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精霊流し
<オープニング>
お盆の時期。
ひとつの地域に河へ船を流す…という行事がある。
「精霊流しって言うんだって」
肝試し大会を済ませた弓弦・鈴夏はにっこり微笑う。
「んでね、涼しくなったあとには色とりどりの船を流して
大好きな人と過ごすのも楽しいよね! 良ければ、この行事のチケットが
二枚あるんだけど誰か行きたい人、居るかな?
――無論、今回は何も出ないと思うからふたりだけで、のんびりとね」
にこにこと鈴夏はまだ微笑んでいる。
精霊流しには自分たちで流したい船と、願い事を綴った紙、その二点が
必要だが船は、この地域にある「冬月骨董店」で売っている。
料金もそれほど高くはないので、もし行きたい方が居たら鈴夏まで教えてあげてください。
<過去、ひとひら>
何時の日か還る。
―――何処へ?
過去は全ての記憶を引き連れ遠くへ。
そして未来は――動かざる一瞬一瞬のときに、ただ明日へと。
犯した過ちも全て飲み込み包み込んで、時は流れる。
<昼―ゴーストネットOFFにて―>
昼下がりの午後。
のんびり、妹とふたりでのひなたぼっこ。
陽射しはまだ少し強いけれど、気持ちのいい風が縁側へと優しく吹く。
「精霊流し?」
「ええ、そう言うイベントがあるのですって。楽しそうだから私、つい参加を希望してしまって……」
柔らかな微笑を浮かべながら天慶・律の妹である妹は「参加を希望した」、精霊流しの事を兄へと話す。
柔らかな表情と雰囲気に隠されてしまっているが妹は目が見えてはいない。
だから、ということでもないが妹を守護する立場として律がすぐさま参加を希望したのも無理ない話で。
ダッシュで律が「ゴーストネットOFFに居る銀髪の女子高生」に会いに行くべく走り、残りのチケットを貰いにいったのもまた、同様、である。
「チケット、まだあるよなっ?」
「う、うん、あるにはありますけど…ええっと、参加をご希望ですか?」
「…参加希望に見えないのか、アンタの目には」
「……えー、なんと言いますか…その…少しばかり違うかなぁと」
あははっと軽く笑いながら弓弦・鈴夏はチケットを律へと差し出した。
「これがチケット。で、近くに骨董品店がありますが…この時期は出張所の方が解り易いかもしれません。
どちらに行くにせよ風鈴の音が近くで聞こえるはずですから探してみてくださいね」
「出張所? なんだ出店って事か?」
「…まあ、平たく言えば。解りやすいようにと今現在の店主さんが始められたのですけれど」
「…つーか、本当に河原沿いでやるんだな、精霊流しって」
チケットに記載された場所を見ながら律は呟く。
「そうですね、まあ一種のイベントですし……流れ行く灯りを見ながら願い事を言うのは…意外と良いものですから」
「まあそうだよな……っと、礼を言うの忘れてた。…ありがとな、これで妹のお供が出来るよ」
「いえいえ、どう致しまして。楽しんできてくださいね」
その言葉を背に、律はゴーストネットOFFを後にした。
ふと、頭に浮かぶとあることを吹き消し妹が待つ自宅へと、戻るべく。
<お出かけの前に>
まず戻ってきた律を迎えたのは「お帰りなさい」と言う言葉と妹のとある言葉だった。
浴衣を着て、精霊流しへ行きたいと言う。
「へ? 浴衣?」
うーん、と律は唸る。
どーにも先ほどの鈴夏との会話を思うに骨董品店は奇妙なまでに外れたところにあるようなのだ。
何と言っても「解りにくいから出店を出す」と言うのが言外にそれを伝えている。
「はい、折角の行事ですし…そう言うのも楽しいでしょう?」
「まあ、そりゃ良いが…さっき聞いた限りじゃ会場の河原の近くには件の骨董品店以外、何も無いみたいだぞ?」
「…そう、なんですか?」
「うん、だから浴衣を着ていきたいなら、だ」
ちょっとだけ当てが外れたのか沈んだような妹の顔を見ながら律は言葉を区切る。
"大丈夫"と告げるかのように。
妹がどれだけ自分のことを思ってくれているか気付かない訳が無いのだから。
「今から買いに行かないと間に合わないな…どうだ、少し早いけど浴衣を見繕いながら出かけないか?」
正面にいる相手の返答は満面の笑顔。
"はい"と言う呟きだけが本当に微かな音をなして畳へと落ちた。
<精霊流し>
夕刻。
途中、呉服屋へ行って見立ててもらってからの行事への参加。
少しばかり着付けの仕方が緩かったのだろうか肩口へ流れる風が入り込んでは消えていく。
本来ならば動きやすい格好…と言うより普段着が良かったのだが。
呉服屋の主に「お嬢さんが浴衣なのに一緒じゃないと気の毒だ」と言われしぶしぶながら律も浴衣を買ったのだが、隣に居る妹は嬉しそうだ。
「良くお似合いです」と言いながら手を繋いでくれる。
――瞳に光が許されてないのに、音で解るのだと妹は言うから、だから律はまたその華奢な手を握り返す。
涼やかな妹の浴衣姿も瞳にただ優しいままに。
こうしていると、先ほども不意に思い出したとある記憶が蘇ってくる。
何故、と言う問いと一緒になってくるくると旋回する、それ。
過去に、律は罪にこそ問われなかったものの一人の人を消した事がある。
事故だった、仕方ない、と皆は言う。
だが本当に「仕方なかった」で済む事がこの世にあるのだろうか?
妹が自分を呼ぶ声に現実に引き戻されては考える事もなくぼんやり月を見上げる日には思い返す。
「…何をお願いなさいますか?」
「俺か? 俺はそうだな……真姫が何時までも幸福であるように。俺にはそれしか願う事が出来ないから」
顔を見上げる妹の視線に律は不意に目をそらした。
――嘘じゃない。
当主の護衛役としてある自分の務めは、当主である妹の平穏を護ること。
大事な妹であり当主である妹を護るなら如何様にもなれる。
……だが。
だけれども。
(少しだけ、祈らせてくれ。願いは祈りにならないように願うから。だからせめて今だけは)
消えてしまった友が今、安らかにあるように。
二人で流す船は牡丹の花を象った精霊船。
妹の分と律の分、二つ一緒に流して川のせせらぎを聞く。
風は少しだけ水分を含んでいるのか冷たい。
松虫と鈴虫の合唱。
「――精霊ってさ」
「ええ、何ですの?」
「人の魂のことを言うんだよな…いつか、辿りつく場所。…俺にはあるかな」
「あります、きっと。私にはそうなっても、絶対にわかります…鮮やかな音と共に…」
「うん……ありがとな」
妹の髪をなで、流れ往く船を見送る。
今は亡き友の魂のように、様々な船と色合いの光が溢れる河原にはただ鮮やかなまでの人の祈りが溢れていた。
――まるで消えない人の想いのように、ただ。
―END―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1380 / 天慶・律 / 男 / 18 /
高校生 兼 天慶家当主護衛役 】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの秋月奏です。
今回はこちらの依頼にご参加有難うございました!
今回、こちらの依頼は個別になっております。
それぞれ参加された方でそれぞれ違いますが天慶・律さんのは
プレイングを読ませていただきまして、このような感じにさせていただきました。
まだまだ拙いながら、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです(^^)
それでは、また何処かでお逢いできる事を祈りつつ。
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