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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


リベンジ! ハワイ旅行〜恐怖の肝試し大会〜

【オープニング】
 「これよ! これだわ!」
碇麗香がふいにパソコンの画面から顔を上げ、叫んだ。三下は激しく嫌な予感に襲われる。こういう時、大抵彼はろくでもないことを命じられる運命にあった。半月ほど前にも麗香の命令で、あろうことか女装コンテストに出場させられたばかりである。どうにか優勝し、ハワイ旅行をゲットしてはいた。だが、結局旅行には行けなかった。出発を2日後にひかえて、編集部の全員が食中毒にかかったのである。以来、麗香はどうにも機嫌が良くない。
 しかし今、大声で三下を自分の傍に呼びつけた麗香の顔には、久しぶりの笑顔が浮かんでいた。
「これを御覧なさい」
彼女が三下に示したモニターには黒い画面に赤い文字で「納涼! 肝試し大会!」の文字が躍っていた。促されて、三下は更にその続きを読む。それによれば、来週の土曜日夜8時から菊切市八番町のはずれにある廃屋を舞台に、肝試し大会が開かれるのだという。優勝者はハワイ旅行にご招待、参加は4人1組で、とある。
 麗香は、ぴしりと三下を指差して言った。
「人を集めてこの肝試し大会に参加なさい。そして、もう一度ハワイ旅行をゲットして来るのよ! これは、編集長命令よ、いいわね?」
三下は、思わず深い溜息をつく。しかし、うなずく以外に道はない彼だった。

1 【会場到着】
 愛車を決められた場所へ置いて、仲間たちの元へ戻りながら、ケーナズ・ルクセンブルクはふと会場となる洋館を見やった。
(まさに、うってつけだな)
古色蒼然とした雰囲気に、小さな溜息を漏らす。
 製薬会社研究員の彼は、25歳。長身の体にラフなスーツをまとい、伸ばした金髪を後ろに束ねて、華奢なフレームのメガネをかけている。メガネの奥の切れ長の目は、青だ。その立ち姿はどこか貴族的で、彫像めいて整った顔立ちは、この暗がりの中でも人目を引くのか、同じ参加者らしい者たちが皆、すれ違うたびにふり返って行く。
 彼が参加したのは、三下の怯える顔を見たいという、幾分下世話な理由からだった。ハワイ旅行自体は、たとえ優勝しても忙しくて行く暇がないだろう。とはいえ、むろん参加したからには優勝するつもりではいた。
 彼とチームを組むのは、三下の他に、古本屋の店主だというステラ・ミラと、大学で考古学をやっているのだという柚品弧月の2人だった。ステラは、彼と同い年ぐらいだろうか。黒いパンツスーツに腰までの黒髪の、近寄り難い雰囲気の女性だった。オーロラと呼ぶ中型犬ぐらいの白い狼を従えていたが、それは彼女の使い魔だという。一方、弧月は20歳前後だろうか。彼ほどではないが、整った顔立ちの、礼儀正しい青年だった。
 4人は、白王社のビル前で待ち合わせ、ケーナズの愛車でここまで来たのだった。菊切市は、東京から車で1時間と少しの距離にある。肝試し大会の会場となる洋館は、その菊切市の八番町のはずれ、うっそうとした森の中に建つ廃屋というにふさわしい建物だった。
 彼が事前に調べたところでは、この洋館は明治時代に華族の住居として建てられ、15年前までは実際にその子孫たちが住んでいたようだ。だが、最後の当主が首吊り自殺して以後は、競売にかけられ、今はとある不動産屋の持ち物らしいが、怪異が続き、買い手がついてもすぐに引っ越してしまうということの繰り返しで、今は空家となって久しいらしい。まさに、肝試しにはぴったりの場所だった。
「お待たせ。行きましょうか」
三下たちのいる所にたどり着くと、ケーナズは声をかけた。ステラと弧月は平気な顔をしていたが、三下はすでに青ざめている。
「あ、あの……ボクだけ、ここで待ってちゃいけませんか?」
おずおずとそんなことを言い出した。
「ここまで来て、何言ってるんですか」
弧月が、呆れたように言った。
「そうそう。それに、ここに1人でいるつもりですか? 三下君は」
ケーナズもうなずいて、からかい気味に問う。薄暗い周囲を見回し、三下はふいに大きくかぶりをふった。
「なら、気が変わらないうちに行きましょう」
ケーナズは艶やかな笑いと共に、三下の手を取って歩き出す。ステラと弧月も、その後を追って来る。
 玄関を入ってすぐのエントランスホールは、肝試しの主催者たちが持ち込んだ投光器のせいで、真昼のように明るかった。吹き抜けのそこは、かなりの広さを持っている。が、さすがに肝試しの参加者、20組80人が一同に会するとそこは人で一杯になる。
 肝試しの主催者は、菊切市の不動産組合だった。だが、参加者として集まっているのは、ほとんどが夏休み中の学生か、暇を持て余したフリーターらしき若者ばかりで、このイベントを商売に結びつけようという考えだとしたら、かなり的をはずしていると言えなくもなかった。
 ともあれ、集まった人々の前に運営委員長が立ち、マイク片手に今日のルールと注意事項の説明を始める。もっとも、参加者の元にはあらかじめ、そうしたことをまとめたプリントが郵送されていたので、あまり真面目に聞いている者はいなかった。が、ケーナズたち4人は律儀に説明に耳を傾けている。
 ルールはこうだ。時間は8時から12時までの4時間。その間に、一番早くこの館の中に隠された4枚のコインを見つけて、館の北側に建つ時計塔の部屋の台座にそれをはめることができたチームが優勝だ。ただしこの時、4人そろっていなければ失格だ。また、途中で失神するなど、動けない者が1人でも出ればこれまた失格だった。大会は、優勝チームが決まった時点で終了となる。
 運営委員長は、ざっとそれらを説明した後、更に注意事項を口にする。
「建物内の照明は全て壊れていて使えません。ですので、事前にお渡ししたプリントに書かれているように、懐中電灯などを持参して下さい。もし忘れたというチームがありましたら、こちらでお貸ししますので、後ほど申し出て下さい。また、建物内では電波状態が悪く、携帯電話は使えません。ですから、なるべく4人一緒に行動することをお勧めします。それから、他チームを脅すなどの妨害行為は禁止です。そういう行為が発覚した場合は、即失格になりますので、ご注意下さい」
 それが終わると、いよいよ肝試し大会の始まりである。館の見取り図も、事前に渡されていた。どのチームも、すでにどこから調査すると決めているのか、それぞれ話しながら散って行く。ケーナズたち4人は顔を見合わせた。
「とりあえず、ゆっくり行きましょう。時間はたっぷりあるんですから」
ケーナズは言って、ちらりと三下を見やった。怯えた顔を見るのは楽しいが、動けなくなってもらっては困る。他の者は心配する必要がなさそうだが、彼にはしっかりしていてもらわないといけない。
「そうですね。では、とりあえずこの中央のエリアから行きましょうか」
ステラがうなずき、彼女もちらと三下を見る。どうやら、似たようなことを考えているようだ。
 ケーナズは、青ざめ奮えている三下の隣に並んだ。
「大丈夫ですよ。誰も、キミを脅かす者は、近づけませんから。私の力のことは、話しましたよね」
意図的に、甘さを含ませた声音で、低く耳元に囁く。彼の力とは、いわゆる超能力のことだ。もっとも、今の言葉は気休めにすぎない。彼は日常生活ではその力を使わない。ましてや、脅かすことだけが目的の人間になど、使ったりしない。
 だが、三下には効果があったようだ。彼は小さく何度かうなずき、少しだけ血色を取り戻した。
 それを見やって、ステラが先頭に立って歩き出す。ケーナズは三下と共にその後に続き、更に弧月がしんがりを守るように歩き出した。

2 【闇の中の探索】
 肝試しが始まって、30分が経過しただろうか。ケーナズたちは、洋館の南側の棟の1階にいた。
 館は、中庭を囲む形でコの字に建てられている。エントランスホールがあったのは縦の辺で、その棟を中心に、建物は北と南の二つに分かれていた。
 コインをそろえて最後に行かなければならない時計塔は北側にあり、見取り図によれば、北側の棟の2階からしか出入りできないようになっている。そこで彼らは、まず南側の棟を先に調べて回り、次いで北側の棟1階を、最後に同じく2階を調べようという計画を立てた。
 洋館の中は、照明がついていないとはいえ、何しろ80人もの人間が懐中電灯片手に、館中を徘徊しているのだ。それなりに明るかった。その上、賑やかだ。あちこちで、大会スタッフが扮したお化けや仕掛けに脅かされて、参加者たちが悲鳴を上げている。もっとも、ケーナズたちは探索を始めてから一度も、そうしたものに出くわしてはいない。
(もしかして、誰かが裏工作でもしたのか?)
彼は、他の参加者たちの悲鳴を遠くに聞きながら、思わず胸に呟いた。
 だが、三下は他の参加者たちの悲鳴が聞こえるたびに、大きく体を震わせ、その場に立ちすくんでは、怯えた小動物の目であたりを見回している。今もそうだ。すぐ後ろで野太い男の悲鳴が上がり、同時に「ひゃっ!」と三下が声を上げる。
 それを見やって、ケーナズは軽く目を細めた。怯えつつも、派手に悲鳴を上げて逃げ出したいのを必死にこらえている風情が、なんともたまらない。
(こういう顔を見ていると、もっといじめて、泣かせてやりたくなる……)
不埒なことを考えながら、それでも表面上は優しい顔を崩さずに、彼は三下に声をかけた。
「三下君、大丈夫ですか? 少し、そこの階段で休みましょうか」
ちょうど彼らの前方には、1階から2階へと続く西側の階段が見えていた。その一番下の段にとりあえず三下を座らせ、少し遅れているステラと弧月の方へと引き返す。と、ステラが弧月に、自分のした裏工作を話しているのが聞こえて来た。
 それによれば彼女は、大会スタッフについての身辺調査を行い、脅かす役に回った者たちと取引したらしい。それで、誰も彼らを脅しに来ないのだ。
「なんだ。先に裏工作済みですか」
ケーナズは、いきなり2人の話に割り込んだ。弧月は、彼が歩み寄って来たことに気づいていなかったのか、軽く目を見張っている。が、ステラは相変わらず無表情のまま、こちらをふり返っただけだ。それへ、ケーナズは問う。
「とりあえず、三下君の怯える顔は堪能させてもらいましたし、少し私もライバルたちを牽制に行って来たいのですが、よろしいですか? なんでしたら、ついでに北側の棟の1階を調べて来ますが」
2人は顔を見合わせた。が、悪い提案ではないと思ったようだ。
「わかりました。もしも他チームが脅しに来ても、私たちでなんとか三下様をなだめます」
ステラがうなずき、言った。
「では、キミたちはここの2階を調べたら、そのまま北側の棟の2階へ行って下さい。そこの、東の廊下で合流しましょう」
言って、ケーナズは1人、たどって来た廊下を東へ引き返し始めた。

3 【コイン発見】
 ケーナズは、製薬会社の研究員という表の顔の他に、フリーの諜報員という裏の顔も持っていた。他の参加者たちを脅すのには、その裏稼業で鍛えた身のこなしが役に立つ。むろん、ルール違反だということはわかっていた。だが、「発覚すれば即失格」ということは、発覚しなければかまわないということだ。そして彼には、その自信があった。
 彼が他の参加者を脅かすために用意したのは、まず、血糊だった。これを背後からいきなり肩などに垂らされれば、かなり驚くだろう。次いで、タコ糸。部屋の入り口などの低い位置に張り渡しておけば、つまずく者は続出するはずだ。最後に、ホラー映画から録音した幽霊の声。といっても、「うらめしや」や「1枚、2枚……」のような古典的なものではない。すすり泣き、うめき声、悲鳴、助けを求める声などの、闇の中で聞けば、たとえそうと知っていてもぞっとするようなものばかりだった。
 彼は懐中電灯を消すと、ひそやかに足音さえ立てずにあたりを徘徊し、それらを自在に使い分けながら、他の参加者たちを脅して行った。おかげで、あたりは更に賑やかな叫び声に包まれる。中にはかなり本気で怖がっている者もいた。さすがに、失神する者はいないようだったが、座り込んだまま、抱き合って泣き出す少女や、ヒステリックに叫び始める女性などはけっこういた。そうした状態は、あたりが暗いことも手伝って、次々と伝染して行く。
(ある程度は、脅かされることを予想しているんだろうに、集団というのは、脆いな)
それを見やって胸に呟き、ケーナズは、音もなく中央の棟を通り抜け、北側の棟の1階へと移動した。彼にとって、悲鳴はそれなりに耳に心地良いものだが、あまりこらえ性のないのは風情に欠けて感じられる。
 その棟に足を踏み入れると、脅かすのはほどほどにして、各部屋を調べ始めた。まずは、中央の棟から入って右手に見える扉の中を調べる。そこは、奥にももう一室部屋があった。次は同じく左手の扉の中だ。それから、廊下の正面突き当たりにある2枚扉の部屋。家具や絨毯などは全て取り払われているが、その広さから見て、食堂か何かだったと思われる。
 ケーナズはここの造り付けの暖炉の中に、コインを見つけた。500円玉ぐらいの大きさだが、六角形をしていて、表面に天使の姿が刻まれている。事前に渡されていたプリントに印刷されていたのと同じものだ。彼はそれを拾い上げた。他にも隠されていないかと、ざっと室内を調べるが、他に、コインを隠せそうな場所はなかった。
 その部屋からは、更に東西両方に扉があった。が、彼はなんとなく気になるものを感じて、西側の扉をくぐった。超能力を使ったわけではない。ただ、なんとなく勘が働いたのだ。
 そこは、どうやら厨房らしかった。ここだけは、調理台やレンジ、棚などがそのままになっている。彼は、それらの間を調べて回り、やがて、一番西の端にある扉を開けた。かすかにワインの香りが漂った。半地下のそこは、酒倉だったようだ。むろん、今はただ棚が並ぶだけで、何も置かれていない。ただ、隅の方にぽつんと一つ、まるで誰かの忘れ物のように、ワイン樽が据えられていた。彼は、そちらへ歩み寄ると、その樽を仔細に調べる。はたして、樽の真ん中あたりに嵌められた木枠の隙間から、もう1枚コインが見つかった。
(2枚か。収穫はあったな)
胸に呟き、ざっとあたりを見渡して、彼はそこを後にした。
 他の部屋も調べてはみたものの、もうコインは見つからない。彼は、他の参加者を脅すのもそこそこに、懐中電灯のオレンジ色の輪の集団の間をすり抜け、闇にまぎれるようにして、2階へ昇った。

4 【時計塔】
 2階の西側半分は、かなりの広さの部屋が占領しており、その周りを廊下が囲む形になっていた。が、広くはあるが、なんの収穫もない。ケーナズは、そこから東に向かう廊下に足を踏み入れたあたりで、やっと懐中電灯をつけた。闇に慣れた目には幾分まぶしかったが、三下たちと合流するころには、それにもまた慣れていた。
 合流地点は、その階の一番東を走る廊下だ。ここを真っ直ぐ北に向かえば、時計塔へ向かう外廊下の扉に突き当たる。
「そちらの収穫はどうでした?」
彼が問うと、ステラが2枚コインを見つけたことを告げる。良かったと、彼は口元だけで笑って言った。
「では、時計塔へ向かいましょう。私も2枚、コインを見つけましたよ」
「本当ですか?」
三下が、歓喜の声を上げる。コインが全部見つかったこと自体がうれしいのか、それともここから出られることがうれしいのか。両方かもしれない。
 その声にケーナズは黙って、ポケットから取り出した2枚のコインを見せた。三下の顔に、歓喜と安堵がない混ぜになった表情が浮かぶ。
「では、急ぎましょう」
ステラが言って、再び先頭に立って歩き出した。その彼女の傍に、オーロラの姿はない。もしかして、こちらもライバルたちを牽制させているのだろうかと思いながら、ケーナズは後に続いた。
 塔への外廊下へ続く扉の前まで来ると、他の参加者たちが何組か、扉を叩いたり蹴ったりしていた。彼らもコインが4枚そろったのでここまで来たのだが、扉が開かないらしい。
 4人は、思わず顔を見合わせた。どうやら、最後の最後まで気は抜けないようだ。
 扉は、他の部屋のものと違い、表面に奇妙な紋様が刻まれており、ノブのすぐ上の所に刻まれたものは、閉じた目のように見えた。
「たぶん、この目を開けてやればいいんですよ」
じっとそれを見詰めていた弧月が言うなり、手のひらで扉をゆっくりとなぞるような仕草をした。ほどなく、どこかでカチリというかすかな音が響いて、彼の言葉どおり、目のように見えるそれが開いた。途端、扉は難なく開く。
 呆然とする他の参加者たちの前で、ケーナズたち3人は素早く動いた。彼が、ぼんやりしている三下を引きずるようにして扉の向こうに足を踏み出し、ステラと弧月も躊躇せず後に続く。
 最後に扉をくぐったステラが、後ろ手にそれを閉め、オーロラを呼んで、何かを命じていた。そちらは任せても大丈夫だと感じて、ケーナズは弧月と2人、三下を守るようにして、とにかく外廊下を走る。夜の闇の中、耳元で風がうなった。
 その彼らの行く手に、ふいに本物の霊たちが出現した。それも、1体や2体ではない。まるで何者かに呼ばれてそこに集まって来たかのようだ。その姿に、三下が金切り声を上げた。どうやら、特別な能力がない人間にも、これは見えるらしい。
(まさか、参加者の中に霊を操れる者がいるのか?)
その不自然な集まりように、ケーナズは思わず胸に呟く。だが、今はそれについて考えを巡らせている暇はない。
「ひえ〜っ!」
遅れていたステラが駆けつけて来た時には、三下は情けない声を上げて、その場にうずくまっていた。
「ここまで来て、冗談じゃありませんよ。さあ、三下君、立って。走りなさい!」
ケーナズは叫んでその腕を引っ張る。が、彼はただ情けない悲鳴を上げながら、いやいやをするだけだ。
「三下さん、碇さんにどやされて、クビになってもいいんですか?」
弧月も叫んだ。だが、今度は鬼の編集長の名前にも効果はない。
 ケーナズは、傍でステラが小さく溜息をついて、後ろをふり返るのに気づいた。その視線を追って、彼もふり返る。扉が突破されたのか、懐中電灯の光が四つ、揺れながら近づいて来るのが見えた。案外、その中に霊を操れる人間がいるのかもしれない。こうなれば、早い者勝ちだ。
 ステラも、そう考えたのだろうか。
「オーロラ!」
彼女は一言、使い魔の名を叫んだ。途端、白い狼が彼女の足元に現れ、遠吠えにも似た声を、空に向かって上げる。
 人間の耳には遠吠えとしか聞こえないその声は、しかし実際には霊を退ける呪文だったようだ。集まって来た霊たちは、一斉に消滅する。だがそれでも、怯える三下は立ち上がれそうになかった。
「オーロラ、三下様を!」
ステラが、再度オーロラに叫ぶ。オーロラはうなずくと、うずくまる三下に駆け寄り、襟首に牙を引っかけ、自分の背へと投げ上げた。
「三下様、しっかりつかまっていないと、危ないですよ」
ステラが注意する。が、言われるまでもなく、三下は小さく身を縮めるようにして、オーロラの背にしがみついていた。オーロラは、そのまま前方の扉めがけて走り出す。ケーナズたち3人も、その後を追った。
 やがて、時計塔の扉の前へとたどり着く。こちらの扉には、なんの仕掛けもないのか、ステラが軽く押すと、すぐに開いた。扉の中は、六角形のがらんとした部屋になっており、中央にポツンと背の高い丸テーブルのようなものがあった。これがコインを収める台座だろう。
 彼らが駆け寄ると、台座にはコインを収めるための四つのくぼみがあった。ケーナズたちは、それぞれの持っているコインを、そこにはめ込む。途端、闇に包まれていた室内に、晧々と照明が灯った。

【エンディング】
 時計塔に明かりが灯った時点で、肝試し大会は、終了となった。時刻はまだ9時半だったが、館のあちこちに設置されたスピーカーから終了を告げる放送が流れ、参加者は再び、投光器に照らされたエントランスホールへと集められた。
 優勝は、むろんケーナズたち4人で、準優勝は塔への外廊下まで彼らを追って来たチームだった。ケーナズたちには、ハワイ旅行の目録が、準優勝のチームには、菊切市内の有名レストランのディナー券が送られた。
 帰りの車の中で、誰よりうれしそうなのは、当然ながら三下だった。とりあえずこれで、編集長命令を果たすことができたのだ。
「三下様、よかったですね。これでハワイ旅行に行けますね」
「はい」
ステラの言葉にうなずく三下に、愛車を運転しながら、ふとケーナズは言った。
「ああ、ハワイ旅行といえば……。せっかくですが、私は忙しくて行く暇がありませんので、三下君、私の分は麗香女史にお譲りしますよ」
 ハワイ旅行は、参加者がそれぞれペアで、つまり、全部で8人行けることになっている。三下は、自分の同行者は強制的に碇麗香になるだろうと考えていたようで、彼の言葉に目を丸くする。
「ほ、本当ですか?」
これであと2人、編集部から誰か同行してもらうことができる。ということは、三下が麗香にこきつかわれる率も多少は減るというものだ。
「私は行かせてもらいますが……誰かを誘うつもりはありませんので、もしアトラス編集部で行きたい方があれば、もう1人誘っていただいてかまいませんよ」
「あ、俺も同じくです」
ステラの言葉に、弧月がうなずく。
「三下さんは、編集長命令で参加したわけだし、それがなければ、俺たちも参加することはなかったわけですから」
「あ、ありがとうございます、みなさん!」
三下が、感激の面持ちで助手席から身を乗り出し、後部座席にいるステラと弧月に握手を求めた。ステラは無表情に、弧月は苦笑しつつ、その握手を受ける。
 しかし、運転席からケーナズは水を差すように、ぼそりと言った。
「ハワイ、今度こそちゃんと行けるといいですね」
途端に、三下の顔が青ざめた。
「や、やめて下さいよ、そんな不吉なこと言うのは。今度こそ大丈夫です。だって、今度は編集部の人間だけじゃないんですし」
「そうですね。……でも、今、夏風邪が流行っているそうですからね。たとえば、三下さんだけが風邪を引いて、行けなくなるとか」
ケーナズは、彼の青ざめた顔を内心に楽しく眺めながら、表面上はそ知らぬ顔でそんなことを言う。
「やめて下さいってば!」
三下は情けない悲鳴を上げた。が、ふいに彼は小さく身を震わせると、一つ盛大なくしゃみをした。
「ほらほら、言わんことじゃないですよ。なんでしたら、私のマンションへ寄りますか? 最近私が開発したばかりの風邪薬のサンプルがちょうどありますから」
いかにも親切そうな口調で、ケーナズは更にそんなことを口にする。むろん、からかう以上の下心はなかった。が、三下は更に寒気を感じたように身を震わせ、強くかぶりをふる。
 あまりに素直な三下の反応に、ケーナズは内心に苦笑した。後部シートの2人は黙ったままだが、呆れているらしいのは、空気でわかる。
(三下君を苛めるのは、これぐらいにしておくか。とりあえず、今日は楽しめたしな)
小さく肩をすくめて、彼は運転に専念し始めた。
 2週間後、無事ハワイへ旅立ったという三下からのメールが、ケーナズの元に届いた。今度こそ、三下の苦労と碇麗香の野望は、実を結んだようだった――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)】
【1057/ステラ・ミラ/女/999歳/古本屋の店主】
【1582/柚品弧月/男/22歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
夏らしく、肝試し大会で……と思いきや、なんだか「宝探し」のような感じに
なってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
これに懲りずに、また参加していただければうれしいです。

●ケーナズ・ルクセンブルクさま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございます。
外見といい、性格といい、私にとってはとても親しみの湧くもので、
大変楽しく書かせていただきました。
ケーナズさまにも、楽しんでいただければ幸いです。