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RatRace
※事前の注意※
今回、諸々の事情により、予想外に破壊的レベルでギャグ率が高くなっております(当ライター比)
御容赦下さい。
笑って許してやって頂ければ幸いです…。
…どーか石投げないでやって下さい(涙)
では改めまして、どうぞ。
■オープニング■
薄暗い闇の中。床面に滑った黒い液体で塗りたくられた奇妙な文字。大きな円が幾重にも。
複雑な、魔法陣。
放置された廃ビルの中。
むっとするような血臭が立ち込めている。
異様な冷気と熱気が混在する、その場に。
黒い僧衣――カソックを着込んだ男がひとり悠然と佇んでいた。
その後ろには長い髪を垂らしたこの世の物とも思えぬ程の美しく若い男がひとり。
気配も無いまま、ひっそりと佇んでいる。
現世の喧騒はここまでは届かない。
断じられた者は入れない――『限られた空間』。
そこを破る事が出来るのは、その『場』を為した当人でしか――なかった。
僧衣の男は気紛れに後ろを振り返る。
長い髪の男を視界に入れ、口許だけで笑む。
「良くもまあ来てくれた」
「残念ながら契約はまだ有効だったのですよ――キリエ様」
「それは喜ばしい事だ。契約の証を失ったこの身にそれでも仕えてくれるとは」
「時がまだ、満ちておりませんでしたもので」
「そうか」
僧衣の男は低く笑う。
「…あの時、呼び出していたのがお前で良かったよ」
長い髪の男はゆっくりと目を伏せ、もう一度僧衣の男を見る。
「どうぞ、御命令を」
「エル・レイ、などと…ふざけた名乗りをしているあの女吸血鬼を殺しに行く」
歌うような声。
「俺の望みはそれだけだ。…手伝ってくれ」
それを聞くなり、後ろに佇む美しい男は恭しく片膝を突き、僧衣の男に頭を垂れた。
「…御意。何処へなりと御連れしましょう」
■ある日の草間興信所(と、その周辺)■
…何処ぞでそんな穏やかじゃない話はあったとは露知らず。
草間興信所には毎度の如くの平和な日常が訪れていた。
朝方。
…既にして来客あり。但し依頼人ではなく。
「へー」
ほぼ徹夜開けの頭で、ぼーっと熱い緑茶を啜っていたのは藤井葛(ふじい・かずら)。
ちなみに彼女の「ほぼ徹夜」の理由は、論文の方ではなくネットゲームの方だったりする。
…卒業は大丈夫か。
「ここって吸血鬼も来るんだな…」
自分で土産に持って来た和菓子を開いて突付きつつ、葛はテーブルを挟んで正面に座っている女性をじーっと見ていた。
その女性、相当顔色が悪い…青白い。
更に言えば、唇の端から牙のような乱杭歯が見えている。
一見した全体的な雰囲気は、妙齢の貴婦人。
洋風の。
繊細そうな。
…なのだが、嬉々として葛の土産である和菓子に手を出している気がする。
何だか見た目とは違い、気さくな気配だ。
「あら、吸血鬼見るの初めて?」
「…いや、普通あんまり見かけない…でしょう?」
「そうなの?」
と、逆に女吸血鬼――エル・レイは部屋の主に振る。
「…少なくとも朝日が差し込む中、呑気に和菓子突付いてお茶してるようなのは見かけませんね」
何処か仏頂面で、部屋の主――草間武彦。
「ふーん」
興味深そうに頷く葛。
「確かに吸血鬼って朝日に弱いって言うっけか。だけど貴方は問題なさげ、と」
「私はあまり基準にならないわよ?」
葛の科白にエルは苦笑する。
「最近血も吸ってないし」
「…それで吸血鬼なんですか?」
「元気な子たちの生気のおこぼれもらってるだけで充分過ぎるの。最近。…この辺、見てるこっちが疲れるくらいの元気印が多いし。こことかアトラス編集部に来てるとそこらでちょくちょく発散してくれるから…わざわざ人襲わなくても密かに頂戴できるしね」
「はー」
ぼー、としつつ葛は棒読みで感嘆符を吐く。
「…居座ってる理由はそれか、エル」
相変わらずの様子で、武彦。
「貴方や零ちゃんも結構好きだけど? 私は」
「…」
「それに、ここに居るのって単純に楽しいし。お茶も美味しいし。ここは珈琲も美味しいわよね? ってあ、そう言えばユリウスとお茶の約束してたんだった。…って向こうも忘れてるかもしれないけど」
唐突に思い出し、エルは部屋の時計を見遣る。
少し遅れてるけど、ま、いっか、とエルはゆっくり来客用ソファから立つ。
そしてそこに居る葛と武彦に。
「じゃ、また後で来るわね?」
と、ひとこと残し、エルは草間興信所を後にした。
いったい何しに来たんだ、エル。
「…ところで今あの女吸血鬼、ユリウスとか言ってなかったか?」
「…それだと何か問題あるのか?」
「…ここらでユリウスと言えばヴァチカンの高位聖職者だ、一応」
「…じゃ、なんで仲が良さそうなんだ?」
「…知るか」
■■■
暫し後。
草間興信所の応接間には客人が数名増えていた。先程まで居なかった零も戻って来ている。
けれどやっぱり『依頼人』は居ない。
一見、賑やかと言えど、その実は閑古鳥が寂しく鳴いている…。
「…あら、エルさんがいらしてたんですか」
意外そうに声を上げたのはパンツルックの似合う図書館のお姉さん――綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)。
「あ、知り合いですか」
漸く頭が起き始めて来た葛がぽつりと確認。
「ええ。色々お世話になってるわ。それと、今度京都に甘味処ツアーに行く約束してるの」
「うわー、良いなー、俺も行きたい…」
と、言うだけ言って葛は自分の現実を思い出し、嘆息。
…卒業…できるか…。
「ボクも行きたーい! ねえねえ、いいよね? 汐耶お姉ちゃん?」
エルが行くならボクもー、と、はいはいはーい、と元気に立候補する、可愛らしくも綺麗なブランドの服で隙無く決めている金髪の少年――瀬川蓮(せがわ・れん)。
曰く、エルとは元々、茶飲み友達との事らしい。
「エルさんか、その名前、久しいな」
話を聞きつつ静かに笑って、麦茶のグラスコップを傾けていたのは、腕っぷしの方も確かなオカルト作家――雪ノ下正風(ゆきのした・まさかぜ)。
彼もまた、エルの事を知っているらしい。
「随分、顔の広い方なのですね。そのエル様と仰る方は」
同じくグラスコップを傾けつつ、だが無表情なままで一同の話を聞いていた洋風の古本屋「極光」の主――ステラ・ミラ。
何処となく近付き難い、神秘的にも思える雰囲気を持つ彼女が中型犬サイズの白い狼――オーロラを足許に伏せさせ、来客用ソファにそっと座っている。…それだけで何となく、場の空気が違って来るようだ。
「そのエルさんって、吸血鬼…なんですかぁ?」
可愛らしく小首を傾げながら、何故か来ている『例えその筋に無関心であろうが、誰もが何処かで見た事のあるような気がしてしまうレベル』のトップアイドル――イヴ・ソマリアが問う。
ふわふわくるくるの淡い青――水色の髪が揺れた。
…可愛い。
こんな子が来るんですか草間興信所。
侮れない。
「一応そうですわ。イヴ様。エル様は吸血鬼になります。とは申しましても、無闇に人は襲いませんわ」
にっこりと微笑み、やはり同様に麦茶の入ったグラスコップを傾けている黒髪に眼鏡の和風美少女――天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)が答える。
彼女は何かの帰り道か、中身の入った竹刀袋を携えている様子。
ステラはちら、と彼女を見る。
「撫子様ともお知り合いなのですか」
「ええ。良いお付き合いをさせて頂いてますわ」
「そうですか…撫子様がそう仰るのでしたら…私も是非一度、お会いしてみたいものですね」
「エルさんは比較的良くいらっしゃいますから、その内お会いする事もあると思いますよ?」
麦茶のお代わりを注ぎつつ、零が言う。
いつも通りに和やかに談笑は続いていた。
「…ところで草間様」
「…なんだ」
「最近煙草の本数、増えてらっしゃいませんか?」
「…煙いか」
「喫ってらっしゃる御本人よりも、吐き出される副流煙の方が身体には悪いんですよ?」
「………………悪かったな」
撫子に言われ、たった今まで喫っていた煙草を、ぐし、と灰皿に押し付ける。
…ちなみに殆ど終わりだったからそう出来たらしい。
少し情けない気もするが、そうでなかったら誰から何を言われても勿体無くて出来なかったりする。
…みんな貧乏が悪いんだ。
と、不覚ながらも武彦が落ち込みかけた時。
「こんにちはー」
快活な声を上げて入ってきたのは青い髪と瞳の見慣れた少女。
「…って、いっぱいいらっしゃいますね」
「毎日のように来るな、海原(うなばら)」
仕方無さそうに笑いつつ、武彦。
「何かバイトがあったらやりたいですからね」
海原と呼ばれた彼女――海原みなもは、それににっこりと微笑み返す。
と。
一陣の風が吹いた。
刹那。
「…ここが怪奇探偵の興信所か」
何処か物々しい気配を隠しもしない二人組が唐突に応接間に立っていた。
取り敢えず、武彦としては見覚えはない。
いつもの常連組とは、別のよう。
とは言えこの現れ方は何なんだ。
しかも来るなり不躾に怪奇探偵呼ばわり。
「………………御依頼ですか」
「ああ」
…つまり怪奇探偵の本領発揮と言う訳か。
最早訂正する気にもなれない。
現れた男の片割れ――黒いカソックを着込んだ方が、つかつかと主のデスクの前まで歩いて来る。
もう片方の若く美形な方は、現れたその場に佇んだまま動こうとしない。どうも、控えめな印象が先に来る。
主体はカソックの方だと、興信所の面子にはすぐ知れた。
…否、『カソックの男の気配』の時点で気になっていた人物もまた、多い。
「捜して欲しい奴がいる」
「人捜しですか」
「人ではない」
「と、仰いますと」
「吸血鬼だ。名は――今はエル・レイと名乗っている、女」
「…」
一同、俄かに静まり返る。
それはつい今し方までここに居たらしい、しかも話題に上っていた人物ではないか。
「ちょっと待って下さい、まずは、貴方が何者か――伺っても宜しいですか」
武彦はカソックの男を制止し、その正体を問う。
…正直、ユリウスはじめ『こちら側』の聖職者の類には良い思い出が無いのだ。
「名か? キリエ・グレゴリオと言う」
「あら、素敵な名前ですわね。キリエ様、ですか?」
口を挟むステラ。
「で、そのエル・レイ様と仰る方を捜して、どうなさるおつもりですか?」
「…その後どうするか、まで必要なのか、捜索の依頼をするだけの事に?」
キリエは、じろ、とステラを見る。
と、武彦の方からキリエに向け、声が飛んできた。
「後味の悪い事になるのは――なるべく勘弁して欲しいですからね。
貴方の様子を窺っていると、どうも不安だ」
「それは申し訳無いな…俺の目的は、あの女吸血鬼を殺す事…貴様らの言う、『不安』は正しかろうよ」
「…つまり、人殺しの片棒を担げって言うのかしら?」
考えつつ、何処か冷たい視線で、汐耶。
「吸血鬼、だと言わなかったか?」
当然のようにすぱっと言い切るキリエの科白に、今度は武彦が、ちら、とその顔を見上げる。
「…ウチは確かに怪奇探偵として名が知られているかもしれない。ですがね、魔物・妖怪・幽霊の類を問答無用で潰して回っている訳じゃないんですよ。そこのところは勘違いしないで頂きたい」
「貴様らは化け物の肩を持つと言うのか」
「場合によっては」
即答する武彦。
キリエはそんな武彦の目を、ぎ、と睨み付けた。
武彦の方でも、目を逸らさずに睨み返す。
と。
ぱん、と何か思い付いたように一度、軽く手を叩く音が響いた。
…撫子である。
「まぁまぁ、キリエ様も草間様もそんなに怖い顔をなさらず。…キリエ様、こちらに御座りになって、もう少し詳しいお話をお聞かせ願えませんか? 殺すなんて、そう簡単に言い出せる事じゃありませんでしょうし。何か深い理由がおありなんでしょう? ね? 依頼を受けるか受けないかを決めるのはそれからだって遅くはありませんわ。ですよね、草間様? キリエ様だって、助力が欲しいからこそ、興信所に頼りにいらっしゃったんでしょう?」
是非、こちらに、とソファの空席を勧めつつ、撫子はキリエに言う。
「そちらの方も。どうぞ?」
若い男の方にも、ほわんとした笑顔を見せつつ、同様に。
と。
「そ、そうですね。あ、零さん、このハーブ入りクッキーも、お出しして良いですか?」
撫子の意図に気付いたように、みなもが調子を合わせ出した。
持参していた土産のクッキーを、注目されるようわざわざ持ち上げつつ。
「クッキー? 手作り? やったっ。ボクにも頂戴☆」
こちらは意図してかどうだか不明だが、蓮も嬉しそうに口を挟んではしゃぐ。
「あ、みなもさんわざわざ有難う御座います。どうぞ出してやって下さい」
零は相変わらずの微笑みで、みなもに向けてこっくりと頷く。そして台所に引っ込むと、新たに良く冷えた麦茶を入れたグラスコップをふたつ持って来た。
「ささ、どうぞ」
腕を取り、穏やかな笑顔を浮かべながらもやや強引にみなもはキリエをソファの空席に導く。零はその前に麦茶を置いた。どうぞ、といつものスマイル付きで。
「…こっちの菓子も美味いよ? 良かったら食わない?」
のほほんと麦茶を飲みつつ、葛も自分が持ってきた和菓子を無造作に彼らに勧め出す。彼女もまた撫子らの意図に気付いたか。
キリエも――何らかの魔物らしい若い男も、突然のやけに友好的な態度に途惑いながらも、一応それらに従う。
が。
「…あっ、ごめんなさいっ。あたしぃ、午後からお仕事あるんでしたぁ。そろそろ帰りますぅ」
ぱむ、と両手を合わせ、ごめんね? とばかりにキリエと武彦に向かいイヴは言う。
「御手伝いは皆さんいらっしゃいますから何の問題もありませんもんね? じゃ、失礼しまーす☆」
そして一同を見渡し、にっこり。
微笑んで、何故かここにいたトップアイドルは草間興信所の応接間から出て行く。
と。
「俺も失礼します。仕事が残っている事を思い出しました」
イヴに続いて重々しく立ち上がったのは正風。
そして一度ちらりとキリエを見、次に若い男を見る。
相手に『何も心当たりが無い』様子を確かめると、すぐに目を逸らした。
無言のまま、彼もまた応接間から出て行く。
…珍しく、その姿は何となく、怖かった。
■■■
…少し時を戻して。
都内某所。
「有難う御座いやしたぁー」
…と、威勢の良い声に送られ、何処か途方に暮れた様子の兄貴分らしいひとりを筆頭に、ヤクザらしい四人組がカレー専門店から現れた。
ぎょっ、として思わず近場の歩道から退く人の波。
けれど彼ら――神宮寺茂吉(じんぐうじ・もきち)、通称・カレー閣下…以下三名はそんな周囲の態度は気にしなかった。
彼らの頭にあるのは、『究極のカレー』の事のみ。
…も少し正確に言うと兄貴分な茂吉の頭にあるのが、『究極のカレー』の事のみと言える。
「くっ…今日もまた…」
――『究極のカレー』様は見付からねぇ…。
そこまでは言葉にならない。
悔し過ぎて。
俺はどうしたら…。
いったい何処に行けば『究極のカレー』様をこの俺の手に…ッ!
「今日はなくとも明日、明日はなくとも明後日! いつか見付かりますよ茂吉の兄貴ィ!」
「そうよ! 諦めないで茂吉さんッ!」
「そうッすよ! 他ならねえ茂吉の兄貴なら…きっといつか…カレーの女神も微笑んでくれまさぁ…!」
「…てめぇら本名呼ぶんじゃねえ…ゴラァ…」
怒鳴る声にも気迫が薄い。
途方に暮れつつも、とぼとぼとヤクザ四人組(部下一名はオカマらしい)は歩いて行く。
そしてある場所で。
聞き覚えのある声がした。
――草間武彦。
考えてみればここは野郎の興信所。
通りすがりのその建物の窓から、茂吉は何となく様子を窺った。
…ここは普段から無闇に人が居るが…今のこの話し声は、話振りからしてどうも依頼のような気配だ。
茂吉は思う。
あの怪奇探偵野郎にゃ、いったいどんな依頼が入りやがるモンなんだ?
――もしやまさか『究極のカレー』様の糸口になりやがるか!?
思い、拳に力が入る。
ちろり、と汗まで流れた。
と。
思った通り、この話し声は依頼のようだ。
人捜し。
どうやら神父が女吸血鬼を探していると言う話らしい。
その時点で茂吉…否、カレー閣下のアンテナにビビビビッと来た。
こいつァきっとアレだ!
…その女吸血鬼が『究極のカレー』様を持っているに違いねぇ!
いや持ってなくてもその在処を吐かせてやるぜ!
ぐぐっ、と拳を握り締めると、カレー閣下はそう、決意した。
………………その話を聞いただけで、何故そうなる。
と、その時。
ひょこひょこ軽快に走って来る魔物専門賞金稼ぎが一匹。
単純な外見だけなら至って普通の日本人風だが、他の誰とも間違いようのない独特な何かを持っている謎の学生でもある――黒乃楓(くろの・かえで)。
「週に一回は零ターン♪ にツッコミを入れられないと調子がでなくてよぅ〜♪ ってうん?」
楓は前方にカレー閣下以下三名の姿を認め、足を止めた。
カレー閣下の方も同様、楓の姿を認める。
「てめぇは…」
「おお、カレー閣下♪ 『究極のカレー』は見付かったか〜い?」
きょろんと可愛らしく(!?)小首を傾げ、いつの間にそこまで近くにいたのかカレー閣下の顔を下から覗き込むようにしながら楓は言う。
カレー閣下は暫し停止した。
が。
究極のカレー、のひとことに即復活。
「…『究極のカレー』様、そゥよ、『究極のカレー』様を探すんだゴラァ!! 行くぞ野郎どもッ!!」
と、復活するなり揚々と何処ぞへ歩き出す。
「あのエルっつゥ女吸血鬼を探し出せば『究極のカレー』様が俺の胃袋に!! フッ、何処に居ようと絶対探し出して見せるぜこの俺の第六感をナメんじゃねえぞ!? よっしゃ野郎ども気合入れて行くぜぇッ!!」
「そうなんだ〜♪ 『究極のカレー』が手に入るまであと少し☆ だったら漏れも手伝うぜ〜ぇ♪」
「何? …てめぇもわかってくれるか。わかってくれるってのかこんちきしょう。泣けて来るじゃねえか」
「ああ漏れにはわかるとも♪ カレーに賭けるその情熱、すっばらしいじゃないか〜♪」
心底感動したようにキラキラと目を輝かせた楓は、嬉々としてカレー閣下以下三名の後を付いて行く…。
■不条理にカレーなる戦争?勃発 〜怪奇探偵、キレる〜 そして…■
再び興信所。
なしくずしにお茶の仲間に連れ込まれたキリエともうひとりは、観念したように麦茶に口を付けていた。
ちなみに先程、黒髪に眼鏡の――調査員志望な目新しい客人が現れたせいも、少しあるかもしれない。
…とにかく神父風のキリエとこの名称不明の『悪魔のような気がする若い男』のふたり、大方が思ったよりも大人しい。
これは案外、良い人なのかもしれない。
どちらも。
「…エルは人殺しだ」
勧められるままに麦茶のグラスコップを持ち、手持ち無沙汰げに中の氷を転がしながらキリエは呟く。
「ああ、吸血鬼が人殺しじゃない方が…おかしいか」
ふ、と自嘲気味に笑う。
「退治しなければならない…魂を持たぬ…神の御心に背く大敵」
「…私たちはそんな大義名分を訊いてはいないわ。貴方様自身が、何故エル・レイ様と仰る方を殺したいのか…それを訊いているんです」
…答えられませんか?
ステラはそう続け、キリエを見る。
キリエはステラに視線を流した。
「仇だ」
「仇…ですか」
「――俺は奴に殺された」
ぽつりと。
今日は良い天気だな、とでも言うのと同じ調子で、平然と。
一同は絶句する。
…それはつまり、今ここに居るキリエは死人と言う事にはなるまいか。
「奴に血を吸い尽くされ…この身体になった」
空いている片手を、光に翳すように見ながら、呟く。
言われてみれば――その肌、赤みが、薄い。
とは言えエルの青白い肌を見慣れている面子にしてみれば――このキリエはそれ程顔色が悪くも見えない。ちょっと色白に見える程度に過ぎない。
「この恨みは忘れない…絶対に殺してやる…」
ぎゅ、と翳していた掌を握り、宣言する。
ステラはそんな姿を暫し見つめてから、口を開いた。
「それで…宜しいのですか、キリエ様」
「…どう言う意味だ」
「本当に貴方様は、エル・レイ様と仰る方を、殺したいのですか?」
「当たり前だッ」
「貴方は死人だと仰いましたね。エル・レイ様と仰る方に血を吸い尽くされて死んだ、と」
「…ああ」
「ならば、何故貴方様は今こうして自らの意志を持って、動いていられるのです?」
「それはあの女吸血鬼がこの俺の身体を…っ」
「眷属になさったと、そう言う事にはなりませんか?」
「…そうだ」
「もし貴方様が吸血鬼にとってただの餌だったなら――死して後、眷族にはなりませんよ?」
ステラは言う。
「いえ、餌扱いだったのなら…死して後、吸血鬼としての身体と能力を得たとしても、他ならぬその『意思』は薄弱な筈です。『親』に従うだけしか能の無い、端末にしか過ぎなくなる筈。なのに貴方様は『親』であるエル・レイ様を殺すなどと言う、ただの端末では有り得ないような明らかな意思を持っている」
キリエの様子を窺いながら、続けた。
「貴方様は『親』――エル・レイ様より血を受けていますね。それも、特別な」
「――」
「…違いますか?」
ステラの言葉に、唇を噛み締めるキリエ。
と。
「ステラさんの…仰る通りなんですか?」
恐る恐る、みなもが問う。
キリエは答えない。
それはその場に居る一同にとって、肯定に、思えた。
「…てー事は、と。…うわ面倒臭い。キリエさんの立場じゃ、恨む可能性とその逆の可能性、両方あるって事になるんじゃないか?」
少し考え、ぼそりと葛。
「貴方が吸血鬼になった、って言うその時の状況に寄るだろ、どっちになるかは」
「そうね…余程一方的に気に入られていたか…または同意の上か? …ってところかしら。何となく…前者はあまり想像出来ないけど…」
キリエを見つつ、葛に続け、汐耶。
「その選択肢じゃあ同意の上でしょ。エルお姉ちゃんの性格だったらそー思う。ねーどーせ同意の上なんでしょー? だったら逆恨みじゃん。あ、ひょっとしてホントは逆にエルお姉ちゃんの事好きなんじゃないのー? 殺す殺すってのは照れ隠しとか?」
おちょくるように、蓮。
「…黙れガキ」
「あ、図星だ。このおじちゃん怖ーい」
「おじ…ってこの…くぅッ…。
…ってちょっと待て貴様ら、何故そんなにもエルに詳しい!?」
「だってエルお姉ちゃんは友達だもん」
あっさりとバラす蓮。
「――何ィ!?」
驚くキリエ。
「…ええ。良いお付き合いをさせて頂いてますわ」
蓮の科白に仕方無い、とばかりに苦笑しながら、撫子。
「…あたしも似たようなものです」
同様に、みなも。
「私もそうですね。今度京都に旅行する約束もしてますし」
麦茶を啜りつつ、平然と呟く汐耶。
「俺もそんな、害があるよーには見えなかったけどな、あの女吸血鬼。少なくとも最近は人襲ってないみたいだったし」
朝方の事を思い出し、平然と葛。
「…と、まぁそんな訳で乗り気じゃなかった訳なんだな、殺すなどと聞いては」
後を受け、渋々ながら種明かしをする武彦。
「…貴様もか」
憔悴し切ったような顔で、キリエはじろりと武彦を睨む。
「正直、それなりに迷惑はしてるが…その分、助けられる事もある。…長い目で見りゃプラマイゼロの『ただの客人』だ。とにかく、俺たちにとっては――そんなに深刻な害があるようには見えなくて、な」
…だからこそ余計に、何故殺したいのか、が詳しく聞きたい。
他に解決策は無いのか、と。
…他ならぬあの女吸血鬼相手なら、話し合いで何とかなるような気もするから。
改めてそう明かし、武彦はキリエを見遣る。
「どうしても、殺したいのか?」
「…無論、だ」
ゆるゆると力無く首を振りつつ、キリエ。
と。
『そこまでにして頂けますか――』
ずっと黙っていた若い男の方が、口を挟んだ。
『さすがにそろそろ、見ていて忍びない』
苦笑しつつ麦茶をテーブルに戻す若い男。
「そう言えば貴方様は――何者なのでしょう」
麦茶を飲み干し、撫子が未だ名も知れぬ男をじっ、と見た。
男はそんな撫子に対し、小さく静かに頷く。
『申し遅れました。私はソロモン七十二柱のひとり、セエレと申します』
「…え?」
『生前のキリエ様と、具体的な期限を切って契約済みでしたので、今回はお手伝いに参上致しました』
例え契約者が死したと言えど、一度交わした契約を違える訳には参りませんからね。
何処か貴族的な優雅な仕草で、セエレと名乗った彼はみなも手製のクッキーをひとつ抓む。
…仕草は貴族的かも知れないが、やってる事は何だか庶民派な悪魔だ…。
『とは申しましても…私に大した戦う力は御座いませんが。出来るのは「物を移動する」だけの事――』
とどのつまりは、キリエ様のただの『連れ』と考えて下さって、問題はありません。
静かに微笑みながら、改めて麦茶に口を付ける。
『私の力では、エルと仰いますその御方を殺す役には――立ちますまい』
「…セエレ」
『キリエ様? 未だ迷っておられるのですか? 貴方様のお望みは?』
静かに言い聞かせるようにセエレはキリエに言葉を投げる。
詰まり、返らない答えに、セエレは優しく微笑した。
と。
それを見て。
ステラは小さく頷いた。
「…わかりました。私は貴方に協力しましょう。キリエ様」
「ステラ様!?」
「ですが捜すまでです。殺す事に協力は出来ません」
「…構わんさ…それは俺の手で出来る…」
「私も手伝います。ちょうど良いお仕事のようですから」
控えめに微笑み、黒髪に眼鏡の新たな客人――朝比奈、舞と名乗った彼女も。
「そうか…有難い…」
キリエが儚く笑う。
と。
ばん、と応接間の扉が乱暴に開かれた。
…何事だ。
思い一同はそちらを見る。
そこに居たのは――。
「…雪ノ下さん!?」
「その通りだ…俺は雪ノ下龍馬の息子…龍馬と言うこの名前、聞き覚えがあるな」
正風の視線は真っ直ぐに、キリエとセエレを見据えている。
が。
キリエもセエレも、訝しげな顔をするのみ。
「この俺を見てまでシラを通すか…」
正風の全身に鬼気が満ちている。
「先程、エルさんを殺すと言っていたな…ならばその前に、貴様に殺された雪ノ下龍馬の息子、気法拳士雪ノ下正風が相手になろう…」
一歩一歩、正風は足を中に進める。
「…父の墓前で誓ってきたさ。今こそあんたの仇を取ると!」
ぎゅ、と床を踏み締め、正風は体息を整えるようにしながら、低い位置で構えを取る。
突然の事にキリエはうろたえた。
「ちょ、ちょっと待て、俺には何が何だか…」
「問答無用ッ! 奥義・黄龍破天腿ィィィッ!!!!」
声と共に京劇のように軽く足が舞う。広い範囲に――ガガガガッ、と鋭く重い蹴打が連続した。
ちなみにそれは応接間のテーブルを削ってもおり…。
キリエにもそれは到達した。
『キリエ様!』
が、キリエは腕の一本で辛うじて抑えている――『親』譲りの怪力故か。
「避けろセエレっ!」
「危ない!」
叫ぶと同時に、ステラの指先が空中に手早く魔法陣を描く。紋様をなぞる形に燐光が熾き、膨らむような錯覚を覚える。ステラは何かを唱えていた。但し、妙に短い気のする、呪文。
刹那、今正に蹴打の餌食になろうと言うところだったセエレの姿が、消えた。
「…最短の略式で召喚還しをさせて頂きました…セエレ様ですと…あのままでは狙い打ちにされますから…『影の壁』で庇うよりもこの方が安全だと判断したのですが」
申し訳ありません。
ステラは小さく謝ると、改めてキリエを見る。
「ところで雪ノ下様に仇と呼ばれるような覚えはあるのですか、キリエ様」
「…知らんッ。誓って知らんぞこんな男はッ!」
「この期に及んでまだ言うか…キリエ神父よっ!!!」
再び掌に気を溜めて、声を上げる正風。
「名前まで知ってるようですけど…本当に人違いなんですか?」
咄嗟にクッキーと麦茶の幾つかを取り避けたみなもが更に問う。
「…わからんっ、とにかく俺は知らんッ!」
面食らったように叫びつつも、正風の蹴撃をガードするだけはガードする、キリエ。
と。
「…ごめんちょっと匿って」
唐突に場違いな声がした。
声と共に武彦の背後の窓から飛び込んできたのは話題の当人、常態で顔色の悪い女吸血鬼、エル・レイ。
彼女は中に居るキリエを見、あらお久しぶり、元気だった? などと無闇に平和な声を掛けた後、あっさりと興信所の奥の部屋へ駆けて行く――移動しようとする。
つまりキリエの存在、殆ど無視。
「待てッ」
突然の事ながらも目的の相手が現れた幸運に間違いは無い。正風の存在よりそちらが先。正風の攻撃を押し弾き、当然その背を追おうとするキリエ。
が。
「オラ待てぇい! 『究極のカレー』は何処だゴラァ!! さっさと吐きやがれ!! 逃げんじゃねえぇええッ!!」
ビシビシビシィッ
…エルが今入ってきた窓の外から何やらカレー色の米粒? のような物体がヤクザな恫喝と共に対象選ばずびしばし飛んでくる。ぶつかると一撃一撃がいちいち痛いエアッド。深刻なダメージは来ないが、こんな場面の攪乱? には最適のような攻撃――必殺・カレーピラフつぶて。
「さあっ、試作品はココにタンと在らーなー♪ 心逝くまで食して感想を贈れっ♪」
…そして今来た謎のヤクザと同じく、カレー鍋を片手に携えた…謎の学生? が嬉々として飛び込んできた。
………………誰だあんたら。
と。
ガゥン
「ここで会ったが百年目…」
何処からいつの間に取り出したのか武彦の手に拳銃――ベレッタが握られている。
カレー鍋を携えた男の声を聞くなりその姿を見もせずに、彼自身の肩越しに銃口が後ろに向いていた。それ即ちカレー鍋を持った男――黒乃楓の真正面をポイントしている。
「…っておい待て」
突然の事にぎょっ、とした顔で、葛。
…草間武彦、銃なんぞ持ってたのかい。
否、持ってたとしても今この場で速攻出るって何。
「調停役じゃなきゃならない場の主が暴走してどうするんですか草間さんっ!!!」
御菓子にグラスコップを抱えたみなもが言う間にも、武彦の様子は変わらない。
目付きが変わって――と言うか目が据わっている。
…怖い。
「ひゃ〜く年目ェ? なァに言ってるの〜? 先週も会ったじゃな〜いか♪ 草〜間タン♪」
などと言いながら、ひらりっ、と妙な動きで軽く弾を避け、楓は主の事務机の上にぴょん、と飛び乗り武彦をじーっ。
「でもね、い・ま・は、エルタ〜ンの方が優先なの〜♪ ――さっがっそうぜ〜♪ 究極カレー♪ 世界でいっとースリルなひっみっつ〜♪」
「…」
ガゥン
武彦は妙な替え歌を歌うその姿の真正面、至近距離で間、髪入れず警告抜きで無言で発砲。
…殺す気か。
と思うがそれでも、楓はやっぱりひょいっ、と身軽に躱し。
…ある意味人間技では無い。
「…拳銃の機能…封印して差し上げましょうか、草間さん…」
みなも同様幾つか茶菓子を確保しつつ、がくりと額を押さえ、汐耶。
何だかよくわからんこの事態に呆れるべきか怒るべきか。
取り敢えず壁に穴が空く、凹みが出来る。壁紙が削れる。
ただでさえ疾風の如く正風が現れて唐突にキリエに攻撃を仕掛けて暴れていると言うのに。
「…ウチで貸し出しした蔵書もある事、忘れないで頂けませんか」
「………………避難…させておいてくれ、零」
「…それ以前に暴れないで下さい、兄さん」
「………………すまんが…それは無理な相談だ」
「零タ〜ン♪ のお願いは聞いてあげた方が良いんじゃないかな〜? 草〜間タ〜ン♪」
どさくさに紛れ楓が会話に紛れ込んでいる間にも再び武彦は銃をぶっ放している。
…危ない。
銃を持つその顔には、妙な気迫がひしひしと感じられる。
…真剣に本気らしい。
て言うかこの、一見、何処にでも居るような普通の――但しその言動は見事に常人離れしているが――日本人の学生風の男と果たして何があったと言うのか。
と、そちらに気を取られている間に。
「…そうか…ふっ、そう言う事かァっ!! てめェらも『究極のカレー』様の在処を隠してるっつゥ訳かい!?」
武彦の背後の窓枠から、パンチパーマにサングラスを掛け、青の縦縞スーツの中に真っ赤なシャツを着込んだ――ある種典型的と言えるヤクザな装いをした色黒な男が現れていた。
…なにゆえ。
「…あ、何処から見てもヤクザのおじちゃんだ」
平和にグラスコップの麦茶を啜りつつ、無遠慮に茂吉――カレー閣下を指差し、蓮。
「おう、坊主、いい身形してやがるが…てめぇは『究極のカレー』様を知らねえかい」
「知らなーい」
「…シラァ切ろうったって無駄だぜ。この俺はお見通しなんだよ」
「ねえねえ草間のおじちゃん、このヤクザのおじちゃんって何者?」
「………………知らん」
「んじゃあこのカレー鍋持った変なお兄ちゃんは?」
「………………殺す」
「…もう少し穏やかには参りませんか、草間様」
こちらもまた、みなもや汐耶同様、幾つかグラスコップを確保したまま呆れたように、撫子。
全く予想外だった闖入者の存在もあり、やや調子が狂わされている様子。
「………………残念だが…こればかりは譲れない…」
言っている側にも、ガゥンと銃声。
と。
「何だかカレーがどうのと良くわからんが…そこのふたり、良くぞエル・レイを連れて来てくれた…感謝する…」
キリエから妙な気配が立ち昇る。
む、と警戒した正風がガードの姿勢を取るが、その時にはキリエは初めに現れたエルの消えた方向へと走り出して――走り出そうとしていた。
が。
その時、応接間のドアからエルの姿が現れる。
…さっき、奥の部屋へ行かなかったか?
思う間にも、再び窓の外からエルの姿が。
………………ふたり?
と思った時には部屋の隅にもうひとり。
そして来客用ソファにももうひとり座って麦茶を飲んでいた。
「何ィィィィ!?」
混乱。
思わず頭を抱えるキリエ。
同様に苦悩している謎のヤクザ。
ぽかーんと口を開けている謎の学生。
が、彼らの様子を見て満足している人物がひとり居た。
それは複数現れたエルの正体――数体の分身をエルに変装させた、イヴである。
…少し予定が狂ったけど、困ってる事は確かよね、とイヴは路線を変更し、対キリエだけではなく対「ヤクザこと神宮寺茂吉イコールカレー閣下」に対「カレー鍋持って歌ってる妙な男こと黒乃楓」の二件も考えに入れて攪乱作戦に出た。
やはり予め出しておいた分身――黒髪眼鏡の変装をさせた『朝比奈舞』の存在が役立った。
あれを出しておかなければ、今のこの状況は予測すら出来なかったろう…。
思いながらイヴは、各分身をバラバラに動かし出した。
「…うわー、面白えー」
棒読みでぼそりと感嘆符を吐く葛。
…その実、ペースを崩され頭に来ているのか、持参していた木刀をいつの間にやらがっちりと掴んでいる。
「…こうなったら面倒ですから…まとめて拘束…して差し上げた方が宜しいんでしょうか…」
きゅ、と常備している神の鉄で出来た鋼の糸――『妖斬鋼糸』を漸く引き出し、ぽつりと撫子。
「ここまでなると何も出来そうに無い自分が歯痒いわ…貸している蔵書…無事かしら…?」
応接間のわけのわからん状況を見、全力で嘆息する汐耶。
と、蓮がそれらの様子を見上げ。
「ねえねえボクも何かした方が良い?」
「何が出来ると言うのです?」
即、確認したのはステラ。
「『お友達』呼べるよ。たくさん♪」
「…やめておいた方が無難でしょう。この状況が更に混乱すると思われます」
「そお? んじゃやめとこっかな。ステラのお姉ちゃん、何だか逆らわない方が良さそうだし」
「賢明です」
頷き、ステラは今その場にある影の位置をぱぱっと確認した。
そして動く人々も――確認する。
「この世〜は〜カレーの宝島っ♪ そうさ〜今こそカレー食え〜♪」
ガンガンガンガンガンガンガン
拍子を取っているつもりか、楓は複数居るエルの中の一名を追い、駆け回りながらおたまでカレー鍋を叩いている。
「『究極のカレー』は何処だゴラァアァァア!!!!」
…そしてカレー閣下は何処へともなく自らの熱い想いをぶちまけ咆哮しつつ、複数居るエルの中のひとりを追い回している。そして乱射されるカレーピラフつぶて…。
部下三名もその後を追い、感動したりきゃあきゃあ言ったり兄貴分と共に咆哮したりと大騒ぎ。
…一方怪奇探偵さんはと言うと、駆け回る楓に向けベレッタの銃口を無言でポイントしている。何やら銃口、見事にブレてないんですが…。
そして複数のエルの姿に惑わされつつも、正風は虎視眈々とキリエを狙っている。
と。
「…貴様らやかましいわ少しは感傷に浸らせろボケぇっ!!!!!」
何やら色々とショックで壊れ気味なキリエの声が、泣き声混じりに一際デカい声で一喝。
そのタイミングで。
――ステラが応接間内にある『暴れている』と思しき影を殆ど、縫い止めた。
■脱力ティータイム/藤井葛&瀬川蓮&綾和泉汐耶&イヴ・ソマリア&海原みなも&ステラ・ミラ&天薙撫子■
一瞬にして、信じられないくらい静かになる。
「まぁ…あのヤクザの御方も、カレー鍋を持った御方も…賭けるものに対する素晴らしい情熱を持ってらっしゃるようですが…この場で暴れられては色々と大変ですからね。…少々失礼致します。雪ノ下様もお静かに。やるのならお外に引き摺り出してから、に致しましょう。確かイヴ様…でしたわよね、もう大丈夫のようですから、分身を解いて下さいませ。それから草間様も…零様に本気で怒られますわよ」
影を縫われ、ぴたっ、と停止した数名に対し、それを為したステラはゆっくりと告げる。
と。
「…あ、バレちゃってた?」
てへっ、とはにかみつつ応接間の扉の『外から』顔を出すふわふわくるくるの水色の頭。
イヴ。
ちなみに彼女が顔を出したその時にはもう分身――複数のエル&朝比奈舞の方は消えている。
「…あれ…イヴ様だったんですか!」
心底驚いたように、撫子。
「だって殺すなんて聞いちゃったら怖いもん。だからお邪魔してみましたっ。アイドルは平和主義なの☆」
にこっ、と微笑みつつ、イヴは足取りも軽く応接間に入って来る。
「ステラさん御苦労様でーす?」
「イヴ様も色々とお疲れ様ですね。分身ですか…確かにこの場合、攪乱には有効でしょう」
ステラは淡々と返し、頷く。
イヴはいつもの如く愛想の良い微笑みを返した。
…どうやら、イヴは今度はステラ・ミラと言うこの女性にも興味を抱いている様子。
エルのみならず、こちらもただものではなさそうに思え、好感度を上げておきたいと判断したらしい。
「…取り敢えず」
ぽつりと呟き、ステラはひどい状況なテーブルやら部屋の壁を見る。
「壊れた物は、時間を戻しましょう」
有難い事に、そうのたまった。
■■■
そして程無く元に戻った興信所の応接間内で。
皆は再びお茶をしていた。
ちなみに正風はすまん、とだけ言って風に吹かれながら出て行き、楓にカレー閣下以下三名、の五人組の方はエルが何事か書いた封筒を携え、少し騒いでから彗星の如く駆け去って行ったところ。
残った皆の前には、改めて、冷えた麦茶が出されている。
「やっと落ち着きましたねー」
心底ほっ、としたように麦茶を啜るみなも。
「ごめんなさいね。騒がせて」
静かな声で謝るエル。
「…てゆーか貴女自身は騒いでないような…外野が暴走しまくっただけで」
ぼそりと口を挟む葛。
エルは苦笑した。
「あのカレー閣下の一党に追われてるところでここに逃げ込んじゃったのも私だもの。それに結局、キリエをここに呼んだのも私の存在になっちゃう訳だから」
だからキリエを狙った正風の騒ぎも、元を辿れば自分かな…、とエルはのんびり呟いている。
「ところでエルさんとキリエさんって、そんなに仲が悪いんですか? …殺し合われる程に」
小首を傾げ、みなも。
「あら、仲悪かったっけ?」
しれっとした顔でキリエに振るエル。
と、キリエは反射的にエルを睨んだ。
「良くもまあいけしゃあしゃあと…」
「私は仲が悪いつもりは無いんだけど。まぁ、忘れる訳は無いわよね? 『今の』貴方が生まれたあの日。五十一年前の事。あの教会で、絶望して縋り付いて来たのは誰だった? 『今の』貴方になってから、すぐに私の腕を振り払ったわよね? 真っ赤な顔しちゃって。ねえ?」
「…黙れ…あれは俺の人生最大の汚点――」
低い声で唸る、キリエ。
但しあまり、迫力が無い。
そこに。
「…えーと、五十一年前? てーと、見たとこ今、こーだからぁ、」
ひいふうみいよ、と指を使ってこれ見よがしに歳を数える真似事を始める蓮。
「あー、おじちゃんどころか…おじいちゃん…?」
「…シバいたろかこのガキ」
「まあまあ、威嚇しない威嚇しない」
そう宥めつつエルはゆっくり席を立つ。
「貴方が殺したいのは、私。そうなのよね?」
話しながらキリエの近くに回り、その耳許へ。
顔を――唇を近付けた。
そして。
「…いつでもいらっしゃいな。待ってるわ。
但し、他の人を巻き込むと――この東京は、色々と怖いわよ? …気を付けて」
艶やかに微笑むエル。
「…っ」
「ねぇ? キリエ。…私の可愛い『息子』」
そ、と頬に手を伸ばす。
キリエは逃げない。
否、逃れられないのか。
親、である吸血鬼を前にして。
…どうやら完全に気迫負けしている。
やがてエルはキリエから離れ、考えるように軽く腕を組んだ。
「そうね、セエレも還されてしまった事だし、どうせだから暫く日本に落ち着きなさいな。楽しいわよ、ここ」
「くっ…」
「それともひとりで東欧に帰る?」
にこっ、と笑ったエルの科白に、何故か、びくぅっ、とキリエは一度身体を震わせた。
「無理よね? だって貴方は――」
「黙れっ――きっ…貴様…っ」
「観念しなさい」
「そーだそーだー! キリエおじちゃん観念しろー!」
何事かわからないながらも、外から野次を飛ばす蓮。
くるぅりとゆっくりキリエは蓮を振り返る。
「………………だからなんで貴様はさっきから…エルがお姉ちゃんで俺がおじちゃんなんだ…っ!」
ちなみに当然の如く『親』であるエルの方が相当、年上である。
「だっておじちゃんはおじちゃんだし…」
うーん、と考え込む仕草の蓮。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん♪」
やがて答えが出、嬉しそうにきっぱりと。
「…理由になってねえええええぇえぇぇ!!!」
聞いたキリエは、べき、とすぐ横に拳を真っ直ぐ突き出す。
…あっさり壁に穴が開いた。
「壊したところは弁償をお願いしますね」
間、髪入れず汐耶は、すぱっ、と。
その科白にキリエは我に帰り青褪める。
「今度は私は直すつもりはありません」
同じく続ける、ステラ。
応接間内には居心地の悪い沈黙が残った。
「…なあ、キリエ」
その静けさの中、ぼそり、と響いたのは武彦の声。
キリエは武彦にちら、と視線を向けた。
武彦は悟りでも開いたよう、厳かに静かに煙草を吹かす。
「…俺も蓮には『おじちゃん』と呼ばれているんだが」
ちなみに。
…草間武彦御年三十歳。
そして先程の話によれば…このキリエが『死んだ』、即ち身体年齢が停止したのは、三十一。
普通に、その程度の年頃に、見える。
――ならば『おじちゃん』呼ばわりは…是非もあるまい。
「…そんなに反応するな。面白がられるだけだぞ」
■■■
暫し後。
みなもの御土産も頂いたところで、撫子はふと思いつく。
「ところでさっき…の、どういう意味ですか?」
…『セエレも還されてしまった事だし、どうせだから暫く日本に居なさいな』やら『ひとりで帰るのが無理』やら何だか妙な話になっていた。
そしてその辺りを突付かれ、エルにどんどん弱点を突かれているような弱々しい態度になっていた、キリエ。
考えてみれば何かが変だ。
撫子が問うと、エルはちらりと笑う。
「キリエは高所恐怖症なの」
「…まあ、そんなにわかりやすい弱点が」
撫子は口許に手を当て、驚く。
…ところで…殺す殺す言ってた当の相手が、反応からして『最大の弱点』らしいそれを知っているって…だったらそもそも本気で殺すのは無理では。
「で、当然飛行機も駄目だから…恐らく足替わりにセエレ呼んだんでしょうね。きっと。『どんなに重い物でもどんなに遠くにでも物を運べる』力を主体として持っている悪魔な訳だから。でも一度還したら…また喚ぶのに手間掛かるからがっくり来てるでしょうねぇ…。…施術者本人も生身の人間じゃ無い分、余計に面倒臭い筈だし」
「…そう言えば…そもそも吸血鬼の方が…悪魔召喚なんか出来るんですか?」
「だから生前の契約、なのよ。セエレって、珍しく「善良で公正」な方の性格なの。生前の契約がたまたま、まだ効力残ってた、から…大人しく喚ばれてくれたんでしょうね」
他の連中だったら、キリエが私の眷属になった時点で一方的に契約破棄してそうな気がするし。
言ってのほほんとエルは羊羹を突付く。
少し離れたところを見れば、キリエが相変わらず蓮にからかわれている…否、彼にだけではなく葛とイヴからも何やら先程までの行動に関し色々とツッコミが。…ちなみに一番鋭い指摘は汐耶から入っている。
「とは言えやっぱり…こうして見ていると何だか…キリエ様、気の毒ですね」
キリエを観察していたステラは溜息混じりにそう呟く。
「…わたくしもそんな気がしてきましたわ」
ステラの言葉に、撫子も苦笑混じりに頷いた。
…確か…曲りなりとも誰かさんを殺しに来たんじゃなかったっけ、キリエ?
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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■整理番号■PC名(よみがな)■
性別/年齢/職業
■1312■藤井・葛(ふじい・かずら)■
女/22歳/学生
■0391■雪ノ下・正風(ゆきのした・まさかぜ)■
男/22歳/オカルト作家
■1790■瀬川・蓮(せがわ・れん)■
男/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)
■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
女/23歳/司書
■1548■イヴ・ソマリア(いヴ・そまりあ)■
女/502歳/アイドル兼異世界調査員
■1252■海原・みなも(うなばら・みなも)■
女/13歳/中学生
■1057■ステラ・ミラ(ステラ・ミラ)■
女/999歳/古本屋の店主
■0328■天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)■
女/18歳/大学生(巫女)
■1687■黒乃・楓(くろの・かえで)■
男/17歳/賞金稼ぎ
■1747■神宮寺・茂吉(じんぐうじ・もきち)■
男/36歳/カレー閣下(ヤクザ)
※表記は発注の順番になってます
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
※オフィシャルメイン以外のNPC紹介
■似非神父とか言って実はエルの『息子』■キリエ・グレゴリオ(きりえ・ぐれごりお)■
男/82歳/元・旧教司祭兼東方正教会司祭、現在はエルの眷属、ついでに高所恐怖症
■最後まで律儀にもキリエの味方してくれてた悪魔■セエレ(せえれ)■
?/?歳/ソロモン72柱のひとり・生前のキリエと明確な契約期限を打ち合わせて契約済みだったらしい
■昔は結構やんちゃしてたらしい吸血鬼■エル・レイ(える・れい)■
女/?歳/今は妙に平和な和菓子好きの吸血鬼
■喫茶店でエルと約束していた謎の相手■ユリウス・アレッサンドロ(ゆりうす・あれっさんどろ)■
男/27歳/枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト、とか言いつつエルの友人でもあるらしい聖職者(…)
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
さてさて。
深海残月です。
藤井葛様、瀬川蓮様、イヴ・ソマリア様、ステラ・ミラ様、黒乃楓様、神宮寺茂吉様、初めまして。
雪ノ下正風様、綾和泉汐耶様、海原みなも様、天薙撫子様にはいつもお世話になっております。
このたびは御参加有難う御座いました。
基本的に短くとも五日は窓口開けておく予定(いつもそんなつもりでやってます)が…早くも三日で十名様に達してしまいましたので(有難う御座います/汗)早々に窓口締めさせて頂きました(礼)
の、割には…遅いです(滅)
モノが出来たのは初日に発注下さった方の納品期限当日です…。
なるべく早く上げたいとは思っているんですがなかなか…できず…(汗)
本文の方、PC様の名前が書いてある部分が「個別」になっております。
とは言え藤井葛様、瀬川蓮様、綾和泉汐耶様、海原みなも様、ステラ・ミラ様、天薙撫子様は全面的に共通になっております。また、黒乃楓様と神宮寺茂吉様も御二方共通です。
雪ノ下正風様にイヴ・ソマリア様が、少しだけ、別ですね。
今回は、個別部分によって…それぞれ、随分違う事になっているかもしれません。
そしてやっぱりむやみやたらと長引いてます…御容赦下さい…。
…そろそろ開き直ってきましたので…個別のライター通信も今回からは再び書きます…(泣)
宜しければもう少しお付き合い下さいませ。
ちなみに、「のほほん和み系」及び「ツッコミ系」及び「ギャグ最優先」(…)の方が多数いらっしゃいましたので、あまりシリアス一直線なバトルにはなりませんでした。
いえ、そもそもバトルと銘打っておきながらバトル率が低い気が…(汗)
殆どの方が、「抑える」及び「事前に防ぐ」方向でプレイングを書いて下さったからでしょうか。
取り敢えずは…書いていてキリエ(元・神父)とセエレ(悪魔)が俄かに気の毒に…(笑)
海原みなも様
色々と大変な幼少時代を送られているようで…(母君のシチュノベプレイング&関連作の「花火」で実感させて頂きました…)荒事や血祭りにはしたくないと言うその思い、しかと受け取らせて頂きました(涙)
今回は…某PC様二名様のカレーに関する情熱のおかげで、その辺りは…思った程にはならなかったような…いえ、メインで戦闘する筈のふたりがあまり暴れなかった分、怪奇探偵が暴走しましたね…とは言え標的があの方だったので、あまり大事でなく済みましたが(汗)
…と、今回はこうなりました。
楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
では。
深海残月 拝
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