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<東京怪談ノベル(シングル)>


今、この瞬間から

体育館内。
ボールが高くはねる音が響く。
応援側からは「まわれ! 抑えろ!」と言う声と――手を強く握り見守るマネージャー達。
ぴん、と張り詰めたような空気。
この瞬間が、天樹・火月は大好きだった。
背は低い、身体も小さくてバスケには不向き。
このように称される事が多い火月。
実際試合に出たら「そんなんでバスケが出来るのか?」と対戦相手に言われる事もある。
だが、逆を返せば。
身体だけではない、小回りがきく戦力にもなりえると言う事だ。

そうして、今。

それらを裏付けるような行動を火月は起していた。

身体が高く、跳躍する。
手に持ったボールをゴールへ叩きつけると――わっ、と歓声がわいた。

その声ににっこり微笑む火月。
まるで――そう、犬のように無邪気で人懐っこい微笑で。

だが、この微笑も人懐っこいと言われ皆に可愛がられる性質も。
全ては火月本人が望んだ事。
――違う己になろうと、心を壊されたあの日から。


***

ここから火月の過去へ少々話は遡る。

彼が、ふと気付いたとき…全ての世界は赤く染められていた。
自分の指すらも動かない…室内で、辺りを見渡す。
紺のポロシャツが見えた。

(……お父……さん)

力なく倒れ瞳は信じがたいものを見たかのように見開いている。
その姿があまりにも、生前のお父さんと繋がらなくて、また視線を横にずらす。
熊のぬいぐるみ。
確か…あれは、お母さんが妹の誕生日に買ったものだったはずだ。
だが妹は床の何処にも居ない。
不意に壁に見慣れない何かを見たような気がして――瞳を凝らすと。
壁に突き刺さった妹の、いや…妹らしい、塊があった。
あまりの仕打ちに火月の瞳から涙が滲んだ。
それをどうにかしたくて瞳だけを瞬かせる――、一筋の涙が頬を伝っていく。

(―――あんまり、だ………)

何をした?
自分たちが一体何をしたというのだ。
何故、この様な仕打ちを受けなければならない?
理由があると言うのなら――教えて欲しい。

『俺たちが……何をしたのか、を』

手に力も入らない。
自由に動くのは瞳だけで、耳すらも雑音がこびりつく。
こんな風な自分を見たら、お母さんはどう思うだろう。

…お母さん?

そう言えば、お母さんは無事だろうか……お父さんも妹も駄目だったけれど…………お母さんだけは。
…お母さんだけは。

萎えた手足を叱咤するように立ち上がる。
かなりの時間をかけて父親のそばへ行き瞳を閉ざしてやる。
少しは、生前のお父さんの様な顔に見えてきて漸く火月も安心する。
だが、その父親の影に隠れるようにある小さなものを見た途端に。

火月の望みは、一息に砕かれた。
いいや、逆に言えば無理だと知っているからこそ母親にだけは逃げて欲しかった、と思ったのかもしれない。
父親の影に隠れるように――母の小さい身体が横たわっていた。
母親の身体は逃げられぬように足をまず切られているかのようで。

もう、火月には叫ぶ気力すら残されていなかった……そして、その瞬間。

火月の心は壊れた。

愛すべき肉親全ての死とそれによる自身の能力の顕れ――生き残った自分自身を赦せず、また何故にこの様なことが起こりえたのか。
問いは問いのままに、心に一つの部屋を作って火月は、眠った。

再び、自分の意識に気付く事が出来うる日まで。


***


そして、現在(いま)

色々な人の手助けがあり火月は目を覚ませるまでに至った。
起きた瞬間に思った事は、まず人を愛せるように願う事だった。
愛しい人たちが死んでしまった今、火月には誰か「大事な人」が必要だったのだ。
自分の心の穴を埋めるために、そうして本当に自分自身が、大丈夫になるまで。
ちゃんと立てるようになるその日までを生き抜くために。


(…だから――俺は今、ここに居るんだ)


取り上げられようとするボールを誰かへパスしようと投げる。
信頼しているバスケ部の人物へと手渡される、それ。
そうして火月は俊敏な動きで4人のガードを抜きゴール近くまで駆け抜けていく。
誰かが渡してくれるだろうボールを待ち、点を入れようとしてただがむしゃらに、邪魔をされまいと。

何処かで、声。
振り向くと自分へ来るボール。
あとはもう何も考えずに意識はゴールへ叩き込むことしか考えない。
点が入る。
またこの中に居るメンバーへと微笑う。
ありがとう、の感謝を込めて。

人と接し想いを伝える強さ。
大切なのは想いを伝える事…人の幸せは人との関わりの中にある…起きてから、誰かにそう教わったから。

全てが消えたとき――大好きだよって、言えなかった事に後悔した。
優しい両親。
小さくて、何にも変えられないほど可愛くて愛しい妹。
消えてしまってはもう言葉を伝える事など出来ない、けれど。

けれど、まだ――大事な人たちがそばに居る。
そのことが酷く嬉しくて幸せで。
だからこそ、無くしたくはないと素直に思える日常がある。

……まだ、大丈夫。
もう二度と壊す事も……壊れる事もない。
だって俺はこうしてちゃんと笑えるから。
言葉を思いのままに、伝える事もできるから。

俺だけの色、俺だけの思いも――絶対に、消さない。

今日も好きな人達に想いを伝えられる様に。
今、この瞬間から。
いつでも、歩き出せるよう。


それだけが今の俺が望む、たった一つの事。





―END―