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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真・百物語【草間興信所】

 東京の郊外、鬱蒼と茂る森の中。
 少々寂れた印象のお寺があった。
 ひっそりと佇むその建造物は、まさに雰囲気満点の場所。この雰囲気を利用して、このお寺では毎年有志が持ち寄った怪談話を聞かせるという大会が行われていた。
 そして、その誘いに、今年はあちこちの場所が呼びかけられた――。

       ◆◆◆

「なんだこれは?」
 机の上に置かれたチラシを手に、草間武彦が誰ともなく問い掛ける。
 それに答えたのは、奥の炊事場で湯飲みを洗っていた草間零だ。
「ああ、郵便受けに入ってたんですよ。面白そうだなと思って取っておいたんです。お兄さん、一緒に行きませんか?」
「俺が? こんなの、子供だましだろうが」
「でも、お兄さんなら色々なお話をご存知ですから、きっと他の参加者の方々に驚かれると思いますよ」
「…………」
 零の、悪気のない発言に、思わず押し黙る草間。
 怪奇探偵として(不本意ながら)名を馳せている彼ならば、確かに色々知っている。
 だが、そんなところへのこのこ出向けば、必死で汚名を返上しようとしているのが水の泡ではないか。
「――誰か、他のヤツを誘ってくれ……」
「そうですか? 解りました。それじゃあ、何人かの方に声をかけてみますね」
 そう言う零の声は、どことなくウキウキしていた。彼女自身の存在が怪奇に満ちているというのに、他人の話の何が楽しいというのか。

 思わず溜息を洩らす草間であった。

       ◆◆◆

 太陽がすでに西の空に落ちかけた夕暮れ。
 明るかった周囲も、うっすらと暗くなり始めていた。特に鬱蒼と立ち並ぶ雑木林は、これから始まる物語には最高のロケーションだ。
「ふぅ…すっかり遅くなったわね」
 思わずそう一人ごちたのは、スラリとした長身の美女――シュライン・エマだ。その隣では小柄な少女が愛らしい笑みを振りまいている。
「でもなんだかそれなりの雰囲気になってきましたね」
 暗くなった道をウキウキと歩く零に、思わずシュラインは苦笑する。こういう場面で普通の少女なら少し怯えたりするものだ。生憎、零が普通でないのは彼女自身よく知っている。
 零から聞かされた百物語大会。
 なかなか夏らしいイベントね、そんなコトを思いながらシュラインは零の誘いに賛同した。どうせ行くならムードを楽しもうとばかりに、二人はお揃いの浴衣に身に着けていた。
 本当なら草間も誘いたかったのだが、彼は速攻で却下した。
(――少しだけ、残念ね…)
 折角この浴衣姿も見て貰いたかったのに。
 思わず過ぎった考えを、シュラインは慌てて否定する。ほんのりと顔が赤くなったところを、零が目聡く見つけてしまった。
「あれ、シュラインさん。どうしたんですか? 顔、赤いですよ」
「あ…な、なんでもないわ」
「そうですかぁ?」
「そうよ」
 つい力一杯否定して、またしても自己嫌悪だ。
「それにしても…兄さんも来ればよかったのに。どうせならワイワイみんなでやりたかったなぁ」
 が、そんなシュラインを余所に、零は唐突に話題を変える。話があちこち飛ぶのは彼女の癖だ。他の時は少しやっかいなそれも、今は非常にありがたい。
 誤魔化すついでに、振ってきた話に便乗する。
「そうねぇ、でも武彦さん、こういうのに関わるの、あまり好きじゃないから」
「……そうですか」
「面白い話や出来事が起これば、武彦さんへのお土産話にしましょう」
 ニコリと笑って、沈みかけた少女を励まそうと背中を叩く。
「はい、そうですね!」
 さっきまでの暗さはどこへやら。
 明るく返事をした、ちょうどその時。
「あんたらも参加者か?」
 突然かけられた声に、二人はビックリして飛び上がる。
 慌てて振り向くと、そこには生意気そうな顔をした少年が、薄汚れた黒い袈裟を身に纏って立っていた。年の頃は一五、六だろうか。少しやんちゃそうな顔立ちで、じろじろとこっちを見ている。手にはところどころ破れた提灯を持っていた。
 一瞬。
 彼の気配が稀薄なようにシュラインには感じた。
「あなたは?」
「ああ。俺は夜行(やぎょう)。一応、この九十九(つくも)寺の関係者だ。今回の百物語を取り仕切ろって言われてるんだ」
 ぶっきらぼうで愛想のない子だ。
 シュラインの第一印象はそんなところだ。
 とはいえ、向こうが名乗って来たのだからこちらも名乗らない訳にはいくまい。それ以前に、今日はお世話になるのだから。
「あたしはシュライン・エマ。こっちは草間零ちゃん。今日はよろしくね」
「零です。よろしくお願いします」
 紹介された零は、ペコリと丁寧に頭を下げる。
 パッと見、かなり古いお寺だったのでまさか人がいるとは思わなかった。そんな思いが顔に出たのか、少年はニッと口元に笑みを浮かべる。どうやら驚かせた事を満足したらしい。
「ま、気にすんな。ボロッちい寺だからな、そう思ってもしかたないさ」
「ごめんなさいね」
「んじゃ、今日はよろしく頼むぜ」
「ええ」
「はい!」
「じゃあ、俺についてきな」
 少年の案内されるまま、二人は彼のすぐ後ろを付かず離れずに付いていった。雑木林を抜け、石畳の地面を通る。
 ふと、奇妙な感覚がシュラインに走る。一瞬立ち止まり、辺りを見回そうとしたのだが。
「どうした、早く来いよ!」
「あ、うん…」
 すぐに消えた違和感を追い払うように首を振り、彼女は急いで少年の後を追った。
 やがて、辿り着いた場所の眼前に広がっていたのは、ひどく寂れた御堂だった。

       ◆◆◆

 参加者全員に蝋燭が手渡される。
 御堂の扉は閉ざされ、外からの明かりはない。灯された蝋燭の炎だけが、暗闇の中でゆらゆらと揺らめいている。
 一つ怪談を語る毎にこの蝋燭を置いていくのだ、と事前の説明で理解した。しんとした静けさが否が応でも雰囲気を増す。

 そして。

「それじゃあまず私からね」
 口火を切ったのは、一番手に指名されたシュライン。
 基本的に寺へやってきた順番だと説明された。本当なら他の人達がある程度話すのを聞いてから話したかったのだが、仕方ない。
(ネタ取りは後でも出来るしね)
 さてどの話にしよう、と考え込む。
 今まで体験してきた実話でもと思ったが、その殆どが仕事関連で体験した出来事だ。さすがに事件関係の事を話すのはまずいだろう。
 そうなると――都市伝説ぐらい、か。
「私自身の体験ではないんだけど……」
 そう断りを入れて、彼女はゆっくりと語り始めた――。

 ――隙間女って知ってる?
 都市伝説の一つなんだけど。
 とある人の大学の友人が、ある日突然学校へ来なくなったの。その前日まで普通に元気に通っていた人が、よ。
 最初は風邪でも引いたのかと思って気にしなかったけど、これが三日、四日…一週間以上も休んでたりするとさすがに心配になるわよね。
 その人は、慌ててその友人の家へと行ったわ。
 その日は夏のとても暑い日。現にその人も友人の家に行った時は、かなりの汗だくだった。
 だけど、その友人の家に入って、彼はすごく驚いたわ。
 その友人は、夏だというのに炬燵の中に座り込んで動こうとしないのよ。
 ――どうしてだと思う?

 そこで一旦言葉を切ったシュライン。
 誰もがじっと息をひそめて彼女の話を聞いている。集まった面々の表情はそれなりに真剣だ。どうやら、ただ楽しみたいだけのイベントではないらしい。
(ひょっとして……)
 何か隠された意図があるのだろうか?
 ふとそんなコトを考えながら、シュラインは再び話を続けた――。

 その人は誘ったのよ、「学校へ行こう」と。
 だけど、その友人は「行かない。女がいるから、行かない」と繰り返すばかりで炬燵から――その場から動こうとしない。
 女?
 言われて、周りを見渡しても誰もいない。
 いったいどこにいるんだと問いつめれば、彼は思い詰めた顔で指を差す。
「ほら、そこにいるだろ。俺は女の傍を離れるわけにいかない。だから行かない」
 彼が指差した場所。
 そこは冷蔵庫と食器棚の、僅か5センチの隙間。
 はぁ? とふざけてるのかと聞き返すが、友人はそこを差すばかり。仕方なく、言われるままに半信半疑でその隙間を覗けば、黄色い座布団にちょこんと正座しているかわいい女と目が合った――。

 シュラインが言い終えた瞬間、場を占める雰囲気がいっそう引き締まった気がした。
(? ……なにかしら?)
 つぅっとこめかみから一筋の汗が流れた。
 ふと。
 気付いた視線。
 隣から感じるそれは、明らかに異質な鋭さでこちらを見ていた。
 確認するように横を見る。シュラインの記憶が正しければ、隣にいるのは確か――。
「シュラインさーん、怖いです!」
 張りつめた空気を断ち切るように、反対側の隣から零が腕にしがみついてきた。
「ちょ、ちょっと零ちゃん…落ち着いて。こんなのは大抵作り話なのよ」
「でもぉ〜」
 涙目になる彼女をなだめるうちに、視線はいつの間にか消えていた。改めて隣を見ると、そこには夜行と名乗った少年がニヤッと笑みを浮かべたまま。そこに先程までの鋭さはない。
 が。
(――――え?)
 闇色だと思った少年の双眸が、金色に煌めいたような気がした。その色は妖しく、まるで人非ざるかのような輝きで――しばし見とれる程で。
「おい」
「…………えっ」
「終わったんなら、蝋燭を床に下ろせよ。次に進めねぇだろ」
「ああ、ごめんなさい」
「結構面白かったぜ。なんとなくほのぼのしてたけどな」
「そうね。でも、ちょっと気にならない? いったいどうやって隙間に存在してるのかしら?」
「……そうだな」
 相変わらず笑う仕種は皮肉っぽい。子供じみた顔なのに、その時ばかりは大人顔負けの雰囲気を漂わせる。
「でも――ほらそこ、案外座って見てるかもよ……」
 シュラインが指差したのは、壁の薄い穴。どこまでも続く暗闇
「きゃぁっ!」
「ちょ、ちょっと零ちゃん、落ち着いて」
 再び、零が悲鳴を上げてシュラインにしがみつく。
 思わずバランスを崩しそうになり、慌てて手にした蝋燭を床に降ろした途端、それまで煌々と燃えていた炎が一瞬で消えた。
 自分が息を吹きかけたわけでもなく、特に風が吹いたこともない。蝋燭の炎は、その芯だけが燃えていたという証だけを残して、跡形もなく消えたのだった。
 思わず息を呑むシュライン。
「っ!」
 零はまたしても悲鳴だ――今度は声すら上げられなかったようだが。
「そういや、説明すんの忘れてたな。あんたら、これに参加するの初めてだろ?」
「ええ、そうよ。火が消えたのって、何かあるの?」
「ここでやる百物語はさ、一つ話が終わる度に蝋燭の炎が自然と消えるのさ。それも床に置いた瞬間にね」
「それじゃあ」
「そ、百個話し終えた時は、まさにここは真っ暗闇だ。そしてその時に――何かが起きる」
 少年の言葉に、シュラインは思わず自分の身を抱き締めた。零はしっかりとシュラインにしがみついている。
「それで……何が起きるのかしら?」
「さあ?」
「さあって……」
「別に決まってるワケじゃないんだ。去年は変な所に扉が開いたりしたんだが、その前は違ったみたいだしな」
 それってかなり危険な行為ではなかろうか。
「それなら、今年は何が起きるのかしら?」
「さあな。それこそ――神のみぞ知るってヤツさ」
 少年が飄々と告げる。
 果たして物語はまだ始まったばかり。百個目が終わる時、一体何が起きるというのだろうか。

 そして夜は更け、全ての蝋燭の炎が消えた。
 後に残されたのは、真なる闇――――。

       ◆◆◆

 射し込む日射しが、朝の訪れを告げる。
 シュラインは眩しさを感じて、ゆっくりとまぶたを開けた。
 ぼんやりとした視界に広がるのは、いつも見慣れた自室ではなく。かといって見知った事務所の鉄筋の天井ではなく。
 それは、古ぼけた梁のある天井や穴の開いた壁――。
「え?」
 慌てて起き上がって周囲を見れば、朽ちかけた御堂の真ん中に自分は寝ていた事になる。隣では、身体を小さく折り畳んだ形で零がシュラインにしがみつく格好で眠っている。
 思わぬ失態に、彼女はがっくりと肩を落とした。
「私、あのまま寝てしまったの…」
「おー、ようやく目ぇ覚めたか? 残ってるのは、もうあんたら二人だけだぜ」
 聞こえてきた声は言わずとしれた少年のもので。確かに、残ってる人影は自分たち以外見当たらない。
 だが、そんなコトよりも、今のシュラインには確かめたい事があった。
「ねえ、それより百物語が終わった後…いったい何が起きたの?」
 懐から取り出したメモ帳。彼の一言一句を逃さないように。
 しかし、相手の反応はケロッとしたもので。
「別になんも起きなかったぜ」
「……なにも?」
「そ、なぁんにも。ま、たまにはこんな時もあるさ」
「そう、なんだ……」
 いきなり肩透かしを喰らった気分で、シュラインは思わず脱力した。そりゃあ怖い目に遭うのは勘弁してほしいけど、何もないのではそれもまた草間への土産話にもならない。
「ま、そんな訳で今年の物語はこれでお終いだ。あんたらも早いトコ帰った方がいいぜ」
「結局朝帰りになっちゃったわね。……ほら、零ちゃん起きて。帰るわよ」
「んん〜もう朝ですか〜?」
 眠い目を擦りながら起き上がる零を連れ立って、シュラインは御堂から出る。それを見送る夜行少年。
「ま、また来年も来いよな〜」
「そうね。今度は武彦さんも連れてきて、百個目の結末をこの目で見てみたいわ」
「ま、運がよけりゃあな」
 はたしてそれは運というのか。
 何もない方がよっぽどいいような気もするが、シュラインは敢えて追求せず、そのままお寺を立ち去った。
 だから。
 さっきまでお寺のあった場所が広大な空き地に変化したことを彼女たちは知らない。荒れ放題な雑草は、まるでそこには最初からなにもなかった事を示すかのようで。
「……またな」
 誰かの呟きが、ただ風に流れてこだまするだけ。


 その後、【隙間女】の噂はどこにも聞かれなくなった――――。


【終……?】

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【0086/シュライン・エマ/女/28/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】

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■            ライター通信                  ■
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葉月十一です。
この度は、依頼に参加頂きありがとうございました。
そして、随分と遅くなってしまい、申し訳ありません。【真・百物語】、ようやくお届けする事ができそうです。内容に関しては…すっかり季節はずれになってしまいましたが…(汗)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

それではまたいつかどこかでお会いしましょう。