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<東京怪談ノベル(シングル)>


SFXなワイバーン



 そしてまた、あたしはあの場所に呼びだされていた。
「みなもちゃん、おはよう」
 生徒さんは柔らかく微笑んでからあたしの手を握って、メイク室へ向かった。
「今回は、ワイバーンよ」
 ワイバーン――前足のないドラゴンのことだ。ドラゴンのように火を吐くことは出来ないけれど、空を飛ぶことは出来る。
「今回は一週間かかるんですよね」
「ええ」
 そう、今回のバイト期間は一週間。いつもよりもずっと長い。それだけ大変な作業なんだろう。
「みなもちゃんなら大丈夫よ。余裕、余裕」
 生徒さんはそう言うけれど、気が抜けない。
(頑張らなくっちゃ)
 以前学校見学をした時に生徒さんの気持ちが少し覗けたこともあって――あたしはなるべく生徒さんの期待に答えたい。
(一週間は長いけど、きっと今回も何とかこなせる)
 そう自分に言い聞かせる。
 生徒さんがドアを開けた。
 視界に飛び込んできたのは、いつもの生徒さんたちの顔、端に置かれた観葉植物の濃い緑、メイク台、ボウルに軽量カップなどの道具、そして男の人が何人か。
 ――男の人?
「え?」
 あたしは小さな声を漏らした。
(どうしてここに男の人がいるの?)
 ――もしかして、一見男性に見えるけど、実は女性とか……。
 そう考えて、まじまじとその男性を眺める。
(……やっぱり男の人みたい)
 どう見たって女の人じゃない。
 ということは、つまり――。
 嫌な予感が胸に入り込んでくる。
 その表情で男性を見上げると――微笑を返された。
「あの、生徒さん……ですか?」
 その男の人は「うん」と頷いた。
(やっぱり……)
 嫌な予感が当たり、あたしの身体は力を失って、へなへなと床に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
 いつもの生徒さんが、あたしの顔を覗きこむ。
「どうして、今回は、男の人が……」
 しどろもどろの言葉。
「仕方ないのよ」
 生徒さんはあやすように言った。
「今回は新素材を使うんだけど、その関係でね」
「そうですか……」
 消え入りそうな声で答えた。頭が上手く働かない。というか、今から行なわれることを考えたくない。
「ちょっとの間だけ、我慢してね?」
 生徒さんの言葉に、あたしは小さく頷く。
 やる気はちゃんとあるから……。
 ただ、生徒さんがいつものようにあたしの服にふれたとき、
「後ろを向いて、目を瞑っていてください」
 あたしは男性の生徒さんに向かって言った。
「ちょっとの間ですから。お願いします……」
 それから覚悟を決めるように、あたしも目をぎゅっと瞑った。


 メイク台に座り、顔の型を取る。
 その間だけ、髪が邪魔にならないようにキャップを被った。
 セメントのような色をしたモノが、だんだんと顔に塗られていく。これは意外と重くて、少し怖い。
 ――顔中が覆われている分、周りを気にしなくていいけれど。
 固まってきたところで、補強をして、それも固まってからそっと顔から剥がした。
 さっきまで呼吸が苦しかった分、開放感がある。
 あたしはゆっくりと呼吸をして――男性の生徒さんと目があった。
(そうだった……)
 今日は男の人がいるんだった。
 途端にあたしは視線を床に落とす。
(あたし、なんて格好しているんだろう……)
 身体はまだメイク前。本当は逃げ出してしまいたいけど、そうもいかない。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
 男性の生徒さんが励ましてくれた。
「こっちも慣れているからさ」
 ――それはそれで何か恥ずかしいような……。
 あたしの視線はあちこち彷徨ったあげく、観葉植物のところで止まった。
(これからは、ずっとここを見ていよう……)
 お願いだから、早くメイクを進めて欲しい。

 やがて、あたしはメイク台に寝させられた。
 相変わらず、あたしは観葉植物を眺めている。
 ――ここに観葉植物が置いてあってよかった。これがなかったら、きっと目のやり場に困っていただろうから。
 それだって、必死に集中して見ていないと、間違って生徒さんと目があってしまうことになる。
(早く終わって……)
 あたしはもう涙目に近い状態だ。
「これから新素材を試すからね」
 そんな声が聞こえた。
 他の音も聞こえる。何か液状のものを混ぜているような音。
 その後すぐ、腕に何かが塗られた。
(冷たい)
 ひんやりとしていて、まるで氷みたい。
 液状のもので、それが身体中を支配していく。
 腕から、首から、肩から、足首から……だんだんと塗られていくにつれ、それが冷たいのかどうかわからなくなってきた。
 それどころか、肌が徐々に熱くなってきている気がする。
 まるで、御伽噺に出てくる沼みたい。ヌメヌメした沼底へ引きずり落とされていくような――それでいて心地良いような感覚。
 ――思わず観葉植物から目を逸らし、男性の生徒さんと視線が重なった。
 羞恥心から、鼓動が大きくなる。
 慌てて目を強く瞑ってみても、その音は大きいままだ。
(身体が熱いのは新素材のせいだけじゃないかもしれない)
 その鼓動の上も、液体に覆われていった。

 どの生徒さんの動きも速い。
 見る見るうちに、腕は翼に変化していく。
 あたしの腕が獣を連想させる翼になっていることに、自分でも驚く。
(すごいなぁ)
 今あたしの肌の色は、人間のものからかけ離れている。それに硬い。
 仰向けのまま、翼を広げる。
 首から下へかけて、少し薄い紅のような色が入る。他の箇所と違って、そこは柔らかい。
 男性の生徒さんはあたしの脚を掴んで、少しだけ曲げさせた。
「動かないで」
 そう言って、足首の姿を変えさせていく。
 見えない足の裏にまで白く色を塗っていくのだから、作業はとても細かい。表情は真剣そのもので、さっき恥ずかしがっていた自分を思い出して申し訳ない気持ちにもなった。
「はい、うつぶせになって」
「はい」
 生徒さんに言われるまま、うつぶせになる。
「気分はどう?」
 いつもの生徒さんの声がする。
 少し身体をそらせて見ると、生徒さんは刷毛を片手に笑っている。
「これから尻尾をつけるんだけど、その間眠いなら寝ていてもいいからね」
 弾んだ声。
(新素材を試せるのが嬉しいのかな)
 気持ちが和んだ。そのせいか、眠気がつよくなってきた。
 ――瞼が閉じそう。
 生徒さん達の声が、遠のいていった。


 再び目を開けた時には、夜が明けていた。
「おはようございます」
「おはよう」
 生徒さん達は笑顔で挨拶をくれたけれど、肩が凝っているのか首を回したり肩に手をやっている。どうやら徹夜で作業していたみたい。
「みなもちゃん、座って」
「はい」
 メイク台の中央に座る。
「あとは顔だけだからね」
 嘴をつけ、角がくっついたカチューシャを付けて、それを隠す。
「完成!!」
 嬉しそうな生徒さんの声が、部屋中に響いた。
「ほら、見て!!」
 そう言って生徒さんは鏡を取り出した。
 そこには、完璧と言っていい程良く出来たワイバーンがいた。
「本当に、すごいです」
 あたしは思わず声に出して、それから生徒さんと一緒に喜んだ。


 終。