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<東京怪談ノベル(シングル)>


夏名残―街歩き道中―

みーん、みーん…とセミが所忙しく鳴く夏。
まったりととある神社でぼんやりしている少女が一人。

「……暇なのじゃ」

ぼそり。
少女は夏の陽射しが降り注ぐ外を見た。
セミは鳴いていても何処に居るか解らない。
しかもだ。
七日間で死んでしまうのに、何故か鳴き声は絶える事がない――不思議なものである。

椿・茶々はむぅ、と首をかしげる。
それだけ沢山のセミが居る様にも見えないのに、と。

(色々と不思議と言うのはあるものなのじゃ……)

そして茶々は何を思い立ったのか、立ち上がると霊体のまま――外へとでた。
ペットを連れて行こうかと迷いながらも「妾とて一人で散歩出来るのじゃ☆」とにこにこ微笑みながら。

さあ、今日は一体どういうものに出会えるだろうか?
茶々の散歩と言う名前の道中の始まり、である。

***

陽射しから、少しだけ夕暮れの匂い。
茶々は歩道を歩き歩き、道行く人たちを観察する。
薄い布地の着物。
足や腕を、惜しみなく出す人々に――商店街のおじさん、おばさんがたは大声で商品を売り込んでは
道行く人々の興味を誘う。

普通に『今』を生きる人であれば当たり前すぎる風景。

でも茶々にしてみたら、自分が住んでいた時代とはあまりに違いすぎて首を傾げてしまう。
昔は――出かける、ということが一つの行事だった。
欲しいものがあれば文書を送り取り寄せると言うのが当たり前だったのだから。
かしずかれ敬われる位置に居て――今のようにこうして散歩に出かける…と言うのですら出来なかった。
常に供もついて独りになれる時間すら皆無で。

どちらがより不自由だ、とか不自由ではない、と言う様なそう言う問題ではなく。

昔を懐かしみ、今を思う。
その感慨がとてつもなく、心地よい。

(人は不自由を知らねば自由を知る事もできぬのじゃ…おお、名台詞じゃな…今度柚稀に教えてやるのじゃ♪)

ちなみに柚稀とは茶々の神社に居る狛犬の事である。
「ふわふわで可愛いのじゃっv」とは茶々の談。

少しずつ、だがゆっくり空の色が優しい青へと変わっていく。


***

「……あれ?」
「どーした?」
「え…今何か女の子とおらなかった? 小さくって着物姿で…髪が凄く長い子」
「いーや? 錯覚だろ?」
「そう、かなあ………」

茶々が通り過ぎた瞬間のアベックの会話。
まだきょろきょろと辺りを見渡す彼女を気遣うように男はその場所を後にする。
が、茶々にしてみたら、
「なんじゃ、今の"かっぷる"共は……妾が歩いていて何の問題があると言うのじゃっ!!」てな気分である。
まあ確かに霊体になって歩き回ると言うのは滅多にない…と言うよりあまりお目にかかれないから
きょろきょろと見渡す彼女の気持も解らないのではないのだけれど。
茶々にしたらこの姿での散歩の方が能力を消費しないので楽なのだ。
しかも実体化すると道行く方々に「こんなところまできちゃ駄目でしょ?」と止められたり、「お父さん、お母さんは何処かなー?」と聞かれたりっ。
「妾の父上と母上はもう既にあの世じゃ」と正直に言ったときなど「可哀相に…」と頭なでなで攻撃まで喰らってしまった。
それらを思い出し…むぅ、と唸りを上げそうになった時。
目に飛び込んできたのは着物、だった。

どうやら呉服問屋のようだ。
おくする事もなく茶々は店内へと足を踏み入れる。
様々な着物があり、帯があり反物があり…小物がある。
色とりどり、百花繚乱。
鮮やかな色があり、また柄があり。
だが、またどうしてもしんみりとしてしまうのは……昔の着物にはめぐり合えないと知っているゆえか。
昔の着物は様々な合わせがあったものだ。
「重ね」と言う色目、それにあわせた名前。
重く肩がこる様な重ねであっても、姿見の自分を見ると心が誇らしさで一杯になって…女御や女房達のしめやかな声、茶々を彩るためについた幾人もの優しい手。
香りをつけるために焚き染めた、香。

(……切ないのう……)

様々な事を思い返し、自分が不自由であり今が自由であることを謳歌しようとも。
慈しんでくれた人の思い出は、消えない。
それが切ない。

少しだけじわりと浮かびそうになる涙をぐっと堪えて茶々は呉服問屋を後にする。
今と昔の違いは。
着物にこそ反映されているのかもしれない、と思いながら。

商店街で飼っているのだろうか大きなレトリバーを見て「柚稀に似ておるのv」と声を上げ触れてみたり。
レトリバーも雰囲気ゆえか吼える気配も見せず撫でられるままになっている。
存分に撫でを堪能した後、柔らかな匂いに誘われるように茶々は歩く。
こちらでもない、あちらでもないのじゃ……とふらふら匂いの元を探るように。


***

漸く茶々は匂いの元であるお店――茶々本人が大好きな鯛焼き屋さんへ辿りついた。
「…あ、あったのじゃ…ぬぅ、妾を此処まで歩かせるとは……」
恐るべし、じゃなと言いたくなったがその時。
物凄く近くで何かが倒れ、更には割れる音が響いた。
なんじゃ?と茶々が思った時には誰かが走り去ろうとする、もろにその瞬間で。
こちらのお店の女将さん――ここのお店は「安くて美味しい」鯛焼きを作って三十年、の老舗である――が意外と、いつもの低い声とは違い高い声で叫んだ。

「誰か! 引ったくりだよ、捕まえておくれ!」

引ったくり。
つまりは人様の持ち物、主に金品を奪って逃げ、果てには使ってしまうと言う――貴様、いい度胸してやがんな、な輩である。
それを聞いては黙ってられないのが茶々の茶々たる所以だ。

(妾の前で盗みを働くとはいい度胸じゃのう……?)

にっこりと、唇の端だけを吊り上げると茶々は逃げようと走る男に向けてかまいたちを起した。
自然、襲い掛かる風に敵う筈も無く、男はその場に倒れ――数分後、御用と相成った。
無論、誰も茶々のかまいたちが男を捕まえた事に気付く筈もなく。
「あんなところで狙うように風が起こるなんてさ、悪い事はできないもんだねえ」と誰かが呟く声だけが、あった。
――全くである。
何処で誰かが見てるか解らない時は本当に注意した方が良い。

そして、捕まえた茶々はと言うと。

鯛焼き屋さんへと入り、そこに出来たての鯛焼きを見つけると――目を輝かせて一口ぱくりと食べた。
自然、口が綻ぶ、目が綻ぶ。
腕まで動かしたくなるけれどそれはまあさて置いて。

「美味しいのじゃ♪」

うまうま♪とあっという間に一口が二口になり二口が三口になり、ぺろりとものの見事に食べてしまい、まだ騒いでいる外を尻目に「お土産なのじゃv」と鯛焼きを二個ほど失敬する。
…女将、いつか料金を払いに来るのじゃ……と茶々が呟いたかどうかは内緒の話♪
辺りは既に夕暮れ到来。
そろそろ茶々の「お散歩」も終了、の時刻である。


***

「楽しかったのう、色々と……時折切なくもなってしまったが……妾もまだまだ若輩者なのじゃ」
くぅ?と狛犬の柚稀が首をかしげる。
辺りは既に夕暮れから、薄い夕闇へ変化していた。
行きの道中でも歩いて色々寄り道をしてしまったように帰り道でも少しばかりの寄り道があったりして神社へ帰り着いたのがすっかり遅くなってしまったのである。
帰り道にはた、と思いついて欲しいものがあったからなのだが…ちょっと、いつものとは違うかもしれないがそこはそれ。
ご愛嬌と言うもので柚稀には勘弁してもらおう。

そして茶々は柚稀に本日の戦利品…じゃなくて品を見せる。

鯛焼きに冷酒。

「あれ?」と柚稀は思う。
これってもしや――。
にっこりと茶々の笑顔。

「やはり今宵も冷酒に鯛焼きなのじゃ♪柚稀、付き合え」

やはりですか――と柚稀は少々苦笑しつつ了解の意味を込め尻尾を振った。
今宵も茶々の居る神社は、のんびりと、だが平和に夏の夜を過ごして行くのだった。




―END―