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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


標的は三下

■オープニング■

 場所は月刊アトラス編集部。
 清々しい朝のひととき。

 三下はいつもの如く、没になる可能性が限りなく高い原稿の執筆に追われていた。
 そこにいきなり。

 ――開け放たれていた窓の外から、銃弾が一発飛んできた。

 道を挟んで向こう側、何軒か離れた遠くのビルの屋上、きらりと光る照準のレンズ。
 ミス、では無く、むしろこれ見よがしに。
 白王社のビルの中に存在を知らせるように。

 三下が必死で執筆しているすぐ横、デスク上のペン立てに着弾。木製のそれに、小さな弾痕が穿たれる。
 場所は三下の右手から、30cmも離れていない。
 …数瞬、絶句。
 その後。
「ひぃぃぃいっ!!!」
 思い出したように三下の絶叫が部内に響き渡った。

■■■

 他にも何発か撃ち込まれて少し後。
 窓の無い給湯室に取り敢えず安全の為三下を放り込み閉じ込め、警察を呼んでから編集長以下部内の面子は柱の影等外から見えないところに集まり、顔を見合わせた。
「天下の白王社に銃弾撃ち込みますか…」
 月刊アトラスはまだまだマイナーであっても、白王社には不動の地位を築いている他の雑誌――女性向け週刊誌等の大衆向け情報誌、がある。そちらではTVニュースのトップを飾るような大々的なスクープを取って来た事だってある。
 そして月刊アトラス編集部にも無論、そちらの編集部から異動――左遷と言うべきか――してきた編集部員だって居る。
 即ち、銃撃される心当たりは皆無ではない。
 …これは充分、トップニュース並みの事件だろう。
 が。
 今回に限っては考え難い事、でもある。
 何故ならば、

「…三下、が?」

 それだけは心当たりも何も、有り得ない。
 …何をどうしたらこの三下と言う男がヒットマンに狙われるような事になる?
 そんな度胸も状況も、麗香はじめ部内の面子には想像付かない。
 三下関係の厄介事と言えば、お化けに追い掛けられる――編集部にしてはむしろ厄介どころか都合が良い――程度が関の山だ。こんな何処ぞの探偵が喜びそうなハードボイルドな展開は予想外もいいところ。
「…人違いじゃないの?」
 眉を顰めて編集長・麗香。
「その可能性は高いですね」
 淡々と、居合わせた霊能ライター・空五倍子(うつぶし)。彼は別の意味――怪奇絡み――の荒事なら得意分野なのだがこの場合はちと畑違いだ。
「…ったく傍迷惑ね。これじゃ仕事が進まないじゃない」
「…三下さんの心配は無しですか。美都(みと)ちゃんが泣きますよ?」
「…心配してなかったらそもそも給湯室に放り込んじゃいないわよ」
 確かに、冷酷に徹するならばむしろ三下を盾にして早々に事態の終息を図るだろう。
「それも然りです」
 空五倍子はちらりと外を見る。三下を狙った凶弾の元と思しき方向を確認。瞬時に確認し、またすぐ隠れる。
「取り敢えず今のところは大丈夫そうですが…」
「今大丈夫でも、何も根本的な解決にはならないわね。…ひょっとすると警察も当てにならないかもしれないし…」
 少し考え込み、麗香がぽつりと言う。
 ――他ならぬ、狙われたのが三下、となると。
 皆目見当が付かない、イコール何か一筋縄では行かないような気がする。
「そうですね…。かもしれませんね…。と、なると…我々で何とかするしかない可能性もある、と。…白昼堂々、白王社のビルに銃弾撃ち込むような輩じゃ…取り敢えず人違いと仮定しましても、相手の誤解を解くのは至難の技ですし…。じゃあ…ヒットマンの方やっちゃうか、向こうさんが探している『本物』を探し出して突き出すしかないですかね…。…こう言うのはどちらかと言うと真咲(しんざき)さんの方が得意技でしょうけど…」
 と。
 びらびらの白いネグリジェに包まれた、小学校高学年程度と思しき少女の薄ら透けた姿が、慌てたように文字通り空中を「飛んで」来る。
『大変です大変です皆さんっ!!』
 彼女はとあるなりゆきでここに居付いているアトラスの常駐幽霊――守護霊とも言えるような言えないような。
「どうしたの美都」
『三下さんが居ませんっ! 給湯室のドア外から破られちゃってましたっ!!』
「何ですって!?」
 そして事態は急転直下。


■三下忠雄、何処へ■

 …三下忠雄が居ない。
 その事実にアトラス編集部内に衝撃が走った。
 美都の連絡により給湯室の現状を見に行ったその時には――給湯室のドアは開かれたままで。
 中にはやっぱり誰も居ない。
 ドア自体にも特に異常は無い。
「…トイレにでも行ったか」
 ぽつりと呟いたのは妙に色素の薄い青年。
 もう銀色と言ってしまっても構わないような灰色の髪に、赤い瞳。抜けるように白い肌。
 それでいて顔立ちはきっぱり日本人である。
「三下さんはそこまで度胸座ってないと思いますが…陵(みささぎ)くん」
 ぼそりと返す空五倍子。
 銃撃された直後にのこのこトイレに行けますか。引っ込みますよ普通。
 …その場で漏らしてしまったんだったら別ですが。
 平然と続ける。
『…そんな実も蓋も無い事言わないで下さい…』
 空五倍子の科白を聞き、がっくりと美都。
「………………まあ、空五倍子の言う通りな気もするな」
 色素の薄い彼――陵彬(あきら)は周辺をチェックしつつ呟く。
 簡単に調べた結果、やっぱり特に際立った異常は見付からない。
 ただ、ドアが開いていて、三下が消えただけ。
 予想するに。
 ドアが開いている理由――それは外から破られたのなら、単なるピッキングな可能性が高いだろう。そろそろ単純過ぎて涙が出るくらいの手口。
 …そうでない可能性となると三下が開けたと言う事になるが――幾ら三下でも碇麗香女王様…もとい編集長の命令を破ってまで、そう簡単に外の人間を入れやしないと思われるのだが。
 何か起きたら携帯電話を持っているのだから掛けて来たって良い。
 もし電波の状態が悪く通話不能だったとしても――場所が場所だから有り得るか――ここ編集部には部員一同と気心知れたお手伝い幽霊の美都が居る。
 彼女ならドアくらい平然と抜けられるので、わざわざ解錠しドアを開けなくても、直に会って意思の疎通を計る事は可能なのだ。そして実はこの美都、三下の事がかなり好きである。
 …つまり三下の事はちょくちょく気にしている。
 付きっきりではないが、側に居る事が結構多い。
 即ち、何か困った事が起きたら、三下には美都と言う格好の伝令役が比較的すぐ捕まる。
 と、なると。
 今この場合で切羽詰まって困りそうな事は彬の科白通りトイレくらいしかないだろう。…場所が給湯室だ。飲み水にも困りゃしない。
「…だがな…ある意味『絶対』とも言える編集長命令で閉じ込められていた筈のこの状況で、何もなく黙って出て行く事も…大人しく連れて行かれる事もないと思うんだが」
「それもそうですね。…と、なりますと…」
「この騒ぎとは全然関係無さそうな…本っ当に無害と思える相手に連れ出された…または何らかの理由で声すら出せない状況に陥った、のどちらかとでも考えれば良いのか?」
 三下忠雄、叫び声なら一級品だ。
 彼が叫べば確りきっぱり喧しい。
 年がら年中絶叫しているからだろうか。
 …少なくとも、ここから居なくなる際に叫んでいたなら――編集部に居て、聞こえる筈である。
 給湯室の中、何もない。唯一誰かが居た名残は申し訳程度に置いてある安物の合皮張りの椅子に残る、座っていた形の微かな凹み。そのくらい。
『…三下さんにとって、警戒しないで済む相手…ですか』
「…もしくは叫ぶ間もなく気絶させられた…とか、か」
「…それは後が大変なんじゃ? 給湯室から連れ出せはしても、このビルから出て行けませんよ」
「…と、なると…やっぱり警戒しないで済む相手…になるか」
 給湯室付近、彬も美都も空五倍子もそれぞれ考え込む。
 ――本当におかしいところがない。三下が消えた事以外は。
 仕方無さそうに空五倍子は溜息を吐く。
「…ここから得られる事は取り敢えず無さそうですね。戻りますか」

■■■

 一方編集部内。
 未だ柱の影や机の影に殆どの者が隠れているところで。
 ひとり闘志を燃やしている暗灰色の髪に琥珀色の瞳を持つ美少年――否、そう見えるお嬢さんが居た。
 窓の方を――狙撃手がいると思しき方向をじっ、と見据えている。
 …でも、なんでターゲットがみのさんなんだろう??
 それだけが疑問だ。
 彼女――依神隼瀬(えがみ・はやせ)は獲物を狙う鷹のような目で狙撃手の居た先を確認。
 その手には一丁のハンドガンが握られていた。
 ロングバレルを取り付けた、狙撃仕様のダブルイーグル。
 丁度良かった机の上で、隼瀬は腕を伸ばしそれを構えている。
 時折わざとらしく煌く、相手の照準。
 …スコープ無しってのがキツいけど…視認さえ出来りゃ…。
 隼瀬は動かない。
 その間に一度、柱に着弾。
 三下の姿が隠されてから、何やら嫌がらせのようにあちらこちらに撃っている。
 …何を考えているんだか。
 撃てば撃つ程、不利になるだろうに。
 取り敢えず、こちらの動きに気付かれてはいない様子。
 否、この銃が実銃とは思っていないだけかもしれない。
 隼瀬は動かない。
 ただただ、見据える。
 標的を。
 ひとつ、ふたつ、向こうの建物。
 ――見える。
 きらり。
 光った。
 そこを狙って隼瀬は発砲する。
 ――どうだ!?
 動きは。
 ――無い。
 仕留めたか?
「…首尾はどうですか、依神さん」
 背後でキィ、と音がし、穏やかな、それでいて威厳があり、魅力的でもある…何とも言えないまろい声が掛けられる。
 …瞬間、腰が抜けかけた。
 が、そんな事はおくびにも出さず、隼瀬は車椅子に乗ったその相手――セレスティ・カーニンガムに声だけ投げる。
「下がってて下さい、セレスティさん。他ならない貴方が怪我をしたら大問題だ」
 巨大財閥、リンスターの総帥様なんですからね。
 隼瀬は至極もっともな事を言う。
 C.D.S.――コンプリート・ディテクティヴ・サービス、即ち『何でも探偵屋(便利屋)』と言う仕事柄、直接依頼を受けた訳では無いとは言え、その辺りは結構気になるもの。
 この銃撃とは無関係かもしれないが――単純に、素性が大物だ。
「大丈夫ですよ。私を狙うような愚かな輩は、そうそう…存在しないでしょう」
「ですけどね、今アトラス編集部に居る中で…一番、狙われそうなのって…」
 狙われそう――と言うより狙う価値がありそうな相手は、セレスティくらいに感じる。
 そんな麗香の懸念にセレスティは静かに微笑んだ。
「私ではありませんよ。編集長」
 車椅子に座った美貌の紳士はあっさりと。
「その証拠に、三下さんが居なくなってから――撃ち手の覇気が落ちている…と言うよりどうも自棄になっているように思えるのですが。あれは…本当にプロと言える人なのでしょうかね…」
 それは狙撃は下手では無いのかもしれませんが――スナイパーと呼ばれる人種は、成功したにしろ失敗したにしろ、事が済んだら即時撤退が鉄則でしょう。
 やや呆れたようにセレスティは評する。
「…だからこそセレスティさんが心配なんですよ」
 その『自棄』の流れ弾にでも、もし万が一当たったりしたら、と。
 麗香はぽつり。
 と。
「…新手のかくれんぼですか?」
 唐突に麗香のすぐ横から彼女にとって聞き慣れた声が響いてくる。
「綾和泉(あやいずみ)!?」
 はい。こんにちは。とこちらも場違いににこやかな微笑みを浮かべ、いつからそこに居たのか綾和泉と呼ばれたラフな格好の長身の男――綾和泉匡乃(きょうの)は麗香のすぐ隣に、同じく柱を背にして座っていた。
「…いつ来たのよ貴方」
「今ですよ。そうしたら何だか騒がしいじゃないですか。皆さん」
「…貴方、状況わかってる?」
「さぁ? あまり普通の状況では無さそうですが…僕は力のコントロールの練習も兼ねて何か面白そうな場所を紹介して頂けないかと思って来たので…ひょっとして好都合な状況になってたりしますかね?」
「…どうかしら?」
 複雑そうな表情で麗香は返す。
 そこで。
 廊下、給湯室の方面から人間ふたりと幽霊ひとり――彬、空五倍子に美都が戻ってきた。
「こちらの状況は?」
「変化無しよ」
 言って麗香は窓の方面をちらりと。
 見た時。
「…またも何事か起きているのか、この編集部は」
 朴訥な声が響いた。
 編集部のドア。
 振り向く。
 そこに居たのは長身のシスター――ロゼ・クロイツ。
 隠れもせずに平然と立っている。
「ちょっと、危ないわよロゼさんっ」
「危ないと? どう言う事か」
「とにかく屈んでっ」
 と、麗香はロゼを引き摺り倒した。
 あまりに唐突な事だったのでロゼもあっさり倒れてしまう。
 不覚。
「…何事だ?」
 いつ弾が飛んでくるかわからないのよ!
 麗香の慌てた声にやや面食らいつつもロゼはその説明を律儀に聞いていた。
 そして大方理解すると、ふむ、と頷く。
「神とは無縁…畑違いだが話を聞いて背を向けるのも忍びない話か」
 言って、すっくと立ち上がる。
 平然と。
「ちょっとっ!?」
 麗香は俄かに慌てる。たった今話した。ロゼはもう、既に話を理解している筈だ。
 なのに。
 …平然と窓際に歩いて行く。
 そして。
 ロゼは黙々とブラインドを下ろし、閉め始めた。
 すたすたと、端から端へ。順繰りに。
 取り敢えずの目隠し。
 ちなみに下ろしている途中、まだブラインドを下ろしていない部分の窓の外から銃弾が一発飛んで来ていた。
 それでもロゼは動じない。
 やがてブラインドをすべて下ろし、ロゼは麗香たちの元へ戻ってくる。
「…これで外からは視認不可能にはならないか」
「…随分度胸あるのね、ロゼさん」
「…度胸…ではなく…すべては神の御心のままにただ、在るだけ」
 ぼそりと。
 彼女は相変わらずの調子で呟く。
 と。
「何か…あったんですね」
 入り口にまたも現れた客人。
 ライオンヘアとでも言うのか、ボリュームのある金髪に、赤い瞳。
 …顔立ちは何処と無く誰かに似ている。
「…貴方は?」
 訝しげに麗香がその彼女に問う。
 場合が場合だ。見知らぬ人間は不審に思うのは当然。
「ああ、自己紹介が遅れました。私は海原(うなばら)みたまと申します」
「海原って…」
 その名前なら記憶にある。
「はい。娘たちがいつもお世話になっております。どうぞこれからも宜しくお願い致します」
 ぺこりと挨拶し、粗品ですが、とサラダ油の詰め合わせを麗香に差し出す。
「これはどうも…御丁寧に有難う御座います…ってそれどころじゃないんですよ!」
「?」
 みたまは麗香の剣幕に可愛らしく首を傾げた。


■標的は――/ロゼ・クロイツ■

 ――許可が頂ければ多少お手伝いは出来るかと。
 みたまのその科白に麗香は有難く頼る事にした。
 …そしてみたまがコンピュータのひとつと格闘を始めたその頃、編集部のドア近辺からそろそろと顔を覗かせたり…また隠れたりしている黒い影がひとつ。
 と。
「…誰だあんたは」
 いつの間にそこに居たのか、彬はドアの影からその人物を誰何する。
 それと共に、彬自身の髪色のような銀色の銃口が、その人物に突き付けられていた。
「あ、ああ、あの…お仕事を頂けないかと思って来たのですが…もしかして取り込み中…だったんでしょうか」
 おどおどと今にも泣き出しそうな気弱な声が、その黒い影から発される。
 それを聞くなり、彬は速攻で銃口を下ろした。
「…この件とは関係無さそうだな。いや、お仕事を頂けないか…って事は、俺たちと御同類か」
「あ、あの、その銃って…本…物」
「いや、ただのエアガンだよ」
 …但しちょっといじってあるけど。
 少々不穏な答えを返しつつ、彬は現れた黒い影――女性だ――に悪かった、と小さく謝る。
 が。
 いいえ、挙動不審なあたしが悪かったんです…と激しく低姿勢でその女性は逆に彬に頭を下げていた。
 これではどちらに非があるのだかわからない。
 と。
「…雨柳(うりゅう)さん?」
 そこで、はた、と気付いたように麗香が低姿勢な彼女――雨柳凪砂(なぎさ)を呼ぶ。
 麗香のその声に救われたように、凪砂は顔を上げた。
 細い首にはチョーカーと言うには少々無骨なバンドが巻かれている。
 …むしろ首輪とでも言った方がしっくりくるようなそのアクセサリがある意味、彼女のトレードマークらしい。
「はい。雨柳です。…あの、何かあったんでしたら…宜しければお手伝い致します…けど」
 お邪魔でなければ。

■■■

 ――では私は先に狙撃手が居たと言うビルに臨もう。
 言ってロゼは隼瀬に振る。
 彼女は唯一、確りと狙撃手の位置を確かめた人物のようだったからだ。
 ちなみに――今度こそ狙撃手は居なくなっている様子だ、と確認は出来ている。
「あの…建物で良いのだな」
「ああ。あそこの角――手摺の隅に照準が見えた…ってあぁん!?」
 隼瀬が答える間にもロゼは窓枠に乗っていた。
 そしてアンカー付きのワイヤを何処からとも無く引っ張り出すと、その先端を鋭く投擲。向かいのビルに引っ掛かったのを確認すると、ロゼは当然のようにそこから空中に滑り出した。
「――」
 茫然と見ている間にもロゼは向かいのビルに到達。
 体勢を整えてから、再び目的のビルに向かって同様に。
「かー…。凄」
 隼瀬は思わず感嘆。
 あの技があれば仕事上色々楽かもしれないと思いつつ、幾ら何でもあんな真似は絶対出来ねえな、とも思うので。

■■■

 ――匂いを辿れば三下さんにも何とか追い付けるかと思います。
 凪砂のその科白に一同はきょとんとする。
 それは証拠も何も無いのだが。
 あ、はしたないですね。でもそんな事言ってられない…んですよね。三下さんにはお仕事でお世話になりましたし…。正直、あまり使いたくはないんですが…。
 凪砂はおどおどと言い募る。
 が。
「匂いを辿れるなら一番じゃないんですか。どんなプロでも――人としての匂いは、消し切れ無い筈ですからね」
 車に乗るにしてもこの辺りではいつも渋滞しているようですから…早い内なら追い付けると思いますよ、と続け、セレスティが頷いた。
「そうだろうね。それにどうも…あんたもタダ者じゃ無さそうだ」
 にやりと笑い、隼瀬。
 生来の巫女体質故か、彼女には――凪砂と同化している何か強大な『黒い影』が感じられている。
「じゃ、俺たちはみのさん救助の方に回ろうか。雨柳さん」
「は…はい」
「…俺も行く」
「陵くん」
「三下の事はどうも…ある意味、他人事と思えなくてね。心配だよ」
 誰にとも無く呟きながら、彬。
「じゃ、あまり大挙して行っても却ってまずいと思いますし、僕たちはここに残って三下くんの近辺を洗ってみましょうか。ひょっとすると何か出てくるかもしれませんし」
 ここ最近の取材とか、何か事件と関りがあるかもしれませんしね。
 幾つか可能性を提示しつつ、匡乃。
「そうですね。…まぁ、私は元々この身体ですからそのつもりでしたけれど」
 セレスティが同意する。
「俺もそうさせてもらいます。怪奇絡みじゃない限りは…何となく、行っても足手纏いな気がしますし」
 苦笑しながら空五倍子。
 と。
「追跡には三、四人が無難よ。だから丁度良いんじゃないかしら?」
 コンピュータに向かったままのみたまから声だけが飛んでくる。
「あんたたち、雨柳に依神に陵だったわよね…ってあ、そろそろ猫が剥がれて来ちゃったわね。まあ良いわ。それどころじゃ無いし。実際、この方が遣りやすいしね」
 悪戯っぽく肩を竦めつつ、先程までとは口調をがらりと変え、みたまは続けた。
「何かあったら即時連絡。もし身動き取れないような事になっても、場合によってはこちらで対処法を見付けられるかもしれないからね。無論三下を見付けると言う目的が達せられたらその時点でまずこちらに連絡は入れる事。それから…一番この手の話に慣れていそうなのは依神みたいね。ふたりの事も気を遣ってやりなさい」
「…お姉さんこそ結構やるみたいじゃん? いきなり司令塔されるとは思わなかった」
「こう言う場面は多少慣れてるのよ。多分、あんたよりもね、依神」
「そーですか。…ま、確かに、頼れそうだ」
 言って隼瀬は、ぽん、と凪砂の肩を叩く。
 んじゃ改めて、宜しく、と。

■■■

 暫し後の編集部内。
 主に三下の机の周りに一同は集まっていた。
 麗香に色々と三下の最近の様子――彼の取材していた事柄等々を訊きながら、匡乃とセレスティ、空五倍子はそこにある書類を調べ出す。みたまはまだコンピュータに向かったまま。美都が横から、それを不安そうに伺っている。
 そんな調子で色々遣っている中、漸く警察の方々が現れた。
「遅…」
 ぼそりと呟いたみたまの科白は彼らの耳に聞こえていたかいなかったか。
「色々慎重になるんだよ。上の方がね」
 …俺たちはすぐに来たくとも、ビルに銃撃なんて言っちゃあ…上の方は色々と余計な可能性考えやがるからな。
 みたまに答えるように同じ調子で呟いたのはやや年嵩の刑事らしい――とは言え何やらちょっと毛色の違う男。
 取り敢えず彼には聞こえていたらしい。
「貴方は?」
「あんたがここの責任者か?」
 ぴらっと警察手帳を開きつつ、刑事らしい男は訊く。
 手帳曰く、名前は常磐千歳(ときわ・ちとせ)、階級は警部補。
「いえ。責任者――編集長は」
「私です」
 名乗り出た麗香は状況を話し出す。
「…で、三下忠雄…とか言う妙な名前のあんちゃんが狙われたようだ、と」
 ふむふむ、と頷きながら常磐刑事は情報を整理。
 その間にも鑑識やら他の警察官やらがわらわらと動き出している。
 と、そこに。
 びゅっ、と窓から黒い人影が飛び込んで来た。
「!?」
 驚く警察の皆さん。
 …飛び込んで来た影――狙撃手が居たと思しきビルまで行って戻ってきたのは、ロゼ。
「残念ながら何も残ってはいなかったようだ――ん?」
 まじまじと自分を見、警戒している見慣れぬ面々。
「…何者だ」
「警察の人」
 横から即答する麗香。
「警察…法の番人か。敵ではない…そうか」
 納得し、改めて麗香を見る。
「ところで…失踪した三下の行方を追った者は居るのか」
「依神さんたちが行ったわ。雨柳さんが匂いを追えるから多分見付かるって」
「そうか」
 言ってロゼはドアに向かう。
「ロゼさん?」
「追走する」
 それだけ残し、信じられぬ速さで彼女は警察の張ったテープを飛び越し、ドアの向こう側へ。
 警察の皆さん一同、茫然。
「………………そう言えば…白王社アトラスの連中にはマトモに相手するなって聞いた事…あったな…」
 今回、上が動くのが遅かったのはひょっとしてそのせいか。
 常磐刑事はやや達観気味に呟いた。
 …実はある程度、アトラス近辺の不可思議振りは警察内部でも知られている事だったりするらしい。

■■■

「…大丈夫かい? 雨柳さん」
「え、えーと…はい。大丈夫です」
 大丈夫と訊いてそう答えられても、路面に這いつくばるような形で鼻を鳴らす姿は何やら見ていて申し訳ない。
 事実、時折変な顔でこちらを見ている方々が通りすがりに居たりするので。
「…こっちです」
 けれどそれらを極力気にしないようにし、立ち上がると凪砂は走り出す。
 彬に隼瀬もそれに続いた。
「ところで…あんたが追っている匂いは、三下当人のものになるよな」
 ふと、彬。
「? …はい。そうですけど…」
「…て事は、三下は自分の足で歩いている事になるよな」
「そう言われりゃそうだね。車にでも乗せられたら、一応匂いは途切れてる筈だ」
 肯定する隼瀬。
「と、なると…無理矢理連れて行かれた…って可能性は著しく減りますね?」
 首を傾げ、凪砂。
「それもそうだな」
 考えながら、凪砂を先頭に走りまわる。
 が。
 暫く走って。
「…途切れました」
 息を切らせながら、凪砂が呟く。
「ってここは…行き止まりじゃないか」
 汗を拭いながら、隼瀬。
「…まさか誘い込まれたって事は」
 誰にともなくぼそりと問う彬。
 と。
「…何してんだお嬢さんたち」
 背後から。
 低い声が投げられる。
 三人は声の方を振り返った。
 そこには。
 ――三下忠雄が『ふたり』いた。

■■■

「…ちょっと待て、みのさんがふたり?」
「――」
 俄かに動揺する隼瀬に、絶句する彬。
 片方の三下はその様を見て肩を揺らして笑っている。
 もう片方の三下はと言うと慌てたように挙動不審。
「あ、あの、依神さんに陵くん…ひょっとして…僕の事追って…?」
「…良かったな三下。見捨てられて無さそうじゃねえか」
「見捨てたりなんかしません!」
「あああ、雨柳さん…」
 縋るような声。
 いつもの三下だ。
 じゃあもうひとりのこちらは…。
「全然…匂いが違います」
 くん、と小さく鼻を鳴らし、冷静に凪砂。
「ん。何やら色っぽいじゃねえかお嬢さんよ。とまぁ、そりゃ今は良いか。俺は千明貴宣(ちぎら・たかのり)。三下には色々世話になっててな」
 言って、掛けていた分厚い眼鏡を外す。
 何やら三下では有り得ないような余裕の毒っぽさを湛えて、三下瓜二つのその顔が、にっ、と笑みを形作った。

■■■

 これはいったいどう言う事か訊く為、三下&千明を引き摺り取り敢えず近場の喫茶店にでも放り込もうと彬、凪砂、隼瀬の三人は試みる。
 が。
 改めて道に出たところで声を掛けられた。
「三下クン…よね?」
 長いダーティブロンドの髪を後ろでひとつに束ねた女性――羽柴遊那(はしば・ゆいな)。
「え、あ…あの…僕…」
 声を掛けられても肝心の三下はいまいち要領を得ない。
「…えーと、みのさんを御存知で」
 仕方無く隼瀬が後を引き継ぐ。
「ええ。知ってるわよ。アトラスの三下忠雄」
「良かったこの人千明さんじゃ無く三下さんの方を知ってる方なんですね!」
 ほっ、と安心したように言う凪砂。
 その声に、ん? と俄かに疑問を感じる遊那。
 そして遊那は三下とその一行をよくよく見――三下が『もうひとり居る』事に気が付いた。
「え?」
 ただの変装――にしては骨格やら顔の造り等々、普通、真似し切れないところまで似ている気がする。
 フォトアーティストと言う仕事をしている遊那に対して、その辺りの細かい部分まではそう簡単に誤魔化し切れ無い筈だ。
 三下とそっくりなもうひとりは遊那を見てにっこりと笑う。
 …ちなみにその表情は性格上、本物の三下では作れない気がする。
「…これは美しいお姉さんですね。ったく三下、お前不幸不幸って言われてるけど案外そうでもないんじゃないかねぇ?」
「…あんたが喋ると混乱するから黙っててくれ」
 もうひとりの三下こと千明に対し、すぱっと切り捨てるように彬。
 それを確認してから隼瀬が再び口を開き、遊那に頼む。
「いや、突然で申し訳無いんですが…近場で何処か落ち着ける場所を知りませんかね? 出来れば誰からも横槍が入らなさそうなところが良い。…こんな事を言い出すのは延いてはみのさんの為なんですが」
 さっきみのさん編集部で狙撃されまして。更に失踪したと思ったら突然そっくりさんと平和に同行しているんですよ。で、結局何がどうなっているのか…俺たちも良くわからないんです。
 お手上げ、とでも言いたげに隼瀬は言う。
 …まずは話を整理させてくれ。何事もそれからだ。
「狙撃された? で、落ち着ける場所? 何だか大変みたいね。…わかったわ。じゃあ取り敢えず私のスタジオに来ない? 麦茶くらいは出すわよ」
 と、遊那からは有難い提案が返ってきた。


■結末■

 そして彬に凪砂に隼瀬、三下に千明の五人は遊那のスタジオの――特に何も置いていない場所に連れて来られていた。
 アトラス編集部の方に早々に連絡を入れていた隼瀬は、何やら凄く嫌そうな顔をして通話を切る。
「どうしました依神さん」
「いや、千明ってのが廻状出される程の札付きのワルらしいって事が判明しただけ。親分筋の愛人寝取るわ組員嵌めるわクスリの製法盗むわ、と派手に色々やらかしてるらしいよ」
「え?」
「編集部の方に来てた刑事さんがそんな事言ってたらしいよ。海原さんも知ってたらしい」
「そんな人聞きが悪いなあ」
 意外そうな顔で隼瀬を見る千明。
 彼は余裕ぶっこいて行儀悪く足を組み座っていた。三下とお揃いの、掛けていた分厚い眼鏡も外して胸ポケットに差している。ついでにポケットに入っていた潰れ掛けの箱からセーラムを一本引き出し、火を点ける――点けようとする。
 が、寸前に遊那にぱしっ、と腕を掴まれた。
「…ここは禁煙」
 きっぱりと告げ、取り敢えず煙草とライターを一時没収。
 そして繁々と千明の姿を眺めた。
「…何?」
「見れば見る程…信じられないくらい外見は似てるけど――やる事なす事全然似てないわね。三下クンと」
「俺も初めは驚きましたよ」
「ぼ、僕もびっくりしました…」
「ま、面白い奴が居るなあとは思ったんですがね。だから近付いてみたんですが」
「近付いてみた?」
 隼瀬が聞き咎める。
 が、涼しい顔で千明は隼瀬を見るだけ。
「話してみたくならない? 瓜二つの奴が居る、って知ればさ」
「…で、近付いて見てどうだと思った訳だ?」
「いやあ…信じられないくらい正反対で笑った笑った。このダーティブロンドのお姉さんの言う通り『やる事なす事全然似てない』から。いやあ、俺がこう言う態度取ったらこう見えるのかなあって」
「…で、三下を利用したって事なのか?」
 低い声でぼそりと彬。
「利用? なんでそんな事を。する必要が何処にある?」
「いえ、あの、陵くん、千明さんは別にそんな」
「で、でもあの、三下さん、なんであの場面で黙って出て行っちゃったんですか。皆心配するってわかってて」
 今度は凪砂。
「…それに関しては平謝りします…ごめんなさい。でも千明さんが、このまま残ってた方が危ないって言うから…僕を狙った相手の事を考えると編集部に顔を出すのも怖かったですし…」
「だったら伝言のひとことでもメモって給湯室に置いて行くなりすれば良いじゃないですか…」
「そ、そうですね…忘れてた…」
 がーん。とショックを受けたよう、自己嫌悪に頭を抱える三下。
 けれどそれをちら、と見て、遊那がぽつり。
「こちらの彼が書かせる余裕を持たせなかった、って事もあるんじゃない?」
 そう仕向ければ三下クンは素直だから。
 仕向けた通りに動くわよ。きっと。
 そんな遊那の科白に、一同は俄かに黙り込む。
 千明は涼しい顔のまま。
 隼瀬は今度は真っ直ぐに千明を見た。
 取り敢えずこれだけは訊かなければ。そんな思いから。
「…で、改めて訊くけど――どういう経緯で知り合って、いったい何をやってる訳?」

■■■

 曰く。
 ――それは今日と同じく良く晴れた日の朝の事だったらしい。
 事の始まりはすべて偶然。
 道端――と言うか人通りの激しい、ある意味公道代わりにもなっている公園で。
 Tシャツにジーパン、龍の縫いとりがしてあるような安物のブルゾンに、キャップを深く被った状態の千明は、拾った新聞を読みながらぼーっとベンチに座っていたとの事。
 その目の前で。
 …普通に歩いて通り過ぎようとしていた通勤途中の三下が――いきなりずっこけていた。
 当然、思わず目が行く。
 と。
 三下のその眼鏡が外れていた。
 あれ、あれ、と手探りで眼鏡を探す三下。…ド近眼。
 だが。
 眼鏡を外したその顔を見た千明は驚いた。
 …まるで鏡を見ているようなものだったのである。

 そして千明は、座り込んだまま見当違いの場所を探る三下に近付いた。
 落ちていた眼鏡をあっさり拾い、ほらよ、と三下に手渡す。
 あ、有難う御座います…親切な方なんですね…! と素直に感激しつつ、拾ってもらった眼鏡を掛けその人物の顔を見た時――三下もさすがに停止した。
 ええええええぇっ、と俄かに驚き、無遠慮にその顔を指差す。
 ついでに、ド、ドッペルゲンガー…! とか千明にすればアホらしい事を呟くなり、げし、と三下の頭に容赦無く拳骨が炸裂した。
 …誰がドッペルゲンガーだ誰が。
 俺は千明貴宣ってんだ。覚えとけ。
 ぼそりと言われ三下は、は、はい…と小さくなっていたらしい。

 ――衝撃の出会いはそんなところで。

 以後、気が付けば千明は三下の行く先々にちょくちょく出没するようになっていたらしい。
 三下にしてみればこの千明――それはちょっと乱暴ではあるが、自分を莫迦にする事も無い相手。同じ顔故か奇妙な連帯感さえも持て、やがてかけがえの無い友人と思うようになっていたと言う。
 …他の人物が間に入ってさえいれば、何処かおかしいとは気付いただろうに。

 そんなある日。
 たまたま一緒になった道端で。
 ――何処ぞから銃弾が飛んできた。
 千明は咄嗟に三下を突き飛ばし、自分も隠れる。
 な、何なんですか、と情けない声で問う三下に、千明は真剣な顔で謝った。
 ――悪ィな。俺、実はちょっと危ない奴に狙われてるんだ――と、千明はそこで初めて狙われている事を明かす。
 …そしてその時点で三下は――だったら、僕に何か出来る事はありますか、と自分から。

 ――そして今に至る、と。
 ………………傍から見れば明らかに騙されているように思うのだが。
 一通り聞いた一同は思わず嘆息。
「みのさん…お人好しなんだね…」
 しみじみと隼瀬。
「それは…ターゲットがひとりより…ふたりの方が…狙いが分散されるもんな…」
 苦い顔をしつつ、彬。
「三下さん…ひょっとして…キャッチセールスとかに…結構弱いですか…?」
 おずおずと凪砂。
 そこをまとめるように、ぱんぱん、と遊那は両手を叩く。
「ま、事ここに至っちゃったんならあれこれ言ってもしょうがないでしょ。乗り掛かった船だ。まずはその狙ってるって奴、捕まえましょ。文句はそれからね」
 遊那は言い切り、とん、と三下の胸元をノックするように叩く。
 そして千明を見た。
「うーん。今のところお揃いは眼鏡だけね? じゃあ服とか靴とか…カツラも要るかしら?」
 遊那はてきぱきと服の様子、体型、見た目を確認する。
「…お、おい」
「折角ふたりいるんだもの。攪乱させるのにはちょうど良いわ。…って元々そのつもりだったんでしょ」
 ん? と言い聞かせるように千明の顔を覗き込む。
「下手に背格好の似ている人間だまくらかして変装させるより、元々同じ顔の方がよっぽど効果的だものね?」
 言いながら、ぱん、と千明の両肩を叩く。
「そうね、ちょうど着れそうな同じスーツがあるから、ふたりとも着て行ったら良いわ。同じ格好していた方がわからないでしょ」
 うん。と遊那は微笑んで頷いた。

■■■

 そんなこんなで色々と用意の後。
 外に出るなり。
 遊那は三下と千明をそれぞれ別方向にいきなり突き飛ばした。
「あ?」
「ちょ、ちょっ…」
 よろめくふたりを余所に、遊那は少し辺りを見回し、すぐに上方を指差した。
「あそこ!」
 言って遊那が指差したのは、やはり数軒離れたビルの屋上。
 ――居た。
 狙撃手。
 どうやら遊那は三下及び千明に触れ、予知の力を使ってそれを確認していたらしい。
 突き飛ばしたのは勿論、庇う為。
 と。
「…ならば私が」
 唐突に抑揚の無い声が聞こえたと思ったら、視界の隅に黒い修道衣がはためいていた。
 その修道衣を纏った『彼女』は、ワイヤを駆使し見る見るうちにビルからビルへと飛び移り、狙撃手の元へ。
 …いつの間にこの場に来ていたのか、ロゼである。
 それを確認したかしないかと言うタイミングで、隼瀬も自前の得物を取り出し、狙撃手の動きを牽制に走っていた。
 遊那の手が加えられてから、はっきり言って見分けが付かない三下と千明の安全確保、それとロゼの援護の為に。
 と。

 パァンッ

 撃発音。
 直後、チュイン、と跳弾する音。
「危ないっ」
 三下か千明のどちらかを、凪砂は慌てて押し倒す。
 跳弾が飛んできたちょうどその場所に、その片方が居たから。
 そして隼瀬がすかさず銃弾の元――狙撃手の元に狙いを定めると、一発ぶち込む。
 が、狙撃手側の――照準はまたも光っている。

 パァンッ パンッ

 二発。
 物影に転がり込むようにして隠れた。
 彬に遊那も同様にもうひとりの三下?を庇う形で動いている。
 隼瀬は銃を構えたまま、狙いを外そうとしない。
 そして。
 今度はほぼ同時に――互いが。
 計らずも同一線上に弾道が乗っている。
 中間点で、破壊音。
 ――相殺。
 神業的な領域でそれを確認するなり、隼瀬はもう一発撃っていた。
 と。
 遠目にロゼの姿が見える。
 隼瀬は銃口を慌てて逸らした。
 ロゼは銀の短剣を狙撃手の首に突き付けて、動きを止めた様子。
 それっきり弾も飛んで来ない。
 と。
「…なんっか本当に警察の出る幕無えな。アトラスの連中が絡むと」
 呆れたような声が飛んでくる。
 常磐刑事。
 …隼瀬の連絡を受けて、編集部から遊那のスタジオ近辺まで出て来ていたらしい。
 そして一部始終を見ていたようだったのだが…。
「…依神だったか」
 名指され、隼瀬の背につぅと冷汗が流れる。
 ――彼女の手にはダブルイーグルの実銃。
 しかも…今撃った三発は――恐らく常磐刑事の目の前での事。
 これは言い逃れようがない。
「俺以外の奴に見られる前にとっととそれ仕舞え」
「…え」
「良いから。面倒臭え。どうせ俺の目的は池端――あの殺し屋だけなんだよ」
 他に下手な行動取ったら煙たがられるだけなんだ。
 言って常磐刑事は火も点けないままずっと銜えっぱなしだった煙草に漸く火を点ける。
「言われた以上の事をやったらな、俺は速攻…良くて謹慎か、悪くてクビなんでな」
 幸せそうに細く煙を吐き、ライフルに狙撃手を軽々と担いで戻ってくているロゼを待つ。
 やがて地表に戻ってきたロゼは、何事も無かったように常磐刑事に狙撃手――池端を突き出した。
「…確かお前は警察の人間だったな。ならばこいつを連れて行き、為すべき事を為せ」
「そりゃまた御丁寧に。お言葉に甘えて――美味しいところだけ貰ってくぜ。有難うな。嬢ちゃんに兄ちゃんよ」
 に、と笑ってロゼのワイヤにぐるぐる巻きにされた池端をそのまま受け取る。
 …はーい。池端祐一郎の身柄確保〜。
 時計の秒針を読みながら気の抜けるような声で言いつつ、捕らえる腕だけは冗談どころで無い力でがっちりと池端を確保している。そしてかちゃりと申し訳程度に手錠を掛けようとした――が、池端は急に激しく痛がりだす。何事かと思ったら、手の甲に火傷に近いかすり傷が出来ていた。…隼瀬の撃った銃弾か。
 それに気付きながらも見なかった振りをし、常磐刑事は手錠を掛けるのを諦める。まぁどうせ掛けても掛けなくても現状では動けない事に変わりは無い。
「…ああ言い忘れてた。千明ぁ」
 常磐刑事はスーツを着、分厚い眼鏡を掛けた瓜二つのふたりの片割れにだけ向け、迷いもせず呼ばわる。
「お前その内、女どもや可西の連中に呪い殺されるぞ。覚悟しといた方が身の為かも知れねえなぁ」
 せめて出来る時にゃ善行積んどきなー?
 そうすりゃあの世で閻魔の旦那も手加減してくれるかも知れねえからなあ。
 嘯きつつ、池端を引き摺って歩いて行く。
 じゃあな、と片手を振りながら。

■■■

 で。
 白王社ビル狙撃犯――三下忠雄及び千明貴宣殺害未遂犯の池端を常磐刑事に受け渡し、取り敢えず場所の近さからまた遊那のスタジオに戻って――匡乃やみたま、セレスティに麗香らの居るアトラス編集部に連絡を入れた後の事。
 一同は何となくすっきりしないもやもやを抱えていた。
 それはすべて千明のせい。
 問題の彼は寛ぎ切ってのほほんと座っている。
「有難な。助かっちゃった。う〜ん。俺に取っちゃ三下は幸運の象徴だね」
「…その分三下が貧乏籤引いちゃいないか?」
 千明と関った事で、ならなくても良い狙撃の的になったり…。
「…どうも、向こうのスナイパーよりこちらの彼を警察に突き出したい衝動に駆られて来たわね?」
 はぁ、と溜息を吐きつつ、遊那は分厚い眼鏡を再度掛けてみている千明を見る。
 とは言え三下と同じその顔に対してはいまいち怒り辛い。
「羽柴さんでしたね? 俺のした事に関しては――何も証拠は無い筈ですよ。それに、もし証拠が出たとしても警察沙汰にする必要性は無い事ばかりですし」
 愛人を寝取ったって言いますが同意の上でしたし。
 クスリの製法盗んだって言っても可西を困らせる為だけで自分で作ってはいませんし。
 組員嵌めたって言ったって、死刑や無期懲役になるような重い罪状追っ被せた訳じゃないですし。あの程度じゃあ…むしろハクを付けさせてやったようなもんです。
 それに、池端の事から可西組にメスが入れば、俺は好都合だったりしますんで。
 にっこり。
 三下と同じその顔で、千明は抜け目無く微笑んだ。
 …何となく頭に来る。
「法で裁けぬ以上…この手の輩には――天罰を与えても構わぬ気がするが」
 ぼそりとロゼ。
 千明は勘弁、とでも言いたげに肩を竦めて小さく両手を上げた。
 その仕草さえいちいち何故か癇に障る。

 取り敢えずわかった事がひとつ。
 …三下忠雄の不幸体質は、見た目顔形背格好等の外見的な問題では無く、純粋に持ち得た性質の問題のようだ、と言う事である。
 そちらに関しては――合掌。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■0423■ロゼ・クロイツ(ろぜ・くろいつ)■
 女/2歳/元・悪魔払い師の助手

 ■1537■綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの)■
 男/27歳/予備校講師

 ■1712■陵・彬(みささぎ・あきら)■
 男/19歳/大学生

 ■1685■海原・みたま(うなばら・みたま)■
 女/22歳/奥さん 兼 主婦 兼 傭兵

 ■1253■羽柴・遊那(はしば・ゆいな)■
 女/35歳/フォトアーティスト

 ■1847■雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)■
 女/24歳/好事家

 ■0493■依神・隼瀬(えがみ・はやせ)■
 女/21歳/C.D.S.

 ■1883■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)■
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■原因?の三下と瓜二つな男■千明・貴宣(ちぎら・たかのり)■
 男/29歳/某暴力団の元・専属医

 ■狙撃の腕は良いらしいが他は…?なスナイパー■池端・祐一郎(いけはた・ゆういちろう)■
 男/34歳/某暴力団と関係の深いヒットマン

 ■通報で来た不良刑事さんその一■常磐・千歳(ときわ・ちとせ)■
 男/46歳/警視庁捜査四課のやさぐれ警部補

 ■今回ある意味役立たず■空五倍子・唯継(うつぶし・ただつぐ)■
 男/20歳/大学生兼マスコミメディア対応陰陽師兼霊能ライター

 ■空五倍子同様の居るだけ幽霊■幻・美都(まほろば・みと)■
 女/(享年)11歳/幽霊・月刊アトラス編集部でお手伝い

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 羽柴遊那様、依神隼瀬様、セレスティ・カーニンガム様、初めまして。
 ロゼ・クロイツ様、再び、どうもです。
 雨柳凪砂様も初めまして。海原みたま様にも先日は。…また、娘様方にはいつもお世話になっております。
 そして綾和泉匡乃様、陵彬様にはいつもお世話になっております。
 皆様、御参加有難う御座いました。

 大変お待たせ致しました。
 初日に発注下さった方は納品期限ギリギリと言ういつもの如き遅さです(苦)
 …って実は今回いつもより際どい橋を渡っていたとも言うんですが(汗)
 そしていつもの如く文章も長いです。
 …辟易してたらすみません…。

 今回の個別部分は個別と共通が混じっている形です。
 場所は真ん中の「標的は――」で、タイトルの横に合わせて一緒に名前が書いてある方は、全面的に共通の文章になっております。

 内容は、何処がハードボイルドだ、と言われそうな気もしてきましたが…やっぱり三下さんを中心に絡ませてハードボイルドは無理かな、と書いている最中に散々思い知らされまして…どうも看板に偽りありな気配に…(汗)
 結果、普通に事件モノのような形になりました。
 また、オープニングが無闇に長くてそこの部分も申し訳ありませんでした。
 しかも長い割に要点がはっきりしてなくて…遣り難かったかと思います(汗)

 ロゼ・クロイツ様
 畑違いと言うのにわざわざ手を出して下さり有難う御座いました(礼)
 以前も今回も…とにかくその機動力には頭が下がるばかりです。

 今回はこうなりました。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝