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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


納涼・化かし合い大会2003

*オープニング*

 某所にある寂れた寺、龍殻寺。毎年この季節になると行われる、境内肝試し大会が今年も行われるようである。だが今回は、ほんの少し趣旨が違うようだ。

『募集!』と銘打った書き込みがゴーストネットに上がったのは昨夜未明。

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 龍殻寺の肝試し大会内で、密かに実行されている、迷った魂を無事に霊界へ送り届ける役目を担うボランティアを募集。霊能力の有無は不問。特技・特殊能力等の詳細も不問。やる気のある貴方を応援します。
 …但し、相手がただの肝試し参加者か迷える魂か、確実に判別して頂きたい。その方法については各個人にお任せ致します。
 また、迷える魂を送り届けるその方法も、各個人に一任致します。
 今年は出来るだけ多くの魂を安らかに眠らせてやりたいと当方は考えております。興味を持たれた方は是非ご一考ください。
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 こんな書き込みがあったのだが、不思議な事に同時刻に同じサイトを見ていたにも拘らず、この記事を読んだ者と読まなかった者が存在すると言う事だ。そしてまた、読んだ者ももう一度読み返そうとしても、その記事は元より無かったかのように跡形も無く消えてしまっていた……。

*龍殻寺・正門前*

 街中にあってこれ程までに静かなのは逆に不気味な程、龍殻寺周辺は静まり返っていた。しかも、人っ子ひとりいないのであればまだしも、辺りには肝試し参加者と思わしき人の影が無数にあるのに、だ。誰しもがキツく言い聞かされているかのように一言も口を聞かずに淡々と歩いて寺の正門へと向かっている。この中には、確かに迷える存在である者もいるのだろうが、その大半は一般の参加者である筈なのに。良く見れば、数人友達同士で参加しているらしきグループなどは、仲間内で会話を交わしているようなのだが、まるで無声映画でも見ているかのように、音声だけが他の人達には伝わっていないようであった。
 「はーい、参加者の皆さんはこちらで受付してくださいねー」
 静寂を切り裂いて、女性の声だけが響いている。この夜中にその大声じゃ、近所から文句も来そうなものだが、どうもそれもこの龍殻寺周辺だけに響き渡る声らしい。去年同様、白い着物を超ミニ丈にして身に纏った若い女性が、受付の位置を手で指し示しながらにっこりと微笑んでいた。

 先にその受付を潜って、龍殻寺の内側から、同じく寺の敷地内に入ってくる人の影を眺めてはのんびりと冷たい麦茶などを啜っているのは司録と化楽の男二人である。化楽はともかく、幾分涼しいとは言えこの真夏に、目深に被った鍔広帽と黒いロングコートの姿は、まさに驚かせ役の扮装と言える。尤も、身も凍る恐怖に陥れると言うよりは、ビックリさせる、と言った方が適切かもしれないが…。
 「…少し、次元の在り方が変わりましたな」
 ふと、司録が呟く。それは、受付が全て終了して龍殻寺の正門が閉じられた瞬間であった。ここからしかるべき霊道をより明確に開く為、一旦龍殻寺を閉鎖空間にして、その効果を高めようとしているのだ。だが、そんな変化は素では何の能力も持たない化楽は、ただ首を傾げるだけだった。
 「俺には良く分かりませんが…この敷地内では霊体も生体と同じように見えると言う事ですから、その為なのかもしれませんね」
 分からないと言っているが、実は先程から化楽は、ざわざわと何か内側からせり上がってくるような違和感に気付いていた。とは言え、化楽本人はそれは単なる肝試しと言う状況から感じる恐怖や興味と言ったものの類いだろう、と解釈していた。が、その実は犬神が、司録が感じたものと同じような次元の歪みに反応をしていて、それを化楽の意識下へと伝えていたからである。
 「やれやれ…私は死者には然程興味が湧きませんな…死者の想いや執着は、全て過去への追憶、或いは羨望であり、幾ら強い思いでもそれは後ろ向きのものでしか有り得ない。生きる者の心こそ糧であり、享楽です……と、それを同じく生きているあなたの前で言ってしまっては失礼ですかな」
 司録が、低く掠れたような笑い声を漏らす。それを聞いた化楽は、静かな声で笑った。
 「生きた人間の方に興味が湧くのは俺も同じ事です。死者を悼む気持ちは当然あるが、俺が描きたいのはやはり人が生きている姿、生きようと努力する姿ですからね。死した後に何があるのか、等とは余り考えた事もありません」
 【死した犬が犬神となって、今こうして誰かの中に居る事は事実なんだがなぁ…】
 何やら犬神が、化楽の中でぼやくように言う。まぁいいか、と牙を剥きだして犬神も密かに笑った。

*龍殻寺・境内*

 さて、と二人が休憩所のベンチから腰を上げて境内の方へと歩き出す。あれ程大勢の人間が龍殻寺の敷地内に雪崩れ込んで来ていた筈なのに、気が付けば境内はしぃんと静まり返って人の姿も殆どない。まるで、今回の企画は肝試しではなくて隠れんぼだった、鬼の化楽と司録の二人だけを残して、残りの皆は何処かに隠れて息を潜め、鬼の動向を見守っている、みたいな。
 「…人の気配がしませんね」
 「全く。猫の子一匹、と言うのはこう言うのの事を言うんでしょうね」
 不気味な程の静まり返りようなのに、当の二人は至って呑気にそうのんびりと言葉を交わす。境内の砂利を踏み締める微かな音を立てつつ、二人の男はあてもなく歩く。…いや、実際は何かに導かれるように歩いていたのかもしれない、化楽は気付いてはいなかったが、化楽の中で今日は息を潜める犬神が、風に乗って微かに漂ってくる何かの気配を、意識下で化楽に教えていたからだ。
 人気がないとは言え、時折は人が通りすがる時がある。それは肝試しスタッフであったり、或いは参加者だったりするのだが、その度に犬神は、【こいつは生きてるぜ】と深層意識の下で囁き掛けていたのだ。
 【犬には元々、人間には見えねえもんを見る力があるからな。それに大体、生きている人間には匂いがある。死んでいる奴は見た目をどれだけ取り繕おうが、匂いがしない。俺には一目瞭然さ】
 犬神のこの俺が、人間を救う手助けをするってのもおかしな話だがな。そんな事を呟いていた犬神が、何かに気付いた。化楽をそちらへと誘導しようとする。それは、龍殻寺の敷地内にある、古びた鐘楼の方へだった。

*龍殻寺・鐘楼*

 「…あれは」
 何気なく(本当は犬神の誘導があっての事だが)歩いて向かった、鐘楼の石階段の真ん中辺りに、一人の子供が腰を下ろしているのが見えた。幾ら夏休みで、子供も多数この肝試しに参加していたとは言え、その子供はまだ幼稚園に入るか入らないかぐらいの幼さ、そしてたった一人でいる等と、いずれも尋常ではなく。もしかしたら親か兄弟とはぐれただけなのかもしれないが、それでもこのまま放置しておくのは忍びないので、司録と化楽の二人は、驚かさないように静かにその男の傍へと歩み寄った。
 「こんばんは。ボク、一人かい?」
 化楽が穏やかな笑顔で話し掛ける。泣きべそを掻いていた男の子が顔を上げ、化楽と司録の顔を見比べる。くすん、と小さく鼻を鳴らした。
 「…ここ、ドコ……? ぼく、わかんない…」
 その返答に、司録と化楽は互いの顔を見合わせる。失礼、と司録が低く囁くと、手を伸ばしてその子の頭に軽く触れた。男の子は怖がる様子もなく、上目で自分の頭に置かれた男の手を見る。化楽はと言えば、犬神が【…このぼうず、……死んでるぜ。匂いがしねえ…】と奥底から囁き掛けたので、この子が迷える魂である事は何となく分かったが、だがこれだけ幼い子供が既に命を失っていると言う現実に、どうも素直に信じる事が出来なかったのである。
 「……人は幼かろうが何だろうが、この世に未練を残し、彷徨ってしまうものなのでしょうか…いや、幼いからこそ、思い残す事も多い、…そう言うことかもしれませんね」
 そっと男の子の頭から手を退けた司録が、溜め息混じりにそう零す。子供は色々な意味で純粋過ぎて、司録が望む精神の混沌や恐怖、混乱と言ったものはとても薄い。それ故に、この子がもし生きてこのまま成長すれば、幾度となく味わうだろう絶望や希望、そう言ったものが果たされない事への落胆からか、男の子の内側を覗いた事で、いつもよりも司録の影が薄いような気がした。
 「やはり、じゃあこの子は……既に……」
 「ええ、ご想像の通りです。死の直前までの記憶しか残っていないうえに、元よりこれだけ幼い故、自分が陥った状況をどれだけ正確に把握しているか。いずれにせよ、この子は既にこの世の人ではない。恐らく…事故か事件に巻き込まれて……」
 実際に司録が見たものは何であったかは語られずじまいだったが、漏らす溜め息の深さが、いろいろな無念の深さを語っていた。
 「何と言う事ですか…こんな幼い子供が……」
 そっと化楽が手を伸ばして男の子の頭を撫でる。大人二人の会話の意味が分からない男の子は、ただ二人の顔を互い違いに見詰めるだけだ。ただ、その雰囲気から余りよさげな感じを受けないせいか、どこか不安げに見上げている。それに気付いた化楽が、男の子の隣に座るとその小さな身体を膝に抱きかかえ、軽く揺らしながら笑顔を向ける。
 「ボク、犬は好きかい?」
 「いぬ?うん、ぼくすきだよ。おうちにもね、いっぴきいるの。タロっていってね…」
 ぱっと表情を明るくして、男の子は自分のうちで飼っていると言う犬の話しをし始める。たどたどしい言葉で、一生懸命、そのタロがどれだけ可愛いか、どれだけ賢くて自分に懐いているかを説明している。それを化楽はニコニコしながら聞き、そして自分のうちにいる犬についても話した。男の子は、化楽のうちにいる犬の話も目を輝かせて聞き、いろいろと質問をした。そんな様子を傍で眺めながら、司録は男の子の様子をよくよく観察している。そうして、その子が着ている服装、そして出てくる話題などから、この子が死したのは何十年か前の事ではなかろうかと推測した。それではそのタロと言う犬も、幾ら大切にされて長生きしたと言っても、今は既にこの世にはいないだろう。そしてこの子は、その事に気づく事もなく、勿論自分が既に肉体を失っている事さえも気付かずに、長い間一人でこうして彷徨い続けてきたのだろうか。
 また化楽は化楽で、司録のように人の心の内側を見る事はできなかったが、同じように服装その他から、同じように推理し、顔には出さなかったが何とも言えない悲痛な気持ちになった。その半分ぐらいは、中で潜む犬神の感情だったかもしれない。犬神は、大人よりは子供を救いたくて、わざと化楽達を子供の霊がいる場所へと導いたのだから余計にだろう。
 やがて話し疲れたのか、男の子は化楽の膝の上で寝息を立て始めてしまった。膝に抱いたまま、揺りかごのようにその身体を揺らしながら、化楽が細く溜め息をついた。
 「…何だが、遣る瀬無いですね……」
 「全てのものは死を畏れ敬い、そしていつかはそれを受け入れる。その後にまた新たな命を得る。自然の摂理とは言え、それが全て人生を全うしたものだけに起こりうる事象ではないと言う所が、人の世の妙でもあり、虚でもあるのでしょう」
 「この子の親は、どれだけ悲しんだでしょうね。これからどのような人生を送るのかと期待と夢に溢れていただろうに、……」
 「己の死をあるべきものだとして受け入れる事が出来る人間は極僅かですよ。病でも事故でも事件でも、何故我が身に、と呪い悔やむことが多いでしょう。…それでも、起こってしまった事を無にする事は出来ません。であれば、せめて幾許かの夢と共に、常世へと旅立って頂くしかないでしょう」
 そう呟いた司録の顔を、石階段に座ったままの化楽が見あげる。
 「あんた、出来るのか。俺にはそこまでの力はない。出来ればこのぼうず、安らかに眠らせてやりてえんだよ」
 先程までとは全く違うその口調と気配、何故だが急に自己主張した犬神に、司録は何も言わずに頷いた。
 「偽りの夢であっても、果たせなかった事を果たした気になれば、きっとこの子も迷わずに行き着けるでしょう。……ほら、迎えが来た」
 そう司録が指差す方向に、いつの間に居たのか、一匹の赤犬が立っていた。舌を出して元気よく走ってくる。それに気付いたのか男の子も目を覚ましてそちらを見た。ぱっと顔が明るくなる。
 「タロ!」
 「わんッ!」
 化楽の膝の上から飛び降りた男の子が、タロの首にしがみ付く。尻尾を千切れんばかりに振って、タロも男の子に甘えた。
 「さぁ、これで行くべき場所が分かるでしょう。タロがあなたを導いてくれますよ。…行けば分かります」
 行けばそこには、『本物の』タロがいるだろうから。化楽は、と言うか犬神は既に分かっていた。この、犬の匂いも気配もしないこの赤犬が、司録が男の子の記憶から読み取って正確に具現化した、タロの残像なのだと。
 「タロ!待ってよー!」
 走り出したタロの後を追って、男の子が走りだす。最早、化楽と司録の存在も忘れたように、振り向きもしないで駆けていき、やがてその姿は青白い光の中に溶けた。

*龍殻寺・東屋*

 龍殻寺境内の奥にある東屋。ここから空へと伸びた光の道を辿れば、迷う事なく成仏出来ると言う。恐らく普通の人は目にする事ができないその道を、大勢の人達が歩いて上がって行くのが見える。今年の化かし合い大会は大成功だったらしい。
 未だタロの残像と一緒に、光の道を歩いていく男の子の姿が見えた。無事に霊界への道へ辿り着けたようだ。あの道は一本道だから、もう迷う事もないだろう。ほっと化楽は、我慢していた溜め息を盛大に漏らした。
 「もう迷ったりしてはいけませんよ。また新しい可能性を、幾らでも持っているんですからね、ぼうやは」
 【達者でな、ボウズ】
 犬神の呟きは、半分意識を保ったままだった化楽にも伝わったようだ。先の台詞の最後、『ぼうや』の部分が何故か『ボウズ』に変わってしまって、普段は決して口にする事のないようなその単語に、化楽はただ首を傾げるだけだった。


おわり。



…ちなみに、参加ボランティアには、助六寿司と烏龍茶一本が支給されたと言う……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34歳 / 絵本作家 】
【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】

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■         ライター通信          ■
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一度でいい   受注の即日   納品してみたい(字余り)

……何を馬鹿な事を言ってるんでしょう(我ながら遠い)
と言う訳で大変長らくお待たせ致しました、ライターの碧川桜です。
那神・化楽様、いつも有り難うございます!感謝しきりの碧川です。
ネタがネタなだけに、お盆までには!と意気込んでいたんですが、見事玉砕してしまいました。夏の終わりには何とか間に合ったようで一安心です。
しかし、当初はホラー調を予定していたのですが…力量不足でしょうか(涙)
懲りずに、またチャレンジしたいと思います。宜しければ、またご参加くださいね。
それでは、またお会いできる事をお祈りしつつ……。