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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


リベンジ! ハワイ旅行〜恐怖の肝試し大会〜

【オープニング】
 「これよ! これだわ!」
碇麗香がふいにパソコンの画面から顔を上げ、叫んだ。三下は激しく嫌な予感に襲われる。こういう時、大抵彼はろくでもないことを命じられる運命にあった。半月ほど前にも麗香の命令で、あろうことか女装コンテストに出場させられたばかりである。どうにか優勝し、ハワイ旅行をゲットしてはいた。だが、結局旅行には行けなかった。出発を2日後にひかえて、編集部の全員が食中毒にかかったのである。以来、麗香はどうにも機嫌が良くない。
 しかし今、大声で三下を自分の傍に呼びつけた麗香の顔には、久しぶりの笑顔が浮かんでいた。
「これを御覧なさい」
彼女が三下に示したモニターには黒い画面に赤い文字で「納涼! 肝試し大会!」の文字が躍っていた。促されて、三下は更にその続きを読む。それによれば、来週の土曜日夜8時から菊切市八番町のはずれにある廃屋を舞台に、肝試し大会が開かれるのだという。優勝者はハワイ旅行にご招待、参加は4人1組で、とある。
 麗香は、ぴしりと三下を指差して言った。
「人を集めてこの肝試し大会に参加なさい。そして、もう一度ハワイ旅行をゲットして来るのよ! これは、編集長命令よ、いいわね?」
三下は、思わず深い溜息をつく。しかし、うなずく以外に道はない彼だった。

1 【会場到着】
 車から降りて、会場となる洋館を見上げたステラ・ミラは、その古色蒼然とした雰囲気に、小さな溜息を漏らした。
(まさに、肝試しにはうってつけの場所ですね)
低く、胸に呟く。
 古本屋「極光」の主である彼女は、一見すると20代ぐらいだろうか。ほっそりとした体に黒いパンツスーツをまとい、腰まである黒髪をなびかせている。白い肌と対をなす黒い瞳は、闇のようだ。傍には中型犬とも見える白い狼を従えているが、この狼は、実は彼女の使い魔だった。
 彼女が三下の誘いに応じたのは、単なる好奇心からだった。優勝商品がハワイ旅行というのも悪くない。
 彼女とチームを組むのは、三下の他に、製薬会社の研究員だというケーナズ・ルクセンブルクと、大学で考古学をやっているのだという柚品弧月の2人だった。ケーナズは20代半ばというところか。絵に描いたような美貌の青年である。一方の弧月は、20歳前後。こちらもいわゆるイケメン男だった。
 4人は、白王社のビル前で待ち合わせ、ケーナズの愛車でここまで来たのだった。菊切市は、東京から車で1時間と少しの距離にある。肝試し大会の会場となる洋館は、その菊切市の八番町のはずれ、うっそうとした森の中に建つ廃屋というにふさわしい建物だった。
 ステラが事前に調べたところでは、この洋館は明治時代に華族の住居として建てられ、15年前までは実際にその子孫たちが住んでいたようだ。だが、最後の当主が首吊り自殺して以後は、競売にかけられ、今はとある不動産屋の持ち物らしいが、怪異が続き、買い手がついてもすぐに引っ越してしまうということの繰り返しで、今は空家となって久しいらしい。まさに、肝試しにはぴったりの場所だった。
「お待たせ。行きましょうか」
車を決められた場所に移動してから戻って来たケーナズが、ステラたちに声をかける。すでに三下は青ざめていたが、弧月は洋館の朽ちた様子にも、さほど驚いてはいないようだ。
「あ、あの……ボクだけ、ここで待ってちゃいけませんか?」
三下が、おずおずとそんなことを言い出す。
「ここまで来て、何言ってるんですか」
弧月が、呆れたように言った。
「そうそう。それに、ここに1人でいるつもりですか? 三下君は」
ケーナズもうなずいて、からかうように問う。夏とはいえ、8時前ではすでにあたりは薄暗い。周囲を見回し、三下はふいに大きくかぶりをふった。
「なら、気が変わらないうちに行きましょう」
ケーナズは艶やかな笑いと共に、三下の手を取って歩き出す。
 それを見送り、弧月がステラをふり返った。
「俺たちも行きましょうか」
「はい」
うなずいて、ステラも彼と共に2人の後を追う。
 玄関を入ってすぐのエントランスホールは、肝試しの主催者たちが持ち込んだ投光器のせいで、真昼のように明るかった。吹き抜けのそこは、かなりの広さを持っている。が、さすがに肝試しの参加者、20組80人が一同に会するとそこは人で一杯になる。
 肝試しの主催者は、菊切市の不動産組合だった。だが、参加者として集まっているのは、ほとんどが夏休み中の学生か、暇を持て余したフリーターらしき若者ばかりで、このイベントを商売に結びつけようという考えだとしたら、かなり的をはずしていると言えなくもなかった。
 ともあれ、集まった人々の前に運営委員長が立ち、マイク片手に今日のルールと注意事項の説明を始める。もっとも、参加者の元にはあらかじめ、そうしたことをまとめたプリントが郵送されていたので、あまり真面目に聞いている者はいなかった。が、ステラたち4人は律儀に説明に耳を傾けている。
 ルールはこうだ。時間は8時から12時までの4時間。その間に、一番早くこの館の中に隠された4枚のコインを見つけて、館の北側に建つ時計塔の部屋の台座にそれをはめることができたチームが優勝だ。ただしこの時、4人そろっていなければ失格だ。また、途中で失神するなど、動けない者が1人でも出ればこれまた失格だった。大会は、優勝チームが決まった時点で終了となる。
 運営委員長は、ざっとそれらを説明した後、更に注意事項を口にする。
「建物内の照明は全て壊れていて使えません。ですので、事前にお渡ししたプリントに書かれているように、懐中電灯などを持参して下さい。もし忘れたというチームがありましたら、こちらでお貸ししますので、後ほど申し出て下さい。また、建物内では電波状態が悪く、携帯電話は使えません。ですから、なるべく4人一緒に行動することをお勧めします。それから、他チームを脅すなどの妨害行為は禁止です。そういう行為が発覚した場合は、即失格になりますので、ご注意下さい」
 それが終わると、いよいよ肝試し大会の始まりである。館の見取り図も、事前に渡されていた。どのチームも、すでにどこから調査すると決めているのか、それぞれ話しながら散って行く。ステラたち4人は顔を見合わせた。
「とりあえず、ゆっくり行きましょう。時間はたっぷりあるんですから」
言ったのは、ケーナズだった。
「そうですね。では、とりあえずこの中央のエリアから行きましょうか」
ステラがうなずき、ちらりと三下を見やる。このメンバーで一番心配なのは三下だ。彼さえしっかりしていてくれれば、失格という最悪の事態は免れるだろう。
 だが彼は、すでに青ざめ、震えていた。それへ、隣に並んだケーナズが何か囁く。何を言ったのか、ステラには聞こえなかった。が、三下は小さく何度かうなずき、少しだけ血色を取り戻した。
 それを見やってステラは先頭に立って歩き出す。その後に三下とケーナズが、最後を守るように弧月が続いた。

2 【闇の中の探索】
 肝試しが始まって、30分が経過しただろうか。ステラたちは、洋館の南側の棟の1階にいた。
 館は、中庭を囲む形でコの字に建てられている。エントランスホールがあったのは縦の辺で、その棟を中心に、建物は北と南の二つに分かれていた。
 コインをそろえて最後に行かなければならない時計塔は北側にあり、見取り図によれば、北側の棟の2階からしか出入りできないようになっている。そこで彼らは、まず南側の棟を先に調べて回り、次いで北側の棟1階を、最後に同じく2階を調べようという計画を立てた。
 洋館の中は、照明がついていないとはいえ、何しろ80人もの人間が懐中電灯片手に、館中を徘徊しているのだ。それなりに明るかった。その上、賑やかだ。あちこちで、大会スタッフが扮したお化けや仕掛けに脅かされて、参加者たちが悲鳴を上げている。もっとも、ステラたちは探索を始めてから一度も、そうしたものに出くわしてはいない。
(どうやら、事前に手を回しておいて正解だったようですね)
ステラは、他の参加者たちの悲鳴を遠くに聞きながら、胸に呟いた。
 実を言えば彼女は、参加を決めてすぐに、大会スタッフについての身辺調査を行い、脅かす役に回った者たちと取引したのだ。おかげで、誰も彼女たち4人を脅かしに来る者はいない。
 だが、三下は他の参加者たちの悲鳴が聞こえるたびに、大きく体を震わせ、その場に立ちすくんでは、怯えた小動物の目であたりを見回している。今もそうだ。すぐ後ろで野太い男の悲鳴が上がり、同時に「ひゃっ!」と三下が声を上げる。
 ステラは小さく吐息をついた。
「三下様、大丈夫でしょうか」
隣を歩いていた弧月に、彼女は低く囁く。
「どうでしょう。30分であの様子では……。幸い、今のところは何も襲って来ませんけど、もし襲われたら……」
弧月も眉をひそめて心配そうだ。
「いえ、襲われる心配はないと思いますが……」
言って、ステラは簡単に自分が裏工作をしたことを説明する。
 話を聞いて弧月は小さく苦笑した。
「そういうことなら安心ですが……」
「なんだ。先に裏工作済みですか」
それへ、どのあたりから話を聞いていたものか、ケーナズがふいに話しかけて来た。
 4人はすでに、1階から2階へと続く西側の階段の前までたどり着いていた。これで一応、1階の部屋は全て調べ終わったわけだが、今のところコインは見つかっていない。むろん、他の参加者たちにも見つけた者はいないようだ。
 三下は、その階段の一番下の段に疲れたように座り込んでいる。ケーナズはずっとその三下についていたのだが、彼をそこに休ませ、2人の方へ戻って来たのだ。
「とりあえず、三下君の怯える顔は堪能させてもらいましたし、少し私もライバルたちを牽制に行って来たいのですが、よろしいですか? なんでしたら、ついでに北側の棟の1階を調べて来ますが」
まるでこれから散歩に行くのだとでもいうような口調で、彼はステラと弧月に問うて来る。2人は顔を見合わせた。悪い提案ではない。
「わかりました。もしも他チームが脅しに来ても、私たちでなんとか三下様をなだめます」
ステラはうなずき、言った。
「では、キミたちはここの2階を調べたら、そのまま北側の棟の2階へ行って下さい。そこの、東の廊下で合流しましょう」
言って、ケーナズは1人、闇の中へ消えて行った。
 それを見送り、ステラは弧月をふり返った。
「あちらへ行きましょうか。三下様をいつまでも1人にしておくのは良くありません」
「そうですね」
弧月もうなずき、2人はそろって歩き出す。
 近づいて来た2人の姿に、三下は青ざめた顔を上げる。
「少しはおちつきましたか?」
ステラが声をかけると、三下は小さくうなずいた。が、すぐに怪訝な顔になる。
「ケーナズさんはどうしたんですか?」
「ライバルの牽制と、北側の棟の1階を調べに行きました」
ステラは正直に告げた。自分たちのしていることはルール違反ではある。が、「発覚すれば即失格」ということは、発覚しなければ問題ないということだ。詭弁かもしれないが、自分たちには三下という大きなハンディがあるのだし、優勝してハワイ旅行を手にするためにはしかたがないと彼女は割り切っている。
 三下は、しばし「ライバルの牽制」が何を差すのか理解できないらしく、目をしばたたかせていた。が、ややあって小さく目を見張る。
「それって……でも……ルール違反なんじゃあ……」
「発覚しなければ問題ないと思いますよ」
弧月が言って、苦笑した。
「そういう……ものでしょうか……」
三下は、完全には納得できない様子で、気弱げに言い返して来る。ステラは、内心に溜息をついた。
(気が弱いくせに、妙なところで律儀な人ですね)
胸の中で呟いて、彼女は言う。
「では、三下様は、他のチームがコインを全部集めて優勝し、ハワイ旅行を手にする方がいいと言うんですか?」
 途端、三下は更に青ざめた。何か、恐ろしいことを頭の中で想像しているのか、しばし固まっていたが、やがて大きくかぶりをふった。
「そ、そんなことないです。行きましょう」
いきなり彼は、すっくと立ち上がる。
「かならずハワイ旅行を手に入れないと。でないとボク、今度こそクビです。いえ、その前に編集長にどんな目に遭わされるか……!」
悲壮な顔と声で叫んで、先に立って階段を昇り始めた。
 その背を見やって、ステラと弧月は思わず顔を見合わせる。
「すごいな……。碇さんって、三下さんにとっては、お化けより怖いものなんですね」
弧月がボソリとそんなことを言った。
「かもしれませんね」
内心には、彼のあまりに言い得て妙な言葉に吹き出しながら、しかしあくまでも無表情なままでステラはうなずき、三下の後を追って階段を昇り始める。その後ろで、弧月が肩をすくめる気配があった。が、彼女は気にせずオーロラを連れて、暗い階段を昇ることに集中した。

3 【コイン発見】
 2階に上がったステラたちは、改めて館の見取り図を広げた。この階は、けっこう部屋数が多い。ステラは、少し考えてから、二手に分かれることを提案した。三下は、幾分難色を示したが、結局承知した。たしかに、分れて探す方が効率的ではある。
 そこで弧月と三下が廊下の南側の部屋を、ステラは北側の部屋を順番に調べて行くこととなった。彼女はまず、廊下の角の部屋に入った。かなり広い部屋だ。家具が置かれていないので、よけいそう感じられるのかもしれない。西側に、クローゼットが三つ並んでいるのを見やり、彼女はまずそこを調べることにした。一番端の扉を開けた途端、外から派手な悲鳴が聞こえて来た。
(今の声は……)
彼女は思わずふり返る。三下のものに違いない。そういえば、自分たちが二手に分かれる相談をしている時、反対側からやって来るチームを何組か見かけたと、ふと彼女は思い出す。おそらく、その中のどのチームかが、三下たちを脅かしたか、あるいは他チームと一緒にいたためにとばっちりを食ったかのどれかだろう。
(やはり、スタッフと取引しただけでは、完全ではなかったようですね)
胸に呟き、彼女はあたりに意識を巡らせた。怪異が続出するという噂どおり、館の中にはいくつかの地縛霊と森からやって来たらしい浮遊霊の気配があった。さほど脅威となるものではないので、彼女は気にしてもいなかったのだ。が、今はそれを利用させてもらうことにする。
 小さく口の中で呪文を唱えると、彼女は浮遊霊たちを集め、それに三下と弧月以外の人間を襲うよう命じた。更に、オーロラにも人面犬のふりをして、仲間たち以外の人間を襲うよう言う。オーロラが、小さくうなずき、姿を消した。
 それを見送り、彼女は手早く部屋を調べ始める。調べながら、彼女は東に向かって移動していた。
 彼女がコインを発見したのは、最後に入った広間らしい部屋の中でだった。そこは正確には中央の棟で、最初に集まったエントランスホールの奥に位置するラウンジらしい部屋とそれを囲む廊下の真上に位置している。
 ステラが足を踏み入れた時、そこには誰もいなかった。懐中電灯の光に照らされた室内は、がらんとして寒々しい印象を与える。床は剥き出しのままだったが、部屋の隅にはギリシャ風の女性の彫像が置かれていた。彼女は、それがなんとなく気になって、そちらへ歩み寄った。彫像は等身大で、向かい合って立つと、彼女よりやや背が高い。片手が握りしめるような形に曲げられているのは、もともとそこに何かを持っていたためかもしれなかった。ステラは、その手に懐中電灯の光を当てる。と、鈍く光るものがあった。指で上から押すと、彫像の手から何かが床へところがり落ちる。
 それは、500円玉ぐらいの大きさの、六角形のコインだった。表面に、天使の姿が刻まれており、事前に渡されたプリントに印刷されていたものと同じだった。
(案外わかりやすい場所だと思いますが、誰も気づかなかったのですね)
ステラは胸に呟いて、それを拾い上げる。彫像は他にもあったので、それらも調べてみたが、そこには何もなかった。さすがに、一つの部屋にそういくつも隠してはいないということだろう。
 彼女は、コインを手に、そこを出た。

4 【時計塔】
 部屋を出て、廊下を少し戻ったところで、ステラは弧月と三下の姿を見つけた。
「コインを1枚見つけましたよ」
彼女が言うと、弧月もニッと笑ってうなずく。
「こっちもです」
「ということは、あと2枚ですか」
言って、ステラはちらと三下を見やった。青ざめてはいるが、思ったほど怯えている様子はない。
「三下様も、大丈夫なようですね」
そっと弧月に囁くと、彼は複雑な表情で、「ええ、まあ……」とうなずいた。どうやら、三下を宥めるのにかなり苦労したらしい。だが、館を半分探索し終えて、コインを2枚手に入れ、全員が動ける状態なのだから、順調というべきだろう。オーロラの姿がないことについては、2人とも気づいているようだが、理由は察しているのだろう。何も問われなかった。
 彼女たちは、北側の棟へ移動することにした。突き当たりの扉をくぐって、エントランスから続く大階段へと出る。ここへ来ると、いきなり明るくなるので、かえって驚かされる。が、そこからエントランスへは降りずに、踊り場を通って、正面に見える扉へと向かう。そこをくぐると、またあたりは闇に包まれた。しばし全員が目をしばたたかせる。目の前に、懐中電灯の光に照らされて広がるのは、北側の棟の2階、東側の廊下だ。見取り図によれば、ここを真っ直ぐ行くと、時計塔へ向かう外廊下への扉に突き当たるらしい。
 廊下を進み始めた3人が、西から来る廊下との三叉路にさしかかった時、そこからケーナズが現れた。
「そちらの収穫はどうでした?」
彼に問われて、ステラが2枚コインを見つけたことを告げる。と、ケーナズは小さく口元だけで笑って言った。
「では、時計塔へ向かいましょう。私も2枚、コインを見つけましたよ」
「本当ですか?」
三下が、歓喜の声を上げる。コインが全部見つかったこと自体がうれしいのか、それともここから出られることがうれしいのか。両方かもしれない。
 その声にケーナズは黙って、ポケットから取り出した2枚のコインを見せた。三下の顔に、歓喜と安堵がない混ぜになった表情が浮かぶ。
「では、急ぎましょう」
ステラは言って、再び先頭に立って歩き出した。
 塔への外廊下へ続く扉の前まで来ると、他の参加者たちが何組か、扉を叩いたり蹴ったりしていた。彼らもコインが4枚そろったのでここまで来たのだが、扉が開かないらしい。
 4人は、思わず顔を見合わせた。どうやら、最後の最後まで気は抜けないようだ。
 扉は、他の部屋のものと違い、表面に奇妙な紋様が刻まれており、ノブのすぐ上の所に刻まれたものは、閉じた目のように見えた。
「たぶん、この目を開けてやればいいんですよ」
じっとそれを見詰めていた弧月が言うなり、手のひらで扉をゆっくりとなぞるような仕草をした。ほどなく、どこかでカチリというかすかな音が響いて、彼の言葉どおり、目のように見えるそれが開いた。途端、扉は難なく開く。
 呆然とする他の参加者たちの前で、ステラたち3人は素早く動いた。ケーナズが、ぼんやりしている三下を引きずるようにして扉の向こうに足を踏み出し、ステラと弧月も躊躇せず後に続く。
 最後に扉をくぐったステラは、後ろ手にそれを閉めると、ずっと別行動していたオーロラを呼んだ。そして、空中から湧き出るように現れたオーロラに、そこを守り、こちらへ来ようとする者がいれば、派手に脅かすように命じる。
 オーロラがうなずくのを尻目に、先に行った3人を追おうとした途端、時計塔の方から三下の悲鳴が響いて、ステラは慌ててそちらをふり返った。どうしたことか、彼女たちの行く手を阻むかのように、本物の霊たちが集まっている。しかもそれは、性質(たち)の悪いことに、霊力のない人間にも見えるようだ。
(まさか、他の参加者の中に、霊能力者が?)
ステラは、思わず胸に叫ぶ。さすがに参加者については調査のしようがなかったため、どんな人間がいるのかはわからない。が、自分同様、霊を操れる人間がいても不思議はないと彼女は思った。
「ひえ〜っ!」
彼女が駆けつけると、三下は情けない声を上げて、その場にうずくまっていた。
「ここまで来て、冗談じゃありませんよ。さあ、三下君、立って。走りなさい!」
ケーナズが叫んでその腕を引っ張る。が、彼はただ情けない悲鳴を上げながら、いやいやをするだけだ。
「三下さん、碇さんにどやされて、クビになってもいいんですか?」
弧月も叫んだ。だが、今度は鬼の編集長の名前にも効果はない。
 ステラは小さく溜息をついた。後ろを見れば、オーロラが守っていた扉を突破した者がいるのか、懐中電灯の光が四つ、揺れながら近づいて来るのが見える。案外、その中に霊を操れる人間がいるのかもしれない。が、こうなれば早い者勝ちだ。
「オーロラ!」
彼女は一言、使い魔の名を叫んだ。途端、白い狼が足元に現れ、遠吠えにも似た声を、空に向かって上げる。
 人間の耳には遠吠えとしか聞こえないその声は、しかし実際には霊を退ける呪文だった。集まって来た霊たちは、一斉に消滅する。だがそれでも、怯える三下は立ち上がれそうになかった。
「オーロラ、三下様を!」
ステラが、再度オーロラに叫ぶ。オーロラはうなずくと、うずくまる三下に駆け寄り、襟首に牙を引っかけ、自分の背へと投げ上げた。
「三下様、しっかりつかまっていないと、危ないですよ」
ステラが注意する。が、言われるまでもなく、三下は小さく身を縮めるようにして、オーロラの背にしがみついていた。オーロラは、そのまま前方の扉めがけて走り出す。ステラたち3人も、その後を追った。
 やがて、時計塔の扉の前へとたどり着く。こちらの扉には、なんの仕掛けもないのか、ステラが軽く押すと、すぐに開いた。扉の中は、六角形のがらんとした部屋になっており、中央にポツンと背の高い丸テーブルのようなものがあった。これがコインを収める台座だろう。
 彼女たちが駆け寄ると、台座にはコインを収めるための四つのくぼみがあった。ステラたちは、それぞれの持っているコインを、そこにはめ込む。途端、闇に包まれていた室内に、晧々と照明が灯った。

【エンディング】
 時計塔に明かりが灯った時点で、肝試し大会は、終了となった。時刻はまだ9時半だったが、館のあちこちに設置されたスピーカーから終了を告げる放送が流れ、参加者は再び、投光器に照らされたエントランスホールへと集められた。
 優勝は、むろんステラたち4人で、準優勝は塔への外廊下まで彼女たちを追って来たチームだった。ステラたちには、ハワイ旅行の目録が、準優勝のチームには、菊切市内の有名レストランのディナー券が送られた。
 帰りの車の中で、誰よりうれしそうなのは、当然ながら三下だった。とりあえずこれで、編集長命令を果たすことができたのだ。
「三下様、よかったですね。これでハワイ旅行に行けますね」
「はい」
ステラの言葉にうなずく三下に、愛車を運転しながら、ふとケーナズが言った。
「ああ、ハワイ旅行といえば……。せっかくですが、私は忙しくて行く暇がありませんので、三下君、私の分は麗香女史にお譲りしますよ」
 ハワイ旅行は、参加者がそれぞれペアで、つまり、全部で8人行けることになっている。三下は、自分の同行者は強制的に碇麗香になるだろうと考えていたようで、彼の言葉に目を丸くする。
「ほ、本当ですか?」
これであと2人、編集部から誰か同行してもらうことができる。ということは、三下が麗香にこきつかわれる率も多少は減るというものだ。
「私は行かせてもらいますが……誰かを誘うつもりはありませんので、もしアトラス編集部で行きたい方があれば、もう1人誘っていただいてかまいませんよ」
「あ、俺も同じくです」
ステラの言葉に、弧月がうなずく。
「三下さんは、編集長命令で参加したわけだし、それがなければ、俺たちも参加することはなかったわけですから」
「あ、ありがとうございます、みなさん!」
三下が、感激の面持ちで助手席から身を乗り出し、後部座席にいるステラと弧月に握手を求めた。ステラは無表情に、弧月は苦笑しつつ、その握手を受ける。
 しかし、運転席からケーナズが水を差すように、ぼそりと言った。
「ハワイ、今度こそちゃんと行けるといいですね」
途端に、三下の顔が青ざめた。
「や、やめて下さいよ、そんな不吉なこと言うのは。今度こそ大丈夫です。だって、今度は編集部の人間だけじゃないんですし」
「そうですね。……でも、今、夏風邪が流行っているそうですからね。たとえば、三下さんだけが風邪を引いて、行けなくなるとか」
「やめて下さいってば!」
ケーナズに言われて、三下は情けない悲鳴を上げる。が、ふいに彼は小さく身を震わせると、一つ盛大なくしゃみをした。
「ほらほら、言わんことじゃないですよ。なんでしたら、私のマンションへ寄りますか? 最近私が開発したばかりの風邪薬のサンプルがちょうどありますから」
親切そうなケーナズの口調に、三下は更に寒気を感じたように身を震わせ、強くかぶりをふる。
 彼らのそのやりとりを見やって、ステラは内心に小さく吐息をついた。
(三下様、からかわれているのがわかっていないんですね。……でもまあ、ケーナズ様の言葉にも一理ありますし……私も久しぶりにハワイでゆっくりしたいですから、三下様には厄除けをしておきましょう)
胸に呟き、口の中で小さく呪文を唱える。それからちらりと隣を見やると、弧月は複雑な顔で、深くシートに身を預けていた。
 2週間後、彼らは無事ハワイへと旅立った。彼女の厄除けの甲斐あってか今度こそ、三下の苦労と碇麗香の野望は実を結んだのである――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1057/ステラ・ミラ/女/999歳/古本屋の店主】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)】
【1582/柚品弧月/男/22歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
夏らしく、肝試し大会で……と思いきや、なんだか「宝探し」のような感じに
なってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
これに懲りずに、また参加していただければうれしいです。

●ステラ・ミラさま
はじめまして。参加いたただき、ありがとうございます。
神秘的な感じで、無表情というのが、意外に難しかったです。
が、それはそれで楽しく書かせていただきました。
ステラさまにも、少しでも楽しんでいただければ幸いです。