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精霊流し
<オープニング>
お盆の時期。
ひとつの地域に河へ船を流す…という行事がある。
「精霊流しって言うんだって」
肝試し大会を済ませた弓弦・鈴夏はにっこり微笑う。
「んでね、涼しくなったあとには色とりどりの船を流して
大好きな人と過ごすのも楽しいよね! 良ければ、この行事のチケットが
二枚あるんだけど誰か行きたい人、居るかな?
――無論、今回は何も出ないと思うからふたりだけで、のんびりとね」
にこにこと鈴夏はまだ微笑んでいる。
精霊流しには自分たちで流したい船と、願い事を綴った紙、その二点が
必要だが船は、この地域にある「冬月骨董店」で売っている。
料金もそれほど高くはないので、もし行きたい方が居たら鈴夏まで教えてあげてください。
<音、奏でて>
ゴーストネットOFF。
ネットカフェとして有名なこの店で何故かぼんやり座る人影一つ。
精霊流しと言う行事のチケットを持つ、弓弦・鈴夏である。
天慶・真姫は人物から発せられる「音」を頼りに、鈴夏へとゆっくり近づいた。
鈴夏が顔を上げる。
優しげな、たかやかな姿の少女を見て表情を穏やかに変化させながら。
「なんでしょう?」
「あの…小耳にはさんだのですけれど……精霊流しのチケットはまだ残っておりますでしょうか?」
「ええ、ありますよ? 一枚で良いですか?」
「はい、今はまだ一枚で結構ですわ」
「………?」
はて、と鈴夏は首をかしげた。
だが、この後には真姫が「今はまだ」と言った意味もわかるのだが。
そうして、また真姫は音を頼りに歩き出す。
全てのものが出すそれぞれの音。
瞳に光は許されずとも、音が教える世界で何よりも優雅に。
<昼下がりの柔らかな音>
昼下がりの午後。
のんびり、兄とふたりでのひなたぼっこ。
陽射しはまだ少し強いけれど、気持ちのいい風が縁側へと優しく吹く。
「精霊流し?」
少しばかり怪訝そうな顔をする兄の顔が見えるようだと真姫は思う。
「ええ、そう言うイベントがあるのですって。楽しそうだから私、つい参加を希望してしまって……」
柔らかな微笑を浮かべながら真姫は「参加を希望した」、精霊流しの事を兄へと話す。
こうして話せば一緒に行ってくれるだろう、と思う。
いや、と言うよりも。
――少しだけ、仕事というものを離れて出かけて欲しかった。
だから。
兄が無事にチケットを貰って戻ってきたら、こう言うつもりだ。
『浴衣を買って、精霊流しへ一緒にお出かけしましょう?』と。
水の音を背景に、草や虫の声を自然の音楽にして出かけられるように。
陽射しはまだ柔らかく心地よい温度を真姫に伝えている。
<黄昏へ近づく音>
世界が優しい緋の色から金色へと変わる。
その瞬間の音は何とも壮大で聞き飽きる事の無いオーケストラのようだと真姫は思う。
ぱちぱちと音を立てまるで盛大な拍手の音にも似ている、それ。
「このまま直に精霊流しをやるところでは浴衣が見繕えないから」と、手を引いて連れて行かれた呉服屋。
希望した色合い――白い地に、淡い緑の柄が入ったものは中々見つからず苦労したけれど、店主に蔵からも浴衣を出してもらい漸く真姫は浴衣に着替える事が出来た。
「良く似合う」と兄の声。
そして兄の傍におそらく居るであろう店主の声が重なる。
「はい、確かに良くお似合い…ですが、嬢さんが浴衣なのに兄さんが浴衣じゃないってのは、ちぃと変ですな?」
「あら…そうなのですか?」
小首をかしげ、問う真姫。
にかっと笑うような音がしたかと思うと店主が「勿論! 第一、嬢さんだって一緒に歩くのなら普段着の兄さんより浴衣姿の兄さんの方が良くありまへんか?」と問いかけ……その問いに瞬時に頷いてしまった。
何よりも、自分が願うのは大好きな人達が幸福である事。
それが精神的なものであれ物理的なものであれ、自分に関わるのならば幸福で居て欲しいと願い。
「……俺は普段着でいいんだけどなあ、何より動きやすいし」、そう呟いた兄の言葉に真姫は微笑で答えを出す。
「たまには、のんびりと涼やかに過ごしましょう? ね?」
この自分の言葉に兄が僅かながらに笑ったのを感じて真姫の中に小さな、音を落とした。
<精霊流し>
夕刻。
河からの風が吹いているのが水気を含んだその流れから解る。
呉服屋からずっと手を繋いでくれていた兄の手に触れ、「良くお似合いです」と告げた。
どのような姿をしているのかは良く解らない。
けれども様々なありとあらゆる音が教えてくれるから、このように告げることが出来る。
握り返してくれる、手。
片方の手に持つのは牡丹を模した精霊船。
「…何をお願いなさいますか?」
「俺か? 俺はそうだな……真姫が何時までも幸福であるように。俺にはそれしか願う事が出来ないから」
そう、言った兄の顔を思わず見返すように真姫は覗いた。
顔なんて、見れない。
どのような表情をしているかさえ見れないのに真姫は真意を問うように兄の顔を覗く。
こう言うとき視線は合わせては貰えないと解っているのに。
どうかお願いだから、それだけしか願えない、なんて言わないで。
真姫の願い事は決して兄に言えず心の中に、そっとしまわれる。
願い事は、ただただ好きな人達が幸福であるように。
苦しまないで、嘆かないで。
見えなくても、ずっと近くで笑っていて。
ただ、幸福に在り続けていて。
……流される船の中、音がする。
様々な人の思いが河に船と言う形になって溢れる。
喜び、悲しみ、そして――希望。
歌声のようだ。
さやかに聞こえる柔らかな声の。
(どうか私に関わる全ての方が――憎んだり哀しんだりする事の無いように)
流れ溢れる音に、そう願い……瞳、伏せる。
「――精霊ってさ」
不意に兄の声。
……兄にも思うことがあるのだろうか遠くをまるで見ているかのような声だ。
「ええ、何ですの?」
「人の魂のことを言うんだよな…いつか、辿りつく場所。…俺にはあるかな」
「あります、きっと。私にはそうなっても、絶対にわかります…鮮やかな音と共に…」
「うん……ありがとな」
自分の髪を撫でる掌。
何処へ行こうと、何処へ流れようともこの目の前に立つ人の音だけは決して忘れない。
いつか、辿りつくところ。
流れ流れて、何時の日か還る場所。
その時まではどうかこのまま。
何者も映せぬ瞳でも自分の周りに音があり自分を護る掌があるまでは。
――河原には、ただ鈴虫と松虫の合唱が優しく天空へ届くように奏でられていた。
―End―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1379 / 天慶・真姫 / 女 / 16 / 天慶家当主 】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの秋月奏です。
今回はこちらの依頼にご参加有難うございました!
今回、こちらの依頼は個別になっております。
それぞれ参加された方でそれぞれ違いますが天慶・真姫さんのは
プレイングを読ませていただきまして、出来るだけ目に見える風景を
音に近づけたいと思いつつこの様な形にさせていただきました。
まだまだ拙いながら、少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです(^^)
それでは、また何処かでお逢いできる事を祈りつつ。
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