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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


吐息

出逢いはいつも突然で、また必然とも偶然ともつかぬもの。
凪塚・響夜はある夜のこと、奇妙な人物と出逢った。
いつものように屋敷を抜け出しての夜の散歩。
ただ、少々違ったのは――いつもの彼自身の所定の席にある人物が寝ていた事くらいで。
「もし?」
「……何?」
「……そこは私の席なのだが」

最初の会話はこれだけ。
それ以上も以下もない。


***

夜の公園。
ちょっとばかり道を外れるとぽつん…とあるその公園にふたつの人影。
一人はベンチへと腰掛け、もう一人は――人形だろうか、何かを操っている。
少々、現実味のない風景。
何処か世界を間違えてしまったのでは無いだろうかと言うような空気がそこにあった。

「…なんつーかさ」
一ノ瀬・羽叶は憮然として目の前の人物へ言葉を投げた。
目の前の人物が持っているのは人形。
先ほどまで羽叶は彼の操る人形を見ていたところだった。
そう、見ていたのだ――人形を。
なのに、何かが腹に立って。
羽叶は言葉を投げ、目の前の人物――響夜はその言葉を受ける。
「何だ」
「何でこうも私達は逢ってるんだろうねえ?」
遠くを見ながら呟く羽叶。
違うな、これが言いたいんじゃないと本能的に思ったが疑問に思うことも事実ではあったのでとりあえず言ってみる。
響夜も考えながら人形をケースにしまうと羽叶の隣へと腰掛けて。
ぎしりとベンチが軽く軋んだ音を立てた。
「―――さて何故だろうな? と言うより、此処にくると羽叶さんがいつも居るのでな…だからではないか?」
事実、響夜にもその件に関しては良く解って無いと言うのが本音にあった。
逢う回数は夜ならば。
屋敷から抜け出せさえすれば、かなりの回数逢えるし実際、逢うのも嫌ではない。
だが「何故」と問われれば解らない。
どうして、こうやって時間を過ごすのか、などと。
が、羽叶はそうは思わなかったらしい。
少しだけ顔に苦笑を浮かべ肩を竦めると、
「――それって凪塚クンは私と逢いたくないみたいに聞こえるけど?」と言い放つ。
中々に言葉とは難しいものだ、とその言葉を反芻し響夜は思う。
どう言えば良いのか解らない、それだけのことを伝えるのが酷く難しい。
「そう言う事ではないが…申し訳ない、私にも良くわからん」
「ふうん」
更に遠く、向こうを見るような羽叶の髪に響夜は触れる。
さらりと乾いた音を立てる髪は手入れが良いのか、または髪質が良いのかひんやりと冷たく手の中で滑った。
触れた所為か、そうでないかはわからないが羽叶の肩が震える。
「…あんま触んないでくれる?」
「なら、振り返って頂かないと…此方も困る」
「別に顔見なくても話せるじゃん……」
どうにも誰かの顔を見ずに話す等と言うことは羽叶自身滅多にやらないのだが。
何故か、この人物と居るときはそうする事が多かった。
「何で」と言う問い掛けるような疑問が、この人物と過ごすときは多い。
(どうしてだろう……)
そう思う、が答えが出る事はない。
背後で響夜が苦笑しているのだろう、吐息が漏れた。
かすれたような、何処か低い、音。
と、同時に。
ぐぃっと羽叶は思いっきり良く肩を引き寄せられ――当然、それは向こうを向いていた顔が響夜の方へ向けられてしまったと言う事で。
顔が、かなりの至近にある。
目をそらせば負ける――そう、思う。
息が、かかる。
頬に手が触れた、なのに。
寸止めで止まる距離。
「…なんなわけ? 普通急に止まる?」
「いや、どうも無視されているようなので少しばかり奇妙な嫌がらせをと思ってな…だが、その言い方だと」
「何だっての? 何か文句でも?」
「その逆だ――して欲しかったのかと思ってな、申し訳ないことをした」
さらりと。
近づいていた距離を通常に戻すと響夜はあっけらかんと言い放ち。
それに対する羽叶と言えば。
良く人が呆れたときに「開いた口がふさがらない」と言うけれど、あれは全くの嘘だ――と思う。
何せ一瞬「開いた口がふさがって」しまったくらいなのだから。
そして次に来たのは。
怒髪を突くってこう言うことか?と言うような怒り。
「な、なんでそうなるの!? 誰が何時、してほしいって言ったんだっての!」
言った覚えもないことを言われるのは腹が立つ。
なのに、目の前の人物は微笑う。
妙に余裕のある態度に羽叶は憮然とするばかりだ。
(何か、ムカツク)
声には出さないが、そう心で呟くだけ呟いて。
「普通、急に止まる?と言われたら世の男性は誤解するぞ? 気をつけることだ」
「……そーいうモン?」
「そういう、物だ」
「むぅ………気をつけよう………色々な意味で」
くすくすと。
また響夜が微笑う。
「…何かおかしなこと、言った?」
「いや? くれぐれも気をつけてくれ――色々と」
おかしなこと、と羽叶は聞くけれど。
本当に彼女は気付いていないだろうか?
その言葉では。
響夜自身を喜ばせる事に。
(…喋っていて、奇妙で楽しいと言うのは言ってはいけない事だろうが)
だが、楽しい。
こう言う反応が不思議と返ってくる時も、無反応な人形さながらの様な羽叶を見るのも。
反応を試す、と言うのではない人形の糸を手繰り寄せるのにも似ていて。
人形と違う事と言えば。
羽叶は生きた、人間であると言う事。
それゆえに読み取れないものがある――と言う事なのだけれど。

ベンチでお互いに伸びを一つ。
夜から朝へと冴えた空気が肺の中へと染み渡っていくようで――帰る時間が近いと気付く。
「――さてと、そろそろ帰る?」
「ああ、もうじきと言うか…新聞配達が配達へ回る時間だな」
ばたばたとバイクが走り抜ける音がする。
確かに、じき日が昇る時間へと変化している。
こうなれば、お互い自分たちに与えられているもうひとつの場所へ帰るしかない。
羽叶は「昼」の世界へと。
響夜は屋敷の閉ざされた部屋へとそれぞれ、違う場所へ。


***

「…じゃあ、また」
公園から少しの間歩くといつも必ずそこで分かれるだろう交差点へと辿り付く。
“じゃあ、また”
こう言うのも、もう何度目だろう。
ただ、いつもと違ったのは決して呼び止めない響夜が呼び止めた、と言うこと。
「ああ、その前に――羽叶さん?」と何故か柔らかい声で。
くるりと、その声音も理解せぬままに振り向くと。
先ほどは触れなかった唇が、羽叶の唇へと触れた。
お互いの熱がお互いの上で、溶けた。

「―――!?」

あまりの急な出来事に息が切れる。
さっきは寸止めで止めたくせに何で今になって?とも思う。
だが相手は口をはさませる余裕も拳を振り上げる余裕も見せないままに「じゃあ」と言い羽叶とは逆方向へ歩いていった。
立ち去る後姿を見ながら唇を強く拭う。
唇が切れてしまうのではないかと思うほど、強く


「――くそったれ、あの……阿呆」

解らない。
解らないのに何故か、この言葉が出てくるのが不思議で。
何を考えてるかも解らない響夜にも腹が立つ。

もう一度、羽叶は呟く。

「くそったれ。今度逢ったら――その面、張り倒してやる!」

出逢いはいつも突然で、また必然とも偶然ともつかぬもの。
ならば必然と思えるように。
印象深く残る出逢いも、またあるべきか。





―END―