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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


枝の話

●走り出すもの
 今日も今日とて、おおわらわなアトラス編集部。
「‥‥何を、しているの、かしら?」
 碇麗香は極めて平静を装いつつ、自らの仕事を停滞させている者に呼びかけた。
「愚問だな。麗香を見ながら悦に入っているのだ」
 机の縁にかじりつくソレ――井上が答える。
「仕事の邪魔」
 麗香はゲラを手に遠巻きにこちらを見ている編集者を手招いた。
「ならば、海に行こう」「だから仕事中だって言ってるでしょうが!」
 視線で編集者を威嚇する井上に怒鳴りつける。締切までもう時間がない。
「つまり‥‥私よりも仕事が大切だと」
「なぜそういう問題になるのよ」
 麗香は保護者を呼ぶべく、電話を取った。
「‥‥そうか」
 ゆらりと井上が机から離れた。そして。
「こんな‥‥こんな世界、滅ぼしてやるうううううっ!」

●走られるもの
「そんで――逃げた? で、確かに『滅ぼす』言うたんやな? ――了解了解――いや、まだやけど大丈夫やろ――おう、そんじゃな」
 古めかしい黒電話の受話器を置き、五色は大きく息を吐いた。
「きけんがいっぱいってとこだね」
「そこまで阿呆やないと思いたいんやが」
 電話の横にちょこんと座る小動物に肩をすくめて見せる。
 そこで壁際のテレビが点いた。
『我はここに宣言する。世界を今晩12時に崩壊させる。抵抗は無駄だ。繰り返す――』
「どうすんの?」
「五分前の『枝』を作るしかなかろ。ま、よほどの場合は所長に任すんでよろしく」
「ぼく、いぬだもん」「猫なんやけど」

●受け取るもの
 世界崩壊の宣言。
 それぞれがそれぞれの場所でその話を聞いた。
「なっ‥‥」 あるものは大学の一角で。
「‥‥ふ〜ん」 あるものは路地で。
「はあ」 あるものは自宅で。
「え〜?」 あるものは研究所で。

●大学生の場合。
 中庭で空を見ていた。
(こんな世界だ‥‥何があってもおかしくは、ない)
 何度目かの呟きを繰り返す。世界が滅びるらしい。だからではないが。
(何が起こってもおかしくはない)
 繰り返す。近頃、よく見る夢の影響もあるかもしれないが。 

 ゆっくりと身を起こし、御影涼は辺りを見回した。
それなりに見慣れた大学の構内。夏休みだと言うのに涼は大学に来ていた。それも講義を受けるために。実際、大学の講義に夏休みは関係ないのかもしれない。教授の都合で発生する補講は、主に休みの日に割り振られる。そう、例えば長期休暇にまとめてなど。
(だからって、こんな日にしなくてもな)
 軒並み休講になる中で、その講義だけは休講にならなかった。その容貌から『死神教授』と学生に呼ばれる教授は、やはりどこか違う感性を持つのかもしれない。
(‥‥世界が滅ぶなら成績なんてどうでもいい話だけどさ)
 走り回る大学関係者を眺め、ぼんやりと。聞こえてきた話によれば、富士山が消えたらしい。その前にも世界的な名所が消えまくっているらしい。
 もっともそれを聞いたからといって。
(一大学生に何ができる?)

●彷徨うもの
 それでも講義室に向かう。昨日の第一回目の講義内容が面白かったせいだ。ただ一般教養と呼ぶには、かけ離れすぎていたが。
「あ、ごめん。ちょっと聞きたいんだけど?」
 階段に足をかけたところで呼び止められた。他に誰もいないことから自分のことだろうと判断する。
「なんですか?」
振り返るとにこにこと笑うサングラスの女がいた。背は長身の涼より少し低いぐらい。
「道に迷っちゃって。教授棟はどこになるのかな?」
(道に? ――ああ、そういうことか)
 綿シャツにパンツスタイルというラフな格好からここの学生かと思ったが、部外者だったらしい。大学構内は関係者以外には分かりにくいようで、こうして道を聞かれることはままある。
「そうですね。ここを出て‥‥」
 ぐらり。外を示したところでいきなり世界がぶれた。思わず額を手で抑える。
「どうかした?」 「い、いえ‥‥なんでも‥‥」
 女を手で制し軽く頭を振る。
(なんだ、これ?)
 困惑を他所に状態はひどくなっていく。
 灯りがゆるやかに明滅し、床が、壁が、天井が踊り始める。
「ほんとに大丈夫なの? ほんとのほんとに?」 「え、ええ‥‥だい‥‥」
 全力で稽古をしたときのように、かくんと膝の力が抜ける感覚。慌てて手摺に掴まろうとして‥‥手摺が避けた。

(なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ)
 景色が変わる。色が変わる。時に早送りのように時に巻き戻しのように時にコマ送りのように時に渦巻き時に‥‥。
『とろくせえ、とろすぎて話にならんぜ』 『ほっほっほっ、お任せあれ』 『いやん、だいた〜ん』 『この程度では足りんよ』 『‥‥ふん』
 いくつもの声が聞こえた。聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえた。
 いくつもの顔が見えた。見覚えのある、懐かしい顔が見えた。
 いつしか涼は一振りの太刀を持っていた。戦いの場にいた。自然に体が動き、迫るモノを一刀の元に叩き切っていた。切り伏せていた。周りには今見えた‥‥仲間がいた。
 いつもの夢だった。いつもの夢よりも明確だった。
『終わる。終わるの。すべてが誰もが終わりなの。消えるの。全部、全部』
 また新たな懐かしい声。景色が移り、闇に包まれ泣いている少女がいた。
『全部消えるの。私には‥‥止められなかった』
 少女が顔を上げた。淡い色の瞳がまっすぐに涼を捕える。
『私はアナタを知っている。だけど私はあなたを知らない。だから』
 血みどろの仲間が囲む中、白い手が額に触れた。
『だから止めて‥‥私の知らないあなたが』

「止める? 俺が‥‥か?」
 見覚えのある色彩に目をしばたかせる。
「起きたか。ふむ‥‥身体の状態は予測値とそう変わらんな」
「死神教授‥‥あ」
 慌てて口をふさぐ。あだ名はあくまで学生内でのものだった。
「なに、気にする必要はない。その程度のことで成績を不可にはせん」
 含み笑いを浮かべた教授が、手際よく涼につけられていた観測機器を外していく。
「もっとも今日の講義は欠席にしておくがね」
(しまった!)
 言われて、涼は部屋の壁の時計を探した。教授本人がここにいることを考えるまでもなく講義の時間はとっくに終わっている。
「せめて病欠に‥‥そう言えば、俺なぜここにいるんですか?」
 記憶は講義室のある棟の一階の階段で途切れている。
「君に道を尋ねた女がいただろう。奴がここに運んだそうだ」
「でも、あの人は道に迷って‥‥」 「アレは魔女だからな」
 こともなげに教授。
「人の記憶に潜るぐらい容易いことだろう。それよりもだ」
 懐から出した一振りの大太刀を側のテーブルの上に置く。
(‥‥俺、疲れてるよな。絶対)
「さっき君は面白いことを言ったな。『止める』と。もしやとは思うが」
 より一層の含み笑い。
「君も『世界が消さないよう』を『少女』から頼まれたのではないかね?」

●受け取ったもの
 宣言の時刻まで一時間を切る。
 混乱はすぐに飽きられた。今は世界のすべてが静寂だった。誰もが待っていた。
 あるものは信じたものの側で。
 あるものは自らの場所で。
 あるものは用意された場所で。
 あるものは自らの信じる場所で。

●えだ
 街角の大型モニターの下に人が集まっていた。
『すべては無になる。無は無であり、永遠に有にはならない』
 ペン型のスイッチを手にする女の声が響く。
『終末は訪れる。誰にも等しくだ。そう、残り二十』
 二十からのカウントダウン。なぜかそれに唱和する声が街に溢れた。
『十七‥‥十六‥‥』

(本気か? 正気なのか、俺)
 涼は大学の研究室にある奇怪な機械の上に居た。崩壊を止めるために。
「そろそろ行くぞ。用意は良いな!」 「駄目って言っても無駄なんでしょうが!」
 景色がぶれる。

『十‥‥九‥‥八‥‥』
 そこで、女の背後の光景がぶれた。振り下ろされる白刃がきらめく軌跡を描く。
『五‥‥四‥‥三‥‥』
 声は途切れない。落ちた首は数を続ける。
『ニ‥‥』
 零を前に、そこでいきなりすべてが消えた。

「やれやれ」
 男は足元の抱えられるほどの枝を拾うと、放り投げ指を弾いた。一瞬で枝が燃え尽きる。
「ほいほ〜い、おつかれさん」
 男の背後から女がひょいと顔を覗かせる。
「でも、切る必要はなかったんじゃない? いくら爺が横槍入れたにしても」
「‥‥これは勝手にもげただけや。斬るんやったら幹ごと斬る」
 さやに収まる刀を手に、男が小さく肩をすくめた。
「だったね。でも人間ってすごいね。こんなの作るんだから‥‥何、その笑いは?」
「いや、元人間が言うと説得力あるなって‥‥『枝』作ろか?」
「いらない。どうせ何度繰り返しても、ボクはここに居るはずだから」
 すでに成長を始めている樹を見ながら、女が笑った。

●大学生の場合。
 中庭で空を見ていた。
(こんな世界だ‥‥何があってもおかしくは、ない)
 何度目かの呟きを繰り返す。
 最近ずっと観ていた夢はぱったりと見なくなった。だが。
(あれはいつかの俺だったのかもな)
 なら、いつか会うのかもしれない。夢の中の彼女とも。
「さて、と」 苦笑すると、涼は勢いよく立ち上がった。
 青く晴れた空の下で。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 /性別 / 職業】
1388 海原・みその うなばら・みその 13 女 深淵の巫女
1593 榊船・亜真知 さかきぶね・あまち 999 女 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
1790 瀬川・蓮 せがわ・れん 13 男 ストリートキッド(デビルサモナー)
1831 御影・涼 みかげ・りょう 19 男 大学生

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■         ライター通信          ■
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どうも、平林です。このたびは参加いただきありがとうございました。
ぶっちゃけると、今回は勢いだけで組んだOPでした。因果により作られる樹というネタは個人的に好きで、平行並列な世界というネタもまた好きです‥‥‥いや、だからといって書きやすいというわけでもないわけでして。はがーーっ!

では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。