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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「ふぅん……」
改めて、乾鏡華(いぬい・きょうか)は草間興信所の丈の低いテーブルを挟んで向かい合った青年を観察した。名前は渋谷透(しぶや・とおる)と言うらしい。が、顔立ちは日本人離れしている。白皙の美貌とまではいかないが、彫りが深くて色素が薄く、中々に整った顔立ちだ。顔立ちは凛々しくみえるくせに、どこか情けない雰囲気を漂わせているのも面白い。
(アレだね……ネタにするにはちょうどいいかも)
ネタといえば、小説のネタである。文壇の世界に名を連ねる鏡華は、日々の生活の中にもネタ探しを忘れない。特に執筆活動の中心を占めているのは、「女教師麗華、陵辱の夜」とか「叶姉弟禁断の恋」だのといった、男性向け娯楽小説である。本当はバイオレンス・ホラーからダークなアクションまで幅広くこなすのだが、いかんせんエログロ路線で名前が売れすぎた。いまやすっかり、乾鏡華の名前は「そっち系」の作家として知られている。
ちなみに鏡華の言う「そっち系」の意味は幅広く、半分趣味で始めた女性向けの小説も著作に含まれていた。
(謎の出火によって家を焼け出された青年を優しく出迎える救いの手。だが、実は救いと思われたその手こそ、透をめくるめく快楽地獄へと突き落とす悪魔の掌だったのだ……)
「なぁんてね……ふふふ」
男らしさが一息足りない透は、自動的に「女性向け小説」の供物と決定したらしい。体格のいい男に囲まれて服を剥がれる姿を想像しながら、鏡華はにっこりと完璧な笑みを浮かべた。妄想はタダである。口に出さなければ、相手に迷惑をかけることもない。まあ後にこっそりと本が出版されて、全国の女性(一部男性)の目に留まるかもしれないが、本人の目に留まる確率は低いだろう。日々の執筆活動の助けになってくれる、大変貴重な人身御供だ。だから無論、草間から持ち込まれた依頼を断る理由など鏡華にはなかった。
タイミングの良いことに、透を連れ込んだと知ったら逆上して透を血祭りに上げかねない旦那も、海外出張で留守である。
「当分家には僕しかいないから、いいよ。うちに置いてあげる」

そんなわけで―――
モデルハウスのような洋風キッチンが、醤油の香りに溢れかえる。晩御飯はヒラメの煮付けに里芋の煮っ転がしだった。純和風な晩御飯だ。
食後のBGMはズンドコ節。氷川きよしである。テレビで流れているのは半年以上昔の紅白歌合戦だった。とても派手に、舞台できよしが踊っている。 音量を小さく設定しても流れてくる重低音の伴奏の音。
ズンズンズン ズンドコ
「あっ、ちょっとお酒とってくれる?」
「はい」
ズンズンズン ズンドコ
恋のメロディなんてどう?と透が山と詰まれたビデオテープから発掘してきたのが、紅白歌合戦のワンシーン……きよしのズンドコ節である。しかし恋歌にこの選曲はどうかと思う。
恋の甘い切なさなんてものはどこへやら、ズンドコ流れるリズムに乗って、気分はすっかり体育会系だ。和風お手製料理が並んだ西洋風のディナーテーブル。流れるBGMのお陰で、室内は一種異様な空気に包まれている。
「渋谷さん」
「はい」
「氷川きよし、好きなの?」
「頭おっきいよねあの人」
ちなみに透が好きなのはメグ・ライアンであって氷川きよしではない。好きな歌も、別に演歌でも軍歌でもないようだ。それでもBGMに鳴らすのはズンドコ節である。わけがわからない。
そんな鏡華の疑問も知らず、透は気持ちよく歌っている。酒が入っているから、余計ノリに拍車がかかっているようだ。
「素材はいいのにね……」
奇態というものは、持って生まれた造形のよさまでも台無しにしてしまうものなのだと、初めて実感した鏡華だった。世の中の夢見る女性たちに、ズンドコ節はお届けできない。お届けしても需要は恐ろしいほど低いだろう。
「ズンドコ節のリズムに乗ってナニをするのも……ねぇ」
……ある意味面白いが、耽美からはかけ離れていく。
ズンズンズン ズンドコ ズンズンズン ズンドコ
ズンドコ節のリズムに乗って腰を動かす恋人たち……。
(あ……想像しちゃった)
エログロとはいえ耽美小説書きを自認する鏡華は、自らの想像を途中で止めた。
案の定、色気もへったくれもなかった。バラのちりばめられたベッドの代わりに煎餅布団。ワインクーラーまでついた超高級ホテルの最上階のかわりに三畳一間のぼろアパートのイメージが浮かぶ。キャスティングは、私立高校の生徒会長と不良生徒とかのかわりに、笹の葉銜えた番長とその手下とか。斬新といえば斬新なアイデアかもしれない。僕のイメージを鑑みてそれはどうだろうかと、思い悩む鏡華の前で、透はごはんを頬張っている。その食べっぷりが欠食児童めいていた。
「……ホラ、渋谷さん。ごはんつぶついてるよ」
「えっ、どこ?」
「ちがうちがう、逆だよ、逆」
全然方向違いの所に触れている透に手を伸ばして、口の端についたご飯粒をつまんでやった。男にしてはやわらかい頬に指先が触れると、なんとなく甘い雰囲気が流れた……ような気がする。まあ勘違いであることは言うまでもないが、それはどうでもいい。
(これだよ、これ。ネタになるのはこういうシチュエーションなの!)
内心で鏡華はガッツポーズだ。最近ちょっと筆が進まなかったから、喜びもひとしおである。
「ほら、とれた」
わざとゆっくり手を引いて、透の目を覗き込んでにっこりした。
「あ……う、うん……ありがと……」
透はどぎまぎしているのか真っ赤である。たまにしか感情を露わにしない恋人を見慣れてきた鏡華には、これもなかなか新鮮だった。ズンドコ節も捨てたものじゃない。
ズンズンズン ズンドコ ズンズンズン ズンドコ
腕を振り上げて、ブラウン管の向こうでは皆様が歌っている。透はといえば固まったまま俯いてしまっていた。怜悧な瞳で鏡華を翻弄する旦那とは北極と南極くらいに差のある反応だ。
(きっとあれだろうなぁ……はじめての時は)
きよしが歌詞でも言っている。
(きっと痛くても我慢しちゃうんだね。唇噛んで泣きそうな顔したりして……)
ズンドコ節でここまで想像できるあたり、鏡華もプロというか職人根性である。一人でふふふ…と笑い出した鏡華に、透が不安そうな顔をしている。
「……ふふっ。渋谷さんって、可愛いなぁ」
鏡華の頭の片隅では、先走った想像がどんどんエグいことになっているのだが。それは奥の方に押しやって、鏡華は透の頭を撫でた。
「明日、大学でしょ?お弁当つくってあげようか」
「あっ。えっ。……いいの?すげー嬉しー」
透はぱっと明るい表情になって、満面でにこにこした。
「いいよ。そんなに喜んでもらえると、僕も作りがいがあるな」
おお!と感動して透が声を上げる。それにつられたかのように、背中からふよふよと人魂も舞った。
「きみってさ、綺麗だし、料理も出来るし、しっかりしてるしさ。やさしいし」
「これで男じゃなかったら完璧……かな?」
ちがうよ、と透はにこにこしている。
「きみを恋人にする人は、きっと幸せだろうなって話」
「そうかな」
「そうだよ。オレの母さんは、料理はあんまりうまくなかった。へったくそでさ。オレはお父さんが作った弁当を持っていってたんだよ」
笑いながらそう言う透の後ろに、華奢な白人の女性が立っていた。体は半透明に透けている。透に取り巻いていた人魂のひとつだ、とすぐにわかった。
くっきりした二重の彼女の目と、鏡華の目が合う。
「失礼なコねぇ」
同意を求めるように彼女は鏡華に笑いかけ、触れることが出来ない手のひらで透の頭を掻き混ぜた。
「妙な虫がついてるみたいなのよ、このコ」
なのに幾ら夢枕に立とうがかーすか寝てるし、何度危ない目にあっても気づかないし。アホの限界に挑戦してるのよ。ギネスに乗れるかしら?と心配してるんだか貶しているんだかわからないことを言う。それから、「迷惑かけたらごめんなさいね」と彼女は笑顔を見せた。

ズシン―――!!!
どこか遠くで、大地を鳴らすような音がする。その振動で、透と二人、酒に酔いつぶれてうとうとしていた鏡華は跳ね起きた。
思わずあたりを見回す。……真っ暗だ。窓から洩れる街明かりのせいで、かろうじてフローリングの床はぼんやり白く光って見える。
寂、と静まりかえっている。デジタル時計を見れば、午前二時。この時間では、車一台も通らない。
「夢……でも見たのかな……」
まだ心臓が早鐘を打っていた。体全体で、確かに空気が、大地が震えるのを感じた気がしたのに。見渡してみても、世界は何事もなかったかのように静まり返っている。透も、床に転がされたままぐっすり寝入っているようだ。鏡華がかけてやった毛布もそのままに、こんもりひょうたん型の山を作っている。
「……びっくりした」
とても不吉な夢を見ていた気がした。心臓の鼓動は、そのせいだろうか。
そして、ふと、鏡華は異常を感じて顔を上げた。部屋の中が騒々しい。
「これは」
部屋じゅうを、夥しい数の人魂が飛び交っていた。尋常な速度ではない。明かりに誘われて飛び込む虫たちのように、小さな丸い光は狂ったように飛び回っている。彼らは寝ている客人を取り巻くように、渦になってぐるぐると回っていた。まるで、巣を守ろうとする蜂たちのようだ。
(でも、何から―――?)
怪訝に思った視線は、窓の外に吸い寄せられた。
紺色に沈んでいるはずの街並みに、鏡華は見てはならないものを見る。
赤い、落日のように赤い一対の眼。
それが、窓越しにじっと中の様子を伺っていた。瞳はまんまるで、爛々と果てしなく赤い。
そこには激しい感情など宿っておらず、それにかえってぞっとした。
胸の芯がキンと冷えて、鏡華はその瞳と向き合ったまま凍りついた。目を逸らせば、たちまち襲い掛かってきそうな、そんな一瞬触発の恐怖である。
永遠のような長い一瞬。
窓の向こうで、赤い光はゆらりと揺れた。
たちまち、「それ」は鏡華に背中を向け、赤い瞳が見えなくなる。
人とは思えぬ巨大な影が、ベランダから躊躇なく飛び出した。ガサガサ、バキバキと木の枝が割れる音がして、眠りを妨げられた鳥たちがギャアギャア煩く騒ぎ出す。
「それ」の気配が少しずつ薄くなる。去っていったのだ。
揺り起こそうと、透の肩にかけた手を無意識に握り、鏡華は詰めていた息を吐いた。
「虫……よりもタチが悪いんじゃない……?」
暗闇の中でそこだけ浮かび上がった赤い光。
そこには、禍々しい何かが宿っていた。
一対の赤い瞳は、今も鏡華の心の中で、ぼんやりと鈍く光っている。


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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1768/乾鏡華/男/19歳/小説家】

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NPC
・渋谷透 / 男 / 勤労学生
両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■ ライター通信 ■
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こんにちは!はじめまして!遊んでいただいてありがとうございます。
リターンマッチはどうでしたでせうか……ひそかに緊張して書かせていただきました。というか、ある意味下世話な話になってしまってすいませ……(殴)下世話な割りに色気もないので、どこで救ったらいいのかわかりません(これで笑えなかったらもう…)
でも書いている方は大変楽しませていただきました。一人で楽しんでしまってすいません!
そういえば、暑い暑いと喚いていた気がしますが、ここんとこ涼しくて幸せです。このまま秋に突入ですかねぇ〜…。
涼しくなっても、お風邪など召されぬようご注意ください。
それとそれと、どこかで見かけたら、また懲りずに遊んでやっていただけると嬉しいです!気が向いた時には「しょうがねえな」という気分で、また構ってやってください!
依頼受理、本当にありがとうございました〜!

在原飛鳥