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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Day by Day

始まりは一本の電話だった。

「はぁ!? ちょっと待てよ、かーちゃん…俺にだって色々と予定があるんだぜ?」
電話口で虚しくもこう叫ぶのは芹沢・火嵩。
18歳の健全な――夏を謳歌したい青少年である。
が、受話器の向こうの母親は容赦がなかった。

『どーせ予定ったって補習だろ? それなら家の事を手伝いな。てなわけで決定』

偉大なる母は、そう言いきると通話自体をぷっつりと切ってくださり。
後にはへたへた…と床に座り込む火嵩だけが残った。

『夏休みなんだし、親戚の海の家を手伝うべし』

――母親の容赦のない言葉だけがぐるぐると手を繋ぎ、火嵩の周りで踊るかのようだった。


***

世間は夏、一色だ。
うだるように道に陽炎が揺らめいては消え、喫茶店で涼をとろうとする人が後を立たない。
そんな喫茶店に。
やたらと目が行く人影ふたつ――いや、二人。

「は? なんですか、いきなりこんなトコへ呼び出して、その潤んだような瞳は」
夏休みの宿題をやれと言うお願いでしたら、真っ平ゴメンですよ――と言い切るのは御堂・譲。
喫茶店特有の冷えた空気と、緩やかな音楽。
頼んだアイスコーヒーの氷が溶け、カラン…とグラスの中で音を立てた。
譲は、火嵩とは違う高校なのだが、お互いの友人を介し知り合いとなり時折、話すようになったと言う、
そう言う知り合いなのだが……火嵩自身、譲にどう切り出していいか悩んでいた。

「俺と一緒に海の家に来い!」
――駄目だ、絶対「嫌です」のにっこり攻撃を喰らう。

「一緒に海の家でバイトしよう!」
――爽やかきらりん☆は俺のキャラじゃねえし。

「ナンパに行こう!」
――やっぱこれだよな。

…というわけで。
火嵩は、この言葉を発する事に決めた。

すぅ…と大きく深呼吸。
そして――。

「俺と一緒に海の家でナンパに行こう!」

――と言う言葉が出、譲に「大丈夫ですか、芹沢さん……」と言われたりもしたけれど。
そこでへこたれる火嵩ではない。
何せ学校で「キング・オブ・マイペース」と言う名前までつけられている程だ。
『暑いから嫌です』と譲ににっこり攻撃をされつつも火嵩はひたすらに頑張った!
手伝いなんてしには行きたくない。
それも更に追い討ちをかけるようにかかってきた、親戚のおっちゃんからの話では手伝い期間は一週間。

(おっさんもなあ……手伝いだけじゃ干からびちまうっての)

健全な青少年であれば「お手伝い」よりも折角の夏休み、レジャーにかける青春を送りたいのだ。
だが、まあ考えてみれば海の家なんて夏ならではの絶好のナンパ場所である事に変わりなく。
しかも水着のお嬢さんがこれでもか!と見れたりするし。
それならば、顔のいい奴を誘いふたりでナンパ〜♪と考えてしまったわけで。
後はもう「手伝い=ナンパ」への情熱で泣き落としてみたり(これは譲には効果がなかった……どうやら泣き顔は女性関連で見慣れているらしい)更には言いくるめを実行してみたり!
…まあ、譲に言いくるめでも叶わないのだけれど、その奇妙な情熱に負けたのか譲は手を上げ「解りました、一緒に行きますよ……」と力なく微笑んだ。
「うっしゃ!」と握り拳を作る火嵩とは、明暗が分かれているというか…中々に面白い状況で。
まずはとにかく、火嵩の最初の掴みは…成功と言う事にして。


色々な思惑を詰め込み――いざ海の家へ、Let’s Go♪



***

「ねえねえ、あそこの海の家行ってみた?」
「見た見たっ。凄いカッコいい子がバイトに居るのっ。あれはヒットよ! ヒット!」

海の家付近。
ざわざわと波のようにさざめく少女達の声。
何故かある一帯に人だかりが出来てたりもするが……にこにこと営業スマイルで接客をする譲が、その中心に居たりもする。

――流石だ、御堂。

思わず火嵩はそう心で呟きつつもむぅ、と唸りをあげた。
遠くから見ても確かに譲は良い。
男から見てそう思うのとは別に違うのだろうが……きめの細かい肌、さらさらとした薄茶の髪に浮世離れしている薄青の瞳。
更にそれらが整った顔に配置されているのだから女の子にしてみたらたまらないだろう。

が!

(俺のナンパ計画がどんがらがっしゃんと音を崩れて消えていくのは何故だ―――っ!!)

いや、予定と言うのはあくまでそう言うものかもしれないのだが。
未定が未定のまま過ぎ去っていくのは辛抱ならん、と言うよりも許せん。

「…どうしたもんかな」

とっとと注文の品、お客さんへ運んで来い!とおっちゃんにどやされながら火嵩は呟いた。
何か、効率のよいナンパ方法と言うのはないものか。
……うぅむ。



***

「ですからね、芹沢さん」
夕暮れより少し前ののんびりとした午睡の時間。
海辺で困ったように暑い日差しに目を細め火嵩へ話し掛けている譲ときょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す火嵩の姿があった。
「だからなんだって…? …ああっ、あっちのお嬢さん方も可愛いぞ、ほら御堂見ろってば!」
「…芹沢さんは僕の言葉を聞く気はひとつも、ないんですね……」
溜息を思わずつきたくなる譲である。
実際。譲にはナンパと言う、モノが必要ないのだ。
座っていればお姉様方は近寄ってくるし、同世代の女の子たちには人当たりを良くはしているもののクラブ等に行く時には「無視」する事にしているくらいで。
まあ、何故無視するのかと言えば…譲本人の言葉を借りると「話し掛けずともギリギリのラインで踏みとどまり声をかけない――これがポイントで、逆をすると安い男になりますからね(にっこり)」との事らしい。
酸いも甘いも噛み締めて夜の世界に生きつつある譲と「可愛いお嬢さんなら誰でもオッケー♪ ドンと来い! お嬢ちゃんズ!」な火嵩の違いがそこにはあった。
……果たして、そんな火嵩にナンパが出来るのか!?
譲の疑問はそこに終結すると言っても過言ではない。

(……まあ、いい人だとは思うんですけども……)

短く借り上げた髪、涼しげな容姿…「黙ってれば」、美形で通るし、絶対彼の好みとは違うかもだけれど女の子は来ると思う。
だが、何と言えばいいのだろう火嵩は口を開くと全ての場が凍る…と言うか過ぎるほどに馬鹿正直で。
時折、共通の友人と遊んでいるときに首をきゅっと締め上げたくなる事もある位だし……。

しかも、しかもだ!

(何でさっきからそうもレベルの高い女の子ばかりを選ぼうとしてるんですか芹沢さん!)

…これには一応火嵩に言い分がある。
一人では絶対にナンパは失敗する、と解っているのだ。
――無駄な勝負は勝負師はしないぜっ! と言うポリシーも彼にはある。
だがしかし!
ここに、面のいい奴一名加えたらどーよ? 倍率、一気に上がるじゃん! 人生の春って感じかなー♪とも思うわけで。
…しかも知り合いには何故か男前が多いので、火嵩本人も譲を連れている時点で勝利を確定してるわけなのだ。

だが、まあ。

そんなの譲にしてみれば…「ものすごーく、勝手な言い分ですね♪」と静かな怒り混じりの台詞が混じってしまうと言うか。
…利用されるのも好きではないだけに、身体は猛暑であるにも関わらず心は――初冬まっしぐらである。

何度目になるだろう溜息をつきながら「ほらほら、行こうぜ御堂――!! 女の子たちが逃げちまうっ」と叫ぶ火嵩の後を、ゆっくり。
――かなり、ゆっくりと歩いていった。



***

戦い済んで、陽がくれて。

「良ければ一緒にどうかな?」

にっこり爽やかに言ってみた火嵩だが――結果はことごとく失敗。
何故か? と問われれば、これには一つの法則がある。

曰く――高嶺の花は、既にお手つき。
これだ。

二人連れで激可愛い女の子を見つけ奔走するも大抵「ごめんなさい、今、彼を待っているの」と言われ、
もしくは上手く行きそうだとしても。
譲に二人とも持っていかれてしまうのである。
何故だ!
何故なんだ――!!という火嵩の心の叫びにはお構いなし、現実は…シビアである。
そして譲も親戚のおっちゃんもシビアなのだ。

「…だから、レベルが高い人を芹沢さんは選びすぎるんですって」
「だってよぉ…御堂が居るから大丈夫だって思ってたんだよ……何て言っても3分に一度は街を歩けば逆ナンされるって言うし」
実際、海の家でも凄かったしぃ…とひとりごちる。
はぁ、とまた数えるのが既に馬鹿らしくなりつつある溜息が漏れた。
「…で、僕が居れば安心と? …人を勝手に使うから痛い目を見るんですよ」
「ぬーん……ああ、俺も春を謳歌したい…今は夏だけど」
「……今度はちゃんと自分で誘えるような女の子を見つけることです」
きっぱり。
あまりの容赦のない言葉に「はうっ」と火嵩はうめいた。


そこに更に――。


――容赦なく、かかる野太い声。


「コラ、火嵩! 何そこでうずくまってんだ! さっさと夜の仕込みを手伝え!」


――本日のナンパは失敗。
しかも背後からは暫く逢いたくない親戚のおっさん。
この心の痛手を手伝いで癒せるか?


否、断じて否!


「……御堂」
「…なんですか?」

いぶかしげな顔をする譲の手を掴む。
「男と手を繋ぐ趣味は僕にないんですが」とは言えぬままに火嵩は全速力で走り出した。
「な―――!?」
「行くぜ、御堂! 今から、この痛手を癒すべく酒盛りだ―――!!」

その言葉を聞き、譲のいぶかしげな顔から笑顔へと表情が変わる。
失敗した、といって落ち込まずに何かをして晴らす、という火嵩を「らしい」と思いながら。

野太い声が火嵩を追うのもやがては聞こえなくなっていく。

そうして二人は。
ひたすらに海を駆け抜け違う場所の海の家で、酒盛りを楽しむのだった。


これも夏の日の、思い出になるだろうと沈む、夕日を眺めながら。



―END―