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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


鎌倉、パワーストーン
●オープニング

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  【題名】教えてください!
  この前、友だちと鎌倉に行った時に、
  パワーストーンのお守りを買いました。
  それが、ものすごく効果があったので、
  もう一つ買おうと思って、同じ場所に
  行ったんですが、見つかりません。
  北鎌倉から鎌倉に行く道の途中で、
  20歳くらいの男の人が売ってました。
  どこかに移動してしまったみたいなので
  どこに行ったか知っている人がいたら、
  教えてください。
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「最初は宣伝かと思ったの。でも、よく読んだら人探しだったから、残しておいたのね。そしたら‥‥」
 雫は画面をスクロールさせる。
「一晩で、こんなにレスが付いたんだよ」
 20件くらいはあるだろうか。ただ、どれも「自分も探しています」という便乗質問ばかりで、肝心の男の居場所については書かれていない。
「それでね、一つ気になる書き込みがあって‥‥」
 そう言いながら、マウスを動かす。
「これこれ。二つ買おうとしたら、一つしか売ってもらえなかったって。このお守り、一人一つに決まってるんじゃないかなあ?」
 だから、一度売った相手には姿を見せない。そう考えれば辻褄は合うが、だとしたら、随分と記憶力が良く、すばしこい男だ。
「これだけ『買った』っていう人がいるんだから、嘘じゃないと思うんだ。誰か調べてみない? あ、お土産は『鳩サブレー』でいいからねっ☆」

●それぞれの思惑
 一連の書き込みを、腰を据えてよく読んでみる。男が現れた場所は一定していない。美術館の近くだとか。建長寺の近くだとか。何もない歩道だったとか。小町通りから一本奥に入った路地だとか。
 売っている物は、恋愛運や金運が上がるお守り。その他に、学業運、仕事運、果ては安産のお守りもあるのだが、漠然とした「幸運を呼ぶお守り」や「魔除けのお守り」という物はないようだ。
 売っているのは二十歳くらいの男。華奢な印象を与える美形で、見るからに芸術家タイプ。指が細くて綺麗だったと。

(残念ながら、私ではありませんね)
 画面を見ながら、水上巧はトントンと机を叩いた。
(私だったら、一般向けのアクセサリーに、そんな能力は付加させませんよ)
 対抗心とも、まして仲間意識とも違う何かが、彼を動かす。

『はじめまして。ジュエリーデザイナーの水上巧と申します。ゴーストネットの書き込みを見て、メールを差し上げます。そのお守りに興味があるので、一度見せていただけませんか?』

●ネットカフェにて
 インターネットカフェ・ゴーストネットOFFの一番奥のテーブルで、巧と雫は二人の少女と向き合っていた。ポニーテールの少女は朝倉美穂(あさくら・みほ)。ショートボブの少女は土屋香織(つちや・かおり)。都立高校の2年生で同級生だと言うが、二人とももう少し幼くも見える。もしかしたら中学生かもしれないが、巧にとってはどうでもいいことだ。
 実は、ここに至るまで一筋縄では行かなかった。最初に巧が送ったメールは、ネットナンパと勘違いされ、きれいさっぱり無視されてしまったのだ。固定ファンが付いているとはいえ、一般にはそれほど名が知られていない悲しさとでも言おうか。結局、ゴーストネットの管理人である雫が「どうせ学校休みだし、遊びに来ない?」と誘ってくれたお陰で、こうして直接会うことができたのである。

「ええとね。今日は、みかねさんと、マリヱさんと、曜さんが鎌倉に行ってくれてるんだ。夕方にはお土産持って帰るから、それまでお喋りしない?」
 雫の頭の中では、既に、鎌倉土産は確定しているらしい。美穂と香織は、やや緊張気味に頷くばかり。巧は所在なく、コーヒーをスプーンでかき混ぜる。
「それで、この人が水上巧さん。怪しい人じゃないから」
 あははと明るく笑う雫。美穂が恐縮したように、小さな声で言う。
「あの‥‥。メール貰ったのに、返事出さなくて、ごめんなさい」
「いや。別にいいんですよ。たくさんメールが届いたんでしょう?」
 人当たりの良い笑顔で応じると、美穂は、傍目から見ても分かるほど、はっきりと肩の力を抜いた。
「それで‥‥。これなんです」
 無造作に取り出された携帯電話。ストラップの先でピンクの石が光る。
「恋愛運が上がる、ローズクォーツです」
 巧は眉を顰めた。確かにローズクォーツではある。恋愛運が上がると言われているのも事実。しかし、それほど強い力は感じられない。「ごく普通の」パワーストーンである。
「香織のは、勉強運が上がる、水晶です」
 美穂に肘で突かれ、香織が慌てて携帯電話を見せる。シルバーのチェーンの先で、細工の施された爪が透明な石を掴んでいる。銀細工の技術は評価できるが、デザインは凡庸だし、何より、パワーストーンとしては、その辺の量産品と変わりない。
(勉強運に水晶ですか。これはまた、随分と安直なことを‥‥)
 半ば呆れながら、二人に尋ねる。
「本当に、それほどの効果があるのですか?」
「はい。あたしは、あの、憧れの先輩と両思いになれて‥‥」
「わたしも、急に成績が上がったんです」
 気休めか、偶然か。考え込む巧には目もくれず、雫は興味津々で身を乗り出す。
「ね、触っていい?」
「うん」
 雫は香織から携帯電話を受け取る。その時。ふっと空気が動いた。
(え‥‥?)
 しかし、異変に気付いたのは巧だけのようだ。雫は、遙か向こうの窓に水晶を透かし、無邪気に喜んでいる。
「私も触ってみていいですか?」
「はい」
 美穂の携帯電話を受け取る。
(引力‥‥?)
 じっと石を見詰める。石そのものに特別な力はない。パワーストーンと呼ばれる種類の石を使っているのは、一種のカムフラージュだ。そうではなくて‥‥。
「これを買うときに、何か、変わったことはありませんでしたか?」
「んー‥‥別に」
 美穂はそう答えたが、香織が、思い出したように言った。
「そういえば、売っていた人が、おまじないをしてくれました」
「おまじない?」
「この石を、私専用のにするおまじないだって」
 もう一度、石を見る。
(つまり、力は後から付けた物。でも、どうやって? 何のために? 誰がそんなことを?)

「‥‥おや、困ったな‥‥」
 ふと顔を上げると、言葉通り、困惑した表情の青年が立っていた。
「え?」
 周囲を見渡す。今までいたネットカフェの中。雫も、美穂も、香織も、全く変わりはなく。ただ自分だけが、なぜか現実感がない。
「僕を呼んだのは、君?」
「‥‥これは‥‥?」
「話すと長くなるから。この状態は不安定だから、あまり長くは持たない。用件を言ってくれる?」
「‥‥一方的ですね」
 皮肉を含んだ笑みを投げるが、青年は気に留めた様子もない。
「早く用事を済ませて戻らないと、こちらの世界に取り込まれて、戻れなくなるよ」
「‥‥一つだけ。あの子たちに売った石。あれは何ですか?」
「石は石。石自体に、それほどの力はないよ。何もないわけじゃないことは‥‥君なら知っていると思うけれど」
「その石が、なぜ、噂になるほどの効力を?」
 青年は、少し考えてから答えた。
「おそらく、全部話さないと、君はここから出ようとしないだろうね」
 一呼吸の間を置いて、淡々と話し始める。
「あの石には、ちょっとした仕掛けをしてある。持ち主が望む『運』を上げる代わりに、他の『運』を少し削るようにね」
「なぜそんなことを‥‥」
「簡単に言えば、『運』の総量は決まっているってことさ。僕は、その割り振りを、望み通りに変えてあげているだけ」
「そのことを、彼女たちは知っているんですか?」
「いや、知らないと思う」
「それは‥‥卑怯じゃないですか」
「そうかな? 自分の興味のない分野の『運』を、ほんの少し削られたところで、誰も気付きはしない。でもそれは、上げる『運』が一つだけの時。二つ以上になると、僕の力では調整しきれない。ボロが出ちゃうんだ」
「だから、一人につき一つしか売らない」
「そういうこと。分かったら、帰ってくれる?」
 いつの間にか、靄のような物が自分にまとわりついている。これ以上は危険だ。だが、まだ聞きたいことがある。
「もう一つだけ」
「‥‥意外にしつこいね」
「この効果を切るには?」
「簡単さ。要らなくなったら砕けばいい。原型を留めないくらいにね。まあ、放っておいても、1年くらいで効果がなくなるようにしてあるから、心配しなくていいよ。僕だって、あまり危ないことはしたくないんだ」

「‥‥さん? 水上さん?」
 雫の声。カメラのピントが合うように、周囲の景色が鮮明になる
「どうしたの? 幽体離脱でもしてた?」
 クスクスと笑う雫に、まさか「その通り」とも言えず、巧は曖昧に微笑む。実際、あれが何だったのか、自分でもよく分からない。ただ‥‥。
(この石が、媒体に?)
 左手の中指。虎目石の指輪が熱を持っている。

●ミニオフ
「雫さん。鎌倉のお土産ですよ〜」
 みかねの声に、雫だけでなく、巧と二人の少女も振り向く。
「あ。来た来た。ほら、鎌倉に調べに行ってくれた人。‥‥あれ? 桜夜さんたちも?」
「鎌倉で偶然会ったのよね」
 桜夜が鎌倉駅前での出来事をかいつまんで話す間に、隣にいた男性――隼が、黄色い紙袋を差し出した。
「せっかくだからミニオフしようぜって。無理矢理連れて来られちまったよ」
 そう言いながらも、別に嫌そうではない。
「それで、何か分かった?」
「別に、どうってことはなかったぜ。許可取ってないから、お巡りに見付かるとヤバいんだとよ。だから、しょっちゅう場所替えしてるらしい。あ、俺、コーラね」
 雫がサブレーの缶を開けようとするのを見ながら、マリヱは椅子を引く。
「効果が強すぎるから、一人一つ。それから、必要がなくなったら、誰かにあげるんじゃなくて、粉々に砕いてしまって欲しいそうよ」
 えっ?と、口を押さえたポニーテールの少女に向かい、桜夜が説明する。
「お守りを処分する時には、色々決まりがあるんだよね。神社で買ったお守りは、その神社で焼いてもらうとかさ。あれみたいなもんじゃないの?」
 曜は早速、サブレーに手を伸ばす。
「ま、あんまり騒ぎ立てると、あいつも出て来にくいんじゃねぇの? 無許可営業だしさ。そっとしといてやれよ」
 巧は、冷めたコーヒーに口を付けながら考えていた。自分が見た物は、言わない方がいいだろうと。

【完】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0072 / 瀬水月・隼 / 男 / 15 / 高校生】
【0249 / 志神・みかね / 女 / 15 / 学生】
【0442 / 美貴神・マリヱ / 女 / 23 / モデル】
【0444 / 朧月・桜夜 / 女 / 16 / 陰陽師】
【0888 / 葛妃・曜 / 女 / 16 / 女子高生】
【1501 / 水上・巧 / 男 / 32 / ジュエリーデザイナー】

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■         ライター通信          ■
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 東京怪談の皆様には、はじめまして。ライターの小早川です。大切なPCさんは、イメージ通りに書けているでしょうか? お気づきの点がありましたら、遠慮なくテラコン経由でお知らせくださいね。
 今回は個別部分が多いです。時間は大体同じで、場所が違うという構成になっていますので、他の方のノベルも見ていただくのも面白いかもしれません。

 水上巧様。今回の依頼に打って付けのご職業ですね。実は、石自体には特に力がないというオチ、巧さんには一発で見抜かれてしまいました。一番不思議な体験をしたのも巧さんだったと思います。

 それでは、またお会いできますように。