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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


リベンジ! ハワイ旅行〜恐怖の肝試し大会〜

【オープニング】
 「これよ! これだわ!」
碇麗香がふいにパソコンの画面から顔を上げ、叫んだ。三下は激しく嫌な予感に襲われる。こういう時、大抵彼はろくでもないことを命じられる運命にあった。半月ほど前にも麗香の命令で、あろうことか女装コンテストに出場させられたばかりである。どうにか優勝し、ハワイ旅行をゲットしてはいた。だが、結局旅行には行けなかった。出発を2日後にひかえて、編集部の全員が食中毒にかかったのである。以来、麗香はどうにも機嫌が良くない。
 しかし今、大声で三下を自分の傍に呼びつけた麗香の顔には、久しぶりの笑顔が浮かんでいた。
「これを御覧なさい」
彼女が三下に示したモニターには黒い画面に赤い文字で「納涼! 肝試し大会!」の文字が躍っていた。促されて、三下は更にその続きを読む。それによれば、来週の土曜日夜8時から菊切市八番町のはずれにある廃屋を舞台に、肝試し大会が開かれるのだという。優勝者はハワイ旅行にご招待、参加は4人1組で、とある。
 麗香は、ぴしりと三下を指差して言った。
「人を集めてこの肝試し大会に参加なさい。そして、もう一度ハワイ旅行をゲットして来るのよ! これは、編集長命令よ、いいわね?」
三下は、思わず深い溜息をつく。しかし、うなずく以外に道はない彼だった。

1 【会場到着】
 車から降りて、会場となる洋館を見上げた柚品弧月は、その古色蒼然とした雰囲気に、小さな溜息を漏らした。
(まさに、肝試しにはうってつけの場所のようだな)
低く、胸に呟く。
 大学で考古学を専攻している彼は、22歳。長身の体をGパンと半袖のシャツに包み、黒髪はやや長め、シャツの衿につくぐらいまで伸ばしている。いわゆるイケメン男だった。
 彼が三下の誘いに応じたのは、単に面白そうだと感じたからだった。優勝商品がハワイ旅行というのも悪くない。
 彼とチームを組むのは、三下の他に、古本屋の店主だというステラ・ミラと、製薬会社の研究員だというケーナズ・ルクセンブルクの2人だった。どちらも、20代半ばというところだろうか。ステラは、黒いパンツスーツに腰まである黒髪の、無表情で近寄り難い雰囲気を漂わせた女だった。オーロラと呼ぶ中型犬ぐらいの大きさの白い狼を従えていたが、それは彼女の使い魔だという。一方のケーナズは、絵に描いたような美青年だったが、なんとなく一癖ありそうだと弧月は感じていた。
 4人は、白王社のビル前で待ち合わせ、ケーナズの愛車でここまで来たのだった。菊切市は、東京から車で1時間と少しの距離にある。肝試し大会の会場となる洋館は、その菊切市の八番町のはずれ、うっそうとした森の中に建つ廃屋というにふさわしい建物だった。
 弧月が人から聞いた話では、この洋館は明治時代に華族の住居として建てられ、15年前までは実際にその子孫たちが住んでいたようだ。だが、最後の当主が首吊り自殺して以後は、競売にかけられ、今はとある不動産屋の持ち物らしいが、怪異が続き、買い手がついてもすぐに引っ越してしまうということの繰り返しで、今は空家となって久しいらしい。まさに、肝試しにはぴったりの場所だった。
「お待たせ。行きましょうか」
車を決められた場所に移動してから戻って来たケーナズが、3人に声をかける。弧月とステラは平然としていたが、すでに三下は青ざめていた。
「あ、あの……ボクだけ、ここで待ってちゃいけませんか?」
三下が、おずおずとそんなことを言い出す。
「ここまで来て、何言ってるんですか」
弧月は、呆れて言った。
「そうそう。それに、ここに1人でいるつもりですか? 三下君は」
ケーナズもうなずいて、からかうように問う。夏とはいえ、8時前ではすでにあたりは薄暗い。周囲を見回し、三下はふいに大きくかぶりをふった。
「なら、気が変わらないうちに行きましょう」
ケーナズは艶やかな笑いと共に、三下の手を取って歩き出す。
 それを見送り、弧月は小さく胸に吐息を落とす。
(今からこれじゃ、先が思いやられるなあ……)
が、そんな思いを隠して、ステラをふり返った。
「俺たちも行きましょうか」
「はい」
ステラが無表情にうなずく。2人は、三下たちの後を追って歩き出した。
 玄関を入ってすぐのエントランスホールは、肝試しの主催者たちが持ち込んだ投光器のせいで、真昼のように明るかった。吹き抜けのそこは、かなりの広さを持っている。が、さすがに肝試しの参加者、20組80人が一同に会するとそこは人で一杯になる。
 肝試しの主催者は、菊切市の不動産組合だった。だが、参加者として集まっているのは、ほとんどが夏休み中の学生か、暇を持て余したフリーターらしき若者ばかりで、このイベントを商売に結びつけようという考えだとしたら、かなり的をはずしていると言えなくもなかった。
 ともあれ、集まった人々の前に運営委員長が立ち、マイク片手に今日のルールと注意事項の説明を始める。もっとも、参加者の元にはあらかじめ、そうしたことをまとめたプリントが郵送されていたので、あまり真面目に聞いている者はいなかった。が、弧月たち4人は律儀に説明に耳を傾けている。
 ルールはこうだ。時間は8時から12時までの4時間。その間に、一番早くこの館の中に隠された4枚のコインを見つけて、館の北側に建つ時計塔の部屋の台座にそれをはめることができたチームが優勝だ。ただしこの時、4人そろっていなければ失格だ。また、途中で失神するなど、動けない者が1人でも出ればこれまた失格だった。大会は、優勝チームが決まった時点で終了となる。
 運営委員長は、ざっとそれらを説明した後、更に注意事項を口にする。
「建物内の照明は全て壊れていて使えません。ですので、事前にお渡ししたプリントに書かれているように、懐中電灯などを持参して下さい。もし忘れたというチームがありましたら、こちらでお貸ししますので、後ほど申し出て下さい。また、建物内では電波状態が悪く、携帯電話は使えません。ですから、なるべく4人一緒に行動することをお勧めします。それから、他チームを脅すなどの妨害行為は禁止です。そういう行為が発覚した場合は、即失格になりますので、ご注意下さい」
 それが終わると、いよいよ肝試し大会の始まりである。館の見取り図も、事前に渡されていた。どのチームも、すでにどこから調査すると決めているのか、それぞれ話しながら散って行く。弧月たち4人は顔を見合わせた。
「とりあえず、ゆっくり行きましょう。時間はたっぷりあるんですから」
言ったのは、ケーナズだった。
「そうですね。では、とりあえずこの中央のエリアから行きましょうか」
ステラがうなずく。
 2人のやりとりを聞きながら、弧月はとりあえず、彼らは心配ないだろうと考える。彼自身もそうだが、この2人も本物偽者ひっくるめて、幽霊など怖くはないというクチのようだ。自分に関していえば、背後から脅かされた場合、相手を殴ってしまうかもしれない危険性があるので、それだけは要注意だと彼は思っている。だが、それだけだ。つまり、三下さえしっかりしていてくれれば、とりあえず失格という最悪の事態は免れる。
 だが彼は、すでに青ざめ、震えていた。それへ、隣に並んだケーナズが何か囁く。何を言ったのか、弧月には聞こえなかった。が、三下は小さく何度かうなずき、少しだけ血色を取り戻した。
 それを見やってステラが先頭に立って歩き出す。その後に三下とケーナズが続き、弧月は真ん中の三下を守るように、最後について歩き出した。

2 【闇の中の探索】
 肝試しが始まって、30分が経過しただろうか。弧月たちは、洋館の南側の棟の1階にいた。
 館は、中庭を囲む形でコの字に建てられている。エントランスホールがあったのは縦の辺で、その棟を中心に、建物は北と南の二つに分かれていた。
 コインをそろえて最後に行かなければならない時計塔は北側にあり、見取り図によれば、北側の棟の2階からしか出入りできないようになっている。そこで彼らは、まず南側の棟を先に調べて回り、次いで北側の棟1階を、最後に同じく2階を調べようという計画を立てた。
 洋館の中は、照明がついていないとはいえ、何しろ80人もの人間が懐中電灯片手に、館中を徘徊しているのだ。それなりに明るかった。その上、賑やかだ。あちこちで、大会スタッフが扮したお化けや仕掛けに脅かされて、参加者たちが悲鳴を上げている。もっとも、弧月たちは探索を始めてから一度も、そうしたものに出くわしてはいない。
(このメンバーじゃ、脅かしにくいのか? それとも、誰かが裏から手を回したかな)
弧月は、他の参加者たちの悲鳴を遠くに聞きながら、仲間たちを見やって、胸に呟いた。
 だが、三下は他の参加者たちの悲鳴が聞こえるたびに、大きく体を震わせ、その場に立ちすくんでは、怯えた小動物の目であたりを見回している。今もそうだ。すぐ後ろで野太い男の悲鳴が上がり、同時に「ひゃっ!」と三下が声を上げる。
 隣を歩いていたステラが、小さく吐息をついて、低い声で問うて来た。
「三下様、大丈夫でしょうか」
「どうでしょう。30分であの様子では……。幸い、今のところは何も襲って来ませんけど、もし襲われたら……」
弧月も、眉をひそめて低い声で返す。
「いえ、襲われる心配はないと思いますが……」
言って、ステラは自分が裏工作したことを簡単に説明した。
 それによれば彼女は、参加を決めてすぐに、大会スタッフについての身辺調査を行い、脅かす役に回った者たちと取引したのだという。
(なるほど。それで、誰も脅しに来なかったわけか……)
話を聞いて弧月は小さく苦笑した。
「そういうことなら安心ですが……」
「なんだ。先に裏工作済みですか」
それへ、どのあたりから話を聞いていたものか、ケーナズがふいに話しかけて来た。
 4人はすでに、1階から2階へと続く西側の階段の前までたどり着いていた。これで一応、1階の部屋は全て調べ終わったわけだが、今のところコインは見つかっていない。むろん、他の参加者たちにも見つけた者はいないようだ。
 三下は、その階段の一番下の段に疲れたように座り込んでいる。ケーナズはずっとその三下についていたのだが、彼をそこに休ませ、2人の方へ戻って来たのだ。
「とりあえず、三下君の怯える顔は堪能させてもらいましたし、少し私もライバルたちを牽制に行って来たいのですが、よろしいですか? なんでしたら、ついでに北側の棟の1階を調べて来ますが」
まるでこれから散歩に行くのだとでもいうような口調で、彼は弧月とステラに問うて来る。2人は顔を見合わせた。悪い提案ではない。
「わかりました。もしも他チームが脅しに来ても、私たちでなんとか三下様をなだめます」
ステラがうなずき、言った。
「では、キミたちはここの2階を調べたら、そのまま北側の棟の2階へ行って下さい。そこの、東の廊下で合流しましょう」
言って、ケーナズは1人、闇の中へ消えて行った。
 それを見送る弧月を、ステラがふり返った。
「あちらへ行きましょうか。三下様をいつまでも1人にしておくのは良くありません」
「そうですね」
弧月もうなずき、2人はそろって歩き出す。
 近づいて来た2人の姿に、三下は青ざめた顔を上げる。
「少しはおちつきましたか?」
ステラが声をかけると、三下は小さくうなずいた。が、すぐに怪訝な顔になる。
「ケーナズさんはどうしたんですか?」
「ライバルの牽制と、北側の棟の1階を調べに行きました」
ステラは正直に告げた。
 三下は、しばし「ライバルの牽制」が何を差すんか理解できないらしく、目をしばたたかせていた。が、ややあって小さく目を見張る。
「それって……でも……ルール違反なんじゃあ……」
「発覚しなければ問題ないと思いますよ」
弧月は言って、苦笑した。
 ただ三下をなだめるために言ったわけではなく、彼は本当にそう思っている。たしかに自分たちのしていることはルール違反だ。が、「発覚すれば即失格」ということは、発覚しなければ問題はないということだ。詭弁かもしれないが、優勝してハワイ旅行を手にするためにはしかたがないだろうと、彼は割り切っている。
「そういう……ものでしょうか……」
三下は、完全には納得できない様子で、気弱げに言い返して来る。その言葉に、弧月は内心に苦笑した。
(気が弱いのに、意外と律儀なんだな)
 そんなことを考えている彼の隣で、ステラが言う。
「では、三下様は、他のチームがコインを全部集めて優勝し、ハワイ旅行を手にする方がいいと言うんですか?」
途端、三下は更に青ざめた。何か、恐ろしいことを頭の中で想像しているのか、しばし固まっていたが、やがて大きくかぶりをふった。
「そ、そんなことないです。行きましょう」
いきなり彼は、すっくと立ち上がる。
「かならずハワイ旅行を手に入れないと。でないとボク、今度こそクビです。いえ、その前に編集長にどんな目に遭わされるか……!」
悲壮な顔と声で叫んで、先に立って階段を昇り始めた。
 その背を見やって、ステラと弧月は思わず顔を見合わせる。
「すごいな……。碇さんって、三下さんにとっては、お化けより怖いものなんですね」
弧月は思わずボソリと言った。
「かもしれませんね」
うなずいたステラが、三下の後を追って階段を昇り始める。そのあまりの無表情ぶりに、思わず肩をすくめながら、弧月もまた、その後を追った。

3 【コイン発見】
 2階に上がった弧月たちは、改めて館の見取り図を広げた。この階は、けっこう部屋数が多い。少し考えるそぶりを見せた後、ステラが二手に分かれることを提案した。三下は、幾分難色を示したが、結局承知した。たしかに、分れて探す方が効率的ではある。
 そこでステラが廊下の北側の部屋を、弧月と三下は南側の部屋を順番に調べて行くこととなった。
 弧月と三下は、廊下の南側に一つだけある扉をくぐった。そこは、再び廊下になっており、扉が三つ並んでいた。更に、西の奥には扉のない広い部屋が広がっている。2人はまず、三つ並んだ扉の一番東端の部屋を調べることにした。が、扉を開けた途端に、三下が派手な悲鳴を上げる。それこそ、館中に響き渡るような声だった。
「み、三下さん?」
慌てて弧月は、三下に声をかけるが、当然返事ができるような状態ではない。今にも泣き出さんばかりに小刻みに震えながら、前方を指さしている。
 その指の先を目で追って、弧月は深い溜息をついた。
「三下さん、おちついて下さい。あれ、鏡ですよ。鏡に、俺たちの姿が映っているんです。ほら」
言って、弧月はそちらへ懐中電灯の光をさしつけた。三下が、目を大きくしばたたかせる。笑いながら弧月は中に足を踏み入れると、奥の扉全体に取り付けられた等身大の鏡を軽く叩いた。それでやっ
と三下も安心したのだろう。大きく息を吐き出し、戸口にもたれかかった。
 それへ苦笑して、弧月は改めて室内に懐中電灯の光を這わせる。そこはどうやら、洗面所とバス、トイレが一緒になった部屋のようだった。奥が浴室になっており、そことの仕切りの扉に、鏡がついているのだ。浴室の方まで念入りに調べてみたが、コインはみつからなかった。あきらめて、彼らは次の部屋へと移動する。
 2人がコインを発見したのは、西の奥に廊下から続くようにして広がる部屋でだった。そこも、他の部屋同様、調度は全て撤去されていたが、隅に小さな流し台とガスレンジだけがポツンと置かれていた。流し台は、排水口に細かいゴミを受けるためのカゴがついているタイプのものだ。が、そのカゴの中にコインは入っていた。500円玉ぐらいの大きさだが、六角形で、表面に天使の姿が刻まれている。事前に渡されていたプリントに印刷されていたのと、同じものだった。
「1枚ゲットですね!」
三下が、うれしそうに声を上げる。
「ええ。さあ、このノリで、どんどん行きましょう」
弧月も、元気づけるように言って、コインをGパンのポケットにしっかりしまいこんだ。
 最初の廊下へ出ると、あたりの喧騒は、ますます大きくなっていた。その声の中に、ただのイベントにしては大袈裟すぎる必死の叫びや、ヒステリックなものが混じり込んでいるような気がして、弧月は軽く眉をひそめた。が、ふと思い当たる。
(もしかして、三下さんの悲鳴に、俺たちが他のチームに脅かされたと思って、ステラさんが何かした、とか?)
脳裏に彼女の無表情な顔と黒ずくめの姿を思い浮かべ、あり得ないことではないと彼は考えた。
(俺たちの有利になるならいいけど、ほどほどにな。ルール違反がバレちゃ、なんにもならないんだから)
胸の中で、苦笑と共に話しかけ、三下を促して、彼は歩き出した。

4 【時計塔】
 結局、その後は1枚もコインを見つけることができないまま、弧月と三下は、その階の南側の部屋を全部調べ終わって、その階の東端にいた。そこへステラが彼らを見つけてやって来た。
「コインを1枚見つけましたよ」
彼女の言葉に、弧月もニッと笑ってうなずく。
「こっちもです」
「ということは、あと2枚ですか」
言ってステラは、ちらりと三下を見やった。あの悲鳴を聞いて気になっていたのだろう。が、三下は青ざめてはいるが、さほど震えてはいない。
「三下様も、大丈夫なようですね」
ステラに囁かれて、弧月は曖昧にうなずいた。
 あの後も三下は、ささいなことで悲鳴を上げては怖がり、なだめるのに苦労した。実際、彼にはどうしてあそこまで三下が怖がれるのか不思議だった。
(目が悪いせいもあるのかな)
そんなことを思ってもみる。が、開いた扉がきしむのを聞いては怯え、窓ガラスに懐中電灯の光が反射したのを見ては怯え、どこかで音がしたといっては怯えるのだ。一度などは、先に部屋にいた他チームの者の姿に怯えて、逃げ出しそうになった。慌てて捕まえ、必死におちつかせたものの、内心、彼と自分を2人きりにしたステラやケーナズを恨みたくなったほどだ。
 彼の曖昧な返事に、ステラも少しは察してくれたのだろうか。それ以上訊こうとはしなかった。
 彼は、そのステラの傍に、オーロラの姿がないことに気づく。
(やっぱり、他のチームを脅しに行かせたのかな)
胸の中で呟いたものの、わざわざ問うほどのことでもないと思ったので、彼は黙っていた。とりあえず、館を半分探し終えて、コインを2枚手に入れ、全員が動ける状態なのだから、順調というべきだろう。
 彼らは、北側の棟へ移動することにした。突き当たりの扉をくぐって、エントランスから続く大階段へと出る。ここへ来ると、いきなり明るくなるので、かえって驚かされる。が、そこからエントランスへは降りずに、踊り場を通って、正面に見える扉へと向かう。そこをくぐると、またあたりは闇に包まれた。しばし全員が目をしばたたかせる。目の前に、懐中電灯の光に照らされて広がるのは、北側の棟の2階、東側の廊下だ。見取り図によれば、ここを真っ直ぐ行くと、時計塔へ向かう外廊下への扉に突き当たるらしい。
 廊下を進み始めた3人が、西から来る廊下との三叉路にさしかかった時、そこからケーナズが現れた。
「そちらの収穫はどうでした?」
彼に問われて、ステラが2枚コインを見つけたことを告げる。と、ケーナズは小さく口元だけで笑って言った。
「では、時計塔へ向かいましょう。私も2枚、コインを見つけましたよ」
「本当ですか?」
三下が、歓喜の声を上げる。コインが全部見つかったこと自体がうれしいのか、それともここから出られることがうれしいのか。両方かもしれない。
 その声にケーナズは黙って、ポケットから取り出した2枚のコインを見せた。三下の顔に、歓喜と安堵がない混ぜになった表情が浮かぶ。
「では、急ぎましょう」
ステラが言って、再び先頭に立って歩き出した。
 塔への外廊下へ続く扉の前まで来ると、他の参加者たちが何組か、扉を叩いたり蹴ったりしていた。彼らもコインが4枚そろったのでここまで来たのだが、扉が開かないらしい。
 4人は、思わず顔を見合わせた。どうやら、最後の最後まで気は抜けないようだ。
 扉は、他の部屋のものと違い、表面に奇妙な紋様が刻まれており、ノブのすぐ上の所に刻まれたものは、閉じた目のように見えた。
「たぶん、この目を開けてやればいいんですよ」
弧月は、じっと見詰めていたが思いついて言うと、手のひらで扉の表面をゆっくりなぞり始めた。彼には、物に触れることでその由来や過去などを知ることのできる、サイコメトリー能力があるのだ。
 手のひらから、扉の過去が彼の脳裏に流れ込んで来る。時計塔は、特定の誰かを閉じ込めておくために使われていたらしい。だから、この扉にもまた、定められた人間以外は通れないように、仕掛けが施されたのだ。肝試し大会の主催者たちは、それをそのまま利用したらしい。過去に生きた誰かの手が、扉の鍵を開けるのが脳裏に映じる。弧月は、その手順どおりに、扉の表面をなぞった。
 どこかでカチリというかすかな音が響いて、閉じた目のように見える模様が、開いた目に変わった。途端、扉は難なく開く。
 呆然とする他の参加者たちの前で、弧月たち3人は素早く動いた。ケーナズが、ぼんやりしている三下を引きずるようにして扉の向こうに足を踏み出し、弧月とステラも躊躇せず後に続く。
 最後に扉をくぐったステラが、後ろ手にそれを閉め、オーロラを呼んで、何かを命じていた。こちらは心配ないと感じて、弧月はケーナズと2人、三下を守るようにして、とにかく外廊下を走る。夜の闇の中、耳元で風がうなった。 
 その彼らの行く手に、ふいに本物の霊たちが出現した。それも、1体や2体ではない。まるで何者かに呼ばれてそこに集まって来たかのようだ。その姿に、三下が金切り声を上げた。どうやら、特別な能力がない人間にも、これは見えるらしい。
(まさか、参加者の中に霊能力者が?)
その不自然な集まりように、弧月は思わず眉をひそめた。が、考えている暇はない。
「ひえ〜っ!」
遅れていたステラが駆けつけて来た時には、三下は情けない声を上げて、その場にうずくまっていた。
「ここまで来て、冗談じゃありませんよ。さあ、三下君、立って。走りなさい!」
ケーナズが叫んでその腕を引っ張る。が、彼はただ情けない悲鳴を上げながら、いやいやをするだけだ。
「三下さん、碇さんにどやされて、クビになってもいいんですか?」
弧月も叫んだ。だが、今度は鬼の編集長の名前にも効果はない。
 彼は、ステラとケーナズが後ろをふり返るのに気づいた。それを追って、彼もまたふり返る。扉が突破されたのか、懐中電灯の光が四つ、揺れながら近づいて来るのが見えた。案外、その中に霊能力者がいるのかもしれない。こうなれば、早い者勝ちだ。
 ステラも、そう考えたのだろうか。
「オーロラ!」
彼女は一言、使い魔の名を叫んだ。途端、白い狼が彼女の足元に現れ、遠吠えにも似た声を、空に向かって上げる。
 人間の耳には遠吠えとしか聞こえないその声は、しかし実際には霊を退ける呪文だったようだ。集まって来た霊たちは、一斉に消滅する。だがそれでも、怯える三下は立ち上がれそうになかった。
「オーロラ、三下様を!」
ステラが、再度オーロラに叫ぶ。オーロラはうなずくと、うずくまる三下に駆け寄り、襟首に牙を引っかけ、自分の背へと投げ上げた。
「三下様、しっかりつかまっていないと、危ないですよ」
ステラが注意する。が、言われるまでもなく、三下は小さく身を縮めるようにして、オーロラの背にしがみついていた。オーロラは、そのまま前方の扉めがけて走り出す。弧月たち3人も、その後を追った。
 やがて、時計塔の扉の前へとたどり着く。こちらの扉には、なんの仕掛けもないのか、ステラが軽く押すと、すぐに開いた。扉の中は、六角形のがらんとした部屋になっており、中央にポツンと背の高い丸テーブルのようなものがあった。これがコインを収める台座だろう。
 彼らが駆け寄ると、台座にはコインを収めるための四つのくぼみがあった。弧月たちは、それぞれの持っているコインを、そこにはめ込む。途端、闇に包まれていた室内に、晧々と照明が灯った。

【エンディング】
 時計塔に明かりが灯った時点で、肝試し大会は、終了となった。時刻はまだ9時半だったが、館のあちこちに設置されたスピーカーから終了を告げる放送が流れ、参加者は再び、投光器に照らされたエントランスホールへと集められた。
 優勝は、むろん弧月たち4人で、準優勝は塔への外廊下まで彼らを追って来たチームだった。弧月たちには、ハワイ旅行の目録が、準優勝のチームには、菊切市内の有名レストランのディナー券が送られた。
 帰りの車の中で、誰よりうれしそうなのは、当然ながら三下だった。とりあえずこれで、編集長命令を果たすことができたのだ。
「三下様、よかったですね。これでハワイ旅行に行けますね」
「はい」
ステラの言葉にうなずく三下に、愛車を運転しながら、ふとケーナズが言った。
「ああ、ハワイ旅行といえば……。せっかくですが、私は忙しくて行く暇がありませんので、三下君、私の分は麗香女史にお譲りしますよ」
 ハワイ旅行は、参加者がそれぞれペアで、つまり、全部で8人行けることになっている。三下は、自分の同行者は強制的に碇麗香になるだろうと考えていたようで、彼の言葉に目を丸くする。
「ほ、本当ですか?」
これであと2人、編集部から誰か同行してもらうことができる。ということは、三下が麗香にこきつかわれる率も多少は減るというものだ。
「私は行かせてもらいますが……誰かを誘うつもりはありませんので、もしアトラス編集部で行きたい方があれば、もう1人誘っていただいてかまいませんよ」
「あ、俺も同じくです」
ステラの言葉に、弧月もうなずく。
「三下さんは、編集長命令で参加したわけだし、それがなければ、俺たちも参加することはなかったわけですから」
「あ、ありがとうございます、みなさん!」
三下が、感激の面持ちで助手席から身を乗り出し、後部座席にいる弧月とステラに握手を求めた。弧月は苦笑しつつ、ステラは無表情に、その握手を受ける。
 しかし、運転席からケーナズが水を差すように、ぼそりと言った。
「ハワイ、今度こそちゃんと行けるといいですね」
途端に、三下の顔が青ざめた。
「や、やめて下さいよ、そんな不吉なこと言うのは。今度こそ大丈夫です。だって、今度は編集部の人間だけじゃないんですし」
「そうですね。……でも、今、夏風邪が流行っているそうですからね。たとえば、三下さんだけが風邪を引いて、行けなくなるとか」
「やめて下さいってば!」
ケーナズに言われて、三下は情けない悲鳴を上げる。が、ふいに彼は小さく身を震わせると、一つ盛大なくしゃみをした。
「ほらほら、言わんことじゃないですよ。なんでしたら、私のマンションへ寄りますか? 最近私が開発したばかりの風邪薬のサンプルがちょうどありますから」
親切そうなケーナズの口調に、三下は更に寒気を感じたように身を震わせ、強くかぶりをふる。
 彼らのそのやりとりを見やって、弧月は内心に複雑な溜息をついた。
(三下さんには悪いけど、俺も実は同じこと思ってるんだよな。肝試し大会は面白かったけど……でも、それなりに苦労もしたし、行けなくなるなら、三下さんだけにしてほしいよな)
胸に呟きつつ、横目で隣のステラの方をうかがうと、彼女は何やら口の中で呪文のようなものを唱えている。
(もしかして、厄除けの呪文か? でも、誰に? 自分だけか? それとも、全員? あ……三下さんにだけ、とか?)
彼は深くシートに身を預けると、頭をひねり続けていた。
 2週間後、彼らは無事ハワイへと旅立った。ステラの厄除けが、誰に対してのものだったのかは謎のままだ。が、その甲斐あってか今度こそ、三下の苦労と碇麗香の野望は実を結んだのである――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1582/柚品弧月/男/22歳/大学生】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)】
【1057/ステラ・ミラ/女/999歳/古本屋の店主】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
夏らしく、肝試し大会で……と思いきや、なんだか「宝探し」のような感じに
なってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
これに懲りずに、また参加していただければうれしいです。

●柚品弧月さま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございます。
ずいぶん楽しんで書かせていただきました。
三下さんの世話を押し付ける形になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
弧月さまも、楽しんでいただければ幸いです。