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調査コードネーム:ソックスハンターを撃て!
執筆ライター :立神 勇樹
調査組織名 :草間興信所
□■0■□
嫌な予感はしていたのだ。
朝おきたらタバコが切れていた。近くの自販機まで買いにいこうとしたら、興信所のビルの階段を下りている途中でぞうりの鼻緒が切れて、十三段滑り落ちて腰を打った。
極めつけは黒猫が大群で目の前を横切っていき、帰ってきたら、いまだかつて見たことないほど、鎮痛かつ辛気臭い顔つきで、広域犯罪捜査共助課準備室の第二種特殊犯罪捜査官である榊千尋が肩を落としたまま上目遣いに草間をみていた。
「なんというか、脳天が年中春のおまえにしては珍しいツラだな」
「……そうですか?」
どよーん、という擬音がどこかから聞こえてきそうな雰囲気だ。
「まあ、辛気臭くもなりますよ。こんな事件を抱えちゃね」
わざとらしく大きくため息をつく。
常に笑顔をたやさず、隣でダイナマイトが爆発しようとほえほえ笑っている男を、これだけ変化させる事件とはいったい何なのか。
「どうせ依頼だろうが。もって回った言い方や演技ぶらずにさっさと言え」
興味のままに、草間武彦は榊に話の続きを促すように手をふってみせた。
「そうですね。依頼というのは総理大臣の護衛です」
「総理大臣? あの行政改革とか叫んでる大泉のことか?」
ライオンのたてがみに似た天然パーマの髪をし、国民は誰もが痛みをかんじねばならないとか、そうじゃないとか、ともかく、大仰で格好つけた演説している姿を何度かTVで見た記憶がある。
「そう。まあ、これは警視庁の警備課からウチに振られた仕事でしてね。とはいっても、こんな仕事を振られても困るんですが」
再びため息をついて、肩を落とす。よほど事態は深刻なようだ。
「ほぉ……お前さんがそれだけ落ち込むってのは、何かワケありだな」
心持ち緊張に頬をこわばらせながら、返す。
富士の演習場やサンシャイン60。
国家を巻き込んだ事件はいくらでもあり、その事件は勝利したとはいえ多くの犠牲を、血を、消えない心の傷をのこした。
再び、国家を転覆させようとする大勢力がでてきたというのなら、黙ってはいられない。
「バチカンか、それとも最近聞く虚無の境界か、それとも……」
せわしなくタバコの灰を落とす草間に、榊は頭をふって、低い声で言った。
「いいえ、そんなものとは比べ物になりません」
「そうか」
それほどまでに、と思い、覚悟を決めた瞬間、衝撃的な言葉が榊の口から吐き出された。
「敵は『ソックスハンター』です」
「ソックスハンターぁあああ?」
覚悟していたが、やはりずっこけた。
「おや、知りませんか? 靴下を狩る秘密組織で、アメリカ大統領の1ヶ月履き替えしてない靴下や、マリリンモンローの網タイツなど、歴史的にその被害の大きさと組織の規模は計り知れません」
「冗談か」
「だったらいいんですけどね。たかだか一介のマニア、しかも変態的「靴下のニオイマニア」に日本を代表する政治家が盗難に遭ったなんて、世間に表沙汰になれば、日本警察の威信はどうなるとおもいます?」
「まあ……」
となると、馬鹿げたことに、日本警察は威信をかけて、いままで歴史の裏で総理大臣の「靴下」を守ってきたということか?
「敵の技は最悪ですよ。何せ、3ヶ月洗ってない一人住まいのヤローの靴下を、顔面に投げつけてくる」
怒りもあらわに榊がいうと、草間が青ざめた。
「それは……恐怖だな」
あきれて声もでない。
「FBIやKGB、薔薇十字団に影の忍者軍団。あらゆる護衛組織や、魔術組織の凄腕が、今まで何度もやつらの魔手から総理や国王を守ろうとしたのですが、いくら協力な能力者といえ、靴下を顔面に叩きつけられては」
精神統一できず、能力が使えない。
「ちなみに彼らの靴下盗難の犯罪調査記録は、どの組織においてもウルトラ極秘ファイル扱いらしいです」
「そりゃぁ。そんだけエリート意識強そうなガードが……靴下……しかも顔面に叩きつけられて昏倒して依頼失敗だなんて……」
恥ずかしくて、表沙汰にできるわけがない。
「今回その「ソックスハンター」とやらは、異能の者を金で雇って万全な体制で「総理のくつした」を狙ってくるという情報を警視庁、警察庁の両方がキャッチしたのです」
「なるほど。それで「異能」だからでお前さんの所も責任分散の為に巻き込まれ……いや、もといひっぱりだされたと」
さすがに、榊に同情を禁じえない。
「馬鹿馬鹿しいほどに、恐怖です」
想像するだけで、昏倒したくなるあの香り……。
敵は巨大だ。
■指令■
総理大臣の靴下を死守せよ!
ただし、敵への攻撃は「靴下を顔面に投げつける」以外の手段を使ってはならない。なお敵に攻撃するために特殊能力をつかって技を演出する、欺く、隠れるのは有効とする。
諸君の検討を祈る!
□■1■□
その時の草間興信所の空気を冷静に一言で表現するならば。
「どよーん」
につきただろう。
一部の人間に取っては真剣この上ない。しかしまっとうな大部分の人間にとってはしょーもなく、馬鹿馬鹿しいが関わらずにおられないという恐るべき状況。
この状況で沈痛にならずして、いつ沈痛になれというのだ。
おのおのが、そう想ってため息を付いたとき。
乾いた音がして、小柄な一人の少女が(しかもお約束どおり、ケーキ屋の小さい白い箱をさげて!)草間興信所にあらわれた。
「どうしたんですか? 皆さん浮かない顔して?」
日があたると、かすかに栗色に光るやわらかそうな髪を、さらりと肩先で揺らしながら篁雛(たかむら・ひな)が目を丸くする。
「どうにも、こうにも……」
少女の言葉に、いかにも快活そうな少年がしなやかに手を天井に差し向け、伸びをしたあとで肩をすくめた。
「何だこのアホの極みな依頼は」
半分目を細めながら、少年――鷹科碧は依頼主である榊千尋をにらんだ。
自分自身でもアホな事を押しつけられ、さらにその被害を拡散して何とか身をまもろうとあがいてる自覚があるのか、はたまた美意識的に負い目があるのか。
ぴくり、と肩をおびえたようにすくませ、上目遣いに榊が篁をみた。
「実は……」
から始まり、以下5分少々再度同じ説明が繰り返される。
さらに沈黙が5分。
「へ?」
ぽとり、とケーキの小箱が床に落ちる。
おそらく箱の中ではシュークリームとレアチーズケーキとかぼちゃプリンが程良く混合した「得体の知れない甘い物体」が生成された事だろう!
「に、日本の一大事ですかっ! 私もお手伝いしますっ」
あわててケーキの小箱をひろいあげ、それを榊の眼前につきだし、無邪気な微笑みを無理矢理つくりあげて言う。
「元気出して下さい榊さん!」
少女と警察官僚の青年の視線がまっすぐに交わった。
じわり、と榊の瞳に涙がにじむ。
よく見れば雛の頬が照れ隠しの為か、うっすらとピンクに染まる。
これが少女漫画の一こまならば、きっと点描と花びらが舞い散り「きらきら」あるいは「どきっ」なる効果音が書き込まれただろう!
ああ! 榊君はここで恋に落ちるのだな!
そう想わずにいられないほど、一種独特の空気が流れる。
目を潤ませた榊は、かすかに乾いた唇をふるわせ、ため息を付くと言った。
「雛さん……できればそのケーキは、落下する前に食したかった」
ずっこける一堂。
「違う、そこじゃないでしょ」
こういう事態になれているのか、神がツッコミの才能をあたえたもうたのか。
シュライン・エマがすかさずつっこむ。
だってですねぇえと嫌そうに言う榊。その榊にシュラインはぴしゃりと一言。
「最近のプリンは生クリームのせたり、シュークリームだって皮と皮の間にサワークリーム挟んだりしたケーキがあるんだから。混ざったって食べられるでしょ。問題はこの興信所に人数分のスプーンが無いという事なのよ!」
自らが属する組織の窮乏状態を、拳を握りしめながら力説する。
「なんだか……どんどん話がずれてますね」
ぽつり、と榊の隣にすわっていた少年・鷹科碧海がつぶやく。
銀色の瞳にふせかけたまつげが、薄く影を落とす。
最初は総理の靴下を守る事が主題ではなかったろうか、眉間にかすかにしわをよせて首を傾げる。
と、それに賛同するように、碧海の後ろに立っていた黒い髪に金の瞳の青年が薄く、造形物めいた唇を引き締めた。
いや、唇だけではない。
その顔にも、身体にも、どことなく違和感がある。
ぎこちないのではない。完璧すぎて「そこに命の存在」を感じさせないのだ。
精巧すぎるそのバランスと、顔の美しさは「生まれた」というより「デザインされた」という方が適当だろう。
それもそのハズ。
ミラー・Fと名乗る青年は、人ではない。
峯崎蘇芳という人物によって作成されたAIプログラムであり、身体は現実的な行動を実現するサイバードールにすぎないのだ。
いや、しかし。
彼一人でも映画一本分、小説なら二冊程度の全うかつ、アクション、スリル、恋愛なんでもござれな話が出来そうなのではあるが。
神も時々間違いを犯すということなのだろうか、それとも、こうなることがある種の運命なのか。
驚異靴下合戦に巻き込まれる事になっているのだ!!
ここで依頼を成功させれば、おそらく「世界で最初で最後の、靴下バトルに成功したAIプログラム」として、その筋のアングラ業界をにぎわせる事だろう。
それが名誉かどうかは、あえて、ここでは語らない。
ともあれ。
ミラーは一度唇を引き締める(動作を実行した)あとで、流暢に言葉を紡ぎ始めた。
「ターゲットの撃退は顔面に使用済靴下を投げるのがルールなのですね。 雪合戦の使用済靴下版だと理解すれば宜しいのでしょうか?」
ふー……、と長く深いため息が聞こえた。
室内の視線がそのため息の主、シュラインに注がれる。
シュラインは大皿に盛った得体の知れない物体。――かろうじて表現するならば、シュークリームとチーズケーキとかぼちゃプリンがぐちゃっと混ざった混合体だろうか――と、5本のスプーンをテーブルに置いてため息をついた。
後ろに控えていた零が、新しく入れ直したコーヒーを各人にそそぎまわる。
それに軽く目で礼を送ったあとで、シュラインはこめかみを人差し指で押さえた。
「で、何故ヤツらの土俵で戦うの? 倒されるにしろ向こうは靴下を顔面にうけて至福だろうし」
「他に方法がありますか? 一応銃の携帯は許可されてますけど」
さすがに日本の警察でも、靴下を投げられたからで相手を射撃する事は出来ない。
したら人権保護団体が喜びのあまり、裸踊りをやらかし兼ねない。
「はぁ」
「了解しました」
シュラインの沈痛を余所に、ミラーは言うと計算された動きできびすを返した。
「明朝に国会議事堂に来ればよろしいのですね? 場所はインプット完了してます。これから靴下の捕獲作業に入りますので、明朝お会いしましょう」
言ってる語調はシリアス&クールなだけに、内容が哀れを誘う。
これからあの美形青年がいかにして靴下捕獲をするのか……考えるのは罪というものであろう。
「とりあえず、守ろう。総理の靴下」
白い手を、ぐっとにぎりしめる。
だがその顔は不安と呆れとほんのかすかな自己嫌悪に彩られていた。
(千尋さんの為なら、役に立てるなら俺は……)
と想う反面。
脳の奥底、本能とも理性ともつかない部分が強烈に警告を発している。
――靴下だけは、嫌だ。
それを責める事はできない。だれだって顔面に靴下を押しつけられるなんて、されたくはないのだ。
しかし、それをやることに孤高の戦いがある。それこそソックスハンター! 男の道!
いざというときは、いざという時は……。
(やはり千尋さんをかばって、顔面に靴下を受けて昏倒しなきゃいけないのかなぁ)
シチュエーション的にはお約束だが、絵的に美しくない。
妙なところで妙に想像力をはたらかせ、妙に考え込んでいる兄を余所に、弟である鷹科碧は水を得た魚状態であった。
人並み外れた運動力をもってすれば、万が一にも靴下を顔面に受けるなど有り得ない。
念道力ではたき落とすのも簡単だ。
「まぁなんか面白そうだから、今日の所はオテツダイしてやる」
ニヤリ、と少年らしくない不気味な笑いが、かなりあやしい。
そもそも不倶戴天の敵とさえ榊千尋をおもっているのに、協力するという申し出自体があやしい。
だが、榊に人選をする権利も余裕もない。
「んでもって、攻撃用の靴下なぁ」
スプーンでもって、器用に被害にあってないレアチーズケーキの部分部分をうまく発掘しては、口に運びながら言う。
「俺はあおが綺麗好きだからそんな長いこと靴下履きっぱなしとかしねぇし……困ったな」
当然、碧海もだ。
「俺のは相手を昏倒させるほどの臭いはないし。そんな靴下履いていたくないし」
碧の言葉に眉をひそめつつ碧海がつづけた
「となると誰かの靴下か……」
指先をまぶたにあて、プラチナの瞳をとじて瞑目する。
誰の靴下か、が問題なのだ。
「んっふっふっふ」
怪しげな笑いが興信所に響く。
「おい、アホ榊。お前仕事柄結構歩きまくるよな? そんなヤツの靴下はクセェに決まってる」
確かに刑事調査官であり、歩きまくるのもあたっているが、臭いのは強引な決めつけではある。
が、榊はそれが図星というように肩をすくめ、手にしていたコーヒーを震えながらテーブルに戻した。
「ついでに忙しかったら何日か靴下履き替えなかったりとかしねぇ?」
「そそそそそそ、そ、そんなことは無いですよ」
どもっているあたり、正解だと自分でさらしているようなモノである。
あやしげな笑いを漏らす碧から隠れるつもりなのか、隣にすわっていた碧海の肩を両手で掴むと自分の前に引き出した。
「無いです、絶対に。私の靴下なんて役に、た、たつわけが」
「いーや、その態度が物語ってる。……というわけで。よこせその靴下ッ!」
刹那、信じられない速度で碧が跳躍し、応接テーブルを越えて、榊の前にたつ。
しかし、榊は予測していたのか、いままで盾にしていた碧海を突き飛ばし、地面に転がって受け身をとり立ち上がると。
ファイティングポーズを取った!
「とらせません。靴下だけは」
まるで戦時中の「欲しがりません、勝つまでは」なノリで言ってのける。
片手に武器として持っている、生クリームのついたスプーンが悲しさを誘う。
「靴下を取られる位なら! いっそ腐女子的思考で、受けにされるほうがまだっっ!」
目の端に涙を浮かばせながら、榊が叫ぶ。
そのセリフの内容が、すでに榊の混乱が極限に達している事を悠長に物語っている。
「ていうか、誰もてめーなんか攻めたくねー!! うりゃっ、猫パンチ」
猫パンチかよ! というツッコミは置いておくとして、半分丸められた碧の手が榊におそいかかる。
間一髪で驚異的スピードの猫パンチをかわし、一歩後ろに下がった。
瞬間。
足からスリップして見事にすっこける榊。
空を舞うバナナの皮。
「ふぐぉおっ?!」
ごすっ、とスチールデスクに頭を打ち付けて悶絶する榊。
何故バナナがその床に転がっていたのか。
草間がおやつにこっそり食べたのを、ゴミとして投げて(当然ノーコントロールで)ゴミ箱に入らなかったのか。
この事態を予測して、悪意あるソックスハンターが仕掛けたものなのか。
たんなるご都合主義なのか。そんな事はどうでもよい。
大事なのは。
バナナの皮で転ぶという、お約束なのだ!
「おし、何だかしらねーけど超ラッキー。靴下靴下」
いそいそと、悶絶する榊にのしかかり、足から靴下をもぎ取る碧。
来るべき臭いに備え、ハンカチを鼻に押さえつける、シュライン、零、雛、碧海。
間。
さらに5分、沈黙の後、碧が白髪化した。
「碧君、どうし……」
事態を理解できず、のぞき込んだシュラインまでもが言葉を止める。
そしておどおどと続いた、雛、碧海までも。
長い沈黙の後。
だれが指揮したという訳でもなく、寸分の狂いもなく、全員が白髪化したままで重々しく告げた。
「井上トロッッ!」
白く清潔な榊の靴下には、それはそれは可愛らしい白い猫のワンポイント刺繍があった。
ちなみに刺繍の下には「愛ってとってもいいものなのニャ!」と刻まれている。
「ぷ」
白髪化からとけた碧が、吹き出す。
「ぷぷぷぷぷ、井上トロだってよ! 警察官のエリートが井上トっ……トロの靴下っ」
「碧っ、わ、わらっちゃダメだろう。べつにく、靴下ぐらい……くく、腹筋が痛いっ」
「雛も、欲しいですっ! そのかわいい靴下っ」
若者三人が笑いをこらえつつ悶絶する。
「ぷぷぷぷぷ。マジでオモシロイから写メールとってアキちゃんに送ってやろうっと」
「うわあああああん! だから靴下だけは嫌だったんだぁあああ」
頭のこぶをかばいながら、靴下を携帯デジカメの射程に捕らえようとする碧と格闘する榊。
(こんな馬鹿騒ぎを明日一日中繰り返せというのかしら)
事務所内に書類がまい、スチール椅子が蹴り倒されて壊れるのをみながら、シュラインはため息をついた。
「愚痴を言ってもしょうがないから仕事仕事」
そういいつつ、夕陽が鮮やかな窓に寄る。
(武彦さんと榊さんの馬鹿ぁ)
かろうじて叫ばなかったのは、理性のなせる技であろう。
ともあれ、こうして靴下を巡る戦いが開始されるのであった。
□■2■□
さて、一夜明けて。
国会議事堂はさわやかな青空を手に、今日もどこかエセくさく、まあとりあえず一応白かった。
その議事堂の前にて。
シュライン、碧、碧海は立っていた。
三人が手にしているのは東京都指定ゴミ袋に詰め込まれた多数多様の靴下である。
「あー。一応俺のも入れておくかな、京都から東京に来る間足裏汗かいて臭いついてっかもしんねから」
階段に腰掛けて、スニーカーを脱ぐやいなや、靴下を脱ぎ始める。
「碧……」
なぜかやる気満々な弟に、一抹の不安がよぎる碧。
榊の靴下については「限定品なんです! このトロ靴下はっ!」という悲痛な叫びによって、なんとか碧に取られず、よって靴下の臭いマニアに榊の靴下が取られるような事にはならない……ハズなんだが。
どちらにしても、井上トロの靴下をはいているエリート(街道から足を踏み外した)警視も、それを奪う靴下マニアも、碧海の理解の範疇を越えている。
「あら、碧海君、あんまり集まらなかったみたいね」
シュラインの言葉に、ぱっ、と顔を染める。
三人のなかで一番小さいゴミ袋だ。がんばろうという気持ちはあっても、なかなか他人に「靴下下さい」と言えない碧海の性格ではあつまりようがない。
(まあ、一応効くかどうかわからないけど。アレあるし……大丈夫かな)
靴下がないならナイなりに他の手段を用意してきてはいるのだが、それでも、シュラインのゴミ袋が破けそうなほどの大漁靴下にはかないそうもない。
「いいのよ。京都から出てきたんじゃ、なかなかね」
そういいつつ微笑むシュライン。
ゴミ袋の中身は、攻撃用の靴下と敵の気を逸らすためのレア用靴下がそれぞれ燃えるゴミと燃えないゴミの袋に分別されて入っている。
ちなみに品目は、興信所に来る浮浪者兼情報屋の2年靴下。スポーツ関係学生等の1週間の浅漬け靴下。某魔法少女番組に出てる某少女アイドル靴下。モデルの靴下。探偵の歩き回った後の靴下。さらには知り合いの骨董屋が京都の老舗に特注しているオーダーメイドの足袋。
といえば、聞こえはいいのだが。
要するに昨日興信所に冷やかしにあらわれた全員の靴下が、分別されて入っているのだ。
それらの靴下を手にするために、シュラインがどんな、誉め言葉や、皮肉、物々交換に、恐喝ともとれる秘密のやりとりを行ったかは、語ると辞書一冊分になりそうなので、ここでは割愛させていただく。
すごいよなぁ、と集めた数に素直に簡単する碧海。
すごいよなぁ、と集めた手段に素直に恐怖する碧。
両者がため息を同時に付いたその時。
「オイ。危険だぞ! 可憐な雛の靴下を投げるなんて!」
「だって夜刀! 日本の危機なのよっ!」
と、かわいい言い争いの声が聞こえてくる。
顔を上げると。
旅行用カバンとバスケットを下げた少女……篁雛がバスケットから顔をのぞかせたフェレット似の管狐・夜刀と言い争いをしながら議事堂の前に歩いてきている所だった。
「おー。雛ちゃん」
碧があわててかけより、カバンを持って手助けする。
「靴下集まった?」
「人のはちょっと……。でも、自前でがんばりますっ!」
自前……、とつぶやき明後日の方向を見る碧。
「あっ、お前いまブルセラ的な考えしただろう!」
夜刀がバスケットから顔をだしつついうと、あわせて碧が「ば、ばかやろーっ」と否定する。
どもるあたり、あやしい。
「あと、朝はやいからおにぎりつくってきましたっ。がんばって戦いましょう! 日本の未来の為に!」
バスケットを開けると、ホイルにつつまれたおにぎりがはいっていた。
「ピンクのシールはたらこで、黄色がおかかで赤が梅干しですっ!」
「あ、俺、売店でお茶買って着ますね」
あわててきびすを返すと、一人の青年にぶつかった。
「やれやれ、すっかりピクニック気分ですね。まあ、ピクニックはもっと真面目にやるものですが」
と、榊がお茶の缶を差し出してきた。
「そうね。まあ……靴下の山にかこまれて議事堂の前で朝ご飯なんて……なかなか貴重な体験、かも」
苦しい笑いのシュライン。
全員がおにぎりを手に朝の食事をとっていると。
遠くから丸いものが近づいてきた。
いや、性格にはスレンダーな青年が、とてつもなく大きい唐草模様の風呂敷の丸い包みをせおって、すたすたと歩いてくるのが見えた。
「すっげぇ」
碧と夜刀が異口同音につぶやく。
それはあの風呂敷包みが全て靴下だという事に関する簡単なのか。
美形なのに唐草模様の風呂敷続きを背負って、しかもモデルのようにすたすたと歩いてくる、今までの美の常識を覆すようなアンバランス感覚的な光景にまいったのか。
どちらかは定かではない。
ともあれ、周囲の驚愕を余所に、ミラー・Fは汗ひとつかかず(サイバードールだから当然なのだが)に、また、微笑みもせずに、そのしなやかな動きと同様のしなやかな声でいった。
「どうぞご使用ください」
唐草模様の風呂敷の包みをひらく。と、中には「総務部」「システム部」「秘書課」などとマジックでかきなぐられたビニール袋の山があらわれた。
「主人の会社の社員よりの貢献品です。この戦いに有用であると判断しました」
淡々というミラー。
しかしこの美青年が無表情でもくもくと、会社員から靴下をひっぺがす。
その光景を想像しただけで、意識が遠くなる。
全員がおにぎりを取り落とさなかったのは、もう、奇跡としか言いようがない。
「それにしても。体内の老廃物を蓄積させることにより相手の行動を妨げる、或いは麻酔ガスのように行動不能に陥らせるとは」
腕を組み、淡々と語り続けるミラー。
「これはいわゆる、スカンクのような、人間の防衛本能の一種と考えて宜しいのでしょうか」
全員がため息をつく。
あながち間違っては居ないのだろうが、正しいとは想いたくない一説である。
と。
不意に榊の携帯電話がけたたましく鳴りだした。
それと同時に議事堂の中から「敵襲です!」という叫びが聞こえた。
叫びとほぼ同時に。
空から、1tの靴下が降ってきた!!
□■3■□
降り注いでくる靴下、靴下、く・つ・し・た!
「うぇえ! きたねぇ!」
「とりあえず議事堂の中に!」
「おい、雛、顔あげるんじゃないぞ! 下むいてあるけ下!」
慌てて撤退する靴下防衛軍。
「ここは任せてください!」
ミラーは叫ぶが早いか、探知センサーを動作させ、飛来する悪臭物体を的確にたたき落とす。
右に左に上に下に。
ミラーの手刀によって、降り注ぐ靴下がまるで見えないバリアーによって弾かれるように、六人の周囲から排除される。
まるで桜の花びらのように、ミラーの手刀で切り裂かれては、遠くへ弾かれていく靴下。
それはある意味見とれるほど美しかった。
飛び散るのが仕様済靴下でなければ。だ。
ともあれ転がり込む一同。
その前に新たな敵が立ちふさがる!
白いずきんにどこか汚れた薄水色の清掃服。手にもたれたモップには雑巾がわりに靴下が挟み込まれている。
「くっ、清掃員までもソックスハンターだというのですか!」
叫ぶ榊千尋。
どうやら敵は内部にも刺客を送り込んでいるようだ。
「たじろいてる暇はないわよ!」
シュライン・エマが叫び、ポケットからとりだした洗濯用ゴム手袋をはめるが早いか、攻撃用靴下の袋を開く。
漂う異臭。
くらり、と気が遠くなりそうになるのを我慢して、鷹科碧海は、攻撃用靴下から目をつぶってひっつかんだいちまいを、掃除のおばちゃんに向かって投げつける。
「こしゃくな!」
靴下実装モップを突き出す掃除のおばちゃん。
空を切って飛ぶ、碧海の攻撃弾。
びたーん!
見事な音が議事堂のロビーに響く。
そして一瞬の間を置いて、榊千尋が顔にうけた「京都特注使用済み足袋」を顔面に受けてよろめいた。
「ナイスコントロール! あお! ざまーみさらせ榊!」
お前の敵はソックスハンターじゃなかったのか鷹科碧!
自分のノーコントロールさ加減に呆然とする碧海。敵のノーコントロールさに呆然とする掃除のおばちゃん。
その隙を縫ってミラーが「総務部」とかかれた靴下入りビニール袋もとい、使用済み靴下爆弾を投げつける。
さすがはプログラムより生まれし寵児! 靴下爆弾は袋ごと掃除のおばちゃんにヒットして、周囲を靴下と異臭の地獄へと塗り替える。
「ターゲット撃墜確認。次ターゲット右より接近」
短くつぶやくミラー。
あわててシュラインがその方向を見る。と。
手に手に靴下をもった集団があらわれる。
見学のふりしていた学生、職員らしき姿をした男、ガードマン。そして何故か国会議員バッジをつけたヤツまでいる!
「くっ、日本がここまでソックスハンターに犯されているとは」
片膝ついたまま、顔から足袋を引き剥がし言う榊。
集団はゾンビのようにじわじわと靴下防衛軍を追いつめていく。
「靴下よこせ〜」
「くーつーしーたー」
手をのばし、指をぐねぐねとうごかしながら迫ってくる。
と、バスケットにいた管狐の夜刀がするりと床におりて、小さな身体を精一杯のばしながら叫ぶ。
「ええい、変態集団ごときに雛の靴下をやれるかっ!」
シュラインのあつめた攻撃用靴下を、ちっさな手で掴んではつぎつぎにソックスハンター軍団に投げつける。
「ここは俺達にまかせろ!」
よし、と全員がさけんで総理が居るはずの奥の執務室へ向かう。
だが。冷静に考えよう。
シュラインの攻撃用靴下はシュラインのものだ。
つまり、シュラインが奥へいくと、靴下は無くなるも同然。
靴下がなくなる=雛の靴下をつかわざるを得ない。
その状況をわかっていたのだろうか。それともあえてそれをおとりにして総理を守ろうというのだろうか!
「雛! 符を出せ! 幻術だ!」
「わかったわ!」
総理の靴下と見せかけて敵の目を欺いてひきはなし、こんな靴下戦場からはおさらば、という夜刀の魂胆をみぬき、雛は符をだす。
(よーっし! 総理の靴下っ!)
符をにぎって、イメージする。
靴下、靴下、靴下。と口の中でつぶやく。
「ひなぁああああああ!」
夜刀の叫びに、目をあける!
そこには。
ああ! ああ! なんということか。
符が増殖している! 増殖するだけではあきたらず空中を舞っている!
しかも、おそろしいのは。
その符が全部女の子チックな靴下になっている事だ!
チューリップ、ボーダー、チェック、ワンポイント。
ピンクに薄水色に、モスグリーンのタイツに、焦げ茶のストッキング!
およそ総理が履くとは想えない。しかし、ある種のマニアが涎をたらして喜ぶ靴下が、縦横無尽にロビーを飛び回っている。
狂喜乱舞する靴下マニア。
しかし最大の誤算は、符には臭いがないということだ!
攪乱にまけなかった大多数が雛に向かってにじりよってくる!
「こ、こ、こんなのは序の口よ! 次はもっとすごいんだからっ!」
顔を真っ赤にそめて、旅行用カバンに手を突っ込む!
「まずはお気に入りのテディベア模様からだからねっ!」
おお〜っと感嘆の声があがる。
「まぁて! 雛! たのむから自分のだけは投げるなぁああ!」
「夜刀まかせて! 日本の明日は私たちが! ソックスガーディアン・ピンクの私が守るっ!」
いつの間にソックスガーディアンなるモノを結成したのだ!
そんなツッコミはおいておいて、雛は勢いよくテディベア模様の靴下を手に振りかぶり、足を踏み出し。
――その足を旅行カバンに突っ込んだままおもいきり、ずっこけた。
空を舞う旅行カバン。
カバンの口からこぼれ落ち続けるかわいい女子高生靴下。
あまりにマニアックな光景に、上を見上げたソックスハンター達の顔に雛の靴下が降り注ぐ。
「萌え〜」
わけのわからない悲鳴をあげて、ばたばたと倒れていくソックスハンター達。
「はぅっ! 違うんです〜! 今のはっ! ごめんなさい〜!」
「お前ら、雛の靴下を取るな! 隠すな! 臭うなぁああああ!」
ロビーで展開された靴下狩りの戦いは、どうやら防衛側の勝利で終わりそうだった。
「とりあえず、科学処理班の出動を要請しました。ロビーのソックスハンターは篁雛さんが制圧したようです」
「そう。でもおそらく外の靴下爆撃と合わせて考えると、陽動でしょうね」
榊に濡れたハンカチを私ながらシュラインがつぶやく。
と、それをまっていたかのように、別の声が投げかけられた。
「さすが……聡明を持ってその名を天下にしらしめた、シュライン・エマさんだけはある」
あわてて振り向く。
身を隠し、耳をそばだて、足音や呼吸音で敵の位置を把握し、自軍をこの総理執務室前まで導いてきたのだが。
シュラインの人並み外れた聴覚を越えて、気配を隠す事が出来るとは!
「俺はソックスハンター葛城伊織。またの名をソックスウルフ!」
「ソックスウルフ?!」
叫ぶ一同。
と、あでやかな笑いが廊下に響く。
「一夜の戯れを今ここに。ソックススワン! 不知火響!」
ノリノリである。
「とりあえずゥ、暇だから遊びにきたわ。ソックス……えーと。なんだっけ? いいや。ソックス三番目ェのマーヤ・ベッラ。とりあえずよろしくぅ」
ノリなどどこ吹く風である。
ともかく、総理の執務室の扉を挟んで。
今ここに最終決戦が始まろうとしていた。
沈黙が続く。
と、伊織が指先で小さな銀の光を閃かせる。
それは針である。
「戦術は小細工無用!」
針を持った手を首の後ろにまわし、ある一点を付く。
説明しよう!
葛城伊織はツボマスターである!
針で己の嗅覚を強化するツボを突き、靴下臭に対する抵抗力を増大させる特技を持っているのだ!
「真の狩人は嗅げば嗅ぐほど強くなる! さあこい! 優秀なる我が好敵手達よ!」
「負けてたまるかぁっ! 食らえ警察のオッさん達の靴下五月雨打ち!!!」
碧が叫び、念道力で自分があつめた警察官の汗のたっぷりしみこんだ靴下を飛ばす!
手で触ることもはばかられる強烈臭い靴下が、念道力で飛んでいく。
「ムダムダムダムダァアア!」
それら全てを交わす葛城。
その葛城の脇から響がしなやかに飛び出す。
「あなたの、名靴下とやらを使うまでもないわっ! ここは私の出番ね!」
飛来する靴下をタロットカードを投げつけて切り裂く。
それは刹那対刹那の戦い!
最初優勢であった碧は、カードの攻勢により瞬く間に押されていく!
「これで終わりね!」
叫ぶや否や、響きは手首を一閃して、鞭のようにしならせながら、己の黒タイツ(ガーターベルト付き)を碧の顔にたたきつけた。
「ぶぐっっ!」
「碧ぃいいい!」
あわてて駆け寄ろうとする碧海。
「ぐっ……こ、これは……イィ」
「ほへ?」
弟の妙なリアクションに動きを止める碧海。
「イィ……スゴクイィ」
ああ!
なんたる事か!
響の靴下はただの使用済み靴下ではない! 男性の脳を刺激する香りが染みついたモノだったのだ。
顔面にたたきつけられた黒タイツ。
それは碧の鼻孔を通して脳天を刺激し、響の色香に迷わせてしまったのだ! おそるべしソックス・スワン!
「ああん、響様ぁ。もっとタイツでなぶってぇ」
「うふふ、可愛い坊やね」
ぺしぺしと靴下で碧の頬を軽くなぶりながら、残る片手の爪先で碧のノドを撫でる。
「これはこれで楽しいかもね……うふふふふ」
もはや主従が決定している。これは目も当てられない。
「碧君……いいなぁ……」
指をくわえてうらやましげにその光景を眺めるのは、榊千尋。
「榊さん! 総理の部屋のドアが開いてる!」
「千尋さん! よだれ、よだれ!」
「はっ!」
シュラインと碧海の注意によって現実に引き戻される榊。
「と、ともかく中へ……中へ」
ばたばたと足音をたてて中に入る。
と。
「なんじゃこりゃー!」
ああ! なんということか。
総理大臣が昏倒している。
いや、昏倒しているのはまだいい。
悲劇なのは、足にはルーズソックス。手には島柄ソックス。
ネクタイの変わりに赤と黒の靴下がしめられており。
とどめには鼻と口に紳士用靴下が詰め込まれている。
ああ、その哀れな様!
人間ああはなりたくない、と誰もが悲嘆にくれて想うだろう!
「総理っ!」
「あれぇ? ソーリ大臣? この人? へー、靴下臭い日本一の人だったんだ」
時間は少し戻る。
葛城と響が華麗な靴下の戦いを繰り広げている間。
マーヤはともかく暇だった。
靴下に命を賭ける気はない。まったり、適当にオモシロクあそべればいいのだ。
それで人が驚いたり、びびったりしてくれればなおサイコ−!
ではあるが。この状況ではふざける事をゆるされない。
「つっまんナいなァ」
ひとりつぶやく。
そういえば、道の間にある扉にソーがなんとかと言っていたな。と想うが早いか、戦いをよそ目におっぴろげた。
「誰だ貴様!」
スーツを着た赤いネクタイの集団が立ちはだかる。
言わずとしれた警察SPの皆様だ。
んが。
そんな事でおそれるマーヤではない。
「貴様って言葉好きじゃないナァ」
いきなり貴様呼ばわりされて、不機嫌のまま、邪眼でSPをにらみつける。
動きを止めるだけだから、コーゲキじゃないし。ルール違反じゃないよねェと勝手に納得するが早いか、片手にしていた革製のボストンバッグを開く。
「さーて、ドレがいいカな?」
アーガイル模様の冬くつしたに、福助の防臭抗菌靴下を引っ張り出しながらにまにまと笑う。
「う、ううう」
動くことができず、ひたすらうめくSP三名。
蛇ならぬ、人造人間ににらまれたカエルである。
「まずはコレだな!」
ゴスロリ御用達の白いレースのオーバーニーソックスを三セット取り出すと、SPの頭にリボンのように結びつける。
「お次はコレだ!」
白地にハートマークの靴下を取り出して口につめこむ。
いくら美少女の靴下でも、口の中は拷問である。
悶絶したくても、邪眼でうごけない。ああ、なんとあわれなSP!
ついでに手には水虫防止用靴下(勿論使用済み)で、ズボンは脱がせるがはやいか、のれん状に横に縫い合わせた靴下を腰にまきつかせる。
とどめは、アメリカ産XL靴下とストッキングをあたまっからかぶせた瞬間。
剛健なSPがひっくり返った。
「おっし。それからァそこの!」
重厚な木の机の下をにらみつける。
「隠れたって無駄なンだからね! マーヤ様の水晶眼は何だってお見通しさ!」
そういいつつ、赤いフリルのゴスロリスカートから写真を取り出す。
ターゲットとかいわれた相手の写真だ。
「なーんだ。オッサンなんか楽勝じゃん♪ すぐに靴下地獄へと送ってあげるねん♪」
「というわけで、マーヤ自信作デコレーションだいっ!」
胸をそらせていばるマーヤ。
呆然とする一同。さすがの伊織も言葉を失う。
「いや、マーヤ。総理の靴下……どこだ?」
肝心の問題を尋ねる伊織。
だが、マーヤはあっけらかんと。しかし恐ろしい一言を言い放った。
「そこのゴミ袋にツッこんダ!」
「そこの……」
シュラインが囮用に持ち運んだゴミ袋である。
しかも碧海が、総理の靴下と間違ってくれればいいと、いちまいいちまいに丁寧にマジックで総理大臣のフルネームを書き込んだ、代物である。
「うぁああああああああっ」
錯乱する葛城伊織。
ソックスウルフはここに来て始めての敗北を喫してしまうのか?!
「お、落ち着いてください伊織さんっ! 総理の歳で靴下に名前を書くわけがないじゃないですか!」
あまりの伊織の錯乱状態に、あっさりと自分の疑問を吐き出す碧海。
兄弟そろってどっちの味方をしているのかわからないあたり、あなどれない。
「なるほど、そうか。では、名前の無い靴下を探せば」
猛然とゴミ袋の中の靴下をあさり始める伊織。
「そこまでよっ!」
シュラインが叫び手に握るものを伊織に突きつける。
「むっ」
「総理の靴下は渡さないわっ!」
シュラインが握るそのモノに、伊織は動きを止める。
伊織だけではない。
碧海も、榊も、マーヤもとりあえず動きをとめた。
シュラインのその手には。
――ビニール袋に入った、草間武彦の二年モノ靴下が入っていた。
「ぐっ、何という恐ろしいモノを」
総理の靴下を探す手をとめて、伊織がいう。
はらりとおちかかってくる前髪をかき上げ、口元を二ミリだけ持ち上げて見せた。
「さすがは伝説の風紀委員長。われらが靴下狩りの仇敵……恋人の靴下を囮に出すとはやるではないか」
「……あなた達には負けないわ。ずっと昔から想っていた。こんな靴下と人間……次に出会えば消却殲滅消滅してやるんだからっ! と」
学生時代の想い出が走馬燈のように、シュラインと伊織の頭を駆けめぐる。
靴下を盗まれた日、盗むのを阻害された日。
過去数百年にわたる戦いが二人の人生に収束していた!!
小刻みに震えるシュラインの手。一緒に揺れるビニール袋入りの草間の黒靴下が悲しい。
「今こそそのチャンスよ! 覚悟なさい! ソックスハンター!」
「それはどうかな!」
風が、動いた。
伊織は床を蹴るが早いか、シュラインの脇を通過して、その横で立ちすくんでいた榊の首に腕を絡ませる。
「さあ、形勢は逆転したぞ!」
いうが早いか、胸元からカビが生えて、茶色く変色した靴下を取り出した。
「この伝説の一年靴下を榊に押し当てられたくなければ、その草間の靴下と総理の靴下とシュライン、伝説の風紀委員長であるあんたの靴下をよこすんだな」
「なっ……」
屈辱である。
総理の靴下だけではなく、驚異的破壊力をもつ草間の靴下という武器も奪われ、さらには風紀委員長であった自分の靴下までもがコレクションされるとは……。しかし。
「榊さんの……命には代えられないわ」
一年靴下の恐ろしさは自分がよくしっている。
風紀委員の後輩が、一体何人その餌食になっただろう。
指をゆるめ、ビニール袋入りの草間の靴下を伊織に投げようとしたとき。
「千尋さんを解放しろ!」
凛とした、少年の声が響いた。
碧海は、グリップを両手でしっかりと握りしめ、トリガーに震える指を押し当てた。
「解放しないと、靴下もろとも射撃します!」
震える碧海の手。その手には。
――超強力消臭剤・ファブ(噴射射程距離5m・生ゴミやタバコの臭いもばっちり消臭)が握られていた。
「どうかな? 撃てるモノなら打ってみるがいい」
すっかり悪役な伊織がいう。
「でも指が震えているぞ?」
「やめなさい! 碧海君! 危険だ!」
榊がもがきながら言う。
「俺は、俺は千尋さんを見捨てるなんて出来ない!」
「そうじゃなくて碧海……く」
制止する榊の声より早く、引き金が引かれる。
部屋中に噴霧する消臭剤。
これで臭いが消えて一件落着……となるハズだった。
だが、諸君、忘れてはイケナイ。
消臭剤には、通常無香料タイプと、香料タイプがあることを。
そしてこの事件最悪の悲劇は! 鷹科碧海がもっていた消臭剤は香料タイプ、しかも至上最悪なバラとスズランの香りだった!
大宇宙の法則より。
悪臭+良い香り=想像を絶する悪臭となる!
そう。納豆にシャネルの香水をたらせば、香水の良い香りがする納豆ができるわけがない! ただ、宇宙の悪意に染められた得体の知れない物体が出来るだけだ!
そのことを鷹科碧海は失念していた!
「ぐはぁああああ」
「ぼへぇえええええ」
「ひぃやあああ」
「とンでもナいニおいだ、ちクしョうめ!」
阿鼻叫喚の悲鳴。
そのなかでただ一人。
人間でないミラー・Fだけが冷静に事件を……みていられる筈なのだが。
不幸は親子連れでやってくると相場が決まっている!
ガス=いわゆる危険な臭いを探知する回路が、この悪臭を許容出来ずショートした!
そのショートが連続して、いくつかの非常に重要な回路をショートさせたのだ!
「了解。最終プログラム・靴下消却プログラム作動。実行シマス」
ピーという甲高い金属音がなる。
そして。
ミラーの眼から閃光とともにビームが放たれた!
「そんな馬鹿なぁあああ!」
「もう嫌!」
口々に叫びながら窓から外へ逃げる一同。
消却ビームを放ち続けるミラー。
そして。
――翌日の新聞に、国会議事堂の一部が、テロリストにより爆破消却されたという記事が載っていたりした。
□■4■□
「なんだかうやむやにおわっちゃったわねぇ」
日本茶を飲みつつ、シュラインがしみじみという。
「まったくです。知ってますか? あの事件。靴下だけ綺麗に消滅してたらしいですよ。総理大臣も軽微やけどだけで済んだそうです……」
しみじみとこれまた依頼主の榊千尋。
「そういえば、俺がよくいくネットのサイトには「国会議事堂靴下消失事件」で討論されてました」
「コワイよなぁ……」
四人の眼がミラーに注がれる。
だがミラーは綺麗に回路が修復されて、そこら辺の記憶が綺麗さっぱり消去されてるからか、にこりと笑って言った。
「マスターにも靴下はこまめに取り替えるように申し上げて置きます」
「あー、でも良いこともありましたっ! 雛ね、榊さんが費用で新しい靴下かってもらえました」
無邪気に笑う篁雛。
雛の元気さにつられてか、あきれてか、気のない笑いを漏らす。
「まあ、あれだな。こんな奇天烈な事件は二度とお断りということで」
草間がデスクに足をのせたままタバコの煙をぷかりとふかした。
その足をみて、全員の目が点になる。
「武彦さん、そういえば靴下は?」
「ん? ああ、さっきうたた寝していたら無くなってた。シュラインか零が強引に洗濯に出したのかとおもったが違ったのか?」
まさか……。
嫌な予感が頭をよぎる。
そんな全員の顔を不振そうに見たあとで、草間は新聞を広げた。
と。
広げた新聞の合間から、一枚のカードが落ちた。
カードには流麗な毛筆体でこう書かれていた。
『草間武彦氏の一ヶ月モノの靴下、頂戴させていただいた。また再戦の日を待つ。――ソックスウルフ』
草間興信所の、のどかな昼下がりの小事件であった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 シュライン・エマ 女 26 草間興信所事務員&翻訳家&幽霊作家】
【0308 鷹科・碧海(たかしな・あおみ) 男 17 高校生】
【0436 篁・雛(たかむら・ひな)女 18 高校生 】
【0454 鷹科・碧(たかしな・みどり)男 16 高校生】
【0262 ミラー・F (−・えふ) 男 18 AI】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは! どさいべに参加しようともくろんでいたら本業で出勤命令がでて、指をくわえて泣いている立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。
さて、今回の事件はアトラス側と連動してます。戦闘は共通ですが、準備段階がかなり違ってます。
インパクトでは勝利したものの、アトラス側さんにかなり強力なプレイングを書かれた方が一名いらっしゃったので、引き分けちゃいました。ギャグにしたわりには、なんだか中途半端にスピードもたついてる感でてしまい、非常に申し訳ない限りです。
それでも、できるだけ個性あふれるプレイングを生かせたら、とこのようなカタチにしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、クリエイターズルームから、メールで教えてくださると嬉しいです。
あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。
では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。
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