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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「オレっ、今日から巫女さんになるね!」
天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)の姿を見るなり、左手の親指をサムズ・アップして渋谷透(しぶや・とおる)は朗らかに宣言した。心なし表情まで輝いているような気がする。彼に纏わりついている人魂はもとよりぼんやり光っている。
「ならんでいい。というかなれないだろう」
冷静な草間のツッコミが飛んだ。巫女は女性がなるものだ。男がなるなら宮司である。逆立ちしても透では巫女にはなれない。
しかしそんなことはおかまいなしに、透は両手の指を組み合わせて撫子に向き直る。
「撫子さん。キミの為ならオレはいっそ鬼にでも悪霊にでもなれるよ!」
「は……、は、……い」
透は神に仕えると言った舌の根も乾かぬうちに、途端に悪鬼悪霊になるつもりらしい。
礼を言ったものか、お断りしたほうがいいのだろうか。神に仕える身としては、判断に迷う台詞である。
「いっそ調伏されろ!!」
草間の声が、美人に遭遇して浮かれている透を事務所から蹴り出した。

・・・・・・・・・・・・・・
「うわぁ、でっかいなぁ〜」
ぽかんと口を開けて石段の上に聳える鳥居を見上げ、家賃3万円のオンボロアパート暮らしだった透は「やっぱり美人は住んでいるとこから違うね」と妙な感心の仕方をした。今日び、周りを見回せば透以下の水準をしている若者はそうそういないのだが、幸か不幸か、本人はそれに気づいていない。
まあ、それにしても撫子の実家は敷地からして広大である。なにしろ神社だから、家屋を除いた敷地だけでかなりの面積だ。鳥居を抜けた敷地の奥が、彼女たちの暮らす居住部分である。
「使っていない部屋が結構ありますから、渋谷様はどれでも好きな部屋をお使いください」
「はぁい。でも大丈夫?オレなんか泊めて叱られない?」
意外としっかりした考えの持ち主なのか、ただ単に神社の威容に圧されただけなのか、心配そうに透は撫子を覗き込んだ。
「ご安心ください」
安心させるように、撫子はにっこりと微笑んでみせる。
「祖父をはじめ、家には手練れの方々も多いですから、もしもの事があっても大丈夫ですよ」
異性を泊めて「大丈夫?」と聞いた透の台詞を、撫子は「オレは色々取り憑かれてるけど大丈夫?」と解釈した。だから返答も勿論頼もしい。
「……あ、うん。そ……そうなんだ」
もしものことってなんだろう、と透は思ったに違いない。「もしも」のことが起こったときの自分の命運を憂えたのかもしれない。
「わたくしも多少は腕に覚えもありますし。だからご安心ください」
「う……うん、わかったよ。ははは……はは」
透の笑いは乾いている。肩にはちょっぴり哀愁も漂っていた。まだ不安そうな(実際には怖がっているだけだ)透を安心させようと、撫子は微笑んだ。
その微笑みが、透には「わたくしに手を出してご覧。手下どもが黙っちゃいないよ」と任侠風に映ったことは、もちろん彼だけの秘密である。
多少どころか、撫子は祖父や同居人たちを差し置いて、一番の腕利きだ。そこまで知らずに済んだのだけが、透の幸運だった。

撫子は透に、「お客様ですから、のんびりしていらしてください」と言ったのだが、貧乏人は暇があるとかえって落ち着かないものらしい。
しなくてはいけない用事を終えて撫子が部屋を訪ねると、透は日の傾き始めた夏空の下、鼻歌交じりに竹ぼうきで境内を掃除しているところだった。
薄く朱が混じり始めた空気の下でも、透のまわりには白いものがふよふよしている。季節柄、場所柄、案外それが絵になって……いないこともない。慣れというのは恐ろしいものである。
「渋谷様、お茶のご用意が出来ました」
撫子が声をかけると、顔を上げた透は、箒を引きずって嬉しそうに縁側にやってきた。勿論人魂も後をついてきた。
「見て見て!」
頬を紅潮させて、人魂を従えた透は興奮してる。何かを連想させるなぁと思うのだがそれがなんだか思い当たらない。膝の上で手を揃えて、撫子は透を見上げた。
「はい。なんでしょう?」
「さっきねぇ、そこを掃除してたらさぁ!」
全身でわくわくしている。尻尾があったらきっと振り切れんばかりに左右に揺れるんだろうと考えて、ようやく思いついた。
(子犬……みたいですねぇ)
子犬みたい、というより子犬並、といったほうがより正しい。ようは馬鹿というか単純というか、子どもというか。
「くわがたみつけた……!(フォント大)」
「…………」
差し出されたのは、ぎざぎざの顎の形もおぞましい5センチ弱の甲殻類である。鈍く光った身体は僅かに金色がかっている。しかも、撫子の目前に突き出されたのは、普段は見えない腹側である。
体の中心から放射線状に伸びた六本の肢がワサワサ動いた。目の前だったので細部までしっかり見える。
「しっ、渋谷様!!お願いです。おなかを見せないでください」
「えっ、オレ腹出てた?」
慌てて透が空いた手でシャツを掴んだ。そっちじゃない。
「虫の方です…!」
「懐かしいなぁ。オレ、昔クワガタのメスと間違えてゴキブリ飼ったっけ…」
しみじみと透が回想する。懐かしいというより、ただただおぞましい記憶のような気もするが、撫子はそれどころではなかった。
何しろ彼女の顔の数センチ手前では、カニ道楽の電動看板のごとく、黒光りする足が動いているのである。気が気ではない。
「くわがた、きらい?」
「嫌いというわけではないですが……っ、その、そこまで近くにあると」
気持ち悪い。気持ち悪いのである。
女性ならずとも、都会の暮らしに慣れた現代っ子なら、大多数が同じ感想を抱いたに違いない。
「カッコいいのになー」
残念そうな顔をして、透はクワガタを持っていた手を下げる。それを近くの大木に放してやってから、透はよっこいしょと縁側に腰を下ろした。
「うわ、すごい美味そう。何これ?」
「くずきりです」
「お蕎麦?」
和菓子といえば、コンビニでパックになって売っている羊羹とあんみつくらいしか知らない男だった。黒蜜をかけた葛というものにひとしきり感動して、透はくずきりを平らげる。
「ここ、静かでいいなぁ」
縁側から足を投げ出しながら、程よく冷えたお茶を口に運んだ透はしみじみため息をつく。確かに周囲を木々に囲まれた神社は、都会の喧騒からは隔絶されている。
「虫たちの音は、むしろ煩いほどなんですよ」
日中は蝉が、夕方にはヒグラシが、夜になればコオロギや鈴虫たちの大合唱だ。
それもいいなぁ、とまた言って、透は空を見上げた。
いつの間にか、沈みかけた夕日が青かった空を紅く染め上げている。ふわり、と朱に染まった空気の中で、透が纏った人魂が舞った。くるくると、まるで小さな台風に巻きこまれたかのように回っている。
その動き方が今までより活発になった気がして、撫子は首を傾げた。ものも言わぬ人魂たちは、何かを伝えようとしている気がしてならない。
(一体何を……?)
空…………だろうか…。
何気なく、顔を上げた。
オレンジに輝いた空は、最早昼の青さを残してはいない。燃え盛る太陽そのままに、紅くどこまでも染まっていた。
普通よりも高いところに位置しているこの場所は、街を見下ろすように立っている。こんもり茂って紅い空と対照を成した木々の向こうに見えるのは、突き出て高い、昔ながらの銭湯の煙突程度のものだ。
煙突は、まっすぐ伸びて天を衝き、そこだけ貼り付けたように黒い。
その、上に。
見慣れない影があった。
黒い影は、歪な形に空を切り取っている。
(人……?)
人が、煙突の上にしゃがんでいるのだろうか。
危ないのではないかと考え、すぐにはっとしてその影を見つめ直した。
煙突から体がはみ出しそうになりながら、しゃがみこみ、両手を前にやってじっとしている。ぼうぼうに伸びた髪が、風に吹かれてなびいているようだ。
あれは、
(人にしては、大きすぎる……)
頭が存在するあたりにある、二つの目。まるで燃え盛る夕空を切り取ったかのような。
―――空の紅さが、ひどく禍々しく見えた。
透の周囲で、警告するように人魂が回っている。
遠くにいるくせに、影になっているくせに、撫子には「それ」が、こちらを見ているのだということがわかった。
煙突のてっぺんから、あの真っ赤な一対の瞳で、じっと神社を見ている。
彼は、入れないのだ。いや、入りたがらないのかもしれない。
とにかく彼にとっては「神社」というのは入りにくい場所なのだ。
だから、あんなところから、様子を伺っている。
(渋谷様を……?)
振り返る。透は、空を黒く切り取る影には、気づいていないようだった。目を細めて、風に揺れる木々を眺めている。
「それ」から目を放すのはとても無用心な気がした。
すぐに視線を戻した撫子の視界で、巨大な影はゆらりと動いた。
「それ」が立ち上がると、ぐんと体積を増したような錯覚に陥る。
もう一度、血の色の瞳でこちらを見つめると、それは煙突の端を蹴って、紅い空に飛び出した。
やはり、それは人間のかたちをしている。
ひゅっと落ちた人影は、紅い空をゆるやかな弧を描いて落ちていった。どこへ落ちたかはわからない。思わずその影を追いかけたが、視線は神社を取り巻くようにして生い茂る木々によって遮断されてしまった。
あとには、あの化け物の目のように赤い空ばかりが広がり、その淵を黄金を伴ったオレンジ色で満たしている。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別】
 ・0328 / 天薙・撫子 / 女

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NPC
  ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。
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■         ライター通信          ■
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お盆休みはいかがでしたか!今年の夏はなんだかビミョーな天気ですねぇ。
ついでにNY停電だとか!(全然関係ない)。NYは暑いらしいです。停電なのでクーラーなし、冷蔵庫なし、ついでにエレベーターもなし!100階建て高層ビルで仕事をする人たちは、えんやこらと階段使うらしいですよ…。
それはともかく、遊んでいただいてありがとうございました!
草間の言ってる調伏って、神道だっけ?仏教だっけ?とか、そんな疑問はどこかにうっちゃっといてくださ……(殴)
夏の夜に、ちょっと涼しくなっていただければ(もう秋到来との噂もありますが)幸いです。
またどこかで見かけたら、構ってやってください。
ではでは〜!


在原飛鳥