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<東京怪談ノベル(シングル)>


◆ 螺旋の夏 ◆


  ■培養硝子の戀■


 手が届かない 都会の海の 青い魚

 記憶に焼き付けた 危ういライン 

 失速した俺の心  

 何処までも 追いかけた夏


 壊れかけたRadioが冷房の効かない部屋に冷えたラブソングを流し込む。
 俺は不意に痛みに囚われる。
 それが届かなければ、感じる事のないはずの痛みだった。
 相変わらず無防備に俺の中に入り込むから、もう二度と感じないはずの想いに囚われて離れられなくなる。
 俺はそっとそれに触れる。
 何の変哲もない葉書。

 俺は診療所として借り受けた部屋の一室。オフィスと呼ぶには頼りない、小さな部屋の机の上に置かれた葉書を見つめた。
 流れてくるヒット曲の所為なのかもしれない。
 『甘い』と言うには辛すぎる、苦い感覚。
 俺にとって、それは10×14センチの白い痛みの結晶だった。
 吸いかけの煙草の灰をアッシュトレーの上に払い落として、俺はぼんやりと眺めた。


――――――――――――――――――――――――――――――


          同窓会のお知らせ

  門屋・将太郎 様

  今回同窓会を開催する運びとなりました。
  ご都合が良いようでしたらご参加ください。

  つきましては、二次会の方もありますので、
  そちらの方も是非ご参加くださいますよう、よろしくお願いいたします。

   日時:8月○○日 ○時
   会場:○○ホテル ○○駅より5分


  P・S…ショータロー、元気?
     大学が違っちゃってから会ってないね。
     今度の同窓会には必ず来いよ。
     幹事は俺だから、たっぷりこき使ってやるからさ。
     じゃ、会場で会おうな。絶対だぞ(笑)

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 溜息を吐いて咥えていた煙草を外し、アッシュトレーに擦りつけて消してからその中に放る。
 俺は小さく「ナイスシュート」と呟いた。

 
 口に出せない願いを乗せて

 表せない想いは 消して

 瞳に焼き付けた 危ういSing

 通り過ぎたあとは 夏に眠らせて


「ったく……」
 自分でも思いがけない言葉が飛び出して、俺は不意に口を噤んだ。
 何で、今ごろしまっていたものが顔を出すのだろう。
 忘れさせて…自分も隠しこんだ思い出。
 たった一枚の葉書で思い出すなんて、俺らしくない。
 つるつるとした表面を撫でながら、再び葉書の文字を眺めた。
 透かしの入った綺麗な葉書に几帳面な文字。あいつの口調そのままの書き方。
 何処かあいつの匂いさえしてきそうで、俺は苦笑した。

 白くて綺麗で、優しいあいつ。
 今でもそれは変わらないのだろうか。

 懐かしい感傷に浸りながら、俺は指でその字をなぞった。
「どうすっかな……」
 誰に言うでもなく、俺は呟く。
 草臥れたクーラーのファンが時折、思い出したように悲鳴を上げる。
 それを遠く鼓膜に打たせながら、俺は記憶の淵に沈んでいった。



  ■ Secret Sings ■ 〜秘密の痕〜 

「ショータロー、用事って何?」
 笑いながら顔を出すとこっちに向かって歩いてきた。
 長めの前髪が頬の辺りで揺れ、邪魔そうにそれを指で跳ね除けると、相変わらずの優しい笑顔を俺に向ける。
 夏休み前の休校日、俺は夏の旅行の為に書類を提出に来ていた。
 俺のうちの旅行だから、当然、こいつは一緒に学校に来る必要なんてなかったんだ。
 なのに、俺にくっ付いて学校に来た。
 真面目なんだか、甘えん坊なんだか……なんて考えていたけど、本当は嬉しかった。

「あ……うん。ちょっとさぁ」
 汗が滲む頭を掻きながら、俺は速くなる鼓動を抑えようとした。
 告白しようと思って呼び出したものの、どうも気持ちばかりが焦る。
 体育館の裏まで呼び出したのはいいが、その先をどうするのか俺は考えてなかった。
「こんなトコにいたら茹っちゃうよ、早くショッピングセンターに行こうよ」
 奥細まった道とも言えない小さな敷地に入り込んできて、俺に向かって子供っぽい笑みを浮かべる。
 学校帰りに近くのショッピングモールを歩いて、古本やら何やらを漁ってから、喫茶店で飯を食おうとう約束をしていたのだ。
「あ……あぁ……」、
 この気持ちに気がついたのは、つい最近だった。
 相手の目を見ることで、心の声が聞こえるという自分の能力に鬱陶しさを感じていた俺は、自然と将来の職業を決めていた。
 これといって他に特技は無いし、何より仕事に使えて、読心術を使った後の疲れの理由も立つ。
 臨床心理士になって自分の能力を使う。それがこの高校に進学した理由だった。
 入学式のときから気が合って以来2年とちょっと、クラス換えなんかに負けることもなく、俺達は親友の座を守ってきた。
 本当についこの間まで、俺はこいつを最高の親友だと思っていたんだ。
 まさか、友情じゃなくて愛情に似た気持ちを持つなんて考えてもみなかった。
 俺にはそのっ気があるとは思ってなかったし、あいつが女に見えるとかそう云うわけじゃない。
 確かに綺麗だよ。
 色なんか白いし、日に焼けないし。クラスの性格顔ブス女に比べたら、よっぽど天使に見えそうだ。
 華奢だし、清潔感あるし。
 一年生の時に上級生(しかも、男!)にコクられたとか、ラブレターを貰ったとかそういう噂が立つような奴だったのは認める。
 だからって、何で俺が(よりにもよって!)悶々とした日々を過ごさなくちゃならないんだろう。
 受験勉強に身が入らないんだよ。
 恋の神様ッて奴は、何でもかんでもキューピッドの矢をばら撒いてやがるんじゃないか。
 ったくよ……

「ショータロー!どうしちゃったんだよ、急に黙り込んでさ」
「あ……悪ぃ……」
「それで用事って何?」
 さすがに汗をかき始めたらしい。
 ハンカチで汗を拭きながら、あいつは訊いてきた。
 薄明るい体育館の裏の空は真四角に切り取られて、そこからほんの少しの夏の光が俺達の頭上に降り注ぐ。
 首筋を滑る汗が光って見えて、俺の目は釘付けになる。
 同性を綺麗だって思うのは、変な事なんだろうか。
 このまま黙ってるのも変だし、呼び出した甲斐もないし、俺は思い切って言う事にした。
 夏も過ぎればすれ違いの一日ばかりになる。
 受験直前の一月辺りは話すこともままならなくなるだろう。
 その前の……最後の賭け。

 会った事も無い、何処かにいるはずの恋の神様。

 あんたよりもちっぽけな俺だけど、そんな俺の願いをかなえて。

 
「あの……」

―― 頑張れ、俺! ずっとこいつと居たいんだろう?

「何?」
「……付き合ってくれ……ないか?……」
「…………え? 付き合うって…買い物? 今から行くじゃん」
「そうじゃ…なくって……恋人になって…くれ……」
 言ってしまって、俺は恥ずかしくて怖くって俯きがちになる。
 あいつの顔が見れなくて、目を閉じてしまった。
 男が男を好きになるなんてさ、世間から見れば絶対に偏見の目で見られる。
 そうでなくたって、こいつは妙な噂立てられるぐらいなのに。
 こんな自分が悔しくて、情けなくて、でも本当にこいつが好きで、本当の気持ちを知るのが何よりも怖かったけど、俺は閉じた目を開いた。
 やっとの思いで顔を上げれば、眉を潜めるあいつがそこにいた。
「からかってる?」
 幾分、頬を赤らめてあいつが言う。
 声が震えて、細くて聞こえないぐらいに小さくなってゆく。
 じっと俺を見つめて離そうとしない。
「それとも誰かと賭けでもした?」
 力無く笑うような表情を俺に見せたまま、様子を窺う様に静かに言うあいつの言葉が妙に痛い。
「新聞部の馬鹿と巨人戦チケットの賭けでもしてたんだよな?」
「からかってなんか…ない」
 息が詰まりそうで、やっと言った俺の声はヘナヘナで、あいつのガードを打ち砕くパワーなんか無い。
 情けねえ。
 俺って、こんなだったんだ。
「俺が……皆にどんな噂流されてるか、知ってるよな?」
「知ってる、コクられたって……」
「だったら……だったら何で……。何でお前なんだよッ!!」
 赤くなった頬は夏の気温のせいでもない。
 ましてや、嬉しいから赤くなってる訳でもない。
 じっと見つめる目は俺を射るように据えられたままだし、何より体が震えてた。
 こいつは怒ってるんだ。
「冗談で言ってるんじゃない! 俺だって分からなかったさ。お前の事ばっかり考えて、勉強に身が入らなくって……迷惑だろうって分かってるけど」
「分かってるなら何で……俺、ショータローの事、友達としか思えないよ」
「しょうがないだろッ!!」
 俺の気持ちを知って欲しくて、俺は叫ぶような声で言った。
「気になって仕方が無いんだよ! お前の夢ばっか見て…俺、辛い……」
 一瞬たじろいだように俺を見つめて、あいつは逃げるように背を向けた。
 このまま答えがわからない状態で苦しむのが嫌で、俺はあいつの腕を掴んだ。
「待てよッ!」
「痛いっ!ショータロー、離せってば!」
「嫌だ!!」
 掴まなかったら、こいつは逃げる。
 だから俺は離さなかった。
 嫌がるのを無理に抱え込んで動けなくさせる。
 このまま気持ちが抑えきれなくて、誰も触った事が無いだろう、こいつの唇に俺か噛み付くようにキスをした。
「ッ! んんッ!!」
 薄くも無く、厚くも無い、やわらかい唇。
 夢に見て、待ち望んで、やっと触れる事が出来たから、離す気なんか起きなかった。 
 ずっと感じていたくって、長めの髪を掴んで固定する。
 髪を引っ張られて眉を潜めた。
「んっ!うーッ!」
 俺の腕の中で俺より一回りは小さいこいつが暴れても、逃げれるわけは無い。
 全てを失っても良いから、今だけはこのままでいたい。
 体育館の壁に押し付けて、身動き出来なくなれば貪るように口付けた。
 きっと離したら、二人の体は二度と繋がらなくなるから、今だけはこうしていて欲しい。
 離したらお前の記憶を消して、今まで通りに友達として高校最後の日まで過ごすから。
 
 小さくなって怯えるこいつの瞳を俺は見つめた。
 一瞬にして瞳が虚ろになる。
 俺の能力が発動している証拠。
 それを俺は確認すると唇を離す。
「ここであったことは忘れるんだ」
 焦点の定まらない瞳が俺の方をを向く。
「お前は今、とっても眠いんだ。だからここで寝てるんだよ」
 言い聞かせるように言うと、次第に目蓋が落ちていって、瞳は閉じられる。
 次第に弛緩していくこいつの体を座わらせて、体育館の壁に凭せ掛ける。
「目が覚めたら……友達だから」
 頬が冷たい何かで濡れる。
「もう怖い事なんて無いから……」
 髪を撫でて、額にキスをすると俺はその場を後にした。

 もう振り返らない。
 だけど忘れない。
 嘘なんか一つも混じっていない。
 俺の気持ち。
 遅すぎた恋と早すぎたサヨナラ。
 最後の日まで友人として過ごそう。
 本当の別れまでには、まだ時間があるから。



  ■シャーレの中の残像■

 親友から記憶を奪ったあの日。
 俺はその場から去り、教室へと走って鞄を掴むと家まで振り返らずに帰った。
 夕方、あいつから電話が掛かってきて、「約束を破ってしまった」と謝っていた。
 そうなったのは俺の所為なのに、本当の事を言うことが出来ないまま、じっと俺はあいつの必死に謝る声を聞いた。
 全部悪いのは自分なのに、謝られるのは辛い。
 これはきっと我侭だった自分に対する、神様の小さな罰なのだろう。
 「何でも奢るから」と謝るあいつの声を聞きながら、俺は泣いている自分を悟られないように電話口で明るく振舞った。

『だからぁ! マジで奢らせてって言ってるんだってば!』
「熱さで倒れたんだから、しょうがないだろ」
『ショータロー……もしかして、すっげぇ怒ってる?』
「お…怒ってない……」
『嘘だ! 今、声が震えてた』
「ド、ドラマ見てて……」
『マジで? ショータロー、泣き虫だったんだ!?』
「……っせーよ!」
『あははー…じゃぁ、次の約束の日の昼ご飯は俺が奢るんだからな。忘れんなよ、じゃ!』

 こんな台詞を残してあいつは電話を切った。
 抱えきれない想いを抱いて、俺は泣いて朝を迎えた。
 罰にしては小さくて、抱きしめるには大きい痛みだった。

 学校と言う名のシャーレに育てられた、純粋培養の恋。
 その透き通った丸い輪郭も、落としてしまえば刺よりも鋭くなる。
 だから、離さない為に、落とさないように、俺は全てを消した。
 記憶を消した事は逃げた事になるんだろうか?
 求めて、傷つけ合って、ぼろぼろになってしまえばよかったのだろうか。

 最後まで追いかけたら……
 俺は本当に忘れることが出来たのだろうか。

 ■END■