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『S』による原因と結果の法則
草間探偵事務所に駆け込んできた少女、三日月リリィが草間探偵を見つけるなり飛びついてまくし立てる。
「大変、りょうが……いまっ!」
「なんだいきなり、とにかく落ち着いて……」
宥めようとした草間に、血まみれのメモを差しだしたのは夜倉木有悟、ここまでリリィを護衛しながら来たようだ。
今度はしっかりとした口調で言い放つ。
「『S』が……脱獄したの」
「なんだって!」
少し前に、連続した異能狩りの犯人として追いかけ捕まえたのだが……まさかこんなにも早く脱獄するとは。
「あいつは狙われるのが解ったから、後は任せたとしか言わなかったんだ」
「狙われると思って距離を取ったのか?」
捕まえたのは他の人間も同じだが、盛岬りょうだけは『S』と互いに位置が解るという特性を持っている。
「でも別の理由があるかも知れないの」
「別の理由?」
「今朝になって夜倉木さんの家にこれが届いてたわ」
血まみれの手紙には、ほんの数行。
『草間の所に行け、能力食いに気を付けろ』
書き殴られた文字は血で書かれてあり、危機迫る物があった。
「動くなら早いほうがいいな」
「とりあえずリリィはここにいた方がいい」
「……はい」
そこにリリィの持つ携帯電話の着信音が響いた。
文字に盛岬りょうの名前が出た事を知ると、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし! りょう!!」
『失礼します、ご家族の方ですか?』
知らない声に僅かに顔を上げるが、話を続けるように促すと全員に聞こえるように細工してから後を続ける。
「はい、どなたですか?」
『言い遅れました、こちらIO2の者ですが』
流石に今度こそ絶句する。
怪奇事件に関わっているからには、その名前は多少なりとも耳に入ってく単語だ。
もっともその出所はまるで都市伝説のようにあやふやではあるから、すぐに現実味が沸いてこない。
『……血まみれの男性が飛び込んでくるなり倒れましてね、意識を失う直前に『S』関連だと言うからこちらも動く事になりました』
血まみれという単語に、一気にリリィの血の気が下がる。
「無事……なんですか?」
『重体でしたのですぐに治療しましたが、魂が体に存在しておらずこのままでは危険な状態です』
その声は、静かに響き渡った。
【自動人形・七式】
一気に慌ただしくなった興信所内に、整備中だった自動人形・七式は荒事になるだろうと考えてアタッチメントの準備をしながら話を聞く事にした。
相手によっては装備を変更する事になるだろう。
赤い髪に銀の瞳。
人の姿でありながら人とは異なったパーツを持ちうる七式は草間興信所での手伝いをするために作られた。
日常生活でも役立てるし、今のように非常時でもパーツを代えて対応すれば様々な事に対処できる。
「どうしたの?」
仮眠室から顔を出したのはシュライン・エマ。それからすぐに綾和泉汐耶も加わって話を再開しようとしたが。
「俺も話を聞いただけですけど……」
「ごめん、夜倉木さん。私りょうの様子見に行きたいんだけど……ひと呼んじゃったし」
「解った、じゃあ送っていくから草間に説明してもらってくれ。直ぐに戻る」
そう言い残してリリィと夜倉木が病院へと向かう。
「つまり結構な大事になっているんですね、私はまだ詳しい事は知りませんけど」
「そうね、『S』は前に出た時も色々しているし……どうして逃げ出せたのかしら?」
「わたしくも相手によって整備を代えたほうがいいと考えているので、お願い致します」
草間に視線が集まる。
説明しろと言う事だろう。
「そうだな、どっから話せばいいか……とりあえずかいつまんで説明すると最近起きた『異能狩り』を盛岬が追ってて捕まえたはずなんだがな、しばらく見ないうちに色んな芸を身につけてるとか言ってたぞ」
りょうの言葉をそのまま借りたのだが、芸と言い切る辺りがいまいち状況の緊張感を伝え切れていない気がする。
言った後で澁い顔をしながら、前にあった『S』の事件をザッとなぞっていった。
十年前にりょうが警務所に入れたが刑期を終えて出てきてしまった事。
その時は興信所にいたメンバーで捕まえたが、その時には新しい能力を使用していた事。
結果的には捕まえたが、結局は脱獄して今に至る訳である。
「この間りょうさんも知らない技を使ってたのよね、本も気になるし」
「本ですか? 特殊なものだとたら調べられるかも知れませんが」
確かに、汐耶は司書をしながら色々な本に関わる仕事をしているから解る事があるかも知れない。
「よし、じゃ本の事は頼んだぞ」
事件のファイルの中から、本の写った写真を汐耶に渡した。
「はい、やってみましょう」
受け取った写真には真っ黒な本に金の逆十時の細工が施されている。
それを見ながら、特徴をみて似たような本がなかったかを思い出したり他に調査を頼んだりもしていた。
「対策に関してですが、時間が経過するに能力増えているのでしょうか?」
「そうよね、やっぱり刑務所の中で覚えたと考えるのが妥当か、出所してから覚えたか? どっちにせよ時間が立つに連れて危険度は増しそうね」
「そうだろうな、まだ前のように連続的に『S』は動いてる様子はないが、こうも情報が少ないとどうしても後手に回るな」
事件が起きてから動くのでは、警察と変わりが無くなってしまう。
今考えるべきはこれ以上被害を増やさない事だ、すでにりょうは犠牲になっている訳だが、それを言ったら元も子もないのでこの際それはおいておく。
「やっぱり一番情報が手に入れられるとこに聞いた方が早いわね」
可能性は低い話だが、不可能だとも思えなかった。
「何かいい手があるのか?」
「IO2に聞いてみればいいのよ」
簡単な事だ。
だが、都市伝説程度でしか話を聞かない組織にどう接触すればいいのか……しかも情報を聞き出したり、こちらの都合で動くとは考えにくい。
「可能性としてはありえます、向こうから連絡してきていますし交渉次第では協力してくれる事でしょう」
「それならちょうど良いものか見つかりました」
汐耶が写真をテーブルに載せ、トンと指で叩く。
「この本を持つ意味か解りました」
「……早いな」
驚いたように草間が顔を上げ、タバコの煙を吐き出す。
「今まで色々な本をみていましたから、その本と『S』を会わせて考えるとイメージは黒魔術なんですよ」
単純な連想ゲームだ。
「でもよく見て欲しいんです、この本……この本新しいのが解りますか?」
全員でのぞき込むと、確かに言われた通りである。
「言われてみればそうね」
「強度的に何か特殊な処置もされているのでしょうが、それを差し引いても同じ意見です」
「つまり……この本は盛岬のタバコと似たような物って事か?」
自己暗示ややジンクスのようなもので力の増幅や、安定を計っている訳だが、色々な意味で関係の深い『S』ならば能力の使用方法が似通っていてもおかしくはない。
「実際に本を奪われて力を使えなくなってる訳だから、その線は確かだろうな」
「それにもう一つ、前に逃げた時にすでに能力食いの力はあったかも知れないと言う事です」
その意味を考え始めるが、七式は聞いてしまうと言う合理的な手段を取った。
「それはどういう事でしょうか、汐耶様」
「ついさっきシュラインさんが言ったように、刑務所内部で覚えたのが妥当だと思います」
「汐耶さんも『S』の手伝いをした人間がいると考えてるのね」
「はい」
うなずく汐耶に、シュラインも大体解り始めてきたようである。
「全開大人しく捕まったのは、今回りょうさんを狙うため」
「脱獄して真っ先に盛岬さんの所へ向かった事を考えるとそうでしょう」
手早く組み立てられていく推理は、さながら名探偵を彷彿とさせるものであった。
「とにかくこれくせらい情報提供をすれば向こうの情報を聞き出せるでしょう、あとは連絡の取り方ね」
「どうだ、なにか進展ありました?」
そこに戻ってきた夜倉木に、簡単に今までの事を説明すると……。
「ならちょうどいい、俺が連絡付けますよ」
「出来るのか!?」
「前に編集とは別の仕事でちょっとな、大まかな場所とか知ってたから盛岬も飛び込んだんだろ」
「なんで知ってるんだ……?」
「……上の方に直接関わってる訳じゃないですけど、それでも話ぐらいなら聞けるから待っててください」
そうそうに話を切り替えて、連絡を取り始める。どんな切っ掛けとかは気になるところだったが、とりあえず深く追求するのは止めておく。
それ以上に簡単に連絡が取れてしまった事に驚いた。
「この間はありがとうございました、夜倉木さん。それで……お話のほう考えていただきました?」
「あー……まあそれはまた今度で」
夜倉木が連れてきたのは一見女子大生かと思えるような、おっとりした女性だったために何かの冗談のようにしか見えない。
「夜倉木……」
「こう見えても本物だ、まあ下っ端の事務だけどな」
「すいません、自己紹介が遅れました。神内唯と言います」
ペコリと頭を下げる仕草には不安だけが残ったが、簡単に自己紹介をしてから話を聞いてみる事にした。
「『S』で困ってるのはお互い様だから、解ってる事を情報交換したほうがいいと思うの」
「解ってますよ、大体の話は夜倉木さんから聞いてますから……資料を持ってきましたんでそれと交換と言う事でよろしいですか?」
シュラインの提案にこころよく応じて、資料を渡してくれる。
あまりにも上手く行きすぎて、裏があるかも知れないと不安になって聞いてみた。
「IO2はもっと近寄りがたい組織だと思ってましたが」
汐耶の問いに、唯が困ったように笑う。
「表向きはそうですが……内部は人手が足りてなくて大変なんですよ。よかったら勤めてみません?」
「……ここで勧誘しないでくれ」
ぼそりと、草間が呟く。
「ええと、他にも聞いて良い」
「その事なんですが……移動してからで良いですか。いま『S』の逃走事件でごたついてて、詳しい情報が私の所まで回ってきてないので兄に聞いた方が早いと思うんで」
「平気なのか?」
シイ、と人差し指で静かにと言う合図を送る。
「ばれたら上に怒られますから」
その言葉に静まりかえり、事の成り行きを見守った。
「もしもし神内ですが兄は今どこに? ああッ、待って切らないでください! 忙しいのは解ってるんですけど『S』の情報が手に入ってですね、はい」
早口で内容をまくし立てていたが、どうにか連絡は付いたようだ。
「じゃあ病院で待ってますから、はい……はい、ありがとうございました」
電話を切り、ホッと息を付く。
「兄さんと会えるそうなんで、盛岬さんの病室から人を遠ざけてもらえますか?」
「どうして?」
「能力の性質上仕方ないんですよ、まあ詳しくは会えば解ります」
「解ったわ、伝えておく」
電話をかけてから、草間が思いだしたように声を上げる。
「まずい……」
何事かと線を送れば、山積みになって書類を前に頭を抱える草間がいた。
「前の事件の時に盛岬から『S』の情報をもらったんだが……無い」
シュラインはため息を付いてから、手伝い始めた。
「先に行ってて、後から追いかけるから」
「すまんな……」
「わたくしも残ります、整備が終わっていませんから」
汐耶と夜倉木を見送ってから、資料を探すがででこない。
「本当に何処にやったの、武彦さん?」
「いや、その……零ー?」
助けを求めた草間にシュラインはため息を付いてから、着実に調べ物を続けるべく手元にあった資料に挟まってないか一枚一枚調べ始めた。
「どうしたんですか、兄さん?」
キッチンで洗い物をしていた零が顔を出し、酷い散らかりように眉をひそめるが状況はすぐに見抜いたようである。
「また何か無くなったんですか?」
「ああ……『S』関連ファイルなんだが」
思い出そうとする零に、シュラインが顔を上げる。
「知ってるの、どんな形とか、どこら辺だとかだけでも解るとありがたいんだけれど」
「その資料ならこの間盛岬さんに返しませんでした? 今までの物とまとめてデータに入れるからと言ってましたよね」
それでは見つから無いはずだ。
非難じみた視線が草間に集中するが、いつもの事だから仕方ないとすぐに思考を切り替える。
「今から取りに行くにしても、勝手にはいる訳には行かないわよね」
「今からでも夜倉木に連絡したほうがいいかもな」
電話をかけようと伸ばした黒電話は、触れるよりも早くベルの音を鳴らした。
「はい、草間興信所」
受話器を取り上げ耳に押し当てた草間が、渋い顔をして受話器を見返す。
「どうしたの?」
「や、なんか雑音が……っ!」
振り払うように受話器を投げ捨てた草間に、何事かと緊張が走る。
「どうしたんですか」
一旦整備の手を止め、七式が受話器に近寄り同じく動きを止めるがそれも一瞬の事。
「どうしますか?」
ひょいと拾い上げた受話器からは、向こう側が透けて見える手が生えていたのだ。
「ま、待ってください!」
じたばたと動く手は、分類分けをするなら幽霊なのだろう。
「引っ張ったほうがいいんじゃないかしら」
「そりゃいい、ありがたい!」
場違いな声にため息を付いてから、七式に受話器を持たせたまま草間が引っ張る事になった。
ずるりと半透明な全身が引きずり出て、本人が困ったように笑う。
「いやぁ、済みませんでした。ここは草間興信所で間違いないですよね」
「……ああ」
突然の珍客に困ったように草間がタバコの煙を吐き出す。
「よかった、上に帰還してもよかったんですが……体は取り返さないと示しはつきませんから」
「どういう事か聞いてもいい?」
シュラインに言われ、思い出したように幽霊が咳払いをしてから真顔を作った。
「自己紹介が遅れて失礼しました。神内総一といいます、訳が合って取られてしまった体を取り返す手伝いをして貰いたいんですが」
「……神内」
聞き覚えのある名前だ。
そもそも忘れようがない、ついさっき同じ名字の人物が来たのだから。
「……もしかして、あなたIO2?」
神内が驚いたように目を見開く。
当たりのようだ。
「どういう事か説明して?」
「病院に向かったほうがいいのでは」
「そうだな、それに連絡も入れないとならない」
矢次に慌ただしくなり、車に向かいながら電話をかけるが繋がらない。
「くそ、病院に急ぐぞ!」
また何かあるといけないからと零は残して病院に向かう最中に事情を聞く事になった。
「『S』はご存じですよね」
「ああ、よーく知ってる」
「『S』はIO2で預かる事になったんですが、何せこのままだと虚無に行きかねませんから。その護送担当が僕だったんですよ」
虚無、つまり『虚無の境界』の事だろう。
確かに『S』が向こうに行って、組織という後ろ盾を手に入れたらさぞかし厄介だ。
「そう言う話が出てたんでこっちも急いだんですが……一足遅かったみたいでしっかり脱獄された挙げ句、私の本体と力も奪われてしまった訳です」
「神内様はどのような能力を持っているんですか?」
「それが……異魂術と言いまして、自分の魂を人に移すという物なんです」
「なんだって!?」
驚いて声を上げた草間にしっかり運転するように告げてから、シュラインが変わる。
「つまり『S』はあなたになりすまして病院に行く事も可能なのね」
「そうでしょうね、しかも護送が終わった後病院に行く事になっていたから……間違いなく素通りだ。何せこの術を使って体に入れば多少の記憶と入った相手の力は使いたい放題ですから」
何て厄介な。
「他に『S』について何か知らない、戦う場合は少しでも情報があったほうがいいし」
「その場合、気を付けてくださいね」
「能力食いにですか?」
「それもあるんですが、あれは魔法陣やらを刻んだり手順とかが必要なんで捕まりさえしなければ大丈夫です」
「じゃあ、何に?」
言ってもいいものかと思ったのか、僅かにためらいはしたが……息を付くように肩を落とした。
もちろん幽霊の時にそんな事ができるはずはないから、感情の表れに過ぎない。
「話して、こっちも協力するから」
「解りました。注意して欲しいですから……『S』はどうやら人ではないんじゃないかと言われてます」
それは……どこかで考えていたような事ではあった。
「混血だと言う事らしいですが、何とまでは解っていません。だだそれでも人の規格外ですから、注意してください」
病院が見えてくるほどの距離になって、ようやく電話が繋がる。
「もしもし、私だけどそっちに神内さんはいる?」
「七式、先に向かってくれ。出来るなら捕まえるように」
「解りました」
走り出した七式を、慌てて呼び止めた。
「待って、もうりょうさんに乗り移ったみたい、この様子じゃ戦う事になるわね」
「一足遅かったか……七式、準備は出来てるか?」
「はい、いつでも動けます」
「ターゲットを盛岬に切り替えて、抵抗するようなら多少は攻撃してもいい。あいつなら平気だろう」
「はい、了解しました」
病室に向かいながら、素早く計画を立て時事を出していく。
盛岬には悪いとは思うが、仮にも能力者だし死にはしないはずだ。
「いまどこにいるの、状況を教えて」
電話を繋げたまま、シュラインが状況を尋ねる。
「唯さんと夜倉木さんが人質になってるみたい」
「唯が!?」
「落ち着いてください」
電話越しでも、酷いことになっている事は音だけでも解ったが……。
「汐耶さんの封印能力で硬直状態になってるみたい」
「そうか、だったら七式に不意打ちをかけて貰うしかないな、場所はどこだ」
電話でのやりとりをすぐに終えて告げる。
「5階の5053号室」
何処が不意打ちをかけやすいかと病院を見渡すと、神内がこっちだと手を挙げた。
「そこなら屋上から中に飛び込むのが一番不意を付けると思いますが、いいポイントがありますよ。だだ二回分降りる事になりますが?」
「可能か?」
走りながら上を見上げ七式がうなずいた。
「やれます」
「なら七式は神内の合図で好きが出来次第行ってくれ」
すいっと空を切る神内に続いて階段を駆け上がる。
「私たちは先回りして、注意を引くから」
階段で別れ、病室へと向かう。
病室の近くまで行く言葉出来たが、あくまでも隠密行動が主なのでばれないようにそっと中をのぞく。
「このっ……」
今だって片を付けれる、だがこの位置からでは間違いなく唯に危険が及ぶ。
燃す少し待つべきだ。
「今なら……この女の首を折る事も、この男を殺す事だって可能だ。それに、この体自体も人質になりえるな」
余裕めいて笑うが、見た目とは異なり人質からも攻撃が来そうな箇所にも注意を払っている。
「封印を解けば一人は解放しよう」
「駄目よ、絶対に駄目」
交渉を持ちかけると言う事は、少なくとも相手は不利な状況にある事は間違いないのだ。
何か、切っ掛けが欲しい。
「……そうだ! 名前を言えば出ていくんじゃない?」
リリィの意見に賛同しかけるが、フルネームじゃないといけない。
仮に今なのっている名前が本名であると考えても、『S』の単語の意味が解らなければ同じなのだ。
「失敗した場合の事を考えるとリスクが大きすぎる」
「制限時間でもあったほうがいいみたいだな」
二本目のナイフを取りだし、唯の腕を切り裂き夜倉木に目掛けて投げつける。
「くっ!」
「やめて!」
リリィが飛び込んでいきそうになるのを慌ててみなもが止めに入った。
「リリィさんダメです」
「でも……っ!」
「落ち着いて」
羽澄が抱き留めるとグッと言葉をのみ込み耐える。
「……そうだ、ケガを封じれば時間は稼げますが」
「それは可能ですが、有効じゃないと感じたら『S』の行動がエスカレートする可能性があります」
桐伯はそこまで言ってから、言葉を止めた。
「みんな、無事!?」
シュライン・エマと草間武彦が駆けつけたのだが、それだけでは終わらないように思えたのだ。
「シュラインさん、いま……」
新しく人が来て完全に意識が向こうに行った、今がチャンスだ。
カーテン越しのシルエットに気付いたようだが、遅い。
「くそ!」
次の瞬間、窓ガラスをたたき壊して中へと飛び込んで銃口を突きつける。
「ターゲット確認、これから制圧を開始します」
「七式さん!」
対応するべく振り返った隙を、その場の誰一人として見逃すはずがなかった。
無理矢理体を起こした夜倉木が、唯の体の脇から銃口を押し付け引きがねを引く。
「な、に……!?」
低い銃声と火花が散り、背後へと弾丸が貫通した血しぶきをあげた。
「夜倉木さん!?」
「いいから唯を!」
傾いた体から羽澄が唯を奪還し、汐耶と組んで治療に専念する。
「大丈夫、気を失ってるだけ」
ホッとしたが、まだ終わっていない。
夜倉木がフラと立ち上がり声を張り上げる。
「大丈夫だ、死なない限りはどうとでも出来る!!」
「そう言う事なら……」
「思いきり行かせて貰います」
容赦のない言葉だが、今はその意見が一番だろう。
「貴様っ!」
「遅い!」
手を伸ばしかけた瞬間に音が叩き付けられ、今度こそ為すすべもなく床へと叩き付けられた。
「ーーーーっ!」
七式に向けられた散弾銃を、トランクケースを盾にして凌ぎながら窓へと向かう。
「逃がしませんよ」
桐伯の鋼糸でなら、室内では死角は無いも同然だ。
針のように全身を貫き、床へと縫いつける。
「色々好きかってやって下さったようですが、覚悟は出来てますか?」
「う、ぐ………」
ヒヤリとした桐伯の笑み。
これからやる事はまだまだあるが、なんとかひと息付けそうだ。
「凄くいいタイミングだったわ、ありがとう」
「いえ、間に合ってよかったです」
七式に礼を言うころには唯の治療は大体終わっていた。
「もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「……俺も頼む」
その間ほおって置かれた夜倉木は、恨めしそうにこちらを見ていが……まあ彼の場合は丈夫なので後回しでも全然問題ないのである。
本人もそれをよく解っているから、それ以上は言葉にはしなかったが。
「そうだ、りょうは捕まってないみたいだから呼んでみるわね」
「よかったですね、リリィさん」
「うん……」
今は『S』が入っているけれど何とかなるだろう。
「よかった、とりあえず無事みたいね」
あくまでとりあえずだが……シュラインがホッとした横で夜倉木が物騒な台詞を口にする。
「俺は……つーか、今のうちに盛岬ごと殺ってしまった方が世界平和のために……」
「ならないから」
「駄目ですよ」
「夜倉木さん……」
キッパリと断言され、夜倉木は態とらしいため息を付いた。
「本物の神内さんの様子が気になるから、見てくるわね」
「本物の?」
「この事を教えてくれたのが彼なの、聞いて欲しい事もあるから、今連れてくるわ」
「ちょっと待っててくれ」
「あたしも部屋においてきた水を取りに行くのでご一緒します」
シュラインに付いて、草間とみなもが行った後に、ごとりとスーツケースが動く。
「!?」
さっき、羽澄が冗談めかして人でも入っているかもと言ったのだが……まさか。
「開けるな!」
『S』の言葉に顔を見合わせるが、何か入っている事は確かだ。
「中に何が入ってるのか知りたいですが、不用意に開けるのもどうでしょうか?」
「罠と言う事も考えられます」
単純に考えてしまうなら、開けるなと言われたら開けたくなるのが心理と言うものである。
「離れた位置から狙撃するという手もありますが」
右手の機関銃を向ける七式、確かにそれならある程度防御していようが一撃だ。
「その手で行くか?」
「中に危険物が入っていて爆発するかも知れませんよ?」
「それなら私が防御して置くから、ドアの影から撃つって言うのは?」
「その線が一番安全でしょう」
動けない『S』はそのままにして部屋を出たが、騒がないところを見ると爆発はしないかも知れないが……無言なのが気になる。
「入ってるの、『S』の本体かも」
「有り得ない話ではないかも知れませんよ」
「それはいいですね、色々手間が省けます」
結局開けてみなければ解らないが、言ってみれば正しい気がした。
神内の体を乗っ取るにしても、その間は『S』の本体は無防備になってしまう事を考えると持ち歩くほうが安心だろう。
「構いませんか?」
「いつでもどうぞ」
「では……」
引き金を引き、重々しい音が響くとトランクケースが大きくひしゃげ蓋を開いた。
中から転がり出てきたのは、予想していたとおりではある。
長い金髪に、片目の男。
前に負傷したはずの腕も、どういう訳かしっかりと付いていた。
「ーーーっ、待って、『S』に喋らせたら駄目です」
勢い良く起き上がった唯に、弾かれたように『S』を見る。
そう、名前を呼べば元に戻れるはずなのだ。
それが自分で呼ぶ事でも有効なら、これを狙っていたと言う事。
歌で妨害するが、それよりも僅かに名前を言う方が早い。
「ナハト・セイクレイド・ワーシュネー」
それならと桐伯は先手を打って鋼糸を『S』に絡め取る。
「千の宝石を噛み砕き者よ……」
「早く封印を!」
「待って、上手くいかない!」
状況が錯綜しかけた今ならいける。
タン、と軽い音で地を蹴り飛び出した羽澄がりょうの体をドアのほうへ蹴り飛ばし鞭をを振るう。
僅かに視線が動いた事を見ると、判断は間違っていなかったようだ。
喉を狙った直接攻撃を辛うじて交わし、尚も呪文を続ける。
「その対価を歪みとして示せ!」
虫が羽ばたくような音がして、全身を薄い膜に包んだ『S』はためらわずに窓から外へと飛び出していった。
「追いますか?」
逃げたと決まった訳ではないのだ。
少し体勢を立て直したらまた来るかも知れない。
「下手に深追いしては危険です、時間からして人が集まる頃ですから『S』はそちらに任せたほうがいい」
「それもそうだな……」
大きく息を吐き、後に残ったのは嵐が過ぎ去った静けさだけだ。
「りょうは大丈夫?」
「今治療してる」
ケガは羽澄とリリィに任せ、桐伯は回りに結界を張り始める。
「また来るかも知れませんし、それにまた別の人間に乗り移ってこられたら大変でしよう」
「それもそうだな、まあ……来る人間には名前を呼べば済む事だな」
そう、つまり同じ手は使えないと言う事だ。
「待って下さい、わたくしはシュライン様と草間様を呼んで参ります」
「俺も行く、一人で行動するべきじゃない」
「待ってください、私も行きます。多少の時間を貰えれば次は封印できますから」
落ちていた本を拾い上げた汐耶は入り口に鋼糸が張られる前に、七式に続き夜倉木と一緒に外へと出て向かえに行った。
病室までの短い距離。
「人が多くてよかったな」
「そうでしょうか?」
「難しいところですね」
通路の真ん中に、『S』は立っていた。
動かれる前に撃つ。
トンと地を蹴り、散弾銃で『S』の移動する箇所へと軌跡を描くように弾丸の痕が残っていった。
「獣の具足を踏みにじりし者よ!」
グンとスピードを増した『S』に付いていくのは困難だったが、室内という遮蔽物があるからには追えない早さではない。
弾丸は当たりにくくなったが、牽制を続けながら人がいる箇所まで追い詰める事が出来れば後はなんとでもなる。
あくまでそれは可能性にしか過ぎないが。
「その剣はあらゆる牙を噛み砕く!」
加速した体が剣を手に、一気に間合いを詰め懐へと飛び込んでくる。
「ーーーーっ!」
金属が砕ける鈍い音。
散弾銃は破壊されたが、まだ右手がある。
返す刃が振り下ろされる前に、機関銃を突きつけ引き金を引く直前。
『S』は間合いを取り、剣の柄をガラスへと叩き付け砕き割るた。
「歩く事を知らぬ翼は休む事など出来ないと知るがいい」
ゴウ!
吹き付ける突風が、ガラスをまき散らし行動範囲を狭める。
「終わりだ!」
突き出される剣を、半身ずらし銃身部分を犠牲にして動きを止めた。
狙っていたのは、この一瞬。
衝撃音。
目も開けられない光量。
ガラス程度では比にならない。
目くらましを考えていたのは、『S』だけではないのだ。
スタングレネード。
殺傷力はないが、この至近距離で食らえば間違いなく動きを封じる事が出来る。
酷い耳鳴りに視覚聴覚共に欠落してはいたが、肩に残る剣を頼りに腕を捉えなぎ倒す。
「ーーーーっ!」
背後から抱き上げられ、引きずり戻された七式の頬を鋭い切っ先が掠めた。
あれを食らってまだ動けるというのか。
「……き、……式!」
回復し始めた耳に届いた声は、夜倉木の物だ。
「はい」
「何か武器は、これじゃ歯が立たない!」
両腕の武器は壊れてしまったから、役には立たない。
だが身軽にはなった。
「ありがとうございました。夜倉木様、下ろしてください」
すぐさま意図を察して放してくれた腕から抜け出し、身構える。
こうして相対してみれば、回復こそ早いが流石にダメージが尾を引いている事が解った。
ケリを付けるべきか否か。
緊迫した状況に割り込んだ、場違いなほど軽い声。、
「よぉ」
スウッと姿を現し、りょうが声を発する。
「盛岬様!?」
狙われているのは彼なのに何故。
「ちょっと、話がしたくてな」
「何考えてんだこのバカ!!!」
流石に罠である事を考えたのか『S』は周囲を気にしていたが、すぐに手にした剣の切っ先をりょうに突きつける。
「待てよ、焦ったらお前の欲しい物は手に入らないぜ?」
自らの右目を覆う手に『S』が僅かに反応した。
「……その程度なら復元できる」
「ためらうって事は直ぐには出来ないんだろ?」
人を食った口調に苛立つのが解ったが、理由はそれだけではない。
「止めなさい、何考えてるの!?」
一気に増えた人数。
優位に立てたようにも思えるが、威嚇するように首筋を切っ先がなぞり血のあとを残す。
人が集まってきた事を知ったりょうが、後ろを見ようともせずに言い放つ。
「迷惑かけて悪いな、礼は後でするから」
それから、『S』に向かって、真っ直ぐに見上げる。
「………人だって人を殺す、お前のしてる事は無意味だ」
「黙れ!」
「どれだけ異能力者を殺したって人になれる訳がないんだ!!!」
「ーーーーっ、黙れぇぇぇ!!!」
一瞬にして下へと切り裂かれた刃は、全てを深紅に染めていった。
「りょう!」
誰が叫んだか何て解らない。
それでも……それぞれがやるべき事を見いだし動く切っ掛けには十分な効果を得た。
「黙れ、黙れ!!!」
狂ったように叫びながら、動かなくなったりょうの体を支えジリジリと後退していく。
その時になってようやく包囲が完成したのか、一斉にライトに捉えられる『S』の姿。
逃げ道は、無い。
焦燥に満ちた表情に、誰もがそれを確信したが『S』の肩にスルリと白い腕が回される。
「……怒っては駄目ですよ」
透き通るような感情のない声。
「……ァ」
「贄は手に入ったんですね」
「ああ……」
「それでは帰りましょう」
クスリと背後にいる誰かが笑う。
それだけで、ビリビリと空気が震えるのが解った。
「伏せて!」
その声を最後に、全身に叩き付けられるような衝撃を受け何も聞こえなくなる。
短いのか、長いのかよく解らない時間が過ぎ……ようやく起き上がるに至った頃には、回りの景色はまるで廃墟のような光景と化していた。
痛む体を起こし、回りの様子を確かめる。
「皆様無事ですか?」
「なんとか防御は出来たから」
七式に答え、羽澄が服のホコリを払う。
リリィは、みなもと羽澄の結界が功を奏したようで大した被害はなかったようだ。
「大丈夫ですか?」
「………ありがとう」
無事ではあったとはいえ、生々しく残った血の跡が事件はこれで終わりではない事を告げていた。
「厄介な事になりましたね」
汐耶の言うとおり、これで『S』が力をます事は決定づけられたようなものなのである。
「どうしてあんな事を……?」
「それは、本人に問いただせばいい事ですよ」
ヒヤリとした笑みを浮かべる桐伯に、シュラインは別の意味でりょうの心配をしたくなったのだが……。
その心配すべき相手は、生死すら不明なのが現状である。
その後日付が変わるまで捜索が続いたが、なんの痕跡も見つからず、動きさえ見せていない。
それは完全に『S』を見失った事を意味していた。
【続く】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家 興信所事務員 】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 司書 】
【1510 / 自動人形・七式 / 女性 / 35 / 草間興信所在中自動人形 】
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■ ライター通信 ■
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皆様こんにちは【『S』による原因と結果の法則】に参加いただきありがとうございます。
話を考え、一回では終わらない及び連載がしてみたいと言う事でこのような形でお送りしましたが楽しんでいただけましたでしょうか?
一話目と言う事でひたすら慌ただしい事になっております。
注意書きにケガをするかもと言う一言のおかげで慎重なプレイングをした方が多かったですし、
防御が出来る方が多かったのであまり酷い事にはなりませんでした。
個別部分が様々な箇所にありますので、他の方の話も読んでいただけたら幸いです。
次回の受注は今週中頃を予定していますので、
よろしければそちらにも参加していただけると嬉しく思います。
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