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『白の魔弾』 第四章 緋色の終焉

■オペレーション『アンカーポイント』

 太平洋上。日本近海を航行中の、米海軍イージス艦『ヴィンセンス』。
 夕日が視界の全てを黄金色と黒に染め分ける、その艦上ヘリデッキには、一機の大柄なヘリと、その前に並ぶ背筋をただした数人の人影だけがあった。
 ぴんと顔を前に向けたまま微動だにしないその姿は、まるで迷彩服を着せた杭が何本か、立っているかのようだ。
 彼らの後ろで、羽を休める渡り鳥のように静かにローターをしならせたそのヘリは、「ブラックホーク」の通称で知られる、UH−60。
 摩天楼のミニチュアのように林立する、艦橋やレーダー塔や機関砲の砲台に囲まれて、そこだけぽっかりと開けた空き地のようなヘリデッキ。
 ルルキアはそちらに目をやり、それから胸の奥まで大きく息を吸い込むと、ゆっくりとヘリに向かって歩き始めた。
 足を進めながら、豊かな声量のバリトンで、
「10分後。我々はブラックホークでこの船を出て、前例のない救出作戦に向かう。
 ターゲットがいるのは、日本だ」
 ヘリの前に整列した迷彩服へ、言葉を紡ぐ。
「航空レーダー圏下を飛行し、東京都内のターゲット・サイトに潜入。
 目標建築物屋上にヘリで上陸し、そこから作戦行動開始だ」
 ヘリの前に整然と靴先を並べた人影が、唇を引き結び、彼の方をじっと見据えていた。
 皆、若い。
 そして皆、顔を黒くペイントしていてもそれと分かる、日系人だった。
 互いに手を前に伸ばせば届くほどの距離まで来たところで、ルルキアは足を止め、少し視線を落としてヘリデッキの上のラインを目でなぞった。
「我々に与えられた時間は5分。
 5分間で、目標建築物の敷地内にいるターゲットを確保する。
 確保後、速やかに屋上へ退避、ブラックホークでターゲットサイトから離脱だ」
 顔を上げた。
 黒く塗られた顔の奥から、まっすぐな瞳が向けられている。
 ルルキアは少し口調を和らげて、
「見ての通り、私は軍人じゃない。現場で決断し、行動するのは君たちだ。
 だが、これだけは忘れないで欲しい」
 そこまでで一度言葉を切り、部隊を見渡した。
 選りすぐられた6人の日系米海軍兵士。その一人一人と視線を合わせてから、
「この船を飛び立った瞬間から、我々は孤立無援だ。
 米国にも日本にも、支援を求めることはできない。救出が成功しようと失敗しようと、5分後にはヘリは屋上を離れる。
 生きて再びここに戻ってくることがあれば、我々は何処にも行かなかったことになる。
 生きて戻ってこれなければ…」
 ルルキアは自嘲気味に笑いながら、続けた。
「我々の死に、適当な作り話があてがわれるだけだ」
 その、言葉にも。
 精鋭たちの表情に揺らぎはなかった。
 もっと詳細な説明が行われたブリーフィングの時と同じ、静かだが決然としたまなざしでこちらを見つめている。
 小さくうなずく、ルルキア。
 それから、ヘリのコクピットの方へ顔を向け、頭の上で天に向けた指を軽く回した。
 フロントガラスの奥で、パイロットがニヤリと笑み返してきた。
 ホオジロザメのようなどこかやんちゃなその笑顔に呼応するように、ターボシャフトエンジンが、眠りから覚めた獣のような高いうなり声を上げる。
 メインローターがゆっくりと回転をはじめた。
 訓練された身のこなしで乗り込んでいく兵士たちに続き、機内に潜り込むルルキア。
 それを待ちかまえていたように、
「ドクター。また会いましたね」
 パイロットが陽気な声でそう言った。
「気の合うドライバーの名刺は、とっておく主義だ」
 苦笑いを浮かべながら、ルルキア。
 コクピットでニヤリと笑いながら、副パイロットが彼の方に首を向けてきた。
「娘さんは見つからなかったんで?」
「見つけたよ」
 答えながら、ルルキアが軽く自分の胸を突く。
「だから、これから迎えに行くところなのさ」
 その言葉に、パイロットは弾けたように笑った。
「そういうことは、先に言っておいてくれなきゃ」
 言うや、スロットルレバーを思い切り倒し込む。
 エンジンが咆吼をあげ、機体がふわりと浮き上がる中で、彼はぐるりとルルキアに顔を向けて、続けた。
「そうすりゃ感動の再会に備えて、シャンパンと花束を用意しておいたのに」


■幕開け

 日本国。東京都内。
 旧国立衛生研究所分所跡。
 レナーテはその建物の前で、足を止めた。
 ほんの10分前。草間興信所で草間武彦の身柄を確保しようとしたが、不在。
 折悪しく居合わせた彼の仲間と格闘しているうち、奥の部屋から草間零とおぼしき人影が逃走した。
 確認する余裕もあらばこそ。とっさに引き金を引いたが、直撃はしなかったようだ。
 なおも逃走を続ける零を追って市街地を駆け抜け、数度狙撃の機会をつかみかけたものの、その度に草間零の仲間に阻止された。
 零を仕留められないまま追跡は続き、そして今、自分はこうして損傷の激しい西洋建築の前に立っている。
 レナーテは、白い法衣の下から、純白の銃を静かに引き抜いた。
 自分が追っていた零が、洋館のドアの前でこちらを向いている。
 長袖の上着から突き出した首と、その上の顔は、薄茶色の土塊。
 囮だ。
 そのこと自体に、今さら驚きはない。
 ドアを背にした、のっぺらぼうのその顔に、レナーテは照準を合わせた。
 と、土でできた顔の表面がボコボコと動き、一瞬の後に浮かぶ子供の落書きの様な絵。
 「へのへのもへじ」
 レナーテは無言で引き金を絞った。
 胸の中心を圧縮された空気が突き抜けていくような低い銃声とともに放たれる、光の尾を引く白い銃弾。
 銃弾を受け、背にしたドアごと粉々に砕かれて、土人形は吹き飛んだ。
 抑えるものを失った瘴気の流れが、ドアのあった場所から押し寄せてくる。
 予測していたことだ。
 草間零たちがもう一度舞台を整えるであろうことも、そこに張られる罠が苛烈なものになるであろうことも。
 分かってはいても、飛び込むのを避けている時間は、自分にはない。
 レナーテはゆっくりと、足を踏み出した。
 今度こそ容赦はしない。失敗は重ねない。
 自身に誓うように、胸の奥へと呟いて。
 レナーテは砕けたドアをくぐり、モザイクタイルの上に立った。


「レナーテ…」
 零の呟きが、みそのの耳に届く。
 あらゆる異能力を打ち消す弾丸でドアを打ち砕き、エントランスホールへ姿を見せた、小柄な白い暗殺者。
 その影へとまっすぐ視線を向けたまま、確かめるように、零がその名を口にしていた。
「…零様…」
 みそのがぽつりともらしたとき。
「みそのさん、聞こえてますか?」
 皇騎の声が、彼女を現実に引き戻した。
 耳元にあてがったままの携帯電話からだった。
「え、ええ。聞こえていますわ」
 小さなうなずきとともに答え、問い返す。
「宮小路様。取り急ぎ、わたくしは零様とレナーテを引き止めればよろしいのですね?」
 そうしなければならない理由は分からない。
 が、迷っていていい時間はなさそうだった。
 エントランスホールのモザイクタイルに立つレナーテと、その上の階段から彼女を見下ろす零。
 ともに一見動きがないながら、レナーテの手にはすでにあの白い銃が握られている。
 そして零の周りでは、コールタールのように濃密な流体となった怨気が渦を巻きはじめていた。
「草間さんを信じるなら、そうです」
「…あの方を疑うなら、初めからここにはおりませんわ」
 そこまでで、みそのは電話を部下の青年へ戻した。
 だが。
 彼女が一歩歩み寄って零に言葉をかけようとするより、一拍早く。
「みそのちゃん」
 機先を制するように、白い法衣の神聖兵器へ目を据えたまま、零が口を開いた。
「今すぐ、逃げて」
 最後までみそのの方を見ようとはしないまま、それだけ告げて。
 零は階段の手すりを蹴った。
 開戦を告げる、号砲のように。
 天井に届くほどの高さへ舞い上がった零へ向け、白い銃が、光の弾丸を放った。


■ルルキアを追って。

「リヒテ・ルルキア…ね」
 シュラインの向かいで、豪奢な黒いベロアのソファに身を沈めたまま、高峰沙耶は口元に小さな笑みを刻んだ。
「知ってるの?」
 思わず、身を乗り出すシュライン。
 この心霊学研究所で、女主人から脈ありの反応が出てくるとは思っていなかった。
 リヒテ・ルルキアを名乗る男との対面から一週間近く。
 容姿、国籍、偽名か本名かも定かでない名前、そして、これだけは間違いなく模写することのできた、彼の声――――そういったものを駆使して、ルルキアの正体を追っていた。
 主な目星は、米軍関係者なのではないかということ。
 だが、ここ数日間をかけた調査の収穫はゼロだった。
 徒労感の中から何とか掴めたものといえば、「これだけ調べて米軍にリヒテ・ルルキアの影がないということは、彼は米軍関係者ではなさそうだ」という裏返しの推論だけだ。
 手伝ってもらっていた編集者のところから、ため息とともに戻る道すがら、ふと高峰心霊学研究所のことを思い出した。
 ちょうど、まっすぐ家に向かう信号の向こうは渋滞していた。
 トロトロと交差点に進入しながら、ちょっと考える。
 やがて、
「…ダメで元々ね」
 呟いてから、シュラインはおんぼろミニクーパーを急ハンドルで思い切り右折させた。
 後続車のクラクションを背中に聞きながら、アクセルを踏む。
「問題は、高峰さんにどう切り出すかよねぇ」
 あの電報のことも、聞きたいし。
 シュラインは頭の中で質問を練りながら、高峰心霊学研究所へとクーパーを走らせた。


 そして、今。
 彼女と沙耶は、クリスタルガラスのテーブルを挟み、向かい合ってソファに腰を下ろしていた。
 心霊学研究所の女主人の胸元には、冬の夜空のように深い蒼の瞳を向けてくる、あの黒猫。
 沙耶はその背中をなぞるように、白蛇のような指を微かにすべらせながら、
「会ったことがあるわ」
 少しだけ、面白そうに。
「…で?」
「子供のような目をした、不思議な青年ね」
「高峰さんが個人的に彼をどう思うのかに興味がないって言ったら、嘘にはなるんだけど。
 今聞きたいのはそういうことじゃないの」
 我ながら少し苛立った声とともに、シュラインは沙耶を見つめた。
 沙耶の口元に浮かぶ笑みが、少し深くなる。
「だとすれば、何が聞きたいのかしら?」
「リヒテ・ルルキアについて、『知っている』ことを全て」
「…彼とは、中ノ鳥島の一件のときに初めて会ったわ。
 彼は若くて情熱的なアメリカ人研究者だった。
 ちょっとした共通の知り合いを通じて、私と彼は少し話をして、それでお終い」
「いいわ」
 シュラインは強く息を吐きながら、眉根をもんだ。どだい、彼女からスムーズに情報が引き出せるとは思っていない。
「Yes・Noだけで答えてもらえるかしら。
 リヒテ・ルルキアはアメリカ軍関係者なの?」
「アメリカ的なタフガイに見えるタイプではないと思うのだけど」
「それは、"No"ってことなのね」
 妖艶に微笑む、沙耶。
「だとすれば、レナーテの背後にいるのも、アメリカ軍ではないということかしら」
 彼女の沈黙を、肯定ととって、シュラインは質問を続けた。
「米軍基地にハンバーガーミートを運ぶ肉屋も、あなたにとっては米軍関係者なのだとすればね」
「…今のは、ルルキアのこと? レナーテのこと?」
「Yes・Noだけで答えられる質問をするといったのは、あなたよ」
「そうね。質問を変えましょう。
 リヒテ・ルルキアが「甦らせた」と言っているナチスドイツの遺産、神聖兵器のレナーテは、アメリカ軍の兵士なの?」
「Noよ」
 声が尖るのをかなり努力して抑え込んでのシュラインの言葉に、沙耶は穏やかに、だがはっきりと答えを返してきた。
「じゃ、IO2」
「それも、No」
「…まさか、ネオナチとか、そういう狂信的集団じゃないでしょうね」
 沙耶はもう一度笑って、「No」と答えてきた。
「だったら、一体…?」
 頤に手をあてて、テーブルの上に視線を落とすシュライン。
 主立った目星は、全て否定されてしまった。あとは――――
「ためらうだなんて、あなたらしくないのね」
 見透かしたように。
 揶揄するでなく責めるでなく、淡々と向けられた沙耶の言葉に、シュラインは顔を上げた。
 そして。
「…"Boundary of Nothingness"…?」
 ゆっくりと、呪文のように。
 彼女自身、幾度かその片鱗に触れたことのある、真の狂信的集団の名前を口にした。
 沙耶の口元に、じわりと笑みが広がり、そして、
「……No」
 返された答えに、シュラインは思わず手にしていた手帳を投げつけそうになった。
「そりゃね、約束もなしに飛び込んできて、いろいろ質問をぶつけてる私も悪いけど」
 ついつい前腕にこもった力をそらそうとするように、前髪をかき上げながら、言葉を向ける。
「もう少し、普通の人間向きな受け答えを期待しちゃダメなのかしら?」
「優秀な生徒には、厳しく接するのよ」
 さらりと返された答えに、シュラインは話の接ぎ穂を失った。
 その様子に、沙耶の口元へ再び微笑みが灯る。
 それから、思い出したように黒猫の背中へ指を滑らせながら、
「他に聞きたいことはあるのかしら?」
 促すような言葉に、シュラインは慌ててバッグを引き寄せて、中から二つ折りにされたあの電報を取りだした。
 それを研究所の女主人の方へと差し出し、
「『知るべき者』から、こんなお手紙をいただいたんだけど」
 読んで、というように手を動かした。
 黒猫が、沙耶の手元をのぞき込む。
 ややの後、
「…なるほど」
 小さな呟きとともに、沙耶は元通り電報をたたんだ。
「この電報を送ってくれた人に会いたいの。
 手を貸してもらえるかしら?」
 もう学んだ。「この電報の送り主は誰」とは聞かない。
 だが。
「それは無理ね」
 沙耶は電報をシュラインの方へと返しながら、静かに答えてきた。
「高峰さんの口から聞ける言葉だとは思わなかったわ」
 思わず揶揄を向けてしまう。
 その言葉にも、あしらうようにさらりと笑って、
「私には、出来ることが多いのではないのよ。
 やり方を知っていることが、他の人より少し多いだけ」
 沙耶は謎めいた言葉を返してきた。
 ああもう、と、胸の奥でため息をつくシュライン。
 この人、『混乱させるヒントの出し方』って本でも書けばいいのに。
 半分以上やけ気味にそんなことを思ってから、
「この電報の送り主が誰なのかぐらい、知ってるんじゃない?」
 結局、避けて通ったはずの質問に戻らざるを得なかった。
「あなたと同じぐらいにしか、知らないかも知れないわよ」
「私が知ってるのは、これと同じ文章をリヒテ・ルルキアも追っていて、これと同じような内容を語る裏書きが、『アイン』と呼ばれるレナーテによく似た少女とハーケンクロイツが写った古い写真に記されてたってことだけなんだけど」
 一息に言い切った、シュラインの言葉に。
「だとしたら」
 沙耶の指が、黒猫の背で小さく踊った。
「私があなたに教えてあげられることは、あとはこれだけ。
 あなたが探している本当の意味での『知るべき者』は、今回はきっとあなた達の助けにはならない。
 でも本当なら、神聖兵器を娘と呼ぶのは彼になるはずだった」
「…本当ならって…大空襲がなければ、ってこと?」
 開かれることのない瞼の下をのぞき込むようにして、シュライン。
「ルルキアは、なんと言っていたのかしら」
「なんて?
 …確か、空襲当日に誰かが待っていたんじゃなくて――」
 ――大空襲当日に誰かが待っていたのではない。誰かが待っていたから、その日が大空襲になった――
 ぞくり。と、シュラインの背筋をいやな予感が駆け上がった。
「ねえ、もしかして…」
 わずかに口ごもる彼女に、沙耶は口元をつり上げるようにして笑った。
 紅いルージュに縁取られた首斬り鎌のような、凄惨な、笑み。
「…ベルリン大空襲では、アメリカ空軍は出撃機の10%を失った。
 それほどまでにして灰にしてしまいたかったものが、3月6日のベルリンに降り立ったのよ」
 筒抜けだった暗号。アメリカ国立公文書館に保管されていた写真。ハーケンクロイツに囲まれた美しい少女。
「…アメリカ空軍は、神聖兵器を恐れて、ベルリンを灰にしようとしたってこと?」
「結論の付け方は、いろいろね」
 はぐらかすような、前置きの後で。
「でもその『恐れ』が妥当なものだったのかどうか、今でも知りたがっている人間は多いわ」
 あの笑みを仮面のように穏やかな表情の奥へと沈めて、沙耶は静かに続けた。
「…なんで、そんなことを…60年も昔の話でしょう?」
 訝しさに眉根を寄せる、シュライン。
 沙耶はもう一度、今度は穏やかに笑った。
「この国は幸せ」
 閉じた瞼の奥から慈しむような視線を向けてでもいるように、黒猫の背に鼻筋を向けて。
「戦争は60年前に終わり、そしてもう二度と自分たちが巻きこまれることはないのだと、信じて疑わずに生きている人たちばかりだもの」
 その言葉が、リヒテ・ルルキアの語った内容と重なった。
 ――パワーゲームが、始まる。
「もう一つだけ、教えてあげるわ」
「…何かしら」
「あなたは、Yes・Noだけしか与えてくれなかったけれど。
 許されるなら、私はもう一つ選択肢を増やしたわ。
 "Not yet(まだ)"を、ね」
 シュラインは、無言で立ち上がった。
「急ぐといいわ」
 長身の彼女の耳朶を、沙耶の言葉が追いかけてきた。
「半世紀越しの問いかけに、答えが出てしまう前に」


■心霊兵器の真価

 低い銃声が、鼓膜を震わせた。
 どちらからともなく顔を見合わせ、それから、時音と雪は足を速めて分所跡の洋館へと近づいていく。
 雪の土人形でレナーテの誘導に成功し、つかず離れずだった距離を縮めて零の加勢に入ろうとした矢先の撃発音。
 さすがに至近で喰らったときほどの衝撃はないが、脊髄の奥を冷たい手でなでられるような、力を奪われていく感覚がはっきりと感じ取れた。
 白の銃。
 一切の異能力を中和する弾丸を吐き出すのみならず、同様に異能力を打ち消す波動を撃発と同時に周囲にばらまく代物だ。
 洋館の、壊れたドアの両側の壁に、それぞれ時音と雪が肩を預ける。
 皇騎の部下が設置したのだろう。壊れた戸口からは、照明の光がドアの残骸を照らして夕闇の中へと伸びていた。
 また撃発音が響き、さっきよりも強い衝撃が身体の中を駆け抜けていった。
 胸の奥で舌打ちをする、時音。
 レナーテは躊躇なく暴れ回っているらしい。草間興信所で鍛造刀を鞘に収めたまま揮ってきたことで抱いていたかすかな希望を、時音は完全に捨て去ることにした。
 少なくとも今のままでは、レナーテは、与えられた任務の完遂以外なにも考えていないのだろう。
 興信所での一件は、おそらく任務のために草間さんを捕獲しようとしてのことだったのだ。
 時音の中に、赤く溶けた金属のような怒りがわき上がった。
「六巻君」
 ドアの向こう側にいる雪に、声をかける。
「ういす」
「中の様子が知りたい」
「OK」
 答えるや、雪はわずかに力を解き放って、時音の目の高さの壁へ、小さな穴を穿った。
 塹壕兵のように、そこから中の様子をうかがう時音。ふと、彼の脳裏で、今の自分と未来世界での自分とが重なった。
 眩いシャンデリアに照らされた、モザイクタイルのエントランスホール。
 途方もない俊敏さで飛び回る、二つの影。交錯する白と黒。
「…速すぎだろ、あの二人…」
 同じように戦場をのぞき込んでいる雪が、ぽつりと呟いた。
 限られた視界で得られる情報は決して多くなかったが、それでも零とレナーテが尋常ではない速度域で火花を散らしていることは、充分すぎるほど見て取れた。
 銃眼のような穴から顔を上げて、雪の方へと目を向ける。
「六巻君」
 戦闘がもう開始されていて、まだ決着が付いていないということだけ分かれば、これ以上ここで躊躇している理由はない。
 振り向いた雪が、壁を指さした。「壁、抜けられるようにした方が?」ということらしい。
 時音は首を縦に振り、それから手早く上着を脱ぎ捨てた。
 ジャケットも防弾衣も、その下のシャツも全て脱ぎ去ってしまうと、引き締まった上半身が夕闇の中に浮かび上がる。
 足元に脱いだものを放ると、あっけにとられたような顔の雪と目があった。
「…なにしてるんすか」
「考えがあるんだ」
 手短にそれだけ返して、時音は身の内に宿る『光刃』の力を増幅させた。
 ただし、普段は掌から外へと向けるその流れを、今は身体の内側へと向けて。
 血管の中に熱湯が入ってきたような圧迫感と熱を感じる。
 理屈の上では可能だが今まで試してみようとは思わなかった、『光刃』を体内で増幅させ瞬発力や筋力を大幅に引き上げる技だ。
 強制的に限界を上回る力を引き出された肉体が、じっとしているだけでも軋むのが分かった。
 あまり時間はかけられない。
 ぎゅっと拳を握り、時音はそう判断すると、もう一度雪の方へと顔を向けた。
「六巻君。
 戦闘の最中、僕の方を見ないように」
「ええ? 何でっすか」
「レナーテの視界を奪うために、最大光量の『光刃』を使う。
 直視すれば、最悪の場合、失明するよ」
 はっきりと、そう言い置いた。
 神妙にうなずいて、それから、エントランスホールのちょうど角に当たるぐらいの壁を砂に変える雪。
 そして。
 壁をすり抜けてホールに姿を現した雪と時音を迎え入れたのは、舞踏会場に出たのかと思うほどの煌々とした光と、腐肉を敷き詰めた温室の中のような瘴気と、
「…零さん…?」
 煌びやかなシャンデリアの下で繰り広げられる壮絶な光景だった。
 純白の法衣を翻し、一人だけ重力の影響から解き放たれたような動きを見せるレナーテ。
 その手に握られた鍛造刀が獲物を狙って閃き、片手の銃は魂を削ぐような衝撃を伴って銃弾を吐き出している。
 そこまでは、予想できたことだ。
 だが、レナーテが対峙する相手の姿が、予想を超えていた。
 いつか地下駐車場で見せたあの体捌きに磨きをかけた、長い黒髪の少女。
 しかし彼女が身にまとう空気は、明らかに「草間零」とは別のものだった。
 まるでそれ自体がもう一つの皮膚であるかのように、その全身へ黒い燐光がまとわりついている。
 首筋や腕や、肌の露出している部分から細く尾を引いて立ち上る燐光は、あらゆる光を吸い上げる闇色の炎のようだった。
 その、黒い炎に身を鎧った、零が。
 残影を残して、床を蹴る。道路工事で聞くエアハンマーのような音とともに、足下のタイルが鋭くえぐれた。
 レナーテと零の距離は3歩ほど。それを一瞬で詰めて、右足が空間を引き裂いた。
 こめかみめがけて振り下ろされる手斧のように。零の回し蹴りがレナーテに襲いかかる。
 レナーテは右手に握った鍛造刀の鍔もとで、それを受けた。
 鉄のかたまりを打ち付けたような音を残して、それだけでコンクリートの柱がへし折れそうな零の一撃が食い止められる。
 休まない。
 黒い火花を残して止められた蹴り足を引き、膝を胸元に引きつけてから、槍のように真正面へけり出す。
 捉えれば、相手の首から上をきれいに吹き飛ばすような正面蹴り。
 臆せず、レナーテは撃ち出された零の右足の下へ上体をひねり込んだ。
 一つ半あった距離を一気にゼロにして、零の懐に飛び込む白の刺客。
 純白の銃の、それだけがぽっかりと黒い銃口が、零の額をポイントした。
 細い指がガードリングの中の引き金にかかる、その刹那。零の周囲に拳ほどの黒点が無数に生まれ、散弾のようにレナーテへと弾き出された。
 撃発。
 レナーテの指が引き金を絞るのと、黒い光の散弾が一発、その腕に食い込むのとはほぼ同時だった。
 光の尾を引いて、白い弾丸がバレルから放たれる。撃発音に乗って広がる、反異能力の波。
 ガラス玉が砕けるのに似た音を立てて、黒い散弾が見えない手に薙ぎ払われるように砕け散っていく。
 そして。
 わずかに射線を逸らされた銃弾が、零の左肩を捉えた。
 地下駐車場で雪が受けた銃弾とは比較にならない破壊力に、肩口の肉が弾け飛ぶ。
 それでも、零の動きは鈍らない。
 首筋から肩にかけての筋肉をほとんど吹き飛ばされたままで、蹴り出した右足を半回転させ、引き付ける。
 ふくらはぎの内側で、懐に飛び込んだレナーテの頭部を巻きこむように。
 そしてそのまま不安定に前へ流れた法衣の刺客の背中を、ふわりと飛び越えた。
 腰の高さのガードレールを身軽に跨ぎ越すようなその動きに、レナーテの反応がわずかに遅れる。
 背中に回った零へと体を向け直した、そのタイミングで。一瞬早く次撃に移っていた零が、鮮やかな連続攻撃を繰り出した。
 着地の反動を活かして小さく跳躍し、鋭く振り抜く前回し蹴りをレナーテの左手首へ。
 白い銃を持つ手を弾き、空いた懐の空間へ次の軸足を。そのまま体をひねりながら、杭に巻き付く鞭のように、ぎゅっと身体を丸めた。
 レナーテの左手が、身体の中心へカバーに入る。
 全身にためたバネを一挙に解放して、零は後ろ回し蹴りを放った。
 車にはね飛ばされでもしたかのように。
 レナーテの小柄な身体が宙を舞い、階段の手すりに叩き付けられた。
 零の追い打ち。さっきも見たあの黒い散弾が彼女の周りに結実し、そして放たれる。
 とっさに撃発した白の銃が反異能力の波を広げ、その直撃を免れるレナーテ。狙いも付けられなかった銃弾は、傷んだモザイクタイルに跳ねてひび割れた音を立てた。
 そして、零は。
 無造作とも思える姿勢でレナーテを見据えたまま、えぐり飛ばされた肩の傷に手をあてて――顔色も変えず、その周りの筋組織を引きちぎった。
 鮮血に染まった手で、ボロクズのようになった肉の塊を投げ捨てる。
 苛立たしい銃弾の影響から解き放たれた彼女の体細胞は猛烈な勢いで活性化し、見る間に失われた筋肉を再生していった。
 水仕事をこなした後に人がそうするような素っ気なさで、胸の前で軽く手を払う、零。
 生乾きの血が飛び散った。
 その表情には、なんの感情も浮かんではいない。
 そこにいるのは、もはや雪や時音の知っている草間零ではなかった。
「…これが…霊鬼兵」
 呟きがもれたとたん、背筋を悪寒が走った。


■分所跡地へ。

「早く出なさいよ、肝心なときに…ッ!」
 携帯電話を耳に当てたまま、毒づきながら、クーパーのハンドルを切る。
 向かう先は、草間興信所。電話は草間武彦の個人携帯へだ。
 高峰心霊学研究所を出たときはあかね色だった空が、今はもう夕闇に閉ざされようとしていた。
 5回目の発信でも、草間探偵が電話を取ることはなかった。留守電のメッセージに切り替わった瞬間、舌打ちと一緒に助手席へ携帯を投げる。
 草間興信所はもうすぐそこだ。
 クーパーの小さなヘッドライトに、見慣れた路地が切り取られたように浮かんでは消える。
 一本細い道へのコーナーに差し掛かったところで、助手席に放った携帯電話が踊りだした。
 着信だ。
「ああ、もう!
 ちょっと待ってなさい!」
 なんでこうタイミングが悪いのかしら、と、天に唾するような気分で乱暴にハンドルを切る。
 おんぼろクーパーを路地に入った角のところに停め、陸にあげられた魚のように痙攣している電話を捕まえた。
 発信者確認。草間武彦だ。
「武彦さん?」
「急いでるんだ。さっさと出てくれ」
 …ああ。本当に、何でこうタイミングが悪いのかしら。
 よっぽど切ってやろうかと思ったが、ぐっとこらえる。
「一つだけ言わせて。
 着信履歴は見てもらえた?」
 ぐらいで。
「それどころじゃなくてな。
 今、どこだ」
「…武彦さんの興信所から、300メートルぐらいのところよ」
「まだ見捨てられてないと思っていいのか」
「武彦さんだけなら、とっくに見捨ててるわ」
「…零は、そこに?」
「いないわよ。
 武彦さんと一緒じゃないの?」
 答えると、電話の向こうで「なんてこった」と草間が舌打ちするのが聞こえた。
「そっちから切り出さないなら、私の方から始めてもいいかしら」
 沈黙や質問で時間を無駄にしたくない。
 が、草間はうめくように、
「その前に、俺にも一つ言わせてくれ。
 今でもレナーテを倒すべきだと思ってるか?」
 そう、言葉を向けてきた。
「…いいえ。
 その聞き方、武彦さんも、何か掴んだのね」
 我知らず、声を低めて。
「掴まされた、と言う方が正確だがな」
「急いでるんじゃないの?
 私は武彦さんと言葉遊びをするつもりはないんだけど」
「こっちにだってない。
 シュライン、今どのぐらいまで見えてきたんだ?」
 草間の問いかけに、シュラインは携帯電話を持ち替えながら、答えた。
「高峰さんから、示唆的な情報をいただいたわ。
 アメリカは大戦当時から心霊兵器の存在とその威力を知っていて、しかもそれを脅威と考えていて、それがナチスドイツの中枢に渡らないよう、ベルリンを急襲した、とも考えられる」
「それだけか?」
「いいえ。むしろ肝心なのはここから先よ。
 リヒテ・ルルキアが語ったことと、高峰さんが裏返しの言葉で示してくれたことを考え合わせるとね、大戦から60年が過ぎた今でも、神聖兵器の真価は推測の域を出ていない。
 そして、その答えを未だに知りたがっている連中がいる。
 たぶん、海の向こうにね」
「…それを、高峰さんが?」
 そうよ。と答えると、草間が深く息をつくのが聞こえた。
「武彦さん?」
「シュライン。今の話な、一カ所だけ、訂正するところがある」
「…どこ?」
「その答えを欲しがってるのは、海の向こうのヤツらじゃない。
 この日本だ」
 苦々しく、絞り出すように。
「…そんなはずは…」
 言いよどみながらも、否定的な言葉を返すシュライン。
 沙耶が最後に付け足した「Not yet(まだ)」を考えれば、神聖兵器の実力を計りたがっているのは米軍になると思えたのだが。
「一から説明する時間はないんだ。
 信じてくれ」
「それだって、少しは話してもらわなきゃ分からないわ」
「突拍子もないぞ。聞いたら余計信じられなくなる」
「今さら驚かないわよ」
 シュラインの答えに、前置きのように「そうか」と口にしてから、
「麗香に声をかけてくれたのは、シュラインだったな。
 彼女の話は聞いたのか」
 思い出したように。
「ええ。ざっとは聞いたわ」
 うなずきながら、返す。
 確か、防衛庁の切れ者とIO2創設の立役者が銀座で密会をしていた――それもかなり昔に――というような話だったはずだ。
「それが、なにか?」
「この三日、俺は皆と別行動をしていた。好きでそうなったんじゃなくて、身柄を拘束されてたんだ。
 大竹にな」
「…防衛庁の、大竹雅臣?」
「そうだ。
 そこで、防衛庁の狙いを聞かされた。
 リヒテ・ルルキアの言っていた『プレイヤー』の一人は、間違いなくこの国だ」
「防衛庁、じゃなくて?」
「違う。もっと根深い。少なくとも警察庁が手を組んでるし、間違いなく内閣府もだろう」
「大震災のときでさえロクな連携が取れなかった縦割り官庁たちが、手をつないで何をしようとしてるっていうの?」
 皮肉ではなく、本心からの疑問だった。
「新しい国防構想だよ。
 心霊自衛警察隊、とでも言えばいいかも知れない」
 答えてきた草間の声は、真摯だった。
 それだけに釈然としない感覚が強まる。
「…武彦さん。言ったら悪いけど、私だってそんな三流の筋書きで小説書いたりしないわよ」
「だから言ったろう、突拍子もなさ過ぎて信じないって」
「武彦さんの説明がヘタなのよ。
 あなた自身にその『突拍子もない筋書き』を信じさせているものは何?」
「それを話すと長いんだ」
「かいつまみなさい、名探偵」
 にべもなく突き放す。
 携帯電話の向こうがしばし沈黙し、やがて、
「…一つは、俺の経験上、『心霊』とか『超常現象』とか呼ばれるものを自在に操る連中が存在するって事実を否定できないってことだ」
 ゆっくりと口を開いた。
「なるほど」
「第二に、そういう連中を――異能力者を組織して、特別な任務に従事する特殊部隊を編成することに、人材確保以外の困難はないということ。
 三つ目、心霊兵器は、もうすでに、実在する技術だ。どこかの誰かが似たような研究をすれば、早晩、似たような成果にたどり着けることは実証されている」
 草間の言葉を聞きながら、シュラインは次第に胸へ広がる不穏な気配を感じていた。
「四つ。人的資源以外に拠るところのないどこかの国や集団が、すでにそうした成果にたどり着いていないと言える証拠は、どこにもない」
「結論として、人材確保の問題が解消されて、異能力者の特殊部隊がどこかで誕生してるってわけ?
 …風が吹けば桶屋が儲かる、ね」
「ああ。俺だって信じないさ。
 『虚無の境界』の存在さえ、知らなかったらな」
 空元気にも似た揶揄に、草間は底冷えのする声で返してきた。
「俺には、オカルト思想の持つ求心力より、ナショナリズムの持つ求心力の方が容易に理解できる。
 そして、それに基づいて組織された異能力者部隊に対抗する防衛力がこの国にはないという危惧も、理解できる」
「…いいわ。そこまでの前提が全て的を射ているとして、それが日本が神聖兵器の真価を知りたがることと結びつくのかしら?」
「どこに紛れたか分からない、外見上は一般人と同じ異能力者を狩り出すのに、自衛隊の戦車や航空機が何かの役に立つと思うのか」
 シュラインは、口をつぐんだ。
「でかい話だが、神聖兵器と心霊兵器は、戦争のあり方を変える力を持つ。
 だからこそ旧日本軍もナチスも、血眼になって開発を急いだ」
「…その構図を、今の世界にそのまま当てはめようってわけね」
 ふつり。と、シュラインの胸に小さくて固い怒りが沸いた。
「それを、信じるのね。
 武彦さんは」
「…理解は出来る」
「…武彦さん…零ちゃんは、もうあなたの妹じゃないって言いたいの?」
「馬鹿言うな」
 平板な声で問うシュラインへ、吐き捨てるように、草間。
「あいつは俺の家族だ。それに変わりはない。
 だからこそ、この国の臆病な桶屋論法をぶっつぶしてやる」
 彼にしてはめずらしい、感情的な言葉。
 それが、シュラインの中の小さな怒りを流し去った。
「零を霊鬼兵には戻させない。レナーテも『対心霊兵器』で終わらせやしない。
 絶対に、あの二人の激突を止めてやる」
 触発されるように高鳴った胸の内を押し込めて、「そうね」と短く答えてから、
「場所は?」
 クーパーのハンドルを握りなおし、問いかけた。
「旧国立衛生研究所分所跡だ。
 分かるか」
「分かるわ。15分で着く」
「こっちはまだタクシーで市ヶ谷を出たばかりだ。もう少しかかる。
 シュラインは急いでくれ」
「了・解」
「…悪いな」
「そういうことは言いっこなし」
 にっと唇の端を吊り上げて、シュライン。
 それから、「頼んだ」と言って電話を切ろうとした草間を呼び止めた。
「ちょっと」
「なんだ?」
「…武彦さんのそういうところ、私好きよ」
 一方的にそう告げて、携帯電話へ小さく音を立てて唇をあてる。
 そして。
 そのまま素早く通話を切ると、助手席のシートへ放った。
 ギアをバックに入れて、路地を脱出。
 セカンドに戻してから、クラッチを踏んだまま一つ息をついた。
 草間との会話を、もう一度振り返る。
 なるほど、大竹たちの危惧にも一理あるだろう。
「…でもね」
 誰にとなく呟いたシュラインの口元に、凛とした笑みが浮かんだ。
「私たちが、『トリガー引いたらタマが出る』みたいな、単純な存在だと思われたら困るのよね!」
 アクセルを踏み込んだ。
 愛すべきボロクーパーは、シュラインを乗せて夕闇の街を駆け抜けていった。


■渦中にありて。

 半ば呆然と、零とレナーテの激闘を見つめていた雪の耳に、
「六巻様! 風野様!」
 この二週間ほどでだいぶ聞き慣れた声が、弾くような鋭さで飛んできた。
 それ自体が弾丸のような速度の応酬が繰り広げられている、エントランスホールの上。
 ホールを包む大仰な腕のような階段から、海原 みそのが降りてくるのが見えた。
 胸元にとまった大きな蝶にも似たチマ・チョゴリのリボンがたなびく。
 カーテンのようにおおらかにひらめくチョゴリの裾を目にして、雪はまた彼女が転ぶことを予感した。
 戦場になっているホール中央部から隔離するため、階段と自分たちを結ぶラインの両側に、石の壁を作り上げる。
 案の定。
 しかもわざわざ一歩前に出れば抱き留められる距離まで来たところで、みそのの足がもつれた。
 胸元に飛び込んできたやわらかな身体を受け止めながら、
「…慣れてきたよな、俺」
 誰にとなく呟く雪。
 みそのは慌てて雪の肩につかまって身体を起こすと、
「お二人だけですの?
 宮小路様は…」
「僕たちは、別行動でしたので」
 雪に代わって、時音が答える。
「別行動は分かっておりますけれど――」
「まだ、お車の中のようです」
 言いつのろうとしたみそのに、横合いから声がかかる。
 皇騎の部下の青年だ。手にした携帯電話を、彼女の方へ差し出していた。
 みそのより先に、ふんだくるようにしてそれを奪う、雪。
「皇騎さん、あんたドコにいんだ!?」
「ずいぶん品のないみそのさんだね」
 開口一番声を上げた雪に、皇騎が返してくる。
「オチャラケてる場合じゃねぇって」
「分かってるよ。
 僕たちはあと10分でそっちにつく。
 状況は、どうなってるんだ?」
「『僕たち』?」
「加勢を頼んだ。ルゥリィさんだ」
「Nizza,zum Sie zu treffen.(はじめまして)」
 聞こえてきたのは、低くて落ち着いた、だが間違いなく女性の声だ。
「…おい、ナンパしてて遅れたのか?」
「加勢だと言っただろう。
 で、そちらの状況は?」
 皇騎が繰り返してきたとき、白の銃の撃発音が響き、雪の作った石の壁が形を失って床に降り積もった。
「手の出しようがないす。ガキんちょもだけど、零さんが強すぎて」
「…零さんは、霊鬼兵に…?」
「みたいす」
 電話の向こうで皇騎が小さく毒づくのが聞こえた。
「皇騎さん?」
「六巻君。二人を止めるんだ。決着を着けさせるな」
「ええ? なんすかそりゃ。
 レナーテ撃退が最優先じゃなかったのかよ」
「説明しているヒマはない。
 草間さんを信じるなら、決着を着けさせるな」
「…この状況でかよ…皇騎さん、それ、究極の選択ってヤツだぞ」
「だったら、草間さんの代わりに僕を信じてくれ。
 それじゃダメか?」
「…責任とらすぞ」
 答えた雪へ、小さく笑いながらの「頼んだよ」の言葉を最後にして、皇騎からの電話が切れた。
「たく、勝手なことばっかり言いやがって!」
 毒づきながら携帯を部下の青年に放り投げ、腕時計を確かめた。
 あの竜巻みたいな二人を相手に、10分持たせろってかよ。
 顔を上げると、こちらを見ていた時音たちと目が合った。
 思うところは同じのようだ。うなずきを交わす。
「今のままでは、零様にさえわたくしたちの声は届きません。
 わたくしが零様の心の流れを鎮めて、説得いたします」
 みそのが口を開いた。
「じゃあ、零さんはみそのさんに任せるってことで」
「お願いします。
 僕と六巻君で、レナーテを」
 うなずきながら、時音。
「接近戦は、頼むっす。
 俺はガキんちょが簡単にはぶっ放せないようにするんで」
 雪の言葉に、今度は時音が小さく首をかしげた。
「どうやって?」
 その言葉に、にやりと笑いながら天井を指し示す。
「ガキんちょの頭の上だけ、天井を崩して、能力で支えておく。
 撃てば支えがなくなるから頭の上に落っこちてくるだろ。
 ガキんちょはあのスピードだから直撃なんてしないだろうけど、牽制にはなるさ」
 答える雪に、時音もまた、口の端に笑みを浮かべた。
「それでは」
 おもむろに。
「草間様がおいでになったら、みっっっっっちりお話を伺うことにしましょうね」
 そら恐ろしいほどの笑顔とともに、みそのはエントランスホールへと向き直った。


■30minutes War.(Phase.A)

 みそのは、ゆっくりと、息をついた。
 目を閉じて、エントランスホールに渦巻く数多の『力』の流れに意識を向ける。
 人の心も、言ってしまえば流れの一つ。だがそれは、もっとも操ることが難しい流れでもあった。
 ましてや、レナーテの弾丸が『力』の流れを切り裂き、寸断するこの状況にあっては。
 みそのはタイミングを計った。
 零だけを先に鎮めては、動きのゆるんだところをレナーテに撃ち抜かれかねない。
 雪や時音がレナーテをうまく押さえ込んだところを見計らって動かなければならなかった。


「おおっしゃ、これでも食らえ!」
 注意を向けさせるために、わざと大きな声を上げてから。
 雪は挨拶代わりとばかり、砕けたモザイクタイルやコンクリートをつぶてにして、レナーテへ叩きつけた。
 身を沈めて零の打撃をかわしたレナーテの、その手に握られた純白の銃が、こちらへ向けられる。
 黒い銃口の奥が光ったように見え、
「おわっと!」
 横に身体を投げ出すようにして雪が身をかわすのと、撃発音が響くのとは、同時だった。
 至近距離で大玉の花火が爆発したような。身体の奥に突き抜ける形容しがたい衝撃とともに、雪の異能力が吹き散らされた。
 雪を捉えそこなった銃弾が階段の縁で撥ね、
「甘ぇよ、ガキんちょ」
 強烈すぎる余波に支える力を失った天井の一部が、ばらりと崩れてレナーテの上に降り注ぐ。
 顔を上げ、レナーテはとっさに飛び退るが、完全に避けきるには至らない。
 いけた、と思った瞬間、退がるレナーテを追って崩落する天井の真下に零が飛び込んできた。
 間一髪、崩れる石材を砂に変える雪。
 豪雨のような音を立てて降り積もる砂を全く意に介することなく、零はレナーテに打撃の嵐を繰り出す。
 一瞬隙のできたレナーテは、苦し紛れに純白の銃を構えた。撃発。
 至近弾が、コンマ数秒、零の動きを遅らせる。
 だが、レナーテはそれを好機に変えることはできなかった。
 『光刃』の応用技で二人に迫る瞬発力を得た時音がカバーに入り、右手に握った『光刃』を振りかざした。


 時音は何の躊躇もなく、レナーテの首筋に向けて『光刃』を振り抜いた。
 法衣の刺客には、今は異能力を中和する力が宿っていない。
 『光刃』がその小柄な身体を捉えれば、それは即、死を意味する。
 が、この程度で倒せる相手なら、最初から苦労はしていない。
 レナーテはしなやかに『光刃』の下へ身体を沈め、その一撃をかわした。
 続けて繰り出される零の突きを跳ね上げた左足をあわせてはじき飛ばし、そのまま側転の要領で二人の間を脱しながら撃発。
 射線を読み切った時音は、レナーテの動きより一瞬早く、銃弾の先から姿を消していた。
 吹き付ける反異能力の波動に筋力増強のための『光刃』も打ち消されたが、中和の効果は一瞬だ。
 瞬時に回復させて、崩れ落ちる天井の音を背後に聞きながら、レナーテに肉薄する時音。
 『光刃』を振るう、振るう、振るう。
 ためらわず急所を狙い、『光刃』を繰り出す。が、それがレナーテを捉えるかどうかは意にかけなかった。
 矢継ぎ早に、反撃の機会を与えないことだけを考えて。
 無表情に、怯えも怒りも見せないままその全てをかわしていくレナーテへ、
「…君は何故戦う?
 殺しが好きだから?
 異能力者が憎いから?
 それとも、ただ命じられたから?
 君は…僕の街…家族…友達…全部を殺して晒した…人間達と同じなのかな?」
 いつしか、時音は口をつくままに語りかけていた。
 考えてほしい。感じてほしい。
 なぜ君は戦うのか?
 なぜ僕たちは、戦わなくてはいけないのか?
 戦うことを宿命づけられていたもの同士として。
 時音はレナーテへ、語りかけずにはいられなかった。
 過負荷に身体が悲鳴を上げ、傷を受けてもいない場所から出血が始まる。
 それでも時音は動きをゆるめなかった。


 今、ですわね。
 時音の苛烈な連続攻撃に、レナーテは明らかに攻めあぐねていた。
 零との戦いで頻繁に見せていた、相手の攻撃をかわしながら懐に飛び込み純白の銃弾を浴びせるという動きも、雪が崩落させる天井を警戒して使えずにいるようだ。
 銃撃は、必ず飛び退りながら。
 それがレナーテをいっそう不利にする。
 とはいえ、時音の方もあとどれほど持つか分からない。
 みそのには、彼の中で無謀なほどに高まった『光刃』の力が不規則な渦を巻き始めているのが感じ取れていた。
 今を逃せば、チャンスはない。
「…宮小路様。それから、草間様。
 あなたがたが間に合わないと、零様もわたくしたちも、ここで犬死にですわ」
 ぼやくにように口にしてから、みそのは零の心の流れに干渉を始めた。
 轟音とともに流れ落ちる瀑布のような。
 途方もない圧力で一方向へ向かう零の心。
 虚へ、虚へ、虚へ、と。
 ――世界には、調和を崩す力の流れがある。実から虚へと流れ込む力が、それだ――
 敬愛する『深淵の神』の言葉が思い起こされた。
 …これを操るのは、骨ですわね。
 ナイアガラを堰き止めようとしているするようなものだ。いくら何でも圧力が違いすぎる。
 みそのは強引にその流れをコントロールするのではなく、零自身にその流れを鎮めさせる道を選んだ。
 零の自我がどこにあるのかさえ分からないような激流を、まずは最大限の力でゆるやかにさせていく。
 そして、
「…零様…」
 みそのは静かに、語りかけた。


 アルファロメオが、分所跡の敷地へ続く舗装の悪い道へと入った。
「ルゥリィさん、もうすぐです」
 ルームミラーで後部座席を見やりながら、皇騎。
 小刻みに揺れるミラーの中で、ルゥリィが小さく微笑みながらうなずきを返してきた。
 金属バックルを留める音が聞こえる。パワーアシストスーツ試作機『エストラント』の装着音。
 ルゥリィへの状況説明は、すでに済ませてある。
 亜真知からの「リヒテ・ルルキアの話」も、彼女は一緒に聞いていた。
 現在つかめる状況は全て、ともに理解している。
 後はお互いに、すべき事をするだけだ。
「…見えた」
 都内にしてはめずらしい、小ぶりだが鬱屈とした森の向こうに、旧分所の建物がのぞいた。
 夕闇の中で、部下に設置させたライトの光をぼんやりと放っている。
 その中で戦っているはずの仲間たちを思って、アクセルを踏む足に力を込める皇騎。
 と、小柄な車が愛車の隣に並んだ。
 顔を向ける。
「シュラインさん!」
 見知った顔に、思わず声が上がった。
 シュラインは運転席からこちらを見て、前を指さして見せた。
 「あそこね?」と言いたいらしい。
 うなずきを返す、皇騎。
「先に行きます」
 後部座席から穏やかなルゥリィの声がして、ドアが開け放たれた。
 半ドア警告音がけたたましく鳴り始める中で、『エストラント』に身を包んだルゥリィが夕闇へと身を躍らせた。


 車外に身を躍らせたルゥリィを、深い藍色の空気が包み込んだ。
 身体が地面に触れるより一瞬早く、龍人型のアストラルボディを顕在化して、矢のように滑空する。
 彼女が身にまとう『エストラント』は、薄手の白いウェットスーツに装甲板を取り付けていったような外見の代物だ。
 特に今日はD因子増幅装置を取り外してあるので、ずいぶんとスリムな印象になっている。
 スーツと同じく白のヘルメットは、左側に光学照準や暗視装置のレンズが取り付けられ、右側が半透過式のバイザーだ。
 右腕のモジュール式兵装には、パイルバンカーを選んできた。
 射程は素手で殴るのと大差ないが、軽量で弾切れがなく、ほどほどに殺傷力がある。
 ルゥリィはバイザーの奥から、ぐんぐん近づいてくる旧分館の壊れたドアを見据えた。
 索敵をかける。反応はなし。
 ルゥリィは速度を落とさないまま、ドアを抜けてエントランスホールへと飛び込んだ。
 そのとたん目に入る、皇騎に聞いた「白い法衣の少女」の姿。
 彼女が対峙している青年は、すでに満身創痍と見えた。
「Es bewegt! (動くな!)」
 語気鋭く、ドイツ語で命じる。
 少女の視線が、ルゥリィと『エストラント』を捉えた。
 もしルルキアの語ったことが嘘で、レナーテがIO2に関わっているなら、何らかの反応があるはず――――だが。
 少女はぴくりとも表情を変えないまま、その手に握った純白の銃を向けてくる。
 なるほど。と心中で呟きながら、
「Bewegen Sie nicht! (止まりなさい!) 」
 二度目の制止。
 コンマ以下の躊躇もなく、レナーテの指は引き金を絞った。


 シュラインは旧分所の壁に突っ込む寸前で、車を止めた。
 銃声を聞きながら、小さな車内から長身の身体を引っ張り出す。
 隣に止められたアルファロメオから降りてきた、長い黒髪の青年と目が合った。
 いつもは涼やかなその表情も、この時ばかりは少し硬い。
「皇騎くん、レナーテと零ちゃんを戦わせちゃダメよ!」
 前置き抜きで、言い放つ。
 皇騎は小さな苦笑いを唇の端に浮かべて、
「もう戦ってます。
 しかも零さんは、霊鬼兵になってしまっている」
 その言葉に、思わず愛車のルーフをひっぱたくシュライン。
「なんてこと…!」
「二人を止めましょう」
 二振りの日本刀を携えて、皇騎がそう口にした。
「殺したくはないわ」
「僕もです。
 大丈夫、レナーテには救援が来ます」
 物騒な得物へ眉をひそめたシュラインに、答える皇騎。
「救援?」
「亜真知がルルキアさんに接触してくれました。
 軍用ヘリ『ブラックホーク』で、ルルキアさんとアメリカ海軍の精鋭数名が、こっちに急行しています」
「目的は、なんなの」
「ルルキアさんがかつて語ったとおりでした」
「じゃあ、レナーテは本当にルルキアの娘?」
 いいえ。と言いながら、皇騎は首を横に振った。
「レナーテは、ルルキアさんの手で人工的に作られた生命でした。
 でも、彼はそのことを悔いているようです。
 …おそらく本当に、レナーテを愛してもいるのでしょう」
「…武彦さんと、零ちゃんみたいに?」
 今度はうなずく、皇騎。
「だったら」
 シュラインは旧分所の壊れたドアの方へ、顎をしゃくった。
「急ぎましょう」
 凛とした声に、皇騎は静かにうなずいた。


■30minutes War.(Phase.B)


 レナーテの銃弾が、『エストラント』の装甲板を捉えた。
 大口径拳銃の弾丸そのものの、強烈な衝撃が駆け抜ける。
 続けて襲いかかってくる、異能力を打ち消す波動。アストラルボディが熱波に当てられた雪のようにかき消され、ルゥリィは弾着の衝撃を受け流すために小さく後ろへ飛んだ。
 貫通こそしなかったものの、装甲板の表面に刻まれる大きな弾痕。
 なるほど。と、もう一度胸の中でつぶやいた。
 Herr 宮小路が苦戦するわけだ。
 立て続けの銃撃を、跳躍してかわすルゥリィ。
 D因子増幅装置を外して軽量化し、さらに出力をパワーアシストへ重点的に回したことで、『エストラント』はトランポリンの上のように軽やかに宙を舞う。
 崩れ落ちてきた天井を、レナーテはわずかに飛び退ってかわした。
 着地と同時に床を蹴り、一瞬でレナーテへ迫るルゥリィ。
 翡翠の瞳がその動きに反応し、法衣の守護天使の右手に握られた鍛造刀が、騎馬兵へ突き出される槍のように『エストラント』の肩関節部へ。
 ルゥリィはわずかに体をひねり、外側から腕全体で巻き込むように、その一撃を押さえ込んだ。
 刃が装甲板の上を滑り、火花が散る。
 レナーテの鍛造刀が、『エストラント』の右脇にがっちりと固定された。
 お互いの息づかいが感じられるほどの距離で、見据えあうルゥリィとレナーテ。
 少女の表情は、不思議なほど穏やかだった。
「あなたは…」
 口を開く、ルゥリィ。
 レナーテの瞳が、わずかに動いた。
「…兵器ではなく、人間です」
 ほんの少し、首をかしげるような仕草を見せたあと。
 レナーテは両足で跳躍し、『エストラント』のヘルメットへ前蹴りを放った。
 水平に飛んでくる断頭台の刃のようなその蹴りを、バックスウェーでかわすルゥリィ。
 力のゆるんだ脇から鍛造刀が引き抜かれ、レナーテは再びルゥリィと間合いをとって対峙した。


「…零様…」
 みそのの語りかけは、続いていた。
 瀑布のように虚へとなだれ落ちていた心の流れはいくらか抑えられてきたものの、まだ零からの答えはない。
 が、零の動きを止められているだけでも意味があった。
「…零様…」
 辛抱強く、幾度もその名を呼ぶ。
 嵐の海を照らす灯台が、休むことなく光を送り続けるように。
 やがて。
 緩やかになりつつある流れの、そのいちばん穏やかな場所から、
「………みその…ちゃん…?」
 懐かしささえ覚える声が、返ってきた。


 エントランスホールに飛び込んだシュラインは、とりあえずいちばん重傷に見える青年のところへ駆け寄った。
 むき出しの上半身のあちこちから出血していて、それよりも多い内出血の痕が皮膚の下で赤黒い花を広げている。
 床の上に両膝をついているが、意識はあるようだ。
「ちょっと、しっかりしなさい!」
 肩を貸し、立ち上がらせる。
「レナーテを…」
 青年が、苦しそうに言葉を漏らした。
「今はあんたの方が先決よ」
 半分引きずるようにして、青年を階段のそばまで待避させる。
 彼を階段の手すりに寄りかからせると、シュラインはエントランスホールへ向き直った。
 初めて自分の目で見る、レナーテ。
 純白の法衣の裾を翻らせる、琥珀の髪と翡翠の瞳を持ったその少女は、
「…かわいい子じゃない」
 そうと知っていてさえ、兵器として生み出された存在だとは信じにくかった。


 皇騎はホールの中を一渡り見渡した。
 この場に来ていないのは、草間、ルルキア、そして亜真知。
 零の状態は、雪に聞いていたよりずっとまともだ――――というより、心ここにあらずという体で、立ちつくしている。
 ホール際に視線をやると、みそのが目を閉じ、虚空に向かって小さく何事かを呟きかけているのが見えた。
 みそのが零の精神に働きかけ、霊鬼兵の影響を切り離そうとしているのだと理解した。
 階段際には、上半身が血に濡れた時音。その隣にシュライン。
 時音の方は、まだ表情に力があった。これ以上の無理をしなければ、命に別状はなさそうだ。
 ホールの反対側に、雪の姿。天井とホール中央とをせわしなく見比べながら、力を操っている。
 そして、そのホールの中央では、レナーテとルゥリィが火花を散らしていた。
 状況の全てを把握して、皇騎はゆっくりと、二振りの霊刀を鞘走らせた。
 妖刀『村正』。霊刀『子狐丸』。
 妖刀が生み出す冷たい力を、霊刀がゆるりと切り裂いた。
 ともに、刃を内側にして、しっかりと握る。
 ルルキアは「それ以上の任務が不可能になるほどの傷を負ったところで」と言っていたが、レナーテを傷つけるのは本意ではない。
 皇騎は、血に染まってぐったりとした彼女がヘリに乗せられていくところを見たくはなかった。
 ルルキアはルルキアなりに、本国の意志と自分の愛情との間で、ぎりぎり選択できるラインとして「負傷」を選び取ったのだろう。
「…ですが、僕までそれに従う義理はありませんので」
 小さく、呟く。
 レナーテには、自分の意志で武器をおいてもらう。
 零を狙うこと、国家の意思に踊らされること、兵器として生きることの無意味さに、気づかせることで。
 それでこそ意味がある。
 そして自分の足で、ルルキアと一緒に自分の居場所へ帰ればいい。
 それを分かってもらうためにこそ、傷つけたくない相手にあえて刃を向けるのだ。
 皇騎は一つ大きく息をつくと、戦場へ足を踏み出した。


 シュラインは、皇騎、ルゥリィ、そしてレナーテが入り乱れて熾烈な応酬を繰り広げるエントランスホールを見据え、唇をかんだ。
 とてもではないが、あの鋼の竜巻に生身では近づけない。
 何とか、レナーテからあの銃を切り離したいけれど…
 全ての異能力を無効にするあの銃さえどうにかしてしまえば、彼女を取り押さえるのはずっと簡単になるはずだ。
 レナーテが押さえられれば、あとはルルキアの到着を待って、彼女の反応から本当に彼に引き渡すべきかどうかを判断すればいい。
「…やっぱり、やるしかないかしら」
 ため息気味に、呟く。
 あの銃が打ち消すのはあくまで異能力だけ。ならば、能力そのものにワンクッション挟めばその効果は届くはずだ。
 シュラインは一つだけ、自分にとれる手段があるのに気づいていた。
 『強制言語』。
 おおざっぱに言ってしまえば、艦載砲の発射音なみの音圧で、特定周波数・特定波形の音を出すという、それだけのことなのだが。
 普通に考えられているよりはるかに、『音』の持つ力は大きい。
 一般に、それは音圧が高まるほど強い力になる。
「あの銃の、固有振動数で強制言語をかければ…」
 周波数にもよるが、タイミング次第では持っていられないほど激しい振動が生じる、ハズだ。
 波形が単純でかまわない分、音圧を上げられる。効果は高めやすい。
 が。
「…喉に、悪いのよね。強制言語って」
 ハンパではなく。単音出すだけでも、しばらくはむせて喋れなくなる。
 しかし、迷っているわけにはいかなかった。
 シュラインは聴覚を研ぎ澄まし、ホールに満ちるあらゆる音の中から、銃の振動数を探り始めた。


 右手に『村正』、左手に『子狐丸』。
 皇騎は『村正』を青眼に、『子狐丸』を脇構えにとり、レナーテへ相対した。
 ルゥリィと渡り合う彼女は、それこそ時間が周りの二倍以上の速度で進んでいるかのような動きを見せている。
 しかし、皇騎はそれにあわせてせわしなく動くようなことはしなかった。
 地へ確かに足を着け、すり足で身体を前へと運んでいく。
 深く根を張った大木がにじり動いているような、ゆるやかだが揺るぎない動き。
 『チャンバー』での修練の成果で、レナーテの動きは完全に見切れている。焦る必要はない。
 皇騎は静かに機が到来するのを待った。
 やがて、それは訪れる。
 ルゥリィの『エストラント』から射出されたパイルバンカーを、間一髪かわしたレナーテの身体が、重心を失ってわずかに流れる。
 『子狐丸』が閃いた。
 レナーテの腰の高さで、白刃が稲妻を引くように駆け抜ける。
 反応はしたものの、防御が追いつかない。かざした鍛造刀をはねのけて、わずかに剣筋の逸れた『子狐丸』がレナーテの足を捉えた。
 鈍い音を残して、レナーテは受け流すように体をひねりながら跳躍する。
 かすかに眉をしかめ、それでも鮮やかに両足をそろえて着地するレナーテ。
 振り抜かれた『子狐丸』に、しかし、血の跡はなかった。
 峰打ち。
 鍛造刀と白の銃を構えなおしながら、レナーテは不可解だというように眉根を寄せた。
「銃を、置くんだ」
 皇騎は静かに命じた。
「僕たちは、君を傷つけることを望んでいない。
 武器を置くんだ」
 レナーテの目を見据えたまま。
 皇騎はわずかに、構えた切っ先を下ろした。


 ホール中央で繰り広げられる激闘の、竜巻じみた力の流れを感じながら。
「零様。
 悲しいお力はお捨てになってくださいな」
 みそのの呼びかけは、続いていた。
 かなり穏やかになってきたとは言え、それでもこの場の誰よりも強い力の奔流に、『草間零』の意識が浮きつ沈みつしている。
「もうすぐ、あなたを誰よりも大切に思っている方がここに来られますわ。
 零様の今のご様子では、その方が悲しまれますよ」
「……わたしを……たいせつに……?」
 零が、かすかな反応を返してきた。
「そうですわ」
 続けるみその。
「零様にとっても、いちばん大切なお方です。
 煙草ばかりお吸いになって、ご自分の机すら満足に管理できないお方で、素直でなくて、不器用なのをハードボイルドだからいいのだと反省もされないようなお方なのですけれど」
 彼については、まっとうなほめ言葉を探す方が難しい。
 唯一にして最大の長所は、
「……わたしの……たいせつな……
 ……わたしの……」
「お兄様、ですわ」
 誰よりも零を想う、兄であるということだ。
「……私の…兄さん…
 ………草間…さん?」
「ええ。
 ああ――ほら。
 あの方はいつも相手を待たせるのですけど、決して約束をお忘れにはなりませんわ」
 そうして。
 ガラス玉のように虚ろだった零の瞳へ、わずかに光が戻ったとき。
「零!」
 零は、転がり込むようにして壊れたドアを抜け、破砕された床を踏みしめて、ようやく駆けつけた怪奇探偵が自分を呼ぶ声を聞いた。


「――ってか、遅いんだよ色男」
 にやりと唇の端をつり上げながら、揶揄する雪。
 余計なものが目に入らないよう、立ちつくす零と草間を結ぶように、その左右へ石の壁をぶち立てた。
「でもま、感動の再会ぐらい、水入らずにさせといてやるよ」
 そう言って、雪は壁の方へと指を突きつけた。


 役者がそろったみたいね。
 年甲斐もなくというか臆面もなくというか、妹の名前を叫びながら飛び込んできた草間を見やって、シュラインは心中で呟いた。
 意識をホール中央に戻す。
 銃の振動数は、もう分かっていた。あとはタイミング。
 皇騎の斬撃をどうにかしのいだレナーテの足元へ、『エストラント』のパイルバンカーが放たれる。
 無理な姿勢からの跳躍。わずかでも助勢を得るためか、純白の銃を握った手が大きく振り上げられた。
 好機。
 シュラインから放たれた、人間の声帯はおろか映画館のスピーカーでさえ出し得ないほどの絶大な音圧が、エントランスホールを突き抜けた。


 『エストラント』が、ルゥリィを『強制言語』の効果から守った。
 跳躍したレナーテの手から、すべり抜けるように離れる純白の銃。
 空気で出来た巨大な布団叩きで背中をぶっ叩かれでもしたような衝撃と、それがもたらした結果に、レナーテの表情が揺らいだ。
 届くはずもない手を、銃に向けてさらに伸ばす。
 まるで、舞い上がっていく風船を追いかける子供のように。
 ルゥリィは冷静に左腕を向けた。
 射出されたパイルが、レナーテの指先15センチのところで、純白の銃を貫いた。


 構えを取り精神を集中させていなければ、そのまま意識を吹き飛ばされていかねなかった衝撃。
 それを乗り切って、皇騎はもう一度意識をレナーテへ集中させた。
 『エストラント』のパイルバンカーが、純白の銃を貫くのが見えた。
 機械のような切り替えの早さで、銃を見捨てるレナーテ。
 伸ばしていた手を引き、法衣の下に潜らせると、その手の中にあのマットブラックのオートマチックが握られていた。
 神速の抜き打ちだが、それも今の皇騎にとっては対処の範囲内だった。
 鋭く息を吐き、手にした二振りの太刀を疾らせる。
 縦と横、かわすことを許さない斬撃が、レナーテを捉えた。
 どうにか一撃を受けた鍛造刀は高い音を立てて宙を舞い、もう一撃が肩口を打ち据える。
 鋭い峰打ちに、法衣に包まれた小柄な身体がくずおれた。
 あの地下駐車場で相対峙して以来初めて、『白の襲撃者』が自在な動きを失った瞬間だった。


 雪は皇騎の刀がレナーテを捉えたのを見て、石の壁を維持していた力を解き放った。
 形を失い、ざらりと床に崩れ落ちる石の固まり。
 その奥から姿を現したのは、満足げな微笑みを浮かべて零の隣に立つみそのと、少し頬を染めた零と、零を支えるようにして肩を貸している、草間探偵。
 みそのは雪がうろんな目つきを向けているのに気がつくと、
「粋なお計らいでしたわ」
 にっこりと、微笑んだ。


 皇騎は足元に膝を突いたレナーテを見下ろしたまま、静かに太刀を戻した。
 かちり。と小さな音を残して、白刃が黒塗りの鞘の奥へと消えていく。
 顔を上げると、ルゥリィと目があった。バイザーの奥で、青い瞳が静かにうなずく。
「レナーテ」
 皇騎はもう一度足元へ視線を落とし、呼びかけた。
 琥珀色の髪が揺れ、レナーテが顔を上げる。
 翡翠の瞳は、不思議と穏やかなまま。
「君が兵器として作られたことを、今から否定しても意味はない。
 でも、これからどう生きていくのかを、君は自分で決めることが出来る」
 皇騎は静かにそう語りかけ、一歩下がった。
「自分で選ぶんだ。
 零さんは、選んだ。兵器として生きるのではなく、草間さんの家族として生きることをね。
 選ぶ道さえ間違わなければ、君と零さんは、いい友だちになれる」
 そう続けながら、もう一歩、離れる。
 腰には剣を帯びているとはいえ、その両手は空。
 ただ真っ直ぐな眼差しだけを自分へ向けてくる皇騎の姿に、微かな迷いをうかがわせる表情で、レナーテは小さく視線を逸らした。


■last 5 minutes.

 目的地へ急ぐ、ルルキアたちと亜真知の乗りこんだブラックホーク。
 その機内で、
「準備を」
 兵士の一人が、小さく告げた。
 ハッチドアが開かれる。
 ローター音とともに、渦を巻くような風が吹き込んできた。
 手を伸ばせば届きそうな距離に、こんもりとした森に囲まれた旧国立衛生研究所の分所跡が見える。
 6名の日系人兵士たちが、一斉に銃器の最終チェックを始めた。
「どこにヘリを下ろしますの?」
 一人だけ手のひらを結んだままのルルキアへ問いかける、亜真知。
「建物の屋根が、一部屋上になってる。
 もともと所員が物干しに使っていたところだ。そこへ降りる」
「詳しいんですのね」
 亜真知の言葉に、ルルキアは少し照れたように微笑んだ。
「親バカだからな。娘のいる場所はよく調べる」
 大したものですわ。と亜真知が半分あきれたような声で返したとき、
「降りるぞ!」
 パイロットが英語でがなり、『ブラックホーク』は分所跡の屋上に降りたった。
 無駄のない動きで次々とヘリを飛び出す兵士たち。
 ルルキアも屋上に足を着けると、亜真知の方へと手を差し出してきた。
「どうぞ、お嬢さん」
 吹きつけるダウンブロアの中でも、よく通るバリトン。
 亜真知は小さく笑って、その手を取った。
 彼女を地上へエスコートすると、ルルキアはヘリの中に一人残った兵士へ顔を向ける。
「Keep the chopper ours.(ヘリの確保を)」
 兵士はルルキアと視線を合わせ、小さく、硬くうなずいた。


 階段の手すりに背中を預けたままの時音が見据える、その先で。
 皇騎に諭されたレナーテが、ゆっくりと立ち上がった。
「…わたしが…草間零と、友人に?」
 困惑したような、その言葉の響きを確かめているような、『白の襲撃者』の声音。
 自分の隣に立つ長身の女性――シュラインが、咳き込んで涙目を浮かべながらも、ほっとしたように息をついたのが分かった。
 エントランスホールに、安堵の空気が満ちる。
 違う。と、時音の中で警鐘が鳴った。
 それは、時として隣で戦う戦友すら疑わなければ生き抜けなかった未来世界の戦場が彼に与えた、残酷な必要悪。
 猜疑心という砥石で限界を超えて研ぎ澄まされた、本能の警戒音だった。
「……ダメだ…」
 呟きがもれる。
 何かを見落としている。
 胸の中で鳴り響くアラームに突き動かされるように、時音は立ち上がった。
 それに気づいたシュラインが、声にならないかすれた息をもらしながら、肩を押さえた。
 意に介さず、レナーテを見据える時音。
 違う。何かを見落としている。
 レナーテの手から、最後まで握っていたオートマチックが滑り落ちた。
 それから、零に向かってゆっくりと歩き始める。
「……草間零…わたし達は、友人になれるのか…?」
 草間に背中を押されるようにして、零が一歩踏み出した。
 足を止める、レナーテ。
 受け入れてくれるなら、ここまで来てほしい。
 そんな眼差しで、零を見つめる。
 零は少しためらってから――歩き始めた。
 皇騎とルゥリィが、やわらかく微笑むのが見えた。
「ダメだ…!」
 シュラインの制止を押しのけて、前へ出る時音。
 零がレナーテの前で、足を止めた。
 レナーテは小さな微笑みを見せ――零の首筋に腕を回し、引き寄せるようにして抱擁した。
 とたん、零の表情に驚愕が走る。
 時音は悟った。
 ルゥリィのパイルバンカーが砕いた純白の銃を探して、床を見渡す。
 銃が、無い。すなわち、今のレナーテは、
「防御フェイズ…!」
 立て続けに5発、銃声が響いた。
 抱き寄せられた零の腹部から背中へ。
 緋色の華が、散った。
「…あ……」
 しっかりと抱きしめられたままの零の口から、血が噴き出した。
 零の膝が力を失い、ずるりと床にくずおれる。
 誰もが、何が起きたのか理解できずにいた中で、ただ一人反応したのは時音だった。
 レナーテの射線からシュラインをかばうように背中の方へ押しのけて、走り出す。
 あの穏やかな表情のまま、床に膝をついた零の頭部へオートマチックを向けるレナーテ。
 彼女が2丁以上携行することなんて、分かり切っていたはずだろうが!
 それに気づけずにいた自分を叱咤して、時音はもう一度、『光刃』を体中に駆けめぐらせた。
 破れた風船のように、『光刃』の圧力を高めるほどに身体が軋み、しかも止めどなくその力が漏れだしていく。
 かまわない。この1秒だけ持てばいい。
 腰の後ろに挟んだ、伸縮警棒を意識した。
 突然生じた異常な力と行動に、レナーテが時音の方へと顔を向ける。
 時音は、『光刃』を爆発させた。
 ――直視すれば、最悪の場合失明するよ――
 数百個のストロボが一斉に焚かれたような光が、レナーテの視界を奪う。
 それでも、彼女は冷静だった。
 今の自分には、直接的な異能力での攻撃は届かない。素手での攻撃が届くより先に、零を処分できる。
 零の頭部へポイントした銃口を逸らさないままに、引き金を絞ろうとした、その瞬間。
 振り出された時音の警棒が、予測よりも一瞬早く、レナーテを捉えた。


 最後の銃弾が、モザイクタイルの床で跳ねた。
 その音が、全ての呪縛を解く。
 叩き飛ばされ、比喩ではなく床の上を滑るレナーテへ、皇騎が『子狐丸』を向ける。
 『エストラント』のルゥリィが、警棒を振り抜いた姿勢のままで力を使い果たして倒れ込む時音を、前のめりに床へキスする寸前で抱きとめた。
 そして。
 皆の視線が、零へと向けられる。
「零さん!」
「零様」
「零!」
 妹の隣にかがみ込み、肩を掴んで声を上げる、草間。
 大切な人たちに囲まれて、零は、小さく、微笑んだ。
「…大丈夫です」
 レナーテの異能力中和範囲を脱し、『超回復』の能力が戻っていた。
 止めさえ刺されなければ、通常弾の銃創など物の数ではない。
 見る間にふさがっていく傷から、半ば目を逸らすように、草間が妹の肩を優しく抱いた時。
 いくつものせわしない靴音ともに、
「皇騎兄様!」
 今度はホール上の階段から、高く済んだ亜真知の声が響き渡った。
 それに続いて、完全武装の兵士たちが階段を駆け下りてくる。
「ンだあんたら!」
 とっさに、銃弾防御の石壁を仲間たちの周りに打ち立てる雪。
 が。
 にわかにホールを満たした緊張を吹き消すように、
「お止めなさいッ!」
 その可憐な容姿からは思いもよらないほどの鋭さで、亜真知が制止の声を上げた。
 まるで、時間までもが止まってしまったかのような硬直のあと。
 床に伏したまま動かないレナーテからわずかに視線を外して従兄妹の姿を確かめ、
「…六巻君、彼らは大丈夫だ」
 静かな声で、皇騎が告げた。
 兵士たちが、敵対の意志がないことを示すように、銃口を下げる。
 その様子をにらみ据えながら、雪は防護壁を微妙に低くした。
 亜真知の手を引き、背の高い一人の男性が兵士たちの後ろから歩み出てくる。
 白い肌によく映える、ざっくばらんに短くした黒髪。
「レナーテ…」
 倒れ伏した琥珀の髪の少女を見て、彼は小さくその名を呼びながら、駆け寄った。
 昏倒した彼女の隣に膝をつき、静かに抱き起こす。
 琥珀色の髪が半分血に染まっている。振動が傷に響いたのか、レナーテは小さく眉をしかめた。
 息はある。
「皇騎兄様…」
 気遣わしげに、亜真知が従兄妹に声をかけた。
「すまない。
 結局、ルルキアさんの言ったとおりになってしまったよ」
 自嘲気味に、苦い笑みを見せる皇騎。
「ルルキア様のおっしゃるとおり、レナーテは最後まで任務を諦めませんでしたわ」
 娘と呼んだ神聖兵器を腕の中に抱きとったルルキアへ歩み寄りながら、みそのが続ける。
 「ご満足?」と問いかける笑顔は、しかし、海鳴りのような怒気をはらんでいた。
 兵士が用意したストレッチャーに、力無く横たわるレナーテが乗せられる。
 ルルキアは立ち上がると、
「…世話になったな」
 力の抜けたような淡い微笑みとともに、そう口にした。
 ストレッチャーが運ばれていく。
 その後へ付き添うようにきびすを返したルルキアへ、みそのの声が飛んだ。
「お待ちなさいな」
 足を止め、振り返るルルキア。
 みそのは彼にしっかりと視線を据えたまま、怪奇探偵の名を呼ぶ。
「草間様」
「…なんだ」
「わたくしたちは、あなたを信じて、ここでこうして戦ったのですけれども。
 幕の引き方まで、きちんと決めていただけますこと?」
 その言葉に呼応するように、旧分所跡がずしんと揺れた。
 地の底から巨人が地殻をぶっ叩いたような、突き上げる振動。
「先に申し上げておきますけれど、わたくし、ここ最近感じたことのないような怒りを覚えておりますので」
 みそのに備わる、『流れ』を操る力は、マントル対流さえもコントロールしていた。
 返答次第では、敷地丸ごとが地割れにでも飲まれそうだ。
 だが。
 その、あくまでも穏やかな口調は崩さない、みそのへ。
「……行かせてやってくれ」
 草間は固い声で、そう答えた。
 呼吸三つ分の間、低い地鳴りだけがホールを満たす。
 それから、
「…お行きなさい」
 みそのがルルキアへ向けた言葉とともに、威圧的な振動は消えた。
「…世話になったな」
 繰り返して。
 ルルキアは階段を足をかけた。
 レナーテがストレッチャーで搬出されていく。
 その様子を、支えるようにして兄に肩を抱かれたまま見送って、
「……さよなら…レナーテ」
 零は小さく、呟いた。

 さようなら、レナーテ。私の分身。

 肩を抱く兄の腕に、力がこもった。
 胸の内を見透かされたようで、思わず頬を染めながら顔を上げる零。
 が。
「さて、草間様」
 兄が自分を抱き寄せる力を強めたのは、
「みっっっっっっっっっっちり、ご説明いただきますわよ」
 それだけで魔王がはだしで逃げ出しそうな迫力とともに笑顔を向けてきたみそのに対する、防御反応だった。
 床に膝をついて妹の肩を抱く草間に、ホールにいた全員が近づいてくる。
「零ちゃんは、下がっててね。
 危ないから」
 草間の胸元から零を奪い取って、シュライン。
「…おい、危ないってな、なんだ」
 不穏な空気に声をもらす草間へ、皆がそろって、これ以上ないほどの笑顔を向けた。
 そして。
「「いいから全部白状しろ」」
 異口同音に、物理的圧力さえ感じるほどの声が、向けられた。
 それにかぶせるように、屋上から響くヘリのローター音が高くなり、そして次第に遠ざかっていく。
 ああ…と、心中で嘆く草間武彦。
 俺もあのヘリに乗せてもらった方がよかったのかもしれない。
 この後に続く質問攻めと文句の嵐と、たぶん一発ではすまない平手の雨を思い、そんなぼやきがもれる。
 しかし。
 シュラインに伝えたことの焼き直しを、さんざん非難を浴びながら子細に繰り返した草間武彦は、その翌日の早朝に、自分がヘリに乗らなかったことを感謝することになった。



■そして再び。

 朝5時のニュース速報。

 『自衛隊護衛艦が、スクランブル作戦行動中の米軍救難ヘリを国籍不明機と誤認、威嚇放射が機を直撃し、乗員8名と乗員1名の全員が死亡したもよう』

 それだけなら、不幸な事故という以外に感慨を覚える必要はなかった。
 さして間をおかずに発表された犠牲者パイロットの顔写真にひどく見覚えがあることに、亜真知が気づきさえしなければ。


 アメリカ合衆国。
 今では一部の世界でIO2として認知されるようになった組織の、その事務局で。
 初老の男が報告書に目を通し、小さくため息をつきながら、末尾にサインした。
「残念だよ」
 書類を持ってきた所員へ、半ばぼやくように口を開く。
「『ツヴァイ』には、期待していたんだが」
「痛恨事でした」
 うなずきながら、所員が返す。
「ですが、あの海域は最近ぴりぴりしています。
 ヘリが発着できる偽装船も想定されているとなれば、無理からぬ反応だったのでしょう」
「隠密行動を優先したのが、仇になったか…」
「『おまえの庭先で化け物が暴れてるから、うちの荒くれを突っ込むぞ』とでも言えばよかったでしょうか?」
 その皮肉は、自分たちの組織そのものに向けられたものだった。
 初老の男もそれを理解して、苦笑いで答える。
 ややの後、笑みを引っ込めると、
「神聖兵器プロトタイプ『ツヴァイ』と、訓練に多額の金とノウハウをかけたA.E.S.の精鋭6名、か。
 …まあ、済んでしまったことは仕方ない。『アイン』を失ったわけではないし、A.E.S.が壊滅したわけでもないしな」
 『A.E.S.』。アンチ・イーヴィル・スクワッド。
 あのヘリに乗り込んでいた日系人兵士たちが所属していた部隊名だ。IO2も、主に心霊戦闘ノウハウの面で少なからず関与していた。
 だが、男の言うとおり、どちらも壊滅したわけではない。
「おっしゃるとおりです」
「教訓にするしかないな」
「どんな教訓です? いつもいつも根回しができるとは限りません」
 特に、今のように組織自体が秘密の状態では。と続けた所員に、初老の男はもう一度苦笑いを浮かべた。
「日本側のメンバーに、交通安全のお守りでも買い込ませるか」
「そんなものが役に立ちますか?」
「我々が超科学的なものを否定するのかね?」
 男の言葉に、所員は一礼して部屋を辞した。
 初老の男はデスクで一つ息をつき、
「まあ、済んでしまったことは仕方ない」
 半ば自分へ言い聞かせるように、繰り返した。


 米軍ヘリ撃墜事故から一日後の、草間興信所。
 草間と零を気遣って残っていた最終決戦のメンバーたちは、草間に頼まれた最後の「仕事」を手早くこなして戻ってきたみそのの言葉に、耳を傾けていた。
「結論から申しますと」
 チョゴリの胸リボンに軽く手を添えて、みその。
「あのヘリコプター、空っぽでしたわ」
「撃墜前にはすでに、ですか?」
 念を押すルゥリィに、みそのはうなずきで答えた。
「海の中には機械の残骸が散らばっておりましたけれど、人間の破片は一つもありませんでしたから」
 あの限られた海域でみそのに見つけられないとすれば、それは本当に存在しないものだとしか考えられない。
 ハッ。と、シュラインが強く息を吐いた。
 草間と顔を見合わせる。
「………やられたな」
「ええ。
 敵ながらあっぱれだわ」
「…てか、二人で納得するなよ。
 ワケ分かんねぇって」
 苦々しい表情で、だが唇の端にほのかに笑みを浮かべた草間と、「たいしたものだわ」というように肩をすくめたシュラインへ。
 雪が苦言を呈する。
「ルルキア、日本語が上手いだけかと思ったら、忍法にまで精通してたのね。
 あれ、『微塵隠れ』ってやつよ」
「…いや、だからもちっと分かりやすく言ってくれって」
「ああ――ミスディレクション、ですか」
 合点がいったという表情で、皇騎がうなずいた。
「…皇騎さん、分かって使ったんだろうな、今の」
「もちろんさ」
「おい、教えろって。
 皇騎さんには貸しがあんだろ」
 どうやら無理な選択肢を強要したことを言っているらしい。
「あるけどね。ここで使っていいのかい?」
 優雅に微笑みながら、皇騎。
 答えにつまる雪を見て、
「皇騎兄様。
 あまり子供をいじめてはかわいそうですわ」
 したり顔でたしなめる亜真知。
 殴っていいのかどうか、雪は少し悩んだ。
「雪。早い話が、誰もヘリになんて乗り込んでなかったんだよ。
 俺たちの誰一人、ルルキアたちがヘリに乗り込むところを見たやつはいない」
 見かねたのか、それとも放っておくと興信所の中が戦場になると判断したのか、草間が引き締めた口調でそう口を開いた。
「…そんなことして、何になるっつんすか」
 うろんな表情の、雪。
 草間は小さく笑った。
「ルルキア達は死んだことになる。
 …いや、発表を聞く限りは、ルルキアはそもそもヘリにいなかったことになっているようだからな。
 正確には、『レナーテが死んだことになる』ってトコか」
「偽装、ですね」
 穏やかな微笑みとともに、ルゥリィ。
 草間はうなずきながら、
「IO2も他の国も、ことによればアメリカ本体の一部も、神聖兵器『ツヴァイ』は海の藻屑となったと考えるだろう。
 レナーテは、本当の意味で解放される。
 死人を追いかけるほどヒマな連中じゃないからな」
 「派手な仕掛けをかけたもんだ」と締めくくった。
「だとすると、レナーテはまだ日本にいるんでしょうか」
 襟元から包帯をのぞかせた時音が、疑問を口にする。
 草間は軽く首をかしげた。
「こんなこと、いくら何でもルルキア個人の力で出来るわきゃない。
 自衛隊にも確実に撃ち落としてもらわなきゃいけないわけだからな。
 背後には何か組織があって――まあそれが米軍なのかFEMAなのかは知らないが――その意志決定の下でやれたことだろう。
 となれば、脱出も計画されてるはずだ。ケガの度合いにもよるだろうが、今頃は偽造パスポートでアメリカン航空のファーストクラスにでも乗ってるんじゃないのか?」
「しかしそうすると、わたくしたちは誰にお仕置きをすればいいんですの?」
 少し不服そうに、亜真知。
「今回の騒ぎを企てたお馬鹿さんには、みっちり反省していただきませんと」
「まぁ…遠路はるばる一人娘を助けに来た親バカがいるってことと、それに手を貸した組織があるってことに免じて、許してあげたら?」
 シュラインが苦笑いで諭す。
「大竹たちには、罰は必要ないでしょうか」
「…あいつらも、自分達の職務を果たそうと必死だっただけだよ。
 方法は気にくわないがな。
 俺たちには俺たちの考えがあったように、あいつらにもあいつらの義務と考えがあったんだ」
 マルボロに火をつけて、皇騎の言葉に答える草間。
「寛容なリーダーですね」
「守るものが少ないからじゃないの?」
 微笑むルゥリィと、揶揄を向けるシュライン。
「少ないかもしれませんが、小さくはありませんわ」
 みそのが彼女の言葉を引き取った。 
 その視線の先には、相変わらずかいがいしい、零の姿。
 吸い殻のたまった灰皿を替えながら、「吸い過ぎです。身体に毒です」と諫めている。
「…そう…ね」
 その光景を、少しまぶしい思いで見つめながら、シュラインは微笑みとともにうなずいた。
 と。
 デスクに置かれた黒電話が鳴った。
 零の「身体に毒です」攻撃から逃れるいい口実だとばかり、すばやく受話器を取り、耳に当てる草間。
「草間興信所」
 捨て鉢な返事を返したとき、
「当てよう」
 いたずらっぽい、そして聞き覚えのある、男の声が返ってきた。
「仕掛けを最初に見破ったのは、君の他にMs.エマだ」
「……微塵隠れの術だとよ」
 答えてやる。
 電話の向こうで、楽しそうに笑う声がした。
「相変わらず詩的だな」
 「伝えといてやる」と返してから、
「それで、何の用だ。Dr.ルルキア」
 続けた草間の言葉に、興信所の中をどよめきが走った。
「娘のことで話がしたい」
「デジャブを覚えるようなことを言うな。
 解決しただろ、レナーテのことは」
「世の中そう簡単じゃないんだ、Mr.草間。
 木を隠すなら森の中、というのは、君の国の格言だろう?」
「…お前…」
 ルルキアが日本語に堪能で、格言の使い方を間違うとは思えないところに、猛烈にイヤな予感がした。
 が、草間が何か言うよりも早く、言葉を続けるルルキア。
「当分の間でいい。
 レナーテを預かってやってくれ」
「無茶を言うな」
「彼女はもうそっちに向かってる」
「今すぐUターンして連れて帰れ」
「おれは一緒じゃないんだ。訳あってな」
「…無責任な父親だな」
 蔑みの言葉を向けると、ルルキアが苦笑いしたのが分かった。
「だから言ったろう? 世の中は、そう簡単じゃないんだ。
 おれはレナーテのそばについていてやることが出来ない。だから、信頼できる人間に預けたいんだ」
 かすかな自嘲の混じる、だが真摯な声。
 シュラインが評した言葉が甦ってしまった。
 ――遠路はるばる一人娘を助けに来た親バカ。
 さて、そんなバカ野郎の頼みをむげに断って、明日の寝覚めはいいだろうか。
 上手いこと使われていると分かっていながら、草間はため息混じりに聞き返した。
「…おい、一つ答えてくれ。
 俺が預かるのは、レナーテなんだな? 神聖兵器では、ないんだな」
「レナーテだよ。レナーテ・ルルキア。
 琥珀の髪に翡翠の瞳の、かわいい子だ」
 誇らしげにそう答えてきたあと。
「見捨てられてないと思っていいのかな」
「お前だけだったらとっくに見捨ててる」
 ルルキアは笑いながら、「恩に着る」と言い残して電話を切った。
 もう一度ため息をついて、受話器を戻す草間。
 顔を上げると、興信所の中の全員がこっちを見ていた。
「あー…ルルキアからだったんだがな」
「分かってるわよ。
 内容は?」
 絶対またロクでもないことを背負い込んだに違いない。
 問い返してくるシュラインの眼差しが、彼女の気持ちを雄弁に語っていた。
 居心地悪さを隠すようにマルボロへ手を伸ばしながら、
「…レナーテを預かることになった」
 ぼそりと口にする。
 草間のその言葉に、誰もが唖然としたのを見計らったように。
 来客を告げるブザーがけたたましい音を立てた。
「……とりあえず、出迎えてあげなさいよ、名探偵」
 立てた親指でドアを指し示す、シュライン。
 草間は渋々の体でデスクを立つと、狭い事務所を横切って、ドアに向かった。
 建て付けのよくないドアを、開ける。
「…草間、武彦……」
 そこに立っていた人影が、小さく声を上げた。
 白い肌を包む白い法衣。手当のためかざっくりと短くした琥珀色の髪。まっすぐな翡翠の瞳。
 『白の襲撃者』とは違う、だが同じ凛としたたたずまいのレナーテ・ルルキアが、そこに立っていた。
 手荷物の類は、何も持っていない。
 本当に身一つでやってきたようだった。
 ため息とともに無言で顎をしゃくり、中へ入るようにと促す草間。
 レナーテはかすかに逡巡した後で、興信所へと足を踏み入れた。
 居合わせる、ほんの一日前まで激闘を繰り広げた相手の注視を受けて、レナーテの視線が宙を泳ぐ。
 その、凍り付いたような部屋の中で。
 不意に亜真知がすっと席を立つと、軽やかにレナーテの前へ立った。
 困惑した眼差しを向けてくる、レナーテ。
 亜真知は翡翠色の瞳をまっすぐに見つめて、にこりと微笑むと、
「あなたが自分で選んだ道ならば、悲しい過去は丸めてポイです」
 明るく声をかけながら、その手を取った。
「お友達になりましょう、レナーテ。
 大切なのは、今までよりもこれからですもの」
 不思議なものを見る眼差しで、亜真知の両手に包まれた自分の手を見つめるレナーテ。
 その手のひらのあたたかさに、亜真知はもう一度、微笑んだ。


 End. 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0461/宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)/女/999/超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
1219/風野・時音(かぜの・ときね)/男/17/時空跳躍者
1308/六巻・雪(ろくまき・ゆき)/男/16/高校生
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1425/ルゥリィ・ハウゼン(るぅりぃ・はうぜん)/女/20/大学生・『D因子』保有者
1388/海原・みその(うなばら・みその)/女/13/深淵の巫女

 ※受注順に並んでいます。

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■         ライター通信          ■
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 草村悠太です。
 大変お待たせいたしました。
 『白の魔弾』最終章 緋色の終焉をお送りいたします。

 まずはご連絡からですが、今回はPCさん毎に微妙に内容が異なる部分があります。
 機会がありましたら、他のPCさんのノベルもご覧になると、ほんのちょっとだけ新しい発見があるかも知れません。

 さて。
 これにて『白の魔弾』は全話終了となります。
 6月中旬にスタートした第一章から2ヶ月間にわたった物語にお付き合いいただきましたPC/PLの皆様。
 本当にありがとうございました。
 励ましのメール等、とても力になりました。
 自分一人ではここまでやってこれなかっただろうと、本当に感慨無量です。
 
 『白の魔弾』として、レナーテはこのような結末を迎えるに至りました。
 たぶん、想定されるエンディングの中で最上の部類に入る幕引きです。
 過酷な条件の中で最良の選択肢を模索し、奮闘していただきましたPCの皆様。
 本当にお疲れ様でした。
 これからも、どこかでレナーテを見かけた時には、優しくかまってあげて下さいませ。

 それでは、各PCさんのプレイングについてコメントをさせていただきます。


宮小路 皇騎さん
 今回参加されたPC全員と相関を結んでいる唯一のPCさんということで、いつにもまして司令塔として大奮闘していただきました。
 皇騎さんなくしては物語が動かなかったといっても過言ではないように感じます。
 このようなエンディングですので、御宗家を動かしての天誅は草間の意向で思いとどまった、という形とさせていただきました。
 なお、皇騎さんの愛車が真紅のアルファロメオだったのは、ライターの皇騎さんに対するイメージです(笑)。


榊船 亜真知さん
 冒頭からルルキアのヘリの方へ行っていただいた関係から、中盤ほとんど活躍を描くことが出来なくなってしまいました。
 申し訳ありません。
 ですが、ルルキアの意向を問いただすことが出来たのはあの状況では亜真知さんだけなので、とても重要な働きをしていただいたと思っています。
 最後の言葉は、プレイングのセリフを参考にさせていただきました。


風野 時音さん
 『白の魔弾』全話参加、ありがとうございました。
 いつも独創性のあるプレイングで、「その手があったか」と驚かされていました。
 終盤血だらけでしたが(笑)、それでもレナーテの零暗殺を寸前で食い止められたのは、「猛攻、手加減なし、『光刃』の先入観を利用」という時音さんのプレイングがあればこそでした。


六巻 雪さん
 「自分に出来ることを確実にやり遂げるために、どんな手段をとるか」という点が、いつも明確でオリジナリティがあるプレイングでした。
 今回もそれが発揮されていて、異能力で落とすのではなく、異能力で支えておくという部分は、秀逸な逆転の発想だと感じました。
 それから、相変わらず皇騎さんと好き勝手に掛け合いをしていただきました。
 個人的に、書いていていちばん楽しかったのが、雪さんと皇騎さんのやりとりだったかも知れません(笑)。


シュライン エマさん
 調査・推理の必要なフェイズでスポット参加していただき、その度に鮮やかな活躍を見せるシュラインさんは、だてに長年草間興信所でバイトしてないなと感じさせられました。
 なんと言いますか、もう「ツボを心得ていらっしゃる」とでも申しましょうか。
 今回も推理・戦闘両面にわたってバランスのいい活躍ぶりです。「ワンクッション挟めば効果が届く」ことに目を付けて戦略を組み立てたのは技ありでした。
 なお、愛車が年季の入ったクーパーだったのは、これもまたライターのイメージです(笑)。


ルゥリィ ハウゼンさん
 難しい章からご参加をいただきまして、ありがとうございました。
 考えてみると、ルゥリィさんは参加PCさんの中でもっとも神聖兵器と相性のいいキャラクターだったのかも知れません。
 その割には地味な活躍しか描けなかったような気もしているのです、いかがでしょうか。
 お楽しみいただけていれば幸いです。


海原 みその さん
 今回はエキゾチックです(笑)。
 零とレナーテの救済を第一に考えたプレイングは、とても良かったです。
 特に零の心を静めるためのセリフについては、本編でも使わせていただきました。
 唯一の心残りは、みそのさんの衣装をあまり効果的に描けなかったことです(笑)。
 

 以上です。
 最初からの方も、途中からの方も、ご参加ありがとうございました。
 本当に、何度繰り返しても言い足りないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当にありがとうございました。


               草村 悠太