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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『S』による原因と結果の法則


 草間探偵事務所に駆け込んできた少女、三日月リリィが草間探偵を見つけるなり飛びついてまくし立てる。
「大変、りょうが……いまっ!」
「なんだいきなり、とにかく落ち着いて……」
 宥めようとした草間に、血まみれのメモを差しだしたのは夜倉木有悟、ここまでリリィを護衛しながら来たようだ。
 今度はしっかりとした口調で言い放つ。
「『S』が……脱獄したの」
「なんだって!」
 少し前に、連続した異能狩りの犯人として追いかけ捕まえたのだが……まさかこんなにも早く脱獄するとは。
「あいつは狙われるのが解ったから、後は任せたとしか言わなかったんだ」
「狙われると思って距離を取ったのか?」
 捕まえたのは他の人間も同じだが、盛岬りょうだけは『S』と互いに位置が解るという特性を持っている。
「でも別の理由があるかも知れないの」
「別の理由?」
「今朝になって夜倉木さんの家にこれが届いてたわ」
 血まみれの手紙には、ほんの数行。
『草間の所に行け、能力食いに気を付けろ』
 書き殴られた文字は血で書かれてあり、危機迫る物があった。
「動くなら早いほうがいいな」
「とりあえずリリィはここにいた方がいい」
「……はい」
 そこにリリィの持つ携帯電話の着信音が響いた。
 文字に盛岬りょうの名前が出た事を知ると、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし! りょう!!」
『失礼します、ご家族の方ですか?』
 知らない声に僅かに顔を上げるが、話を続けるように促すと全員に聞こえるように細工してから後を続ける。
「はい、どなたですか?」
『言い遅れました、こちらIO2の者ですが』
 流石に今度こそ絶句する。
 怪奇事件に関わっているからには、その名前は多少なりとも耳に入ってく単語だ。
 もっともその出所はまるで都市伝説のようにあやふやではあるから、すぐに現実味が沸いてこない。
『……血まみれの男性が飛び込んでくるなり倒れましてね、意識を失う直前に『S』関連だと言うからこちらも動く事になりました』
 血まみれという単語に、一気にリリィの血の気が下がる。
「無事……なんですか?」
『重体でしたのですぐに治療しましたが、魂が体に存在しておらずこのままでは危険な状態です』
 その声は、静かに響き渡った。

【海原・みなも】

 話を聞かされ、教えられた住所にある病院に駆けつけるが……噂で聞いた事しかないようなIO2の関係する病院である。
 警備員の視線もキツく、入りにくい状況であった。
 海原みなもはため息を付き、肩を落とすと背中からサラリと青い髪が滑り落ちた。
 見た目こそ大人びてはいる物のまだ中学生なのだから無理はない。
 慣れない雰囲気にとまどっていると後ろから声をかけられる。
「どうしたのみなもちゃん」
「羽澄さん、よかった……一人では中に入りづらくて」
 確かに少しばかり特殊な病棟であるが、話は通っていているから入れるはずだ。
「目的は一緒みたいだから、ちょうど良かったわね」
 そう言った光月羽澄と中に入ろうとしたところで、声をかけられる。
「では私もご一緒させてください」
「桐伯さんも来てたんですね」
「はい、確認もかねて」
 九尾桐伯も加わり、3人で病室へと向かった。りょうの、『S』の関係者であると告げるといくつかの手続きを経て中へと入れる。
電話で聞いていた部屋番号を追っていき、奥まった通路でリリィの姿を見かけて手を振った。
「リリィちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫、急に呼んじゃってごめんね」
「いいのよ、気にしないで」
 そうは言うが普段の元気がないし、顔色もあまり良くない。
「リリィさんは一人なんですか?」
「はい、ここなら平気だからって夜倉木さんは草間探偵事務所に戻って調べ物を手伝ってるの」
「非常時ですから仕方ありませんが、あまり感心しませんね」
 確かに、桐伯の言うように何時どこから『S』が来るか解らないのに危険とも取れなくはない。
「それは私がここにいるって言っただけだから、危ない場合はりょうも同じでしょ?」
「それで盛岬さんは?」
「治療して貰ったから、今は大丈夫よ」
 病室の扉を開き、中へと案内するリリィの後に続く。
「でも……目を覚まさないの、怪我一つ無いのに」
 カーテンも閉じたまま、明かり一つ付いてない部屋のベットでりょうは身動き一つしないで寝かされている。
 取り付けられた呼吸器と心電図の規則正しい音だけがやけに大きく響いていた。
 傷一つ無く、今すぐにでも起きそうなのに魂が戻らない限りはこのままなのである。
「大丈夫、だよね……?」
「リリィさん?」
 泣きそうな声に気付き、羽澄がフワリと髪を撫でてなだめた。
「大丈夫、今はりょうを捕獲してくれた事に感謝しよう」
「そうですよ、ここに来なかったらもっと危なかったんですし」
「盛岬さんもそう簡単にあなたをおいていくような人ではないはずでしょう」
 羽澄に続き、みなもや桐伯に元気づけられ少しづつ元気を取り戻したようである。
「そうね、ありがとうみんな。他に何か聞きたい事とかある? 私の知ってる限りでなら答えるから聞いて」
 リリィが椅子に座り、話を本題に移そうとするのを見て電気を付けたみなもにリリィが止めた。
「ごめん、みなもちゃん電気はちょっとまずいと思うの」
「え?」
「……あ」
 羽澄も思い出した様にりょうを見る。
「病院に運び込まれる前に飛び込んだって言うのは……」
「そうなの、瞬間移動を使ったみたいだから、起きた時に目が辛いだろうと思って」
 色々な能力を使えるが、使いすぎると目を筆頭に体が麻痺していくからきっと今もそうなのだろう。
「そうなんですか、気付かなくってごめんなさい」
「こっちこそ言わなくてごめんね。本当なら明るいほうがいいんだろうけど、込み入った話もあると思ったらやっぱりこの病室のほうがいい気がして」
 確かに誰彼構わず聞かれるには少々問題のある内容になるだろう事は確かだ。
「確かにそうですね。まだ仮説の域を出ませんが、一つ良いですか?」
 桐伯の質問に視線が集まり、リリィもうなづいたのを確認しててから後を続ける。
「盛岬さんがどのようにして逃げ切ったかは解りませんが、囮と言う事は考えられませんか? こうして聞きつけて集まってきた能力者をおびき出すのが目的かも知れません」
「そんな!?」
 考えられない事ではないが、そうするとやはり危険なのはみなもだ。
 自然とりょうに視線が集まる。
「確かにそれも十分に考えられるわね。リリィちゃん、何か説明されなかった? 例えば消えなかった傷とか、アザとか」
「そう言うのはなかったみたいだけど……」
 念のため調べてみようとリリィが寝ているりょうの腕や髪やらを触ってみる。
「相手の目的によっては変わる事もあるかと思いますが、誰を守るかをしっかり考えておいた方が良さそうですね。」
「それなら、やっぱりみなもちゃんと……リリイちゃんよね」
 異能力者を狙うのだから、当然みなもは危険だろうし。リリィもりょうの身内である事が解ったら人質としては非常に有効だろう。
 戦う力がないのだから、特に。
「あたしは霊水でなんとかできます、同じようにリリイさんも護衛できますから任せてください」
「ありがとう、みなもちゃん」
「『S』にあった時はこの線で対処するとして、どうやって逃げ出したんだと思う?」
 日本の警察だってバカではない、むしろ『S』は対処できるような機関に捉えられているはずなのだ。
「私は手引きした人間がいると思うからその線で当たってるんだけど」
 パソコンを取りだした羽澄に、みなもが手を挙げる。
「私もお手伝いします」
 手順を聞いてる間に、リリィが待ったをかけた。
「ちょっとまって、夜倉木さんから電話」
 病院での携帯電話は控えたほうがいいと思うが、緊急事態の時にかける音だから仕方ないだろう。
「はい、もしもし? うん、解った……ちょっとまって」
 通話状態のまま、リリィが顔を上げる。
「えっと……いまからIO2の人が来るから、病室から出て欲しいって」
「もしかしてここに来るんですか?」
「そうみたい、なんでもあまり姿を見られる訳には行かないからって」
「噂に聞くぐらいよねIO2の実物って」
 意外なほどに、大きく動いているかも知れない。僅かにそんな実感がわき始めるが、今はまだその程度の事だった。
「それでは私は周りに下準備をしますので、また後ほど」
「そうね、私たちも移動しましょう」
「はい、じゃあ他の部屋を借りられるように聞いてみますね」


 一旦桐伯と別れ、別の部屋で調べ物を再開する事になった。
「『S』が逃げた時に犠牲者が出てた事で警察機関もばたついてるみたい」
 キーボードを叩きながら携帯が繋がるのを待つが、結局は繋がらないようだ。
「調べる事が増えたみたいね」
「大丈夫、羽澄ちゃん?」
「もっと時間があればいいけど……『S』が今どこにいるかとか、協力者がいなかったとか、犠牲者が誰かも調べたいのよね」
 りょうのメモでは『能力食い』とあったから、犠牲者によっては危険度が違ってくる事も考えられる。
「あたしは病院の人から何か聞けないか当たってみますね」
「そうね、じゃあお願い」
「はい、行ってきます」
 部屋を出て、まず向かったのは受け付け。
 もし怪我人が出ていれば、霊傷や特殊なケガだった場合はここに来るかも知れないと思ったのだ。
 入るまでに迷ってはいたがみなもだが、慣れてしまえばそんな事は関係ない。迷っている時間があったら動いた方がずっと良いに決まっている。
 いざとなったら持ち前の正義感と行動力で乗り切れてしまえるのが彼女の良いところだった。
「あの、すいません」
「はい、なんでしょうか?」
「知り合いで、つい昨日今日入院した友人の関係者なんですが、病室が解らなくなってしまって」
 嘘は付いていない、だがこうして曖昧な言葉を使えば意外と上手く行くし、情報も手に入りやすいのだ。
 草間探偵がよく使っていた手である。
「お名前は?」
「えっと……『S』関連なんで、あまり広めないで欲しいと頼まれたんです」
 多少怪訝な顔をされるが、内部に入った人間には甘いらしい。
 ぱらりとカルテを捲る。
「盛岬りょうさんでよろしかったら、5043号室になります」
 一人しかいないと言う事だろうか?
「ありがとうございました」
 あまり情報を得られずに、このままいたら怪しまれると律儀に5階へと上がってしまう。
「うーん、上手く行かないなぁ……」
 次はどうしようかと階段の途中に座っていると、視界の端を大きなトランクケースを持った男の人が通り過ぎていった。
 何がどうという訳ではないが、妙に視線が行ってしまう。
 こんな場所だから多少変わった人がいてもおかしくはないだろうけれど、気になって付いていくと5043号室……つまりりょうの病室に入っていくのが見えた。
「……えっと……IO2の人?」
 素通りできたと言う事はそうかも知れないが、みなもがああして簡単に聞き出せたのだから万が一と言う事がある。
 人を呼ぶべきだろうが、あれが『S』の関係者ならりょうが危険だ。
 ペットボトルの蓋を開き、病室の扉の前に立つ。
 そっと扉をドアを開く。
「……!?」
 驚いたような表情。
 それは、お互い様だった。
「えええええ!?」
 最初に視界に入ったのは、多少服装や髪型と言ったイメージが変わってはいるが……紛れもなく盛岬りょう本人だったからである。
「あの、えっ、どうして……」
「落ち着いてください、IO2から来た神内と言います」
「……!?」
 みなもは病室から飛び出し、羽澄とリリィを呼びに走った。



 すぐに桐伯もとも合流し、しばらくしてから草間探偵と共に調べ物をしていた綾和泉汐耶と夜倉木有悟も加わり説明を聞かされる。
「失礼だとは思うがフルネームを明かす訳には行かない、今この体を借りるのに使っている術は名前を呼ぶ事で解けてしまうんでね」
 同じ容姿に同じ声でも、性格のおかげで明らかに別人のそれだと解った。
 りょうの体を借りて話す神内は、元を見た事がある場合もの凄く違和感を感じる物なのだがここは大人しく耐える事にした。
 こうも初対面扱いされては、他人だと信じるしかないだろう。
「あなたが神内さんだと言うのは解ったけど、あのままで良いの?」
 羽澄が視線を動かしたのは、部屋の隅で椅子に座って身動き一つしないままの体。
「そっとしておいてくれ。本来なら本体もきちんと隠して、着替えを済ませてから会う予定だったんだが」
「あたしが皆さんを呼んじゃったからですね」
「大丈夫ですよ、私だって見たら気になっていたとおもいます」
 みなもが早とちりだったと落ち込みかけるが桐伯がそれをフォローする。
「とりあえず話の続きをお願いします」
 汐耶に促され、神内がうなずく。
「元々ここに来る予定ではあったんだ。魂のない状態で長時間ほおっていると異常が出るし、こうして動かしてみる事で解る事があるから」
 しばらく目の辺りをなぞってから、何度か瞬きを繰り返す。
「そうだ、もう電気付けてくれて構わない。見えるようになったんで」
 ベットから起き上がり、明るくなった室内で腕や手を解し始める。
「もう動いても平気なの、いつもは大分辛そうなんだけど」
 羽澄はこれまでに何度かりょうが能力の使いすぎで倒れた所をみているのだ。
「彼の場合は力の放出に伴い、体が耐えられずにセーブするだけだから。大丈夫だと自己暗示をかける事が出来れば麻痺や疲労は軽減できる」
 それでもまだ怠さは残るのか、ため息を付いてから頭を振って話を本題に戻す。
「彼本来の魂が体の中にない事は良い事ではない、出来る限り本人を早く連れ戻したほうがいいが何か知らないか?」
「それはまだ調べ中、『S』を捕まえる事が先決でしょうしね」
 急ぐ必要はあるだろうが、同じぐらいに『S』の事も知っておくべきだしどちらかを追う事で点と点が一本の線のように繋がる可能性は強い。
「さっそくで悪いんですけど、私たちも遊びではないので情報の交換をお願いします」
「そうだな、まず何から始めようか?」
 決して恫喝するでもなく淡々と言葉を継げる神内の様子はこちらを探っているのではないかという気分にされる。それは見た目に騙されるべきではないということをハッキリ告げていた。
 盛岬りょうという人間を相手にするつもりで話していては、逆に丸め込まれかねない。
「そうですね、では神内さんは『S』についてどの程度まで知っていますか?」
「そう言われても困るな、そっちが何処まで知ってるかによって話す内容が変わってくる」
「隠すつもり?」
「そうは言ってない。だだ一から話したら時間がかかりすぎるから、そっちが知っている事は省略させて貰う」
 言われた事はもっともだが、このまま頷くのでは話の主導権を取られかねない気もする。
「あなたが正直に話す証拠はある? あなたは、どうしても完全に信じる気にはなれないの」
 素直に会話をしたい気持ちもあったが……どうしても信用してはいけない気がしたのだ。
「信じる信じないは勝手だが、逃げられない事は解るだろう」
「……解りました、確かにその体調で逃げる事は不可能だと思うのでこちらから話します」
「それからこれ以上の腹のさぐり合いは止めよう、お互い時間が無い事は解っているだろ」
 役人めいた形だけの笑みは……中身が別人だと解っていても割りきれない物がある。
 羽澄と汐耶が話している横で、あまりの不自然さにみなもと桐伯にポツリと洩らす。
「どうなのよ、あれ?」
「こう言ってはなんですが、幽霊の類よりはずっと気味が悪いですね」
「そんな……でもちょっと解る気がします」
 桐伯とみなもの二人も話に混じり言いたい放題だ。
「そうだろ、俺なんかさっきからぶん殴りたくてしょうがないですし」
 そんな発言をした夜倉木は、さっきりょうだと思い暴れたのが原因で椅子に括り付けられている。
「夜倉木さん………」
 呆れたようにリリィが言うが……今なら少し解る気がしたと言う事はあえて伏せておく。
「所で唯は? 遅くないか」
「そう言えば、連絡がすると行ったきりですね」
「……来てるのか?」
 神内の表情がここに来て初めて少しばかり崩れる。
「病室に入ってなかったから解らなかったんですか? 妹だろ」
「ああ……何か起きたかも知れない、様子を見てくるから待っててくれ」
 そう言うと壁際においてあった大きいスーツケースを持ち、ドアに向かう。
「待ってください、私も付いていきます。一人で歩いたら危険かも知れませんし」
 万が一の事を考えてだろう、みなもの意見にうなずき羽澄も付いていった。


 ガラガラというスーツケースの重そうな音が響く。
「持ち歩くの大変そうですね?」
「手放せないからな……着替えも入っているんだ」
 それはそうなのだろうが、市販されている中では一番大きなサイズかもしれない。
「人でも入ってたりして」
「まさか」
 クスリ、と笑う。
 一部屋二部屋歩いたところで、すぐに場所が解った。空き部屋から聞こえるのがそうだろう。
「だから、言ってる事がよく……あれ、何かあったんですか?」
 振り返りった唯にみなもが駆け寄る。
「遅かったから、お兄さん心配したみたいですよ」
「そうなんですか、じゃあ一度病室に戻りますね。話を聞いて貰ったほうがいい様ですし」
 りょうの側を駆け抜けようとする時に、慌てて羽澄がそれを止める。
「待って、彼がお兄さんよ」
「え?」
 驚いた様にりょうを見上げる唯からりょうに視線を移す。
 ゾッとするような笑みを浮かべ、いつの間にか本を手にしていた。
「違います、兄じゃありません!」
「お前以外は上手く誤魔化せたのにな……」
 今まで感じていた不信感の正体はこれだったのだと確信する。
 いま目の前にいるりょうの姿を借りた相手が、『S』なのだ。
「羽澄さん危ない!」
「逃げて!」
 部屋に入ってしまった以上、瞬時に逃げる事のできる場は限られているとは解っているから、そう忠告するしかない。

 ドンッ!

 低い、衝撃音。
「ーーーっ!」
 水の羽衣で防御はしていたが、至近距離からの衝撃波は流石に堪える。
 それでも体勢を立て直すと床へと倒れていた唯の首を締め上げ、壁へと叩き付けるのが見えた。
「う、あ……」
「止めてください!」
 腕にしがみついたみなもをためらうことなく振り払う。
「きゃあ!」
「みなもちゃん!」
 弾かれた体を受け止めながら、羽澄は『S』を目掛けて音を叩き付けた。
「ぐっ……」
 余波だけで鼓膜がジンと痺れる程度の威力があったのに、完全に決まってはいないようである。
 近くに唯がいたし、あれはりょうの体なのだから完全に壊す事は流石にためらわれたのだかもしれないが……。
 今の攻防をなんとかしのいだ時に見えたのは超能力による障壁だ。
 彼は、りょうの力を使いこなせているらしい。
 今の手持ちの水はペットボトル分僅かに一本、取りに行く時間はないがこれで目くらまし程度はなる。
 そっと蓋へと手をかけた途端。
「伏せろ!」
 夜倉木の怒鳴り声に従い、羽澄がみなもを支えたまましゃがみ込んだ上を影が走る。
「部屋から出て!」
 蹴りかかった夜倉木を見て『S』が意識を集中させるが、汐耶の使う封印能力に阻まれた事を知ると小さく舌打ちをしながら、既に意識を飛ばした唯の体を前にかざし盾に使う。
「なっ!」
 蹴りを反射的に止めたてしまった夜倉木に、唯の体をまるで物のように振り回しなぎ倒す。
「ーーーーっ!?」
 思わず唯の体を受け止めた夜倉木に、『S』は体勢を変え膝を狙い蹴りを叩き込んだ。
 鈍い音がして、バランスを崩した所へ追い打ちをかけるようにナイフで切り付けていく。
「夜倉木さん!」
 にい、と『S』が笑う。
「このっ……」
 今だって片を付けれる、だがこの位置からでは間違いなく唯に危険が及ぶ。
「今なら……この女の首を折る事も、この男を殺す事だって可能だ。それに、この体自体も人質になりえるな」
 余裕めいて笑うが、見た目とは異なり人質からも攻撃が来そうな箇所にも注意を払っている。
「封印を解けば一人は解放しよう」
「駄目よ、絶対に駄目」
 交渉を持ちかけると言う事は、少なくとも相手は不利な状況にある事は間違いないのだ。
 何か、切っ掛けが欲しい。
「……そうだ! 名前を言えば出ていくんじゃない?」
 リリィの意見に賛同しかけるが、フルネームじゃないといけない。
 仮に今なのっている名前が本名であると考えても、『S』の単語の意味が解らなければ同じなのだ。
「失敗した場合の事を考えるとリスクが大きすぎる」
「制限時間でもあったほうがいいみたいだな」
 二本目のナイフを取りだし、唯の腕を切り裂き夜倉木に目掛けて投げつける。
「くっ!」
「やめて!」
 リリィが飛び込んでいきそうになるのを慌ててみなもが止めに入った。
「リリィさんダメです」
「でも……っ!」
「落ち着いて」
 羽澄が抱き留めるとグッと言葉をのみ込み耐える。
「……そうだ、ケガを封じれば時間は稼げますが」
「それは可能ですが、有効じゃないと感じたら『S』の行動がエスカレートする可能性があります」
 桐伯はそこまで言ってから、言葉を止めた。
「みんな、無事!?」
 シュライン・エマと草間武彦が駆けつけたのだが、それだけでは終わらないように思えたのだ。
「シュラインさん、いま……」
 海原みなもの言葉を遮るように、カーテンが掛かった窓にはっきりととシルエットが映り込んだのだのである。
「くそ!」
 次の瞬間、窓ガラスをたたき壊して中へと飛び込んでくる影。
「ターゲット確認、これから制圧を開始します」
「七式さん!」
 突きつけられる銃に、対応するべく振り返った隙を見逃すはずがなかった。
 無理矢理体を起こした夜倉木が、唯の体の脇から銃口を押し付け引きがねを引く。
「な、に……!?」
 低い銃声と火花が散り、背後へと弾丸が貫通し血しぶきをあげた。
「夜倉木さん!?」
「いいから唯を!」
 傾いた体から羽澄が唯を奪還し、汐耶と組んで治療に専念する。
「大丈夫、気を失ってるだけ」
 ホッとしたが、まだ終わっていない。
 夜倉木がフラと立ち上がり声を張り上げる。
「大丈夫だ、死なない限りはどうとでも出来る!!」
「そう言う事なら……」
「思いきり行かせて貰います」
 容赦のない言葉だが、今はその意見が一番だろう。
「貴様っ!」
「遅い!」
 手を伸ばしかけた瞬間に音が叩き付けられ、今度こそ為すすべもなく床へと叩き付けられた。
「ーーーーっ!」
 七式に向けられた散弾銃を、トランクケースを盾にして凌ぎながら窓へと向かう。
「逃がしませんよ」
 桐伯の鋼糸でなら、室内では死角は無いも同然だ。
 針のように全身を貫き、床へと縫いつける。
「色々好きかってやって下さったようですが、覚悟は出来てますか?」
「う、ぐ………」
 ヒヤリとした桐伯の笑み。
 これからやる事はまだまだあるが、なんとかひと息付けそうだ。
「凄くいいタイミングだったわ、ありがとう」
「いえ、間に合ってよかったです」
 七式に礼を言うころには唯の治療は大体終わっていた。
「もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「……俺も頼む」
 その間ほおって置かれた夜倉木は、恨めしそうにこちらを見ていが……まあ彼の場合は丈夫なので後回しでも全然問題ないのである。
 本人もそれをよく解っているから、それ以上は言葉にはしなかったが。
「そうだ、りょうは捕まってないみたいだから呼んでみるわね」
「よかったですね、リリィさん」
「うん……」
 今は『S』が入っているけれど何とかなるだろう。
「よかった、とりあえず無事みたいね」
 あくまでとりあえずだが……シュラインがホッとした横で夜倉木が物騒な台詞を口にする。
「俺は……つーか、今のうちに盛岬ごと殺ってしまった方が世界平和のために……」
「ならないから」
「駄目ですよ」
「夜倉木さん……」
 キッパリと断言され、態とらしいため息を付いた。
「本物の神内さんの様子が気になるから、見てくるわね」
「本物の?」
「この事を教えてくれたのが彼なの、聞いて欲しい事もあるから、今連れてくるわ」
「ちょっと待っててくれ」
「あたしも部屋においてきた水を取りに行くのでご一緒します」


 シュラインとみなもと草間の三人で病室に向かうと、やたらと騒がしい。
「神内さん?」
 声をかけると、言い争ってた声が止まり二人がこちらを向いた。
「ぁ、聞いてくださいよ!」
 と、半透明の神内が本体の神内の衿を掴んでいる。
「だから、仕方ねーっていってんだろうが!」
 本体の神内がガラの悪い口調で、幽霊の手を突き放す。
「仕方ないってなんですか、体返してください!」
「後で返すから!」
 聞き覚えのある口調ではあった。
「……もしかして、盛岬か?」
「よく解ったな」
 この状況で、一体何をやっているのだと思うと頭が痛くなる。
「リリィさん心配してましたよ」
「そ、れは……」
 グッと言葉を詰まらせた『りょう』に、宥めながら話を聞いてみる事にした。
「どうしてここにいるのか聞いてもいい?」
「ああ、なんか呼ばれたんだけどな……空いてる体がここにあったからつい」
「だからっていいと思ってるんですか、手順を踏まないでそんな事したら負担がかかるんですよ」
 早く体を返せと言う陣内を押しのけてから、説明を続ける。
「そうだ、時間がないから手短に説明するぞ。あんたは少し黙っててくれ」
「時間がない?」
 眉をひそめた草間から、タバコを一本かすめ取り火を付けた。
「おい!」
「悪いな、こうして話すのにも力がいるんだ」
 ニィと人の悪い笑みを浮かべ、紫煙を吐き出す。
「後でだと話せなくなるから、よく聞いててくれ」
 うなずいたのを確認してりょうが今までの経緯を話し始めた。
「本当に偶然だったんだ、『S』が脱獄したって聞いた瞬間に俺が狙われるのが視えてな」
「どうしてりょうさんが狙われたの?」
「正確には狙ったのは俺の右目だ、元々あいつの物だからな、おかげで『S』関連になると特によく見える」
「それは……」
 納得できない事ではないが、疑問はまだ残っている。
「さっきも出来るはずだったのに、どうして『S』はあそこにいたんです?」
 りょうの体を乗っ取れたんだから、可能なはずなのだ。
「俺の魂が入ってる状態での目が必要だったんだ、なにせ10年前にあいつの目を取った時に力の一部も奪い取っから、時間が立つ間に魂のほうとも混ざってるんだ」
 深々とため息を付いてから、酷くおっくうそうに天井を見上げる。
「大丈夫ですか?」
 みなもに心配され、大丈夫だと手を振るがやはり破棄がない。
「いっそのこと目ぐらいやってもいいんだけどな、そうする事で完全に力を取り戻しちまうからそうもいかねぇんだよ」
「力を取り戻したらどうなるんですか」
「そうだな、まず全体の能力も上がるだろうし。能力食いのキャパも増える」
 あまりにも端折りすぎていて、状況がよく飲み込めない。
「つまりはどういう事なんだ、お前の説明は全部危機感が無さ過ぎる」
「んー……深刻に言うとだな。俺の目がえぐり取られた場合、強くなるから被害者が増えて、その被害者の能力も加算されるから更に厄介になって被害者が跳ね上がると言う悪循環が発生するな」
「大事じゃない!」
 危機感がないと言いたげな視線から顔をそらし、アートかうーとか唸ってからパッと立ち上がる。
「さっきは悪かったな、みなも」
「え?」
「視えたんだ、それから羽澄と唯にも謝ってくれよ。リリィにも悪かったって……ついでに夜倉木にもな」
 ゆっくりと頭を撫でるりょうは、どこかおかしい。
「自分で言ったほうがいいんじゃないか?」
「……怖いから後回しな」
 何とも情けない台詞だ。
「さて、もう少し続きがあるからつきあえよ?」
「……いいわ」
 他に聞くべき事はあるのに、どうしても聞く事は出来ない。
「『S』は、人じゃない」
「それは解ってる」
 軽いのりなのに、どうしても口を挟めないのだ。
「何の因果だか、知らなくていい事まで知っちまった。あれは、誰もがなりうる状況なんだ」
「どういう事?」
「俺もああなってたかも知れないって話だ」
「盛岬!」
 咎めるような口調にも、りょうは曖昧な笑いしか帰さなかった。
「みなもはどう思う?」
「え?」
 その質問は、あまりにもおおざっぱすぎて意図がわからなかった。
「いや、なんでもない。さてと……やらなきゃならない事がある」
「りょうさん、あなた……」
「草間と幸せにな」
「ーーーリリィちゃんはっ!」
「…………謝っといてくれ」
「まっ……」
 止めようとした矢先、突然立ち上がったりょうは壁目掛けて思い切り頭を打ち付ける。
「何を!?」
「悪いな、こうでもしないと止められる」
 スウッと霊体のまま逃げ去ったりょうを追いかけるが、動かなくなった神内も放置できない。
「シュライン、みなも、止めてくれ」
「解った!」
 廊下の途中で、汐耶と合流し七式と夜倉木が相手をしている事を聞いた。
 まだ大丈夫と思ったが、そう甘くはないらしい。
「りょうさんは!? 彼何かするつもりよ」
「こっちです、急ぎましょう」
 到着した時には、状況は考えられる物の中でも最悪の部類に入る物だっだ。
 しかも人数が増えた事で『S』を刺激したのか、手にしていた剣がりょうの首筋に血のあとを残す。
 それを知ったりょうが、こちらを見ようともせずに言い放つ。
「迷惑かけて悪いな、礼は後でするから」
 それから、『S』に向かって、真っ直ぐに見上げる。
「………人だって人を殺す、お前のしてる事は無意味だ」
「黙れ!」
「どれだけ異能力者を殺したって人になれる訳がないんだ!!!」
「ーーーーっ、黙れぇぇぇ!!!」
 一瞬にして下へと切り裂かれた刃は、全てを深紅に染めていった。
「りょう!」
 誰が叫んだか何て解らない。
 それでも……それぞれがやるべき事を見いだし動く切っ掛けには十分な効果を得た。
「黙れ、黙れ!!!」
 狂ったように叫びながら、動かなくなったりょうの体を支えジリジリと後退していく。
 その時になってようやく包囲が完成したのか、一斉にライトに捉えられる『S』の姿。
 逃げ道は、無い。
 焦燥に満ちた表情に、誰もがそれを確信したが『S』の肩にスルリと白い腕が回される。
「……怒っては駄目ですよ」
 透き通るような感情のない声。
「……ァ」
「贄は手に入ったんですね」
「ああ……」
「それでは帰りましょう」
 クスリと背後にいる誰かが笑う。
 それだけで、ビリビリと空気が震えるのが解った。
「伏せて!」
 その声を最後に、全身に叩き付けられるような衝撃を受け何も聞こえなくなる。
 短いのか、長いのかよく解らない時間が過ぎ……ようやく起き上がるに至った頃には、回りの景色はまるで廃墟のような光景と化していた。
 痛む体を起こし、回りの様子を確かめる。
「皆様無事ですか?」
「なんとか防御は出来たから」
七式に答え、羽澄が服のホコリを払う。
 リリィは、みなもと羽澄の結界が功を奏したようで大した被害はなかったようだ。
「大丈夫ですか?」
「………ありがとう」
 無事ではあったとはいえ、生々しく残った血の跡が事件はこれで終わりではない事を告げていた。
「厄介な事になりましたね」
 汐耶の言うとおり、これで『S』が力をます事は決定づけられたようなものなのである。
「どうしてあんな事を……?」
「それは、本人に問いただせばいい事ですよ」
 ヒヤリとした笑みを浮かべる桐伯に、シュラインは別の意味でりょうの心配をしたくなったのだが……。
 その心配すべき相手は、生死すら不明なのが現状である。

 その後日付が変わるまで捜索が続いたが、なんの痕跡も見つからず、動きさえ見せていない。
 それは完全に『S』を見失った事を意味していた。



     【続く】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性  / 26 / 翻訳家 興信所事務員 】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 司書  】
【1510 / 自動人形・七式 / 女性 / 35 /  草間興信所在中自動人形 】

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは【『S』による原因と結果の法則】に参加いただきありがとうございます。
話を考え、一回では終わらない及び連載がしてみたいと言う事でこのような形でお送りしましたが楽しんでいただけましたでしょうか?
一話目と言う事でひたすら慌ただしい事になっております。
注意書きにケガをするかもと言う一言のおかげで慎重なプレイングをした方が多かったですし、
防御が出来る方が多かったのであまり酷い事にはなりませんでした。

個別部分が様々な箇所にありますので、他の方の話も読んでいただけたら幸いです。

次回の受注は今週中頃を予定していますので、
よろしければそちらにも参加していただけると嬉しく思います。