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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:ソックスハンター@覚醒編
執筆ライター  :立神 勇樹
調査組織名   :アトラス編集部

 人生には避けがたい運命とか宿命とか称されるイベントが発生する。
 それからは逃げることは出来ない、そもそも逃げると考えるより以前にすべての歯車が一致し、回り始めているのだ。
 だからその日、食う金に困ってか、はたまたせかされていた原稿があがったからか、面白い怪奇話をネタに麗香とお茶を飲もうとおもってか、三下に友人の火星人を紹介しようと思ってか、まあ、そんな動機はどうでもいい。
 その時、その場所……アトラス編集部にきてしまった事が、スイッチとなっていたのだ。
 冷房が効いた編集部内は、今日も喧騒に満ちていた。
 原稿を振り回す編集員に、なりっぱなしの電話、しまいには三下がお茶をこぼして悲鳴をあげている。
 そんな中、この部屋の主(女王といった方が正しいかもしれない)の麗香は応接セットの前で硬直していた。
 あの女史が硬直するなんてめずらしいな、と横目で眺める。
 相対しているのは、夏らしくグレイの麻の背広を着こなした、口ひげが渋い会社役員風の紳士。
 磨きぬかれた靴とスーツの間からのぞく、ショッキングピンクの靴下をのぞけば、これといって怪しげなところはない。むしろ、編集部にいるにしてはまっとうすぎるタイプの人間だ。
 麗香はガラステーブルの上におかれた一枚の名刺を、指先を震わせながら取り上げ、何度か金魚のように口をパクつかせたあとで、名刺の内容をゆっくりと読み上げた。
「世界靴下愛好家友の会、日本支部会長・沓脱 香(くつぬぎ・かおる)うううう?!」
 素っ頓狂な麗香の声に、見事にコケタ。
「左様、われわれは人間の編み出した着衣の中でも、最高とおもわれる、あの香り高い使用済み靴下を集める趣味人であります」
 ……それは、趣味なのだろうか?
 疑問が頭をよぎるが、沓脱氏の顔は至ってまじめだ。
「そそそそそ、その靴下愛好家さんが、ななな、何の御用かしら〜」
 ヨーデルを歌うスイス人のように、普段より一オクターブ高い声で語尾をのばしながら麗香が対応する。
「現総理大臣の靴下を、奪取していただきたい」
 時間がとまった。
 編集部内の音が消えた。
 あきれに開いた口が塞がらない。もはや常識のレベルを超えている。
 こういう妄想家は即座にご退去いただくべきだ。
 そうおもって、麗香のそばによる。
 と、沓脱氏は、沈黙と静寂を了承の意と勘違いしてか、聞きもしない、否、聞きたくない情報をとつとつと述べ始めた。
「いえいえ、何もあなた様に行けというわけではありません、奪取任務を遂行できる能力者を紹介、または、公募広告を打っていただきたいだけで」
 にこにこと目を細めたまま紳士は続ける。
「世情が乱れたとはいえ、さすが日本警察。いままで何度も総理の靴下を狙ってきたのですが、指一本触れることができません。しかも、今度は相手が特殊能力をもつ部隊をもって、こちら側の完全殲滅をはかろうとしているというではないですか、そんな権力の横暴を許してはなりません、個人の趣味は国家権力によって妨げられるという悲劇を、生み出してはならないのですっ!」
 微妙に行ってることが正論のようなそうでないような気がしてきた、ここまでくると、こじ付けも思い込みも神業だ。
「よって、われわれも万全の体制をもって、総理の靴下を奪取する事を誓ったのです!」
「ちょっと貴方ねぇ、黙って聞いていれば。靴下を奪取するなんて、そんな話何がなんでも断っ……」
 キレた麗香が、腰に手をあてて立ち上がり、得意の高飛車ポーズで言い放つ。
 まさに、絶妙のタイミングだった。
 沓脱氏は、どこから取り出したかありがちのジュラルミンケースをテーブルの上に置くと、にこやかに笑いながらボタン一つで中身をあけた。
 ふたが倒れると同時に、テーブルになだれおちる札束の山。
 白い帯封にきざまれた日本銀行の文字が目に神々しい。
 麗香は高飛車なポーズのまま、一度だけ深呼吸すると。
「そんな話何がなんでも断ったりする訳ありませんことよ。オホホホホホホホ」

■指令■
 総理大臣の靴下を奪取せよ!
 ただし、敵への攻撃は「靴下を顔面に投げつける」以外の手段を使ってはならない。なお敵に攻撃するために特殊能力をつかって技を演出する、欺く、隠れるのは有効とする。
 諸君の検討を祈る!

□■1■□

「知らなかったわ。麗華。貴女……そんな趣味も持ってたのね」
 黒絹の髪をかき上げながら不知火響が言う。
「そそそ、そんな事はないわよ。事件として取ってもたくさんの札束……いえ、興味があるからやってみたい、そ、それだけなのよっ?」
 ほほが引きつるほどに麗華が笑う。
 目には来るべき報酬に¥マークになっている。
「冗談よ」
 あっさりといいのける。
「何だかよくわかんないけど、オモシロそーじゃん」
 チュッパチャップス・プリン味を指先につまんで振り回しながら、一人の少女が名乗りを上げた。
 彼女――マーヤ・ベッラは深紅の髪を片手でくしゃりとかき回し、嫌そうに額の、何らかの手術の縫い目を指先で撫でてから。にはは、と笑った。
「トコロでソーリダイジンって何?」
 フリル満載のゴシックロリータ服の合間から、麗華や響に負けず劣らずの豊かな谷間をのぞかせつつ、胸をそらして訪ねる。
 ずっこける一同。
 しかし、それも仕方ないといえよう。
 マーヤはとある錬金術師によって作られた人造人間――かの有名なフランケンシュタインと同じ側に属する異形の存在だ。
 作られてまだ一年と少しでは、世の中の知識に万全ともいくまい。
 しかも脳には、適当に新宿あたりで遊び倒してた若者の脳がつまっているのだ。
 遊びには詳しくても、政治などどこ吹く風である。
「まあ、あれね。偉い人だとだけ想ってればいいわ」
 さすがに保健医であり、学生の扱いに慣れているのか、響が枝葉どころか幹すらも取っ払った単純な解説をする。
「そうそう。靴下がすごい臭い人でもいいわ」
 ――その解説はかなり間違ってるかもしれないが、この場合は有効な説明かもしれない。
 ともあれこの「仕事」をこなす間だけうまく立ち回って貰えればいいのだ。
 数年後に総理大臣について誰かに聞かれて、マーヤが「靴下がスんごい臭ィ人」と答えても、それは響の知る所ではない。
 マーヤにしてみても、夜中に若い青少年をひっかけて、正体をさらして悲鳴を聞いたり、馬鹿騒ぎやお祭りが大好きなのだ。
 暴れられれば依存ない。
 靴下投げ祭りというのが、やや、脳のどこかに引っかかりはするものの、そんな事に躊躇していては、この東京を真に「遊ぶ」事など出来ない。
「まあ別にいいけど……私の協力……もとい靴下が必要というなら、高いわよ?」
 婉然と響が微笑む。
 黒いタンクトップに白いタイトスカートというコントラストによって、いつもより倍もひきたてられたボディラインがしなやかに動く。
 たとえ靴下マニアでなくても、ピンヒールで踏みつけられても、響の靴下が欲しいと叫ぶ男子は、日本全国で300と飛んで5400人はいるだろう。
「ていうか、受けるんかい」
 鋭い麗華のツッコミ。
 彼女としては、むさい相手は(三下ふくめ)鬼のようにいるのだ。そいつらをあてがおうと想っていたのだが。
「ん〜。依頼主と同じ名前の知人もいるし。これも何かの縁でしょうね」
 漢字は違うけど、と区切りながらあっさりと言ってのける。
 クールかと想えば、妙なところで行動の予測がつかない。
 まあ、その部分が謎めいていて、男は興味を引かれるのだろうが。
「まぁ、そんな事なら相手からかえて楽しいかもしれないし」
「結局はソレかいっっ!」
 ばん、と応接机を両手でたたいて麗華が泣き笑いの表情で叫ぶ。
「えー、ソレが一番大事なンじゃん?」
 チュッパチャップスを舐めながら、頭にちょこんと乗っけた髑髏のカチューシャを片手でとって、マーヤが笑う。
「そうそう、あらやだ、マーヤちゃん、わかってるじゃないの」
「オネーさんこそ、通だヨね」
 そのバッグかわいい、とか、そのスカートいいわね、とかいった調子で、このアホ臭いかつ、真剣な状況を話す二人。
 たとえ彼女らが普通の人間であったとしても、すでに思考が「普通」でない。
「ねーねー、マーヤねぇ、敵は靴下デコレーションの刑がいいとおもうなっ。鼻に靴下詰めて、エリにはストッキングね」
「あら、それもいいわね、いっそ靴下特注してみましょうか?」
「靴下着ぐるみ? にははっ! それサイコー」
 暴走する二人の美女に、麗華は「自分は金の欲に負けて、とんでもない事をしたのではないか」と、今更ながらに、ちょびっと常識を取り戻していた。
 しかし、もはや後には引けない。
「にしても、二人だけじゃあねぇ」
「あ、それなら安心だわ。エキスパートを雇ったから」
 響の不安に、あっさりと言う。
 ――そう。この事件にはもう一人。
 重要なキーパーソンとなる男が現れるのだ。
 ソックスハンターたる、あの男が。

 一方その頃

 東京の片隅。
 とある高級料亭で二人の人物が対面していた。
 一人は先ほどアトラスにあらわれた沓脱薫氏。
 もう一人は、小さな針灸院を開いている、葛城伊織と名乗る青年である。
 青年は濃紺に染められた浴衣のたもとに手を入れてうなった。
 窓の向こうで弾ける、この夏最後の花火すら目に入らないようだ。
「わかりました。引き受けましょう」
 ゆるりと、受諾の言葉を吐き出す。
 口の利き方、そしてかすかな動き。どれひとつ取っても隙がない。
「おお。さすがは葛城流忍術の使い手として右に出るものはない、と言われただけありますな」
 安心した顔で、額の汗を拭う沓脱氏。
 今日のハンカチ……もとい汗拭い靴下は白地に水色の水玉模様である。
「いえ、このような戦い。参加せずしてはソックスハンターの名が折れます」
 ふふふ、と口元を歪めて笑いを漏らす。
 完璧に悪役である。
「はっはっは! これで我らが目的は達されたも同然ですな! ささ。まずは一杯」
 差し出された杯を一気に煽る。
 あおり続ける事一時間。
 酒の間に艱難辛苦、悲喜交々、美人薄命な靴下に関するうんちくが交わされ合ったのだが。
 そこいらは話と関係はない上に、一部のフェチな方々以外興味を持たれないだろうから、あっさり割愛させていただこう。
 ともあれ一時間。
 「ざるな」伊織はともかく、我らが沓脱氏はあわれ酔いつぶれている。
「ふっ」
 先ほどまでとは違った種類の笑みを浮かべる伊織。
 ややうつむき加減の顔、そして目にかかる前髪の奥から漆黒の瞳が除く。
「ソックスハンター? ふ」
 正座を崩して仁王立ちに立ち上がる。
「足袋狩人から天皇家の足袋を守る千年の戦い……」
 ぐっ、と拳をにぎり閉める伊織。
 瞳はなぜかカメラ目線である。
「その戦いの中で葛城衆は足袋狩人を狩れるのは足袋狩人のみとの結論に達した」
 ふるふると震える拳。はっきり言ってマジである。
 そう、何を隠そう。
 伊織こそその一人。……天皇家の足袋を守ってきた忍軍の一員なのだ!
 故に靴下狩人が現れたと聞いて放っておける訳がない!
「しかぁああし!」
 びしっ、と指先を正面につきつける。
「それ以前の問題として、靴下は投げるもんじゃねぇ! 愛でるもんだ! 狩人魂を忘れた奴らに俺が再教育してやる」
 絶妙のタイミングで間をとる伊織。
 かこーんと庭の獅子脅しが竹のなる独特な音をあたりに響かせる。
 それを待っていたかのように、一息に決め台詞を吐き出した!
「この『ソックスウルフ』がな!」
 突如降り出す雨。
 煌めく雷光。
 そして伊織の高笑い。
 ――しかし、伊織よ。
 何故カメラ目線なのだ……?!
 その謎は、戦いの最後に明かされる。

□■2■□

 羽のまわるモーター音がうるさい東京の、正確には国会議事堂上空。
 チャーターしたヘリコプターの下には四角い鉄のコンテナがぶら下がっている。
「まあ、最初は軽く陽動程度に。派手にやらせて貰いましょうか」
 特殊繊維でできた仕事用の黒スーツを着た伊織が、インカムを口にあてて笑う。
「もうすぐ東京上空です」
「いいわね。こういう派手なのは嫌いじゃないわ」
 そういって指で所在なげに黒い網タイツをいじる響。
「ていうか、マーヤはぁ、昔から疑問だったんだけどネ。ヘリコプターの中でジャンプしたら、やっぱり墜落しちゃったりするのかなぁ」
 恐ろしい事をいうマーヤに、伊織と響がこわばった笑顔でしかし決然とにらみつける。
「いい子だから大人しくシートベルトつけてなさいね」
「暴れたいなら、もうすぐやりたい放題できるしな」
「っぇええ! なんデぇ? 興味ない? ていうか墜落死してバラバラになったら、また縫って貰えばすむだけだしさァ」
 それは、マーヤだけだろ。というツッコミをあえて我慢して、伊織はインカムにGOサインを出す。
 と、伊織立案のおとり作戦が開始された!
 国会議事堂に向かって降り注ぐ1tの使用済み靴下!
 それはまるで巨大な切片のように、くるくると回りながら議事堂付近に降り積もる。
 しかし、1tもの靴下を集めるとは。どういう人脈を持ってしたのか。
(なかなかあなどれない男ね。葛城伊織)
 くっ、とのどをならす響。
 あなどれないのは認めるが、靴下で一目置かれても嬉しくはない。
「さて、俺らも一丁派手にやらせてもらうか!」
 叫ぶがはやいか、ワイヤーをベルトにつけて、降下する伊織。
 それに続く響とマーヤ。
「おっし! 楽しい靴下投げ祭りの始まりだぞぉ!!」
 空一杯に叫ぶマーヤ。
 その声が戦闘開始の合図だった。

□■3■□

 降り注いでくる靴下、靴下、く・つ・し・た!
「うぇえ! きたねぇ!」
「とりあえず議事堂の中に!」
「おい、雛、顔あげるんじゃないぞ! 下むいてあるけ下!」
 慌てて撤退する靴下防衛軍。
「ここは任せてください!」
 ミラーは叫ぶが早いか、探知センサーを動作させ、飛来する悪臭物体を的確にたたき落とす。
 右に左に上に下に。
 ミラーの手刀によって、降り注ぐ靴下がまるで見えないバリアーによって弾かれるように、六人の周囲から排除される。
 まるで桜の花びらのように、ミラーの手刀で切り裂かれては、遠くへ弾かれていく靴下。
 それはある意味見とれるほど美しかった。
 飛び散るのが仕様済靴下でなければ。だ。
 ともあれ転がり込む一同。
 その前に新たな敵が立ちふさがる!
 白いずきんにどこか汚れた薄水色の清掃服。手にもたれたモップには雑巾がわりに靴下が挟み込まれている。
「くっ、清掃員までもソックスハンターだというのですか!」
 叫ぶ榊千尋。
 どうやら敵は内部にも刺客を送り込んでいるようだ。
「たじろいてる暇はないわよ!」
 シュライン・エマが叫び、ポケットからとりだした洗濯用ゴム手袋をはめるが早いか、攻撃用靴下の袋を開く。
 漂う異臭。
 くらり、と気が遠くなりそうになるのを我慢して、鷹科碧海は、攻撃用靴下から目をつぶってひっつかんだいちまいを、掃除のおばちゃんに向かって投げつける。
「こしゃくな!」
 靴下実装モップを突き出す掃除のおばちゃん。
 空を切って飛ぶ、碧海の攻撃弾。
 びたーん!
 見事な音が議事堂のロビーに響く。
 そして一瞬の間を置いて、榊千尋が顔にうけた「京都特注使用済み足袋」を顔面に受けてよろめいた。
「ナイスコントロール! あお! ざまーみさらせ榊!」
 お前の敵はソックスハンターじゃなかったのか鷹科碧!
 自分のノーコントロールさ加減に呆然とする碧海。敵のノーコントロールさに呆然とする掃除のおばちゃん。
 その隙を縫ってミラーが「総務部」とかかれた靴下入りビニール袋もとい、使用済み靴下爆弾を投げつける。
 さすがはプログラムより生まれし寵児! 靴下爆弾は袋ごと掃除のおばちゃんにヒットして、周囲を靴下と異臭の地獄へと塗り替える。
「ターゲット撃墜確認。次ターゲット右より接近」
 短くつぶやくミラー。
 あわててシュラインがその方向を見る。と。
 手に手に靴下をもった集団があらわれる。
 見学のふりしていた学生、職員らしき姿をした男、ガードマン。そして何故か国会議員バッジをつけたヤツまでいる!
「くっ、日本がここまでソックスハンターに犯されているとは」
 片膝ついたまま、顔から足袋を引き剥がし言う榊。
 集団はゾンビのようにじわじわと靴下防衛軍を追いつめていく。
「靴下よこせ〜」
「くーつーしーたー」
 手をのばし、指をぐねぐねとうごかしながら迫ってくる。
 と、バスケットにいた管狐の夜刀がするりと床におりて、小さな身体を精一杯のばしながら叫ぶ。
「ええい、変態集団ごときに雛の靴下をやれるかっ!」
 シュラインのあつめた攻撃用靴下を、ちっさな手で掴んではつぎつぎにソックスハンター軍団に投げつける。
「ここは俺達にまかせろ!」
 よし、と全員がさけんで総理が居るはずの奥の執務室へ向かう。
 だが。冷静に考えよう。
 シュラインの攻撃用靴下はシュラインのものだ。
 つまり、シュラインが奥へいくと、靴下は無くなるも同然。
 靴下がなくなる=雛の靴下をつかわざるを得ない。
 その状況をわかっていたのだろうか。それともあえてそれをおとりにして総理を守ろうというのだろうか!
「雛! 符を出せ! 幻術だ!」
「わかったわ!」
 総理の靴下と見せかけて敵の目を欺いてひきはなし、こんな靴下戦場からはおさらば、という夜刀の魂胆をみぬき、雛は符をだす。
(よーっし! 総理の靴下っ!)
 符をにぎって、イメージする。
 靴下、靴下、靴下。と口の中でつぶやく。
「ひなぁああああああ!」
 夜刀の叫びに、目をあける!
 そこには。
 ああ! ああ! なんということか。
 符が増殖している! 増殖するだけではあきたらず空中を舞っている!
 しかも、おそろしいのは。
 その符が全部女の子チックな靴下になっている事だ!
 チューリップ、ボーダー、チェック、ワンポイント。
 ピンクに薄水色に、モスグリーンのタイツに、焦げ茶のストッキング!
 およそ総理が履くとは想えない。しかし、ある種のマニアが涎をたらして喜ぶ靴下が、縦横無尽にロビーを飛び回っている。
 狂喜乱舞する靴下マニア。
 しかし最大の誤算は、符には臭いがないということだ!
 攪乱にまけなかった大多数が雛に向かってにじりよってくる!
「こ、こ、こんなのは序の口よ! 次はもっとすごいんだからっ!」
 顔を真っ赤にそめて、旅行用カバンに手を突っ込む!
「まずはお気に入りのテディベア模様からだからねっ!」
 おお〜っと感嘆の声があがる。
「まぁて! 雛! たのむから自分のだけは投げるなぁああ!」
「夜刀まかせて! 日本の明日は私たちが! ソックスガーディアン・ピンクの私が守るっ!」
 いつの間にソックスガーディアンなるモノを結成したのだ!
 そんなツッコミはおいておいて、雛は勢いよくテディベア模様の靴下を手に振りかぶり、足を踏み出し。
 ――その足を旅行カバンに突っ込んだままおもいきり、ずっこけた。
 空を舞う旅行カバン。
 カバンの口からこぼれ落ち続けるかわいい女子高生靴下。
 あまりにマニアックな光景に、上を見上げたソックスハンター達の顔に雛の靴下が降り注ぐ。
「萌え〜」
 わけのわからない悲鳴をあげて、ばたばたと倒れていくソックスハンター達。
「はぅっ! 違うんです〜! 今のはっ! ごめんなさい〜!」
「お前ら、雛の靴下を取るな! 隠すな! 臭うなぁああああ!」
 ロビーで展開された靴下狩りの戦いは、どうやら防衛側の勝利で終わりそうだった。

「とりあえず、科学処理班の出動を要請しました。ロビーのソックスハンターは篁雛さんが制圧したようです」
「そう。でもおそらく外の靴下爆撃と合わせて考えると、陽動でしょうね」
 榊に濡れたハンカチを私ながらシュラインがつぶやく。
 と、それをまっていたかのように、別の声が投げかけられた。
「さすが……聡明を持ってその名を天下にしらしめた、シュライン・エマさんだけはある」
 あわてて振り向く。
 身を隠し、耳をそばだて、足音や呼吸音で敵の位置を把握し、自軍をこの総理執務室前まで導いてきたのだが。
 シュラインの人並み外れた聴覚を越えて、気配を隠す事が出来るとは!
「俺はソックスハンター葛城伊織。またの名をソックスウルフ!」
「ソックスウルフ?!」
 叫ぶ一同。
 と、あでやかな笑いが廊下に響く。
「一夜の戯れを今ここに。ソックススワン! 不知火響!」
 ノリノリである。
「とりあえずゥ、暇だから遊びにきたわ。ソックス……えーと。なんだっけ? いいや。ソックス三番目ェのマーヤ・ベッラ。とりあえずよろしくぅ」
 ノリなどどこ吹く風である。
 ともかく、総理の執務室の扉を挟んで。
 今ここに最終決戦が始まろうとしていた。
 沈黙が続く。
 と、伊織が指先で小さな銀の光を閃かせる。
 それは針である。
「戦術は小細工無用!」
 針を持った手を首の後ろにまわし、ある一点を付く。
 説明しよう!
 葛城伊織はツボマスターである!
 針で己の嗅覚を強化するツボを突き、靴下臭に対する抵抗力を増大させる特技を持っているのだ!
「真の狩人は嗅げば嗅ぐほど強くなる! さあこい! 優秀なる我が好敵手達よ!」
「負けてたまるかぁっ! 食らえ警察のオッさん達の靴下五月雨打ち!!!」
 碧が叫び、念道力で自分があつめた警察官の汗のたっぷりしみこんだ靴下を飛ばす!
 手で触ることもはばかられる強烈臭い靴下が、念道力で飛んでいく。
「ムダムダムダムダァアア!」
 それら全てを交わす葛城。
 その葛城の脇から響がしなやかに飛び出す。
「あなたの、名靴下とやらを使うまでもないわっ! ここは私の出番ね!」
 飛来する靴下をタロットカードを投げつけて切り裂く。
 それは刹那対刹那の戦い!
 最初優勢であった碧は、カードの攻勢により瞬く間に押されていく!
「これで終わりね!」
 叫ぶや否や、響きは手首を一閃して、鞭のようにしならせながら、己の黒タイツ(ガーターベルト付き)を碧の顔にたたきつけた。
「ぶぐっっ!」
「碧ぃいいい!」
 あわてて駆け寄ろうとする碧海。
「ぐっ……こ、これは……イィ」
「ほへ?」
 弟の妙なリアクションに動きを止める碧海。
「イィ……スゴクイィ」
 ああ!
 なんたる事か!
 響の靴下はただの使用済み靴下ではない! 男性の脳を刺激する香りが染みついたモノだったのだ。
 顔面にたたきつけられた黒タイツ。
 それは碧の鼻孔を通して脳天を刺激し、響の色香に迷わせてしまったのだ! おそるべしソックス・スワン!
「ああん、響様ぁ。もっとタイツでなぶってぇ」
「うふふ、可愛い坊やね」
 ぺしぺしと靴下で碧の頬を軽くなぶりながら、残る片手の爪先で碧のノドを撫でる。
「これはこれで楽しいかもね……うふふふふ」
 もはや主従が決定している。これは目も当てられない。
「碧君……いいなぁ……」
 指をくわえてうらやましげにその光景を眺めるのは、榊千尋。
「榊さん! 総理の部屋のドアが開いてる!」
「千尋さん! よだれ、よだれ!」
「はっ!」
 シュラインと碧海の注意によって現実に引き戻される榊。
「と、ともかく中へ……中へ」
 ばたばたと足音をたてて中に入る。
 と。

「なんじゃこりゃー!」

 ああ! なんということか。
 総理大臣が昏倒している。
 いや、昏倒しているのはまだいい。
 悲劇なのは、足にはルーズソックス。手には島柄ソックス。
 ネクタイの変わりに赤と黒の靴下がしめられており。
 とどめには鼻と口に紳士用靴下が詰め込まれている。
 ああ、その哀れな様!
 人間ああはなりたくない、と誰もが悲嘆にくれて想うだろう!
「総理っ!」
「あれぇ? ソーリ大臣? この人? へー、靴下臭い日本一の人だったんだ」

 時間は少し戻る。
 葛城と響が華麗な靴下の戦いを繰り広げている間。
 マーヤはともかく暇だった。
 靴下に命を賭ける気はない。まったり、適当にオモシロクあそべればいいのだ。
 それで人が驚いたり、びびったりしてくれればなおサイコ−!
 ではあるが。この状況ではふざける事をゆるされない。
「つっまんナいなァ」
 ひとりつぶやく。
 そういえば、道の間にある扉にソーがなんとかと言っていたな。と想うが早いか、戦いをよそ目におっぴろげた。
「誰だ貴様!」
 スーツを着た赤いネクタイの集団が立ちはだかる。
 言わずとしれた警察SPの皆様だ。
 んが。
 そんな事でおそれるマーヤではない。
「貴様って言葉好きじゃないナァ」
 いきなり貴様呼ばわりされて、不機嫌のまま、邪眼でSPをにらみつける。
 動きを止めるだけだから、コーゲキじゃないし。ルール違反じゃないよねェと勝手に納得するが早いか、片手にしていた革製のボストンバッグを開く。
「さーて、ドレがいいカな?」
 アーガイル模様の冬くつしたに、福助の防臭抗菌靴下を引っ張り出しながらにまにまと笑う。
「う、ううう」
 動くことができず、ひたすらうめくSP三名。
 蛇ならぬ、人造人間ににらまれたカエルである。
「まずはコレだな!」
 ゴスロリ御用達の白いレースのオーバーニーソックスを三セット取り出すと、SPの頭にリボンのように結びつける。
「お次はコレだ!」
 白地にハートマークの靴下を取り出して口につめこむ。
 いくら美少女の靴下でも、口の中は拷問である。
 悶絶したくても、邪眼でうごけない。ああ、なんとあわれなSP!
 ついでに手には水虫防止用靴下(勿論使用済み)で、ズボンは脱がせるがはやいか、のれん状に横に縫い合わせた靴下を腰にまきつかせる。
 とどめは、アメリカ産XL靴下とストッキングをあたまっからかぶせた瞬間。
 剛健なSPがひっくり返った。
「おっし。それからァそこの!」
 重厚な木の机の下をにらみつける。
「隠れたって無駄なンだからね! マーヤ様の水晶眼は何だってお見通しさ!」
 そういいつつ、赤いフリルのゴスロリスカートから写真を取り出す。
 ターゲットとかいわれた相手の写真だ。
「なーんだ。オッサンなんか楽勝じゃん♪ すぐに靴下地獄へと送ってあげるねん♪」
 
「というわけで、マーヤ自信作デコレーションだいっ!」
 胸をそらせていばるマーヤ。
 呆然とする一同。さすがの伊織も言葉を失う。
「いや、マーヤ。総理の靴下……どこだ?」
 肝心の問題を尋ねる伊織。
 だが、マーヤはあっけらかんと。しかし恐ろしい一言を言い放った。
「そこのゴミ袋にツッこんダ!」
「そこの……」
 シュラインが囮用に持ち運んだゴミ袋である。
 しかも碧海が、総理の靴下と間違ってくれればいいと、いちまいいちまいに丁寧にマジックで総理大臣のフルネームを書き込んだ、代物である。
「うぁああああああああっ」
 錯乱する葛城伊織。
 ソックスウルフはここに来て始めての敗北を喫してしまうのか?!
「お、落ち着いてください伊織さんっ! 総理の歳で靴下に名前を書くわけがないじゃないですか!」
 あまりの伊織の錯乱状態に、あっさりと自分の疑問を吐き出す碧海。
 兄弟そろってどっちの味方をしているのかわからないあたり、あなどれない。
「なるほど、そうか。では、名前の無い靴下を探せば」
 猛然とゴミ袋の中の靴下をあさり始める伊織。
「そこまでよっ!」
 シュラインが叫び手に握るものを伊織に突きつける。
「むっ」
「総理の靴下は渡さないわっ!」
 シュラインが握るそのモノに、伊織は動きを止める。
 伊織だけではない。
 碧海も、榊も、マーヤもとりあえず動きをとめた。
 シュラインのその手には。
 ――ビニール袋に入った、草間武彦の二年モノ靴下が入っていた。
「ぐっ、何という恐ろしいモノを」
 総理の靴下を探す手をとめて、伊織がいう。
 はらりとおちかかってくる前髪をかき上げ、口元を二ミリだけ持ち上げて見せた。
「さすがは伝説の風紀委員長。われらが靴下狩りの仇敵……恋人の靴下を囮に出すとはやるではないか」
「……あなた達には負けないわ。ずっと昔から想っていた。こんな靴下と人間……次に出会えば消却殲滅消滅してやるんだからっ! と」
 学生時代の想い出が走馬燈のように、シュラインと伊織の頭を駆けめぐる。
 靴下を盗まれた日、盗むのを阻害された日。
 過去数百年にわたる戦いが二人の人生に収束していた!!
 小刻みに震えるシュラインの手。一緒に揺れるビニール袋入りの草間の黒靴下が悲しい。
「今こそそのチャンスよ! 覚悟なさい! ソックスハンター!」
「それはどうかな!」
 風が、動いた。
 伊織は床を蹴るが早いか、シュラインの脇を通過して、その横で立ちすくんでいた榊の首に腕を絡ませる。
「さあ、形勢は逆転したぞ!」
 いうが早いか、胸元からカビが生えて、茶色く変色した靴下を取り出した。
「この伝説の一年靴下を榊に押し当てられたくなければ、その草間の靴下と総理の靴下とシュライン、伝説の風紀委員長であるあんたの靴下をよこすんだな」
「なっ……」
 屈辱である。
 総理の靴下だけではなく、驚異的破壊力をもつ草間の靴下という武器も奪われ、さらには風紀委員長であった自分の靴下までもがコレクションされるとは……。しかし。
「榊さんの……命には代えられないわ」
 一年靴下の恐ろしさは自分がよくしっている。
 風紀委員の後輩が、一体何人その餌食になっただろう。
 指をゆるめ、ビニール袋入りの草間の靴下を伊織に投げようとしたとき。
「千尋さんを解放しろ!」
 凛とした、少年の声が響いた。
 碧海は、グリップを両手でしっかりと握りしめ、トリガーに震える指を押し当てた。
「解放しないと、靴下もろとも射撃します!」
 震える碧海の手。その手には。
 ――超強力消臭剤・ファブ(噴射射程距離5m・生ゴミやタバコの臭いもばっちり消臭)が握られていた。
「どうかな? 撃てるモノなら打ってみるがいい」
 すっかり悪役な伊織がいう。
「でも指が震えているぞ?」
「やめなさい! 碧海君! 危険だ!」
 榊がもがきながら言う。
「俺は、俺は千尋さんを見捨てるなんて出来ない!」
「そうじゃなくて碧海……く」
 制止する榊の声より早く、引き金が引かれる。
 部屋中に噴霧する消臭剤。
 これで臭いが消えて一件落着……となるハズだった。
 だが、諸君、忘れてはイケナイ。
 消臭剤には、通常無香料タイプと、香料タイプがあることを。
 そしてこの事件最悪の悲劇は! 鷹科碧海がもっていた消臭剤は香料タイプ、しかも至上最悪なバラとスズランの香りだった!
 大宇宙の法則より。
 悪臭+良い香り=想像を絶する悪臭となる!
 そう。納豆にシャネルの香水をたらせば、香水の良い香りがする納豆ができるわけがない! ただ、宇宙の悪意に染められた得体の知れない物体が出来るだけだ!
 そのことを鷹科碧海は失念していた!
「ぐはぁああああ」
「ぼへぇえええええ」
「ひぃやあああ」
「とンでもナいニおいだ、ちクしョうめ!」
 阿鼻叫喚の悲鳴。
 そのなかでただ一人。
 人間でないミラー・Fだけが冷静に事件を……みていられる筈なのだが。
 不幸は親子連れでやってくると相場が決まっている!
 ガス=いわゆる危険な臭いを探知する回路が、この悪臭を許容出来ずショートした!
 そのショートが連続して、いくつかの非常に重要な回路をショートさせたのだ!
「了解。最終プログラム・靴下消却プログラム作動。実行シマス」
 ピーという甲高い金属音がなる。
 そして。
 ミラーの眼から閃光とともにビームが放たれた!
「そんな馬鹿なぁあああ!」
「もう嫌!」
 口々に叫びながら窓から外へ逃げる一同。
 消却ビームを放ち続けるミラー。
 そして。

 ――翌日の新聞に、国会議事堂の一部が、テロリストにより爆破消却されたという記事が載っていたりした。

□■4■□

「まあ、飲めるなら何でもいいんだけど。私は」
 響が眼を細めて笑う。
 結局暴走したサイバードールに靴下をビームで焼かれて、総理の靴下は取れずじまいだった。
「マーヤはまだ遊び足りない感じしタんだけどね」
 未成年でありながら、何故かウォッカをちびちびと猫のように舐める、ゴスロリ少女。
 マーヤ的に満足と言えるお祭り騒ぎとは、おそらく、東京壊滅するレベルの遊びでしか有り得ない。
「結局は収穫なし、ってトコかしら?」
 ブランデーのグラスを揺らしながら微笑む。
 まあ、あれはあれで楽しかった。たとえ収穫が無かったにしても、一人の少年を弄ぶだけでも、なかなか満足感があった。
「ゼロではないな」
 肩をすくめて、響とマーヤに嘲笑めいた笑いを向ける。
「まあ、伝説の風紀委員長たるシュライン・エマが出てきたのは誤算だったが」
 それと、あの消臭剤の少年も。だが。
 いずれにしてもゼロではない。
 かすかに微笑みながら、伊織はそっとポケットに手を忍ばせた。
 そこには、つい先ほど意趣返しとばかりに盗んできた、草間武彦の一ヶ月モノの靴下が、密封パックされて入っていた。
 そうだ。
 まだ風紀委員会とソックスハンターの戦いは始まったばかりにすぎないのだ。
「再戦の日があらんことを」
 グラスを、掲げる。
 それはアトラスからほど近い地下バーであげられた、ささやかな祝杯であった。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1808 / マーヤ・ベッラ / 女 / 1 /プー】
【0116 / 不知火・響 / 女 / 28 /臨時教師(保健室勤務)】
【1779 / 葛城・伊織 / 男 / 22 / 針師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは! どさいべに参加しようともくろんでいたら本業で出勤命令がでて、指をくわえて泣いている立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。
 さて、今回の事件は草間側と連動してます。戦闘は共通ですが、準備段階がかなり違ってます。
 インパクトでちょっと、草間側さんに負けちゃったかな? という感があり、ややおとなしい展開になっておりますが。
 いかがでしたでしょうか?
 もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、クリエイターズルームから、メールで教えてくださると嬉しいです。
 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。

 では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。