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<東京怪談ノベル(シングル)>


夏の対策

「あんたって奴は……詐欺師も同然だな」
「………俺が何をしたっていうんだ」
 自分こそ被害者だという主張、声のトーンに込める彼だが、
「買い換えないあんたの責任だろ」
 客は紛れもない事実を突きつけた。しかしこの建物の主は、「お前の為の機器じゃない」取り合わない。
 この事務所が成り立ってるのは俺達のおかげだろう――
 という短い台詞も、口から出す気力も無くなる状況、暑い夏。
 最早サウナと化したソファの上、汗をしとどと掻きながら、ライは今にも沸騰しそうな麦茶を左手で掴み飲む。氷の冷たさと茶のぬるさが混ざって、爽快とは言い難い。
 全くもって騙された。ライは灼熱地獄から抜け出すために、冷房天国へ訪れたのだ。しかしドアの向こうからライに吹いたのは、涼やかなる蒼き風では無く、むわっとした生温い空気。蒼き風製造器、クーラーがぶっ壊れていたのである。
 かといって疲労した肉体は海渡る翼、何処であろうと、一休みせねばのたれ死ぬ。冷たい飲み物を所望して、なんとか急を凌ごうとしたが、まさしく焼け石に水である。
「こんな所に居続けて気が狂わないのか?」
 グラスと一緒に顔を横向きにテーブルへ置きながら、大好きな煙草の火すら遠ざける、草間武彦にそう聞けば、
「俺だって喫茶店に逃げたいが」そう言って、「あいつの手前な」
 草間は妹を指さした。汗をぬぐって、部屋を掃除する子。確かに置いていくのは。
「……一緒に抜け出すという選択は?」「この時期に事務所を開ければ、解るだろ?帰ってきた時には依頼書が山だ」
 つまり、「仕事するしか無いって事だ、クーラーを買う為にもな」
 そう言って彼はテーブルの上、ライ向けの仕事の話を横一列に並べた。しかしもともと休みに来ただけ、彼は依頼書に目を向けず、草間の声も耳傾けず、たれぱんだのようにだらーっと。
 貧弱男に草間、呆れたように、「そんなに暑いのが駄目なら、氷の悪魔でも呼び出せばいいだろ」
「あのな、草間」ライ、顔を上げて、「そんな事の為に使える訳」
 顔を、「……どうした?」上げると、
 そんな事の為に使うのにうってつけなのが、バケツで鴉の行水をしてた。


◇◆◇


☆ 夏の対策その一 扇風機 ☆

「……銘打ったのはいいが、なんでくちばしを縛ってるんだ?」
「喋られるとうるさいからな」
 ライの言葉通り、普段首にかけてる伸縮自在の輪で口を結ばれた使い魔の鴉、ソファの上に吊るされて。抗議するように翼をばたばたとはためかせば、
「結構風が来るな」
 羽が興す風は音が伴うものの、充分に彼等の肌を涼で潤す。弱くなれば風量調節、くちばしに悲鳴をあげさせればいい。
 風ノ下にてやっと笑える余裕をもって、草間が切り出した仕事にも、と、
「肉体労働系はお前向きじゃないしな」
「古本の整理だったらいくらでもやるが」「さぼるだろ、お前」
 言葉交しながら相談を始めたが、すぐに、
「……ん………」
 風が来なくなる。
 しかし羽音はしっかり聞こえてる、寧ろさっきよりも大きく。
 となると矛先の問題か―――ライが上を見上げる前に
 目に入ったのは、草間の妹の、
 足下がやけにゆらめいているの。
 ………スカート。
 血走った目で風を送る鴉の停止ボタンを押した。(ぎゅうっと


◇◆◇


☆ 夏の対策その二 クーラー ☆

「電気代は大丈夫なのか?」「クーラーを動かしてない分プラマイゼロだろ」
 その言葉は疑問を覚えるが、ライはそれ以上追求しようとしなく。さっきよりも涼しいのだ―――
 冷蔵庫の扉をあけて、冷気を風にして運ぶのは。
 と言っても、草間の妹が出かけなければ、こんな真似は出来ないけれど。
 ともかくも、「割が良いのはこれだが」「ああ、この手の経験は」 さっきよりも格段に快適な環境で、再び仕事の話を始める二人。不満はこの時辞書から消え失せ、
 が、
「……なんか臭わないか」
「………ああ」
 笑みにすら届きそうな顔が、不快に転じ。原因は、直ぐ解る。
 冷蔵庫の奥に生物ごと閉じこめられて、機嫌が良くなる鳥が居るはずもなく、
 鴉は、納豆の香りをばたばたと。
「……レモンとかミントは無いのか、草間?」
「問題はそれよりもあの鳥だと思うが」


◇◆◇


☆ 夏の対策その三 かき氷 ☆

 鴉への仕置きは考えたが、こちらにも非があったので、お咎め無しで冷蔵庫から出る鴉。二人ならずっと入っていたいものだが。
 そして本人の(強制的な)無言の抗議に仕方なく、クチバシの輪を元の首にかけた途端、妹さんが帰ってきた、その手に下げるビニール袋には、かき氷。がしがしと喰らう二人である。なお鴉は殊勝な少女に、冷え冷えな俺を胸の中にとか言って飛びかかろうとしたので首を絞めた。喋られるとうるさいので息の根を軽く止めて。
 イチゴ味をあっという間にたいらげると、草間は息吐きながら天井を見上げる。とりあえずは生き返った、が、すぐにこの部屋の現状が彼を襲った。
「今日中になんとかしないと、死ぬかもしれないな」
 それは冗談では無い本気の言葉である。死体になった後干上がってミイラとなっては、自分が忌み嫌う怪奇探偵という名に、ますますふさわしくなってしまう。だが、金は無い。
 働かざる者涼しくなるべからずか、やけくそ気味に苦笑しながら、草間はライをみつめた。「で、やれそうな仕事は」
 その願いに応えるよう、メロン味を食べ終えたライ、
「これならやってやる」一枚の依頼書を草間に手渡す。

 【電器屋に取り憑いた霊の対処】

「おあつらえ向きだな」
 かき氷で得た一さじの涼を使って立ち上がる草間、大して、ソファに沈んだ侭のライ、「あんたが行くのか?こういう仕事は嫌いなはずだろ」
「報酬を現物で支払ってもらおうと思ってな」
 それに、
「肝試しなら夏に合うだろ」
 なるほどと納得して渾身の力で立ち上がるライ、うるさい鴉は置き去りにして、草間事務所の玄関を開ける。――夏の日差しと蝉の鳴き声
「………辿り着くぞ」
「ああ……」
 酷暑の峠さえ乗り越えて、誰もが望む天国へ。夏休み子供が電気店に多いのは、この夏最新の冷房機器に囲まれて、テレビやパソコンを楽しめるから。
 まさにデパートに続く庶民にとっての避暑地なのだ。草間事務所から歩いて数十分、依頼者の店が見えてきて、二人並んで自動ドアを開ければ―――


◇◆◇


☆ 夏の対策その四 肝試し ☆

「ああ、やっと、やっと来てくれましたかっ!」
 二人を出迎えたバーコードハゲの親父は、汗だくである。しかしそれも当然、夏であるのにこの店のエアコン、
 全て熱風を噴き出していた。
 扇風機も回ってるが生暑い空気をぐるぐるとかき混ぜるだけで疲労困憊の二人に容赦なく吹き付け、「お願いします二人ともっ!なんか絵に描いた様な幽霊がやってきて、この店をお化け屋敷にするってそれで生暖かい風を―――」
 説明を聞き終わる前、二人して倒れたのは言うまでも無い。