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精霊流し
<オープニング>
お盆の時期。
ひとつの地域に河へ船を流す…という行事がある。
「精霊流しって言うんだって」
肝試し大会を済ませた弓弦・鈴夏はにっこり微笑う。
「んでね、涼しくなったあとには色とりどりの船を流して
大好きな人と過ごすのも楽しいよね! 良ければ、この行事のチケットが
二枚あるんだけど誰か行きたい人、居るかな?
――無論、今回は何も出ないと思うからふたりだけで、のんびりとね」
にこにこと鈴夏はまだ微笑んでいる。
精霊流しには自分たちで流したい船と、願い事を綴った紙、その二点が
必要だが船は、この地域にある「冬月骨董店」で売っている。
料金もそれほど高くはないので、もし行きたい方が居たら鈴夏まで教えてあげてください。
<遠く、遥かに>
――君は今も微笑うだろうか。
じゃれあっていた遠い日々、心から笑えた日々。
僕は今でも、君に問いかけたい問いがある。
逢いたいよ。
それが……僕の自己満足だとしても
<見届けを>
一枚のチケット。
差し出されたそれを見て、弓弦・鈴夏は目を瞬かせた。
チケットは二枚あって、それを渡すのが自分の役目だと思っていたから。
「…見届けをお願いしたいんです」
鈴夏へ真摯な瞳を向けて呟いたのは御堂・譲。
いつも微笑を絶やさない穏やかな顔は何故か遠く、何かへ思いを馳せる様な顔をしている。
これに「駄目だよ」と言ってしまえば譲は「そうですか」と言いまた微笑を浮かべるだろうか。
いいや、それはありえまい。
「いいよ、一緒に行こう」
そう、告げると鈴夏は差し出されたチケットを受け取った。
精霊を、流しに向かうべく。
<川縁―骨董品店にて―>
夏の風は気まぐれだ。
熱風が吹いたかと思えば、夕暮れには優しく涼やかな風が吹く事もある。
川縁を歩いていると、何処からかリン…と鈴の音が響いた。
「あ」
「どうしました?」
「ん? 鈴の音がしたでしょ? 骨董品店…通り過ぎちゃったかなって思ってたけど…セーフだったみたい」
「え? ああ……なるほど」
譲は鈴夏の言う事が瞬時に理解できなかったが「セーフだった」と言う言葉を聞き、なるほどと思う。
川縁を歩いているから、何処に「骨董品店」があるのだろうと考えては居たが…これでは解らないわけだ。
出張所の様な物を設けて、店主だろうか――いやに若い青年が形も様々な色とりどりの船を売っていた。
視線が合う。
にっこりと店主は微笑むと声を譲と鈴夏、二人へとかけた。
「いらっしゃいませ、船をお求めでしょうか?」
「はい…僕の分だけ、ですが」
「そうですか…どのようなものになさいますか? 今なら灯籠型の船が人気ですが」
にこにこ微笑みながら「こちらなんですが」と、船を見せてくれる。
だが、譲には今ひとつ、ぴんと来なかった。
もし、僕が彼を送るとするのならばそれは―――灯籠ではなく、違う形のものでなくてはならない。
これは僕の願いだ。
「……鳥を模した細工のある船はありませんか?」
「……鳥、ですか? あるにはありますが…値が張りますよ?」
宜しいですか?と小首をかしげる店主に何処か親しみを覚えながらも譲は構わない、と答えた。
値段が張ろうと送る人物につけられる命以上の値段はない。
船を買い、紙を貰うと再び二人で歩き出す。
鈴夏は何も問わなかった。
何故に、その船にしたかも譲が誰を送りたいかも――全て。
<回想―過去によせて―>
あれは、少しばかり昔と名付けられる日々。
まだ毎日が平穏でこの日々だけが永遠に続くと思えた時間。
だが、そうではないと教わったのもこの頃だ。
「親友」と。
呼べる人物が居た。
けれど。
――彼はもう、この世の何処にも居ない。
万の時をかけて探そうとも、その姿と声が返る事もなければ…また彼本人の墓へ赴いたとしても。
彼自身がこの世に居た、証明も何もない。
姿も全て友は喰われたのだ。
自分を庇って。
譲はそのとき、どうする事もできなかった。友が自分を庇い、その身全てが妖かしの者に消化されて行くのを瞳を見開いて見ていただけ――手すら伸ばす事も出来ずに。
もし、と譲はあの事件から考えた事がある。
もし――自分が彼を庇っていたら、彼は今もこの場所で笑えていて、逆に自分が居ない事を悼みながら幸せに生きていたのではないか?
そして、この時期に船を流してくれていただろうと。
忘れずに記憶の中でお互いが残る。
(……リョウ、今何処に居る? もし天国と言う場所があるのなら――そう言う場所に居てくれると良いんだけどな)
手に触れる、鳥を模した細工のある灯籠舟は手の中で少しだけ羽ばたいたような気がした。
<精霊流し>
河は流れる。
河から海へ、海から――遥か遠くへ。
灯籠舟が、灯りをともし暗い風景の中、蛍のように流れ行く。
流れをぼんやり見送る譲に今年は結構、多くの人が入ってるようだと鈴夏が呟いた。
「毎年それほど人は来ないんですか?」
「小さなイベントだから。それにチケットも本来なら手に入るの難しいって言うし…御堂君がね、持ってきてびっくりしたんだよ正直な話」
銀の髪が風にそよぐ。
夜目にも光る髪に、まるで蜘蛛の糸のように細い光だと譲は思う。
救いを差し伸べる人に降ろされた一本の、細い。
(…一つ一つの偶然が重なって、僕は今此処にいる)
友を悼む気持ちが自分を此処に呼んだかの様に。
様々な偶然が重なり、必然となる様に。
「……奇妙なところでチケットが取れたんです。行ってこいって言ってくれた人が居て」
「…………そっか」
「はい」
「願い事、書けた?」
「ええ、僕の願いは一つだけですから」
「そうなの?」
「だからこそ、見届けを頼んだんですよ。…鈴夏さん」
「なあに?」
「……死んだ人は何処に行くと思いますか」
一瞬。
風が吹くのを止めた。
松虫と鈴虫が葉を影にして鳴いている。遠くから、近くから、まるで囁くように。
「……御堂君は何処に居て欲しいと思う?」
「―――え?」
「あのね、死んじゃった人は思いだけしか残せないの…だからこそ、今居る私達が居ない人たちに幸せであるように思わなくちゃいけない――私はそう思うよ」
「……僕の友人は全て無くしたんです、体も、血すらも全て、まるで存在しなかったように」
「……………うん」
「だからこそ僕は、彼があまりに惨い死を迎えてしまったと同じように」
――彼が暗い所に居るのではないかと疑問に思うことがある。
光り輝く場所にこそ居て欲しいのに、恨んでは居ないかと。
あれほど信じた友だから、庇えずに見ていただけの悔恨が残るからこその常にある思い。
……こんな時に涙が出ない自分が嫌になる。
けれど、涙を流して送ることもしない。
……それすら彼は望みはしないだろうから。
「…大丈夫だよ、さ、船を流そう?」
「ええ」
静かに、河へと精霊船を流す。
ゆらりゆらりと、灯りが揺れ船はたゆたいながら姿を遠く、遠くへと消して行く。
紙に書いた願い事は、唯一つ――たった一つだけ。
"安らかに"
それだけが僕の望みであり、願い――なのだから。
―END―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0588 / 御堂・譲 / 男 / 17 / 高校生 】
【NPC / 弓弦・鈴夏 / 女 / 16 / 高校生兼陰陽師 】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの秋月奏です。
今回はこちらの依頼にご参加有難うございました!
今回、こちらの依頼は個別になっております。
それぞれで少しずつ違いますが、どちらも楽しんでいただければ幸いです。
御堂・譲さんはNPCの鈴夏に見届けを、ということでしたので鈴夏を引っ張って参りました♪
ご指名有難うございます(^^)
それでは、また何処かでお逢いできる事を祈りつつ。
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