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<東京怪談・PCゲームノベル>


こんにちは褌

 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 生活と言うものに金銭は欠かせない。
 まあそれが自給自足可能な山奥生活だとか物々交換主体の元始生活だとかそういうのであればまた話は違ってくるが、現代東京で生きる以上、それははっきり言ってなくてはならないものなのだ。
 というわけで志堂・霞(しどう・かすみ)は草間興信所の門を叩いていた。いや実際門はないがそこはそれ単なる表現上の話である。
「なんだと!?」
 顔色を変えた霞に、草間は呆れたように肩を竦めて見せる。
 都内のある住宅街に最近蔓延している不可解な怪談。
 夜中に目を覚ますと『それ』は漂っている。ゆらゆらと揺れながら布団の上を。
 そして起き上がるとついてくる、悲鳴を上げようと無視して水を飲みにいこうと、トイレに駆け込もうと付いてくる。
 そして――
「人に全てをかなぐり捨てさせて……」
 説明を聞く内に霞の顔は蒼白となる。
 深い深い溜息を落とした草間は『まあそうだな』と無責任に頷いた。
 嘘ではない。ある意味人生捨てているのだ被害者達は。
 しかし、
「兄さん……」
 零の乏しい表情の中に明らかな呆れが含まれる。
「嘘は言っていないぞ」
「…………」
 零は押し黙った。
 確かに嘘ではないがしかし、もの凄まじい勢いで興信所を飛び出していった霞が、力の限り誤解しているのは明らかな話だった。

 そして『それ』を見たものは例外なく何かに目覚める。翌朝狂ったように箪笥を引っ掻き回し、あるもののみを総て捨て(その時身につけているものさえも例外でなく)あるものを買い漁りに走る。

 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 ――褌の夢。



「麻衣!」
 飛び込んできた霞に、佐藤麻衣は、それはもう深く嘆息した。
 何しろ先日の悪夢冷め遣らぬである。きっぱり機嫌が悪いし良くなる兆候もない。
「あのね志堂さん。いい加減言い馴れすぎて私もどーしていいんだかわからない台詞なんだけどね、今度は一体どうしたの?」
「和明は何処だ?」
「兄貴なら会社に決まってんじゃない」
 あっさりと麻衣は答える。麻衣にした所で毎日家にいるわけでもない。本日はたまたま、水道工事だかで午後から学校が休みになっていただけの話である。
「で、だから」
 言いかけて麻衣はぱちくりと目を瞬いた。
 その時すでに、霞は自ら切り出した空間の中に半身を滑り込ませていたからだ。
「ちょっと志堂さん?」
 その超常現象に今更驚かない辺り麻衣もいい加減慣れすぎている。
「待っていろ、直ぐに和明を連れて戻る」
「いやだから兄貴仕事中……」
 止める暇もなかった。
 行き成り佐藤家リビングに出来た空間の裂け目は、やはり行き成り閉じてしまったからだった。



「ホントにもう困ってるんです」
 疲れ果てたという声で一人の奥様が言う。それを皮切りに、
『どうしたらいいのか』
『なにを考えているのか』
『離婚しかないと思いつめている』
『いくら慰謝料取れるかしら』
 と、口々に愚痴が飛び出した。なにやら違うものも混じっているが。
 問題の町内、奥様方の井戸端会議に混じり込んだシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は丁寧に事情を聞き取りながら嘆息した。何も話の内容が原因という訳ではない。
「ほほう、それで聞きたいのですが、その褌の幽霊とやらは以前から現れていましたか?」
 実に楽しげに聞き込みを行う男の存在があったからだ。桐生・アンリ(きりゅう・あんり)はワクワクと周辺の住宅地図を広げながら、ひたすら楽しそうに近所の奥様方にインタヴューを繰り返している。
 この楽しそうさ加減には頭が下がる。というより正直に頭が痛い。
「桐生さん?」
「なんでしょう?」
「あの、お仕事熱心なのは結構だけど、これが一体どんな怪談なのか分かってらっしゃる?」
「ええ、それは勿論!」
 なにを言わんかやとアンリは胸を張る。
「こんな珍しい怪談は類を見ません! しかも新しい、ナマだ、現実に今ナマで起きているのですよナマで! 都市伝説と化してしまった埃を被った怪談より尚素晴らしい! しかも対象もまたユニークだ! 褌ですよ、褌。世界の何処を探したらこんな素晴らしいフィールドワークの対象が見つかるというんです!」
 否、気持ちは分かるがナマナマ言うな。ついでに褌褌言うのもやめろ気が滅入るから。
 シュラインは痛み始めた頭を押えつつ、一つの結論を下した。
 やめようまともに取り合うのは。
 もの凄まじく懸命であると同時に今更な結論である。
 とは言え事情(と言うより苦情)を聞き取っても、さっぱり事態の大本のところはわからない。
「兎も角三下くん」
 一応(アンリが無理矢理)引き連れてきていた三下に向直り、シュラインはにっこりと微笑んだ。
「ななな、なんですか?」
 恐らくは予感を覚えているのだろう。三下はだらだら脂汗を流しながらシュラインを見上げる。
「一応折角だから囮に住宅地敷地内で寝てみてね」
「ああああああ、やっぱりいいいいいい〜〜〜〜〜」
 三下の泣声が住宅街に響き渡った。



 聞き込みついでに未だ被害にあっていない家を一晩借り受ける手筈を整えたシュラインは、草間にまず連絡を取り、そして嬉々として出かけていった二人の同じ穴の狢の名を聞き出した。
 不幸なもう一人を巻き込んでお手製の褌を大量に作っていた冴木・紫(さえき・ゆかり)と海原・みあお(うなばら・みあお)はシュラインからの連絡を受け、その不幸な一人、真名神・慶悟(まながみ・けいご)を引きずって嬉々としてやってきた。
 元々大乗り気のアンリ、そして元々被害者として生まれついた三下は言う間でもなく参加。
 6人はその家に陣を張り、夜を待つことと相成った。



 さて本筋とは全く一切関係のない所で佐藤家の事件は展開していた。
 何しろ霞に調査だのを行う気がそもそもない。
 草間の説明によって霞が感じ取ったのは、己の宿敵の気配だった。(誤解)
 あの宿敵が絡んでいるのであれば確実に佐藤兄妹を狙ってくる。それを阻止するためには二人を目の届く所に置いておかねばならず己が絶えず守っていなければならない。
 そう硬く決意し、実行している訳だが、
「……明日から俺はどうやって会社へいけばいいんだろうな」
「思い知ったか兄貴」
 麻衣の兄である和明ががっくりと頭を垂れる。
 なにしろ空間を割って行き成り現れた、羽織にジーンズおまけに目隠しと言う姿の男に『ここは危険だ、戻るぞ』と告げられ、そのまま攫って来られたのである。万事飄々として、物事には小面憎いほど動じない和明だが、これは効いた。効かない筈がなかった。
「……俺商談の最中だったんだぞ。クライアントと。今回のご破算で済めば……まあ良くはないがまだいいが、会社との付き合いまで断られかねん」
「思い知ったかだから兄貴」
 麻衣が勝ち誇る。
 こちらはもうすっかり被害慣れしている。学校に霞が現れてくれるおかげで、それまではそれなりにモテていたものが最近ではさっぱりである。
『あいつどうも特撮とかの追っかけやってるらしいぞ』
 等と言う、不名誉どころではない噂まで流れているのだ。
「あのな、麻衣。お前勝ち誇ってるが事態は分かってるのか?」
「なによ?」
「会社との付き合いがご破算になってみろ、俺は首かも知れんぞ」
「ふーん」
「その場合お前明日からどうやって生活していくつもりだ?」
 ひくり。
 麻衣の顔が目に見えて強張った。どうやらその可能性には思い至っていなかったらしい。
 そして、霞は理不尽極まりない理由で(霞にとってであり麻衣にとっては理由などありすぎる)麻衣にまたしても蹴り倒された。



 悪夢だった。恐らくその光景は誰の目にもそう映っただろう。
 ふわふわと白いものを体の周りに巻きつかせ、下半身に何も纏っていない男が階段を下りてくる。
 悪夢だ。誰もが、そう思った。

 冴木紫のルポより抜粋。



「…………」
「……………………」
「…………………………………………」
「………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
 きっちり五人分の沈黙が下りた。
 ふらふらとそしてぶらぶらと階段を下りてきた三下はうわ言のように『褌、ふんどし〜』と繰り返している。
 なんと言うか、あまりにもあまりな光景だった、それは。
 真っ先に我に帰ったのはみあお。若いぶん精神が柔軟に出来ているらしい。みあおはとっさに風呂敷包みにあったそれを、三下へと投げつけた。
 困り果てていたご近所の奥様方に配った残り。
 そう、陰陽師手縫いの褌を。
「ふんどしいいいいいいいいい!!!!!」
 三下が雄叫びを上げてそれに飛びかかる。
 ゴン。
 その頭に咄嗟にそこらにあった花瓶を振り下ろしたのは紫だった。紫はそのままふっと遠い目をする。
「予想以上の破壊力だったわね」
「……ええ、全く」
 シュラインが同意する。
 そりゃまあええ。ちょっとかなりいえ相当って言うか絶対見たくなかったですぶらぶらな三下など。
 しかし落ち着けたのは一瞬の事。
 憑いた対象が人事不正に陥ると見るや否や、三下の周囲を漂っていた褌は対象を変えたのだ。
 そう、褌を手縫いした陰陽師へと。
「やっぱりそうきたか!」
「幼女カメラ準備!」
「らじゃー!」
「おお、映像までも残せるのか!」
「……ちょっとあんた達」
「緊張感を殺ぐな!!!!!」
 口々に好き勝手なことを叫ぶ(シュライン除く)仲間達に、慶悟はあらん限りの声で怒鳴った。
 いえ緊張感なんかあるわけないんですが褌だし。
 しかし飛び掛った褌は、慶悟に取り付くことはかなわなかった。
 予め用意しておいた式がその災厄を振り分ける。
 慶悟の分身の形を取って。



 えーとね。結局同じ顔だったし姿だったし。
 分身とかってあんまり意味なかったんじゃないかなって思うんだけどねみあおは。

 後日談:海原みあお



 その更にあまりにあまりな光景に怒り狂う慶悟を押えるのに、一同は多大な労力を払わなければならなかった。
「いやあの真名神くん落ち着いて?」
「真名神。まーなーがーみ! ここ、民家だから。民家なんだって人様の家なんだってだから火はやめなさい火は!」
 女二人が必死に取り縋り、アンリは式をとりあえず殴り倒しそしてみあおは記念撮影。かなりどうしようもない。
 そのどうしようもなさに霊も呆れたか、途方に暮れたようにその場をふわふわと漂っている。
『いやあのおぬし等落ち着かんか?』
「誰のせいだ!?」
 思わず怒鳴って慶悟ははたと我に帰った。一体今のは誰の声だ。
 アンリが嬉々として身を乗り出す。
「おお、人語を解するのかね! キミの出身と由来などを詳しく教えてはくれないか?」
 がぶり寄るアンリに、褌は度肝を抜かれたように一瞬凍りつきそして、
『コホン』
 と咳払いをした。因みに単なる音声である。褌には口はない。
『出身はこの近所だがのう。この近所で褌が暴れた事があったじゃろうが、その時かのう』
 お茶でもいれてくれんかね、そう言いだしそうなのんびりとした口調である。
 紫もみあおもシュラインも、そして慶悟まですっかり毒気を抜かれてしまった。ただ一人アンリだけが実に嬉しそうに褌の話に耳を傾けている。
「ほほう、それで?」
『巻きつかれたものどもの中の多くにのう、褌ってちょっといいかもという思念が生まれたのじゃよ。ま本のちょっとじゃが。しかし人というのはおかしなものでそれを捨てるのじゃな、否定すると言おうかのぅ』
「ほう、つまりキミはその情念の集った結果、と、そういうわけかね?」
『そんなとこじゃのう。まあわしはつまり生まれがそうだからしてそれに従って日々褌のよさをご近所にしらめるべく行動をなぁ』
 ふんふんと頷きながらアンリがメモを取る。
 その時ちょうど脱力していた一人の様子が変化し出したのに気付いたのは紫ただ一人だった。
「……ちょ……」
 紫が止めるより早く、慶悟が動いた。
「ご高説は兎も角。取り憑いて褌漬けにするなどという暴挙に出るか貴様は!」
 その一瞬。たった一瞬に慶悟が一体どれだけの術を使ったのか、それは誰にもわからない。
 じゅぼ。
 鈍い音を立てて、褌は滅した。



 いくらなんでも乱暴と言うものだろう。
 あれほどの逸材を一気に滅するなどとんでもない。

 後日談:桐生アンリ



 まあ……気持ちはわからなくもないけどねぇ。(苦笑)

 後日談:シュライン・エマ



「で、一体今回はなんだったのよ?」
 一通り暴れた後に落ち着いたらしい麻衣が霞に問い掛けた。
 うむと頷き、霞は草間から聞いた事実を語った。無論己の解釈込みでである。微妙に宿敵からは話題をそらしている辺りは麻衣を気遣ったものだ。
「暗殺用具としても使える特殊な下着を蔓延させ、一般人を暗殺者として仕立て上げ、人生の総てを捨てさせる凶悪な悪魔が現れたという情報を掴んだ」
「……なんなのよそれは?」
「この間麻衣に教えてもらっただろう、褌だ」
「は?」
「だから褌だ」
 大真面目に霞は言い切った。
 そして――

 兄は首かもしれない。自分は特撮オタ呼ばわり。そればかりでなくまあ他にも色々と。
「本気でいい加減にしてー!!!!!」
 麻衣の絶叫が佐藤家に響き渡った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0935 / 志堂・霞  / 男 / 19 / 時空跳躍者】

【1021 / 冴木・紫  / 女 / 21 / フリーライター】
【0086 / シュライン・エマ  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師】
【1439 / 桐生・アンリ  / 男 / 42 / 大学教授】
【1415 / 海原・みあお  / 女 / 13 / 小学生】

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■         ライター通信          ■
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 再度の発注ありがとうございました。里子です。

 えーと。どうコメントしていいものやら。
 つまり褌は偉大であると。そういう事ですねええ。<絶対違う絶対
 因みにみあおさん、紫さんバージョン作中に登場しますサイトは実在します。正しい褌の締め方、正しい褌の作り方もちゃんとあります。
 いつか公式イベントなどに手縫いの褌をもって行けたらなぁなどと夢想する馬鹿が一人いたとかいないとか。

 今回はありがとうございました。そしてお待たせして申し訳ありません。
 また機会がありましたら、宜しくお願いいたします。