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狙われた男
***オープニング***
目の前の男を見ながら、どこにでも似たような人間がいるもんだな……、と草間は少し感心していた。
目の前の男……依頼人だが、このクソ暑い夏の最中によれよれのスーツを着込んでいる。
サラリーマンなのだ。
それは良い。
それは良いとして、問題は、男の全体的な雰囲気だ。
伸びすぎた髪が顔を半ば隠し、更に分厚い眼鏡をかけているので殆ど表情が分からない。
背中を丸め、草間と目も合わさずに喋る様子は陰鬱で、口の中でもごもご発音するので言葉が聞き取りにくい。
正直なところ、鬱陶しいな―――と草間は思った。が、そこはそれ、大事な依頼人なので顔には出さない。
「この頃、自分が自分でないような、どこか何時もぼんやりしているような気がするんですよ……、そりゃ僕はぼんやりした人間ですよ。でも、自分が自分でないような感じなんて、今までありませんでしたよ」
言って、男は一枚の紙切れを差し出した。
草間は断って、それを見る。
男女両方の名前が記入され、印鑑の押された婚姻届である。
依頼人には、記入した記憶がない。
男はある晩、無意識の内に出歩いていたらしい。そして、ふと気が付いた時には自分のアパートの前に立ち、婚姻届けを持っていたと言う。
相手の名前に全く見覚えはなく、住所も訪ねた事のない場所。
何故そんな相手との婚姻届けを持っているのか、アパートの前に立つまでの自分が一体何をしていたのか、全く思い出せない。
相手に連絡して調べてみようかとも思ったのだが、もしや何かの間違いか、或いは誰かの悪戯で、相手に迷惑がかかってはいけない。と思うと、なかなか自分では調べられない。
代わりに女性の事を調べて欲しい、と言うのが依頼である。
「なるほど」
取り敢えず、草間は言った。
まだ引き受けるとも否とも言っていないのだが、男はそれを応と取ったらしい。
がっちりと草間の手を掴んで、ぶんぶんと上下にそれを振った。
「引き受けてくれるんですかっ!ありがとうございますぅぅ〜っ!!」
そりゃもう、涙を流さんばかりの勢いである。
何だかとっても迷惑なのだが……、応としか返答のしようがない。
そこで草間は考えた。
こう言う依頼は、他の誰かに引き受けて貰おう、と。
「宜しくお願いしますぅ〜!!僕、無趣味な人間で給料を貰っても殆ど使う事がないんです、だから、お礼なら十分支払えると思います!」
その言葉に、草間は初めてにこりと笑った。
*****
外は間違いなく30度を軽く越す陽気。
興信所内は適度にエアコンが効いて快適だったのだが、このむさ苦しい依頼人の登場で体感温度は2度ばかし上がっている。
とても迷惑な話だ。しかし、金になる依頼となれば草間の頬が弛むのも仕方がない。
「その現金な表情変化、気を付けたらどうなの武彦さん。でもあれねぇ、お金持ってるの知ってて狙われたとかなら心配よね」
苦笑しつつ、シュラインは依頼人と草間にアイスティーを差し出す。
と、男が突然ボソボソと喋り始めた。アイスティーを飲みつつ口を開くので、元々聞き取りにくい言葉が更に聞き取りにくくなる。本人は至って真面目に、この数日間頭を悩ませていたのだと語り、依頼を引き受けて貰えた事に対しこよなく感謝しているのだと言う事を話しているのだが、生憎、聞き手にはひとつ誠意が伝わらない。
「……どっかで見た事のあるようなタイプだな。見てると何となく腹が立ってくると言うか……不幸を背負わせて蹴り落としたくなると言うか……」
正直な心の声はやはり口に出して言わねばなるまい……と思った訳でもないだろうが、つい口に出してしまうライ・ベーゼ。
「イジメテ君って言うんでしょうかね……こう言う方」
と、それに苦笑しつつ応えるのは海原みなも。夏休みも残り僅か、宿題が殆ど完璧に出来ているとなれば、後は思う存分楽しむのみ。
「確かに、見てると鬱陶しいな。蹴りの一つでも入れてやりたい気分だが……まあ、珍しく金になりそうな依頼だ。引き受けても良い」
本人を目の前にしても決して声を潜める事なくハッキリ告げる香坂蓮。
恐らく、この依頼人の耳は自分に都合の悪い事は聞こえない仕組みになっているのだろう、前半の言葉を全て無視して、後半の『引き受けても良い』と言う部分にのみ反応した。
「あっ有り難う御座いますぅ〜っ!!嬉しいです、助かりますっ!宜しくお願いしますっ!!」
草間の前から蓮の元へ走り寄り、手をがっちりと掴む。
勢いでグラスを倒し、テーブルに紅茶をぶちまけてヘコヘコと謝りつつ慌ててポケットからハンカチを取り出そうとして、「あ、あれ?」と首を傾げた。
ぶちまけた紅茶が床に滴るのも構わずポケットから取り出したのは、白いケース。
「何でしょう、これは……」
依頼人は手の中のケースを眺めているが、そんなもの中身を確かめるまでもない。指輪だ。
「……それだけのものが入っていて、今まで気付かなかったのですか?」
思わず呆れ顔で訊ねるのは柚品弧月。
小さいと言っても5cm×5cm程度ある。普通、ポケットに入っていればすぐに気付きそうなものだが。
「でも、これで必要な物は揃ったと言う事ね。婚姻届けに結婚指輪。届けがまだ手元にあると言う事は、まだ受理されていないと言う事よね。最近、知らない間に結婚届が出されていたとかありましたからちょっと安心ですね」
倒れたグラスを起こしつつ、片手で眼鏡を押し上げる綾和泉汐耶。
「ええっ!?けけっ結婚指輪なんですか、これっ!?ぼ、僕が?一体何時の間に!?」
思わず顔を見合わせる一同。このクソ暑い最中にやって来た依頼人がこんな惚けた人間だとそこはかとなく泣けて来る。
深い深い溜息。
その中に、ごく小さな息が混じっていた。
「ん〜っ……」
藤田エリゴネはお気に入りの椅子の上で老猫とは思えぬしなやかな身体を心地よさそうに伸ばし、草間に向かって一声鳴いた。
―――そりゃ、相手の女性の方にも興味はありますけどね。それよりも彼の方が何だか危なっかしくて……。
と言う言葉が伝わった訳ではないが、協力の意思表示と取って頷く草間。
内心にんまりと、このメンバーに全て任せてしまおうと思っている。
*****
「色々確認させて頂きたいんですが、最近、頭を打ったり別人格に乗っ取られたり、何かに憑依されたり、なんて事はないですか?実は別世界の方だとか?」
みなもの質問に依頼人はブンブンと首を振った。
「あ、でも僕の記憶が途絶えている時は、もしかしたら別人格に乗っ取られていると言うのかも知れません」
「おまえ、精神科に行った事は?」
依頼人は蓮の質問にも首を振った。
「突然人格障害を起こすものかどうか俺は知らないが……、念の為、一度行った方が良い」
「はぁ、やっぱりそうですか……、実は僕も真剣に考えたんですよ。結婚願望が強すぎるあまり自分の気付かない処でこの女性に付きまとってるんじゃないかなぁ、なんて……」
「結婚願望が強いのですか?」
弧月が訊ねると、依頼人は恥ずかし気に、それでも力強く頷いた。
「僕の夢なんですよぉ。素敵な女性と結婚して、子供達に囲まれて暮らすって言うのが。と言っても僕みたいな冴えない男に付いてきてくれる女性なんかいる筈ないんですけどね……」
あはは、と頭を掻く依頼人。ライは思わず呟いた。
「なんだ、自覚してるのか……」
「この男に原因があるのか、女の方に原因があるのかまだ分からないが、もし女の方が何かしてるんだとしたら、物好きな女もいるって事だな。まあ、人の趣味などそれぞれだと言えばそれまでだが」
「ああ、たで食う虫も好きずきって奴だ」
ライと蓮の会話に苦笑しつつ、
「でも、記憶がないと言うのが気になりますね」
と、汐耶。その言葉に頷きながらシュラインは言った。
「そうねぇ……、催眠術か何かの呪術って可能性があるわね。この女性とは別に、誰かが手を下しているのかも知れないし」
「結婚願望のあまりの夢遊病じゃないのか?」
椅子からソファに移動し、シュラインの用意したミルクを飲もうとするエリゴネに席を譲りながら呟くライ。
「1、人格障害。2、何者かの憑依。3、催眠術などの呪術。4、夢遊病。……さて、どれかしら?」
指折り数えるシュライン。
「俺は1に4点、3に1点、4に5点だな」
と、手を挙げるのは蓮。
「オレは4に10点だ。それか、あんたの言う通り誰かの悪戯か」
と、ライ。
「悪戯なら良いですけど、原因を取り除かないとまたある可能性がありますよね。私は、3に10点です」
「俺も3に10点ですね」
汐耶と弧月も手を挙げる。
「にゃにゃにゃっ」
エリゴネがチラリと視線を上げて短く鳴いた。3に10点と言う事だろうか。
「あたしは1に4点、2に1点、3に5点ですね」
暫し考えてみなも。
その横で、シュラインは言った。
「私は3に10点よ。それじゃ、点数の多い順から調査してみましょ。催眠術や呪術ね」
催眠術や呪術と言うと、第三者の存在が気になるところだ。
「最近で会った人って、どんな方ですか?ここ1ヶ月程で新しく知り合った方なんて、いますか?」
みなもが訊ねると、依頼人は暫しポカンと口を開けて考えた。
答えは否。会社と買い物以外では滅多に出歩かないので人と知り合う機会がないのだそうだ。
「無意識に出歩いた具体的な日を教えて貰えるかしら。そして記憶のある間は何をしていたのか、その日の行動範囲等、出来る限り教えてもらえる?」
シュラインの質問に、依頼人はのろのろと答えた。
無意識に出歩いた日数は、自分でも把握出来ていないらしい。昨日、何時の間に指輪を買ったかさえ知らないのだ。記憶のある間は、毎日せっせと7時に家を出て8時半から5時半まで働いている。同僚達と飲みに出掛ける事は滅多になく、真っ直ぐ家に帰ってテレビを見るか、ゲームをしている。土日などの休みの日は、買い物以外で外出する事はまずなく、一日中部屋でゴロゴロ過ごしているらしい。
年中、家と会社の往復程度。買い物も途中にあるスーパーやコンビニで済ませているから、行動範囲はごく狭い。
「つまらない人間なんですよ、僕なんて」
依頼人の呟きに、一同は内心強く首を振った。
エリゴネは顔を洗いつつチラチラと依頼人を見る。どうも、手の掛かる子供のようで気になるらしい。
「この住所に女性が実在するかと言う事と……、記憶のない時の行動が問題ですね」
汐耶の言葉に、弧月が頷く。
「何か、ずっと身につけている物などはありますか?一昨日ここを訪れた時から持っている物でも構いませんが……」
依頼人の記憶が宛てにならないと来たら、物に頼るしかない。
弧月は風呂と就寝時以外は大体身につけていると言う腕時計と、婚姻届け、指輪を受け取ってそれらから情報を読みとる。
物は依頼人より遙かに役に立った。
次々と伝わってくる情景。
弧月は読みとった情報を順を追って皆に話す。
確かに、女がいる。
女と会って楽し気に会話をする依頼人は、女が取り出した婚姻届けに躊躇う事無く名前を書き、自分の手で判子を押した。
女は更に1枚の紙を取り出した。
生命保険の契約書だ。保険金の受取人は女の名前になっている。
しかし、男はそれにも黙って判を押した。
日付変わって、依頼人は一人で宝石店に入っていった。
ショーケースに並んだ指輪を見て、その内の一組を購入。
更に、プレゼント用にラッピングさせてダイヤのネックレスも購入。
クレジットカードで支払いを済ませる。
「ええっ!?せ、生命保険ですか?」
そんな事、まったく記憶にない。
ダイヤのネックレスの方もサッパリ記憶にないらしいが、それは暫く漁った別のポケットから発掘された。
弧月は頷いて、間違いないと言った。
「結婚詐欺か?」
蓮の言葉にシュラインが首を傾げる。
「でも、どうして婚姻届けをまだ提出していないのかしら?女性の方が自分で出した方が確実でしょ?」
「身元を隠したかったんじゃないのか?もし何かあった時に自分が表に出ているのといないのとでは随分違うだろう。疑われる事も少ない」
ライが答える。
つまり、女は自分の身を常に安全圏に置こうとしているのだ。
「そう言うの、何だかイヤですね……、絶対に阻止しないと……」
みなもに同意するように、エリゴネが鳴く。
「女性が実在する事は分かりましたけど……、本名でしょうか?念の為、調べておきましょうか?」
「そうね。電話でアンケートでも装って、色々質問してみましょ。何か分かるかも知れないしね」
汐耶の言葉にシュラインが応えると、エリゴネがヒョイと依頼人の膝に飛び乗った。
「みゃう」
女性を調べている間に依頼人がまた催眠状態になっては不味い。もしこのまま婚姻届を提出でもされたら、大変な事になってしまう。
エリゴネは依頼人に付いている事に決めたらしい。
「オレはあんたを見はってるとしよう。結婚後すぐに死亡して保険金が下りる、なんて事もないだろうから取り敢えず命の心配はないだろうさ」
と、ライは言った。
女の方もそれほど馬鹿ではないだろう。すぐに殺したりはしない。多分、結婚指輪やダイヤのネックレスをを買わせたように次々と金を使わせるつもりだ。
「別にあんたが死んで保険金が女の方に行っても全然構わないんだが……、次々金を使われてこっちの金が支払って貰えなくなったら困るからな。見張ってるとしよう」
蓮が言うと、弧月が頷く。
「俺はこの女性の住所の方に行って色々聞いて回ってみましょう。こんな事をす原因が何か分かるかも知れませんから」
「あ、あたしも一緒に行きたいです」
みなもが手を挙げた。
「お互い合意があれば、結婚ってとっても素敵な事なのに、こんな風に悪用するのは許せません」
「それじゃ、決まりね。暑いけど精々頑張りましょ」
暑くても報酬の為。
暑くても懲悪の為。
溜息を押し殺して動き出す一同に、依頼人は涙ながらに礼を言った。
*****
全員が出払った事務所で、シュラインと汐耶は電話を前にして座っていた。
「まず、確かめるのは名前ですね。それから、住所と年齢……、未婚・既婚のどちらか」
言いながら汐耶はメモの用意をする。
「そうね。ある程度の情報が集まったら、あの依頼人の名前を出して話を聞いてみましょう。しらばっくれるかもしれないけど……」
頷きあって、汐耶が受話器を取る。
図書館の職員だと名乗り、慣れた様子で相手に返却期限を過ぎた本があると伝える。
「え、違いますか?」
わざとらしく驚いた声。
「失礼ですが……」
と、名前と住所を確認し、シュラインに向かって頷いてみせた。
両方とも間違いはないらしい。
「申し訳有りません、こちらの手違いのようです。ええ、はい。すみません、失礼致します……」
相手が電話を切るのを待ってから受話器を置き、汐耶は言った。
「声の感じから言って、年齢もそこに書いてある生年月日の通りだと思います」
「そう。これで相手が実在の女性だと分かった訳ね。あとは、間違いなく本人が関わっているかどうか……、探りを入れてみましょ」
シュラインが言うと、汐耶が頷く。
「雑誌社の結婚願望のアンケート、なんてどうかしら?無作為に選んだと言って」
「結婚詐欺をしてるかも知れない女性に結婚願望のアンケートね……」
苦笑して、シュラインはペン取る。
「ええと、まずは結婚歴の有無でしょう?それから……、未婚の場合は結婚願望の有無」
「現時点でおつき合いしている恋人か婚約者がいるかどうかと言うのも聞いてみて頂戴」
「そうね。結婚願望の有無と、結婚相手に望む事、結婚の第一条件、結婚生活の理想……」
何だか質問を考えるのが楽しい。
幾つか質問をリストアップして、シュラインは受話器を取った。
汐耶同様、淀みなく雑誌社を名乗り、アンケートの申し入れをする。
「ごく簡単な質問ですから」
渋っていたところをその一言でどうにか了解を得て、シュラインは質問を始める。
しかし、帰ってきた返事は短くつれないものだった。
―――結婚する気はないです。そんな事に夢を抱いたりしていませんから。
そう言われると、質問の続けようがない。
「お忙しいところ、ご協力有り難う御座いました」
当たり障りのない質問を幾つかして、シュラインは受話器を置いた。
「結婚願望のない女性が結婚詐欺って、どう言う事かしらね?」
「結婚願望がないから詐欺が出来るんじゃないかしら?」
「成る程……。さあ、どうしましょうか?依頼人の名前を出して、話を聞いてみる?」
汐耶が答えようと口を開いた時、電話が鳴った。
*****
大急ぎで来るように!と、呼び出されたシュラインと汐耶、みなもと弧月。そして、4人が来るのをやきもきする思いで待っていた蓮、ライ、エリゴネはぞろぞろと喫茶店に入っていった。
と言っても勿論、猫のままでは入れないのでエリゴネは人に化けてある。
依頼人達に一番近い大きなテーブルに付いて様子を伺いながら、それぞれ分かった事を報告しあう。
「依頼人の住所と氏名には間違いがありませんでした。アンケートを装って、色々訊ねてみましたが……」
と言う汐耶の横で、シュラインが暫し耳を澄ませてから口を開く。
「電話の声と、あの声、同じね。同一人物に間違いないわ。何でも、あの女性は結婚に夢を持っていないそうよ」
「それには、理由があるんです」
シュラインの隣に腰掛けて言うのは、みなも。
女の住所を訪ね、アパートの隣の住人に話しを聞くことが出来たのだそうだ。
「10年つき合った男性に捨てられたそうですよ。相手の方は既婚で、散々貢いだ挙げ句だったそうです」
弧月の言葉を継いで、みなもが再び口を開く。
「結婚に夢が持てないのはその所為だと思います。それで、今は逆に男の人に貢がせているって……」
4人の話を聞いて、ライと蓮、そしてエリゴネは深い溜息を付く。
現在進行形で、男に貢がせている。
そっと、蓮が依頼人達のテーブルを指さした。
「あの黒いバッグの前に座ってるのが宝石商らしい。多分、今日ここで会う約束をしてたんだろうな。普通に歩いていると思ったら突然様子が変わって、ここに入ったんだ」
「結婚指輪にダイヤのネックレスじゃ飽きたらず、まだ貢がせるつもりみたいだ」
つまり、男に貢いだ挙げ句に捨てられた女が、元を取るように男に貢がせている。
散々貢がせて、搾り取れるだけ搾り取ってから、捨てるなり、殺すなりしようと思っているのだろう。
しかしそんなもの、貢ぐ方も貢がせる方も阿呆なのだ。
突然興味を失ったように、ライは肩肘を付いて依頼人のテーブルを見る。
「契約しそうだな……、あれは何だ?エメラルドとアメジストか?」
「待て、あんな高価そうな物を買われたんじゃ俺達の報酬はどうなるんだっ!」
思わず声を荒げる蓮。その横で、弧月も激しく頷く。
「そろそろ止めた方が良さそうですよ。ああ、ホラ、真珠の指輪まで出しているじゃありませんか」
エリゴネが言って、ゆっくりと立ち上がる。
そして、一緒に立ち上がった一同の女性陣に一つの提案をした。
*****
真珠の指輪を目の前にして、うっとりとする女。
その様子をでれっとだらしない顔で見る依頼人。
どうにか1つでも多くの商品を売りつけてやろうと営業スマイルで頑張る宝石商。
その3人を、6人は取り囲んだ。
依頼人の左右に並んで、ライと蓮は一瞬目で合図をする。
そして、両方から突然「わっ!」と声を掛けた。
ビクッと身体を振るわせて、ポカンと口を開ける依頼人。
耳に手を当て、驚いたようにライと蓮を見る。
「な、何ですか、突然……って、あれ?ここは何処ですか?僕、家に帰る途中だったと思うんですが……」
キョロキョロと辺りを見回し、自分が喫茶店にいる事に純粋に驚く。
しかし、依頼人以上に驚いているのは女の方だ。
慌てて席を立とうとするのを、後ろに立った弧月が止める。
「な、何なのよ、貴方達は……」
「それはこちらの科白よ」
シュラインがキッと女と依頼人を睨み付ける。
「私の彼に何をするつもりなの?」
そう言ったのは、汐耶。
「か、彼?貴方の彼ですって?」
「そうよ、あたしの彼です。もうずっとつき合ってるんです、あたしたち」
彼と言うと少々犯罪が入りそうだが、みなもは平然と言って退ける。
ええっ!?と声を上げそうになった依頼人の口を、左右からライと蓮が塞ぐ。
つまり、エリゴネの提案とはこう言う事だ。
依頼人の彼女の振りをして、女に2度も男に捨てられると言う痛い灸を据えてやろう、と。
周囲からはただの痴話喧嘩にしか見えないと言う利点もある。
「まさか、こんな冴えない男に彼女なんかいる訳ないじゃない、あたし、1ヶ月も見張ってたのよ。貴方達なんか、影も形も見えなかったわよ」
「1ヶ月も見張ったんですか?本当に?随分手が込んでいますね」
その根気をどうしてもっと別の方向に回せなかったのかと思いつつも感心してしまう弧月。
「冴えない男性にだって、女性を選ぶ権利はありますよ。あなた、こんな事をして自分が幸せになれると思っているの?」
エリゴネの厳しい声に、思わず怯む女。
「おまえが男に貢いだのは、自分が馬鹿だったからだろう?それを全く関係のない男に催眠術を掛けてまで仕返ししてどうする。こんな事してたんじゃ一生おまえは馬鹿のままだぞ」
最も、フラフラと催眠術にかかるこの男も馬鹿だが、と付け足す事を蓮は忘れない。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
男がライと蓮の手を振り払って声を上げた。
「あの、この女性は一体……?」
相変わらず惚けた男だ。この状況を見れば、自分を操っていた人物だと分かりそうなものなのだが。
「救いようのない馬鹿な男と馬鹿な女か……。丁度良いじゃないか、このまま結婚すれば馬鹿夫婦で」
依頼に殆どの興味を失ったライがどうでも良さそうに言うと、宝石商は手早く商品を片付けて挨拶もせずに立ち去る。
「馬鹿馬鹿って、失礼ねっ!」
言って、女はバッグから生命保険の契約書を取り出してテーブルに叩きつけた。
「この世の中で最も馬鹿なのは、女を見るとすぐにデレデレして催眠術掛けられても気付かない男の方よ!」
続けて財布から小銭を取り出し、投げ出して女は足早に喫茶店を出る。
「全く、懲りてないと言うか何と言うか……」
シュラインが溜息を付いて空いた椅子に腰を下ろす。
「あんな女性もいるんですね……、でも何だか、可哀想」
「まぁ、言ってる事に一理あると言えばあるんだけど」
みなもと汐耶が苦笑しつつ依頼人を見た。
「いつか更正して素敵な男性と巡り会えると良いのですけどねぇ……」
案外、この依頼人はお似合いだったのではないかと思いながら、エリゴネ。
「しかし一体何時まで仕返しを繰り返すつもりなんだろうな?」
と言う蓮の横で、依頼人は突然声を上げた。
「あ、あのう……、結婚指輪とダイヤのネックレス、あの女性が持ったままだったんですが……」
なかなかちゃっかりした女だ。
「勉強料、と言う事にしては如何ですか?良い勉強になったじゃないですか。もう少ししっかりしていたら、見ず知らずの女性に金目的で催眠術を掛けられるなんて事もなかったのですから。二度とこんな事がないように、もっと自分に自信を持つ事ですね」
「は、はぁ……」
ポンポンと肩を叩く弧月に、溜息やら返事やら分からない声を出す依頼人。
「無駄無駄。あんたは死なない程度に不幸な思いでもしないと分からないタイプだよ」
ライの言う通りなのかも知れない。
頼りなげな依頼人を取り囲んで、一同は一斉に深い溜息を付いた。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1697 / ライ・ベーゼ / 男 / 25 / 悪魔召喚士
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1493 / 藤田。エリゴネ / 女 / 73 / 無職
1582 / 柚品・弧月 / 男 / 22 / 大学生
1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
1532 / 香坂・蓮 / 男 / 24 / ヴァイオリニスト(兼、便利屋)
1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 司書
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■ ライター通信 ■
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今、無性に眠たい佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
佳楽は大体、お布団に入ってから眠るまで1〜2時間かかるのですが、今日は、5分以内に眠れそう
な感じです。何時もそうだったら良いのになぁと思いつつ、毎日新聞配達(5時〜6時頃です)のバ
イクの音を聞いてから眠ります。
何か、お布団に入ったらすぐ眠れる方法って、ないものでしょうかね?
とか言う訳で、毎度全然関係のない事ばかり書いて申し訳ないです。
また何時か、何かでお目に掛かれたら幸いです。
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