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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


水に住まうもの

    オープニング
    
 ザザーン、ザー、ザザーン、ザー。
 焼けた砂。寄せては返す波。照り返す太陽。
 とうとうこの季節がやってきた。
 そう、海水浴シーズンである。
 『マイナー』で有名な千葉は外房。ここ、日照海岸にも、もちろんその日はやってきた。
 お話は、この海水浴場で二日前に起こった出来事になる。
 海に浸かっていた若い娘が、血相変えて水から飛びだし、こう叫んだ。
「ひ、人の首が! 首が!」
 水際はたちまち大騒ぎとなった。
 『海の家、ワイキキ』の主は、すぐさま警察に通報した。
 だが、どんなに探しても問題の首は発見されなかった。
 見間違いだ、と警察も引き上げ、この話はうやむやになってしまったと言う。
 ところが次の日──つまり昨日。またしても同じ騒動が起こったのだ。
 今度は小学生の男の子である。
 遊泳区域を告げるブイに掴まり、波にたゆたっていると、その脇腹を掠めて人の顔が過ぎって行ったと言う。
 この場所は、前日に娘が首を見たと騒いだ場所でもある。
 どうやらこの周辺に、首は彷徨っているらしいのだが……。
 少年の話によれば、首の大きさは丁度人間の子供と同じくらい。どす黒く、目と鼻の部分が翳っていて、口を大きく開けているとの事。
 そして、首にはヒモを下げていた、と少年は身震いしたそうだ。
 
「『人の首』、ね。漂うのは何者か……。それにしてもまた、こんな事件とはな……」
 『怪奇』の文字を外せない。
 草間はブラインドの隙間から、通りを窺った。
 降り注ぐ陽の中、足早に人々が過ぎて行く。
 海が、草間を手招きしていた。
 
   1、探偵壊れるの巻

 レジャーシート、サングラス、サンオイル、大判タオル。
 パソコンの前を陣取る彼女の傍らで、探偵はいそいそと海水浴の支度をしていた。
「よし。あとは、このクマデをカバンに入れれば、準備完了だ」
 クマデ……。
 武彦さん。
 一体、何しに行くのかしら?
 長い間、連れ添っていても、他人と言う物は、時として不可解な生き物である。
 シュライン・エマが草間の行動に目を細めていると、楽しげな声が事務所の扉を開いた。
 真名神慶悟と砂山優姫、それに今野篤旗だ。
「怪しいな。本当にそれだけなのか?」
「怪しいって……?」
「ハハ、調査言うたら、調査やって」
 実は、依頼に便乗して、篤旗は優姫を夏の海へと誘ったのだ。結果──優姫は篤旗の横に収まる事となり、篤旗の隠せない幸福は、言葉や態度の端々から溢れた。それを慶悟が、からかっていたのである。
 だが、そんな微笑ましい談笑は、扉の中の光景にフリーズする。
 シュ。
 シュ。
 シュ。
 草間がクマデで、宙を掻いていた。振り下ろしては手前に引くその動作。手首のスナップが抜群に効いていた。
「……」
 真剣な横顔に、三人は言葉が出てこない。
 果たして、今回の調査のどの辺りに、クマデは登場するのか。
 シュラインも、別の意味で黙り込んでいた。
 クマデ探偵と連れ合う仲として、恥ずかしさ込みの沈黙。
「『あれ』は、気にしないで良いわよ」
 まるで憐れむような視線を、篤旗はシュラインに向けた。
「なにも見いひんかった事にしときますわ」
「シュラインさんも、色々と大変なんですね」
 と、追従の優姫。
「ここのところの、暑さが原因か……」
 慶悟まで揃って散々である。
 そこへ──
「? 何事か」
「やだ、武彦さん! クマデなんて、どうするつもりっ!?」
 浄業院是戒と久喜坂咲も加わった。事務所入口は大渋滞である。
「草間が暑さにやられた」
「それはいかん」
「まずはあの、危険なクマデを取り上げるのよ!」
 など。
 シュラインのこめかみが痛むような会話が飛び交っている。
 だが、当の本人はこの騒ぎに爽やかな微笑を浮かべ、手を上げた。
「なんだ、集まってたのか」
 まるで、何処吹く風である。
 皆、恋女房の動きに注目した。
 鼻から大きく息を吐き出す。
 PCの電源を落とす。
 静かに立ちあがる。
 怒?
「武彦さんは放っておいて、行きましょうか」
 やっぱり。
「って、おい! シュライン!」
 草間の差し伸べた手でクマデが光った。
 それが原因である。
 とは言わず、全く訳が分かっていない探偵の肩を叩いて、咲はニッコリと笑った。
「大丈夫よ、武彦さん! 後はこの咲ちゃんに任せておいて! 無事、事件を解決してくるわねっ! その代わり、お祖父様には上手く言っておいて。お説教の途中で、抜け出してきちゃったの」
「なっ、あぁ?! いや、だから、おい! シュライン!」
 去って行く二人の美女の背中を交互に眺めて、ちょっぴり切ない草間であった。

 数分後。
 入れ違いに、一人の少年が事務所へと訪れた。
 久坂ようである。
「すみません。こちらに咲さんは……?」
 ようは、草間のクマデには目もくれず、事務所の中を見回した。
 そして、咲がいないのを確認すると、やはり草間のクマデには目もくれず言った。
「あぁ、もう出かけてしまわれたんですね。では、向こうで落ち合います。大丈夫。場所は分かっていますから。え? 何故分かるのかって? それは企業秘密です」
 最後まで、ようは草間のクマデに気がつかなかった。
 そしてまた探偵は、置き去りにされてしまったのだった。

   2、ひきこもごもの巻

「さぁ、良いよ。小麦色になったキミが見れないのは、少し残念な気もするけどね」
「そう? トオルがそう言うなら、少し焼こうかしら」
 女は俯せの体を反転させ、挑発するような視線を男へと向けた。マイナーな海水浴場には、不釣り合いなゴージャス。白く熟れた肢体に、砂がこぼれた。
 佐和トオルは微笑を浮かべて、それをソッと払った。女の躯がくすぐったそうに跳ねる。
「この肌のまま『が』良いよ」
 女は笑み崩れ、トオルの腕に絡みついた。
 全てはこうした駆け引きである。
 相手が何を望み、何を嫌うのか。言葉で得る前に、見抜くのだ。それがホストとしての、トオルの役割だった。
 トオルは店の常連客に連れられて、海水浴へとやってきていた。マイナーで穴場だと女の話した通り、浜にはまばらな人影しかいない。
 しかし、それ以外にも原因があった。
 この海岸は、例の怪しい『首』海岸だったのだ。
「それにしても、嫌な時にきてしまったわね」
 と、女は先程から、ことあるごとに顔を曇らせた。
 漂う首の話を聞いてから、どうも気分が浮かないようだ。
「ねえ、帰ってお酒でも飲みましょうよ。首だなんて、気味が悪いわ」
 せがむ女に、トオルは笑う。
「帰るのかい? でも、ここでこうしているキミは、いつもとは違う魅力があるよ。まだ、見たりないな」
「そう? もう……、トオルには敵わないわ」
 まんざらでも無い女の微笑。
 こうしてトオルは、自らが望まずして事件へと関わる事になってしまうのであった。

   3、海の家ワイキキ一号店の巻

「盆の海は特に死者との縁が深くなる。海は活気に満ち溢れておると言うのに……。霊ならば不憫な事よの。出会った者を襲わぬのは、悪意とは異なる思いを抱いているが故か……。聞けば首に紐、そして苦悶の相……。ふむ、良い匂いがするのう」
 是戒は、ふと足を止めた。
『海の家』が落とす日陰。
 つり下げられた浮き輪や、イルカの遊具が生ぬるい風に揺れている。
 香ばしい香りを放つ『焼きトウモロコシ』に、是戒は目をやった。
「あれぇ。この暑い中、こんな所でも仕事なの? 大変だねえ、お坊さんも。一本行っときな」
 タオルを首にひっかけ、のべつまくなしに流れて来る汗を拭う。その強引なたくましさに、是戒は豪快に笑った。
「そう勧められては断れんな」
 懐を探る是戒に、女は「良いんだよ」と手を振る。若いバイトを気にしてか、小声でボソリと呟いた。
「アンタみたいな人から、お金なんて受け取れないよ。その代わり、アタシが死んだら念仏でも唱えに来てちょうだい」
 体は大きく、強面の是戒ではあったが、その顔には愛嬌があり、また腹に黒い物を持たぬ人の良さが滲んでいる。
 そう言った素の心は、他人との壁を持たないのかもしれない。
 そして、好意に甘んじる時も、堂々として悪びれないのである。
「かたじけない」
 是戒と女は、同じ笑顔を浮かべていた。
「ところで、一つ聞きたい事があるのだが。この辺りで不穏の噂を聞いた。誰か詳しい話を知ってはおらんか?」
「あぁ、あれを調べに来たの? ここで働いてる人間なら、皆知ってるよ? ほら、あのブイ。たくさん並んでる真ん中辺が現場だよ」
 女は建物を遠く離れた水を指さした。
 オレンジの丸い浮きが、点々と浮かんでいるのが見える。
 是戒は「むう」と唸った。
「ここに船は無いか? 出してもらえると有難いのだが……」
「船ぇ? 子供でも行ける場所だよ? 今日は波も無いし、泳げば直ぐよ」
「いや、儂は泳げんのだ。水に入ると沈んでしまのでな。何故か……」
「あぁ……、ああ! 分かった! 何とかしてあげるよ」
 是戒よりも豪快な、女の笑い声が浜に響き渡った。

   4、寂れた漁港に都会の華の巻

「首に紐……表情。絞殺による窒息死か……? その後に海に投棄でもされたのか……」
 そこは、日照海岸にほど近い、小さな漁港だった。
 数隻の船が、すでに今日の役目を終え停泊している。
 中年の男が一人、汗を拭いながらエンジンに油を差していた。
「一つ聞きたいんだが」
 慶悟の声に、男は作業をやめ顔を上げた。なんとも派手な慶悟のナリに、訝しげな顔をする。
 洒落たスーツとピアス、それに抜いてしまった髪の色は、確かにこの場所には不似合いかもしれない。
 だが、慶悟はそんな事など、気にもしなかった。
「この辺りで起こっている例の騒動だが、何かそれに繋がるような事件は無かったか?」
「ああ、あの首な? さて、ねえと思うよ。自分の漁場近辺で、あって耳に入らねえなんて事はねえだろうし」
 と、男は首を振る。
「海岸での潮の流れはどうなってる?」
「ハハハ、あんたもか」
「?」
 慶悟は男の言葉に、目を細めた。
 も、と言う事は前例があるのだろう。
 海の水は留まらない。だとすれば、首もどこからか流れてきたはずだ。潮の流れを知れば、その経路を知る手がかりになるかもしれない。
 そう考えての問いだが、どうやら警察も同じ事を考えたようだ。男はそう言って「北から来る」と笑った。
 慶悟は礼を言って漁港を離れると、水に向かって神将を放った。流れに任せ、走査を試みる。
 夏の陽射しが、スーツの背中に燦々と降り注いだ。
 
   5、水に入るには必要ですの巻

「海での怪談話はよく聞くわよ? でもここまで、はっきりとした、しかも同じ目撃証言というのも珍しいと思うわ。それだけ何か起ってるという事よね」
「そうですね。それにしても、咲さん。お館様が憤慨されてましたよ? 草間さんに呼び出された、と言う事にしておきましたが」
「本当? ありがとう。武彦さんにも、そうお願いしてきたの」
 波打ち際を歩きながら、咲とようは微笑を交わした。
 ホルターネックの白い水着に身を包んだ咲に、数人の若者が振り返る。ようの静かな一瞥が、それを牽制した。
 咲はニッコリ笑って、砂浜でゴミを拾い歩いているライフセーバーを指さした。
「さ! まずは聞き込みからよ! あの人に詳しい話を聞いてみましょう!」
「そうですね。この辺で事故や事件がなかったかも、訊ねてみましょうか」
 二人が落とす影に、腰を屈めていた青年は、顔を上げた。真っ黒に日焼けした体と顔は、引き締まって無駄が無い。彼は、拾ったばかりの空き缶を手にしていた。
「ちょっと良いかしら?」
「ええ。どうしました?」
 にこやかな咲に、ライフセーバーはキラリと歯を輝かせる。
「例の『首』の事、あなた知らないかしら?!」
「もちろん、知っていますよ。もしかして見に?」
 ようは、違うと首を振る。
「調査に来ました」
 褐色の顔を驚きに染めて、青年は咲を見た。
「調査! キミみたいな可愛い人が?」
「可愛い?! 本当!? 嬉しいっ! あなたとは気が合いそう! それで、どの辺りにどんな風に出たのかしら」
 咲は可愛いと呼ばれる事に弱い。
 実際は『可愛い娘』と言うより、『美しいヒト』と言う言葉の似合う容姿だが、咲が前者を好む事をようは知っていた。
 素直に喜ぶ咲に、思わず苦笑がこぼれる。
「キミみたいな人に、そんな事を言ってもらえると嬉しいなぁ。ほら、あそこにブイが見えますね?」
 男が指さした場所には、オレンジ色の丸いウキが浮かんでいる。その内側が遊泳区域だと知らせる、大事なブイである。
「ええ。見えるわ」
「あの中央辺りで、首は目撃されたんですよ」
「最近、その首に繋がるような事件は、ありませんでしたか?」
 と、よう。
 しばし考えた末、彼は首を揺らした。
「この周辺では聞いてないですねえ」
「そう。やっぱり実際に調べてみなくちゃ駄目なのね」
「それじゃあ、俺は陸からサポートします。その方が、動きをとり易いこともありますし。何かあったら、直ぐに向かいますから」
 二人の話を横で聞いていた、ライフセーバーは、そこで突然声を上げた。
「二人とも!」
 かなりの真剣な表情に、咲とように緊張が走る。何か重大な手がかりでも思い出したのかもしれない。
「何かしら?」
 咲の真面目な声が問う。
 彼は力強く頷いた後、咲とようの体を順に見、そして二人の顔へ視線を移して言った。
「まだ、水には入っていないようだから、言っておくけど。海へ入るときは、軽い準備運動を忘れないように。それから、いきなり水に飛び込まず、足から体に水をかけて──」
 二人は顔を見合わせる。
 さすが、海の男。仕事熱心であった。
 
   6、海の家ワイキキ二号店の巻

 ヌルヌルしていた。
 目撃した少年の話である。少年は、この海岸から十五分の場所に住んでいた。
 二人はそこで彼の話をもう一度聞き、現場へと舞い戻った所だった。
「海で溺れた子かな。でも、紐を首に付けてるって言うのが、気になるし……ヌルヌルって何やろ」
「わからなくなってきますね。首だけなのに、紐が下げられると言うのも、妙な感じがしませんか?」
 篤旗は、マジマジと優姫の顔を眺めた。
 白いワンピーススタイルの水着。普段、髪に隠された繊細な首筋。
 誘って良かった。
(そうやのうて)
 篤旗は首を振って、思考を追い払った。
 なんとも目に嬉しい光景が広がっている。
 が。
 名目は調査である。
 篤旗の握り拳は、心の中で小さく握られていた。
 そんな篤旗を、優姫はキョトンとした顔で見上げる。
「篤旗さん? どうしたの?」
「あ、いや。ハハ。確かに、優姫ちゃんの言う通り妙な話や。とりあえず、海の家で話聞いとこ」
 頭を掻きながら歩きだす篤旗の背中を、優姫は追った。
 手を繋ぐ事も無いまま歩く、砂の上。
 二人は、海の家の落とす日陰に入る。
 張り出した庇からつり下げられた浮き輪を見上げつつ、篤旗は網焼き番の中年男に声をかけた。
 サザエ、イカ、ハマグリ。どれも香ばしい匂いを放っている。
「おっちゃん。ちょっと、ええかな」
「おいよぉ!」
 親父は首にタオルをひっかけ、ひっきりなしに流れてくる汗を拭う。実に暑そうだ。
「『首』の事なんやけど、おっちゃん知ってる?」
「ああ、もちろん。皆、知ってるよ。ほら、あそこにブイが見えるだろ?」
 親父は遠い水に浮かぶ、オレンジ色のウキを指さした。左右に長い遊泳区域の、ちょうど真ん中辺りだ。
「目撃されたのは、全て同じ場所なんですね?」
 優姫が顔を戻すと、親父はタオルを額に押しつけながら頷いた。
「でもなあ。何かを見間違えたんじゃないのかねえ。この時期だし、クラゲとか……」
 優姫はふと、考え込むように俯いた。篤旗はそれを横目で気にしながら、親父に尋ねる。
「時間帯も、みんな一緒なんやろか」
 篤旗の言葉に、親父はしばし眉根を寄せた。
「そう言えば、ちょうど今くらいだった気がするなあ」
 二人は親父に礼を言って、浜へと戻った。
 暑い日に目を細めて、優姫が言う。
「篤旗さん、どう思いますか?」
「うん? どうって……?」
「私、なんとなく『人』じゃ無いような気がするんです」
「そうやなあ……僕は今のところ、全然正体がわか──」
 優姫の白い足が、貝を踏んでよろめいた。
 篤旗は咄嗟に手を伸ばす。
 その腕にすがりついて、優姫は顔を赤らめた。
「大丈夫? 怪我は?」
 ドギマギしながらも、篤旗は優姫がヒョイと上げた足の裏へと目を落とした。傷は無い。
「大丈夫。ありがとう」
 優姫ははにかんだ微笑を浮かべた。
 離れた後の熱い腕。
 篤旗が分かっているのは、ただ今日の優姫が眩しいと言う事だけだった。

   7、幽霊の正体? の巻

 小学生が行けるほど、穏やかな水。
 その中で、脇腹を掠めて行ったと言う首。
 本人から直接話を聞いてはみたが、やはり同じ所で引っかかった。
 何故、首は水の中に留まっていられたのか。
 流れもなく穏やかなら、浮いて波間を漂うはずである。
 確かに、首そのものや、何かの憑依体とも取れたが、シュラインの頭には、以外の存在があった。
 事務所でも、ネットを使って調べていたもの。
 それは、クラゲ、エイ、カメなど、この地域に生息する生き物であった。
 シュラインは『日照海洋センター』に、足を運んでいた。
「なるほど。模様が顔に見える生物を、探していらっしゃるんですか」
「ええ。現れた時間、気温、水温。それに、この辺りの海流が分かれば、もっと的を絞れるんじゃないかと思うんですが」
 男の名は武里と言った。このセンターで所長をしている。
 武里は、シュラインの話を、実に興味深そうに聞いていた。
「それから、模様がなくても子供の頭ほどの大きさで、紐を下げているように見える生き物は、ないでしょうか」
「うん。無いことはないな。ちょっとついてきて下さい」
 シュラインは武里の後に従った。
 武里が立ち止まったのは、とある水槽の前だ。
 砂の上にうねうねとした物体が蠢いている。こぶりだが丸い頭に、長い足。目はまるで昼間の猫のようだった。
「どうです? 体長は五十センチ。ご覧の通り、体全体に網目状の突起があります。模様、形、大きさ。視界が悪ければ、どうでしょうね」
「これは、あの海岸にも?」
 シュラインは武里を見た。
「もちろん。どこにでもいます。同じ場所で目撃されているようですし、近くに岩でもあれば、そこが根城かもしれません」
 生真面目な眼鏡は、笑っていた。

   8、合流の巻

「やだ、どうしたのかしら」
 有閑マダムの声は、沖に向かって進むボートに向けられている。
 トオルは肩をすくめてみせた。
「乗っているのは、お坊さんか……首が見つかったのか?」
 女は気味が悪そうに、眉を潜める。トオルは微笑を浮かべて女に口づけると、スッと立ちあがった。
「気になる事は払拭しよう。俺が聞いてくるよ」
「危なかったら、直ぐ戻ってね」
 トオルは、パチリとウインクした。

「この船は沈んだりはせんか?」
「大丈夫です。揺らしたりしなければ」
 大きな是戒は、狭いボートの上で肩身が狭かった。
 左右で揺れる水面は、今にもボートの淵より中へ入ってきそうである。
「水が入ったら、どうなるのかのう」
「少しぐらいなら、大丈夫です。それに、まだ立てる位置ですよ」
 苦笑を浮かべながら、ライフセーバーの男は言った。
 平静を装ってはいるが、是戒の心は滝汗である。
 水が怖いわけでは無い。
 しかし、溺れて楽しい者もいない。
 精神統一、とばかりにグッと前方のブイを睨む。
「怖いですよ」
 ライフセーバーに言われて、是戒は頭をツルリと撫でた。
「む、すまぬ」
「いえ。アレはお知り合いですか?」
 青年の指さす先には、男女の影が三つあった。ブイの周辺に浮かんでいる。
「おお、今野殿達か。水に浮かぶと言うのは良いのう」
「それが普通なんですけどね」
「ハッハッハ! そうであった!」
 是戒が笑うと、ボートは波を立てて大きく揺れた。

「おお! 揺れおる!」
「き、気をつけてください!」
 大騒ぎである。
「大丈夫でしょうか、浄業院さん……」
「泳げんかったんやな、あの人」
「これだけは、咲ちゃんもお手上げね」
 近づいてくるボートを、三人は見つめていた。
 そこへ、トオルが合流する。
「これから何が始まるのかな」
「こんなに水が入っても、大丈夫なのだな?!」
「だ、大丈夫ですから、落ち着いて!」
「何も始まらない事を祈るわ」
 騒々しいボートに、ポツリと咲が言った。

 ブイの傍へ集まりつつある一行を、慶悟とよう、それに草間は波打ち際から見守っていた。
「何か進展は?」
「いや、まだ何もない」
 神将達の走査も、不発に終わった。
 聞き間違える事も無い女の声に、何気なく振り返った三人は、そこにある女の姿に思わず目を見張った。
「綺麗ですね」
「ハ……さすがだな」
「あまり見るなよ、二人とも。目の毒だ」
「何がさすがなのよ。武彦さんもバカ言わないの」
 横を抜けて行く男達が振り返るグラマラス。ホルターネックに、サイドリボンショーツのビキニは、ホワイトゴールドに輝いている。
 日焼け止めもしっかり塗って、シュラインの準備は万端だった。
「さ、行きましょうか、武彦さん」
 と、水に足を踏み入れる。
 どこか自信ありげな様子に、三人の男達は顔を見合わせた。
「まさか、もう正体を掴んだのか?」
 シュラインに続く為、草間はクマデを慶悟に手渡した。
 慶悟は、それをように渡す。
 ようは、それを砂の上に置いた。
 誰もクマデを持って、佇んでいたくはないようだ。
「なんとなく、だけど。確かめたい事があるの」
 シュラインは立場の無いクマデに向けるはずの目を、草間に向けた。
「今日は機嫌が悪くないか?」
 草間は切なげに言った。

   9、枯れ尾花の巻

 ブイの周辺に集まった面々は、草間が浮かび上がるのを待っていた。
 シュラインの代わりに、とある物を探して潜ったのだ。
 やがて、水しぶきをあげて、草間は顔を出した。
「どうだった?」
 シュラインの声に、草間は髪を掻き上げて頷いた。
「あった。ブイの向こうだ」
「岩って、それが一体──」
 篤旗が言いかけた時だ。
 突然、横にいた優姫が、小さな悲鳴をあげた。
「何か足に触った!?」
 優姫の視線が篤旗に行く。
「え? 僕やないで」
 皆の視線を受けて慌てる篤旗の前で、今度は咲が声を上げる。
「きゃ! なに!?」
「わ! 何だ!」
 さらにトオル、シュラインの腹にも何かが触れた。
「や! 『首』よ! それが犯人だわ!」
「む! 出よったか!」
 ボートのへりを掴んで、是戒は水面を覗き込んだ。眼下をくぐっていったものに、絶句する。
 真っ黒に塗り潰された、目と鼻と、大きな口。
「あれは?!」
「よっしゃ、捕まえよう!」
 皆、一斉に水に潜ると、『首』の行方を捜した。
 透明度の悪い水に、視界は悪い。
 だが、黒っぽい何かが、岩場の方へ逃げていくのが見えた。
 回り込んで、岩の周囲を探す。
 砂近くまで顔を寄せたトオルが、岩と地面の間から出ている物体に気がついた。
「!」
(篤旗……)
 行け、と言うように草間が指を指す。
 篤旗は、それを握りしめた。ヌルリとした中に、無数の突起。『首』の正体は──
(騒ぎになっとるんや。堪忍な)
 次の瞬間、篤旗の手に何かが吸い込まれた。
 掴んでいたものが、熱を奪われ凍えていく。
 完全に固まったのを見計らい、篤旗はそれを引きずりだした。途中でパキンと言う手応えがあった。
 だが、気にはしていられない。
 呼吸が限界だった。
 浮上した七つの頭に、是戒が身を乗り出した。
「どうだ!?」
「捕った!」
 篤旗が高々とそれを掲げる。
「む」
「これは」
「うわ」
「や……」
「ひどい……」
「篤旗さん」
「え?」
 見れば、引っ捕らえし犯人は、頭の半分が無くなっていた。
 マダコである。
 岩に削られた哀しきフリーズドライの末路だった。

   終焉
 
「タコか」
「タコなんですね」
 浜で待ちわびていた慶悟とようは、篤旗の持参した哀れな物体に何とも言えぬ顔をした。
 この海岸を賑わせていた犯人は、『人面マダコ』だったのだ。
 シュラインと、人外も想定していた優姫以外、皆、哀れな霊を沈める気構えでやってきていた。大きく予測を外れた結末となってしまったのである。
 と、是戒が堪えきれずに笑い出した。
「哀しみ泣く者など、霊とていない方が良い! タコならタコで、それを報告してやろうでは無いか。皆、安心するだろう」
「それもそうだな」
 慶悟もつられて微笑する。
「っと、俺はそろそろ戻らないと」
 合流していたトオルは、連れを放りだしたままだと言う事を思い出したようだ。
「それじゃ、皆」
 と、慌てて踵を返した。咲がその背中に手を振る。
「トオルさん、またねっ!」
 振り返って手を振り返すトオルと、時計を見比べつつ、ようは言った。
「俺達も帰りましょう。お館様が、心配致しますよ?」
 何しろ、草間に呼び出された事にして、出てきてしまったのだ。こんな遠方へ来るなどと言っていない。
 だが、咲は納得しなかった。
「固い事言わないで! せっかく来たんだし、遊んで帰りましょ! お祖父様なら大丈夫。武彦さんが何とかしてくれるから! ほら、咲ちゃんについてらっしゃい!」
「そうですか。それじゃ、草間さ──」
 残された視線が、草間へと向いた。
 草間は輪から一人離れ、クマデで土を掻いている。
 そして、その足下には小さな貝の山が出来ていた。
「……アサリ?」
 シュラインは目を細めた。どうやら草間は、最初からそれが狙いだったようである。
「おぉい! 皆も掘ってみたらどうだ? 結構、いるぞ!」
 水を得た魚のように、声が弾んでいた。
「あぁ……もう……。自然の食材に頼るほど、貧乏だったのかしら」
 シュラインの一言に、全員が声を上げて笑い出した。
 夏もあと少し。
 今晩は、タコとアサリで暑気払いとなるであろう。
 


                        終


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     

【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師  
      
【0495 / 砂山・優姫 / さやま・ゆうき(17)】
     女 / 高校生

【0527 / 今野・篤旗 / いまの・あつき(18)】
     男 / 大学生         

【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧 

【0904 / 久喜坂・咲 / くきざか・さき(18)】
     女 / 女子高生陰陽師

【1430 / 久坂・よう / くさか・よう(14)】
     男 / 中学生(陰陽師)
             
【1781 / 佐和・トオル / さわ・とおる(28)】
     男 / ホスト
     
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■          あとがき           ■
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 こんにちは。紺野です……。
 こんなオチだと誰が予想したでしょう。
 ごめんなさい!
 ヒントが足りませんでした。(汗)
 反省です。ううーん。(涙)

 シュライン様>
 相変わらず、鋭いです。
 クラゲ、非常に惜しかったです。
 
 苦情や、もうちょっとこうして欲しいなどのご意見は、
 次回の参考にさせて頂きますので、
 どんな細かい事でもお寄せ頂ければと思います。

 今後の皆様のご活躍を心からお祈りしつつ、
 またお逢いできますよう……。
 
                   紺野ふずき 拝