コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


尾根崎心中【SIDE:A 後編】
●オープニング【0】
 都内某所、尾根崎山の山中を源流とする尾根崎川で青年と少女の水死体が見付かったのは約1ヶ月前、関東地方が梅雨入りして間もなくの朝から強く雨が降っていた日のことだった。尾根崎川に架かる皆家橋のたもとに、その水死体が流れ着いていたのだ。
 青年の名は油井徳平、そして少女の名は小鳥遊初音。発見された時、増水し流れが速くなっていたにも関わらず、徳平が初音の身体をぎゅっと抱き締めていた状態だったそうだ。
 そんな発見時の状況などと、2人の交際が互いの両親に反対されていたこともあり、警察は心中事件として処理を行った。
 だがそれに納得出来ない初音の父親、小鳥遊弘が草間興信所に調査を依頼した。初音が徳平に道連れにされたことを証明してくれと。
 気が進まない様子の草間武彦から頼まれ、手分けして調査を引き受けた一同。しかしいざ調査をしてみると、どうも2人は安易に心中を選ぶような人間ではなかったことが分かってくる。
 皆家橋に不思議な言い伝えがあったり、2人の心中事件以降に幽霊だか幻だかを見たという話もあったけれども、依頼主が望むような話は出てこない。
 疑問はあるものの本当に心中なのかもしれないという思いが強くなってきた時、新たな展開が起こった。尾根崎川で、青年と10歳くらいの少女の水死体が別々に見付かったのである。
 いったい尾根崎川で何が起きているのか――その真相を暴くことは出来るのか?

●情報整理【2】
 草間興信所――そこには草間、真名神慶悟、海原みなも、シュライン・エマの4人の姿があった。
 といっても、4人で同じことをしている訳ではない。草間と慶悟は、思案顔で煙草をふかしている。みなもは朝刊に目を通していた。そこには昨日新たに発見された2人の水死体についての記事も掲載されていた。
 で、シュラインはというと、誰かと電話で会話をしていた。
「そう、そっちでもなのね。分かったわ、どうもありがとう」
 と言うとシュラインは電話を切り、手元の書類に何やら書き込んでいった。
「……どうだったんだ?」
 灰皿で煙草を消しながら、草間がシュラインに尋ねた。
「同じよ。桜井くんの方も、熱に弱いんですって」
 書類にペンを走らせながら、質問に答えるシュライン。今の電話の相手は桜井翔であった。
「宮小路さんの方でも同じ話があったし、啓斗が調べてもらった粘液も未知のバクテリアだっていうし、新たな2人の被害者からも未知のバクテリアは検出されていて……これだけ状況証拠あれば、同じバクテリアって言い切っていいかも」
 今日のシュラインは、情報整理に徹していた。翔や宮小路皇騎、守崎啓斗らを始めとして連絡を取り、データや書類としてまとめていたのである。
「産業廃棄物等でか……変異したバクテリアが犯人か……」
 それまで無言だった慶悟が口を開いた。以前の『すいきょうさま』事件にも似た部分があることから悩んでいたのだが、集まってくる情報を聞いているとバクテリアに原因があるのだろうと、考えが傾いていた。
「だが、産業廃棄物があるなんて話は聞いていないな」
 草間が慶悟に言った、草間も草間なりに、調べているようである。
「あの……こういう考えは得意ではないのですが」
 みなもは新聞から顔を上げ、そう前置きしてから話し出した。
「尾根崎山中に落ちてきた光る物体、連続の水死体、自殺するはずがない人たちの『自殺』。そっち方面で単純に考えると、川には宇宙人さんが居て、人を落として殺している……と」
 言いながら苦笑いを浮かべるみなも。自分で言いながら『これはどうなんだろう?』と感じているのかもしれない。
「ええっと……そうすると、他の話も合わせるとこうかしら? 尾根崎山に啓斗を襲った未知のバクテリアを身に持つ物体が落ち、山に居る霊を捕食し川へと這いずり移動。熱に弱いみたいだから、梅雨とこの気象で移動出来たのかも。後に、川の中から猫や犬、そして人などを引きずり込み霊体摂取……とか。たまに目撃されていた幽霊は、分解などの残りカス?」
 まとめようとするシュライン。が、途中何度か首を傾げながらの言葉なので、自問自答している部分もあるように感じられる。
「懐かしいな、あの映画……」
 遠い目をする草間。そういえば似たようなシチュエーションの映画があった気も。
「水に入った者を敵と見なし攻撃するのは間違いなさそうだ。戸隠も守崎も水に居て襲われたのだから」
 ぼそっとつぶやく慶悟。正体はどうあれ、これは確かだろう。
「……早く決着をつけるべきだろうな」
 草間は椅子から立ち上がると、どこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、麗香か――?」

●嵐の前の【3A】
 日が落ち、夜を迎えた尾根崎川。そこに架かる皆家橋の上流、両側の土手には合わせて20人近い人間が集まっていた。川には7つ前後だろうか、ゴムボートが連なって固定されていた。両岸をこれで渡ることが出来そうだ。
 一方の土手には、黒の曼珠沙華の浴衣に身を包んだ少女が居た。海原みそのである。みそのは灯篭の乗せられた小船を片手に抱えていた。いわゆる灯篭流しのあれだ。
 みそのの近くには、戸隠ソネ子や御崎月斗、神谷虎太郎に十桐朔羅、それから守崎啓斗の姿があった。啓斗の足元には、何が入っているのか小袋がいくつも並んでおり、その間を縫うように蛇が這っていた。
 朔羅の前にはサーモグラフィーがセットされており、それを見ている朔羅と虎太郎に啓斗が二言三言何か話していた。この様子では啓斗が調達してきた物を、2人に代わって見てもらっているようだ。
 もう一方の土手には真名神慶悟や藤河小春、海原みなもに沙倉唯為といった面々の姿がある。そこから少し離れた場所には花房翠や天薙撫子、シュライン・エマ、宮小路皇騎、神崎美桜、桜井翔、それから草間武彦や碇麗香の姿があった。
「あれなら移動は出来ると思うけど」
 ゴムボートを見て言う麗香。どうやらあれは麗香が手配した物のようだ。そのゴムボートの写真を手にしたカメラで撮っているのは翠である。フリージャーナリストとして、これから起こる出来事をカメラに収めようというのだろう。
 そうこうしているうちに、みそのが灯篭の乗せられた小船を地面に置き、静かに川の中へと入っていった。それに呼応するかのように、反対側のみなもも川の中へと潜ってゆく。
「話し合いをするとか言っていたな」
 吸っていた煙草を携帯灰皿で消しながら、説明をする草間。話し合いで片がつくのなら、まだその方がいいだろう。が、決裂したのなら……取るべき行動は1つとなる。
「何をしているんだ?」
 草間たちの背後で、男の声がした。振り返ると何故かそこには小鳥遊弘が立っていた。
「あー、いや……そちらこそ何を」
「わしは……何故かよく分からんが、ここに来たくなって……!」
 草間の問いに答えている最中、小鳥遊は大きく目を剥いた。
「馬鹿油井……どうしてここに!!」
 小鳥遊の怒鳴り声にはっとして見ると、別の方向からやってきたのか、何故か油井正明がそこに居た。
「それはこっちの台詞だ、馬鹿小鳥遊!! 私は何故か足がこっちに向いただけだ!! お前が居ると分かってたら、来るはずないだろう!!」
「何をっ! 貴様ぁっ……!!」
 小鳥遊は油井に向かい、つかみかかろうとした。油井も小鳥遊のその行動に黙っているはずがない。
「やる気か!!」
 たちまち揉み合いとなってしまう2人。手が出始めた所ではさすがに放っておく訳にもいかず、草間や翔、皇騎や撫子らが2人を引き離そうとする。が、2人の腕が絡んでいたりして少し手こずっている。
 呆れ顔のシュラインや麗香。翠はフィルムの無駄かもしれないと思いつつも、とりあえず1枚だけその光景を撮っていた。
「……いい加減にしてください」
 美桜の声が聞こえてきた。途端に2人の揉み合いが止まった。別に美桜は叫んだ訳ではない。しかし、この言葉には強い意志が感じられた。それを感じ、2人は揉み合いを止めたのであろう。

●水中での出来事【3B】
 水中に潜ったみなもは、人魚姿で姉のみそのの居る方へと泳いでいった。といっても、普通に泳いでいる訳ではなく霊水で作った鎧を身にまとっていた。これにより外部干渉から守られるはずである。……これから話し合いをしようとする相手が洒落にならない力を秘めていなければ、だが。
 みそのは入った場所からほとんど動いていなかった。まあ、泳げないのだからそうなるのも仕方ないだろう。漆黒のごとく黒い髪が、川の流れでゆらゆらと揺らめいていた。
 姉妹揃った所で、相手が現れるのを待機する2人。少しして、川の中の気配が変わったような気がした。次の瞬間、少し先に『何か』が現れた。
 『何か』が居ることは感覚として分かる。けれども……2人には『何か』が見えなかった。
「確かに向こうに居るようなのに……」
 みなもがじっと目を凝らしながらつぶやく。見えないということは、水の化生であるのか、それとも透明なのか?
「居ることは分かっているのですから、話し合いは出来ますよ」
 一方みそのは落ち着いたものだった。居ることは分かっているのだから、話し合いをすることは無理ではない。
 『何か』に対して話し合いを求めようとするみその。けれども『何か』からは何も返ってこない。それどころか――。
「……こちらを敵と見なしたようですね」
 静かに言うみその。気配がさらに変わったのだ。どうやら話し合いすら無駄の、本能だけの化け物だったようだ。
「みそのお姉様!!」
 気配が変わったことは、みなもも感じていた。そして、徐々にこちらへ近付いてきていることにも。みなもはみそのを先に水中から上げるべく、みそのの腕をつかんだ。

●出現【4】
「微妙に温度が違う……」
 サーモグラフィーを覗いていた朔羅は、川の中の温度の様子を見て言った。みなもやみそのの居る場所は別として、それ以外の場所で不自然に微妙に温度が違う部分があったのだ。しかも、それは移動している。
「見て、あれ!」
 シュラインが川を指差した。ちょうどみそのがみなもに押し上げられながら、月斗たちが居る川岸に上がる所であった。
「話し合いにもなりませんでした……応じる姿勢が全く見られなくて」
 上がって早々、みそのはそうつぶやいた。それを聞いた虎太郎が、手で大きくバツを作ってみせた。その間に、みなもも川岸へ上がる。話し合い不成立ということが、反対側の面々にも伝わった。
 その瞬間、反対側に居た慶悟が川の中、遠くへと何かを投げ込んだ。霊峰富士の土――至上の土気を撒き奉じたのだ。水中に潜む『何か』を封じるために。そして同時に予め用意していた桧をも燃やした。
 すると、月斗たちの居る方に近い川の中から、『何か』が一気に姿を現した。それはまさしく巨大なアメーバと言ってもよい生物であった。
「見たままだな……」
 その『何か』の姿を、翠がしっかりカメラに収めてゆく。
「こいつか!!」
 これが自分を襲った奴だと認識し、思わず啓斗は叫んでいた。粘液を出して当然の奴だ。
 慶悟は『何か』に向かって、式神十二神将の騰蛇と青竜に禁呪の行使を命じ、捕縛を同時に仕掛けさせた。それは効果あったようで、『何か』の動きが止まった。月斗がそれを見逃さなかった。
「今だ行け、珊底羅!!」
 すると、啓斗の近くを這っていた蛇の姿が瞬時に変わり、人型へと変貌した。蛇は護衛としてつけていた式神十二神将、巳の珊底羅だったのだ。
 『何か』は珊底羅により、一瞬にして両断された。途端に『何か』は、氷が溶けるがごとく多量の水滴と化して川の中へ落ちていった。
「やったぜっ!!」
 指をパチンと鳴らし、喜ぶ月斗。これで全てが終わったかと思われた。
「これで心中ではないことが証明出来たかと」
 翔は油井の方に向き直って言い放った。油井は口をへの字に結んでいた。
「しかし……これで本当に終わったかどうか」
 神妙な表情でつぶやく皇騎。その口振りは、まだ『何か』が残っているかのようだった。
 その言葉を裏付けるかのような事態が、直後に起こった。

●悔いる者、悔いぬ者【5A】
「ちょっと、あれって……」
 シュラインは目を疑った。中央のゴムボートに何かが這い上がってきたのである。翠のカメラのシャッター音が辺りに響いた。
「初音!!」
 小鳥遊が叫んだ。そう、それは初音の姿をしていたのだ。けれども初音ではないことは誰の目にも明らかだった。何故ならその初音は、半透明だったのだから……。
「初音ぇっ!! わしが悪かった……馬鹿油井の息子だということにこだわってたばかりに……」
 しかし今の小鳥遊には判断がつかないようで、涙を流しながら降りてゆこうとするのを撫子や草間が押さえていた。
「いい青年らしいことは分かってた! しかし……しかしぃ……うっ、うっ……」
 その場に膝をついてしまう小鳥遊。
「もっと早く意地を張るのを止めていたらな……」
 溜息混じりにつぶやく草間。もっともな言葉だ。
「……油井さん。もし初音さんが、小鳥遊さんの娘でなければ同じようなことを思っていたんですか?」
 皇騎が何気なく油井に尋ねた。しかし、油井の言葉は耳を疑うようなものであった。
「……ふん。真面目な息子に手を出してきたんだ。馬鹿小鳥遊の娘でなくとも、反対してたろう。もっと相応しい相手など、私がいくらでも見付けてやったものを……」
 本心なのか、それとも意地を張り続けているのかは分からない。だが、人間性を疑われても仕方ない発言だった。
「…………!!」
 美桜が油井に何かを言おうとしたが、一旦ぐっと飲み込んだ。上手く言葉が出てこなかったのかもしれない。
 その間に初音の姿をした『何か』は、一瞬徳平の姿になった後、また初音の姿に戻っていた。
「行くぞ!」
 日本刀『緋櫻』を手にした唯為は、初音の姿をした『何か』にゴムボートを渡って向かおうとした。反対側からは、小袋を2つ抱えた啓斗が向かおうとしていた。が――。
「待った!」
 サーモグラフィーを見ていた朔羅が啓斗を呼び止めた。先程と同じ状態が画面に表れていたのだ。
 寸前で足を止める啓斗。その時、唯為はすでに1つめのゴムボートに乗っていた。
 その時、唯為の前に新たなアメーバ状の『何か』が立ち塞がった。それに呼応するかのように、啓斗たちの前にも同じくアメーバ状の『何か』が現れた。
「おおっ!?」
 進もうとしていた足を止めた唯為は、後方へと戻り飛ぶことで目の前の『何か』の攻撃を避けることに成功した。
 一方、啓斗たちの前に居る『何か』の下部には髪の毛が縛るかのように絡み付いていた。ソネ子が『何か』を絡め取っているのである。
 啓斗は小袋の1つを『何か』に投げ付けると、すぐさま小袋に手裏剣を投げた。小袋が破れ、白い粉が『何か』に降り注いだ。
「啓斗、今のは?」
「生石灰だよ! 今度はガソリンだ!」
 月斗の質問に答えながら、続け様にガソリンの入った小袋を投げ付ける啓斗。今度は啓斗が手裏剣を投げる前に、小袋が破裂して『何か』にガソリンが降り注いだ。虎太郎が、魔除けとして懐に忍ばせていた独鈷を用い、居合いで生じた衝撃波で小袋を破ったのである。
「仕上げだ!」
 バラバラと懐から取り出した何かを投げ付ける啓斗。同時にソネ子は『何か』を髪の毛の縛めから解き放っていた。すると――炸裂する音と同時に『何か』が突如炎上したのである。
「今ノ……ナニ?」
 ソネ子が啓斗に問うと、短い答えが返ってきた。
「炸裂弾!」
 炎上した『何か』は苦しんでいるように見えた。虎太郎はそんな『何か』に対し、居合いで衝撃波を生じさせた。まさしく一刀両断だった。
 唯為の方でも似たような状況になっていた。咄嗟に駆け降りてきた撫子が、妖斬鋼糸を放って『何か』の動きを一瞬止めたかと思うと、さらに慶悟が先程同様に式神たちに命じて『何か』の動きを止めたのである。こうなると、唯為のやりたい放題だ。
「おおおおおおおおおっ!!」
 気合いを入れた唯為は、『緋櫻』を抜き放ち一太刀、また一太刀と『何か』に斬り付けてゆく。そして三の太刀を叩き込んだ時、唯為の目の前の『何か』の生命は終わった。
 残るは初音の姿をした『何か』だけだった。

●これで、終わり【6】
 初音の姿をした『何か』は両岸を見回した後、草間たちの居る方の川岸へ向かって大きく飛び上がった。まさにひとっ飛びといった所だが、異変が起こった。
 上空で初音の姿をした『何か』は、ぴたっと制止してしまったのだ。見れば眼鏡を外した翔が、まるで睨むかのように『何か』を見ている。どうやら、翔の強力な念動力によってその場に留めているようだった。
 その時、川から新たに現れた生物があった。『何か』がまだ残っていたのかと思い身構えた一同だったが、そこに居たのは7メートルもあろうかという、銀の西洋龍であったのだ。
「……映画のスチールと言っても通じそうだよな……」
 とか何とか言いながら、翠は新たに現れた銀龍の姿をも写真に収めていた。
 姿を見せた銀龍は少し空気を吸ったかと思うと、『何か』に向かって口から炎を吐き出した。
 一瞬にして炎に包まれる『何か』。炎が消えた時には、もう『何か』の姿はどこにも見当たらなかった。
 銀龍は再び川の中に潜り姿を消した。辺りがしんと静まり返る。その状態がしばらく続いたことが、もう『何か』は居ないのだということを表していた。
「初音……初音ぇ……わしが悪かった……ううっ……うっ、うっ……」
 小鳥遊は何度も何度も地面を叩きながら、泣き続けていた。心から反省している様子は明らかだった。しかし油井の方はというと――。
「あいつだ! あいつだな! 息子を殺した奴は……ははっ、あいつが殺したんだ!! やったっ、息子の仇を取ったぞ!!」
 反省の言葉はまるで聞かれない。そんな油井に美桜がつかつかと歩み寄り、腕を握った。美桜は自分が感じた初音と徳平の悲しみの感情を、油井へと流し込んだ。
「ははっ……ははっ……あいつが殺したんだ……あいつが……」
 けれども相変わらずの様子の油井。笑っている。
「違います」
 美桜は静かに頭を振った。
「あなたたち……いえ、あなたが2人を殺したんです」
 小鳥遊は遅きに逸したとはいえ、最後に自分の行動を悔いた。だが油井からはとうとう最後までそんな言葉が聞かれなかった。
「はははっ……あいつ……あいつなんだよ……はははははっ……はははははっ……」
 ……どうも油井の様子がおかしい。
「わはっ……わははっ……あははははっ……あーはっはっはっはっ……」
 壊れたCDプレイヤーのごとく、笑い続ける油井。目は虚ろ、正気でないことは見て分かる。皇騎が深い溜息を吐いた。
 みそのは灯籠の乗った小舟を川へと浮かべた。灯籠は何かに導かれるかのように川の中央へと行き、皆家橋を越えて下流へと流れてゆく。灯籠の光は次第に小さくなっていった。
 草間や麗香、シュラインはそんな油井に対し哀し気な視線を送っていた……。

●後日談【7】
 事件解決数日後、草間興信所。
「とんだ事件だったな」
 草間は溜息を吐いてから、カステラを口に放り込んだ。
「溜息を吐くか、食べるかどちらかにした方がいいと思うが」
 朔羅が茶を手に草間に忠告した。
「……放っといてくれ」
 憮然とした様子で言い返す草間。唯為がニヤニヤ笑っていた。
「図星だったようだな」
「みたいね」
 くすくすと笑うシュライン。話を変えるかのように、草間がシュラインに尋ねた。
「それよりも、様子はどうだったんだ?」
「そうね……かなり落ち込んでたけど、何となくあの夜の時より雰囲気変わった気も」
 シュラインは今回の事件についてまとめた報告書を、小鳥遊の家に届けに行っていた。皆で今食べているカステラは、その際にもらってきた物である。
「最後に『迷惑かけた』って言ってたし」
「……覆水盆に返らず。だが、悔い改められるだけまだましなのかもしれないな」
 口に残っていたカステラを飲み込み、慶悟が言った。
「悔い改められず、壊れてしまった方も居るようですしね」
 虎太郎が茶に口をつけた。誰のことを指しているかは言わずもがな。
「……今回の顛末は、アトラスに載せるみたいだな」
「ああ。今朝記事の第1稿送った所さ」
 草間の言葉に頷く翠。恐らく色々とぼかさなければならない部分は出てくるだろうが、記事の掲載は麗香の決定事項であった。
「結局、殺された方々を復活させる術はなかったみたいですね」
「……どうも魂を食べられていたようですから。悲しいことですけれど」
 みなものつぶやきに、撫子が悲し気に言った。
「なーに、魂はなくとも天国に行くだろうさ……慰めにもならないが」
 草間の言うように慰めにはならない。が、そうであると信じたい。心中などではなかったのだから。
「……そういえば」
 草間はふと小春の方を向いた。小春はカステラを頬張っている最中だった。
「ふ?」
「あの時、途中で姿なかった気がするんだが……気のせいか?」
「ふぐっ!!」
 草間の不意の言葉に、小春は思わずカステラを喉に詰まらせてしまった――。

【尾根崎心中【SIDE:A 後編】 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0523 / 花房・翠(はなぶさ・すい)
            / 男 / 20 / フリージャーナリスト 】
【 0579 / 十桐・朔羅(つづぎり・さくら)
                  / 男 / 23 / 言霊使い 】
【 0733 / 沙倉・唯為(さくら・ゆい)
                   / 男 / 27 / 妖狩り 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)
                  / 男 / 27 / 骨董品屋 】
【 1691 / 藤河・小春(ふじかわ・こはる)
                   / 女 / 20 / 大学生 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせして本当に申し訳ありませんでした、ようやく梅雨明けです。後編、ここにお届けいたします。
・元ネタは……複数ありますが、あえて言う必要もないでしょうね。ちなみに危険度で『6』なんて数字が出てましたが、冗談抜きに今回の依頼って危険だったんですよ。
・ちなみに皆家橋、『みなげばし』とも読むことが出来るって気付いてました?
・海原みなもさん、8度目のご参加ありがとうございます。その考えで合ってます。ただ殺すのは、『食事』の意味合いがあった訳ですが……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。