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『S』による原因と結果の法則
草間探偵事務所に駆け込んできた少女、三日月リリィが草間探偵を見つけるなり飛びついてまくし立てる。
「大変、りょうが……いまっ!」
「なんだいきなり、とにかく落ち着いて……」
宥めようとした草間に、血まみれのメモを差しだしたのは夜倉木有悟、ここまでリリィを護衛しながら来たようだ。
今度はしっかりとした口調で言い放つ。
「『S』が……脱獄したの」
「なんだって!」
少し前に、連続した異能狩りの犯人として追いかけ捕まえたのだが……まさかこんなにも早く脱獄するとは。
「あいつは狙われるのが解ったから、後は任せたとしか言わなかったんだ」
「狙われると思って距離を取ったのか?」
捕まえたのは他の人間も同じだが、盛岬りょうだけは『S』と互いに位置が解るという特性を持っている。
「でも別の理由があるかも知れないの」
「別の理由?」
「今朝になって夜倉木さんの家にこれが届いてたわ」
血まみれの手紙には、ほんの数行。
『草間の所に行け、能力食いに気を付けろ』
書き殴られた文字は血で書かれてあり、危機迫る物があった。
「動くなら早いほうがいいな」
「とりあえずリリィはここにいた方がいい」
「……はい」
そこにリリィの持つ携帯電話の着信音が響いた。
文字に盛岬りょうの名前が出た事を知ると、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし! りょう!!」
『失礼します、ご家族の方ですか?』
知らない声に僅かに顔を上げるが、話を続けるように促すと全員に聞こえるように細工してから後を続ける。
「はい、どなたですか?」
『言い遅れました、こちらIO2の者ですが』
流石に今度こそ絶句する。
怪奇事件に関わっているからには、その名前は多少なりとも耳に入ってく単語だ。
もっともその出所はまるで都市伝説のようにあやふやではあるから、すぐに現実味が沸いてこない。
『……血まみれの男性が飛び込んでくるなり倒れましてね、意識を失う直前に『S』関連だと言うからこちらも動く事になりました』
血まみれという単語に、一気にリリィの血の気が下がる。
「無事……なんですか?」
『重体でしたのですぐに治療しましたが、魂が体に存在しておらずこのままでは危険な状態です』
その声は、静かに響き渡った。
【光月・羽澄】
電話の受け答えをしながら、光月羽澄は手早く身支度を整えていく。
さらさらと揺れる青銀の髪に鮮やかな緑の瞳。
スラリとした手足を動きやすそうなシャツとカーゴパンツに、上から丈の長めのパーカーを羽織る。外が肌寒い事もあったが、常に『S』に対処が出来るように鞭を隠すためでもあった。
駆けつけた病院の入り口で海原みなもを見かけて声をかける。
「どうしたのみなもちゃん」
「羽澄さん、よかった……一人では中に入りづらくて」
確かに、少しばかり特殊な病棟であるが話は通っていているから入れるはずだ。
「目的は一緒みたいだから、ちょうど良かったわね」
中に入ろうとしたところで、声をかけられる。
「では私もご一緒させてください」
「桐伯さんも来てたんですね」
「はい、確認もかねて」
九尾桐伯も加わり、3人で病室へと向かった。りょうの、『S』の関係者であると告げるといくつかの手続きを経て中へと入れる。
電話で聞いていた部屋番号を追っていき、奥まった通路でリリィの姿を見かけて手を振った。
「リリィちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫、急に呼んじゃってごめんね」
「いいのよ、気にしないで」
そうは言うが普段の元気がないし、顔色もあまり良くない。
「リリィさんは一人なんですか?」
「はい、ここなら平気だからって夜倉木さんは草間さんの所に戻って調べ物を手伝ってるの」
「非常時ですから仕方ありませんが、あまり感心しませんね」
確かに、桐伯の言うように何時どこから『S』が来るか解らないのに危険とも取れなくはない。
「それは私がここにいるって言っただけだから、危ない場合はりょうも同じでしょ?」
「それで盛岬さんは?」
「治療して貰ったから、今は大丈夫よ」
病室の扉を開き、中へと案内するリリィの後に続く。
「でも……目を覚まさないの、怪我一つ無いのに」
カーテンも閉じたまま、明かり一つ付いてない部屋のベットでりょうは身動き一つしないで寝かされている。
取り付けられた呼吸器と心電図の規則正しい音だけがやけに大きく響いていた。
傷一つ無く、今すぐにでも起きそうなのに魂が戻らない限りはこのままなのである。
「大丈夫、だよね……?」
「リリィさん?」
泣きそうな声に気付き、羽澄がフワリと髪を撫でてなだめた。
「大丈夫、今はりょうを捕獲してくれた事に感謝しよう」
「そうですよ、ここに来なかったらもっと危なかったんですし」
「盛岬さんもそう簡単にあなたをおいていくような人ではないはずでしょう」
羽澄に続き、みなもや桐伯に元気づけられ少しづつ元気を取り戻したようである。
「そうね、ありがとうみんな。他に何か聞きたい事とかある? 私の知ってる限りでなら答えるから聞いて」
リリィが椅子に座り、話を本題に移そうとするのを見て電気を付けたみなもにリリィが止めた。
「ごめん、みなもちゃん電気はちょっとまずいと思うの」
「え?」
「……あ」
羽澄も思い出した様にりょうを見た。
「病院に運び込まれる前に飛び込んだって言うのは……」
「そうなの、瞬間移動を使ったみたいだから、起きた時に目が辛いだろうと思って」
色々な能力を使えるが、使いすぎると目を筆頭に体が麻痺していくからきっと今もそうなのだろう。
「そうなんですか、気付かなくってごめんなさい」
「こっちこそ言わなくてごめんね。本当なら明るいほうがいいんだろうけど、込み入った話もあると思ったらやっぱりこの病室のほうがいい気がして」
確かに誰彼構わず聞かれるには少々問題のある内容になるだろう事は確かだ。
「確かにそうですね。まだ仮説の域を出ませんが、一つ良いですか?」
桐伯の質問に視線が集まり、リリィもうなづいたのを確認しててから後を続ける。
「盛岬さんがどのようにして逃げ切ったかは解りませんが、囮と言う事は考えられませんか? こうして聞きつけて集まってきた能力者をおびき出すのが目的かも知れません」
「そんな!?」
考えられない事ではないが、そうするとやはり危険なのはみなもだ。
自然とりょうに視線が集まる。
「確かにそれも十分に考えられるわね。リリィちゃん、何か説明されなかった? 例えば消えなかった傷とか、アザとか」
「そう言うのはなかったみたいだけど……」
念のため調べてみようとリリィが寝ているりょうの腕や髪やらを触ってみる。
「相手の目的によっては変わる事もあるかと思いますが、誰を守るかをしっかり考えておいた方が良さそうですね。」
「それなら、やっぱりみなもちゃんと……リリイちゃんよね」
異能力者を狙うのだから、当然みなもは危険だろうし。リリィもりょうの身内である事が解ったら人質としては非常に有効だろう。
戦う力がないのだから、特に。
「あたしは霊水でなんとかできます、同じようにリリイさんも護衛できますから任せてください」
「ありがとう、みなもちゃん」
「『S』にあった時はこの線で対処するとして、どうやって逃げ出したんだと思う?」
日本の警察だってバカではない、むしろ『S』は対処できるような機関に捉えられているはずなのだ。
「私は手引きした人間がいると思うからその線で当たってるんだけど」
パソコンを取りだした羽澄に、みなもが手を挙げる。
「私もお手伝いします」
手順を聞いてる間に、リリィが待ったをかけた。
「ちょっとまって、夜倉木さんから電話」
病院での携帯電話は控えたほうがいいと思うが、緊急事態の時にかける音だから仕方ないだろう。
「はい、もしもし? うん、解った……ちょっとまって」
通話状態のまま、リリィが顔を上げる。
「えっと……いまからIO2の人が来るから、病室から出て欲しいって」
「もしかしてここに来るんですか?」
「そうみたい、なんでもあまり姿を見られる訳には行かないからって」
「噂に聞くぐらいよねIO2の実物って」
意外なほどに、大きく動いているかも知れない。僅かにそんな実感がわき始めるが、今はまだその程度の事だった。
「それでは私は周りに下準備をしますので、また後ほど」
「そうね、私たちも移動しましょう」
「はい、じゃあ他の部屋を借りられるように聞いてみますね」
一旦桐伯と別れ、別の部屋で調べ物を再開する事になった。
「『S』が逃げた時に犠牲者が出てた事で警察機関もばたついてるみたい」
少し探ってみようとは思ったが、知り合いがいるのでそっちに探りを入れてみる事にした。
キーボードを叩きながら携帯が繋がるのを待つが、結局繋がらない。
よほど忙しいのか、もしくは電話に出れない状況なのか。
「調べる事が増えたみたいね」
「大丈夫、羽澄ちゃん?」
「もっと時間があればいいけど……『S』が今どこにいるかとか、協力者がいなかったとか、犠牲者が誰かも調べたいのよね」
りょうのメモでは『能力食い』とあったから、犠牲者によっては危険度が違ってくる事も考えられる。
「あたしは病院の人から何か聞けないか当たってみますね」
「そうね、じゃあお願い」
「はい、行ってきます」
みなもを見送ってから、今度は別の方面から探りを入れてみる事にした。
「りょうは何処に行っちゃったのかな」
ポツリと呟くリリィの言葉に顔を上げる。
確かに体はここにある、だが魂はここにはない。
「私もそれは考えてた、可能性をあげたらきりがないけど。単純に考えるなら『S』に捕まってるか、逃げてるかなのよね」
検索の絞り込みをかけている間は、仮説を検証できる時間がある。
視点を狭めないためにはこうして話している方がいいだろう。
「りょうが『S』から逃げ切ってから、今現在まで異能狩りと思える犯行はないみたい。目撃証言もゼロだから、考えられるのは魂だけで逃げてるか、捕まって何かが起きてる最中かのどっちかって事だと思うの」
「じゃあ、りょうも『S』もどっちも動きがないのはどうしてかな」
なんとなしに浮かんだ仮説は考えたくない事でもあり、もう一つもため息しか出ないような物だった。
「詳しくは解らない、でも……『S』りょうの力を奪っている最中か、逃げ出したりょうが帰ってこれないかって事なのよね」
「……後半、凄くありそう」
ため息を付くリリィに肩を竦めて、検索結果の出たパソコンに向き直る。
「『S』に捕まってなかったら、私が連れ戻してあげるから。そうだ、みなもちゃんも守ってくれてるけど、これも一応付けといて」
「これは?」
リンと涼やかな音のする鈴だが、只の鈴ではない。
「防御用の物よ、ケガなんかしたらりょうが心配するだろうしね」
「ありがとう、羽澄ちゃん」
ホッとしたように笑うが、気配を感じて立ち上がるとそこにノックの音。
「あの……二人とも、すぐ来てください!!!」
引きつったような声はみなもの物だ。
「どうしたの?」
「なか、なっ……ああぁ、ええと、とにかく中を」
ドアを開いた途端にみなもに引っ張られて病室へとむかうと、既に桐伯がドアの前に立っている。
どうしてみなもがこんなに驚いているのかとか、何故桐伯が中に入らないのかと言う疑問は中をのぞいてすぐに解った。
そして、羽澄とリリィすら言葉を失う。
ベットに起き上がっていたのは、多少髪型やイメージが変わってはいるが……紛れもなく盛岬りょう本人だったからだ。
「なんで!?」
「!?」
驚いた二人に、彼はきわめて冷静に会釈して見せる。
「初めまして、IO2から派遣された神内です」
一瞬、あまりの違和感に返すべきコメントが見つからなかった。
それからすぐに草間と共に調べ物をしていた綾和泉汐耶と夜倉木有悟も加わったところで神内は説明を始める。
「失礼だとは思うがフルネームを明かす訳には行かない、今この体を借りるのに使っている術は名前を呼ぶ事で解けてしまうんでね」
同じ容姿に同じ声でも、性格のおかげで明らかに別人のそれだと解った。
りょうの体を借りて話す神内は、元を見た事がある場合もの凄く違和感を感じる物なのだがここは大人しく耐える事にした。
こうも初対面扱いされては、他人だと信じるしかないだろう。
「あなたが神内さんだと言うのは解ったけど、あのままで良いの?」
羽澄が視線を動かしたのは、部屋の隅で椅子に座って身動き一つしないままの体。
「そっとしておいてくれ。本来なら本体もきちんと隠して、着替えを済ませてから会う予定だったんだが」
「あたしが皆さんを呼んじゃったからですね」
「大丈夫ですよ、私だって見たら気になっていたとおもいます」
みなもが早とちりだったと落ち込みかけるが桐伯がそれをフォローする。
「とりあえず話の続きをお願いします」
汐耶に促され、神内がうなずく。
「元々ここに来る予定ではあったんだ。魂のない状態で長時間ほおっていると異常が出るし、こうして動かしてみる事で解る事があるから」
しばらく目の辺りをなぞってから、何度か瞬きを繰り返す。
「そうだ、もう電気を付けてくれて構わない。見えるようになったんで」
ベットから起き上がり、明るくなった室内で腕や手を解し始める。
「もう動いても平気なの、いつもは大分辛そうなんだけど」
羽澄はこれまでに何度かりょうが能力の使いすぎで倒れた所をみているのだ。
「彼の場合は力の放出に伴い、体が耐えられずにセーブするだけだから。大丈夫だと自己暗示をかける事が出来れば麻痺や疲労は軽減できる」
それでもまだ怠さは残るのか、ため息を付いてから頭を振って話を本題に戻す。
「彼本来の魂が体の中にない事は良い事ではない、出来る限り本人を早く連れ戻したほうがいいが何か知らないか?」
「それはまだ調べ中、『S』を捕まえる事が先決でしょうしね」
急ぐ必要はあるだろうが、同じぐらいに『S』の事も知っておくべきだしどちらかを追う事で点と点が一本の線のように繋がる可能性は強い。
「さっそくで悪いんですけど、私たちも遊びではないので情報の交換をお願いします」
「そうだな、まず何から始めようか?」
決して恫喝するでもなく淡々と言葉を継げる神内の様子はこちらを探っているのではないかという気分にされる。それは見た目に騙されるべきではないということをハッキリ告げていた。
盛岬りょうという人間を相手にするつもりで話していては、逆に丸め込まれかねない。
「そうですね、では神内さんは『S』についてどの程度まで知っていますか?」
「そう言われても困るな、そっちが何処まで知ってるかによって話す内容が変わってくる」
「隠すつもり?」
「そうは言ってない。だだ一から話したら時間がかかりすぎるから、そっちが知っている事は省略させて貰う」
言われた事はもっともだが、このまま頷くのでは話の主導権を取られかねない気もする。
「正直に話す証拠はある? あなたは、どうしても完全に信じる気にはなれないの」
素直に会話をしたい気持ちもあったが……どうしても信用してはいけない気がしたのだ。
「信じる信じないは勝手だが、逃げられない事は解るだろう」
「……解りました、確かにその体調で逃げる事は不可能だと思うのでこちらから話します」
「それからこれ以上の腹のさぐり合いは止めよう、お互い時間が無い事は解っているだろ」
役人めいた形だけの笑みは……中身が別人だと解っていても割りきれない物がある。
羽澄と汐耶が話している横で、あまりの不自然さにみなもと桐伯にポツリと洩らす。
「どうなのよ、あれ?」
「こう言ってはなんですが、幽霊の類よりはずっと気味が悪いですね」
「そんな……でもちょっと解る気がします」
桐伯とみなもの二人も話に混じり言いたい放題だ。
「そうだろ、俺なんかさっきからぶん殴りたくてしょうがないですし」
そんな発言をした夜倉木は、さっきりょうだと思い暴れたのが原因で椅子に括り付けられている。
「夜倉木さん………」
呆れたようにリリィが言うが……今なら少し解る気がしたと言う事はあえて伏せておく。
「所で唯は? 遅くないか」
「そう言えば、連絡すると行ったきりですね」
「……来てるのか?」
神内の表情がここに来て初めて少しばかり崩れる。
「病室に入ってなかったから解らなかったんですか? 妹だろ」
「ああ……何か起きたのかも知れない、様子を見てくるから待っててくれ」
そう言うと壁際においてあった大きいスーツケースを持ち、ドアに向かう。
「待ってください、私も付いていきます。一人で歩いたら危険かも知れませんし」
「そうね、私も行くわ」
万が一の事を考えてだろう、みなもの意見にうなずき羽澄も付いていった。
ガラガラというスーツケースの重そうな音が響く。
「持ち歩くの大変そうですね?」
「手放せないからな……着替えも入っているんだ」
それはそうなのだろうが、市販されている中では一番大きなサイズかもしれない。
「人でも入ってたりして」
「まさか」
クスリ、と笑う。
少し歩いたところで、すぐに場所が解った。空き部屋から聞こえるのがそうだろう。
「だから、言ってる事がよく……あれ、何かあったんですか?」
振り返りった唯にみなもが駆け寄る。
「遅かったから、お兄さん心配したみたいですよ」
「そうなんですか、じゃあ一度病室に戻りますね。話を聞いて貰ったほうがいい様ですし」
りょうの側を駆け抜けようとする時に、慌てて羽澄がそれを止める。
「待って、彼がお兄さんよ」
「え?」
驚いた様にりょうを見上げる唯からりょうに視線を移す。
ゾッとするような笑みを浮かべ、いつの間にか本を手にしていた。
「違います、兄じゃありません!」
「お前以外は上手く誤魔化せたのにな……」
今まで感じていた不信感の正体はこれだったのだと確信する。
いま目の前にいるりょうの姿を借りた相手が、『S』なのだ。
「羽澄さん危ない!」
「逃げて!」
部屋に入ってしまった以上、瞬時に逃げる事のできる場は限られているとは解っているから、そう忠告するしかない。
ドンッ!
低い、衝撃音。
「ーーーっ!」
音で防御はしていたが、至近距離からの衝撃波は流石に堪える。床に叩き付けられる事だけは免れたが、体勢を立て直す僅かな隙を『S』は見逃す筈が無い。
床へと倒れていた唯の首を締め上げ、壁へと叩き付けた。
「う、あ……」
「止めてください!」
腕にしがみついたみなもをためらうことなく振り払う。
「きゃあ!」
「みなもちゃん!」
弾かれた体を受け止めながら、羽澄は『S』を目掛けて音を叩き付けた。
「ぐっ……」
浅かった、かも知れない。
近くに唯がいたし、あれはりょうの体なのだから完全に壊す事は流石にためらわれたのだが……今の攻防で舌打ちしたくなるような事実もわかった。
いくら手加減してしまったと言っても、気絶させるぐらいの衝撃は十分にあったのである。
なのにそれをしのいだ時に見えたのは超能力による障壁だ。
「伏せろ!」
夜倉木の怒鳴り声に従い、羽澄がみなもを支えたまましゃがみ込んだ上を影が走る。
「部屋から出て!」
蹴りかかった夜倉木を見て『S』が意識を集中させるが、汐耶の使う封印能力に阻まれた事を知ると小さく舌打ちをしながら、既に意識を飛ばした唯の体を前にかざし盾に使う。
「なっ!」
蹴りを反射的に止めたてしまった夜倉木に、唯の体をまるで物のように振り回しなぎ倒す。
「ーーーーっ!?」
思わず唯の体を受け止めた夜倉木に、『S』は体勢を変え膝を狙い蹴りを叩き込んだ。
鈍い音がして、バランスを崩した所へ追い打ちをかけるようにナイフで切り付けていく。
「夜倉木さん!」
にい、と『S』が笑う。
「このっ……」
今だって片を付けれる、だがこの位置からでは間違いなく唯に危険が及ぶ。
「今なら……この女の首を折る事も、この男を殺す事だって可能だ。それに、この体自体も人質になりえるな」
余裕めいて笑うが、見た目とは異なり人質からも攻撃が来そうな箇所にも注意を払っている。
「封印を解けば一人は解放しよう」
「駄目よ、絶対に駄目」
交渉を持ちかけると言う事は、少なくとも相手は不利な状況にある事は間違いないのだ。
何か、切っ掛けが欲しい。
「……そうだ! 名前を言えば出ていくんじゃない?」
リリィの意見に賛同しかけるが、フルネームじゃないといけない。
仮に今なのっている名前が本名であると考えても、『S』の単語の意味が解らなければ同じなのだ。
「失敗した場合の事を考えるとリスクが大きすぎる」
「制限時間でもあったほうがいいみたいだな」
二本目のナイフを取りだし、唯の腕を切り裂き夜倉木に目掛けて投げつける。
「くっ!」
「やめて!」
リリィが飛び込んでいきそうになるのを慌ててみなもが止めに入った。
「リリィさんダメです」
「でも……っ!」
「落ち着いて」
羽澄が抱き留めるとグッと言葉をのみ込み耐える。
「……そうだ、ケガを封じれば時間は稼げますが」
「それは可能ですが、有効じゃないと感じたら『S』の行動がエスカレートする可能性があります」
桐伯はそこまで言ってから、言葉を止めた。
「みんな、無事!?」
シュライン・エマと草間武彦が駆けつけたのだが、それだけでは終わらないように思えたのだ。
「シュラインさん、いま……」
海原みなもの言葉を遮るように、カーテンが掛かった窓にはっきりととシルエットが映り込んだのだのである。
「くそ!」
次の瞬間、窓ガラスをたたき壊して中へと飛び込んでくる影。
「ターゲット確認、これから制圧を開始します」
「七式さん!」
突きつけられる銃に、対応するべく振り返った隙を見逃すはずがなかった。
無理矢理体を起こした夜倉木が、唯の体を押しのけ銃口を押し付け引きがねを引く。
「な、に……!?」
低い銃声と火花が散り、背後へと貫通した弾丸が血しぶきをあげた。
「夜倉木さん!?」
「いいから唯を!」
傾いた体から羽澄が唯を奪還し、汐耶と組んで治療に専念する。
「大丈夫、気を失ってるだけ」
ホッとしたが、まだ終わっていない。
夜倉木がフラと立ち上がり声を張り上げる。
「大丈夫だ、死なない限りはどうとでも出来る!!」
「そう言う事なら……」
「思いきり行かせて貰います」
容赦のない言葉だが、今はその意見が一番だろう。
「貴様っ!」
「遅い!」
手を伸ばしかけた瞬間に音が叩き付けられ、今度こそ為すすべもなく床へと叩き付けられた。
「ーーーーっ!」
七式に向けられた散弾銃を、トランクケースを盾にして凌ぎながら窓へと向かう。
「逃がしませんよ」
桐伯の鋼糸でなら、室内では死角は無いも同然だ。
針のように全身を貫き、床へと縫いつける。
「色々好きかってやって下さったようですが、覚悟は出来てますか?」
「う、ぐ………」
ヒヤリとした桐伯の笑み。
これからやる事はまだまだあるが、なんとかひと息付けそうだ。
「凄くいいタイミングだったわ、ありがとう」
「いえ、間に合ってよかったです」
七式に礼を言うころには唯の治療は大体終わっていた。
「もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「……俺も頼む」
その間ほおって置かれた夜倉木は、恨めしそうにこちらを見ていが……まあ彼の場合は丈夫なので後回しでも全然問題ないのである。
本人もそれをよく解っているから、それ以上は言葉にはしなかったが。
「そうだ、りょうは捕まってないみたいだから呼んでみるわね」
「よかったですね、リリィさん」
「うん……」
今は『S』が入っているけれど何とかなるだろう。
「とりあえず無事みたいね」
あくまでとりあえずだが……シュラインがホッとした横で夜倉木が物騒な台詞を口にする。
「俺は……つーか、今のうちに盛岬ごと殺ってしまった方が世界平和のために……」
「ならないから」
「駄目ですよ」
「夜倉木さん……」
キッパリと断言され、態とらしいため息を付いた。
「本物の神内さんの様子が気になるから、見てくるわね」
「本物の?」
「この事を教えてくれたのが彼なの、聞いて欲しい事もあるから、今連れてくるわ」
「ちょっと待っててくれ」
「あたしも部屋においてきた水を取りに行くのでご一緒します」
シュラインに付いて、草間とみなもが行った後に、ごとりとスーツケースが動く。
「!?」
さっき、羽澄が冗談めかして人でも入っているかもと言ったのだが……まさか。
「開けるな!」
『S』の言葉に顔を見合わせるが、何か入っている事は確かだ。
「中に何が入ってるのか知りたいですが、不用意に開けるのもどうでしょうか?」
「罠と言う事も考えられます」
単純に考えてしまうなら、開けるなと言われたら開けたくなるのが心理と言うものである。
「離れた位置から狙撃するという手もありますが」
右手の機関銃を向ける七式、確かにそれならある程度防御していようが一撃だ。
「その手で行くか?」
「中に危険物が入っていて爆発するかも知れませんよ?」
「それなら私が防御して置くから、ドアの影から撃つって言うのは?」
「その線が一番安全でしょう」
動けない『S』はそのままにして部屋を出たが、騒がないところを見ると爆発はしないかも知れないが……無言なのが気になる。
「入ってるの、『S』の本体かも」
「有り得ない話ではないかも知れませんよ」
「それはいいですね、色々手間が省けます」
結局開けてみなければ解らないが、言ってみれば正しい気がした。
神内の体を乗っ取るにしても、その間は『S』の本体は無防備になってしまう事を考えると持ち歩くほうが安心だろう。
「構いませんか?」
「いつでもどうぞ」
「では……」
引き金を引き、重々しい音が響くとトランクケースが大きくひしゃげ蓋を開いた。
中から転がり出てきたのは、予想していたとおりではある。
長い金髪に、片目の男。
前に負傷したはずの腕も、どういう訳かしっかりと付いていた。
「ーーーっ、待って、『S』に喋らせたら駄目です」
勢い良く起き上がった唯に、弾かれたように『S』を見る。
そう、名前を呼べば元に戻れるはずなのだ。
それが自分で呼ぶ事でも有効なら、これを狙っていたと言う事。
歌で妨害するが、それよりも僅かに名前を言う方が早い。
「ナハト・セイクレイド・ワーシュネー」
それならと桐伯は先手を打って鋼糸を『S』に絡め取る。
「千の宝石を噛み砕き者よ……」
「早く封印を!」
「待って、上手くいかない!」
状況が錯綜しかけた今ならいける。
タン、と軽い音で地を蹴り飛び出した羽澄がりょうの体をドアのほうへ蹴り飛ばし鞭をを振るう。
僅かに視線が動いた事を見ると、判断は間違っていなかったようだ。
喉を狙った直接攻撃を辛うじて交わし、尚も呪文を続ける。
「その対価を歪みとして示せ!」
虫が羽ばたくような音がして、全身を薄い膜に包んだ『S』はためらわずに窓から外へと飛び出していった。
「追いますか?」
逃げたと決まった訳ではないのだ。
少し体勢を立て直したらまた来るかも知れない。
「下手に深追いしては危険です、時間からして人が集まる頃ですから『S』はそちらに任せたほうがいい」
「それもそうだな……」
大きく息を吐き、後に残ったのは嵐が過ぎ去った静けさだけだ。
「りょうは大丈夫?」
「今治療してる」
ケガは羽澄とリリィに任せ、桐伯は回りに結界を張り始める。
「また来るかも知れませんし、それにまた別の人間に乗り移ってこられたら大変でしよう」
「それもそうだな、まあ……来る人間には名前を呼べば済む事だな」
そう、つまり同じ手は使えないと言う事だ。
「待って下さい、私はシュライン様と草間様を呼んで参ります」
「俺も行く、一人で行動するべきじゃない」
「待ってください、わたくしも行きます。多少の時間を貰えれば次は封印できますから」
落ちていた本を拾い上げた汐耶は入り口に鋼糸が張られる前に、七式に続き夜倉木と一緒に外へと出て向かえに行った。
「うっ……」
引きつるような声が聞こえ、りょうの指先が動く。
思わず身構えるが、すぐにそれが誰れであるかは解った。
「ひっでぇ……もうちょっと手加減しろよ」
「りょう?」
「そーだよ、呼んだだろうが……げほっ、ごほっ」
この口調。
疑いようもなく彼らしい行動だ。
「でもあの行動は間違ってないでしょう」
あそこで手加減すればもっと被害は広がっていたのはもとより、人質が有効だと考えれば同じ手を使ってくるだろう。
「……まあな」
フラフラと体を起こすのを慌ててリリィが止めに入る。
「駄目よ、寝てなきゃ」
「そうもいかな………げほっ、ごぼごほごほっ!」
「あー、もう! 無理しないでよ」
激しく咳き込んだ途端に思いっきり血を吐いて、それを見た途端にまたフラリと床に倒れ込む。
「そんな酷くしましたか?」
「ゲホッ! よく言う……じゃなくて。力の使いすぎだ……人の体だと思って好きかってしやがってあの野郎」
それはまあ、あれだけ無理矢理動けばそうなるだろう。
まあ悪態がつけるならまだ大丈夫だ。
「ほら、回復するからジッとしてて」
羽澄の言葉を遮るように、大きな衝撃音が響く。
「どうやら外で『S』と遭遇したようですね」
耳を澄ました桐伯が早くもその場所を突き止めたようだったが、ここには怪我人が居るのだからうかつに動く事は出来ない。
出来ないはずなのに。
「ちょっと、りょう!」
「悪い、俺行かなきゃならないんだ」
「え?」
羽澄がその意味を問いただすよりも早く、リリィの髪を撫でてからスッとその姿がかき消える。
「何考えてるのよ!」
「……まずいですね、急いだほうがいい」
桐伯が素早く鋼糸を回収して走り出す。
「りょうさんは!? 彼何かするつもりよ」
「こっちです、急ぎましょう」
到着した時には、状況は考えられる物の中でも最悪の部類に入る物だっだ。
しかも人数が増えた事で『S』を刺激したのか、手にしていた剣がりょうの首筋に血のあとを残す。
それを知ったりょうが、こちらを見ようともせずに言い放つ。
「迷惑かけて悪いな、礼は後でするから」
それから、『S』に向かって、真っ直ぐに見上げる。
「………人だって人を殺す、お前のしてる事は無意味だ」
「黙れ!」
「どれだけ異能力者を殺したって人になれる訳がないんだ!!!」
「ーーーーっ、黙れぇぇぇ!!!」
一瞬にして下へと切り裂かれた刃は、全てを深紅に染めていった。
「りょう!」
誰が叫んだか何て解らない。
それでも……それぞれがやるべき事を見いだし動く切っ掛けには十分な効果を得た。
「黙れ、黙れ!!!」
狂ったように叫びながら、動かなくなったりょうの体を支えジリジリと後退していく。
その時になってようやく包囲が完成したのか、一斉にライトに捉えられる『S』の姿。
逃げ道は、無い。
焦燥に満ちた表情に、誰もがそれを確信したが『S』の肩にスルリと白い腕が回される。
「……怒っては駄目ですよ」
透き通るような感情のない声。
「……ァ」
「贄は手に入ったんですね」
「ああ……」
「それでは帰りましょう」
クスリと背後にいる誰かが笑う。
それだけで、ビリビリと空気が震えるのが解った。
「伏せて!」
その声を最後に、全身に叩き付けられるような衝撃を受け何も聞こえなくなる。
短いのか、長いのかよく解らない時間が過ぎ……ようやく起き上がるに至った頃には、回りの景色はまるで廃墟のような光景と化していた。
痛む体を起こし、回りの様子を確かめる。
「皆様無事ですか?」
「なんとか防御は出来たから」
七式に答え、羽澄が服のホコリを払う。
リリィは、みなもと羽澄の結界が功を奏したようで大した被害はなかったようだ。
「大丈夫ですか?」
「………ありがとう」
無事ではあったとはいえ、生々しく残った血の跡が事件はこれで終わりではない事を告げていた。
「厄介な事になりましたね」
汐耶の言うとおり、これで『S』が力をます事は決定づけられたようなものなのである。
「どうしてあんな事を……?」
「それは、本人に問いただせばいい事ですよ」
ヒヤリとした笑みを浮かべる桐伯に、シュラインは別の意味でりょうの心配をしたくなったのだが……。
その心配すべき相手は、生死すら不明なのが現状である。
その後日付が変わるまで捜索が続いたが、なんの痕跡も見つからず、動きさえ見せていない。
それは完全に『S』を見失った事を意味していた。
【続く】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家 興信所事務員 】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 司書 】
【1510 / 自動人形・七式 / 女性 / 35 / 草間興信所在中自動人形 】
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■ ライター通信 ■
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皆様こんにちは【『S』による原因と結果の法則】に参加いただきありがとうございます。
話を考え、一回では終わらない及び連載がしてみたいと言う事でこのような形でお送りしましたが楽しんでいただけましたでしょうか?
一話目と言う事でひたすら慌ただしい事になっております。
注意書きにケガをするかもと言う一言のおかげで慎重なプレイングをした方が多かったですし、
防御が出来る方が多かったのであまり酷い事にはなりませんでした。
個別部分が様々な箇所にありますので、他の方の話も読んでいただけたら幸いです。
次回の受注は今週中頃を予定していますので、
よろしければそちらにも参加していただけると嬉しく思います。
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