それからあの女主人とアンタの関係についてもだ」
 みなもが予想外の台詞に目を丸くした。
「真様と執事さんのことが何か関係してるんですか!?」
「さあな、俺の感だよ。コイツに聞けばわかることさ。さぁ、どうなんだ!!」

 ドカッ!!

 激しい音が響き渡った。それに驚く様子もなく、市橋は静かに隼を見つめていた。みなもは胸に両腕を抱き、事の次第を見守っている。
 ドアが開いた。入って来たのは樹多木。待っていたかのように、忠実な執事は重い口を開いた。
「真様は何もご存知ありませんでした。私の一存で依頼したのです」
 ドアの向こうにいるであろう主人を思い出して、市橋は優寂の表情で語り始めた。

                     +

 ――白神家は長く続いた地主の家系。それ以上に、竜神を司るとされる泉を守り、周囲から尊敬の意を集めていた。
 60年前、真6歳、市橋10歳。主従の関係がようやく分かり始めた2人。まだ同じ敷地に住む幼馴染という関係でしかなかった。
 その年の暮れのことだった。突然に泉が枯れた。竜神の力が失われたのだ。「雨」を望む田畑を持つ者に「雨」を与えられない――それは、地主として、竜神の使いとして、大いなる力の喪失を知らしめるものだった。
 白神家先代はそれを恐れ、中国から1対の石柱「陰陽石」を取寄せた。威厳を尊敬の眼差しを失わないために。 
 真は6歳にして、「陰陽石」を操る巫女に祭り上げられた。
 湿った「陰石」を叩けば雨が降り、「陽石」を叩けば空は晴れた。真は叩き続けた――打つ者の心と感応し合う石。市橋は白神家の執事であった父に、真を守るよう命じられた。

 間もなく始まった戦争。これを期に、白神家を取り巻く環境は年を追うごとに激変していく。
 田畑は失われ、住宅や工場になった。必然的に「雨」を求めるものは減り、白神家を敬うものは年々天へと召されていった。先代も戦後まもなく天界人となっていた。先代の守りたかった尊厳は象徴としてだけ残り、屋敷には真と市橋のふたりが残った。

                      +

「俺が見た石は1つだったぜ?」
「所詮は伝説を切り取った一部に過ぎないのです……」
 みなもが唇に手を当て「まさか…」と声をこぼす。
「本来、「陰陽石」は1対で意味を成すモノ。片方が失われれば、その力は消滅する――当然の摂理なのです」
「じゃあ、今その力はないんじゃね?」
 市橋の肯定の頷き。樹多木は唸った。雨がこの屋敷にだけ降らない理由が、「陰陽石」の影響ではないとすれば、何が原因なのだろうか?
「この泉は何を意味しているんですか?」
「真様のためです……。陰陽石の影響が体内におよび、残された「陰石」から染み出てくる水に触れてないければ、見る間に体内の水分を失ってしまうのです」
 一同は泉を見た。小さく湧き出ている泡。泉が生きている証。浮きあがってくる空気の玉ひとつひとつに、真の柔らかな表情が見えるようだった。」
「あの石が雨の原因じゃねぇとすれば――」
 隼が市橋を見据えた。みなもが息を飲んで、樹多木の腕に掴まった。
 市橋の話では真との関係は分からない。でも、言葉の端々に優しい心使いや声のトーン、愛しいものを見る眼差しがあった。みなもにはそう思えて仕方なかった。
 だからこそ、じっと息を止め隼の言葉を待つ。
「ジイさん――アンタ、誰かさんがアンタの一言を待ってるって知ってるのか?」
「私の言葉を待っている……」
「鈍感なのも罪なんだぜ」
 市橋はドアごしに女主人を見つめた。記憶を遡って、封じ込めた想いを思い出しているのだろう。疲れた初老のものではない、少年のはにかんだ表情が浮かびあがる。
「真様が――そ、そのようなことが……」
 隼がため息をついた。みなもは樹多木と連れ立って、ドアの前に立った。
「確かめてみましょう! 石は力を失いました。でも、真様はその力を体に残している――とすれば、雨の原因は真様にあると考えた方が無難ですもの」

 ドアは開かれた。
 60年の歳月を経て――。


□雨の行方、心の行方 ――橘穂乃香+朧月桜夜+海原みなも+瀬水月隼

「隼!! 執事さん、苛めたらダメだよ」
 突き出さん勢いで市橋の背中を押していた隼を、桜夜が驚いて制止した。
「コイツはこれから力を出さなきゃなんねぇんだ。だから、これくらいいいんだよ」
「何かそちらでもあったようですわね」
 穂乃香が微笑を浮かべてみなもの横に立った。「すぐにわかるからね」とみなもが言葉を返す。
「そりより桜夜、お前泣いたのか?」
「わ、悪い!? だって、真様カワイソーなんだもん」
「それももう解消するかもしれんね♪」
 樹多木が嬉しそうにひとりソファに座り、早速お菓子の袋を開け始めた。

 周囲の騒がしさも耳に入っていないのか、市橋がゆっくりと長椅子の真に近づいていく。
「真様――」
 名前を呼ばれ、先ほどまで過去をすべて吐き出していた女主人は顔を上げた。素早く濡れていた目頭をそっとハンカチで隠した。彼と視線を合わせることができないのか、視点は空を舞っている。
「私は…いえ、私の言葉を待っているのは貴方……なのでしょう…か?」
 下向き加減だった視線をあげ、まっずくに真を見つめている細い瞳。問うというよりも、信じたいという行為の形。
「!!」
 真が息を飲むのを、そこにいた全員がわかった。そっと口元に添えた白い手が震えている。
「市……か、和之さん――」
「貴方ならば。鈍い私の言葉を待っていて下さったのが貴方ならば、言わねばならないことがあるのです」
 静かに、大きな柱時計さえも息をひそめ、これから始まる新しい瞬間を待っていた。

「貴方を私の妻に迎えてもよろしいでしょうか……」

 疑問符にすることは出来なかったらしい。ささやかな願いを口したような、そんな声。
 見詰め合ったふたつの瞳。潤んでくる涙を拭うこともせず、真はゆっくりと歩き出す。
「どれほど、どれほど待ったのでしょう。「ハイ」と返事をする日の夢を持ちえたまま、父の元へ行くのだと思っておりました」
 グラリと揺らぐ体。市橋が慌てて支えた。
「返事をしてもいいですか?」
「も、もちろんです……真様」
 そっと市橋に寄り添い、支えてくれる腕に自分の手を添えて、真は呼吸を整えた。
 
「こんなおばあちゃんでよければ、ずっと傍にいて下さい。1対の「陰陽石」のように――」

 淡い想いが育って、大きく実り、収穫されないまま地に落ちる――その前に、しっかりと受け止める腕がある。
 それは長い時間をかけてようやく気づく。そんな関係もあるのだと、見守る人の心に強く伝わってくる。
 市橋の腕が優しく、真の肩を抱いた。

 どこかでカタリと音がして、桜夜が跳ねあがった。
「えっ! ウソ!!」
「おい、なんだ。いいムードなのに」
 隼の言葉を無視して、桜夜は『浄土の間』に走り込んだ。そして、何か白いものを摘んで戻ってきた。
「これ! すべての霊気の源はこれだったんだわ!!」
「ええ〜っ!! この、てるてる坊主が、ですか!?」
 みなもが飛びあがる。隼と樹多木、穂乃香が興味深げに桜夜が手にした古びたてるてる坊主を見つめた。
「それは、わたくしが市橋…いえ、和之さんと一緒に作ったものですわ」
「覚えております……」
 真が嬉しそうに、愛しい人を見つめ返した。
「晴れれば、彼と一緒に散歩に行くことができました。雨が降れば、わたくしは部屋にいなければなりません。だから、これを作ってずっと飾っていたのです」
 傍にいるけど、遠い人。どんなに辛く切なかったことだろうか。今、このてるてる坊主は長い役目を終えて、眠りについたのだ。樹多木はそっと胸元に手を当てた。このアザを残した人物――それは、私の何だったのだろう。今回の件でも、結びつく情報は得られなかった。
 でも胸に込み上げる、この想いはなんなのだろう……。いずれ、分かる日がくることを祈るしかない。

「長年の想いと「陰陽石」の力に感応して、この屋敷にだけ雨を降らさなかったのでしょうね……」
 穂乃香が両手でてるてる坊主を受け取って、そっと抱きしめた。
「雨だわ!! 雨が降ってきたわ」
 みなもが窓ガラスをうつ雨粒を指差した。遠く霞んで揺らめいていた雨のカーテンはもう消えていた。辺り一面を白いモヤで覆いながら――。


□エピローグ

 狭い事務所の中で、今回白神家に関わったメンバーが揃っている。
「ま、解決してよかったよ」
 草間が零に注意されながら、爽やかに室内を流れる風に煙草の煙を燻らせている。
 開け放たれた窓。廃ガスが混じっているとはいえ、変化する空気は美味しく感じられた。
「んじゃから、今度の日曜空いてる?」
「何かあるのか?」
 相変わらずお菓子を頬張っている樹多木が、メンバーと顔を見合わせて笑った。
「白神家でパーティじゃが、披露パーティ!!」
「そうですよ。ちゃんとこの間、招待状渡したじゃないですか!」
 零が新しい氷を持って来た足を止めて、目を吊り上げた。一同が声を上げて笑う。草間は憮然としてイスに座った。そう言えば、封筒を渡されたような気がする。メモ紙や資料。開きっぱなしのパソコン――雑多に乱れた自分の机を見つめて、楽しそうに騒ぐメンバーを恨めしそうに見つめた。

 掃除でもするか……。

 雨は3日前から上がり、東京は久しぶりにどこまでも青い天井を取り戻していた。


□END□

 
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも) / 女 / 13 / 中学生
+ 0405 / 橘・穂乃香(たちばな・ほのか) / 女 / 10 / 「常花の館」の主
+ 0444 / 朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)  / 女 / 16 / 陰陽師
+ 0072 / 瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ) / 男 / 15 / 高校生(陰でデジタルジャンク屋)   

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 「雨降らし<後編>」にご参加下さり、ありがとうございますvv
 4人に減ってしまいましたが、<前編>に参加された方ばかりだった
ので、創作自体はとても書きやすかったです。
 
 みなもちゃんは、情報収集と隼さんの対応ご苦労さまでしたvv
 彼の情報に素早く反応してくれたので、すごく真実味が出ました。
 知的で素敵な女の子ですよねvv 楽しんでもらえたならうれしいです。
 またぜひご参加下さいませvv ライター杜野でした!