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Missing・Piece
学校。
夏特有の何処か色あせた雰囲気を持つ校舎と、夏が盛りと輝くばかりに太陽を照り返す校庭。
樹にはセミが鳴き、鳥も暑いのか木蔭で涼を取っている。
うだる様な暑さだろう外を見ながら、御堂・譲は恨めしそうに図書室の窓から天を仰いだ。
「…夏場は学校なんて休校にすべきだ」
そう、ぼそりと呟きながら。
が、譲の言葉に賛同するものは一人も居ない。
人が居ないのを見て言ったからだが…彼本人は滅多に本音を零さない。
『学校』なら尚更だ。
本音なんて洩らさなくても、そこそこの付き合いは出来るのだし――と、そんな風に呟きながら思考を巡らせてた瞬間。
かたん、と近くで乾いた音が響いた。
振り向くと。
にこにこと微笑う一ノ瀬・羽叶が居て。
明るい快活な羽叶の声が譲の肩に、降った。
「うーっす、御堂クンさぼり?」
「そういう一ノ瀬先輩こそ」
「私はいいの、だって3年だもん」
「……何か問題違ってませんか、一ノ瀬先輩」
「気のせい、気のせい♪ 気にすると………ハゲるよ? 御堂クン、髪細くて少なそうだし」
「髪の事まで気にして頂いて、どーも。でもご心配なく。家の家系にハゲてる人は居ないんです」
「…一人も?」
「一人も」
にっと譲は笑い返すと羽叶は「あーあ」と呟きながら眠る準備をするべく机に額をつけた。
「残念だなあ、御堂クンのハゲた姿を少しばかり想像してたのに」
そう、言葉を締めくくる事も忘れずに。
そんな風に、譲と羽叶は顔見知りと言うか…ちょっと奇妙な知り合いだった。
かたや図書室で良く眠っている「先輩」の羽叶と優等生で病弱で通っている――が、実際は出席日数を計算し体育をサボったり学校を休んだりする要領のいい――「後輩」である譲。
二人はまだ、この時点において互いに気付く事はなかった。
二人が何処か、似ているだろう事に。
***
夜。
漆黒の闇がない「東京」と言う街において闇が生まれ出る瞬間がある。
得てして通常の人は気付かない――いや、見える瞳がないのだからそれは仕方がないのだが。
その生まれ出でる闇を見ることが出来る人物がいる。
譲もその一人だ。
真剣を使い滅殺することが出来る、一人。
闇が、動く。
それらは風のように素早く、また縦横無尽に譲の近くを這う。
すぅ…と譲の瞳が細められた。
剣呑な光が瞳に宿る。
「……どれほど貴様が早く、また僕に害を成そうとしても」
剣が闇に向かい輝く。
銀の月のように鋭利に。
その瞬間。
声なき、姿なき何かが倒れた。
まるで塵に返っていく様な姿に漸く譲は微笑む。
「…僕と真剣『竜胆』の敵ではない…ああ、もう聞こえないね?」
譲は闇が作っていた「場」から歩き出す――すると。
この様な時間になぜ逢えるのだろう人物に逢った。
譲と同じように色素の薄い短い髪、制服姿ではないけれど間違えようのない、その姿。
(…一ノ瀬、先輩……?)
だが、かなり印象が違う。
確か学校で逢う羽叶は――そう、やたらと明るくて人当たりが良くて、にこにこしてて。
が、今見ている彼女はどうだ。
譲が「場」に捕まったように彼女自身も「場」で何かと闘っているではないか。
頬にかすり傷を追い、腕から少しばかりの血を流していてもそれには見向きもせずに相手に向かって。
「……消えたい?」
そう羽叶が呟いたのが聞こえた。
何かが手から形を変え本来の姿であろう物へと変わる。
――刀、だ。
そして羽叶も、譲と同じように。
敵を迷いもなく斬り捨てる。
学校では見れない表情で楽しげに――笑いながら。
***
「……?」
敵を斬り落とし滅した後。
何処かから視線を感じた羽叶が振り返る。
その先にいたのは「後輩」の御堂君で。
だが、何処か違う。
何が違う、とは一概に言えない――が、何かが違うとは思う。
制服姿でない事?
いや、それだけならこんなに違和感を感じない。
黒い服装だと言う事?
それも――否。
視線を少し下に下げ漸く羽叶は納得が行く。
――真剣。
その刃が伝える何かが羽叶に違和感を教えていたのだと。
譲も羽叶の違いにかなりの違和感を覚えていた。
刀は無論だが、敵に向かうときのあの顔は学校では絶対に見れない類のもので。
冷たい雰囲気が譲に言葉を発することを許さなかった。
だからこそ、なのだろうか。
羽叶が場を変えようといきなり発した言葉はかなり間が抜けているものになってしまい。
「御堂クン……身体、弱いんじゃなかったっけ?」
「そう言う先輩こそ…夜更かしは美容の大敵ですよ…肌の曲がり角は17からだってご存知でした?」
譲もその言葉をついで口を開く。
ああ、違う、こう言う返しではなくて、もっと別の言いようがあるはずなのに。
「……そんなの」
――どうだっていい、と羽叶は切り捨てた。
美容の大敵とか、普通の女の子が気にするような事が羽叶にはわずらわしくてしょうがない。
譲はそこに自分と似た意識を見て苦笑する。
全ては利用するためにある、というのが譲の考え方だ。
こう言う意見はあまり一般的には支持されないので誰にも言ったことはないが――そう言うものだと譲は考えているし、これからも多分…その考えが変わる事はないだろう。
が、羽叶はそうとは取らなかったらしく逆に聞き返す。
「何か、私…変なこといった?」
「や、別にそう言う意味じゃなくてですね」
“何と言うか、似た者同士だなあと思ったんですよ”
こう告げて良いのか悩みつつ譲は言葉を濁した。
いや悩む必要はないと思うが、こう言う言葉は簡単に言うべき事ではないだろう。
何せ、いつものように様々な女性達に言う言葉と意味合いがかなり違うのだから。
お互いが隠している「本当の姿」。
学校では決して見ることなど出来なかった表情と、そして――譲も羽叶も同じようにその身に刃を持つもの同士。
刃の切っ先を向けているのが本当は自分自身であるだろう羽叶と、敵を倒す事に喜びを見出せる譲の違いはあれども、根底にあるものはきっと同じ二人の。
『本心なんて面倒だから誰にも言ってやらない』
誤解が生じるのは嫌。
それによる面倒も御免こうむる。
無駄な時間など費やせる暇もない。
――そう言う二人だからこそ。
言葉を珍しく濁す譲に羽叶は微笑む。
ひんやりとした雰囲気によくあう微笑み方で、薄く。
「――もしかしたら、私たちは似てるのかもしれないね」
羽叶が譲の言っていいものか悩んでた言葉を口にする。
「ええ。僕もそう言おうかずっと考えてました……これから、色々と楽しくなりそうですね」
無機色だった昼間も、全て。
全ての女性が見惚れるような笑みを譲は羽叶へと向け、羽叶はその微笑に戸惑いながら刀を己が体内へとしまう。
「だね。…つまらない日々がこれから少しは楽しくなる、かな?」
「じゃあ、この出逢いを祝して何処かへ飲みに行きませんか?」
「いいね、行こうか。――無論、奢りだよね?」
「奢りですか? 僕の奢りは高いですよ? それでも良ければ」
「や、いい…自分の分は自分で払います」
そして二人は歩き出す。
東京と言う眠らない街の夜を祝杯で過ごす為に。
それは一つの起点とも言える二人の出逢い。
様々な何かに出逢い、探していく二人の欠片の。
補い知り合う為に、ただこの街で時を――共に、過ごして行く
―END―
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