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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


神様の青い空


 ■梅雨と冷夏と枢機卿の野望■

「麗香さん、冷房切ってくれます?」
 のんびりとその人は言った。
 ソファーの背に体を沈めて、優雅な仕草で手の中のティーカップを揺らす。
「馬鹿言わないで頂戴。このビルは全部屋冷房完備なの。ここの部屋だけ切れないわ」
「でもぉ…こう寒くっちゃ、折角の紅茶も冷めてしまいます」
 僧衣服の襟をかき合わせるようにしてブルブルと震え、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿は眉をしかめた。そして、ぶつぶつ云いながら、碇・麗香の顔を見上げるような目で見る。
 それに対して麗香の方は「27歳にもなりながら、まったくこの枢機卿は」…と、明らかに呆れた目でユリウスを見ていた。
 黙っていれば「歩く姿は百合の花」という言葉が女よりも似合うというのに。
 見事のまでのボケぶりが全てを台無しにしている。
 若いとは云え、教皇庁の若きホープに麗香はこのような態度で臨むが、それは麗香が傍若無人なのではなく、ただ単に二人が長年友人関係を結んでいるからなのであった。

「冷房切って下さいよ〜ぅ」
「無理だって言ってるでしょ!」
「そんなぁー」
「ほっとけば、五時半には冷房が全館切れるわよ」
「それまで待てませんよぅ」
「だったら帰りなさいよ」
「あぁッ!! 麗香さんはそう云う人だったんですね!」
 しおしおとソファーの背もたれに泣き崩れつつ、よよよっ…と泣く真似をしてみせる。
 それを眺めて麗香は眉を潜めた。
「しょうがないでしょ! 今年は冷夏なんだからっ!」
「寒いですよーう」
「知らないわよ!!」
 体を揺らしつつ、寒ーい寒ーいと文句をいうユリウスに呆れ、仕方なく麗香はラベンダーブルーのパシュミナを貸してやった。
「はい、どうぞ」
 憮然としながらもそれを渡してやる。
 ユリウスは大判ストール状のパシュミナを体に巻きつけて口元まで隠し、上質な毛の温かさに目を細めて笑う。
「これ、暖かいですねえ」
 ほこほこと暖を取りながらユリウスはパシュミナに包まって言った。
 不意にノック音が響いた。
「失礼します」
 ガチャッと音がしてドアが開く。
 おずおずと三下が顔を出した。
「あ……あのぉ…御代わり…いりますよね?」
 丁度、お茶が無くなった所で、三下が御代わりを持って編集長室に入ってきた。
「あら、ありがとう三下君」
 三下の方に顔を向けて麗香は言った。
 そしてユリウスに顔を戻して足を組みなおす。しなやかな脚を包むストッキングが更に艶かしさを増長するも、何とも無しにユリウスはそれを見ていた。
 こういった欲には無縁のようである。

「確かに、こう寒いと嫌になるわよね……」
 冷房で冷えた肩を撫でながらぼんやりと麗香は言い、三下が持ってきた熱いティーポットを側面を手で包むように触り、溜息を吐く。
「白桃やら高級果物が大打撃だそうですよ」
 その白桃を使った『白桃と焦がし糖蜜のタルト』をフォークで突付きながら、ユリウスは麗香の溜息に応じる。
「果物なんて大した事無いでしょ。野菜の方が問題よ……今、野菜がどれだけ値段が上がってると思ってるの?」
 呆れたように麗香は言う。
 そんな彼女の胸中など察する事もなく、もぐもぐと幸せそうに咀嚼した。
「『町内天乞い祭』をやるには丁度いいですけどね」
「あまごい、それって……雨乞い? これ以上雨降らせてどうするのよ」
「いいえ、逆です。『町内天乞い祭』は歌を神様にお届けして、日ごろの感謝と一層の精進を誓おうというものです。所謂、町内会の役員さんの為の単なる暇つぶしみたいなものです」
 ユリウスは「…というか、だったみたいですけどね」と笑って言った。
 人生いつでも暇つぶしみたいなもんじゃないのよ、貴方の人生って…と碇麗香が思ったであろう事を万年ヒラ編集者の三下は理解していた。
 口を出せば睨まれるので、三下は何も云わないでいる。
 実のところ、まぁ…それは真実であったのだが…
 暇人と心の中で烙印を押された、かの美しき枢機卿猊下はニッコリ笑ったまま、二人を見つめた。
「今回は本当に神様を呼ぼうと思いまして……」
「はぁ!!……何言ってるの、貴方」
「皆で歌って、神様を呼ぶんですよ」
 事も無げにさらりと言ってのける。
 麗香は暫くあんぐりと口を開けて、間抜けにもユリウスを見つめてしまった。
「な……何? それで、『町内会の集り』に私たちをかり出す気?」
 なんとなく、ユリウスが編集部に来た理由が分かって、麗香はユリウスをじっと見た。
「酷いですねえ。『私』は本気ですけどー」
 『自分だけは』と強調し、頬を膨らませて拗ねる姿が何処か愛らしく見えなくも無いが、もうそういう年でもないだろうに。
 ソファークッションを抱きしめてぶすくれている。
「わかったわよ……町内雨乞い大会に出ればいいのね?」
「あぁッ! 何て事を!! 私、本気で神様呼び出そうとしてるんですよ? 見えたらスクープじゃないですかッ!」
「わかったわよ。手伝えばいいんでしょ?」
 神様にスクープなぞ迷惑な話だが、行かないのも何か惜しい気がして麗香はすんなりと承諾した。
「三下君。今、編集部に居る暇な人を会場まで連れて行って頂戴。この際、誰でも良いわ」
「へ? 誰でも……ですかぁ?」
「あたりまえでしょ。カラオケするだけなんだから」
 解かってないわといわんばかりの視線で三下を見遣る。
「は……はい!」
 すごすごと三下はトレーを持って引き下がった。
 テーブルの上の充電器から携帯を取り外して開け、麗香は躊躇いもせずにその電話番号を押す。
 ワンコールで相手は電話に出た。
 暫く話し込んだ後、深い溜息を吐いて麗香は電話を切る。
 そしてもう一回ボタンを押して他の人間に連絡を取った。
 こちらの方は相手が然程何色を示さなかったのか、すぐに電話を切った。

「ひゃれふぉひょんらりぇひゅひゃー?(誰を呼んだんですかぁ?)」
 のんびりと二つ目のレモンアイシングがけケーキを頬張りながらユリウスは尋ねる。
 げんなりとしながら麗香は言った。
「悪弥香さんと塔乃院さんよ……」

「??………」
「だーかーら、悪弥香さんと塔乃院さんよ……」
「あみひゃ……ひゃん……」

 硬直・凍結・解凍という一連の表情をその顔に貼り付けた後、ユリウスは手脚をバタバタとさせなが噴出した。

「げぶうぅッ========⊃!! ……げふッ…。…がぼッ!! げ、げふふんッ!!」
「大丈夫?」
 麗香は事も無げにさらりと言ってのけ、喉を詰まらせたユリウスに水の入ったグラスを渡してやった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あッ……あみっ!あみッ!!」
「はいはい、落ち着いて」
「何で、悪弥香さんなんですかぁああッ!!!」
「しょうがないでしょ!! 神様なんてモン呼び出すんだったら、相当力のある人呼ばなくっちゃ大変なことになるわよ」
「なんで……なんで悪弥香さんと塔乃院さ……。…うぅっ……酷すぎます」
「うちの調査員に何かあってからじゃ困るのよ。さぁさ、行って来なさい」
「嫌ですぅ」
 イヤイヤと首を振ってクッションにしがみ付く。ユリウスはソファーに寝転がって麗香に背を向けて拗ね始めた。
 嫌がるユリウスを無視して仕事に取り掛かろうとし、麗香はユリウスを町内会へと容赦なく放り出しす。
 ユリウスの居る『神様降臨カラオケ大会』なんぞ、麗香だけの力ではどうにもならない。
 麗香は無視を決め込む事にした。


 ■願わくば…嗚呼、平和な日々を…■

「ここが会場なの? ケチ臭いわね!」
 腰に手を当てて、教会の庭にぶら下がった提灯を聖野・悪弥香は眺めた。
 ビアガーデンで見かけるような『ア○ヒ』とか『スーパー○ライ』とか書かれた、白とピンクの提灯がのんびりゆらゆらと揺れている。
 熱いのならまだ雰囲気があるが、薄暗い夏の寒い空の下では萎れて見える。
 カラオケと聞いてわざわざおニューのコスプレ衣装を持ってきたと言うのに、町内会のおじちゃんカラオケに血と汗と涙の結晶をご披露するなど勿体無くて仕方が無い。
 折角、お気に入りの銀髪の鬘まで持ってきたと言うのに。
「腹が立つったらありゃしない!」
「だーかーら! 神様を呼ぶんじゃないですか」
 ぶちぶちとユリウスは悪弥香に文句を言った。
「おだまり、真夏の昼行灯!!」
「あー、悪弥香さん酷いッ! 私は中村主水じゃないですよッ!!」
「外人のくせして、なんでアンタは時代劇に詳しいのよっ!」
「仕事人と水戸黄門は日本の文化です」
「最初と最後の五分で話が解かる水戸黄門は日本のドラマの基本よ。正しい姿よ。文句があって? 文句あるなら、有明のピラミッドにいらっしゃい!! 年二回の祀り以外は認めなくってよ。を〜〜〜〜〜ほほほっ!」
 そんな二人のやり取りを三下はドキドキしながら見つめていた。
 片や、自分の隣にはやたらと背の高い男が立っている。
 呪禁官の塔乃院だ。
 長い黒髪は腰まであり、サングラスに隠れているものの、整った容貌は男性的な魅力に満ちていた。
 時折、こちらを見てはニッコリと笑う。
 その度に奇妙な悪寒に三下は囚われた。

―― 誰か何とかして下さいぃいいッ!!

 異常に緊張しながら他の人間が来るのを三下は藁にも縋る思いでいた。
「どうも綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)です。こちらで……よろしいんですよね?」
 提灯を見上げながら綾和泉は教会に入って来る。
 手には五段重ねのお重を持っていた。
 掲げて此方の方に見せる。
「い、いらっしゃいです、綾和泉さん!!」
 主催者でもないのに三下は綾和泉に歓迎の気持ちを表した。
 三下は綾和泉が天使に見えている。
 この状況を救ってくれる天使。
 まともじゃない人たちの中からきっと自分を救ってくれるんじゃないかと、三下は勝手に妄想した。
 司書にとって夏休みは図書館のお掃除 EVERY DAYなわけで、呼んでも来てくれないんじゃないかと焦っていたのだ。
 これで足りるかしらねと呟いて重箱を見つめていたところ、足音が聞こえてきて二人は門のほうを見た。
 そこには玉虫色の涼やかな振袖を来た少女と反対に黒い巫女装束の少女が立っていた。
「榊船さん! みあおさん!」
 三下は大きくてを振って二人を迎える。
 天使どころか女神様に見えた。
「今日は良い日だ……」
 感動に打ち震えながら三下は拳を握った。
「まともな人がいっぱい……」
 それから先は声にならずに涙を拭う。
「まあまあ、三下さん……」
 綾和泉はおやおやと言った風に三下を見つめた。
「こんにちは、三下さん」
 少々不機嫌気味のみそのが三下に声をかけた。
「こんにちは、みそのさん。今日はご参加有難う御座います!」
「いえ、神に頼るとは言え自然に逆らうようなものは感心致しませんけれど」
「はぁ……」
 自分の事では無いのに三下は項垂れた。
「ユリウス様だからこそ、そのようなことを遊びでやられるとはあまりほめられたものではないと思われますが。もっとも、ユリウス様だからこそなのでしょうか……」
 みそのは溜息を吐いた。
「まあまあ、みその様。良いではありませんか」
 やんわりと亜真知が言った。
「知ってしまったからにはわたくしも同罪です。参加させていただきたく思いますわ」
 毅然とした態度でみそのは言った。
 何やら荷物を手近なテーブルに置いて、みそのは中身を出す。
 そうこうしている間に続々と人が集まってきた。
 その様子を嬉しげに三下は見つめていたが、集まってきた面子の顔を見るなり青くなる。
 準備をはじめる調査員の姿を見ると更に青くなっていった。

 やってきたのは、『天の鬼神』を祭る、応仁重工社長で鬼神党総大将の応仁守・雄二。
 アトラスの古株調査員、冷泉院・柚多香。
 クールな毒舌が売りの薬剤師、久遠・樹。
 多分一番まともなのは 陵・彬だけだろう。

「助けて神様……」
 絶望的な声を上げて、三下はうめく。
 まともと思い込んでいた海原みそのが、照る照る坊主に見立てた『晴れ晴れ坊主』ならぬ黒いポンチョを纏い、その下にスクール水着を着込んでいるのを見た時、三下は全てが終わったと確信した。
「みそのさんまでぇ……」
 しくしくと泣き始め、綾和泉に縋り付く。
「あーやーいーずーみーさぁあああん!」
「はいはい……」
「もういいんだ、僕の人生なんかッ! 神様のいじわるぅ!!」
 深い溜息を吐いて、三下の頭をポンポンと撫でた。
 その隣で、亜真知とみそのの指示に従って、樹と柚多香はが祭壇を作っていた。
 亜真知は何故かマイクを持って指示しながら、実況生中継もしている。
 片や、応仁守の方はパーティー会場を作り上げ、綾和泉の豪華な差し入れと、樹のお手製ワッフルを不器用な所作で飾り付けていた。
 親父がアロハシャツに短パンを着込み、エプロンをつけて、おまけにギターを背負っている様子は怪しく見えなくも無い。
 カラオケマシーンにケチを付けながら、悪弥香は建物の影でコスプレ衣装に着替えていた。しきりに塔乃院に緑色の着物のコスプレを着ろと言っている。その度に塔乃院は深い溜息を吐いていた。
 一段高くした会場にはカラオケセットが置かれた。ユリウス曰く、6代目のカラオケセットなのだそうだ。
 前の5台はどうなったのだろうかと三下は考えたが、怖くなって口を噤む。
「あぁ……平和ってなんだろう」
 しみじみと三下は呟く。
 世にも恐ろしいカラオケ大会が始まろうとしていた。


 ■絶唱・絶叫 カラオケレンジャー!!■

「本日はお集まり頂きまして、誠に有難う御座います。これから恒例の『町内天乞い祭』をはじめさせていただきます」
 流れるような美しい言葉で挨拶するのは亜真知だ。
 何処からともなく溜息が零れる。
 そちらの方ににっこりと微笑みながら進行係りを勤めた。
「ったく……私は夏祀り前の準備で忙しいのよ! 暇つぶしで呼ばないでくれる!?」
 亜真知の司会を聞きながら、悪弥香はぶちぶちと文句をたれた。
「仕方ないですよ悪弥香さん。神様呼ばなくっちゃ晴れないんですし」
 のほほんと柚多香は悪弥香に言った。
「晴れにしろってゆーなら、そこの眼鏡の坊やと、そこら辺に転がってる美青年&美少年をまとめて供物として捧げて頂ければ、かんかん照りにして差し上げてもよくってよ。そーねぇ、アンタでもいいわ」
 じっと見つめて悪弥香は言う。
 銀髪のカツラに、鮮やかな蒼いつなぎのような衣装を着た悪弥香は、クスッと邪な笑みを浮かべた。そして、いきなり男体に変化する。
「あ、あ、あ…悪弥香さん?」
「黒髪のイイ男がいるからな、今日はこのスタイルでいくぜ」
 いきなり言葉遣いも男の言葉になり、ニヤッと笑った。
「勘弁してください」
 半泣きになりながら柚多香が後ずされば、後ろには緑色の着物を羽織った塔乃院と隣で小さくなって震えている三下が居るばかりだ。
 救いを求めるように辺りを見回せば誰も居ない。
 綾和泉は特別閲覧図書の付喪神を静めるのに良く歌う歌を聞かせようと、順番待ちで舞台の方に居るし、応仁守は舞台の上ですでに歌い始めている。
「海はいいなぁ〜〜〜」
 Mr.ナイスミドルが白い歯を見せは、野太い声援が上がる。
「アーニーキ〜〜〜〜ぃッ!!」
「ゆーじぃ〜〜〜〜♪」
「あんちゃん、カッコいいぞ!!」
 町内会のじいさん&おっさんたちの声援に応えて笑顔を向ければ、町の若いあんちゃん達がうっとりと熱い眼差しを向けた。
 方々から「つい付いて行かせてください!」とか、「愛を誓っていいですかッ?」などの台詞も飛ぶ始末。
「…………」
 出番待ちの綾和泉は、酒も入って異様な盛り上がりを見せる会場を舞台裏から見つめた。
「大丈夫かしら……」
 教会は浜辺のビヤガーデンさながら、熱気に包まれる。
 そこを涼やかな笑みを浮かべて亜真知がマイクを向けた。
「会場は盛り上がっております。そこの方、応仁守さんに一言どうぞ」
 言われた町内会青年部の部長は真っ赤になって立ち上がり、辺りの人にペコペコと頭を下げてインタビューを受ける。
「ど、ども……青年部部長の吉田です!」
「よっしだくぅ〜〜〜ん、かっこいー!!」
 辺りから声援が飛んで、やあやあと手を上げて挨拶した。
「最高ですね、いやぁ〜来て良かったですよー」
 ニコニコと笑いながら亜真知に答える。
「スクール水着のおねーちゃんには吃驚しましたけど、いいんじゃないっすか?」
 あはははー♪と暢気に笑いながらジョッキを掲げ、副部長の西田君と乾杯する。
 そのようなのどかな風景が展開されていた。

「ダメかもしれない……」
 うっかり雨乞い用に持ってきた榊と玉串一抱えつつ、白の小袖に紺の袴姿の冷泉院・柚多香は溜息を付いた。
 眼前にはコスプレ衣装の悪弥香。後ろには着物を羽織った塔乃院。
 どっちにしろ逃げ道は無い。
「逃げる必要なんてないですよ、冷泉院さん。カミングアウトしちゃえば楽ですよ。長い人生に刺激は必要かと……」
 久遠は薬を作り出す手で綾和泉の重箱の中身を摘みつつ、口は丁寧な言葉で毒を吐いた。
「酷い……」
「生贄になるか、生贄を捧げるしかないでしょうね」
 暫し、柚多香は考えて、震えている三下を悪弥香の方に押しやった。
「これからも平和な人生が良いです……」
「何ですかッ! 嫌ですよ!!」
 うろたえる三下の眼鏡を悪弥香が引っ手繰ると、造りは中々の美青年がそこにいた。眼鏡の所為で分かりづらいが、三下は美形の部類に入る。悪弥香はニヤッと笑った。
「いけるじゃないか」
「だ、ダメですぅ!」
 暴れ始めた三下を見遣ると、塔乃院は立ち上がってスタスタと歩いてきた。
 面白そうに見てから屈み込み、三下の腰辺りを両手でくいっと掴む。
「ひっ!! うわぁあああああああああああああああああッ!!」
 叫び声を聞いて、塔乃院は満足そうに笑み、耳元で囁いた。
「随分と敏感だな……」
「嫌ですぅ……」
 懇願する三下の手をひょいと掴むと建物の裏の方に引っ張ってゆく。
「ど、ど、どっ、何処行くんですかぁあああああッ!」
「天国だ」
 あっさり言うと、悪弥香の方に顎で合図をする。
「来るか?」
「獲物を掻っ攫っておいて一体何を……」
「行かんのか?」
「アンタも供物になってくれるなら」
「供物は勘弁だな、お前の努力次第で決めようか」
「後悔しても知らないぞ」
「そっちもな……」
 そう云うと、悪弥香はもう一方の三下の手を掴んで、塔乃院と一緒に歩いていこうとする。
「嫌だぁああああああッ!!」
「やかましい!」
 悪弥香がぴしゃりと言うと三下は小さく震えて、声も出せずに硬直した。
 ひょいと愛らしい顔を上げ、亜真知がマイクを握る。
「あぁっ!三下さんが二人に連れて行かれてしまいました! これから彼は一体どうなってしまうのでしょうか?」
 マイクを握り締め、亜真知が中継しはじめる。
「悪弥香様、三下様を如何なされるのでしょうか?」
「あん? 何だって? お子様お断りな生贄にして、可愛い声で啼いてもらうに決まってるじゃないの。文句を言うなら、真夏のブリザードでも拝ませますわよ!」
 男口調を一転し、普段の口調に変えて云うと、悪弥香は腰にくるようなテノールヴォイスで高笑いした。
「を〜〜〜〜〜〜〜〜ほほほっ! 愉快! 愉快だわッ!」
 自分の出番が近くなって焦り、歌本を覗き込んでいた陵・彬は驚いて顔を上げた。
 見ればTCGキャラのヴァインドのコスプレをした悪弥香とグラファリトの着物と思しき物を肩に引っ掛けた塔乃院が三下を生贄にすべく歩いていくのが見える。
「……マジ……ですか?」
 思わず陵は凝視した。
「悪弥香さん、何か会ったら責任は如何なされるのでしょうか?」
 マイクを突きつけて亜真知が質問する。
 だが、どこかのんびりとしていて緊張感が無い。
 にっこりと笑って亜真知は悪弥香に質問していた。
「そんなもんは知らないわよ。こいつは仕事中なんだから労災下りるでしょ?」
 悪弥香は亜真知をギロッと睨んだ。
「うっさいわねぇ! これからお楽しみなんだからあっち行ってて頂戴よ。私は有明の夏祀の為に、こいつを餌にして布教誌を作るのよ。忙しいのッ!」
 それだけ言うとさっさと三下を連れ去ってしまった。
「助けてぇ! 怖いよ、ママーン〜〜〜(泣)」
 泣き喚く三下の声が何時までもこびり付いて、柚多香の耳から離れなかった。


 ■嗚呼、願わくば平和な明日を■

「皆様、お元気ね」
 ほほほっと優雅に笑う亜真知の隣で、ユリウスがニコニコと洋ナシのタルトを突付く。
「ほんと、元気が何よりです。しかし、このタルト美味しいですねぇ」
「麻布のラ・ターブルのタルトですの」
「えぇッ! 本当ですか? 実は食べ損なってたんですよ」
「あらよかったですわ」
 こんな会話をしながらお茶をする二人の隣では、カラオケ大会が続いていた。

『どれだけー離れたなら 忘れられるだ〜ろう♪ 風の声を聞きながら♪』
 ハイトーンも軽くこなす久遠の歌を聴いて、方々から声が上がった。
 低音から高音への移動も無理なく移行し、走るようなバックミュージックに合わせて上昇してゆくような感じが心地よい。
 久遠の歌が終わって、熱い拍手が送られると陵が舞台にやって来た。

『32番、陵・彬っ! ランナーを歌います!!』

 拳を握って陵が言うと、ユリウスはそそくさとフォークをそこに置いて立ち上がった。
「……むぅ」
「どうなされました、ユリウス様?」
「あ、いえ……やはり主催側も歌った方が、アットホームな感じがしていいかなって……」
 へらっと笑ってユリウスは言う。
 亜真知はユリウスの真意も知らずに、にこやかに応じた。
「それは良い事ですわ! 頑張ってらしてね?」
「えぇ、榊船さん。行って来ます」
 亜真知は去ってゆくユリウスに手を振った。
 彼の行くところ、カラオケマシーンが破壊されてゆくのだとは知らないまま、楽しそうに彼を見つめている。亜真知はおもむろにマイクを持ち出しアナウンスを始めた。
「教皇庁の若き枢機卿、ユリウス・アレッサンドロ猊下の登場です。盛大な拍手を持ってお迎えください」
 大声援に囲まれて、ユリウスは手を上げてそれを制する。おなじみのヒットナンバーが始まって、陵とユリウスはリズムを取り始めた。
 ユリウスは何処からともなくサングラスを出して掛けた。

 ちゃらら ちゃらら ちゃら・ら・らー♪

 誰もが知っている出だしに会場が熱くなる。応仁守はジョッキ片手に椅子に座り、嬉しそうに見つめていた。

 逃げるならその時だったのに。
 さっきまで教会にいたシスター星川とユリウスの弟子が手に手を取って、近くの公園へと避難していたというのに。そのことに誰も気がつかないまま曲は始まった。
 町内会の人々がユリウスの歌に慣れてしまっていることを調査員はだれも知らなかったのだった。

「はしるぅ、はしるぅ おれったっちィ〜〜♪」
『ほげーほげー♪』
「ひかる汗も そのままにィー♪」
『ぼえー ほげーっ♪』

 どしゅぅうううん!

「ことばーもないー♪」
『ほげーぼえ〜〜〜♪』
「おれったちィー♪」
『へげぇー ぼへへー♪』

 ぼぅん! がしゅぅううううん!!

 カラオケマシーンは陵とユリウスの歌攻撃に耐え切れなくなったか、黒煙を吹き上げ始めた。
 とこからともなく聞こえる高い悲鳴のような音が無気味に響いて、不気味な雰囲気を醸し出す。
 ユリウスに負けず劣らず陵の方も相当の音痴であった。
「ああああああああああああああああああああああッ!!」
 応仁守は耳を抑えてのたうち回る。
 冷泉院は怖くなって綾和泉にしがみ付いていた。
「綾和泉さぁ〜〜〜〜ん! 怖いよ―ぅ」
「竜神さんでしょ、頑張りなさい」
 流石に辛くなって耳を抑えながら綾和泉は言った。
「あー死ぬぅ……」
 こめかみを抑えて蹲り、空を見上げれば曇っていた空は晴れていた。
「何で??」
 怒りが頂点に達して二人を睨み据えた。
 被害に対して気にもせず、お構いなしに二人は歌っていた。町内会の人々は耳栓持参でやんややんやと囃し立てる。
 ものすごい勢いで晴れていくのは、殆どは悪弥香とユリウスの歌の所為であった。それを増長するようにみそののマジックアイテム『黒い照る照る坊主』がその力をパワーアップしていたのだが、それがわかる人間がここに何人居ただろうか。
「一体何なのよ……」
 この状況で空が晴れていくことが、綾和泉にはどうしても理解できなかった。なんとなく理不尽さすら感じる。
「何か……頭きますね」
 隣でうめいていた久遠も同じことを感じていたようである。頭を抱えながら綾和泉に声を掛けてきた。
「頭にきて仕返ししたいと思うのは、仕方のないことだと思うのよね」
 さらりと綾和泉は言った。
「同感です。誰に仕返しするのかは分かりませんが、出来るならそうしたいと思いますし、当然の権利だと思います」
 事も無げに久遠のほうも応じた。最近薬の依頼が少なくて幾分暇だったので参加したのだが、この成り行きは納得できかねる。
「そうね、私もその意見に賛同するわ」
「どっちかって言うと正当防衛でしょう」
「だわね、そうしましょ」
「方法はあります?」
「無いなら言わないわ」
 クールに言うと、綾和泉は自分の能力を全快にしてカラオケマシーンに叩きつけた。
「ぇええええい!!」
 掛け声とともに綾和泉がカラオケマシーンに送る力を久遠がサポートする。
 ついでに護符も投げる。
 綾和泉はそれを触媒にして、黒煙を上げながら空間を捻じ曲げているカラオケマシーンを封じようとした。風に舞う護符がカラオケに張り付くと眩い光を発する。
 カラオケは派手な音を立てて黒煙を一層激しく噴出すと、がたがたと揺れた後に停止した。
 辺りは騒然とした様子を色濃く留めていたが、次第に地に伏せていた人々が起き上がり始める。
「いやぁ、すごかったですね」
 ニコニコと笑いながらユリウスも立ち上がった。
「ユリウスさん?」
 綾和泉は眉をピクッと動かしていった。
「それだけ?」
「何がですか? いやぁ、皆さん無事でよかった」
 無事を喜ぶユリウスににこっりと笑いかける綾和泉と久遠。遠くではみそのがそこはかとなく冷たい微笑を浮かべている。
「み……皆さんどうしたんです?」
 流石に冷や汗垂らしてユリウスは後ずさった。
「……わたっ……私の所為じゃないですよッ! あれは悪弥香さんが」
「問答無用!!」
 あわあわと後退しながら言うユリウスを皆は追いかけた。
 倒れ付す町内会役員と信者さんの間を走り抜けながら、ユリウスは弁明しようと、悪弥香の居る方へと走ってゆく。
「私の所為だけじゃないですぅ!!」
 何処までも高い晴天にユリウスの声が木霊する。

 今年の夏は前半が冷夏、後半が記録的な猛暑となった。
 何時までたっても降らない雨を心配して、ユリウスが本当の雨乞いをしたとか、しないとか。アトラス編集部の中では、長い間話の種になったそうな。

 ■END■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

          ( 年 齢 順 )


1458/聖野・悪弥香 / 女 / 999歳/やおいと耽美の邪神
   (Amika・Hijirino)

1593/榊船・亜真知 / 女 / 999歳/超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
   (Amati・Sakakibune)

0196/冷泉院・柚多香/ 男 / 320歳/萬屋 道玄坂分室
   (Yutaka・Reizeiin)

1787/ 応仁守・雄二 / 男 / 47歳 / 応仁重工社長・鬼神党総大将
   (Yuhji・Onigami)

1449/綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 /司書
   (Sekiya・Ayaizumi)

1576/久遠・樹   / 男 / 22歳 /薬師
   (Itsuki・Kuon)

1712/ 陵・彬    / 男 / 19歳 /大学生
   (Akira・Misasagi)

1388/海原・みその / 女 / 13歳 /深淵の巫女
   (Misono・Unabara)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、朧月幻尉で御座います。
 今回は珍しくも、年齢順で登場PC様を紹介させていただきました(笑)
 
はじめまして、朧月と申す一、ライターで御座います。
 暑くなったり寒くなったりと変な気候ですが、お風邪など召してはおりませんでしょうか?
 ご健康にはお気をつけ下さいませ。
 今回は大変遅くなって申し訳ありませんでした。
 楽しんでいただければ幸いです。

 黒と白(銀)は永遠の愛の記号……
 うちではお馴染みの二人です。
 つい出してしまいました。中々楽しめるものになったかと思います。
 ご意見・感想・苦情等うけつけております。
 何か御座いましたらご一報くださいますようよろしくお願いいたします。

                  朧月幻尉 拝