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恋はみずいろ ―変な天使の贈り物―
「あなたは恋を探していますか?」
空耳なのだろうか?
ふと、藤井葛の耳に、優しい声音で尋ねる声が聞こえた。
周囲を見渡してみるが、公園の噴水が目に入るだけ。
まぁ、空耳なのだろう。気にせず、街の中を歩く。
今日は論文の資料を探す為に、久々に外に出たのだから。目的のものを探すだけではなく、この際、色々と見て回りたいし。
「あなたは恋をしていますかっ?」
また、声が聞こえた。
声は、自分を追いかけているみたいだ。
無視。
変な事に関わっている余裕なんか、ない。噴水の横を通り過ぎる。
「こっちを向いてくださいお願いしますっ!」
更に声が降って来る。
しつこいなぁ、と思いつつも、ちょっとだけ興味を惹かれて振り返ってみる。
「‥‥何だよ‥‥って」
葛が見たものは、小さな羽根を生やしたイキモノ。
目をごしごしとこすって、錯覚ではないかと改めて見るが、やはり変なイキモノだった。
とりあえず、逃げよう、と、本能で走り出そうとすると、そのイキモノは声高らかに叫ぶ。
「あなたに恋をあげますっ!」
ぴたっ、と、足を止める。
「くれんの?」
反射的に言葉が出た。
「‥‥い、いや、恋に飢えてるとかじゃなくて、純粋に何をくれるのか興味があっただけなんだが」
自分の言葉に自分に言い訳する、葛。
「神様の使いを舐めないでください」
このイキモノの言葉から推測するに、多分‥‥天使なのだろう。多分。
天使らしきイキモノは、その小さな手の平に水色の石を乗せて、葛に差し出した。
受け取って、まじまじと見てみる。その水色の石は半透明で、向こう側がぼんやりと青みがかって見える。小さな石で、油断しているとなくしそうだ。輝きはまるで空の光のよう。
その時、噴水の水が、一際大きく噴出した。
水が、水色の石に飛び散って、きらり、と、光った。
「これはあなたの想い人の石です」
そう言うと、天使は忽然と消えた。
あっさりと姿を消した天使に、混然とするばかり。
「水色の石か‥‥」
昔流行った、パワーストーンの一種なのだろうか?
「何で水色なんだろう?」
ピンクとかそういう色だったらわかるんだけど。と、疑問が脳裏に過ぎる。
恋とか愛とか、って、ピンクだと思う。でも、そういう考えは夢見る少女っぽいなぁ、と、我ながら恥ずかしく思う。
「ショッキング・ピンクよりかはましだけどな」
それはそれで怪しい物体だ。
本当にこれを持っていたら『想い人』に‥‥。
「まさか」
自分の思いに恥ずかしくなって、頭を横に振る。でも、期待する心は抑えられない。
その、小さな石を何気なく胸ポケットに入れて、再び歩き出した。
あれから幾数日が経ったのだろうか。
丁度、小さな袋があったから、それに水色の石を入れて毎日持ち歩いた。
何気ない日常。ただ、それだけが変わりなく過ぎていく。
でも気になって、気づけば袋から石を取り出してぼんやりと眺めている。
「なんかドキドキするな。なんだろう、この気持ちは‥‥」
見る度に期待と憧れが心の中を交錯する。
想い人はいつ現れるのか。
素敵な恋ができるのだろうか。
そんな思いで胸の鼓動が高鳴る。
だが、まだそんな気配が微塵とも感じられない。
ふと思い立って、天使と出合った公園に行ってみる。何もないだろうと思いはしたが、ちょっとした期待に背中を押されて。
噴水の傍に行くと、冷たい水の空気が心地よい。今年はなかなか梅雨が明けず、冷夏だと言われていたが、やっと遅い夏が来た。とは言っても、こんなに暑いのでは外を出歩くのもうんざりする。
「気持ちいいな‥‥」
噴水の縁に座って、清らかに透き通った水に手を伸ばす。
そうやって、水面を眺めていると、影がかかって暗くなった。何だろうと、顔を正面に向けると、見知らぬ男が立っていた。
「誰だ?」
鋭い眼差しで男を見る。
男は、背が高く、何かスポーツをしているかのように、逞しい身体。顔は――そこら辺の女の子がキャーキャー騒ぐような‥‥いわゆる、カッコいい、と言われる分類であろう。
心の中で密かに思っていた、理想の男性像。普通の女の子が憧れる大人の男性。そんな彼に、胸がドキッとする。
――もしかして、この人が俺の想い人?
期待して、じっとその男を見つめる。すると、男は優しげな微笑みを見せて言葉を発す。
「待ったか?」
でも、すぐに心の中の声が「違うっ!」と叫んだ。この人は自分の『想い人』なんかじゃない。
「誰だよっ」
「わからないのか? 葛、おまえの相手だ」
違う、違うっ。
こいつは偽物だ。
即座に立ち上がって、颯爽と男の前から去る。後ろに「おぃ、待てよ!」と、追いかける声がするが、無視する。
声が届かなくなったところで、立ち止まって振り返る。男の姿は見えない。
ほっとして、ポケットに入れた袋から、水色の石を手の平の上に取り出す。
「‥‥なぁ。あいつは違うだろ?」
石は何も言わない。応えない。ただ、キラキラと光を煌かすだけ。
それから頻繁に男は現れた。手を変え、品を変え、というわけではなく、顔を変え、身体を変えてだったが。
ある日は眼鏡をかけて寂しそうな印象の男だったり、明快な性格の若者だったりする日もあった。
どの偽物も決まってこう言う。
「私こそがあなたの相手」、と。
すぐに偽物だとわかったので、逃げたり追いすがる男を蹴り飛ばしたりとしたが、きりがない。
秋の香りが漂う季節になっても、全く止む気配はなかった。川の横を通りながら、葛は思う。
「‥‥あの変なイキモノ、俺にトラブルかける為にこの石を渡したのか?」
水色の石を投げ捨てようとしたが、直前で踏み止まる。
偽物がいる、という事は本物がいる、という事だ。だから、もう少し待ってみよう。
この石が導いてくれる人と出会う事を。
時は過ぎ去り、白い雪が舞う季節――冬になった。
今日はクリスマス。ホワイト・クリスマス。
今まで通り偽物を倒し続けて、もうこんな季節になってしまった。今となっては慣れたもので、偽者の登場と同時に瞬殺できるようになった。
今日も――いつものように先程冬の川へ偽物を蹴落としたばかりだ。悲鳴が聞こえたが、気にしない。気にする理由もない。
映画でも見ようかと、街まで出てきたのはいいのだが、一人だと少し寂しい。女友達でも誘うかな、と、携帯を取り出したところで、「あ、キミ‥‥」と、声がかけられた。
「何だ?」
ナンパか、新たな偽物か。ナンパだったら断ろうとぶっきらぼうに言うと、ごく普通の青年は懐から小さな石を取りだした。
紅い、石。
それを見て、葛は慌てて自分の水色の石を取り出して、見比べる。
色は違うが、同じ大きさの、そして輝きが同じ、石。
赤色の石。
「これは‥‥?」
驚いたままの表情で青年に尋ねた。
青年は微笑みを浮かべると、この赤色の石を手に入れた経緯を教えてくれた。
「この水晶は変なイキモノに貰ったんだ」
赤い水晶と青い水晶はお互いに引き合う。その水晶を持った人たちは、前世からの愛で結ばれていると言う。
「そうか‥‥」
だから、あの天使は水色の石だけを渡したのか、と、何となく納得する。
「変なイキモノ、と言っちゃ、あの天使、泣いてしまうぞ」
笑うと、青年はきょとんとした表情を見せた。
「あれって、天使だったんだ」
自分も初めは変なイキモノと思っていた事を棚に上げて笑う、葛。
ようやく『想い人』に会えた。
でも、胸の中のドキドキとした感じが消えただけで、感動も喜びもない。あぁ、なぁんだ、と、あっさりした気分だ。
所詮、神様が『恋人』。前世からの愛で結ばれている、と言っても、今は現世。そんなの関係ない。
けれど‥‥石はきっかけを与えてくれたのだろう。
「これから映画を見に行こうと思ったんだけど、一緒に見る?」
友人にかけかけた電話番号をキャンセルして、携帯電話をしまう。
「あぁ、行こう」
二人並んでクリスマスムードばかり漂う街を歩く。ただ並び歩くだけで、手を繋がない。手を延ばそうとも思わなかった。
初めはただの他人。でも、他人から恋人になるのかも知れない。その時の嬉しさ、怖さ、喜びをこれから味わうだろう。
そして、本当の恋人になっていく。
そうなるかもしれないし、ならないのかもしれない。
でも、まぁ‥‥今日と言う日を一人寂しく過ごさなくてすみそうで良かった。
「あの天使‥‥今もどこかで水色の石を誰かに渡してるのかな?」
何気なく呟く。
「どうしたんだぃ?」
「うぅん、何でもない」
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