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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


動物園の片隅で
●動物園にて
 夏休み真っ直中――娯楽施設と呼ばれる所は、普段以上にどこも混み合っていた。プール・遊園地・映画館……エトセトラ、エトセトラ。
 もちろん動物園なんかもその例に漏れず、家族連れや友人グループ、はたまた恋人同士といった人々の姿が多く見られた。
「わぁ……可愛いっ☆」
 ガラスで仕切られたとある檻の前、身を少し乗り出すようにして、両手でバスケットをしっかと握り締めた少女――松浦絵里佳は目の前に居る動物に見入っていた。
 そのせいか、被っていた白い帽子が後ろに大きくずれて落ちそうになっていることにも気付いていなかった。
 檻の中ではずんぐりむっくりとした体型のパンダが、もそもそと笹の葉をかじっている最中だった。時折何か鳴いていたりもするその様子は、とても愛らしい。
(やれやれ)
 食事中のパンダとそれを観賞する絵里佳の姿を、1歩引いた位置から見ている少年の姿があった――御上咲耶である。今日は絵里佳の手作り弁当持参で、動物園デートをしている最中であった。
 咲耶は絵里佳にそっと近付くと、帽子に手をかけてずれを直してあげた。すると当然絵里佳はそのことに気付き、咲耶の方に振り返った。
「……と。邪魔する気はなかったんだけど」
「あっ……ごめんなさい」
 帽子から手を放した咲耶に対し、直してくれたことを謝る絵里佳。そして絵里佳は帽子に手をかけ、改めて自分で位置を調節した。
 この帽子、元々出かける際には被っていなかったのだが、冷夏とはいえ日差しが気になった咲耶が絵里佳に被るよう勧めたという経緯があった。無論、絵里佳は素直にそれに従った。
「楽しい?」
 微笑ましい絵里佳の仕草を見たためか、咲耶に笑みが浮かんでいた。
「はいっ☆」
 絵里佳は笑顔でこくんと頷いた。
「でも……」
「でも?」
「パンダさんは暑いみたいですね。笹の葉を食べながら、『暑いよ〜』って言ってましたもん」
「……なるほど」
 考えてみればパンダは全身毛皮なのだ。パンダにはパンダなりの、苦労というものがあるのだろう。たぶん。
 2人はパンダの檻の前から立ち去ると、順番に他の動物たちを見て回った。目を輝かせ楽しそうにしている絵里佳を、常に咲耶は1歩後方に立って見守っていた。
 そのうち2人は、空っぽの檻の前にやってきた。看板には『きつね』とあるが、狐など1匹も居なかった。
「あれ?」
 絵里佳が首を傾げた。どうしてここは空っぽなのだろう。そこでそばを通りかかった飼育係らしき男性に理由を聞いてみると、次のような答えが返ってきた。
「ああ、ここかい? 先週までは2匹居たんだけどね、1匹が急に亡くなっちゃって。そうしたら、残された1匹も元気がなくなっちゃってねえ……。体調崩したみたいだから、他所で治療してあげているんだ。元気になったら、そのまま他所の動物園に行かせようかって話もあるんだよ。1匹じゃ、寂しいだろうからね」
「……可哀想。早く元気になるといいなあ……」
 男性が立ち去ってから、絵里佳が思案顔でぼそっとつぶやいた。その時、咲耶が絵里佳の肩をぽんっと叩いた。
「そろそろ昼食にしないか?」
「えっ? あ、はいっ!」
 はっと我に返り、絵里佳が辺りを見回した。この周辺には結構ベンチは多かったけれども、どれもすでに人で塞がっていた。
「探せば、空いている所も見付かるんじゃないかな」
「そうですね」
 咲耶の言葉に頷く絵里佳。そして2人は、空っぽの狐の檻を後にした。

●アクシデント
 座る場所を探してしばらく歩き回っていた2人だったが、園内の隅の方で人気のない場所を見付け出した。
 恐らく近くに人気の動物の檻がないために、このような空間が出来上がっているのだろう。理由はどうあれ、座る場所が見付かったのはいいことである。
「今すぐ用意しますね」
 ベンチに座るや否や、絵里佳はバスケットに手をかけた。今から手作りの美味しい弁当を出そうという瞬間、咲耶が気配に気付いた。
「……ん?」
 視線の先、先程は気付かなかったがそこに半ズボンの少年が立っているのだ。しかし妙な話だ。何故ならその先は行き止まりであり、咲耶たちのそばを通らずに行くことは出来なかったのだから。
(幽霊か……?)
 少しして咲耶は、少年から幽霊独特の霊気を感じ取っていた。霊気と咲耶の様子に気付いたのか、絵里佳も少年の方に顔を向けた。すると――。
「あっ」
 絵里佳が短く言葉を漏らした。少年に狐の尻尾が生えたのである。少年――狐の霊で間違いないだろう――は睨み付けるかのように2人のことを見つめ、ゆっくりと歩き出した。
(これは……!)
 少年の様子にただならぬものを感じた咲耶は、ベンチから腰を浮かせて少年に向かおうとした。獣化して少年を『除霊』するために。
 しかし、そんな咲耶の腕を絵里佳がぎゅっとつかんだ。驚いた咲耶が絵里佳を見ると、ふるふると頭を振っているではないか。腰を降ろす咲耶。
「私に任せてください」
 咲耶はそう言うとベンチから立ち上がり、両手を広げてとことこと少年の方に近付いていった。そして少年の前に来ると、すっと腰を降ろして少年と同じ目線になった。
「……どうかしたの?」
 優しく少年に語りかける絵里佳。絵里佳は優しさで霊を慰め、『浄霊』しようというつもりなのだろう。
「…………」
 と、少年はすっと右手を絵里佳の前に出した。反射的に絵里佳は、少年の手を握ろうとした。
「……待った!」
 嫌な予感がした咲耶は、ベンチから腰を上げて駆け出そうとした。次の瞬間、絵里佳の悲鳴が上がった。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
 そして少年の姿が消え、絵里佳の首がガクンと前に落ちる。
「大丈夫かっ!」
 咲耶が絵里佳に駆け寄ろうとした時だった。何と、そばにあったゴミ箱がふわりと浮き上がり、咲耶目掛けて飛んできたではないか!
 瞬時に身を屈め、ゴミ箱を避ける咲耶。ゴミ箱はそのまま地面へと落ち、絵里佳がすうっと立ち上がった。
「ちぇっ……外れちゃった」
 絵里佳から声が聞こえてきた。が、それは絵里佳の声であって絵里佳の声ではなかった。絵里佳の声に重なるように、別の声が聞こえていたのだ。
(憑依されている……)
 きっと、いや間違いなく先程の少年によって、絵里佳の優しさが利用されてしまって――。

●思い余って
「ちょうどいいお姉ちゃんだから借りちゃったけど……お兄ちゃん、ボクの邪魔しないでよね」
 絵里佳の身体を借りた少年は、そう言ってどこかへ行こうとした。当然咲耶は、少年の行く手を阻もうとする。
「待て。どこへ行くっ」
 すると転がったままのゴミ箱が再度浮き上がり、またしても咲耶へと飛んできた。後方に飛び、ゴミ箱を避ける咲耶。少年が舌打ちをした。
「だから邪魔しないでって言ってるのに。これ以上邪魔するとボク、もっと酷いことするよ。このお姉ちゃん、面白い力持ってるんだね」
 少年に憑依された絵里佳が、咲耶を睨み付ける。といっても今の絵里佳には意識はなく、完全に少年に操られている状態なのだが。その能力をも含めて。
(……どうしたものか……)
 悩む咲耶。何をやらかすか分からない少年を、このまま行かせる訳にはいかない。しかし、絵里佳が憑依されている以上、反撃すらすることは出来ない。
「じゃ、ボク行くね。お兄ちゃん、バイバイ」
 動かぬ咲耶を見て、少年は悠々とその場を立ち去ろうとした。その時だ、思い余ってなのか咲耶がある行動に出たのは。咲耶が少年に憑依された絵里佳の身体を、ぎゅっと抱き締めたのである。
「え?」
 少年が間の抜けた言葉を漏らした。その間も、咲耶はただ絵里佳の身体を抱き締めていた。
(これで意識を取り戻してくれれば……!)
 絵里佳の意識を呼び覚ますべく、咲耶は強く念じながら絵里佳を抱き締め続けた。
 しっかと抱き締められては、少年は咲耶を振り解くことは出来ない。念動力を使って攻撃しようにも、この状態では自分が憑依している絵里佳の身体をも傷付けてしまう恐れがある。つまり、何も出来なくなってしまったのである。
 やがて――咲耶の想いが通じたのだろうか、絵里佳の口が動いた。
「あ……」
 それまで聞こえていたのと違い、絵里佳のみの声であった。その直後、絵里佳の身体から転がるようにして何かが飛び出てきた。
「うわぁぁぁっ!」
 見れば、先程の少年が絵里佳の後方に居るではないか。思うに、絵里佳が正気を取り戻したことにより、引き剥がされてしまったのだろう。
「よし!」
 好機とばかり、絵里佳から離れ少年に向かおうとする咲耶。ところが、ここで予想外のことが起こった。
「うっ、うっ……うわぁぁぁぁぁんっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 何と、少年がぼろぼろと泣き出してしまったのである。呆気に取られた咲耶は、絵里佳と顔を見合わせていた。

●暴挙の理由
 泣き出した少年に、もう敵意は失われていた。絵里佳が事情を聞いてみると、少年は泣きながら理由を教えてくれた。
「ひっく、ひっく……ボクはお姉ちゃん探したかっただけだよぉ。お姉ちゃん、どこにも居ないんだもの……」
 少年は1週間前にこの動物園で亡くなった狐だった。残された姉のことが気になって成仏出来ずに動物園でうろうろとしていたのだが、昨日突然姉の姿が見えなくなった。少年は姉を探しに行こうとしたのだが、何故か動物園の外に出ることが出来なかった。で、どうすればいいのかと考えていた所に……。
「俺たちが来た訳か」
 ふうっと咲耶が溜息を吐いた。
「お姉ちゃんどこ行ったんだよぉ……ボク1人で寂しくって……ぐす」
 どうやら少年は、寂しさ募るあまりにこういった暴挙に出てしまったようである。
 全てを聞いた絵里佳は、飼育係らしい男性から聞いた話をそのまま少年に話してあげた。
「お姉ちゃん、それほんと? 本当に本当?」
 少年の言葉に、絵里佳はこくんと頷いた。
「そっかぁ……。じゃあボクのお姉ちゃん、1人じゃなくなるんだね……だったらもう心配要らないや」
 目に涙を浮かべたまま、にっこりと微笑む少年。次第に少年の姿が薄くなってきた。
「お姉ちゃん、ありがとう。それからお兄ちゃん……酷いことして、ごめんね。ボク……行くよ。バイバイ、お姉ちゃん、お兄ちゃん」
 その言葉を最後に、少年の姿は完全に2人の前から消えた――心残りがなくなったため、成仏したのだ。
「……消えちゃった」
 天を見上げる絵里佳。今頃少年は、天国へ昇っている頃だろう。
「そういえば」
 咲耶が不意に口を開いた。
「はい?」
「どうしてあの時、俺の腕を?」
「あ……えっとぉ」
 咲耶の質問に、絵里佳は照れ笑いを浮かべながら答えた。
「何だか言いたいことがあったように感じた……から?」
「……なるほど」
 咲耶はふっと笑みを浮かべると、天を見上げた。そこには夏の青空がどこまでも広がっていた――。

【了】