コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


納涼・化かし合い大会2003

*オープニング*

 某所にある寂れた寺、龍殻寺。毎年この季節になると行われる、境内肝試し大会が今年も行われるようである。だが今回は、ほんの少し趣旨が違うようだ。

『募集!』と銘打った書き込みがゴーストネットに上がったのは昨夜未明。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 龍殻寺の肝試し大会内で、密かに実行されている、迷った魂を無事に霊界へ送り届ける役目を担うボランティアを募集。霊能力の有無は不問。特技・特殊能力等の詳細も不問。やる気のある貴方を応援します。
 …但し、相手がただの肝試し参加者か迷える魂か、確実に判別して頂きたい。その方法については各個人にお任せ致します。
 また、迷える魂を送り届けるその方法も、各個人に一任致します。
 今年は出来るだけ多くの魂を安らかに眠らせてやりたいと当方は考えております。興味を持たれた方は是非ご一考ください。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 こんな書き込みがあったのだが、不思議な事に同時刻に同じサイトを見ていたにも拘らず、この記事を読んだ者と読まなかった者が存在すると言う事だ。そしてまた、読んだ者ももう一度読み返そうとしても、その記事は元より無かったかのように跡形も無く消えてしまっていた……。

*龍殻寺・正門前*

 街中にあってこれ程までに静かなのは逆に不気味な程、龍殻寺周辺は静まり返っていた。しかも、人っ子ひとりいないのであればまだしも、辺りには肝試し参加者と思わしき人の影が無数にあるのに、だ。誰しもがキツく言い聞かされているかのように一言も口を聞かずに淡々と歩いて寺の正門へと向かっている。この中には、確かに迷える存在である者もいるのだろうが、その大半は一般の参加者である筈なのに。良く見れば、数人友達同士で参加しているらしきグループなどは、仲間内で会話を交わしているようなのだが、まるで無声映画でも見ているかのように、音声だけが他の人達には伝わっていないようであった。
 「はーい、参加者の皆さんはこちらで受付してくださいねー」
 静寂を切り裂いて、女性の声だけが響いている。この夜中にその大声じゃ、近所から文句も来そうなものだが、どうもそれもこの龍殻寺周辺だけに響き渡る声らしい。去年同様、白い着物を超ミニ丈にして身に纏った若い女性が、受付の位置を手で指し示しながらにっこりと微笑んでいた。

 そんな人の流れを何とはなしに眺めながら、慶悟は煙草のフィルターを噛んだ。
 「今年初めての肝試しか……と言うかそんなもン、ついぞご無沙汰って言う気がしないでもないけどな。…あんたはどうだ?」
 慶悟が傍らで寄り添うようにして佇む少女に話し掛ける。声のする方を向いて、真姫がにっこりと優雅に微笑んだ。
 「私も御縁のない話しですわね……尤も、私の場合は、もし参加させて頂いたとしても、驚かせようとそこここに潜んでおられる方々の存在が悉く分かってしまいますもの、驚く以前の問題かもしれませんわね…」
 「そりゃつまんねえわな、どっちもお互いによ」
 クッと慶悟が喉で笑う。ふと、未だ流れる参加者の群れへと視線を移した。
 「…しかし、霊が実体を持っているってのは手間が掛かるな。まぁ、普段目にする事ができないそいつらを、霊能力を持っていない奴でも手順さえ間違わなきゃ成仏させる事ができるってのは、貴重かもしれんがな」
 「その所為でしょうか、このお寺は何か不思議な音がしますわ。普通に流れる風も、この敷地の上を吹く時だけは何か色や形や温度を変えてしまうような。それが、目に見えないものを見せてしまう現象を引き起こしているのでしょうか」
 「恐らくな。この周囲は何か次元が歪みやすいような印象を受ける。その上、今夜は、その効力を存分に発揮させる為か、既にこの敷地内だけを封印して次元を切り離してしまおうと、そこら中で反閇を使って穢れを清め、結界を張ったらしい。お陰で密度が濃くなっちまって、逆の意味でやり辛いがな」
 言うと慶悟が、煙草を咥えたままで首の後ろに手を宛ってコキコキと首の骨を鳴らす。その音を聞いて真姫がふんわりと笑った。
 「慶悟さん、随分こってらっしゃいますわね?ですが、そのコリは今に始まった事ではないような気がいたしますけど」
 ふふ、と柔らかく笑う真姫の瞳が、悪戯っけに細められる。そのコリが本当にあるのだとすれば、それは夜な夜な遊び歩いているからだろうと言いたいらしい。それを察して、それでも悪びれる様子もなく、慶悟が口端を持ち上げて笑った。
 「それも鍛錬の一つさ」
 そう言うと真姫が、大変ですのね、と楽しげな笑みを零した。

*龍殻寺・境内*

 参加者が全て龍殻寺の境内に入った為、完全に外界と遮断する為、大きな古い正門が締められる。その直前に寺の敷地内へと足を踏み入れた慶悟と真姫であったが、その意外な程の静けさに、思わず玉砂利を一歩踏み出した場所で立ち止まってしまった。
 「……何の音もしませんわね。まるで、違う世界に来てしまったみたいですわ」
 「その例えは、あながち間違ってもいないかもな。ここは完全に、普段の世界からは切り離されて独立した存在になっている。ここじゃあ、今まで通用した常識とかは通用しないかもな」
 微かに眉を顰めて慶悟がそう呟いた。真姫が緩く顔を左右に向けているのは、漏れる音を聞きとろうとしているらしい。遠くで、何かに驚く人の悲鳴のような声が聞こえたが、幾ら広いとは言え、その声は余りに遠くから響いてくるかのように微かなものだった。その隣で、慶悟はスーツの内ポケットからライターを取り出す。火を点すと、そこを中心にして薄いオレンジ色の光が球を描いた。
 「……火の燃える音がしますわ。何か、気体を燃やすような音が」
 「ああ、ガスライターだからな。この世に居残ってる霊って事は、大抵は何かしらの陰の気を称えている事が多い。生きる人の陰の気は、まだ先が有るからそれ程でもないが、死者の……霊の持つ陰は行き止まるだけのものの所為か、真性の水気が宿る。こうして火を灯していれば、その真の水気に出会えばこれが消えるだろう。水剋火と言うやつさ」
 火を灯したまま歩けば、当然流れる大気でその火は揺れる。それでも、その小さな炎は何かの加護を受けているかのよう、風に煽られて小さくなる事はあっても消える事はなかった。慶悟の隣で細い肩を並べて歩く真姫にとっては、火の明るさも、その辺りで時折ぼんやりと眠たげに光る青い光も、そして照明が落としてある所為で覚束ない足元でさえ、全く関係ないかのように楚々とした迷いのない足取りで玉砂利を踏み締める。その所作は、到底、視覚を奪われた人のものとは思えない。それに気付いているのかいないのか、慶悟も然程真姫の方を必要以上に気遣う事はなく、炎が揺れて気配を指し示す方向へと歩いていった。
 慶悟が時々ライターの火から視線を外して空を見あげると、時々緩いフラッシュのように何かが煌めく時がある。多分、この敷地内のどこかで、普段は目に見えぬ筈の存在と遭遇した者達の驚きや動揺や、そう言ったものの反映なのだろう。隣で真姫も、同じように空を見上げる。普通に視力を持ったものでも、今、慶悟が目にした光の瞬きは目にする事が出来ないだろうに、真姫はそれをちゃんと捉えているようだった。ただ、捉え方が慶悟とかとは違うのだろうが。英語しか喋れない者と日本語しか喋れない者が、意識的な何かで分かり合えるのに似ているな、とふと慶悟が笑みを漏らす。その時。
 「………慶悟さん」
 真姫の静かな声が響いた。その次の瞬間、慶悟が手にしていたライターの火が、まるで何かに抓み取られたかのように、ふぃっと消えてしまった。
 「……厭な気配だな」
 独り言のように呟く慶悟の隣で、真姫はその『音』がする方をじっと見詰めていた。まるで、その緑の瞳に、何かが見えたかのように。

*龍殻寺・鐘楼*

 かちり。と慶悟がライターを改めて消して内ポケットにしまう。真姫と慶悟の視線の先には、龍殻寺の古い大きな鐘楼があった。朝な夕なにはその鐘の音色を響かせるのだろうそれも、今はただ静かにその釣り鐘の濃い影を晒しているだけだ。その石階段の中程辺りに、一人の人物が腰を下ろしているのが見える。あれか、と慶悟が小さく呟くと、真姫が隣に立つ男の顔を見上げた。
 「あそこに座ってる方…あの方が迷える魂の方々なんですのね」
 「へぇ、あんた分かるのか」
 驚いたように慶悟が目を軽く見開き、傍らの少女を見下ろした。その表情を汲み取ったかのよう、くすっと小さく真姫が笑う。
 「私の目は暗闇しか映しませんけど、その代わり私の耳はありとあらゆる音を聞きとれますもの。生きている方と死んでいる方は、全然違う音がしますわ。…ですが、私に出来るのはそこまでですの。私には、魂のみの存在の方を安らかにして差し上げる力がありませんから……」
 「その為に俺が居るんだろう?」
 少しだけ繊細な眉を顰める真姫に向かって、口元で慶悟が笑った。
 「まぁ、今夜は少々普段とは状況が違うみたいだから、霊能力を持たないあんたでも、奴らと話をしてその荒ぶる魂を鎮めてやれば、在るべき場所へ導く事は出来るだろうがな。だが、中にはタチの悪い奴もいるだろうから無茶はしないに越した事はない。俺の傍を離れるなよ」
 低く囁くような声でそう言うと、慶悟は真姫をやや後ろに庇うようにしながら歩き出す。近付く二人の気配に気付いたのか、鐘楼の石階段に腰を下ろしていた人物がゆっくりと顔を上げた。同時に身体が二人の方へと向く。それを見て慶悟は、真姫が目が見えなくて良かった、と心の中で思った。
 何故なら、その人物――どうやら年の頃は少年、色を抜いた金髪は慶悟と似たようなものだが、目つきの猛々しい光が粗暴さを前面に押し出しているような男だった――の胸元には、真っ赤な血がまだ生々しいぬめりを照り返して腰の辺りまでその少年の身体を染めていたからだ。
 「……なんだ、てめェら」
 牙を剥き出しにした獣そのままの雰囲気で、少年が早々に慶悟に噛み付く。慶悟の自信と余裕に満ち溢れた態度や、その背後で半ば隠れるようにして佇む美少女の存在が、少年を無闇と苛立たせたようだ。それを分かっていながら、慶悟は素知らぬ顔で何がだ?と聞き返す。
 「それよりもお前、その服はどうしたよ。肝試しの驚かせ役だとしても、余りにリアルで苦情が出そうだな?」
 そう言って慶悟は、少年の胸元にべっとりと広がる血の染みを指差す。釣られて、示されるそこを見下ろした少年が、今気付いたかのようにびっくりして身体を揺らした。自分でTシャツを引っ張って真っ赤に染まったそれを見る。べっとり胸に張り付いていたシャツが剥がれる時の感触が気持ち悪かったか、眉を顰めるとその苛立ちを慶悟へとぶつけた。
 「うるせェよ!てめェには関係ねェだろうがよ!」
 「…もしかして、お怪我をされているのではありませんか……?」
 慶悟の後ろから半歩前へと踏み出した真姫が、静かな声でそう問いた。慶悟は、それを止めはしなかったが、いつでも庇えるようにと体勢だけは整える。
 「随分酷いお怪我をなさっているように思えますが…」
 真姫の綺麗な眉が、自分の事のように辛そうに潜められる。真姫は、この少年の死因が恐らくその怪我にある事を察し、今はもうその苦しみからは解放されてはいるだろうが、それでも一時は激しい痛みにのたうっただろう、その事実に心を痛めているのだった。
 だが、そんな真姫の心遣いなど知る由もなく、もしも気付いたとしても、それを私利私欲の為に利用する事しか考えないだろう、それ程に浅ましい少年は、清らかな真姫にさえ牙と悪意を剥き出しにして吠え掛かった。
 「それがどうしたって言うんだよ、ぁあ!?」
 「お前のその服の血は、お前の流した血だよ。そしてその原因は、…誰かに腹を包丁で一突き。違うか?」
 低く静かに響く慶悟の声と共に、彼は指を差す。そこには先程までは存在しなかった、一本の刺身包丁が、まるで少年の腹から生えているかのように深々と突き刺さっていたのだ。つくづく、真姫が目が見えなくて良かった、と慶悟が溜め息を漏らす。
 「な、な……何で俺、こんな……生きてるのに、なんで……」
 「……包丁を腹に生やしたまま生きてる人間なんていないだろ。…お前はもう死んでいるんだ。肉体を失った、魂だけの存在なんだよ」
 「思い出してくださいまし、何があなたの身に起こったかは分かりませんが、このまま彷徨い続けていてはあなたは勿論、家族の方や身の回りの方も悲しい思いをするだけです」
 悲痛とも言えるような、絞り出すような声で真姫が訴える。それにはさすがに猛々しさを抑える少年であったが、自分が既に死亡していると言う事実を素直に認める事は出来ないらしい。わなわなと震える身体で、己の両手の平を見詰める。そこも、今は真っ赤な血糊に染められてべとつき、その上、次第に死亡時の記憶が蘇ってきているのか、ドクドクと脈動を伴って流血する感覚に怖れを抱いた少年は、それを使い慣れた怒りに転換したのだ。
 「み、認めねェよ…オレは死んじゃいねェ!勝ったのはオレだ、死んだのはオレじゃねェ、ヤツの方だ―――!!」
 少年の咆哮が荒々しく響く。その『音』にさすがに怯えた真姫を、慶悟は自分の背中に庇った。片腕で真姫を護るように後ろへ回しつつ、逆の手で印を切る。その手をジャケットのポケットの突っ込んで何かの小袋を取り出した。それの中身を、怒りのオーラで全身を赤く染める少年に向かって撒き散らした。その、富士の土が少年の身体に触れると、そこから蒸気のように霊気が立ち昇り、実態を保っていた少年は、蜃気楼が揺らぐようにその存在感を希薄にした。
 「土剋水。それがお前が霊的存在である事の証だ。思い出せ、お前は多分、喧嘩か何かに巻き込まれて重傷を負ったんだ。そして手当ての甲斐なくその命を落とした。お前はそれに気付いていないのか、見て見ぬ振りをしているのか分からないが、今まで自分が死した事を認められなかったが為に、こうしてあてどもなく彷徨い続けていたんだ」
 慶悟の言葉を聞くうちに、少年の顔は年相応のあどけなさで今にも泣き出しそうに歪む。寒気を覚えたのか、自分で自分の、存在の溶け始めた身体をぎゅっと抱き締めた。
 「オレ…わかんねェよ……怖えェよ、どうしたらイイ?なぁ、助けてくれよ……」
 「落ち着いてください…輪廻転生は誰の身にもいずれ訪れる事ですわ。永遠に生き長らえる人など、この世には存在しません。確かに、あなたは若くして命を落とされて、悲観に暮れてこうしてこの世に繋ぎ止められていたのでしょう。ですが、今はもう起こってしまった事を悔やむのではなく、先の未来を見詰めましょう?」
 「真姫の言う通りだ、彷徨った末の偶然かもしれないが、お前がここに来れたことは幸運なんだぞ?ここに来れば、俺達に出会えなくとも、誰か他の奴に導かれれば本来お前が在るべき場所に行く事が出来る。この世には、そう言う機会に恵まれずに彷徨い続けなくてはならない者も数多く居るんだ、楽土へ、或いは新しい生を受ける事が出来る絶好の機会を手にするお前は恵まれているんだぞ?」
 「縛られたその身を開放するのも、ここに留め置くのもあなたの自由です、しかし、ここに居続けても何の進展もありません。それよりは、現実を見詰めて新たな道を歩む事を選んでみては如何でしょう?私達は、そのお手伝いをする為にここに居るのです、どうか信じてくださいましな」
 微笑みと共に紡がれる真姫の言葉は、それ自体の響きで癒されるかのよう、少年の表情は穏やかなものへと変わる。慶悟は、右手で刀印を素早く切りながら天の数歌を唱える。更に少年の表情に落ち着きが増し、その頬に一筋の涙が零れた。
 「……いってらっしゃいまし」
 真姫の一言を聞き終え、少年の姿はその場で立ち消えた。


*龍殻寺・東屋*

 龍殻寺境内の奥にある東屋。ここから空へと伸びた光の道を辿れば、迷う事なく成仏出来ると言う。恐らく普通の人は目にする事ができないその道を、大勢の人達が歩いて上がって行くのが見える。今年の化かし合い大会は大成功だったらしい。
 次第に明るくなる東の空を眺めつつ、慶悟はひとつ欠伸を漏らした。
 「…やれやれ……こんな風に一晩過ごすってのも貴重な体験かもしれんが。…出来れば、鬼火の青い炎より、色とりどりのネオンの方が俺はいいねえ」
 唇を笑みの形にして、慶悟がひとつ背伸びをする。欠伸を噛み殺しながら歩き出し、結界の途切れた龍殻寺を後にした。


おわり。



…ちなみに、参加ボランティアには、助六寿司と烏龍茶一本が支給されたと言う……。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師 】
【 1379 / 天慶・真姫 / 女 / 16歳 / 天慶家当主 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

一度でいい   受注の即日   納品してみたい(字余り)

……何を馬鹿な事を言ってるんでしょう(我ながら遠い)
と言う訳で大変長らくお待たせ致しました、ライターの碧川桜です。
真名神・慶悟様、初めまして!お会いできて光栄です。
ネタがネタなだけに、お盆までには!と意気込んでいたんですが、見事玉砕してしまいました。夏の終わりには何とか間に合ったようで一安心です。
しかし、当初はホラー調を予定していたのですが…力量不足でしょうか(涙)
懲りずに、またチャレンジしたいと思います。宜しければ、またご参加くださいね。
それでは、またお会いできる事をお祈りしつつ……。