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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


好奇心は人をも殺す


■序■

 『全国心霊スポット10 冥界へ決死の潜入』
 『夏休みスペシャル 陰陽師が挑む! 女性を襲う蛇の霊との壮絶除霊バトル』
 『本当にあった身の毛もよだつ話』

 ……稲川淳二が活躍する季節になってきた。瀬名雫が新聞のテレビ欄のチェックを欠かさない季節でもある。そのメールを雫が信じたのは、投稿人が示した番組をしっかりチェックし、ビデオ録画までしていたからだった。

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 差出人:アネゴ
 件名:おねがいです

 昨日の心霊特番見ましたか?
 心霊スポット特集でしたよね。番組で取り上げられていた心霊スポットのひとつをよく知っています。S県S市のマンションです。
 『危険度S』になってて、霊能者がこわがって結局入りませんでしたよね。
 あそこ、本当に危険なんです。
 でも、友人たちが週末、そんなにヤバイなら行ってみようとか言い出して・・・
 行けば絶対にとんでもないことになると思うんです。
 だから、友人たちが行く前に、マンションにすんでいる方々と話をつけるか、消し去るかしたいんです。
 私には特別な力があるけれど、まだ慣れていなくて、ひとりでは不安なんです。
 マンションにいる方々がみんな悪いわけではないけれど、悪いものがいるのは確かなんです。放っておけばいいかもしれないけど、あの特番を見てマンションに入る人は友だちの他にも出てくると思います。
 一緒に来てくれる人を紹介してくれませんか?
 おねがいします。
 明日、さいたま新都心駅で待ってます。
 力がある人なら、私がどこにいるかすぐわかると思います。
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「最近の特番てヤラセっぽいのばっかりだけど、やっぱり中には『ホンモノ』も混じってるよね、きっと」
 雫はひとり頷き、納得していた。
「本当に困ってるみたいだし、声かけてみようかな」
 もしこのメールが悪戯だったとしても、幽霊マンションに実際行ってみて、噂の真偽を確かめることは出来る。
 雫は思い当たる知人たちに向け、早速メールを打った。


■昇り龍■

 彼が姿を現すときは、「ぬう」という表現が適切か。雫の背後に、岐阜橋矢文が、ぬうと現れた。
「ひえっ?!」
 気配を感じて振り返った雫が目を点にして飛び上がる。矢文はこのネットカフェに最近通い始めたばかりで、雫と直接話したこともなかった。
「……誰か困ってるのか」
 矢文の野太い問いに、こくこくこくこくと雫が頷く。ハムスターを思わせる細かい動きだった。矢文はまたしても、ぬうと身を乗り出して、「アネゴ」からのメールを覗き見た。無言でドット文字を追う。
「……ん」
 目をしばたたかせながら、矢文はゆっくり身を引いた。
 どこか納得したような「ん」に、雫が目を輝かせる。
「ね、もしかして、行ってくれる?」
「ああ」
「わあ、ありがと!」
「返事……書いといてくれるか。俺は、この……『きーぼーど』打つの、遅いんだ」
「いいけど、タイピングって慣れだよ? 『引き受ける』の五文字だけでも打ってみたほうがいいと思うけど」
「……目が、疲れたから……」
「……」
 矢文はパソコンを目下修行中の身だ。しかも、まずは身体を慣らさなくてはならないレベルであった。結局、雫が「アネゴ」へのメールに返信した。

 その日、雫の調査員要請メールは方々に散らばった。
 都合がつき、メールに応じたのは3人。
 進まないレポートを放り投げてネットに繋いでいた武田一馬、
 バイトから帰って久し振りにパソコンの前に座ったウィン・ルクセンブルク、
 親切な妹から「都合がつかない」と代役じみた頼まれ方をされた綾和泉匡乃。
 3人とも「アネゴ」の考えには同調していた。テレビで表沙汰にされ、しかも大仰な評価までつけられてしまった心霊スポットだ。彼らにとっては、心霊スポットは工事現場と同じくらい危険なところであった。しかし、何の力も持たない者たちにとっては、心霊スポットは心霊スポットに過ぎない。信じる者と信じない者に二分されている限り、自殺の名所や廃屋は人を惹きつける。
 一馬は叔父所有のホンダ・シャドウ400(彼の叔父は自動二輪免許を持っていない。何故彼がこんないいバイクを持っているのかは説明すると長くなる。そう、8500文字くらいかかる)に跨り、さいたま新都心駅へ向かった。
 匡乃は「妹の頼みなら仕方ない」「受け持っている生徒が行くと困る」などという建前を掲げ、好奇心の赴くままにさいたま新都心駅へ。
 ウィン・ルクセンブルクは、情報を情報で征することを考えながら身支度をし、自宅を出た。マンションに出入りする人間は、自分を含めた『調査員』で最後にしなければ。

 そして、気ままで平和な毎日を送っている一匹の猫が、少し痴呆気味の老人の荷物に潜り込み、さいたま新都心駅で降りていた。縄張りからは随分と離れていたが、彼女が居心地のいい老人ホームに戻るのは容易いことだった。人語も介すし、体力もある。
 エリゴネが「アネゴ」を見つけたのは、偶然だったのだ。

「あれだ」
 一馬は思わず硬直した。「アネゴ」を見つけた。

「……彼女ですね」
 匡乃は、ぷっと噴き出した。面白いものを見つけることが出来た。妹に、感謝。

「彼女ね」
 ウィンは肩をすくめた。「アネゴ」を見つけた。

「……なんだ、あれ」
 矢文は、広い新しい駅構内で仁王立ち。


 大きな駅だけあって人は多い。誰かを待っている人間などそこら中にいた。しかし、調査員と猫は「アネゴ」でしか有り得ない人物を見つけて、彼女の元に集まった。
 『力がある人なら、私がどこにいるかすぐわかると思います』。
 まさに、その通り。
 その女子高生は、どこにでもいる顔立ちで、どこでも見かけるような制服を着ていた。だが、後ろに――ひとり、男を従えていたのだ。
 どんなに近づいても顔立ちが杳として知れない、がっしりとした体躯の男だ。しかし男の右腕は半ばで千切れて、傷口から血がぽたぽたと滴っている。おまけに首の付け根からもだらだらと出血中。
「……アネゴさん、ね?」
 ウィンがはじめに声をかけた。全員が全員、少女の後ろの男に釘付けだ。
 女子高生は集まってきた顔ぶれをぐるりと見やり、緊張した面持ちでこくりと頷いた。
 リスだな、矢文はふと思った。雫は子鼠だが、「アネゴ」はリスだ。
「橋掛舞って言います。えっと、このひとは、クサカベさん」
 彼女は、ぎこちない笑みを浮かべながら男を指差した。
 一馬は血塗れの男の腰を見て、うっと一歩退いた。舞がなぜ「アネゴ」と名乗っているのか納得できたのだ。一馬の視線を追った匡乃が、可笑しげに目を細めた。
「おやおや、物騒な幽霊さんです。――トカレフですね」
「あ、えっと、はい。クサカベさん、そっちの人だったみたいで……」
「とり憑かれてるのか?」
 むっつりとした矢文の問いに、舞が慌てて首を振る。
「母方の力なんです。お母さんは使えなかったみたいだけど、自縛霊をその場から剥がして憑れて歩けるの……その幽霊を使って、他の幽霊を消せるんです。剥がせるのは怨霊だけでひとりが精一杯なんですけど……」
「毒を以って毒を制す、そんな能力ですわね」
 にゃう、
 5人の足元でようやくエリゴネが鳴いた。ウィンの言葉に、どこか納得したようなタイミングだった。
 視線を下に向けた舞の顔が輝く。彼女はエリゴネの存在に今気がついたらしい。
「……ついてきてくれるの? 嬉しい。あたし、クサカベさん憑れて歩くようになってから、動物に避けられるようになっちゃったんだよね」
「だそうですよ」
 匡乃はクサカベを見てそう声をかけた。クサカベは確かに匡乃を迷惑そうに睨んだが、何も言わなかった。……いや、どうやら喉を裂かれているので何も言えないらしい。
 舞はエリゴネをぎこちない仕草で抱き上げた。エリゴネの瞳は舞を真っ直ぐに見つめたあと、クサカベを見上げた。彼女は何も恐れてはいなかった。


■親切■

『はァ? あんた誰? なんでそんなこと言われなきゃなんないの? さようなら!』
 がっちゃん、ツーツー。
「……ダメでした」
「まあ、予想した通りの結果ですね」
 一馬は憮然とした表情で携帯をしまった。
 彼はひとまず、舞の友人たちを説得しようと試みたのだが――結果はご覧の通り。一馬はふてくされた顔を舞に向けた。
「友達は選んだほうがいいよ」
 初めて話す人間に対して、あの態度。心霊スポットに勇んで出かけようとするのも頷ける。
「……友だちになって話してみたらすごく面白いコなんですけど……」
 恐縮したように、舞は肩をすくめた。
 にゃうん、
 エリゴネがぴんと尾を立てて走り出し、立ち止まって振り向いた。
 みゃあ――
 見て、あすこでしょう?
 そう言いたげに彼女は鳴く。
 まだ少し距離があるが、大きなマンションが一行の視界に入った。

「なんだ……まだ新しいぞ」
 矢文が訝しげな顔をするのも尤もな話だった。心霊スポットという肩書きからは、築30年程度のぼろぼろの廃屋が頭に浮かぶというもの。しかし、どう見てもそのマンションは、どう古く見積もっても築10年程度だった。
「ですが、確かにかなりの数が棲んでいらっしゃるようです」
 興味深げに匡乃が首を傾げた。
「……こんなところ、よく入ろうなんて思うよなあ」
 一馬は二の腕をさすりながら肩をすくめた。マンションの入口からはまだ10メートル近く離れているが、すっかり身の毛がよだっている。舞と同じように、幽霊を制する力を持つ彼は、恐怖などは感じなかったが――幽霊たちの寒々しい息吹を感じ取ることが出来た。
「人間は誰も住んでいませんのね。良さそうなマンションだけれど」
 時折実体化している幽霊たちは、ちらりちらりと窓から5人と1匹の様子を伺っている。それを勘定に入れずにウィンは言った。
「カーテンがかかっていないわ」
 そう、彼女の言う通り、60はあろうかという窓にはひとつもカーテンがついていなかったのである。
 だが――

 じゃっ、という音が聞こえたのは気のせいなのか。
 少なくとも『第6の感覚』が鈍い者たちには聞こえまい。そして見ることも出来ないのだろう。
 すべての部屋の、あるはずのないカーテンが、一斉に閉まったのである。

「統制が取れてるな」
 妙に感心したように矢文が呟く。
「統率者がいるのでしょう」
「で、そいつは怒ってるみたいすね。――見るな、だって」
「見るな、ということは、入るな、と言ってるようなものですわね」
 なぁう!
 エリゴネが一際大きな声で鳴くと、マンションの非常階段付近を見た。何かを見つけたらしい。
「あ!」
 エリゴネに示された付近に目をやると、それまで黙ってマンションを見上げていた舞が走り出した。のっしのっしと矢文がそれに続き、ウィンがものも言わずに後を追う。ふたりとも、「アネゴ」こと舞のサポートをしてやろうとこの話に乗ったからだった。

「……さて、僕らはどうしましょうか」
「えッ?! あ、はい」
 残された匡乃と一馬は、もう一度マンションを見上げた。
 カーテンは閉ざされている。
「これだけの量を浄化するには、6人でも足りません。話がわかる方は残っていただくことにしませんか」
「……同感す。このひとたちより怖いものなんて、ごろごろしてる」
 二人は、正面玄関に向かって歩き出した。エリゴネは心配そうに舞たちが向かっていった先を見つめていたが、匡乃と一馬の後ろについた。跳躍すると(猫でもなかなかここまでは跳べないだろう)、どしりと一馬の肩に乗った。
「うぐ!」
「ほほう、僕らについてきてくださると?」
 にゃあ、
 匡乃の微笑みに、エリゴネは微笑みを返したようだった。


■シチュー■

「舞さん、何か見たの?」
 錆びつきはじめている非常階段の前で、舞は足を止める。ウィンはタイミングを逃したのか、何も見なかった。彼女も、霊を見る力がある。厳密に言えば、彼女は残留思念を目視できるだけだ。だが、乱暴に言ってしまえば、すべての霊は『残留思念』に過ぎないのである。
 強い想いが、ぎっしりとマンションに詰め込まれている――もう、満員だ。
「俺も、見た」
 矢文がぽつりと呟く。その声色は何も恐れてはいなかった。
 階段を見上げる舞の横顔も、緊張こそしているものの恐怖にとりつかれてはいない。
「女の子が、手招きしてました。嫌な感じじゃなかった……」
「おまえの言う通り、ここにいるの、悪いものだけじゃない」
 ウィンは眉をひそめ、固く心を閉ざしてしまったマンションを見つめた。
 そして、ほぞを固めてマンションに歩み寄り――壁に手を当てる。

 がやがやがやがやがやがや、
 ひそひそひそひそひそひそひそ、
 ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ――

 消えろ。

 ウィンは、弾かれたように手を離す。
「……喧嘩を売りに、来たわけじゃないのよ」
 だがその言葉を、受け入れてくれるのだろうか。
「ウィンさん!」
 舞の声に、ウィンは振り向く。
 舞は非常階段の上の方を指差していた。矢文も黙って見上げている。
 あれは、4階だろうか――
 非常階段の狭い踊り場に、7,8歳の女の子と男の子が居た。急かすように、地上の3人を手招きしている。
「い、行ったほうがいいでしょうか?」
 舞がこういった状況に慣れていないのは確かなようだ。気持ちは逸っているが、警戒心が足止めしているらしい。彼女はウィンと矢文を見上げて、つっかえながらそう尋ねる。
 見下ろすウィンと矢文の目は優しかった。
「おまえ、行きたいんだろう」
「大丈夫、ついていくわ」
 舞が頷く。
 だが、走り出そうとした彼女の肩に、矢文が手をかけた。
「待て。俺が先頭になる」
 非常階段の幅は狭い。一列になってのぼるしかなさそうだった。前から何か飛んできたりしたらことだと、矢文は壁を買って出た。
 彼は、それくらいしか自分には出来ないと思っていた。


■大家■

『パパとママたすけて』
『なかにいるの』
『こわいひとが、いうことをきけって』
『パパとママが、ぼくらといっしょにでていこうとしたんだ』
『つかまっちゃった』
『こわいひとが、ずっとここにいろって』
『ずっといっしょにいろって』
『たすけて』
『あたしたち、てんごくにいきたい』
『ここにはきたくなかったのに』
『かってにからだがすいよせられて』
『だからたすけて』
『てつだうから』

 女の子と男の子は、すうと消えた。
 そうっと――両親に黙って外に行こうとする子供がそうするように――非常口のドアが開けられる。

『こわいひと、いまいっかいだよ』
『おねえちゃんたちのともだちを、しかりにいった』
『ほかのみんなもてつだってくれるって』
『だからたすけて』

 矢文は舞を見下ろして頷く。それから、ウィンと目配せ。
「走ろう」
 夏真っ盛りだというのに、マンションの中はひんやりとしていた。だが、心地の良い涼しさではなかった。
『大家をとめてくれ』
 401号室から顔を出した中年の霊が、困った調子でそう囁く。
『煩くて、眠れやしないんだ……』

「幽霊になっても、大家さんには逆らえないのね」
 ウィンがひそかに苦笑した。


■プライヤー■

「クサカベさん! まって! やめて! お願い、やめてーッ!」
 舞は別の意味で焦っていた。憑れている悪霊が、乱れた気の流れと騒々しい霊の声ですっかり正気を失ってしまったようだ。平たく、俗っぽく言えば、キレてしまった。矢文を押しのけ、クサカベは足音さえ立てて階段を駆け下り、ベルトに挿していたヤッパを抜き放った。
「……短気だな、あいつ」
「呆れてる場合じゃありませんわよ。止めましょう! 舞さんは本当に、まだ慣れていないのですわ!」
 しかし、怒れる極道の足の速さたるや大変なもので、彼は舞の制御を振り切り、1階の回廊を駆け抜けた。
 ――それから、廊下の先で一馬とエリゴネが目を背けるほどの惨劇が起きた。

『うぎゃあ!』『やめて!』『たすけて!』『いたい!』『うわぁぁん』『ぎゃああ!』『だあああ!』『ひいいいッ!』『やめて!』『たすけて!』『たすけてえッ!』

「……舞さんの力が一番怖いかもしれません」
「呑気にそんなこと言わないで下さいよ……」
「でも、ほら」
 匡乃は少し呆れたような笑みで、大家を指す。
「おかげで『中身』が見えてきました」


 ふうッ、とクサカベが手を止めた。
 彼の目が、ぎらりと足元を睨みつける。エリゴネがその革靴に足を乗せていたのだ。
 ――もう、よして。舞さんも困っておりますよ。
 ――こいつがあんまり五月蝿ェから、腹ァ立ったんだ。
 声は出ずとも、心はそう語る。
 ――この野郎、俺まで取り込もうとしやがった。俺が従うのは舞と親ッさんだけだ。
 ――でしたら、舞さんの言うことを聞いて差し上げて。それに、ほら。
 匡乃が近づいてきて、手を伸ばしている。
 ――離れなければ、一緒に消されてしまいますよ。この方の力は、とてもお強いようだから。
 クサカベは黙って、ぱちんとヤッパを背の鞘に収め――飛び退いた。
 霊体の鎧を引き裂かれた大家は、ひどく貧弱なものに見えた。その辺りを漂う浮遊霊と、何ら力のレベルは変わらないように見えた。
「ふふ、きっと大家さんという仕事が生きがいだったのですね」
 匡乃はどこか小馬鹿にしたように呟くと、大家の霊に手をかざした。
 白い光が小さな爆発を起こした。匡乃が顔をしかめて一歩退く。舞と同じだ、うまく制御できない力だ。
 大家ばかりか、周辺の霊をまとめて消し飛ばしてしまった。

 彼らは、マンションの窓やドアから一斉に思念が飛び出すのを見た。
 あまりにも強い勢いだった。実体を持たないはずなのに、霊が飛び出した途端に窓ガラスが砕け散った。鉄のドアが破れ、部屋に詰めこまれていた者たちが飛び出る。
 矢文はぬうと動いて、ウィンと舞をかばった。外れたドアは矢文にぶつかったが、ドアの方が捻じ曲がってその場に転がった。
 天井と壁に、びしりびしりとひびが入る――
「ヤバい! 出ましょう!」
 一馬がショットガンを地獄に戻して、正面玄関へと一行を導いた。
 誰も住んでいなかったマンションが、あるべき姿へと変わっていく。
 10年間誰も住まなかった建物は、どうなるべきか。
 窓を失い、天井を失い、落書きされ、ドアは外れているべきだ。

 ウィンは舞とともに、矢文にかばわれながら走った。
 舞が、あ、と声を上げる。崩壊の中で、その声はあまりにも小さかった。だが、力あるウィンにはその声が聞こえたし、想いも伝わってきたのだ。
 ――よかった……。
 ウィンは、舞の視線を追う。
 空へと昇る群衆の中に、4人家族の姿を見たのだ。


■噂■

 すっかり埃まみれになった姿で、舞は深々と頭を下げた。後ろのクサカベは不機嫌そうに突っ立ったまま(表情はわからないが、不機嫌であることはひしひしと伝わってくる)。
 マンションは街中に建っているとは思えないほど荒れ果てていた。今は夕暮れだが、夜にともなれば好奇心で近づく者を怖気づかせるのに充分な貫禄を持っていた。この崩れ具合ならば、近いうち解体もされるだろうし、厳重に立ち入りも制限されることだろう。
「でも、霊だけじゃなく人も寄せつけるのは相変わらずでしょうね」
 ウィンは金髪の間に紛れ込むコンクリートのかけらを叩き落としながら苦笑した。
「アトラスやゴーストネットの力を借りて、現実的な噂を流すことにしましょう」
「現実的……?」
「クサカベさんがもと居た世界の方々が使ってる、というのはどう?」
 一馬と匡乃も、ウィンと同じような苦笑いをした。
 人間が本当に恐れるものは、幽霊ではなく人間だ。
「……俺も手伝う」
 矢文はマンションを見上げて賛同した。
 何となく、このマンションの解体工事を受け持つのは、自分が時折手伝っている会社のような気がしてならなかったのだ。
 噂を撒くのも、この危険な場所を更地にするのも、等しく矢文にとっては「手伝い」だ。
「ありがとうございました。皆さんがいなかったら、ほんとに……」
「無差別だもんなー。あんまり強いからびっくりしたよ」
 悪気はないが、一馬の一言はほぼ追い討ち。舞は申し訳なさそうに小さくなった。その足元でエリゴネが鳴く。それは励ましであり――舞にも伝わったようだ。彼女はエリゴネを見下ろすと、照れくさそうに微笑んだ。
「うん。頑張るよ」
「いつも僕らがお手伝いできるとは限りません。力の制御というものは、自己流で覚えるのが一番です」
「はい」
 匡乃の本音は、匡乃だけが知っている。それでいいのだ。
 舞は微笑んでいたが、真顔だった。それで、充分だ。


(了)

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1493/藤田・エリゴネ/女/73/無職】
【1537/綾和泉・匡乃/男/27/予備校教師】
【1559/武田・一馬/男/20/大学生】
【1571/岐阜橋・矢文/男/103/日雇労働者】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25/万年大学生】

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               ライター通信
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 モロクっちです。『好奇心は人をも殺す』をお届けします。ウィン様、初めまして! 匡乃様、矢文様、お久し振りです。エリゴネ様と一馬様にはいつもお世話になっております。
 ご参加有り難うございました。

 書いてる最中にタイトルも単語ひとつにするべきだったととても後悔しました……。章タイトルを単語で統一してみましたので。
 今回のノベルは一部分だけ分割されています。
 それと、実は橋掛舞はもともとPCにしようと登録していたキャラクターだったりします。動かす余裕がなくなってしまい、ずっと寝ていました(汗)。死蔵するのは気の毒なので使ってみましたが、どうでしょうか。女の子ってあんまり動かしたことないのです……。
 それでは、また。
 機会があればまたよろしくお願いします!