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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『魂の器』

●依頼
 街には、久しぶりに夏らしい陽射しが戻って来ていた。脳裏に浮
ぶ請求書と格闘していた草間も、遂に根負けしてエアコンのスイッ
チに手を伸ばそうとしていた。
「‥‥あら? Sデパートで予定されていた水口誠の人形展、延期
になったのですね」
 新聞を読んでいた零の言葉に頷きながら、草間はデスクへと戻っ
た。人工的ではあるが、生きた心地にさせてくれる涼風に当たり、
一息つく。
「有名な人形師だからね。広告にもかなり力を入れていたようだっ
たが‥‥。本人が亡くなったばかりだから仕方ないんじゃないか?」
「人形師が亡くなっても、人形展は出来るじゃないですか。本人が
展示される訳じゃないし」 
 零の言葉に苦笑を浮かべた草間が口を開きかけた時、事務所の扉
が小さなノック音と共に開いた。
「やぁ。久しぶりだね、草間くん」
「宮田先輩じゃないですか! どうしたんです、突然」
 スーツを着たその男は、炎天下の街中を歩いてきたとは思えない
様な佇まいを見せていた。草間は、彼を応接セットへと案内しなが
ら、内心で溜め息を漏らした。
(また、『そっち関係』の仕事か‥‥)


「‥‥それじゃ、人形展が延期になったのは水口氏が亡くなったの
が原因ではないと?」
 零が先程まで読んでいた新聞。それが二人の前に置かれていた。
「そうだ。むしろ広告代理店側としては、それを利用して人を集め
るつもりだったんだろうね。とこらが、肝心の人形が盗まれたので
は、それもままならない。とりあえずは事が片付くまで、開催の延
期を決定した訳さ」 
 宮田という男はそこまで話すと、麦茶で喉を潤した。その様子を
横目で窺っていた草間は姿勢を正し、彼に問いかけた。
「で、先輩は俺にどうしろって言うんです?」
「‥‥腕の立つ者を何人か紹介してくれないか。単純に腕力に自信
があるという奴だけじゃない。この手の仕事で、場数を踏んでいる
奴も欲しい」 
 話をしている間、宮田が絶やさなかった笑みが消えた。代わりに
その顔に浮んだものは、仕事を達成させようというプロフェッショ
ナルの表情であった。
「先輩が助っ人を頼まなきゃならないほどの相手なんですか?」
「一人で出来る事には限界がある‥‥俺もいい年だしな」
 冗談めかして話を切り上げると、宮田は着た時と同じ格好で帰っ
ていった。


「お知合いだったんですか?」
「ああ。宮田圭一郎‥‥最初に怪奇探偵と呼ばれた人だよ。現実に
力を持っている事もあって、今ではそちらの仕事ばかりを請け負っ
ている。それにしても‥‥」
 草間は彼が残していった調査資料に目を通した。
「水口氏の遺した人形達が、百舌那紀綱(もずな のりつな)の設
計した別荘に保管されていたとはな。風水建築士の名を欲しいまま
にしていた男‥‥か」
 一筋縄でいく事件とは思えない。草間は、声をかけるメンバーの
人選に頭を悩ますのであった。


●もう一つの依頼
「盗まれたんだろう? 実力行使じゃ駄目なのか。そもそもどうい
う人形なんだ」
 草間から話を聞いたライ・ベーゼは、宮田圭一郎に連絡を取り、
直接話を聞いていた。そんな彼をじっと見ていた宮田は、誰もいな
いにも関わらず、小さな声で囁いた。
「君ならば適任かもしれないな」
「何がだ?」
「悪魔召喚士である君に、折り入って頼みがある。ある別荘に住む
連中と戦って欲しいんだが」
 あからさまに胡散臭い話に、さすがのライも顔をしかめた。
「そんな与太話に付き合うほど暇じゃない」
 だが、宮田は諦めなかった。
「相手の待ち構えているポイントは予め教えよう。君は本気でそい
つと戦ってくれればいい。ただし、命までは奪わない事。出来るか
な?」
 挑戦的な宮田の物言いに、ライは引き受ける事にした。草間の紹
介である以上、それほどまずい事態にする相手ではないだろうとい
う読みもあった。
「いいだろう。話は聞いてやる」
「OK。それじゃまず、盗まれた人形の話だが‥‥あれは僕の仕組
んだ事でね‥‥」


●別荘
「へぇ〜。これが水口氏の別荘なんですか」
 宮田圭一郎の用意した車から降りると、海原みなもは感嘆の声を
あげた。敷地は異常なほど広いものの、建物自体はそれほど大きな
ものではない。だが、川の上流部分を引き込んで利用した作りは、
人魚の末裔である彼女には好ましいものであった。
「鍵はもう預かっている。皆、調べたい事もあるだろうが、ひとま
ず中に入ろう」
 興味深げに周囲を観察する一行に声をかけ、宮田は正面玄関の扉
に手をかけた。

 今回の依頼に応じたメンバーは五人。宮田は手早くお茶の用意を
して、リビングの彼らの下に戻ってきた。
「‥‥ですから、Sデパートの方は完全にシロですね。背後関係も
怪しいところは無い様ですし」
 ちょうど有澤貴美子が調査の結果を伝えているところであった。
草間と顔馴染であるという彼女も、探偵事務所の所長という肩書き
を持っている。
「人形展もデパートの社長が、水口氏の作品を気に入っていて強引
に話を進めたそうです。ただ‥‥」
「今まで、そういう話には一切応じていなかった水口さんが、どう
して今回に限ってOKしたのかは判らないそうです。ご自分の死期
を悟っていたからじゃないかっていうのが、もっぱらの噂です」
 みなもが、貴美子の言葉を繋いだ。二人は一足先に展示場で出会
っており、プロである貴美子の手伝いをしてきたのであった。
「水口さんの死因は心臓麻痺だそうです。老齢の身でありながら、
かなり無理をしてお仕事されていたのが原因とか」
 手帳(生徒手帳だ!)を見ながら、一生懸命調べた事を発表する
みなも。まだまだ子供といった容貌の彼女に対する、周囲の目は優
しい。
「ふ〜ん、そうかえ? それじゃ人形が盗まれた事と水口が死んだ
事については、やはり直接の関係は無いという事‥‥」
 銀の長ギセルをふかしながら答えたのは紅・蘇蘭。紅い瞳を持つ
妖艶な美女である。にこにこと人当たりはいいのだが、本当に事件
に興味があるのか、いささか疑問に感じるみなもであった。
「それで? 百舌那との関係についても調べてきたんだろう? 聞
かせておくれな」
「あ、はい。百舌那さんがこの別荘を設計したのは三年前。水口さ
んの方からお願いしたのがきっかけらしいです。お二人は建築後に
は年賀状のやりとりくらいしかしてなかった様です。これは水口さ
んに限った事ではなく、百舌那さんは設計した後で依頼主に会う事
は殆どと言っていいほど無いそうで‥‥」
「ま、あの男も偏屈だからな。腕はいいが、人付き合いは悪い」
 荒祇天禪が微妙な笑みを浮かべながら呟く。がっしりした体躯を
仕立てのいいスーツに包んでいる。その姿からは、とてもこんな事
件に首を突っ込む様には見えない。だがそれもそのはず、彼は政界
などにも影響力の強い大企業の会長なのである。貴美子なども、日
経新聞で写真を見たことが幾度となくあった。
「三年前ってとこに何か意味があんのかな」
 これは最後の一人、渡辺綱である。若さと生命力に満ち溢れた凛
々しい顔立ちだが、まだ幼さも窺える。
「ほう。いいところに気がついたな、少年。ご褒美にあとで飴玉を
あげよう」
 荒祇が澄ました顔で言ってのける。無論、高校生にもなって飴玉
を欲しがるわけもない。つい、綱の視線にも苛立ちが走る。
(このおっさん、最初にあった時から何かにつけ絡んでくるんだよ
なぁ‥‥。俺、何かしたのか?)
 そんな視線を受けても荒祇は涼しい顔だ。綱とて渡辺家当主とし
て数々の『鬼払い』をこなしてきた身である。並の高校生とは比べ
ものにもならい経験をしている。が、いかんせん相手が悪すぎた。
 貴美子がそんな微妙な空気に戸惑ったところで、宮田がすっと立
ちあがった。キッチンの方に歩いていき、皆に声をかける。
「そうそう、ダージリンのいい葉があったんだ。お茶も冷めてしま
ったことだし、入れ替えようか」
 
 新しいお茶が入ったところで、一行は情報交換を中断することに
した。紅茶から立ち昇る鮮烈な香りが、リビングの雰囲気を和らげ
ていった。
(荒祇氏に悪気があるわけではないんでしょうけどね‥‥)
 貴美子は湯気を顎にあてた状態のまま、そっと視線を走らせた。
ソファでくつろぐ荒祇と紅の二人を見ていると、まるで一枚の絵画
の様に思えてくるのであった。そこの空気自体を自分のものに変え
ているとでも言うのだろうか。
「‥‥話を戻すと、三年前というのは水口氏が最初に入院した頃な
んだそうです。ですから、ご自分の死期を悟っていたと考えてもい
いかもしれませんね」
 カップを置きながら、貴美子は話しかけた。お茶受けのクッキー
に手を伸ばしていたみなもと綱も姿勢を正す。
「でもでも、それもお人形さんが盗まれた事とは直接関係はないん
ですよね?」
「ええ、恐らくね」
 結局、人形の盗難についてはっきりした原因というのは特定出来
なかったのである。あとは、残りの人形を調べるしかないと貴美子
は考えていた。
「宮田さん、今回の人形展の目玉になるという『十二月の乙女』と
いう連作があるそうなんですけど、どこに保管されているかお分か
りになりますか?」
「ああ。それなら二階の作業場に保管されているよ。見てみるかい?」
 宮田の言葉に頷く貴美子。一行はとりあえず、その作品を見物し
てみる事にした。

「これが『十二月の乙女』か‥‥!!」
 綱は思わず息を呑んだ。窓の無い、広い作業場の一角にそれらの
作品は飾ってあった。『睦月』から始まり、『霜月』までの十一体。
どれも生きているかの様であった。今風ではないものの、どれも大
和撫子という言葉が似合う清楚な美女と言ったところである。
(ん〜。でもやっぱ、生きているものには勝てないよなぁ‥‥)
 ちらっと隣のみなもを見る綱。視線に気がついた彼女と目が合っ
てしまい、慌てて目を逸らす。 
「こいつは?」
 中央の作業場に近づいていった荒祇が宮田を呼ぶ。そこには完成
していない人形が一体寝かせられていた。
「『十二月の乙女』シリーズ最終作、『春待月』ですね。水口氏の亡
くなった孫娘がモデルだと聞いています」
「そう言えば、ご家族の方とかっていないんですか?」
 話を聞きつけて来た綱が問う。
「その孫娘がただ一人の肉親だったそうだよ。その子も昨年亡くな
っている。白血病だったらしい」
 集まってきた一行の間に、沈黙が訪れる。みなもは目にうっすら
と涙を浮かべながら、搾り出す様に呟いた。
「あぁ‥‥だから無理をしても仕事を続けてらしたんですね、水口
さん。せめて肉親の姿だけでも遺してやりたいと思って‥‥」
 ぽん、と彼女の肩を叩いた宮田は微笑を浮かべていた。その深い
瞳には様々な感情が渦巻いているように、みなもには感じられた。
「君は優しい子だね。きっと亡くなった女の子も、君のように優し
い子だったんじゃないかな‥‥」
 それだけを言い、宮田は階下へと降りていった。他の面々もそれ
に続いたが、最後に扉を閉める瞬間にみなもは思ったのだった。
(まるで女の子が、今でもお爺ちゃんを待っているみたい‥‥)
 感受性の強い少女の眼は、時に真実を見抜くものである。しかし、
この時はまだその事に気づいてはいなかった。


●襲撃
 各々が付近の様子を確認した後で、宮田は全員をリビングに集め
て今後の事について話し合う事にした。
「さて、警備体制についてなんだが‥‥俺の指示に従ってもらうと
いう事で異論はないだろうか」
 そこで宮田はぐるりと全員の顔を見渡した。誰も文句を言わない
のを確認した上で、荒祇と紅にも尋ねた。
「お二人もそれでよろしいですね?」
 二人は澄ました顔で頷いた。すっかり自分達のものにしてしまっ
たソファに腰掛け、鷹揚に振る舞っている姿は屋敷の主であるかの
ようであった。
「それでは、この地図を見て欲しい。印の付いている五箇所に皆を
配置する事にしたい。まず、北東には渡辺君」
「おう!」
 綱が元気よく立ちあがる。盗人が何者であれ、退ける自信がある。
そう感じさせる闘気を身に纏って。
「南東に荒祇さん。南西のポイントには有澤くんと海原くん、二人
で待機していてくれ。北西は俺が担当するので、北の頂点には‥‥」
「心得ておるわ」
 紅が艶然と微笑む。それでは、と宮田が言いかけたところで綱が
右手を掲げて、それを押し止めた。
「宮田さん。別荘ががら空きになっちまうけど、これいいのかい? 
せめて誰か残して置いた方がいいんじゃ‥‥」
 もっともに聞こえる意見だった。宮田はそれに対して、いつもの
笑顔を浮かべながらこう言っただけだった。
「大丈夫、この五箇所を通らずに進入することは出来ないよ。そう
いう造りになっているんだ。それよりいいか? 君のところが襲わ
れる危険が一番高いんだからね。気を抜くなよ?」


 北東の位置についた綱は、始祖である初代『渡辺綱』が使ってい
た破魔刀『髭切』の御霊を呼び出した。
「お呼びですか」
「ああ。何者が来るかは分からないが、お前の力を貸してもらう」
「御意」
 精悍な水干姿の男性から、当時の『髭切』を模した太刀へと姿を
変える。御霊は刀だけではなく、弓などにも自在に姿を変える他、
五感を主と共有する事によって匂いや気配をも強化させる事が可能
なのである。
「さぁ、どっからでもかかってこい!」


 それからたっぷりと四時間は経過したであろうか。時は既に午前
二時。いわゆる丑三つ時を迎えようとしていた。今宵は新月で月明
かりも無く、森は深淵のごとき闇に包まれていた。
「‥‥来たか!」
 しかし、御霊髭切によって感覚の強化された綱にとってはさして
問題ではなかった。闇の中を近づいてくる黒づくめの男の姿がはっ
きりと感じられるのである。その背中に生えている悪魔の様な羽が
羽ばたく音すらも捉えていた。
「悪魔憑き‥‥か? 何にせよ、ここは通さないぜ!」
 瞬時に弓に変化した『髭切』を引絞る。夜の帳を切り裂いて、剛
弓から放たれた矢が影に迫った。

「来たぞ、ライ」
「分かってるさ」
 肩口に止まっている鴉の言葉に影と化した男は呟いた。
 その男、ライ・ベーゼは依頼主が言っていた通りの場所で襲撃を
受けた為、余裕を持って回避出来ていた。とはいえ、避けた矢が当
たった枝ごとへし折っていくのを見て、心を引き締める。
(なるほど、手加減をして戦える相手ではなさそうだな)
「来い! クロセル!」
 己の中に取り込んだ堕天使に呼びかけ、氷の剣を召喚する。殺し
てはいけないという約束故、強力な魔法は控えなければならない。
「はっ!」
 木々の間をすり抜けながら、振り下ろした剣から氷の矢を幾本も
放つ。だが、それらは綱の抜き撃ちによって弾かれ、あさっての方
角へと飛んでいった。
(ふん‥‥若いのになかなかやるな。それなりに実戦を潜り抜けて
きているか‥‥)
 迂回すると見せかけて、大木の枝を蹴って鋭角に向きを変える。
反動を利用して倍化されたスピードで、一気に懐に入り込むライ。

キン! キン! キン! 

「受け止めるか、今のを!」
 神速の三連撃は、ことごとく『髭切』によって止められた。その
強い霊力によって、さしもの氷の剣にも亀裂が走る。
「生意気ぃっ!」
 掲げた右手から氷の嵐が吹き荒れる。綱はかろうじて大木に身を
隠すが、それはライの仕掛けた罠であった。
「しまった!」
 先程弾いた氷の矢がそこに刺さっており、それに触れた瞬間、綱
の左足は氷づけに封印されたのである。いかに彼でも、片足が使え
ないのでは動きが半減してしまう。
「そこまでだな‥‥」
 金色の瞳を持った男がゆっくりと歩み寄ってくる。綱はそれを最
後のチャンスと見た。
(『髭切』を御霊に戻して一太刀浴びせる! 向こうもこちらは動
けないと思っているだろうからな!)
 大木の陰でその機会を窺う綱。だが‥‥。
「しまった‥‥リミットか‥‥!」
 額を押さえた男は、不意に身を翻すと、元来た闇の中へと消えて
いった。綱は一瞬、御霊に後を追わせるかと思ったが、相手の力量
を考えてそれを行わなかった。
 大木に寄りかかり、凍りついた左足を投げ出す。すっかり痺れて
痛みも感じないが、このままでは遠くない将来に凍傷で使いものに
ならなくなるだろう。
「くっ‥‥」
 何とか立ちあがり、別荘の方角へ戻ろうと歩き出す。今の騒ぎを
聞きつけた誰かが、こちらに来るかもしれない。
 綱はゆっくりと闇の中を歩き始めた。

 どれほど歩いただろう。綱は前方から一人の男が近づいてくるの
を感覚で捉えた。宮田である。
「渡辺君、お疲れさま。今、治してあげるからね」
 そう言うと、彼はどこからともなく小さな水晶玉を二つ取り出し
た。手のひらに乗せたそれらの表面に『治』、『癒』という文字が浮
かび上がり、淡い光となって凍りついた綱の足を温かく包み込んで
いった。
「さ、これでもう歩けるだろう」
 すくっと立ちあがり、軽くステップを踏む綱。確かに元通りにな
ったようだ。だが、綱の心は晴れなかった。
「宮田さん、どういうことだい? あんた俺に何か隠していたんじ
ゃないのか?」
 その声を聞き、宮田は少しだけすまなそうな顔をしてみせた。
「理由はこれから説明する。とりあえず別荘に戻ろう。全てを知る
までは何も言わず、黙っていてくれ」
 いささか気にくわないところもあったのだが、綱はそれに従った。
他に手段もなかったからである。
 二人は足早に、別荘へと戻っていった。


●真相
「来たかえ?」
 別荘に戻った二人を、紅が出迎えてくれた。戦いの痕を残した綱
を見ても顔色ひとつ変えるでもない。
(彼女もあるいは知っていたのか‥‥?)
 そう考えれば最初からの余裕ある態度もよく解る。自分の知らな
いところでどんどん話が進んでいる様で、綱は不愉快であった。
「二階だ」
 そう言って宮田は綱を促した。彼が連れて行かれた先は‥‥作業
場であった。

「こ、これは‥‥!?」
「しっ!」
 思わず声をあげそうになった綱の口を、貴美子が柔らかい掌で押
さえた。そのまま視線を中央に向ける。そこには、一体の人形があ
った。何の変哲も無い人型のからくり人形。それが、一心に『春待
月』と向かい合っていた。
 それからどれくらいの時間が経っただろう。人形の放つ、ただな
らない気に圧倒されていた綱は、人形の右手が止まったのを知り、
ようやく大きく息を吸いこんだ。
 その人形に、宮田がそっと近づいていった。
「終わりましたか?」
『ああ、完成じゃ。これでもう、思い遺す事は何も無い‥‥。宮田
さん、孫の事は頼みましたぞ‥‥』
 先程まで尋常じゃない気を放っていた人形から何かが抜けていく
のを綱は感じ取っていた。まだ押し当てられていた貴美子の掌も、
うっすらと汗ばんでいた。気がつくと、みなもも隣におり、じっと
その様子を眺めていた。
『孫の事‥‥頼みましたぞ‥‥』
 貴美子は精霊にも捉えられない『光』が昇華していくのを見た。
それは生命エネルギーを得て産まれてきたものが、必ず迎える最期
のシーンであった。
「水口‥‥安らかに眠れよ‥‥」
 低い声で荒祇が呟く。その表情は常と変わるところはなかったが、
どことなく神々しくもあるように貴美子には感じられた。
 そして作業場にふたたび静寂が戻ってきた。


「結果的には君達を騙した事になってしまって申し訳なかったね」
 宮田は深深と頭を下げた。そんな彼に、みなもや貴美子は無言の
まま首を振った。
「結局、何がどうなってたんです?」
「ここの結界はな、少年。周囲の気を変換して、蓄える性質があっ
たんだよ」
 荒祇がゆっくりと口を開く。それを紅が引き継いで説明をしてい
く。
「通常であれば自然界の気で賄える様に設計はしてあったようだけ
どね、水口の死は早すぎたのさ。儀式を行うにはあまりに気が不足
しすぎていた。それで‥‥」
 紅はゆるやかに首を回し、宮田を顎で指す。
「あの男は考えたのさね。足りない分の補い方を」
 綱、貴美子、みなもの視線が宮田に集中する。その視線を受けと
めて、彼は口を開いた。
「相乗と同じ効果を出すためには強い気、『闘気』が必要だった。
しかも、結界の防御作用を上乗せすれば短時間で必要量に届く。そ
の為に‥‥」
 窓の外から先程、綱と戦っていたライ・ベーゼが姿を見せた。服
装は先程のままだが、もう堕天使は取り込んでいない。眼鏡をかけ
た、どこにでもいる普通の青年のようであった。
「鬼門の方角にあった祠をずらし、陰の気を持つ彼を敵として配置
した。君らに真相を語らなかったのは、芝居だと解れば本当の闘気
を発揮しにくいからだ」
 ライは軽く頷いたに留まった。半分くらいは予想の範疇だった為
である。それでも、悪魔化した時の彼は己の中に湧きあがる、戦い
への欲望を満たす為に本気で戦えるのだ。
「そして北東から生じた闘気は、時計回りに皆の気を吸収した後、
別荘に設置されていた人形に吹き込まれた。水口氏の仮初めの肉体
を動かす為にね」
 そこで宮田は一旦、話を止めた。貴美子がコーヒーを入れて来て
くれたのを、両手で受け取る。
「先輩、結界の効果については納得しました。でも、先輩はどこか
らこの事件に関わっていたんですか? それに紅さんや荒祇氏はど
こまで知っていたんです?」
 貴美子の問いかけに、綱が猛烈な勢いで頷く。彼もそこが知りた
かったのである。
「俺はこの依頼を水口氏本人から受けた。三年前、自分とそして孫
娘に死期が迫っている事を知った彼は、秘密裏に百舌那氏にこの仕
掛けを依頼した」
「私達は先程、周囲を回っている時に結界の大まかな効果に気がつ
いたのさ。鬼門の方角に護りが無い事に天禪が気がついたのでね。
後は早かった」
 紅は隣の男に流し目を送った。荒祇は不敵な笑みを浮べただけで、
何も語らなかった。そんな二人を交互に見ていたみなもは、首を傾
げて呟いた。
「それじゃ、水口さんは長生きして作品を完成させたかっただけだ
ったの?」
「違う‥‥その答えがここにある」
 そう言って、宮田は奥から厳重に封印された箱を持ってきた。封
を解き、ゆっくりと開けるとそこには乳白色の水晶玉が置かれてい
た。
「さっき、俺を治癒してくれた玉とは大きさが違うな。二回り以上
は大きい‥‥」
「文殊とは違う。これには水口氏のお孫さん、麻衣さんの魂が封じ
られているんだ。元々、この大掛かりな仕掛けは、白血病で長くな
いこの子の為に創られたんだよ」
 そう言って宮田はゆっくりと二階へ上がっていった。作業場の中
央には役目を終えて崩れ落ちた人形と、『春待月』が待っていた。
「彼は自分の命なんて惜しくはなかった。ただ、若くして死ななく
てはならない麻衣さんだけは不憫でならなかった」
 『春待月』の前に佇む宮田。その手の中で光る、乳白色の玉だけ
が、明りの無い部屋を照らしていた。
「それで孫娘が死んだ時に魂を封印し、器となる人形を作ったって
訳だ。大した名工だな‥‥」
 ライが皮肉まじりに笑った。堕天使を肉体に付与する自分と、作
られた機械仕掛けの体に付与される女の子。どちらが幸せなのだろ
うか。不意に彼は水口に問いただしたくなった。
「それじゃ、宮田さんは‥‥その人形で麻衣さんを蘇らせるの?」
「先輩‥‥」
 みなもと貴美子の声に、宮田は振り向かなかった。ただ、じっと
手の中の水晶玉を見つめる。
「人として生まれた以上、いつかは死ぬ。それが運命というものだ。
自然の摂理を捻じ曲げて生き長らえさせたところで、それが本当に
幸せなものかね‥‥?」
 動かない背中を見ながら、荒祇は静かに問いかけた。彼自身も長
い時を生き、様々な人と出会い、別れてきた。そんな彼でも正しい
答えを言える訳ではない。
 宮田は何も答えず、立ち尽くしていた。


●後日談
カラン
「こんにちは!」
「おや、いらっしゃいな」
 紅が経営する骨董屋、『伽藍堂』に貴美子が訪れたのは一月後の
事である。あの後、水口の人形展は予定通りSデパートで開かれ、
好評の内に終了した。
「『十二月の乙女』シリーズ、大好評だったみたいですね‥‥」
「そうさね。ずっと未完に終わるんじゃないかって言われていた作
品が完成したわけだからねぇ」
 宮田はあの日、水口麻衣を新しい姿で蘇らせはしなかった。その
事については、誰も良いとも悪いとも口にしなかった。
 ただ、宮田の文殊が『成』『仏』の二文字を刻んだ事は確認して
いた。
「あれで‥‥正しかったんですよね、きっと」
「さぁねぇ‥‥意外と本人は生きたがっていたかもしれないけどね。
でも、人形の姿で蘇ったとしても、女の子の精神がそれに耐えられ
たかは判らないからね。下手すりゃ妖怪がまた一体増えるだけだっ
たのかもしれないしさ」
 紅はこともなげに言ってのけ、再び新聞に目を落とした。彼女に
とって、その話はもう過去のものであり、興味をそそるものではな
かった。
「そうですね‥‥。それじゃ、お仕事の邪魔しちゃいけないから、
これで失礼しますね」
 扉を開けて立ち去ろうとするその背中に、女店主は一言だけ声を
かけた。
「また何か面白そうな事件があったら、声をかけとくれ。気が向い
たら手伝うからさ」
 貴美子は微笑みを浮かべて頷き、店の外へと歩き出した。街角に
はもう、秋の気配が漂い始めている。空に浮ぶ雲を見上げ、貴美子
は心の中で呟いた。
(宮田先輩‥‥。他の誰かが貴方の行為を咎めたとしても、私は貴
方のとった行動は正しかったと思っています。また、どこかでご一
緒出来ますよね‥‥?)
 柔らかな光りの中を、貴美子はまっすぐに歩いていった。


                            了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
 0284/荒祇・天禪/男性/980/会社会長
 0908/紅・蘇蘭/女性/999/骨董店主・闇ブローカー
 1252/海原・みなも/女性/13/中学生
 1319/有澤・貴美子/女性/31/探偵・光のウィッチ
 1697/ライ・ベーゼ/男性/25/悪魔召喚士
 1761/渡辺・綱/男性/16/高校生(渡辺家当主)

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■         ライター通信          ■
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 神城です。
 ずいぶん遅くなってしまって申し訳ありません。この六人のお話
は、今回の依頼のいわば「裏」に当たります。よろしければ、既に
発表されている「表」も合わせて読んでいただけると裏設定が楽し
めるかもしれません(パラレルワールドみたいなものですが)。
 ライは当初どちらに入れるか悩んだのですが、「陰の気を持つ」
と書かれていたのが決めてとなり、こちらになりました(というか
結界の設定はそこから決まった)。ご協力に感謝します(笑)。

 今回は宮田圭一郎の依頼を受けてくださってありがとうございま
した。近日中に、新たなステージでまた依頼を発表したいと思いま
す。縁があったら、またお会いしましょう。
 お疲れさまでした。