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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『S』による原因と結果の法則


 草間探偵事務所に駆け込んできた少女、三日月リリィが草間探偵を見つけるなり飛びついてまくし立てる。
「大変、りょうが……いまっ!」
「なんだいきなり、とにかく落ち着いて……」
 宥めようとした草間に、血まみれのメモを差しだしたのは夜倉木有悟、ここまでリリィを護衛しながら来たようだ。
 今度はしっかりとした口調で言い放つ。
「『S』が……脱獄したの」
「なんだって!」
 少し前に、連続した異能狩りの犯人として追いかけ捕まえたのだが……まさかこんなにも早く脱獄するとは。
「あいつは狙われるのが解ったから、後は任せたとしか言わなかったんだ」
「狙われると思って距離を取ったのか?」
 捕まえたのは他の人間も同じだが、盛岬りょうだけは『S』と互いに位置が解るという特性を持っている。
「でも別の理由があるかも知れないの」
「別の理由?」
「今朝になって夜倉木さんの家にこれが届いてたわ」
 血まみれの手紙には、ほんの数行。
『草間の所に行け、能力食いに気を付けろ』
 書き殴られた文字は血で書かれてあり、危機迫る物があった。
「動くなら早いほうがいいな」
「とりあえずリリィはここにいた方がいい」
「……はい」
 そこにリリィの持つ携帯電話の着信音が響いた。
 文字に盛岬りょうの名前が出た事を知ると、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし! りょう!!」
『失礼します、ご家族の方ですか?』
 知らない声に僅かに顔を上げるが、話を続けるように促すと全員に聞こえるように細工してから後を続ける。
「はい、どなたですか?」
『言い遅れました、こちらIO2の者ですが』
 流石に今度こそ絶句する。
 怪奇事件に関わっているからには、その名前は多少なりとも耳に入ってく単語だ。
 もっともその出所はまるで都市伝説のようにあやふやではあるから、すぐに現実味が沸いてこない。
『……血まみれの男性が飛び込んでくるなり倒れましてね、意識を失う直前に『S』関連だと言うからこちらも動く事になりました』
 血まみれという単語に、一気にリリィの血の気が下がる。
「無事……なんですか?」
『重体でしたのですぐに治療しましたが、魂が体に存在しておらずこのままでは危険な状態です』
 その声は、静かに響き渡った。

【綾和泉・汐耶】

 ザワザワ。
 ザワザワ。
 ここには様々な本達が眠っている。
 綾和泉汐耶はシンプルな銀縁の伊達眼鏡に、艶のあるショートヘヤーの黒髪とこの上なく本が似合う容貌だ。
「何かあったの?」
 まるで生き物のような言い方をしたのは、ここに保管されている本達は長い時を過ごしてきた付喪神付きの本だからだ。
 普段は取り扱いを間違えなければ大人しい書物達なのだが今日はやけに騒ぐ。
 ザワザワザワ……。
 より一層大きくなったのは、肯定と取って良いだろう。こうも何かがあると知らされては、気にしない訳にも行かない。
「こんにちは、少し気になった事があったんですが」
 原因究明の手段として訪れた草間興信所では、どうやら事件の最中のようだった。
 ソファーに座っているシュライン・エマに整備中の自動人形・七式と草間に宥められているリリィに、その後ろには夜倉木が揃っている。
「綾和泉か、ちょうど良い話だけでも聞いてくれ」
 念のためにと一人だけ連れてきた本がこの事件だと告げる様に囁いた。
「構いませんよ、その事で来たんですから」
「俺も話を聞いただけですけど……」
「ごめん、夜倉木さん私りょうの様子見に行きたいんだけど……ひと呼んじゃったし」
「解った、じゃあ送っていくからその間草間に説明してもらってくれ。直ぐに戻る」
 そう言い残してリリィと夜倉木が病院へと向かう。
 このやりとりだけどもなかなかに物騒な話ではあった。
「つまり結構な大事になっているんですね、私はまだ詳しい事は知りませんけど」
「そうね、『S』は前に出た時も色々しているし……どうして逃げ出せたのかしら?」
「わたしくも相手によって整備を代えたほうがいいと考えているので、お願い致します」
 草間に視線が集まる。
 説明しろと言う事だろう。
「そうだな、どっから話せばいいか……とりあえずかいつまんで説明すると最近起きた『異能狩り』を盛岬が追ってて捕まえたはずなんだがな、しばらく見ないうちに色んな芸を身につけてるとか言ってたぞ」
 りょうの言葉をそのまま借りたのだが、芸と言い切る辺りがいまいち状況の緊張感を伝え切れていない気がする。
 言った後で澁い顔をしながら、前にあった『S』の事件をザッとなぞっていった。
 十年前にりょうが警務所に入れたが刑期を終えて出てきてしまった事。
 その時は興信所にいたメンバーで捕まえたが、その時には新しい能力を使用していた事。
 結果的には捕まえたが、結局は脱獄して今に至る訳である。
「この間りょうさんも知らない技を使ってたのよね、本も気になるし」
「本ですか? 特殊なものだとたら調べられるかも知れませんが」
 確かに、汐耶は司書をしながら色々な本に関わる仕事をしているから解る事があるかも知れない。
「よし、じゃ本の事は頼んだぞ」
 事件のファイルの中から、本の写った写真を汐耶に渡した。
「はい、やってみましょう」
 受け取った写真には真っ黒な本に金の逆十時の細工が施されている。
 それを見ながら、特徴をみて似たような本がなかったかを思い出したり他に調査を頼んだりもしてみる。
「対策に関してですが、時間が経過するに能力増えているのでしょうか?」
「そうよね、やっぱり刑務所の中で覚えたと考えるのが妥当か、出所してから覚えたか?
 どっちにせよ時間が立つに連れて危険度は増しそうね」
「そうだろうな、まだ前のように連続的に『S』は動いてる様子はないが、こうも情報が少ないとどうしても後手に回るな」
 事件が起きてから動くのは、警察と変わりが無くなってしまう。
 今考えるべきはこれ以上被害を増やさない事だ、すでにりょうは犠牲になっている訳だが、それを言ったら元も子もないのでこの際それはおいておく。
「やっぱり一番情報が手に入れられるとこに聞いた方が早いわね」
 可能性は低い話だが、不可能だとも思えなかった。
「何かいい手があるのか?」
「IO2に聞いてみればいいのよ」
 簡単な事だ。
 だが、都市伝説程度でしか話を聞かない組織にどう接触すればいいのか……しかも情報を聞き出したり、こちらの都合で動くとは考えにくい。
「可能性としてはありえます、向こうから連絡してきていますし交渉次第では協力してくれる事でしょう」
「それならちょうど良いものか見つかりました」
 汐耶が写真をテーブルに載せ、トンと指で叩く。
「この本を持つ意味か解りました」
「……早いな」
 驚いたように草間が顔を上げ、タバコの煙を吐き出す。
「今まで色々な本をみていましたから、その本と『S』を会わせて考えるとイメージは黒魔術なんですよ」
 単純な連想ゲームだ。
「でもよく見て欲しいんです、この本新しいのが解りますか?」
 全員でのぞき込むと、確かに言われた通りである。
「言われてみればそうね」
「強度的に何か特殊な処置もされているのでしょうが、それを差し引いても同じ意見です」
「つまり……この本は盛岬のタバコと似たような物って事か?」
 自己暗示ややジンクスのようなもので力の増幅や、安定を計っている訳だが、色々な意味で関係の深い『S』ならば能力の使用方法が似通っていてもおかしくはない。
「実際に本を奪われて力を使えなくなってる訳だから、その線は確かだろうな」
「それにもう一つ、前に逃げた時にすでに能力食いの力はあったかも知れないと言う事です」
 その意味を考え始めるが、七式は聞いてしまうと言う合理的な手段を取った。
「それはどういう事でしょうか、汐耶様」
「ついさっきシュラインさんが言ったように、刑務所内部で覚えたのが妥当だと思います」
「汐耶さんも『S』の手伝いをした人間がいると考えてるのね」
「はい」
 うなずく汐耶に、シュラインも大体解り始めてきたようである。
「全開大人しく捕まったのは、今回りょうさんを狙うため」
「脱獄して真っ先に盛岬さんの所へ向かった事を考えるとそうでしょう」
 手早く組み立てられていく推理は、さながら名探偵を彷彿とさせるものであった。
「とにかくこれくせらい情報提供をすれば向こうの情報を聞き出せるでしょう、あとは連絡の取り方ね」
「どうだ、なにか進展ありました?」
 そこに戻ってきた夜倉木に、簡単に今までの事を説明すると……。
「ならちょうどいい、俺が連絡付けますよ」
「出来るのか!?」
「前に編集とは別の仕事でちょっとな、大まかな場所とか知ってたから盛岬も飛び込んだんだろ」
「なんで知ってるんだ……?」
「……上の方に直接関わってる訳じゃないですけど、それでも話ぐらいなら聞けるから待っててください」
 そうそうに話を切り替えて、連絡を取り始める。どんな切っ掛けとかは気になるところだったが、とりあえず深く追求するのは止めておく。
 それ以上に簡単に連絡が取れてしまった事に驚いた。
「この間はありがとうございました、夜倉木さん。それで……お話のほう考えていただきました?」
「あー……まあそれはまた今度で」
 夜倉木が連れてきたのは一見女子大生かと思えるような、おっとりした女性だったために何かの冗談のようにしか見えない。
「夜倉木……」
「こう見えても本物だ、まあ下っ端の事務だけどな」
「すいません、自己紹介が遅れました。神内唯と言います」
 ペコリと頭を下げる仕草には不安だけが残ったが、簡単に自己紹介をしてから話を聞いてみる事にした。
「『S』で困ってるのはお互い様だから、解ってる事を情報交換したほうがいいと思うの」
「解ってますよ、大体の話は夜倉木さんから聞いてますから……資料を持ってきましたんでそれと交換と言う事でよろしいですか?」
 シュラインの提案にこころよく応じて、資料を渡してくれる。
 あまりにも上手く行きすぎて、裏があるかも知れないと不安になって聞いてみた。
「IO2はもっと近寄りがたい組織だと思ってましたが」
 汐耶の問いに、唯が困ったように笑う。
「表向きはそうですが……内部は人手が足りてなくて大変なんですよ。よかったら勤めてみません?」
「……ここで勧誘しないでくれ」
 ぼそりと、草間が呟く。
「ええと、他にも聞いて良い」
「その事なんですが……移動してからで良いですか。いま『S』の逃走事件でごたついてて、詳しい情報が私の所まで回ってきてないので兄に聞いた方が早いと思うんで」
「平気なのか?」
 シイ、と人差し指で静かにと言う合図を送る。
「ばれたら上に怒られますから」
 その言葉に静まりかえり、事の成り行きを見守った。
「もしもし神内ですが兄は今どこに? ああッ、待って切らないでください!
 忙しいのは解ってるんですけど『S』の情報が手に入ってですね、はい」
 早口で内容をまくし立てていたが、どうにか連絡は付いたようだ。
「じゃあ病院で待ってますから、はい……はい、ありがとうございました」
 電話を切り、ホッと息を付く。
「兄さんと会えるそうなんで、盛岬さんの病室から人を遠ざけてもらえますか?」
「どうして?」
「能力の性質上仕方ないんですよ、まあ詳しくは会えば解ります」
「解ったわ、伝えておく」
 電話をかけてから、草間が思いだしたように声を上げる。
「まずい……」
 何事かと線を送れば、山積みになって書類を前に頭を抱える草間がいた。
「前の事件の時に盛岬から『S』の情報をもらったんだが……無い」
 シュラインはため息を付いてから、手伝い始めた。
「先に行ってて、後から追いかけるから」
「すまんな……」
「わたくしも残ります、整備が終わっていませんから」
 そう言う事ならと汐耶は夜倉木の運転する車の中で唯に話だけでも聞いてみる。
「そのお兄さん、どういう人なの?」
「はい、ちょっと厳しいんですけど……仕事は出来る人なんですよ」
「そういや俺もあった事無いな」
 話ながら少しスピードを上げ、加速がかかった。
 違反が気になったが捕まるのは自分ではない。
「会えば解るとはどういう事ですか?」
「兄もちょっと変わった能力者でして、私も一度あった人はどんな状態でも本人だって解るから平気なんですよ」
「ええと、意味がよく……」
 そもそも日本語からしておかしいのだが。
「あー、ダメダメ、唯と狙ったとおりに会話すしようと思ったら十年かかる」
「どういう意味ですか夜倉木さんっ」
 苦情はさておき、結局は夜倉木の言うとおり会話にならなかった訳である。



 しばらくして病室に到着し……兄とやらの説明をどうしてもっとよく聞いておかなかったかを後悔した。
「初めまして」
 りょうの病室で、ベットに起き上がっていたのは、多少髪型やイメージが変わってはいるが……紛れもなく盛岬りょう本人だったからである。
「……何やってんだこのっ!!!」
 掴みかかりそうになった夜倉木を、既に病室に来ていた光月羽澄と海原みなもに止められる。
「ちょっと、落ち着いて!」
「殴ったらダメです夜倉木さん!」
「離せ、こいつを殴らせろ!!」
 まだ治まらない夜倉木の首に、薄い鋼糸が幾重にも巻き付く。
「夜倉木さん、ここは病室です」
「……………解った」
 静過ぎる意見は、同じく病室にいた九尾桐伯のものでようやく動きを止める事に成功する。
「とりあえず事情を聞いてください、私はちょっと電話で連絡を入れてきますから」
「行ってらっしゃい……」
 病室に入る事すらなく慌ただしく走りさった唯はさておき、彼から詳しい説明を聞く事になった。
「失礼だとは思うがフルネームを明かす訳には行かない、今この体を借りるのに使っている術は名前を呼ぶ事で解けてしまうんでね」
 同じ容姿に同じ声でも、性格のおかげで明らかに別人のそれだと解った。
 りょうの体を借りて話す神内は、元を見た事がある場合もの凄く違和感を感じる物なのだがここは大人しく耐える事にした。
 こうも初対面扱いされては、他人だと信じるしかないだろう。
「あなたが神内さんだと言うのは解ったけど、あのままで良いの?」
 羽澄が視線を動かしたのは、部屋の隅で椅子に座って身動き一つしないままの体。
「そっとしておいてくれ。本来なら本体もきちんと隠して、着替えを済ませてから会う予定だったんだが」
「あたしが皆さんを呼んじゃったからですね」
「大丈夫ですよ、私だって見たら気になっていたとおもいます」
 みなもが早とちりだったと落ち込みかけるが桐伯がそれをフォローする。
「とりあえず話の続きをお願いします」
 汐耶に促され、神内がうなずく。
「元々ここに来る予定ではあったんだ。魂のない状態で長時間ほおっていると異常が出るし、こうして動かしてみる事で解る事があるから」
 しばらく目の辺りをなぞってから、何度か瞬きを繰り返す。
「そうだ、もう電気付けてくれて構わない。見えるようになったんで」
 ベットから起き上がり、明るくなった室内で腕や手を解し始める。
「もう動いても平気なの、いつもは大分辛そうなんだけど」
 羽澄はこれまでに何度かりょうが能力の使いすぎで倒れた所をみているのだ。
「彼の場合は力の放出に伴い、体が耐えられずにセーブするだけだから。大丈夫だと自己暗示をかける事が出来れば麻痺や疲労は軽減できる」
 それでもまだ怠さは残るのか、ため息を付いてから頭を振って話を本題に戻す。
「彼本来の魂が体の中にない事は良い事ではない、出来る限り本人を早く連れ戻したほうがいいが何か知らないか?」
「それはまだ調べ中、『S』を捕まえる事が先決でしょうしね」
 急ぐ必要はあるだろうが、同じぐらいに『S』の事も知っておくべきだしどちらかを追う事で点と点が一本の線のように繋がる可能性は強い。
「さっそくで悪いんですけど、私たちも遊びではないので情報の交換をお願いします」
「そうだな、まず何から始めようか?」
 決して恫喝するでもなく淡々と言葉を継げる神内の様子はこちらを探っているのではないかという気分にされる。それは見た目に騙されるべきではないということをハッキリ告げていた。
 盛岬りょうという人間を相手にするつもりで話していては、逆に丸め込まれかねない。
「そうですね、では神内さんは『S』についてどの程度まで知っていますか?」
「そう言われても困るな、そっちが何処まで知ってるかによって話す内容が変わってくる」
「隠すつもり?」
「そうは言ってない。だだ一から話したら時間がかかりすぎるから、そっちが知っている事は省略させて貰う」
 言われた事はもっともだが、このまま頷くのでは話の主導権を取られかねない気もする。
「あなたが正直に話す証拠は? あなたは、どうしても信じる気にはなれないの」
 素直に会話をしたい気持ちもあったが……どうしても完全に信用してはいけない気がしたのだ。
「信じる信じないは勝手だが、逃げられない事は解るだろう」
「……解りました、確かにその体調で逃げる事は不可能だと思うのでこちらから話します」
「それからこれ以上の腹のさぐり合いは止めよう、お互い時間が無い事は解っているだろ」
 役人めいた形だけの笑みは……中身が別人だと解っていても割りきれない物がある。
 羽澄と汐耶が話している横で、あまりの不自然さにみなもと桐伯にポツリと洩らす。
「どうなのよ、あれ?」
「こう言ってはなんですが、幽霊の類よりはずっと気味が悪いですね」
「そんな……でもちょっと解る気がします」
 桐伯とみなもの二人も話に混じり言いたい放題だ。
「そうだろ、俺なんかさっきからぶん殴りたくてしょうがないですし」
 そんな発言をした夜倉木は、さっきりょうだと思い暴れたのが原因で椅子に括り付けられている。
「夜倉木さん………」
 呆れたようにリリィが言うが……今なら少し解る気がしたと言う事はあえて伏せておく。
「所で唯は? 遅くないか」
「そう言えば、連絡がすると行ったきりですね」
「……来てるのか?」
 神内の表情がここに来て初めて少しばかり崩れる。
「病室に入ってなかったから解らなかったんですか? 妹だろ」
「ああ……何か起きたかも知れない、様子を見てくるから待っててくれ」
 そう言うと壁際においてあった大きいスーツケースを持ち、ドアに向かう。
「待ってください、私も付いていきます。一人で歩いたら危険かも知れませんし」
 万が一の事を考えてだろう、みなもの意見にうなずき羽澄も付いていった。 


 出ていった後に残ったのは、妙な不安。
 正確には重苦しい気配が消えて無くなった安心感。
「感じ悪い奴ですね」
 ハッキリした物言いはともかく、同意できない訳ではない。
「それはともかく、夜倉木さんは『S』と会った事あるんですか?」
「ちょっとだけな、魔術みてぇなのも使ってましたし上手い具合に武器とか体術も出来るんだから厄介だな。戦い慣れてる」
 深々と付くため息。
「厄介と言えば、あの毒の血もですね。下手に近よれない」
「私の力で封じる事が出来るかも知れません」
「やってみる価値はあるだろうな」
「他にもなるから注意した方が賢明でしょうが、サポートしますから頑張って突っ込んでくださいね」
 何か言いたげに桐伯のほうを見るが、会えなくそれは無視されたどころか汐耶からも追い打ちがかかる。
「ケガも封じ手あげますから、痛みは残りますが」
「それを聞いて、単純に突っ込んでいける人間じゃないですよ……俺は」
「ちょっとまって、シュラインさんから電話」
 リリィが連絡用の電話を取り次ぐ。
「はい、もしもし……神内さんですか、今ここに……え、逃走の時の犠牲者って!?」
 勢い良く立ち上がったリリィに習い立ち上がり、神内のほうを見た。
「……夜倉木さん、背中だって!」
 言うが早いか夜倉木が椅子の上の神内の体を引き吊り倒して背中を捲りあげる。
 肌に直接刻み込まれた魔法陣。
「異能食いですね」
 ドンという音が響く。
「やられた、あれが『S』だ!」
 一斉に走りながら、音のした方向へと向かう。
「力はどうして使えるんです、盛岬さんはタバコを吸わないと能力に制限がかかる筈でしょう」
 能力食いの効力がどの程度なのかは解らないが、能力の基準を盛岬りょうの物として考えるならそうなるはずだ。
「行けば解りますよ」
 事実ドアから中を見て納得する。
 いつの間に掠め盗ったのか、『S』の手にはしっかりと汐耶が持ってきた本が握られていた。
「いつの間に……」
 既に戦闘に入っているが、唯人質に盗られていて下手には手が出せない。
「きゃあ!」
「みなもちゃん!」
 崩れ落ちた体を支え、羽澄は『S』を目掛けて音を叩き付けた。
「ぐっ……」
 浅かった、かも知れない。
 近くに唯がいたし、あれはりょうの体なのだから完全に壊す事は流石にためらわれたのだが……今の攻防で舌打ちしたくなるような事実もわかった。
 いくら手加減してしまったと言っても気絶させるぐらいの衝撃は十分にあったのである。
 なのにそれをしのいだ時に見えたのは超能力による障壁だ。
「まずいな……」
 呟く夜倉木を前に押しだし、桐伯が鋼糸を繰る準備をし始める。
「どんな手でも良いですから、隙を作って下さい。彼の超能力は封じますから出来れば救出も」
 まずは唯を引き離さなければ動きが取れない。
「解ったよ……伏せろ!」
 夜倉木の怒鳴り声に従い、羽澄がみなもを支えたまましゃがみ込んだ上を影が走る。
「部屋から出て!」
 蹴りかかった夜倉木を見て『S』が意識を集中させるが、汐耶の使う封印能力に阻まれた事を知ると小さく舌打ちをしながら、既に意識を飛ばした唯の体を前にかざし盾に使う。
「なっ!」
 蹴りを反射的に止めたてしまった夜倉木に、唯の体をまるで物のように振り回しなぎ倒す。
「ーーーーっ!?」
 思わず唯の体を受け止めた夜倉木に、『S』は体勢を変え膝を狙い蹴りを叩き込んだ。
「……残念だったなぁ……」
 鈍い音がして、バランスを崩した所へ追い打ちをかけるようにナイフで切り付けていく。
「夜倉木さん!」
 にい、と『S』が笑う。
「このっ……」
 今だって片を付けれる、だがこの位置からでは間違いなく唯に危険が及ぶ。
「今なら……この女の首を折る事も、この男を殺す事だって可能だ。それに、この体自体も人質になりえるな」
 余裕めいて笑うが、見た目とは異なり人質からも攻撃が来そうな箇所にも注意を払っている。
「封印を解けば一人は解放しよう」
「駄目よ、絶対に駄目」
 交渉を持ちかけると言う事は、少なくとも相手は不利な状況にある事は間違いないのだ。
 何か、切っ掛けが欲しい。
「……そうだ! 名前を言えば出ていくんじゃない?」
 リリィの意見に賛同しかけるが、フルネームじゃないといけない。
 仮に今なのっている名前が本名であると考えても、『S』の単語の意味が解らなければ同じなのだ。
「失敗した場合の事を考えるとリスクが大きすぎる」
「制限時間でもあったほうがいいみたいだな」
 二本目のナイフを取りだし、唯の腕を切り裂き夜倉木に目掛けて投げつける。
「くっ!」
「やめて!」
 リリィが飛び込んでいきそうになるのを慌ててみなもが止めに入った。
「リリィさんダメです」
「でも……っ!」
「落ち着いて」
 羽澄が抱き留めるとグッと言葉をのみ込み耐える。
「……そうだ、ケガを封じれば時間は稼げますが」
「それは可能ですが、有効じゃないと感じたら『S』の行動がエスカレートする可能性があります」
 桐伯はそこまで言ってから、言葉を止めた。
「みんな、無事!?」
 シュライン・エマと草間武彦が駆けつけたのだが、それだけでは終わらないように思えたのだ。
「シュラインさん、いま……」
 海原みなもの言葉を遮るように、カーテンが掛かった窓にはっきりととシルエットが映り込んだのだのである。
「くそ!」
 次の瞬間、窓ガラスをたたき壊して中へと飛び込んでくる影。
「ターゲット確認、これから制圧を開始します」
「七式さん!」
 突きつけられる銃に、対応するべく振り返った隙を見逃すはずがなかった。
「な、に……!?」
 低い銃声と火花が散り、背後へと貫通した弾丸が血しぶきをあげた。
「夜倉木さん!?」
「いいから唯を!」
 傾いた体から羽澄が唯を奪還し、汐耶と組んで治療に専念する。
「大丈夫、気を失ってるだけ」
 ホッとしたが、まだ終わっていない。
 夜倉木がフラと立ち上がり声を張り上げる。
「大丈夫だ、死なない限りはどうとでも出来る!!」
「そう言う事なら……」
「思いきり行かせて貰います」
 容赦のない言葉だが、今はその意見が一番だろう。
「貴様っ!」
「遅い!」
 手を伸ばしかけた瞬間に音が叩き付けられ、今度こそ為すすべもなく床へと叩き付けられた。
「ーーーーっ!」
 七式に向けられた散弾銃を、トランクケースを盾にして凌ぎながら窓へと向かう。
「逃がしませんよ」
 桐伯の鋼糸でなら、室内では死角は無いも同然だ。
 針のように全身を貫き、床へと縫いつける。
「色々好きかってやって下さったようですが、覚悟は出来てますか?」
「う、ぐ………」
 ヒヤリとした桐伯の笑み。
 これからやる事はまだまだあるが、なんとかひと息付けそうだ。
「凄くいいタイミングだったわ、ありがとう」
「いえ、間に合ってよかったです」
 七式に礼を言うころには唯の治療は大体終わっていた。
「もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「……俺も頼む」
 その間ほおって置かれた夜倉木は、恨めしそうにこちらを見ていが……まあ彼の場合は丈夫なので後回しでも全然問題ないのである。
 本人もそれをよく解っているから、それ以上は言葉にはしなかったが。
「そうだ、りょうは捕まってないみたいだから呼んでみるわね」
「よかったですね、リリィさん」
「うん……」
 今は『S』が入っているけれど何とかなるだろう。
「よかった、とりあえず無事みたいね」
 あくまでとりあえずだが……シュラインがホッとした横で夜倉木が物騒な台詞を口にする。
「俺は……つーか、今のうちに盛岬ごと殺ってしまった方が世界平和のために……」
「ならないから」
「駄目ですよ」
「夜倉木さん……」
 キッパリと断言され、態とらしいため息を付いた。
「本物の神内さんの様子が気になるから、見てくるわね」
「本物の?」
「この事を教えてくれたのが彼なの、聞いて欲しい事もあるから、今連れてくるわ」
「ちょっと待っててくれ」
「あたしも部屋においてきた水を取りに行くのでご一緒します」
 シュラインに付いて、草間とみなもが行った後に、ごとりとスーツケースが動く。
「!?」
 さっき、羽澄が冗談めかして人でも入っているかもと言ったのだが……まさか。
「開けるな!」
 『S』の言葉に顔を見合わせるが、何か入っている事は確かだ。
「中に何が入ってるのか知りたいですが、不用意に開けるのもどうでしょうか?」
「罠と言う事も考えられます」
 単純に考えてしまうなら、開けるなと言われたら開けたくなるのが心理と言うものである。
「離れた位置から狙撃するという手もありますが」
 右手の機関銃を向ける七式、確かにそれならある程度防御していようが一撃だ。
「その手で行くか?」
「中に危険物が入っていて爆発するかも知れませんよ?」
「それなら私が防御して置くから、ドアの影から撃つって言うのは?」
「その線が一番安全でしょう」
 動けない『S』はそのままにして部屋を出たが、騒がないところを見ると爆発はしないかも知れないが……無言なのが気になる。
「入ってるの、『S』の本体かも」
「有り得ない話ではないかも知れませんよ」
「それはいいですね、色々手間が省けます」
 結局開けてみなければ解らないが、言ってみれば正しい気がした。
 神内の体を乗っ取るにしても、その間は『S』の本体は無防備になってしまう事を考えると持ち歩くほうが安心だろう。
「構いませんか?」
「いつでもどうぞ」
「では……」
 引き金を引き、重々しい音が響くとトランクケースが大きくひしゃげ蓋を開いた。
 中から転がり出てきたのは、予想していたとおりではある。
 長い金髪に、片目の男。
 前に負傷したはずの腕も、どういう訳かしっかりと付いていた。
「ーーーっ、待って、『S』に喋らせたら駄目です」
 勢い良く起き上がった唯に、弾かれたように『S』を見る。
 そう、名前を呼べば元に戻れるはずなのだ。
 それが自分で呼ぶ事でも有効なら、これを狙っていたと言う事。
 歌で妨害するが、それよりも僅かに名前を言う方が早い。
「ナハト・セイクレイド・ワーシュネー」
 それならと桐伯は先手を打って鋼糸を『S』に絡め取る。
「千の宝石を噛み砕き者よ……」
「早く封印を!」
「待って、上手くいかない!」
 状況が錯綜しかけた今ならいける。
 タン、と軽い音で地を蹴り飛び出した羽澄がりょうの体をドアのほうへ蹴り飛ばし鞭をを振るう。 
 僅かに視線が動いた事を見ると、判断は間違っていなかったようだ。
 喉を狙った直接攻撃を辛うじて交わし、尚も呪文を続ける。
「その対価を歪みとして示せ!」
 虫が羽ばたくような音がして、全身を薄い膜に包んだ『S』はためらわずに窓から外へと飛び出していった。
「追いますか?」
 逃げたと決まった訳ではないのだ。
 少し体勢を立て直したらまた来るかも知れない。
「下手に深追いしては危険です、時間からして人が集まる頃ですから『S』はそちらに任せたほうがいい」
「それもそうだな……」
 大きく息を吐き、後に残ったのは嵐が過ぎ去った静けさだけだ。
「りょうは大丈夫?」
「今治療してる」
 ケガは羽澄とリリィに任せ、桐伯は回りに結界を張り始める。
「また来るかも知れませんし、それにまた別の人間に乗り移ってこられたら大変でしよう」
「それもそうだな、まあ……来る人間には名前を呼べば済む事だな」
 そう、つまり同じ手は使えないと言う事だ。
「待って下さい、わたくしはシュライン様と草間様を呼んで参ります」
「俺も行く、一人で行動するべきじゃない」
「待ってください、私も行きます。多少の時間を貰えれば次は封印できますから」
 落ちていた本を拾い上げた汐耶は入り口に鋼糸が張られる前に、七式に続き夜倉木と一緒に外へと出て向かえに行った。



 病室までの短い距離。
「人が多くてよかったな」
「そうでしょうか?」
「難しいところですね」
 通路の真ん中に、『S』は立っていた。
 トンと、地を蹴った七式を援護しようと汐耶は意識を集中するが、既に二人の姿は見えなくなっている。
「先に動きを止める事を考えたほうがいいですね、人を呼んできますから夜倉木さんは七式さんをお願いします」
「わ、わかった」
 すぐに全員と合流し、後を追う。
到着した時には、状況は考えられる物の中でも最悪の部類に入る物だっだ。
 しかも人数が増えた事で『S』を刺激したのか、手にしていた剣がりょうの首筋に赤いあとを残す。
 それを知ったりょうが、こちらを見ようともせずに言い放つ。
「迷惑かけて悪いな、礼は後でするから」
 それから、『S』に向かって、真っ直ぐに見上げる。
「………人だって人を殺す、お前のしてる事は無意味だ」
「黙れ!」
「どれだけ異能力者を殺したって人になれる訳がないんだ!!!」
「ーーーーっ、黙れぇぇぇ!!!」
 一瞬にして下へと切り裂かれた刃は、全てを深紅に染めていった。
「りょう!」
 誰が叫んだか何て解らない。
 それでも……それぞれがやるべき事を見いだし動く切っ掛けには十分な効果を得た。
「黙れ、黙れ!!!」
 狂ったように叫びながら、動かなくなったりょうの体を支えジリジリと後退していく。
 その時になってようやく包囲が完成したのか、一斉にライトに捉えられる『S』の姿。
 逃げ道は、無い。
 焦燥に満ちた表情に、誰もがそれを確信したが『S』の肩にスルリと白い腕が回される。
「……怒っては駄目ですよ」
 透き通るような感情のない声。
「……ァ」
「贄は手に入ったんですね」
「ああ……」
「それでは帰りましょう」
 クスリと背後にいる誰かが笑う。
 それだけで、ビリビリと空気が震えるのが解った。
「伏せて!」
 その声を最後に、全身に叩き付けられるような衝撃を受け何も聞こえなくなる。
 短いのか、長いのかよく解らない時間が過ぎ……ようやく起き上がるに至った頃には、回りの景色はまるで廃墟のような光景と化していた。
 痛む体を起こし、回りの様子を確かめる。
「皆様無事ですか?」
「なんとか防御は出来たから」
七式に答え、羽澄が服のホコリを払う。
 リリィは、みなもと羽澄の結界が功を奏したようで大した被害はなかったようだ。
「大丈夫ですか?」
「………ありがとう」
 無事ではあったとはいえ、生々しく残った血の跡が事件はこれで終わりではない事を告げていた。
「厄介な事になりましたね」
 汐耶の言うとおり、これで『S』が力をます事は決定づけられたようなものなのである。
「どうしてあんな事を……?」
「それは、本人に問いただせばいい事ですよ」
 ヒヤリとした笑みを浮かべる桐伯に、シュラインは別の意味でりょうの心配をしたくなったのだが……。
 その心配すべき相手は、生死すら不明なのが現状である。

 その後日付が変わるまで捜索が続いたが、なんの痕跡も見つからず、動きさえ見せていない。
 それは完全に『S』を見失った事を意味していた。



     【続く】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性  / 26 / 翻訳家 興信所事務員 】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 司書  】
【1510 / 自動人形・七式 / 女性 / 35 /  草間興信所在中自動人形 】

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは【『S』による原因と結果の法則】に参加いただきありがとうございます。
話を考え、一回では終わらない及び連載がしてみたいと言う事でこのような形でお送りしましたが楽しんでいただけましたでしょうか?
一話目と言う事でひたすら慌ただしい事になっております。
注意書きにケガをするかもと言う一言のおかげで慎重なプレイングをした方が多かったですし、
防御が出来る方が多かったのであまり酷い事にはなりませんでした。

個別部分が様々な箇所にありますので、他の方の話も読んでいただけたら幸いです。

次回の受注は今週中頃を予定していますので、
よろしければそちらにも参加していただけると嬉しく思います。