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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「流石は怪奇探偵の草間さん!幽霊さん達のホームステイ先斡旋までするんだね〜」
「しない!」
暢気に感心した賈・花霞(じあ・ほあしあ)に、怪奇探偵の一言と間違った仕事内容の誤認識のダブルパンチを食らった草間がマットに……否、ソファに沈んだ。
「ウチに来てくれてもいいよ〜」
小柄な体をソファに埋めて足をぱたぱたさせながら、花霞は気軽に請け負う。ダメージを受けてしばらく立ち上がれなかった探偵は無視である。聞けばポルターガイストだの霊現象だのといかがわしいが、それは一般常識に照らし合わせてのことだ。妖怪や憑物神の身の身請けをしまくった末、現代に置ける霊界と化した花霞の家では、その程度のことは日常茶飯事だった。そもそも、花霞からして人間ではないのだから、怪奇現象恐るるに足らず、である。
透を自宅を招くにあたって義父と義兄にも了解を取ったが、こちらも二つ返事でOKだった。花霞の家は、お客様の接待だの、お泊めする部屋だの、いつ誰が訪ねてきても心配しなくていいような設備に関しては、高級ホテル並みである。何しろ「使用人」だの、「執事」などが本当に存在する館なのだ。唯一の問題といえば、それが大抵人外だということだけであろうか。
「けどっ、渋谷さん」
「うん?」
「そのかわりに、花霞と遊んで欲しいなー。あと、学校の夏休みの宿題とかもあるんだけど……」
「いいよ」
精神年齢でいえばむしろ小学生に近いかもしれない透は、気軽に答えてにっこりした。
「体育、家庭科、道徳の授業はばっちりさ!」
……主要四科目がひとつとして含まれていない。呆れを通り越してむしろ感心した顔で、草間と零が顔を見合わせている。

□───花霞の部屋にて
「使うもの〜〜〜」
花霞の屋敷である。「お帰りなさいませ、お嬢様。お連れ様ですか」などと迎え入れられて、ビビっていた透はようやく調子を取り戻しつつあった。
花霞の部屋には、一面に広げられた新聞紙の上に、ガラクタの山……否、図工のための材料が並んでいた。特大サイズのコカコーラのペットボトルに、塩に某製菓会社のボトルキャップ。これが数時間後には、二人の手によって立派な提出物になる予定だった。
「ペットボトルを、手がはいるくらいに、斜めに穴をあけるだろ」
「うん」
「ボトルを横にして、MIUの深海魚シリーズを適当にセメダインでくっつける」
「はい」
「塩でボトルキャップの部分を隠す」
というわけで、大量の塩をペットボトルに注ぎ込んだ。
「できたー」
「できた?じゃ、蓋をつけて塩がこぼれないようにして、終わり」
「…………それだけ?」
「それだけ」
えらく簡単である。なんだかんだとまあ、3,40分はかかったかもしれないが、恐ろしく手間がかからない。白い砂を模した塩の上で、色とりどりの深海魚たちが案外さまになっているから不思議である。
オウム貝なんか砂に半ば埋もれていて、なかなかにリアルだ。
リアルだが……
「なんか、怖いね……」
「深海魚だからね」
ペンギンの予定だったのだ、本当は。数時間前までは、北極の白い大地の上で暮らす可愛い鳥たちの素敵世界が広がる予定であった。しかし生憎、ペンギンを使用したボトルキャップは手に入らなかったのである。おかげでペットボトルの中は、赤とかあずき色とか、とても微妙な色合いの怪奇植物に満たされていた。
手間はともかく、出来としてはなかなかのものだが……どうも不気味である。しかも一部蓄光仕様だ。
「うーん、でもま、いっか!」
都合の悪いことは、あまり深く考えないほうがいい。それよりもここ数日頭を悩ませていた図画工作の難題が終わって、花霞はむしろほっとした。そうすると、ボトルの隅で異様をさらすシーラカンスまでかわいく見えるから不思議である。そう考えればチョウチンアンコウだって頼もしい。今年の花霞の夏の宿題、テーマは「深海魚」に今決まった。
「ちょっとトイレ」
宣言して、透は立ち上がった。気がつけばいつの間にか夜である。広大な屋敷は、平均的一家族以上の人口を抱えているというのに物音一つしない。敷地が広すぎるのだ。
「廊下に出て右手側だよ」
「はーい」
来た当初はあまりの生活水準の差を目の当たりにして、借りてきた猫のようになっていたくせに、透はすっかりこの屋敷にも慣れたらしい。勝手知ったる様子でドアを開けた。
廊下へと足を踏み出そうとした透の前を、すぅっと何かが通った。
見覚えのある顔だ。今日の昼、慇懃に玄関で帰宅した花霞と透を出迎えた執事である。それが、すぅっと空中を横切ったのだ。
「………………」
何も言わずに透は開けたばかりのドアを閉めた。挙動不審である。
ドアのノブを持ったまま、透はそこで硬直している。きっと今、彼のウメボシ大の脳みそはフル回転で活動しているに違いない。とはいえ元々錆付いた脳なので、すぐにオーバーヒートした。
ぎくしゃくと透は花霞を振り返る。
「ほっ……ほっ、ほあちゃん!」
「どしたのー?」
「しつ、しつ、執事さんが」
ドアに縋り付くようにして、透は回らない舌を動かしている。ベッドに乗っかって足を伸ばした花霞は、不思議そうに首をかしげた。
「きっと夜の見回りだよ。戸締りの確認とかしてるの」
「でも……頭が」
浮いていたのである。頭だけが。
「すぅっていったよ。スゥって!」
「ああー!それはね、彼、飛頭蛮だからだよ」
飛頭蛮とは、中国の妖怪である。夜になると、頭だけが飛び回るのだ。
花霞の家では、用心の為に、夜の散歩も兼ねて彼が屋敷内を見回るのだという。ついでに庭に飛んでいる蚊だの蛾だのを食べてくれるので、家人は皆彼を重宝していた。
「耳でかかったんだけど」
「うん。飛ぶからね」
「…………ダンボ」
何かが入ってくるのを恐れるように、透はドアをしっかり押さえつけている。
「トイレ、いかないの?」
「…………」
「花霞がついていってあげようか?」
「……おねがいします」
へこりと透が頭を下げた。
情けない。まかりなりにも大学生が、小学生にトイレのお供を頼んでいいものだろうか。
あとあと、今日は一緒の部屋で寝てもいい?
と、ますます情けないことを、人魂を回りに纏いつかせながら透は言った。

「渋谷さんに憑いてるのって、普通の霊だよね?」
そんなわけで、シーツと布団を床に広げた透は、花霞のベッドの下で、枕を抱えている。パジャマもなにも、先だっての火災で燃えてしまったので、寝巻きのかわりに透が着ているのはTシャツとスウェットだ。
「霊?うん?」
「んーん。なんでもないよー」
透の周りでふよふよ揺れる、くらげみたいな人魂を指で突付きながら、花霞は返事をした。どうも透は自分が霊に憑かれていることを認識していないらしい。怖がられても面倒なので、花霞は何も言わないことにした。
「それにしてもさぁ、ほあちゃんすげーとこに住んでるね」
枕を抱いたまま、透は興味津々ですっかり闇に沈んだ窓の外を眺めている。さっきまで怖がっていたくせに、慣れるのは早い。花霞が側に居れば安心だと、勝手に決め付けているらしい。
窓ごしの庭では、大小さまざまな物体が蠢いている。そのどれ一つ取っても、日常で見られる動物たちの形をしていないから、いっそ圧巻だ。
「夜の方が好きな子とかいるからね〜。散歩してるんだよ」
「妖怪サファリってかんじ」
さっきから、透はおばけ猫がいただの、執事さんが飛んでいっただのと言ってははしゃいでいる。
「あ、でっかいなぁ。あれなに?」
「ん?どーれ?」
透の言葉に、花霞は身体を起こして窓を覗く。
そこで、一対の真っ赤な瞳に対面した。
かなり大きな生き物である。聳えるような巨体は、夜空の一部を切り取って深い影に変えていた。人……の形をしている。
だが、隆々と筋肉が盛り上がったその体格は、人間と呼ぶにはひどくバランスが悪く、不恰好だった。頭は、身体に比べて小さい。腕は、それだけで大人の男ほどのサイズがありそうだ。
それは、花霞がこの屋敷で見たことのない姿をしている。
「渋谷さん、下がって」
紅い瞳から目を逸らせずに、花霞は小さな声で言った。紅い目の巨人はずっとこちらを見つめている。
いや、……透だけを見つめている。
ぽつ、ぽつと庭に青い明りが灯った。青白い燐光を発して、ボッ、ボッ、と音すらも聞こえるような灯り方で、合計で十近い火が庭に並ぶ。
その光に照らされて、巨人の肌は緑のような、土のような、妙な色に浮き上がる。
(こんなコ、うちにいない)
まずい、と思った。
なんだか「これ」はとても怖いもののような気がする。
「……哥々!パパしゃん!!」
カッ!と、紅い目の光が強さを増したのと、花霞が叫んだのとは、ほぼ同時だった。ゆらりと、巨体が庭で揺れる。花霞たちのいる部屋の明りを目指して、ゆらり、ゆらりと近づいてくる。
異変を察して、庭に出ていたもののけたちが騒ぎ出した。
巨人は怯まず、やわらかい夜の芝生を踏んで、近づいてくる。
歩くたびに、血のように赤い眼が揺らぐ。
―――喰ろうてくれよう。
声が、聞こえた。地獄の底からとどろくような、低くおぞましい声だ。
―――頭蓋を割って、バリボリ。バリボリ……骨まで食い尽くしてくれようぞ
ベッドの上で凍りついた花霞の腕を乱暴に引いて、透が彼女をドアに向けて追い立てた。
「……なんか、危ない動物も飼ってたりする?」
「違うよ!あれはうちの子じゃない」
花霞!と廊下で彼女を呼ぶ声がする。ばたばたと人が走ってくる声。
「パパしゃん!哥々!」
「何があったんだ?!」
ドアに駆け寄って家族のもとへ駆け寄りたいのに、紅い目から視線が逸らせない。目を逸らした瞬間に、一気に距離を縮めて襲ってくるのではないかと、恐怖が走る。
「花霞!」
「それ」が、動きを止めた。
家の中に、他に人がいることに気づいたのだろう。侵入を躊躇っている。
―――口惜しや。
物欲しげな視線を透に投げると、「それ」は巨体とは思えない身軽さで飛び上がった。窓枠の中から、巨体が消える。
ドアが開いて、父と兄が駆け込んできた。
張り詰めていた緊張が、少し解れる。
「大丈夫か?!」
「だいじょうぶ……」
ようやく、自分の心臓が狂ったように早鐘を打っているのを知った。耳の後ろがずきずきする。
闇の中には、まだあの瞳がどこかに隠れて、こちらを伺っているような気がした。「あれ」は逃げていってしまったのだ。もう、この近くにはいないだろう。そう思っても、心の底に根ざした恐怖は消えない。
蓬髪の下から鈍く光っていたのは、まるで血を集めたような、紅い目だった。


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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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・1651/ 賈・花霞 / 女 / 600 / 小学生

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NPC
・渋谷透 / 男 / 勤労学生
両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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ライター通信
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はじめましてこんにちは!
遊んでいただいてありがとうございますー。なんだか皆様のお世話になっていくと渋谷の生活水準が上がっていくような気がします。モノポリー!
というか、図工の宿題、あんなんでいいんですか…。最近の若い子は凝っているので、そんな手抜きじゃやっぱりだめですかね!(年寄りっぽく)ちなみに巧く出来るかどうかは…試したことがないのでわからないのです(駄目)。
はじめはボトルに砂を詰めて、砂の芸術!とか(やや)高度なことを考えていたんですが。どこかで見かけた砂の芸術、作り方がわからなかったので挫折です(爽やかに)
花霞ちゃんのお相手、させていただいて楽しかったです!心からエンジョイしたのは、渋谷の精神年齢が子どもだからでしょうかやはり……。
(花霞ちゃんの)兄君、父君にもよろしくお伝えください(こんなところで)。いろいろお世話になりました!
またどこかで見かけたら、これに懲りずに遊んでやっていただけるとありがたいです。
ではでは、残り少ない夏休み、バッチリ満喫してください。

在原飛鳥