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<東京怪談ノベル(シングル)>


600年分の想い出に
●のんびりとした日常
 『水月堂』というペットショップがある。ペットショップといっても、ここは生き物全般を扱っている所ではない。ある種の生き物に特化した店だ。
 では何を扱っているのかというと、爬虫類である。爬虫類専門店なのだ。ただ店内に1度でも足を踏み入れた者なら知っているかもしれないが、爬虫類の中でも蛇たちの割合が多いように感じられる。
 爬虫類専門店と聞くと、爬虫類に対するイメージから店内も無機質というか、そのようなイメージを抱く者も多いかもしれない。けれども、『水月堂』は違った。爬虫類専門店の割に、アンティークな雰囲気があると言われているのだ。
 恐らくは木製の机や椅子があったり、木彫りの蛇などが置かれていたりすることが多少なりとも影響しているのかもしれないが……明確な理由は分かっていない。
 さて――そんな店内には、黒髪長髪妙齢の美女が木製の椅子に腰かけていた。『水月堂』オーナーの巳主神冴那である。
 冴那はぼんやりと、ある方向を見つめていた。視線の先に客が居る……ということはなく、そこにはテレビが置かれていた。テレビではワイドショーだろうか、マイク片手にした女性のレポーターが映し出されていた。
「見てください。ほ〜ら、可愛いでしょう? こちらが今CMで話題のチワワ、キューちゃんなんですよ〜?」
 次の瞬間、画面は女性レポーターからつぶらな瞳をしたチワワへと切り替わる。その時、冴那がぼそっとつぶやいた。
「……あまり……美味しそうじゃないかも……」
 こんな言葉、客が聞いたらどきっとしそうなものだが、今に限ってはそんな心配は要らない。というのも、今は客が居ないからだ。
 客は絶えないけれど、凄く忙しいという訳でもない。なのでこのように、店番方々テレビ鑑賞ということが出来るのである。凄く忙しければ、きっとそんな暇もありゃしないのだから。
「他は……何やってるのかしら……」
 冴那はテレビのリモコンを手に取ると、チャンネルを変えた。一瞬にして、画面はチワワからまげを結った遊び人風の町人へと180度切り替わる。
「あーら、近頃とんとお見限りだねえ。他にいい店でも見付けたんじゃないだろうねえ」
「いやいやいや、ちょいと忙しくてよ。それよりもだ。近頃、妙な浪人の噂は聞かねえか?」
 どうやら番組は、時代劇の再放送のようだ。それを見ながら冴那は、あることを思い出していた。

●過去の出来事に
「ここまで生きて早や600年……」
 外見こそ妙齢の女性に見えるものの、冴那は今日まで600年の時を生きていた。もっとも、自分がそれだけ生きたのだということを認識出来るのは、こうして人の世の歴史に目を向け知ったこと。蛇――蝮の姿で生きていた時は、そんなことを考えたことは当然のごとくなかったのだから。
(……蝮は泥水に500年生きれば蛟になるけれど)
 蛟とは龍の前身のことだ。蝮であった冴那には、そういう選択もあり得た。だが、冴那は今の自分が好きだった。時折声を上げる人間にとても興味があって、人の身に変わる術を身につけた自分が。
 テレビの中の時代劇では話が進み、若侍と町娘が抱擁している場面が映し出されていた。それを見た冴那は、少し懐かしそうな目をしてつぶやいた。
「……あったわね……こんなことも……」
 人の身に変わる術を身につけた時、冴那はそれはもう色々なことに関わった。
 今の時代劇の場面のように、侍と恋に落ちたこともあった。また、芸者として振る舞ったこともある。それだけじゃなく、刃が打ち合わされる音や、炎が遠くに揺らめいている様も幾度となく見てきた。
 楽しいこと、有意義なこと、苦しいこと、そして悲しいこと……まさに人に関する様々なことに、冴那は関わってきたのである。
 冴那はテレビより向こう側に広がる風景を見ているように思えた。いったい何を思い出しているというのだろうか……。

●共に変わらぬのは
 時代劇はやがてお決まりの犯人捕縛の場面を経て、ラストの和気藹々とした日常風景の場面になっていた。
「ちょいとご覧。いい月が出ているよ」
「おう、本当だ。こりゃあいい月だ」
 ちょうど酒と柳川鍋を囲んでいた登場人物たちが、障子を開けて夜空に浮かぶ真ん丸な月を眺めていた。
「……いい月だわ……」
 テレビにつられるように冴那が言った。その目はもう、テレビより向こう側を見てはいなかった。
(幾歳経ても人の世は騒がしいけれど……それゆえ、退屈はしていない。寂しくもない……)
 600年――一口で言ってしまえばあれだが、尋常でない長い年月である。普通の人間ならば、それだけ生きることはまずあり得ないのだから。
 けれど、自分で言うように冴那は退屈もせず、寂しくもなかった。
 見上げれば、共に歳月を過ごした変わらぬ月がテレビ同様に……いや、それ以上に輝いている。見回せば、仲間たちもこうして沢山居る。そして、酒も鍋も美味しいのだから。
「そういえば……今度の鍋はいつなのかしら……」
 冴那がふとそんなつぶやきを漏らした時、『水月堂』に客が2人入ってきた。1人はたまに店を訪れる青年、もう1人はおどおどとした様子の女性だった。
「すいませーん。彼女が爬虫類を飼いたいって言うんですけど……」
 青年の声を聞いた冴那は、視線をテレビから2人の方へと向けた。
「……そう。なら……あれこれと教えてあげるわね。特に蛇は……イロハからじっくりと……」
 そう言って、冴那は椅子から腰を浮かせた。

【了】