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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街(後日談):過ぎて行く季節
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都内連続猟奇殺人事件に決着がついて、東京にはまた、拍子抜けするほどの変わらない日常が戻りつつあった。
情報の流れが速いこの街では、岡部ヒロトの起こした事件ですら、大河の一滴に過ぎないらしい。多くの死者を出した殺人事件は、今では人々に省みられることもなく、古い新聞に埋もれていく。
まるで砂漠の砂のように、たくさんの血が流れた事件も風に流されてしまうのならば、未だ自分の心のうちに残った暗いわだかまりも、いつかはきれいさっぱりなくなるのだろうか。
「銀座にビアホールがあるのよ」
胸に兆した暗い感情を追い払うように、ウィンは戸口に身体を預けてタバコを吹かす紹介屋に笑顔を向けた。
「暑い日はパーッとビールでも飲んで、元気ださなきゃ。ね。草間さんと太巻さん。お二人で美女をエスコートしてくださらない?」
元気がないのは夏ばてのせいだと、誰にともなく強調する。そんな彼女に口の端で笑みを浮かべて、太巻は興信所の奥を振り返った。
「ご指名だぜ。お前も来るだろ?」
「俺はまだ仕事が……」
馬鹿を言えェ、と鼻を鳴らして、太巻は草間の言葉を遮った。
「マトモな依頼は日照り続きで、一年中閑古鳥が鳴きっぱなしの事務所じゃねぇか。たかだか一日、留守にしたくらいで誰も困りゃしねェよ」
反論しようと口を開きかけ、結局何も言わずに草間は口を閉ざした。深い深いため息が、怪奇探偵の苦労を物語っているようである。

「カンパーイ!」
カチンカチンと、琥珀色の液体がなみなみと注がれたビールジョッキが触れ合って音を立てる。日も傾かない昼間から、ビアホールのテーブルに陣取った三人は、それぞれに泡を零さないようにジョッキを傾けた。
「はーっ、やっぱり夏はビールよね!」
春でも冬でも、秋になってもビールは手放さないと思われるウィンは、満足げにビールジョッキをテーブルに戻した。3分とたたないうちに、大ジョッキに注がれたビールは9割方彼女の胃の中である。
隣では太巻が空のジョッキを振り回して、「もう一杯」と叫んでいる。2,3口飲んでジョッキを置いた草間は、なんとなく首を竦めて小さくなっていた。
「そういえば、草間さん。兄がちょっかいを出しているって聞いたけど……ごめんなさいね、手癖の悪い人で」
「いや……」
ここは「いいんだよ」と返すのが社交辞令なのだろうが、草間は力なくうな垂れた。両刀使いのウィンの兄を相手に、草間は男として、「構わないよ」の一言では済まないような目にあっているのだ。「構わない」といってしまったら何かが崩壊しそうな気がする。傍から見れば、タチの悪い冗談程度に受け止められているのだろう。真剣に悩んでいるのは草間武彦一人だけだった。
「いいよお前、怪奇探偵を気取るならいっそゲイも気取っとけ。ゲイ達者でいいことじゃねェか」
「よくない!……怪奇という肩書きもつけるな」
青ざめた草間を眺めて、太巻は楽しそうだ。自分に被害が及ばないものだから、いい気なものである。そして無責任だ。
「兄は、反応を楽しんでいるだけなのよ。本気ではないと思うから、適当に受け流してね」
「ああ……うん。まあ……」
それが出来ないからこそ、目をつけられているのだ。が、なけなしの男のプライドにかけて、そんなことは公言出来ない草間だった。
「あーあ。私にも素敵な男性が現れないかしら」
女性でもいいんだけど、とウィンは愚痴を零す。注ぎ足されたビールは、たちまち半分にまで減った。草間は未だに一杯目を半分のみ終えたところである。
「探してちゃ中々みつからねェよ」
椅子にだらしなく身体を沈めた太巻は、断りもなしにタバコを銜えて火をつけた。火をつけておいてから、思い出したように顎をしゃくって、「吸うぞ」と言う。
「ま、お前、美人さんだから、声を掛けりゃ、相手に不足はしないだろうけどな」
いい相手を見つけるのは難しいんだろと、太巻は通りがかったウェイターに空のビールジョッキを押し付けた。
「世の中には色んな人間がいるもんだ。その中で、自分に合った恋人を見つけるのは結構難しい」
「あら、じゃあ太巻さんは、奥様が自分にとって最良のパートナーだと思ったから結婚したの?」
からかうように言葉を返せば、
「若気の至りだ。血迷っていた」
酷い言いようをする割りに、表情はそこまで嫌がっていない。
「やっぱり、彼氏が欲しいわね。太巻さんみたいに女性にだらしがない人じゃなくて、私を大事にしてくれる人」
「うわあ、それを聞くと、まるでおれが酷い人みたいじゃねェか」
「実際酷いんだよ」
ボソリと草間がつっこんだ。

「楽しかったわ」
夕方から騒ぎに騒いで、気づけば終電を乗り過ごしていた。夜の銀座を歩きながら、ウィンは大きく伸びをする。冷気を帯びた風が、火照った頬には気持ち良い。
考えて見れば、岡部ヒロトの事件に深く関わって以来、こんなに楽しく騒いだのは久しぶりだった。タクシーを捕まえるまでのお供を買って出た草間と太巻はウィンの後ろで、何故か真剣に、タバコに関する課税について論じている。酔っているのだ。
世の中は流れ続けて、自分たちのすぐ近くで起きた殺人事件も、道を行く人々にはすでに過去のものとなりつつあった。ウィンは今でも少し、あの事件を引きずっている。
ヒロトが犯した殺人は、恨みにも嫉妬にも起因しない。理由などありはしないのだ。ただ殺し、そしてそうすることに、ヒロトはどんな罪悪感を覚えることもなかった。
その信じられないヒロトの人格は、子どもの頃からの彼の体験によって培われた部分があり、その歪みを訂正する人が現れなかったということでもある。だが、そう言い切ってしまうほど、ヒロトを同情的に見ていいものかどうか、ウィンはまだ判じかねている。
(彼がやったことは、絶対に許されないわ)
失われた命を取り戻すことは出来ないのだ。ならばせめて、ヒロトが犯した罪を償わなければ、殺された者たちは浮かばれない。
そう思う一方で、本当はウィンは、ほんの少しだけ岡部ヒロトという青年に哀れみを覚えている。
ヒロトの人格形成に、少年時代の体験が関わっていることは、恐らく間違いがないだろう。だが、それを認めてしまえば、もしも……と考え始めるのを止められない。
もしも……もしも、彼が幼い頃に祖母を喪っていなかったら。しっかりと彼に善悪を諭してくれる親に恵まれていたら。間違ったことを、「間違ってるんだ」といってくれる誰かが居たら。
―――結果は変わっていただろうか。
人はこの世に生まれ落ちてから、周りを取り巻くあらゆる環境に左右されて育っていく。時代背景から始まって、環境、住んでいる土地、社会、教育、親や友人などの人間関係。それらは一体、どれだけの割合で「個人」というものに関わってくるのだろう。
(状況が違えば、私も岡部ヒロトになり得たかもしれない)
他人とは違う人生を歩みながらも、惜しみなくウィンに愛情を注いでくれた母と、家族と。そういった恵まれた環境にいるからこそ、彼女はこうして、楽しく仲間と話し、笑いあうことが出来る。だが、ヒロトのような体験をしていたら、果たしてウィンには、人生を軌道修正するだけの機会があっただろうか。
(なかったかもしれないのよね)
今と同じようにかんがえて、まっすぐに生きていける保証など、どこにもない。岡部ヒロトは、ウィン・ルクセンブルクという人格の、あり得たかもしれない一つの可能性だ。そう思えばこそ、考え込まずにはいられない。
(そういう意味では、私は性悪説支持者なのね)
性悪説とは、元々人は易きに流れやすいということを説いた哲学である。一般に認識されているように、「人は生まれながらにして悪である」と言っているわけではない。
人が何も教えられずに育てば、そこに倫理は生まれない。善悪の判断というものは、そもそもが人為の基準なのだ。だから、教育なくしては、善悪も、ひいては倫理も存在しない。
人とは元々利益や快楽を求める生き物である。この欲求をいかに制御し、人が人としての善なる性質を備えるかは、なべて生まれてから人に注がれる経験にかかっているのだ。そこから受ける影響は計り知れない。
だからこそ、教育は大事だし、人とのかかわりは大事なのだ。
性悪説を基準に言うのなら、ヒロトが今のようになったのは、天性の欲求を規制するだけの礼や儀を、周囲の環境が与えなかったからである。
環境が違えばあり得たかもしれない自分を、岡部ヒロトという殺人者に喩えるのは、ひどく気の滅入る話だった。
軽く頭を振って、ウィンはその考えを頭から追い出す。
今は、このことを考えるのは止そう。恐らくは、事件以来塞ぎがちだったウィンを気遣って、折角草間と太巻が気を使ってくれたのだ。
(考える時間なら、一人で居るときにいくらだってあるんだから)
ネオンサインとウィンドウからの明かりがアスファルトを照らす通りで、ウィンは二人を振り返った。
「どう?この後、もう一軒ハシゴしようかと思うんだけれど」



「獣の棲む街」<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女 / 25 / 万年大学生

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男
 ・草間武彦(くさまたけひこ)/男
  
  
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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になってます〜〜〜(開口一番それですか)
お元気ですか!宿題は終わりましたか!(夏休み終了間近)
キンキンに冷えたビールを冷やしたジョッキになみなみ注いで、夏の余韻を味わってみたりしませんか(キャッチフレーズっぽく)

それはともかく、後日談まで付き合っていただいて、どうもありがとうございました(へこ)
楽しんでいただけたら幸いでした。
とくに「これはかくあるべき」と考えて書いているわけではないので、それぞれの結果に対して参加者の方が考えるところがあれば、書き手としてとても有難いことだと思っています。
いやいや本当にどうもありがとうございました!
これからも、どこかでよろしく遊んでやってください。

在原飛鳥