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追憶のみたま
飲まず食わずで戦場を駆け続けて一体どの位の月日が経過したことだろう。いい加減聞き飽きた、大小様々な銃撃音が迫って来ているのを感じ、私は嘆息した。中近東のこの地域では、紛争が起こる度に、武装ゲリラ達の数はネズミ算式に増えていった。一人一人は大した戦闘能力を持たない奴らだが、その数は脅威的だ。此方の物資にも限りがあるのだ、私達は次第に追い詰められていった。仲間とはぐれ、独り廃墟となった町の路地裏を疾走しながら、私は装備を確認する。自動小銃が一丁とナイフが一本。しかも銃の方は弾丸が尽きかけている。対する敵は中古とはいえ火器を多数所持している。とてもじゃないが、勝ち目は無いだろう。分かってはいたことだったが、それでも少し絶望した。時折後方に向かって牽制弾を撃ち込みながら、私は奴らを撒こうと角を曲がり──その先に道が無いことに気付き、愕然とした。
「……ようやく追い詰めたな。ガキが、手間を取らせやがって」
男の声に背後を振り返ると、そこには数人のゲリラ達の姿があった。私と同系統の自動小銃を持つ者が三人、ショットガンを持つ者が二人。全部で五人か。普段ならば決して勝てない数ではないのだが、肉体的にも精神的にも余裕が無い今の私では苦戦は必至だった。加えて、残弾が少な過ぎる上、身を隠す物の無いこの場所では、敵の攻撃をかわしきることはほぼ不可能に近い。絶体絶命とは正にこういった状況を指すのに使われる言葉だろう。
「だがお前の悪運もここまでだ。死んで貰うぞ。我らの輝ける明日の為にな」
「はっ! ゲリラは暗闇の中で待ち伏せてこそのゲリラじゃないか。それが、言うに事欠いて輝ける明日だぁ? のぼせ上がるんじゃないよ、三下どもが!」
「き、貴様ぁ……言わせておけば!」
銃を構え逆上する男達に罵声を浴びせ、私もまた自動小銃を構える。勝ち目が無いのは充分過ぎる程分かっている。しかし、だからと言ってむざむざ命をくれてやる気は毛頭無い。勝機が無いのなら、作ってやれば済むことだ。きっかけさえあれば……ほんの少しでも良い、何とか一瞬の隙さえ作り出すことができれば。
「子供と思って甘く見ていれば付け上がりおって……もはや勘弁ならん! 死ね!」
「こらこら君達。女子供相手に銃を向けるなんて、騎士道に反した行為は止めたまえ」
発砲開始直前にゲリラ達の動きを止めたのは、偶然通りかかった風の「あの人」の制止の声だった。何故かこうもり傘を手にして、「あの人」はつかつかとゲリラの一人に歩み寄る。その様子を、私とゲリラ達はただ呆然と見守っていたが。
「貴様、何者だ? 何の権利があって我々のすることに口出しする? 事と次第によっては、そこに居るガキと同じ末路を辿って貰うことになるぞ」
「あの人」の異常なまでの落ち着きに臆しながらも、ゲリラの一人は銃で牽制しそれ以上近付かせないようにする。すると「あの人」はこうもり傘をばっと広げ、まるで盾のように構えてみせた。そして、よく透る声で宣言する。
「私が何者かって? 私は通りすがりのただの旅人だよ。本来ならば諸君らの戦闘行為に口を挟む義理も義務もありはしない。だが、目の前で女の子が射殺されようとしているのを見過ごせる程腐ってもいないものでね。悪いが、邪魔をさせて貰う」
怯えた様子も無くそう言い切ってから、「あの人」は私の方に目を向けた。
「可愛らしいお嬢さん。そこで待っててくれたまえ。直ぐに私が、悪い人達を追い払ってあげるからね」
余程の自信があるのか、ウインクさえして彼は言って来た。正義のヒーローも顔負けの演出だ。私は目を輝かせて、彼の活躍に期待した。
「馬鹿が。そんな傘一本で何ができる? そんなに死にたいのなら、今すぐ楽にしてやるよ」
「ふ。馬鹿はどっちか、直ぐに思い知ることになるよ。いくぞ、アンブレラアタック!」
傘を広げたままゲリラ達に向かって突っ込んでいく彼。そんな彼に向かって、ゲリラは自動小銃を構え発砲する。たちまち穴だらけになるこうもり傘。そして、「あの人」は。
「ば……馬鹿な……最強無敵のアンブレラアタックが敗れるとはっ……ぐはっ……!」
大量に吐血し、うつ伏せに倒れた。あまりにも呆気無い幕切れに、私とゲリラ達はしばし唖然としたが。いち早く我に返り、私はゲリラ達に向かって駆け出していた。期待していたものとは少し違うが、奴らに隙が出来たのは間違い無い。勝ち目がまるで無かった先程までとは違う。そうだ、勝機は充分にある。そう確信し、私は映画のスローモーションのようにゆっくりと此方に振り向いて来るゲリラの一人に、容赦無くナイフを突き立てた。
その後のことは、言うまでも無いだろう。
こうして私は、生涯の伴侶となる「あの人」と運命的な出逢いを果たしたのだった。
「う……うーんぅ……」
「あの人」が目を覚ましたのは、それから三時間後のことだった。私が施した応急措置が効いたのか、痛みに顔をしかめながらも、彼は身体を起こした。
「気が付いたみたいだね、旅人さん」
「あ……私は……ああそうか、君が助けてくれたのか。ありがとう」
助けるつもりだったのが逆に助けられて、ばつが悪そうに彼は礼を言って来た。それが何だか可笑しくて、私は思わず吹き出してしまう。
「な、何が可笑しいんだよっ」
「あははは……いやだって、アンブレラアタックって……ぷぷぷっ……」
「むむっ。君までアンブレラアタックを馬鹿にするのか? まぁ無理も無いか。常人には到底理解できない程に高度な技だからな。いいか、あの技の真髄はだな……痛ててっ」
「あ、まだ完全に傷口塞がった訳じゃないから、無理に動かない方がいいと思うよ?」
立ち上がろうとする彼を制し、寝かせてやる。それから私は笑って続けた。
「それに私、馬鹿になんかしてないよ。そりゃまぁ、ネーミングには難ありだけど。貴方があいつらの気を引いてくれなかったら私、間違い無く殺されてたもん。だから、お礼を言うのは此方の方。ありがとうね、感謝してるよ」
「あ、いや……お礼を言われる程のことをした訳じゃ……」
私が頭を下げると、困ったように彼は応えた。恐らく今回のことは彼にとって抹消したい事柄の筈だ。ゲリラの戦闘に介入した挙句、返り討ちにあってしまったのだから。それにも関わらず礼を言って来る私にどう応えて良いか分からず、戸惑っているのだろう。そんな彼を私は可愛いと思った。そして同時に、思慕のような感情を抱いてもいた。
嬉しかった。戦場で生まれ育ってこのかた、誰かとこんな風に親しげに話すことなど無かったから。仲間は居たが、友達と呼べる存在は居なかった。友達以上となると尚更だ。私には家族さえ居ない。今まで寂しく思うことなど無かった。だけど、この瞬間は。
「見て。お星様があんなに綺麗」
「は? まだ昼間だろ。何も見えないよ」
「もー。私に合わせて頂戴よー」
確かに彼の言う通り、指差した空は青く晴れ渡っており、星などは全く見えない。しかし、そこはそれ、ムードというもので。
「本当に感謝してるんだからね、私。……だから、お礼しなくちゃ……」
「お、おい待て、どこ触ってんだ……うぁっ」
ちゅ。彼の身体に口付けると、彼は悲鳴に近い声を上げた。私で感じてくれているのか。ますます嬉しくなって、私はもう一度同じ部分にキスをした。それから、彼と唇を合わせる。しっかり舌を絡ませた後離れると、彼の口からは悲鳴の代わりに吐息が漏れた。
「好きよ……あなた」
「やめろ、やめるんだ……私と君では、年が離れ過ぎている……ああっ……!」
「年の差なんて関係無いわ。お願い。私を愛して。私だけを好きになって」
私は欲しかった。この人が欲しかった。そして、家族が欲しかった。だから、夢中で求めた。多少強引でも構わない。既成事実さえ作ってしまえば後はどうとでもなる。幼いながらもしたたかにそう考えて、私は怪我の所為で満足に動けない彼をリードしていった。
「うふふ。責任ちゃんと取って下さいね、あなた」
「ううううう」
やがて行為を終え、冷えたお腹を擦りながら私が笑顔でそう言うも、彼はさめざめと涙を流すばかりだった。まぁ、結婚と出産さえしてしまえば愛情は後から幾らでもついて来るだろう。そう判断し、私は日が翳り始めた空を見上げた。
「見て。お星様があんなに綺麗よ」
「……だから、まだ星なんか一つも出てないだろうが」
「ああ、あの瞬きの一つ一つが私達の前途を祝福してくれているのね。素敵だわ」
「だーかーらー、お前なー」
「あっ。初めて私のこと、お前って言ってくれた! わー、夫婦って感じするねー!」
「……………」
独りはしゃぐ私に呆れたのか、黙り込んでしまった彼の額をそっと撫で。
「私ね、家族が欲しかったんだ。ずっと、夢だったの」
空に向けていた視線を彼の方に移し、私はそう告げた。確かに星達はまだ天に昇ってはいない。だが、彼の瞳の中にはあった。
「夢……叶えてくれないかな?」
「……いいのか? 本当に、私で」
確かめるように訊いて来る彼に、私は頷いてみせる。
「貴方しか、居ないの」
その日の夜。場所を町のホテルに移し、私達はもう一度結ばれた。
その後、「あの人」の権力により私は現在の名と日本国籍を得、温かい家庭を持つことができたのだった。
私の願いは叶えられた。今度は私が、彼に恩返しをする番だ。腕まくりをし、今日も私は強敵に立ち向かう。ゲリラ共より余程手強い、家事という名の強敵に。
さぁ、今日も一日頑張るぞ。
〜Fin〜
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■ 登場人物 ■
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【1685 / 海原・みたま / 女 / 22 / 奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、お久し振りの藍樹です。今回はラブコメ全開と言うことで、こんな感じの話にしてしまいましたが如何でございましたでしょうか?(^^;
それにしても海原ファミリーは奥が深いですね(笑)またいつか、書いてみたいものですv 個人的には長編にできそうな気がするんですけど、如何でしょうか奥さん?(笑)
みたまさん、ご依頼ありがとうございました☆ ではでは以上、実はシチュエーションノベル初めての経験だったりする(笑)藍樹でございましたーv
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