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<東京怪談・PCゲームノベル>


有楽町で逢いましょう

【0C】

 おっと、うっかり寝過ごしたみたいだ、と、瀬川・蓮(せがわ・れん)は眼を擦ると座席からぴょこん、と飛び降りた。
 終点です、この電車は最終電車となります、お忘れ物の無きよう……という車内アナウンスが聴こえ、同時に乗客の有無を確認して回る車掌の歩く姿が見えた。厄介な事になる前にと、座席の影に隠れながらホームに降り、物陰に小柄な身体を滑り込ませる。東京のストリートで生きて行く為の本能的な知恵。そんな動作も、慣れたものだ。
 異常無し、と確認したのか銀色の地下鉄の車体はやがて走り去って行った。
 
──営団地下鉄、有楽町線を御利用頂きまして、ありがとうございます……。
 アナウンス特有の、くぐもったような女性の声が響いていた。

【1C】

「変だよねー……。ボク、確か青山のママの所へ行く途中だったんだよね」
 蓮は、あまりに閑散としたホーム、そして有楽町、と書かれた駅名表示パネルを前に両手を腰に当てて呟いた。
 そう、こんな駅で降りるつもりではなかったのだ。それが、どうも転寝をしていたらしい車両の中で何を間違ってか全く別の車線の、終点では有り得ない駅に着いてしまった。
 因みに青山のママ、というのは東京中に蓮が持っているパトロンの内の一人である。「小遣い」と称して生活費(主に遊興・娯楽費用)と美味しい食事と寝る場所。それらを蓮はそうした「パパ」「ママ」から獲ていた。
「……ここ、違うね」
 蓮は直感で、自分が異空間に取り込まれた事を悟った。
 さて、どうしようか……。……それにしても。
「ボクを取り込むなんて…いい度胸じゃない?」

【2C】

 無駄だろうな、と思って確認した携帯電話の液晶は黒く静まったままで、やはりどうしても電源が入らなかった。充電池を替えてみても、同じだ。
 携帯電話が使えるなら使えるで、仲間のストリートキッズに連絡を取ってみようかと思っていたが、駄目なら、いつまでも携帯電話を相手にしている事もない。蓮には、他にも手段がある。
 静まり返ったホームの中、蓮は眼を閉じるとすっと華奢な腕を翳した。
 その指先に淡い光が灯り、軽く振り上げるとその光ははっきりとした実体に変わっていた。
 悪魔召還。……尤も、蓮が悪魔を召還・使役できるのは生まれつきであり、誰から教えられた訳でもないので彼自身は自分が呼び出しているものが何なのか今一つはっきり分かってはいないらしい。
 が、本人に自覚があろうがなかろうがそれは悪魔である。この時呼び出したのは偵察用の最も小型で素早い種の使い魔だ。緑色の小さな身体に蝙蝠のような羽根と蜥蜴のような尾。1、2、3、4、5……五匹居る。
「みんな、お散歩の時間だよ」
 楽しそうに呟く蓮に応え、使い魔たちは散り散りに偵察を始める。
 まるで友達か、あるいはヘッドとして取りまとめているストリートキッズ達でも見送るようにそれを見届けると、蓮自身はホームのベンチにごろん、と寝転んだ。コンクリートの天井を見つめながら、思案に耽る。
 情報は使い魔達が集めてくれる。その間に蓮自身は、自分がこんな異空間に取り込まれた原因を考えてみるつもりだった。
 ──が、誤算が生じた。

 五匹飛ばした使い魔の内一つの気配が消えた。
 線路沿いの空間の先を調べさせていた使い魔だった。
「……!? ……何、喧嘩売ってんのかな、ボクに?」
 蓮は起き上がり、線路の彼方を見つめた。そして、その時初めてこのホーム内に居た別の人間の存在に気付いたのだ。少年と青年の二人組だ。
──一体何時出てきたんだろう? ボクと一緒の電車……でも、あの時にはホームにはボクしかいなかった。地上、かな? ……それにしても、
 あの二人もちょっと普通じゃなさそうだ、と蓮は思う。
 やがて、線路の闇の中から蓮の使い魔ではなく、一羽の白鷹が飛来して来て少年の方の腕に停まった。
 少年は優しくその白鷹を気づかい、そしてそれを一枚の紙片のような物に変えて仕舞った。青年の方が蓮に気付き、少年に合図する。
「……、」
 蓮は腕を組み、まっすぐ彼等と見つめ合った。お互いの正体を探り合っているのは明らかである。
 やや緊迫した空気が流れていたが、やがてホーム全体に姦しい男女一人ずつの声が反響し、また線路の奥の闇から、──今度は人間の少年少女が二人、走って来た。

【3_1】

「とりあえずだな、俺達を轢き殺しかけた電車はあんたが絵に描いて具現化したもので、あのバケモンはこのガキが飛ばした使い魔だって?」
 海原・みなも(うなばら・みなも)、片瀬・海(かたせ・うみ)、久坂・よう(くさか・よう)、蓮、倉塚・将之(くらつか・まさゆき)の五人がホームに集まった所で、お互いの情報を交換した後、将之が海と蓮に喰ってかかった。
「まさか、人が線路沿いに歩いてたなんて気付かなかったからさ。それに、その車両を動かしたのは正確には同じく絵が具現化した車掌だ」
「あれはただの使い魔だったのにさ、キミが先に攻撃したりするからいけないんじゃないか」
 それが、それぞれの云い分だった。
「まあ、この子供も悪意は無いと云っているし、ようくんの式神で事無きを得た事だし、良しとしよう」
「……まあいいけどよ。……悪意無し……本当か?」
 将之は溜息をついて悪びれた風のない蓮を見た。
「……でも、不思議ですよね、あたし達も結構ホームは隈無く見て回ったつもりだけど、その時には海さんやようさんや蓮さんの存在に気付きもしなかったなんて」
 みなもは気にする風はなく、素直な疑問だけを述べた。
「そもそもが歪んだ空間だからね、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思えるよね」
 ようが答えた。その時、蓮が立ち上がって、あ、帰ってきた、と声を上げて階段を見やった。全員がそれに釣られて視線を向けると、まず先程と同じ姿の使い魔が一匹やたらと気を昂らせたようにキィキィと喚きながら飛来して蓮の手許に滑り込み、それに次いで二人の人物が階段を掛け降りて来た。田中・裕介(たなか・ゆうすけ)と綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)だ。

【3_2】

「おっ……と、……お揃いだな、」
 みなも、海、よう、蓮(+使い魔一匹)、将之の一同に眼を停めた裕介は、この使い魔はお前のペットか、というように蓮を一瞥しながらもその中に加わった。
「汐耶さん、」
「あら……みなもちゃんも取り込まれてたのね」
「そうなんです……本当は早く帰って夕飯作らなきゃいけなかったのに……。……みそのお姉様とみあお、心配してるだろうなあ……」
 そうみなもが困ったように笑うと、ようもぽつりと独り言を洩した。
「……つきが心配してるだろうな」
「俺も、もし地上に脱出できる空間がなければ線路を伝って行こうと思ってたんだが……どうだった?」
 更には、線路内を歩き、電車避けに飛び込んだり使い魔と格闘している間にセーラー服を煤だらけにしてしまっていたみなもに、裕介が問う。床に置いたやけに大きなトランクを開けながら。
「駄目でした、歩いても歩いても駅には付かないんです。倉塚さんが、次の駅までは500メートル位だって仰ってたんですけど、それ位は絶対に歩いても着きませんでした」
「そうか……」
 そう云いながら中身を漁っていた裕介が何かを探り当てて引っぱり出した。
「俺が絵に描いた、地下鉄車両もある場所で消えてしまったらしいしな」
 海の説明は簡単に聞き流し、裕介がみなもの前に差し出したのは何故かメイド服だった。
「……え? あたしに?」
「……着ません? とりあえず、そんな格好じゃ何だから」
「……その服も充分『そんな格好』だと思うけどね」
 汐耶が呆れて何を考えているのか、この少年は、という様に溜息をついて裕介を見下ろした、が、──変わった趣味ではあるが彼なりに気を使ってみなもの疲労を労おうという配慮らしかった。
 それぞれがそんな勝手な事を云っている内に、蓮は使い魔から話を聞いていた。
「……そう、じゃ、他のコ達は地上で迷子になってるんだ。じゃ、キミ、迎えに行ってきて」
「……なんだって、わざわざ偵察にそんな紛らわしいものを飛ばすんだ。一瞬混乱したぞ、俺は」
 裕介が蓮に問いただした。
「ボクの友達だもん、いいじゃない。この人だって変なもの飛ばしてたし」
「白鷹、もっと正確に云えば式神『です』」
 眼だけが笑わない笑顔で蓮に云い返したようを、海が慣れた様子で「まあまあ」、と宥める。
「ところで、他の人は? これで全員なの、ここに取り込まれたのは?」
 汐耶が問う。
「断言はできませんね、俺達はずっとホームにいたんですが、何故かみなもちゃん、将之君やコイツと鉢合わせたのはついさっきなんです。お互いの存在に気付かないで好き好きに行動した結果、ちょっと一悶着あったんですが、その前にはみなもちゃん達はホームは隈無く見て回ったらしいし、コイツも電車を降りてからずっとホームにいたそうなんですが、逢わなかったんです」
 海がまだようの気配に気を配りながら簡潔に説明した。
「何でボクだけコイツ呼ばわりな訳? ま、いいけどさ、それより、とりあえずこの中に取り込まれたのはこの7人で全員らしいよ」
「根拠は? 現にこうして時間軸のパラドックスが起きてるじゃないか」
「あのコ達が見たんだもん、間違いないよ」
 低級とはいえ使い魔が見たなら確かに確実性はあるか、と裕介は一応納得した。
「汐耶さん達はずっと地上にいらっしゃったんですか? あたしも一応地上は見て回ったんですけど……何か、分かりました?」
「この街が誰かの意識の中の映像が集まってできたホログラムみたいなもの、ってことでしょ?」
 使い魔から聞いた情報を蓮がさらりと告げた。そうなんですか? とみなもが地下に居た他のメンバーを代表して裕介と汐耶に聞いた。
「ええ……そうね。そう云うこともできると思うわ」
「人為的なもの、ってことですね?」
 ようがきらりと瞳を光らせて聞いた。海がその肩を押さえている。
「人のやった事、と云えるとは思うわ。でも決して、悪意ではないわよ」
「どういう事です?」
 ここは、と汐耶は周囲を見回し、言葉を継いだ。

「イメージとしての有楽町」

【4】

「綾和泉さん、それがさっき云っていた有楽町の都市伝説、ですか?」
 裕介の言葉に、汐耶は頷いた。
「イメージ? どういうことです?」
「……私達が地上に居る間にキミ達がどんな風に仲良く喧嘩していたのかは知らないけど、何となくは気付いたでしょう? この空間に、何かの意図や悪意らしいものはないって」
「そうでしょうか?」
「そうか?」
 ようと将之がほぼ同時に蓮に視線をやったが、小憎らしい程愛らしい大きな眼を瞬かせている蓮には丸きり堪えていないらしい。──この年頃の少年というのは、あくまで無邪気な中に狡猾さや残忍性を秘めているものなのだ。……してそれは、蓮と一つしか歳が違わず、一見穏やかそうに見えるよう等にも当て嵌まりそうだ。……汐耶の話に一生懸命頷いているみなもが何とも健気に見える。
 ──それはさておき。
「私も最初に、多次元空間の歪みに取り込まれて、閉じ込められた事には気付いたけど、そもそも、パラレルワールドって、悪意から人為的に生まれることって少ないのよね。むしろ、複数の要素がたまたまある条件下で一致した時に偶然発生してしまうことが多い。だからでしょう、裕介君が都市伝説の事を考えたのは」
「ええ」
 裕介は頷く。
「都市伝説?」
 ようが尋ねた。
「結局、噂でしょ、人の」
 蓮が口を挟んだ。
「元が噂だから、結構下らないものばっかりじゃない」
「事実は小説より奇なり、だな」
 将之が、さっき線路内で経験した珍騒動を思い出しながら呟いた。
 地下鉄の線路上を歩くはめになり、電車に轢かれかけ、悪魔に襲われ、白鷹に導かれてみれば陰陽師の少年と描いた絵を実体化できる青年とほんのガキのデビルサモナーが睨み合って居たではないか。全く、どんな都市伝説や眉唾ものの噂より、ここ東京に実際に起こる出来事の方が余程奇怪だ。それに、当て所なく瞬間移動の罠に延々走らされ続けたみなもの事や、裕介と汐耶の見たシュールなコインロッカーベイビーズを足せば、実に──不条理な事だ。
「結論から云えば、今の内ならここから脱出するのは割りと簡単よ。最初は、これがもっと完全に封印された空間ならばその封印に綻びを作って──まあ、これは殆ど実力行使だからあまり乗り気じゃなかったけど、脱出するしかないと思ってたわ。だけど、キミ達の話を聞いて分かった。キミ達、同じ時間に同じホームに居たはずなのに、ある時まで全然鉢合わせなかったんですって?」
「はい、あたしだけならうっかり見落としちゃったかもしれないけど、倉塚さんも一緒だったからそんなことはないと思います」
 みなもが答え、将之に同意を求めるような視線を向けた。将之はみなもにとってすっかり頼もしいお兄さんのように映っているらしい。もともとがお人好しな性格の将之は、やや照れて頭を掻いた。
「ようくんも云ってたな、そもそもが歪んだ空間だから、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思える、と」
 海がみんな、というよりはように向って云い、ようも頷いた。だってそうじゃない、と。
「そうね、そういう事だと思うわ。でも、元から一緒だった二人は別として、最初はバラバラに同じ筈の場所に存在していた者同士が一人ずつでも遭遇し、今こうして全員が揃っている、ということは」
「……最初は矛盾だらけだった空間が、段々と確立しつつある……。綾和泉さん、さっき仰ってたタイムリミットって、そういう事だったんですね」
 裕介が納得したように云った。それに被さって、慌てたみなもが、それに間に合わないとどうなるんですか、と声を上げる。
「……まあ、ここにいるみんなならそれぞれに何とか脱出はできると思うけどね。但しさっきも云った様に、実力行使になるから、どんな反動が来るか分からないし、それは最終手段ね。でも今なら、まだ不完全な空間の隙を捜せると思うわ」
「根拠は? もしかしたらもうタイムリミットを過ぎちまってるかも、」
 将之の言葉に、汐耶は自分の腕時計と駅構内の時計を同時に指した。裕介が補足的に説明する。
「元の世界からの時間は異次元空間では機能せず、然しここの時計は規則的に時間を進めている」
「これは私の仮説なんだけど、この空間が発生した時刻が再終電車の時間で、十二時十九分。これはひとつの区切りと思っていいでしょう。そして、今が四時過ぎで、既に空間が大分確立しているとすれば、次の区切りは?」
「……始発?」
「何時だ、始発は」
 将之が時計の横に掛った時刻表を見やった。
 和光市方面への始発が五時十二分、新木場方面への始発が同十九分だ。念の為に早い方の時刻を参照するとすれば、五時十二分として、あと一時間程だ。

【5】

 今では、正確な時間を刻む時計が無いので時間は分からないが、おそらくまだ四時半を過ぎた位だろう。
 一同は、海が再び絵に描いて具現化し、ようが与えた言霊によって「出口へ向う様」命じられた地下鉄に乗り込んでいた。

『道無き道にも照らす光が在り、そして光の先に必ず道は開かれている。言霊は真となり我に道を示せ』

 ようの言葉と共に車両は走り出した。
 現在、数分が経過しても電車は走り続けていた。車両に居るとよく注意して感覚を研ぎすましていなければ気が付かないが、恐らくは、みなもが駅の中を走り回った時の様に、線路上の空間を彷徨っているのだろう。
 だが、きっとその内に空間の穴を縫って元の営団地下鉄有楽町線に戻れる筈だ、と海、よう、裕介、汐耶は判断したのだ。そして、その穴を潜り抜けられる速度──それはつまり地下鉄の速度である。
 因みに他の面々はと云えば──みなもは「じゃあこれでやっと戻れるんですね」と心から嬉しそうに歓び、将之は「任せるわ、何か手伝う事があったら云ってくれ」と云い、蓮はというと非常にマイペースであり、黙ってついて来た後は座席に登って窓の外をじっと眺めていた。

「『有楽町で逢いましょう』って唄、知ってるかしら」
 走り出して暫くしてから、汐耶が口を開いた。先程、裕介が結局、有楽町の都市伝説って、と尋ねた時、今は時間が無いから後でね、と云っていたのだ。
「……」
 端から聞いていそうにない蓮を除き、全員が黙ったまま顔を見合わせた。
「それはそうよね、私だって最初は思い出しもしなかったもの。何しろ、50年位昔の流行歌よ」
「どんな曲ですか?」
 みなもが興味津々、といった表情で尋ねたが、汐耶は厭よ、ここで歌うなんて恥ずかしいじゃない、ちゃんと覚えてないし、とそれは受け流した。
「だけど、私なんかが聞くとああ、古い……昔らしい、そう、昭和中期っぽい唄だな、と思ったわよ。いかにも歌謡曲、って感じのね、当時流行ってたブルースにちょっとだけ気触れたような感じ。だけど、当時はものすごく流行したらしいのよ。それと、そごう。裕介君、さっき見たわよね」
 裕介は頷いた。

 「有楽町で逢いましょう」は、1957年、昭和32年の11月にそれまでは無名だった歌手によって歌われ、大流行し、その無名の歌手は一夜にして大スターとなった。そして、「有楽町で逢いましょう」は当時としては日本で初めてと云っていいコマーシャルタイアップ曲だったのだ。同年7月に有楽町に開店したデパート、そごう。開店当日には30万人もの人間が押し寄せたと云われる。2年前に倒産し、今はデジタルの時代を象徴するような大手カメラチェーンにとって替わったそごうも、バブルの頃には包装紙がステイタスシンボルともされていた。「有楽町で逢いましょう」とそごう、そして有楽町という街全体が、今となっては「古き良き昭和という時代」を象徴していたことだろう。

 汐耶がその曲のタイトルを思い出したのは、裕介と一緒に実体も魂もない形だけのコインロッカーベイビーズを見た時だった。
 コインロッカーベイビーズ、という言葉自体が、1970年代の流行語である。その扇情的なニュースに人々は驚愕し、それをタイトルにした小説も生まれた。これもまたベストセラーになったが、その中で、主人公の内一人の少年が歌手となり、「有楽町で逢いましょう」をカバーして歌ったシーンがあるのだ。

「そう云えば、コインロッカーベイビーをテーマにした都市伝説もあったな。有名な奴で、子供をコインロッカーに捨てた母親が何年か後に少年になった子供の幽霊と逢う、って奴だ」
 裕介が思い出したように口を開いた。
「そう、そういった都市伝説の類って、はっきりとは記憶してない分、何となく断片的なイメージとして記憶に残るでしょう? それと、この街ね、まるで絵に描いた街みたいに、細かい物が省略されてるの。あるのは大きな建物やこの駅だけで、普通なら、用でもない限り見落としがちだけど何処にでもあるような自動販売機とか屑篭、広告の類が一切無かったの」
「あ、そう云えばあたしも自動販売機とトイレを探したんですけど、見つかりませんでした」
 みなもも思い出したように云い、裕介が後を継いだ。
「それに、普通だったら思念が形骸化したものであるのが一般的だと考えられるコインロッカーベイビーズも、ただそこにあるだけのホログラム状態だった。きっと、人間のイメージとしてのコインロッカーベイビーズが形になったものなんだ。イメージだから、本物でもないし、思念が存在する訳でもない」
「この空間全体が、人々のイメージの複合体だったんだね……でも、どうして今日に限ってそんなものが発生して、俺達が取り込まれてしまったんだろう?」
 ようの問いかけに、汐耶は首を振って分からないわ、と答えた。
「でも、都市伝説自体がそうやって生まれたものなんじゃないのかしら。あれは、ただの噂じゃなくて、その噂の複合イメージが何かの拍子に多次元空間として実際に生まれてしまい、そこにたまたま迷い込んだ人達の体験談……なのかもね」
 何故そこによりによって自分達が取り込まれてしまったのかは分からないが、──なんとか脱出も出来そうだし、それに、少なからず人外の物を察知する感覚が特出している彼等が、この空間に入ってしまったのも不思議ではないかもしれない。
 その時だ。それまで人の話等何も聞いていなかったような蓮が、「来たよ」と声を上げた。
「今までと雰囲気が変わった」
 つい話に熱中していた他の面々はうっかりしていたが、ずっと窓を眺めていた蓮が空間の綻びに入った事を察知したらしい。
 
 車両はホームに滑り込み、開いたドアから降り立った一同は、──元の世界の、始発前のまばらに人影の見える地下鉄有楽町駅に、降り立った。

【6C】

 蓮が振り返った時には、そこにはもう乗って来た筈の車両は存在していなかった。
 蓮達7人は、傍目にはいきなり線路上の空間からホームに現れたように見えるのかもしれないが、おそらくは朝早く、まだ寝惚けていた自分の眼がただ今まで気付かなかった人間の存在に気付いた、位にしか記憶に残らないだろう。急に目の前に今までいなかった人間が現れたように感じる、そういう瞬間はよくある事だ。大抵、ああ、ぼんやりしていた、と思う位ですぐに忘れてしまう。
 ──或いはそれも、こうした都市伝説の一端なのかもしれないが。

 蓮は安堵し、歓声を上げたり今後の行動について話し込んだりしている他の面々を置いてさっさとホームを後にした。階段を駆け上がり、改札の前──今度は通行人もいるし、窓口には駅員も詰めている──まで来た。が、蓮はためらうことなく当たり前のように人影に隠れ、駅員の眼に留まること無く改札機の下を身軽にすり抜けて外に出た。日常的にやっている事だから当たり前だが、慣れたものだ。
 地上に出た蓮は、いつの間にかちゃんと液晶窓に5:13と時刻が点滅している携帯電話を取り出し、メモリダイヤルから一つの番号を選んで通話ボタンを押した。

「もしもしー、あ、ママ? ボクだけど。あ、寝てた? ゴメンね、だって早くママの声聞きたかったんだもん。……うん、昨日はゴメンね、……うん、まあ、色々。それでボク今すごく眠いんだけど、今から行っていいでしょ? ……あ、それにお腹も空いたなあ、何か作っててよ。……じゃあねー」

 当たり前の、蓮の一日が始まる。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1098 / 田中・裕介 / 男 / 18 / 高校生兼何でも屋】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【1430 / 久坂・よう / 男 / 14 / 中学生(陰陽師)】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 司書】
【1523 / 片瀬・海 / 男 / 21 / 大学生】
【1555 / 倉塚・将之 / 男 / 17 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋】
【1790 / 瀬川・蓮 / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、今回初めて東京怪談のシナリオを書かせて頂きました、x_chrysalisというライターです。
さて皆様この度は異空間有楽町へようこそおいで下さいました。
そして、無事元の世界、皆様の住まうべき東京怪談の世界へ脱出されました事、お祝い申し上げます。
規定最大文字数の3倍にもなる長文となってしまい、さぞお疲れだろうと思います。
何分不馴れな事も多く、不用意に皆様に負担を掛ける結果となってしまいました、深くお詫び致します。
然しながら、僕の方で用意したシナリオに皆様のプレイングを絡めて行く作業は想像以上に楽しく、改めて今回御参加下さった方々に感謝する所です。
描写やシナリオの内様等、少しずつでも楽しい物にできるよう務めますので、また気が向かれた時には是非御参加下さい。
誤字脱字、PC設定等には気を付けたつもりですが、誤りや勘違いがありましたら遠慮なく御指摘下さい。

尚、お気付きかとは思われますが各章ごとの数字の後にアルファベットが続いている場合、その部分には同時間上の他角度からの描写が存在します。御自身のプレイングが他PCにどう影響したか、或いはその間他PCがどんな行動をし、何を見ていたか等、お時間がありましたら是非御一読下さい。

今回の御参加、ありがとうございました。

x_c.