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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『人形使いの憂鬱』

●初代怪奇探偵からの依頼
 街には、久しぶりに夏らしい陽射しが戻って来ていた。脳裏に浮
ぶ請求書と格闘していた草間も、遂に根負けしてエアコンのスイッ
チに手を伸ばそうとしていた。
「‥‥あら? Sデパートで予定されていた水口誠の人形展、延期
になったのですね」
 新聞を読んでいた零の言葉に頷きながら、草間はデスクへと戻っ
た。人工的ではあるが、生きた心地にさせてくれる涼風に当たり、
一息つく。
「有名な人形師だからね。広告にもかなり力を入れていたようだっ
たが‥‥。本人が亡くなったばかりだから仕方ないんじゃないか?」
「人形師が亡くなっても、人形展は出来るじゃないですか。本人が
展示される訳じゃないし」 
 零の言葉に苦笑を浮かべた草間が口を開きかけた時、事務所の扉
が小さなノック音と共に開いた。
「やぁ。久しぶりだね、草間くん」
「宮田先輩じゃないですか! どうしたんです、突然」
 スーツを着たその男は、炎天下の街中を歩いてきたとは思えない
様な佇まいを見せていた。草間は、彼を応接セットへと案内しなが
ら、内心で溜め息を漏らした。
(また、『そっち関係』の仕事か‥‥)


「‥‥それじゃ、人形展が延期になったのは水口氏が亡くなったの
が原因ではないと?」
 零が先程まで読んでいた新聞。それが二人の前に置かれていた。
「そうだ。むしろ広告代理店側としては、それを利用して人を集め
るつもりだったんだろうね。とこらが、肝心の人形が盗まれたので
は、それもままならない。とりあえずは事が片付くまで、開催の延
期を決定した訳さ」 
 宮田という男はそこまで話すと、麦茶で喉を潤した。その様子を
横目で窺っていた草間は姿勢を正し、彼に問いかけた。
「で、先輩は俺にどうしろって言うんです?」
「‥‥腕の立つ者を何人か紹介してくれないか。単純に腕力に自信
があるという奴だけじゃない。この手の仕事で、場数を踏んでいる
奴も欲しい」 
 話をしている間、宮田が絶やさなかった笑みが消えた。代わりに
その顔に浮んだものは、仕事を達成させようというプロフェッショ
ナルの表情であった。
「先輩が助っ人を頼まなきゃならないほどの相手なんですか?」
「一人で出来る事には限界がある‥‥俺もいい年だしな」
 冗談めかして話を切り上げると、宮田は着た時と同じ格好で帰っ
ていった。


「お知合いだったんですか?」
「ああ。宮田圭一郎‥‥最初に怪奇探偵と呼ばれた人だよ。現実に
力を持っている事もあって、今ではそちらの仕事ばかりを請け負っ
ている。それにしても‥‥」
 草間は彼が残していった調査資料に目を通した。
「水口氏の遺した人形達が、百舌那紀綱(もずな のりつな)の設
計した別荘に保管されていたとはな。風水建築士の名を欲しいまま
にしていた男‥‥か」
 一筋縄でいく事件とは思えない。草間は、声をかけるメンバーの
人選に頭を悩ますのであった。


●事務所にて
「なるほど、興味深い事件ですね」
 エマ・シュラインは草間の言葉に頷いた。宮田が帰った後で、事
務所に最初に顔を出したのは彼女であった。依頼を受けるにあたっ
て、背後関係を調べるのは基本中の基本である。そして、その仕事
は草間とエマが担当することが多かった。
 事前にネットでいくつかの情報を検索した後、二人は聞き込みに
回ることにした。
「死因は心臓麻痺‥‥亡くなったのは先月の事でしたね? 水口氏
の死後、人形の管理はどなたが行ってるのですか?」
 Sデパートで彼女らを迎えたのは、企画進行部の部長という男だ
った。
「はぁ。もう、ご存知かとは思いますが、彼は唯一の肉親である孫
娘を昨年事故で失っています。財産の殆どは遺言によって、福祉施
設に寄付されることになっていました。ただ、作品に関しては今年
度いっぱい、ウチに貸出されている形になっています」
「その後は?」
 草間の言葉に、部長は力なく首を横に振った。
「どこかの美術館に寄贈される事になるでしょう。もっとも、いろ
いろと面倒くさい手続きが必要になるとは思いますが」
 恐らくは、もうその準備に取りかかっているのだろう。彼は深い
溜め息を漏らし、短く目を閉じた。
「差し支えなければ、人形が盗まれた時の状況について教えていた
だけませんか?」
「そうですね‥‥。どこから話したものだか‥‥。とにかく、搬入
された翌日にはもう消えていたんですよ。本来なら、警察に届ける
ところなんですが、監視カメラに映っていた映像が‥‥」
 言葉を切った部長を促す様に、エマは軽く頷いた。
「人形が勝手に歩いて出ていくところだったんです。それなのに警
報は作動しない。まぁ、我々も水口先生の作品に関する噂は耳にし
ていますので、宮田氏に依頼をした訳です。幸い、目玉になるはず
の『十二月の乙女』シリーズはまだ別荘にある。それさえ守り通し
ていただければ展示会も格好がつきます」
 部長の言う、『十二月の乙女』シリーズというのはエマにも聞き
覚えがあった。水口氏が晩年になって発表した連作で、等身大の人
形であるらしい。『睦月』から始まって『霜月』までが完成してお
り、今回はシリーズ最終作が公開される事になっていたという。
「分かりました。宮田氏は既に現地に行っております。我々も今晩
には合流する手筈ですので、ご安心ください。無事に、作品を守り
通してみせます」
 草間はそう言って席を立った。実際には、草間は別件の為に残る
事になるのだが、それはまた別のお話である。


●別荘にて
 草間によって声をかけられたメンバーは全部で4人。エマ・シュ
ライン、ササキビ・クミノ、ファルナ・新宮、そして宮小路皇騎で
ある。クミノは一足先に別荘に向かい、残りの三人は宮小路の用意
した車で別荘へと向かった。
 そこは流れる小川を引き込んで作られた、開放感溢れる建物にな
っており、入口では宮田圭一郎が彼等を出迎えてくれた。
「やぁ、お疲れさん。よろしく頼むよ」
 穏やかな笑みを浮かべ、彼は一行をリビングへと案内した。そこ
にはクミノが既に待機しており、目線だけで彼等に挨拶をした。
(‥‥? 何か、雰囲気が‥‥)
 エマは微妙に彼女の振る舞いに違和感を覚えたが、あえて何も言
わず、ソファに腰を下ろした。

「さて、それじゃ簡単に打ち合せといこうか」
 何度か顔を会わせた事のある者もいるので自己紹介は軽く済ませ、
それぞれが事前に調査した情報の交換に入った。
 大まかな内容についてはエマが調べてきた事が中心であり、それ
に宮小路が風水的な仕掛けについてフォローする形となった。
「今、『式』を飛ばして周辺の森を確認してみたのですが、百舌那
氏の設計とは言っても大きな仕掛けは無い様ですね」
 宮田の様子を伺いながら確認をとる。
「四神相応に見たてた、霊的に安定した作りになっています。が、
外敵に対抗する手段等は無いですね。気を別荘に集める仕組みには
なっている様ですが‥‥それ以上は専門でないので、何とも言えま
せん。周辺の森に設置されたセンサーとオートトラップは、クミノ
さんが?」
 話を振られたクミノが鷹揚に頷く。
「受像不可の化け物にも有効な複奏高感度センサーよ。侵入者があ
ればすぐに対応出来るわ。ただ、そこの人は敵の心当たりがあるみ
たいだけど」
 最初に部屋に入った時からのポーズを崩さず、彼女は宮田の方に
首を傾けた。依頼人である彼に、全員の視線が集中する。
「心当たりがある、と?」
 宮小路の問いかけに、宮田はかぶりを振った。
「特定出来ているわけじゃない。『ドール・マスター』に『ザ・コ
レクター』、あるいは一部の幽幻道士か‥‥。いずれにせよ、生身
の敵が大挙して押し寄せる事にはならないと思うがね。下手に話し
て先入観を持たれても、足元をすくわれる事になりかねない。臨機
応変な対応を頼むよ」
「あと、『十二月の乙女』シリーズというのは何処に保管されてい
るんですか? Sデパートの部長も、それだけは守り通して欲しい
と言っていましたけど」
 間取りを確認していたエマが問う。それまで話に興味無さそうに
あちこち眺めていたファルナも、その言葉を聞きつけてとことこ近
づいてきた。
「水口さんのお人形さん、大好きですよ〜。わたくしも、今度お父
様にお願いして買って頂こうかと思ってました〜」
 金髪に白い肌、緑の瞳を持つ彼女自身が人形に見えなくもない。
しかし、ゴーレムテイマーである彼女の傍らには、常に強襲護衛メ
イド型ゴーレム『ファルファ』が付き従っている。
「それならこちらだよ」
 宮田は一行を二階の作業場へと連れて行った。窓の無い、広い部
屋の片面には11体の人形が並べられており、中央の机には長い髪
の人形が設置されていた。
「これが『十二月の乙女』シリーズ‥‥」
「まるで生きているみたい‥‥素晴らしいですわ〜」
 足の止まった二人を追い抜いて、宮小路は中央に歩いていった。
「未完成ですか?」
 そこには仕上げのなされていない人形が残されていた。通常であ
れば、その状態でも立派に評価されるであろう。だが、他の11体
と比較すると、違いは明らかであった。
「ああ。昨年亡くなった、水口氏のお孫さんがモデルだったらしい。
最後の最後まで、完成させたがっていたそうだ」
「会場から盗まれた3体は全て等身大の人形ばかり。だとすれば、
犯人が狙ってくる可能性の最も高いのは、やはりこれらじゃないか
と思うのですが‥‥」
 宮小路の言葉に宮田も頷く。
「Sデパートの事件から考えても、その確率が高いだろうね。俺は
一応、ここを中心に警備するつもりだ。賊が来た場合には、探知能
力の高い君とクミノくんにアタッカーになってもらうことになるだ
ろう。ファルナくんはファルファと共に屋敷でガードを、エマくん
には全体のバックアップを担当してもらう。いいかい?」
 薄暗い照明の下で、全員が頷くのが見えた。


●強襲
「!」
 クミノの受信機にセンサーの反応が映し出された。間髪入れずに
玄関を飛び出して行く彼女に遅れまいと、宮小路も別荘から森の中
へと駆け出して行った。
 既に太陽は山間に姿を隠している。都会とは違い、この辺りの別
荘地には灯かりらしい灯かりが存在しない。新月に近い今夜は特に、
森の闇の濃さを感じさせていた。
(影が‥‥三つか。動きも早くない。先手はもらったわ!)
 あらかじめ拳銃には銀の弾丸が込められている。クミノは頭部と
心臓部に狙いを定め、躊躇なくトリガーを引いた。
ドンドンドン!
 急所に二発ずつ、確かに命中するのが見えた。彼女はもともと夜
目が効く方だが、スターライトゴーグルも当然用意してあった。
(‥‥!)
 だが、大口径拳銃のパワーにふらつきこそすれ、三体の歩みが止
まる事は無かった。クミノの方には目もくれず、影は迂回して別荘
を目指そうとする。
「無駄ですよ。あれは銀の弾丸なんかじゃ効きません。東洋の術式
のようですから」
 ようやく追いついた宮小路が、目を細めて敵を看破する。
(土気に通ずる‥‥傀儡か。あまり得意ではないんですけどね)
「はっ!」
 彼の手から放たれた『符』が周囲の木々に張りつき、枝や根を鋭
利な武器に変えて敵を貫いた。だが、一体が崩れ落ちると同時に、
別の傀儡が姿を表す。
「これじゃ切りがない。そうなると‥‥」
ズドン!
「こうするしか無いってことよね」
 背中から魔法の様に現れたショットガンで、クミノが別の一体の
足を吹き飛ばす。乱暴な様だが、こっちの方が手っ取り早いのも確
かだ。
「ですね」
 破魔刀である『髭切』と不動明王の『羂索』を召喚し、宮小路は
前衛に立って戦い始めた。
(それにしても、これだけの数を操るか‥‥! 並の術者じゃない
な)
 彼自身も陰陽師として、式神の使役を学んだ身である。恐らく、
単純な命令しか与えていないとはいえ、これだけの数を操るとなる
と‥‥。
「単純な命令!?」
 即座に宮小路は気がついた。いくら何でも、人形の奪取をするの
にこれだけしか動けない傀儡は使うまい。
「センサーに反応! 正反対の方角に高速で接近する物体あり。人
型だわ。こちらのトラップを破壊しつつ、別荘に接近している!」
「陽動か」
 単独犯という思い込みがあったとはいえ、単純な手に引っかかっ
てしまった。急ぎ別荘に帰ろうとする二人。しかし、その前にはさ
らに複数の傀儡が姿を現したのであった。

「ファルファ〜、ロケットパンチですわ〜!」
 ファルナの命令に従って、メイドゴーレムの右手が唸りをあげて
飛んでいく。『ファルファ』には彼女の血肉の一部が使われている。
血の契約によって人形に仮初めの命を吹き込むゴーレムテイマー。
彼女もまた、人形使いなのであった。
「ファルナ! またそんな格好で!」
 エマが声を荒げる。なにせ彼女は裸身にバスローブを羽織っただ
けの状態なのである。どうやら、勝手にシャワーを借りている時に
襲撃が来たらしい。だが、ロケットパンチを避ける敵の姿が視認出
来るところまで来た時、エマは慌ててファルナを止めた。
「待って! あの三人の内の二人‥‥盗まれた水口氏の人形よ!」
 ファルファの動きが一瞬、止まった。その隙に敵は別荘内部に侵
入し、二階へと駆け上がろうとする
(術で動いているんじゃないわ。からくり人形になっているの!?)
 水口の声を真似て二体を制止しようとしたエマであったが、照明
の下で明らかになったその姿を見て、考えを改めた。
 人間離れした動きを見せる一人と二体。かろうじてファルファは
その動きについていけるが、人形自体を保護すべき物体と認識して
しまった為に攻撃する事が出来ないでいた。
バタン!
 ついに作業場の扉が開けられ、見えない糸に操られた人形が生ま
れ故郷に辿りついた、その時である。
カラン
 二体の足元に転がった小さな水晶玉に、『縛』という文字が浮びあ
がった。同時にその玉は白い閃光を放ち、光りに包まれた二体は、
つんのめった様にその動きを止めた。
「宮田さん!?」
 作業場の奥から宮田が姿を現す。その手には、先程投げつけた透
明な水晶玉が握られている。
「油断するな。人形がこれだけとは限らないぞ」
 その視線は水口氏の人形を操っていた黒ずくめの格好をした男
(?)に注がれていた。全身ラバーの様にも見えるが、実態ははっ
きりしない。
『シリーズは‥‥完成していなかったのか』
 口元から発した言葉は機械的な音声だった。
『完成していない作品に用は‥‥無い。撤収する』
 滑らかな動きで後ろを向く男。その背中にエマは声をかけた。
「待ちなさい! 貴方が奪った人形はもう一体あるはずでしょう?
 ここから逃がす訳にはいかないわ」
 と、歩みが止まる。さらに、その首が180度回転してエマと視
線を合わせた。
『最後の一体も‥‥もういらない。必要がなくなった。後日、返却
することを約束しよう。それでは不十分かね』
 ちらりと宮田の方を見るエマ。彼が小さく頷くのを確認してから、
一歩身を引く。それを承諾の印と見たか、黒ずくめの男は速やかに
そこから立ち去ったのだった。

「あの人(?)も人形さんだったのね〜」
「人形が人形を操っていた訳か‥‥」
 ファルナとエマがようやく一息つけるようになった頃、階下にク
ミノと宮小路が帰ってきた音が聞こえてきたのであった。


●エピローグ
「私のセンサーによると、電子機器で作られた自立戦闘型の人形ね。
爆発物の反応もあったから、深追いはしなかった方が良かったんで
しょうね」
 クミノはそう呟いたものの、納得はしていない様だった。宮小路
も首を振る。
「結局、我々のしていたことは骨折り損のくたびれ儲けってことで
すか?」
「そういう訳でもないさ、盗まれた人形は回収出来たんだからな。
犯人が特定出来なかった以上、結果論にすぎないだろう」
 一行の顔に苦笑が浮んだ。
「とにかく依頼は終了だ。お疲れさん。また、何か事件があったら
頼むよ」
 初代怪奇探偵、宮田圭一郎はそう言って笑った。

 翌日、Sデパートへ人形展の為の搬入まで手伝わされた事は言う
までも無い。が、そこには約束を守り、きちんと返された人形の姿
があったという。

                           了
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/エマ・シュライン/女性/26/翻訳家&幽霊作家 
0461/宮小路・皇騎/男性/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師) 
0158/ファルナ・新宮/女性/16/ゴーレムテイマー 
1166/ササキビ・クミノ/女性/13/殺し屋(?)

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■         ライター通信          ■
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 神城です。
 ずいぶん遅くなってしまって申し訳ありません。四人のお話は、
今回の依頼のいわば「表」に当たります。よろしければ、後日発表
になる「裏」と「番外編」も合わせて読んでいただけると裏設定が
楽しめるかもしれません(パラレルワールドみたいなものですが)。

 今回は宮田圭一郎の依頼を受けてくださってありがとうございま
した。近日中に、新たなステージでまた依頼を発表したいと思いま
す。縁があったら、またお会いしましょう。
 お疲れさまでした。


■UGネットファイル No.****
『ザ・コレクター』
 からくり人形を操る闇の住人。優れた人形で、自分に仕えそうな
ものは何がなんでも手に入れようとするところから、こう呼ばれて
いる。彼は同時に優れた傀儡師でもあり、手駒となる人型を自身で
作り上げ、雑多な霊を付与して使役する事もある。
 近年、裏で稼いだ金の殆どを注ぎこんで作った最高傑作『イプシ
ロン』を完成させたらしい。